彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
近頃語彙力が下がっている気がしてなりません。かといって改善する真摯さも我が道を行く度胸も無く、懊悩している次第です。もっと良い文章書きたいなあ…

一本調子な文章構成、場面転換多数、凄まじい御都合主義と厨二マインド全開でお送りしています。

それでも読んでくださる方は、ゆっくりしていってね。


第三章 弐 誘蛾灯

♦︎ 霧雨魔理沙 ♦︎

 

 

 

 

 

底冷えする朝を迎え、家から揚々と躍り出た私は不思議な物を見つけた。風の冷たさ、雪化粧に彩られた森の景色に違和感を与える何かに眼を凝らすと…それは桜の花弁の様な、光る欠片にも似た形をしている。

 

『何だコレ…ん? 何か暖かいな』

 

蝋燭の灯火みたいな微かな温もりが、欠片を拾った私の手に感覚を取り戻して行く。いつもならゆっくりと調べる所だが、視界の端に良く知った顔が来たのでそいつにも聞いてみる事にしよう。

 

『おはようアリス! 早速なんだが、コレ何だと思う?』

 

『おはよう。いきなりね…その欠片なら心当たり有るわ。それは春を形にしたモノよ』

 

春? 春って季節の春のことか? 随分ふんわりとした答えだが、幻想郷なら春の欠片が落ちてても変には思わないな。尤も、冬が終わってない現状を除けばだけど。

 

『春の欠片か…こいつは、何かきな臭いな。幻想郷に春が訪れないのと関係してんのかな』

 

『かもしれないわね…見た所、何か特殊な術式が欠片を動かしている様だけど』

 

そう言えば、拾った欠片はさっきから手元で僅かに震えている。何処かへ行きたいのか、はたまた動かされているのか。

 

『春の来ない幻想郷、落っこちてた春の欠片…こいつが自分から動くってんなら、それを追って行けば原因が分かるかもな。ありがとうなアリス! 探ってみるぜ!』

 

『え? 探るってちょっと!? 魔理沙ー!?』

 

思い立ったら即行動だ。春の欠片を宙に放り投げ、それの行く先を追えばきっと何かが待ち受けている筈。

面白くなってきたぜ…霊夢、私に先を越されて悔しがるが良いぜ!

 

箒に跨り、春の欠片を見失わない様にするなら飛ぶのが一番だ。

未だ降り注ぐ雪の中で、桜色の花弁は何かに吸い寄せられて風吹く空を舞っている。暖かな光を灯す欠片は、何故か虫を誘う誘蛾灯に似ている気がした。

 

 

 

 

 

 

♦︎ 博麗霊夢 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

『春が奪われている?』

 

この寒い中、それを意にも介さず揚々と紫と九皐が現れた。炬燵に入り込んだ二人に囲まれて、何の脈絡もなく紫が口を開いた。

 

『そうですわ。春を特殊な術で結晶化させ、幻想郷に満ちていた春の気を欠片として奪っている者達が居る…これは紛れもなく異変よ』

 

『私が調べたのだが、欠片は何かに誘われる様に或る地点を境に楽園から消えている。その行き先は、面倒な事に楽園であってそうで無い場所に繋がっているらしい』

 

そこまで調べが付いているのね…九皐の言うことなら嘘じゃ無いんだろうけど、何か引っかかる。

 

異変の中身にしてもそうだ。冬や氷を司る妖怪でそんな複雑な術を熟せる奴を、私は知らない。

 

『ある場所ってどこよ? 其処に行かない事にはお話にならないわ』

 

『ーーーー冥界よ』

 

私の言葉に、紫は迷いなく返してきた。冥界って一口に言うけど…それこそ生きている者には近寄れないじゃないの。

 

『正しくは、冥界と現世…《顕界》と言ってもいいわ。此方と彼方を隔てる結界が破られていて、春の欠片はその穴を通っているの』

 

『それじゃなに? 死んでようが生きてようが、結界に穴が開いたから行けるってこと?』

 

『生と死の隔たりが曖昧な為、今は生きた存在でも難なく冥界へ行けるだろう。これが異変とするなら、邪魔が入るのは間違い無いが』

 

九皐と紫は二人して肯定を示した。

…めんどくさっ! 春は来ないわ異変にまで発展してるわ、年も開けて麗らかな陽気を期待してたのに…異変を解決しないと春が来ない? ほんっとめんどくさい!

 

『あー! 分かったわよ! 行くわよ、冥界に。それで異変の首謀者ぶっ飛ばして来れば、春は訪れるのね?』

 

『間違いないわ。それと、私が手に入れた春の欠片を持って行きなさい…道案内になるでしょうから。あ、風邪引かないようにね』

 

誰が話し持ってきたお陰で行くと思ってるんだか。

心の中で悪態を吐きながら、手袋や上着を着込んで境内へ出る。

 

『それじゃあ行ってくる。紫、留守番よろしくね!』

 

御祓い棒片手に空へ浮く。紫から貰った春の欠片を頼りに行った先に、一体どんな馬鹿が待っているか今から楽しみだわ。

 

さっさと片付けて、炬燵で蜜柑食べたいんだから!

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

『行ったな…春を奪うか、楽園に齎される異変というのは変わったモノが多い』

 

私の感想に対して、先程まで饒舌だった紫は一転して沈黙していた。暫くすると…彼女は向き直り、居住まいを正して複雑な面持ちで頭を下げてきた。

 

『申し訳ありませんコウ様。この異変、まず間違いなく霊夢の命に危険が及ぶでしょう…ですからお願い致します。貴方様も冥界へ赴き、霊夢をお助け下さいませ』

 

深々と頭を垂れて、彼女は私に懇願する。疑問には思っていた…確信は無かったが、やはり紫は異変の核心を伏せて説明していたらしい。

 

霊夢にこの異変が起こった事を話した時、彼女は首謀者の存在を単体の人物ではなく《欠片を奪っている者達》と言った。なぜ複数の人物であると彼女は突き止められたのか…恐らく紅魔の時と同様、彼女は事前に接触していたと見るべきだ。

 

『出来る事なら、私も喜んで手を貸そう。頭を上げてくれ…君にそんな事をされると、私はとても心苦しい』

 

彼女の肩を抱き起こすと、伏せていた顔は尚悲痛に塗れている。霊夢の事とは別の、根深い何かが彼女の心を曇らせている。

 

『話してくれ、異変の真相を…』

 

『ーーーー彼女は、また彼女に従う娘は私の古くからの友人です。彼女は自ら封じた筈の…開けてはならない過去の扉を開けようとしています』

 

過去…その封じた筈のモノとは、彼女の言葉からも相当食えない代物だと窺える。彼女はゆっくりと語り出した…遠い昔、紫にこれ程の悲哀を滲ませるモノの正体を。

 

『もう千年も前の事ですわ…私がまだ、未熟で、愚かだった頃。外の世界を放浪する中で一人の人間と出逢いました。その人間は成人になろうかという若さで、余りにも業の深い力を宿していたのです』

 

服の裾を握り締め、今でも過去に悔いを残しているかの様に、彼女の言葉は冷たく…痛々しかった。

 

『ただの人間の、歳若い少女だった彼女は…その身に宿した力を知りもしなかった。制御する事もままならない力は、ただ闇雲に彼女の周りの者を次々と殺めてしまった』

 

制御が効かず、だのに本人も知り得ない所で周囲の者が死んで行く…何とも、他人事には聞こえない話に胸を貫かれる気分だ。

 

『死した者の魂は、己が死んだ事さえ気付かずその場に留まり、やがて多くの霊魂は一本の桜の木に集まって行きました』

 

『桜…ただの木に人の魂が寄り合って行ったのか?』

 

『…それと言うのも、その桜は彼女の父親が死した時に多量の精気を吸ってしまった結果…ただの木ではなく、一つの機能を有した妖怪桜に成り果てた所為なのです』

 

妖怪となった桜の木。人間の精気を吸った桜が、紫の話す少女に何か影響を与えたのか。

 

『《西行妖(さいぎょうあやかし)》と名付けられた妖怪桜は、残された娘の彼女に《死を操る》という忌むべき能力を与えたのです。彼女の父を媒介に変じた桜は、自らの吸った上質な魂に最も近い彼女に力を与え、彼女の周囲の者を悉く餌とした』

 

『しかし…それ程の力、如何に親の魂から妖怪になったと雖も与えられるのか? 全くの常人ならば、肉体と精神の均衡を崩し自殺するのが関の山だ』

 

『私の友人…彼女には、生来から或る力を有していました。《死霊を操る》能力、これが妖怪桜の干渉によって変異し、無自覚に彼女が死に誘った魂を西行妖に届ける呼び水とされたのです』

 

力を得る為に、特異な能力を持っていた少女を利用した西行妖。紫の言う桜の機能とは…人を殺し無尽蔵に精気を蓄え続ける事に他ならない。

 

『彼女は其処まで来て漸く気付いたのです。周囲の者の不可解な死の原因…夥しい命を食い物にする桜は、嘗て彼女の父が愛した美しいだけの古木では無くなっていた事に』

 

『…その娘は、それを知ってどうしたのだ』

 

私の問いに、唇を強く噛んだ彼女が先を答えるのを静かに待った。彼女の胸中は計り知れないが、私の心は決まっている。

 

『……自らの肉体と命を以って、西行妖に封印を施しました。転生する事も無く、それ以来生前の記憶を失って今は冥界の主人として暮らしています。名は、《西行寺幽々子》』

 

 

肉体を犠牲に、妖怪桜を封印したか…亡霊として冥界に座する事でその封を保ち、死霊と死の両方を操る冥界の主という務めを負った少女。筆舌に尽くし難い、苦い記憶。

 

『あの時私にもっと力が有ればと、今も彼女に逢う度に思うのです。この真実を、彼女は知ってはならない。知ろうとすれば、意図せず自分を滅ぼす事になる…! 私は、私はもう、あの娘を失いたくない…!』

 

『紫』

 

彼女の頬を伝う涙は、友を想い、過去を憂う自罰から生まれたもの。君は悪くない…などと気休めの言葉に意味は無い。今はただ涙を拭い、私の意思を紫に示す時だ。

 

『私が、君を助けよう』

 

『コウ様…?』

 

一言一句違えず、私が成そう。異変を起こした少女を留まらせ、妖怪桜の魂を、過去の宿業諸共に消し去ろう。

 

だから泣くな、泣かないでくれ。全て私が背負ってやる。例え我が身の裡に眠る姿を、再び晒す事になろうとも。

私はこれ程強く暗い気持ちを…誰かの為に抱いた事は無かった。

 

『霊夢を助けるだけでは足りぬ…私は勝たねばならぬ。妖怪桜に勝って、必ず春を取り戻す。紫…私は私の意思で、この異変を解決する』

 

境内へと飛び出し、冥界に続く境の有る場所を解析する。待っていろ…西行妖なる忌まわしき桜よ。其は我に、冷めやらぬ怒りを刻んだのだ。

 

『先に行く。君は何としても、私の戦いに他者を介入させるな…やれるか?』

 

『何故…ですの』

 

『ーーーー必要だからだ』

 

彼女の上げた声は虚しく遠ざかり…聞く耳持たず離れて行く。境の場所を見つけ出し、孔を通って転移したのは無謬の宙空。

 

瞬く間に目的の場所へ辿り着いた我が身は、雪降る灰白の空に投げ出された。

 

『…あれか』

 

空に浮かんだ歪みを認め、飛翔する勢いで潜り抜ける。

降り立った場所には、長い長い直線の階段。

視界には数え切れぬ死した者の魂が、明滅しながら流れて行く。

 

この階段の先に、紫の、彼女の友を惑わした古木が恥知らずにも聳えている。

 

『今、征くぞ』

 

 

 

 

我がこの路を踏破する時を、ただ静かに待つが良い。

西行妖…魂を悪戯に貪るモノよ。

我が怒りを前に震え、さざめけ。

 

貴様の声無き怯えが、断末魔と変わる姿を見て…初めて我の憤激は鎮まる。

 

 

 

『決して…許さぬ』

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 八雲紫 ♦︎

 

 

 

 

 

 

私の制止は振り切られ、彼は冥界へと向かって行った。去り際に見えた彼の横顔は…今迄に見た事が無いくらい冷たく、瞳は暗く淀んでいた。

 

『私が…いけなかったのよね』

 

分かっている癖に、なんて白々しい独白か。

彼が真実を知れば…西行妖にどんな感情を向けるのかは分かっていた筈。

 

それでも…彼にこの胸の内を明かしたかった。全て吐き出して、私は頑張った。でも無理だったと、言い訳して縋った。両手で肩を抱き起こしてくれた彼の手は焼けた鉄じみて熱く…全身から抑えきれない力が漲っていた。

 

『当然よ…コウ様は、とてもお優しい方だから』

 

委ねた想いが、彼の逆鱗に触れていたと今更気付く。紅魔の時も、楽園を巡業した時も、彼は出逢う者を慮り…それ故に力を振るったのを幾度も見たのに。

 

自己嫌悪に押し潰されそうになるも、私は彼との約束を守らなければならない。幻想郷の管理者として、彼の示した最善の手を尽くそう。

 

『藍、御出でなさい』

 

『………は、此処に』

 

スキマから即座に現れた可愛い私の式は、恭しく頭を伏して現れた。表情は見えないのに、纏う空気は何時もよりずっと強張っている。

 

『《(チェン)》を連れて、冥界に行く境の一つへ向かいなさい』

 

藍は頷いて私の意に沿おうとするが…その場から動こうとせず、代わりに珍しく意見を差し挟んで来た。

 

『どうしたの?』

 

『私は…彼を、九皐様を誤解しておりました』

 

藪から棒だけど、確かに藍とコウ様は余り顔を合わせない。私がこの娘を連れ出そうとすると必ず遠慮して留守を買って出る。何を誤解しているのかしら…?

 

『初めて見えた彼は禍々しく、圧倒的で…暖かくも底の見えない光を纏い、何もかも呑み込む様な闇を帯びた存在でした。ですが…』

 

『続けなさい』

 

『はい。言葉を交わす度に…彼の為人は善良の一言で。他者を褒め称え敬う様な物言いも相まって、彼に力ある者の誇りは無いのかと…何処かで蔑んでいたのやも知れません』

 

彼は本来の姿に反して慈悲深く、柔和だ。言葉使いは無機質だが声音は甘く、接する者の長所を臆面も無く讃える。時折見せる笑顔をともすれば軟弱と感じるのは…彼が私達より果てしなく強固な存在だと知っていて、その落差に戸惑っているから。

 

『私も…去り際の彼を、スキマで拝見しておりました』

 

まあ、そうよね…藍にはスキマを行き来し、物を見る権限を与えているんだもの。彼女が陰ながら私達を見守っていただけに、醜態を見せたのは恥ずかしさを拭えない。

 

『怒って、いたように見えました。憎んでいた…というのも間違いでは無いでしょう』

 

『憎む…何故そう思うのかしら』

 

『お分かりにならないのですか?』

 

だからこそ聞いているのに、この式はさも当たり前の様に私が分かっていると思ったのか。

 

ええ、知りませんとも…コウ様の御考えなど私も計れないのに藍に分かる訳がーーーー

 

『紫様が…泣いておられたからですよ』

 

『ーーーーーーーーは?』

 

『ですから紫様が、あの妖怪桜に悔しさ極まって涙を流されたから…九皐様はアレを憎んでいるのです』

 

何を宣うのかこの狐は…私が泣いたから、その原因である西行妖を憎んでいる? 彼が怒っていたのは、霊魂を際限無く贄とする在り様が許せないからだ。

 

『間違い有りません。私は式ゆえ、紫様に嘘を吐けないのです…勘違いでも有りませんよ』

 

私の感慨を否定する藍は間髪入れずに最後の言葉を付け加える。

 

『彼は間違いなく…西行寺様を想って涙した貴女の為に、アレを心底憎悪しておられた』

 

『……そんな、こと』

 

頭が働かない…私の為に? 彼はこれまでそんなこと…

どうして? 先ほどまで無二の友を想っていた自分の沈んだ気持ちが、今は嘘の様に高揚し始めている。

 

『そうなのです。それは賢者と言えど操り難く、何人も抗えない心の発露ですよ…紫様』

 

『分からない…この気持ちが何なのか。何度か彼にこういった事を思ったけれど、いつか答えは出るのかしら?』

 

『出ますとも。それは明日か、又は何年後か…いずれは、必ず』

 

藍は慈しむ様な笑みで、私に応えた。

何だか子供を諭す親みたいで釈然としないけれど、いつか答えが出るのなら、その時まで待ちましょう。

 

『良いわ…今は置いておく事にする。話は終わりなら早く橙を連れて来なさい、事は一刻を争うわ。コウ様の仰った通りに足止めをするのよ』

 

『承知しました。紫様は、如何されますか?』

 

『霊夢を受け持つわ。貴女達は、もう一人の方に行きなさい…きっとあの娘も、異変に気付いて動いているでしょうから』

 

私の言葉の意味を理解してか、藍は会釈した後直ぐスキマへと消えて行った。ごめんなさいね、霊夢…貴女に解決して来る様に促したのに…私が迷っていた所為で面倒を増やして。

 

でも、もう大丈夫。

この胸に、彼の言葉が残っている…温かくて、心地良すぎて切なさすら込み上げるけど。

 

《君を助けよう》ーーーーーそれだけで、今の私は何でも出来そうなくらい…自信と力に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

 

一体どれだけ階段を飛び続けたろうか。

妖しい光を放つ忌々しい桜は直ぐ近くにも見え、まだ遠くに在るかに思える。

 

登り始めた時と違うのは、数多の霊魂が共に来ていたというのにそれ等はいつの間にか何処かへ姿を消してしまっていた。

 

『いっそ、此処からあの場に直接転移するか……む?』

 

西行妖を目指して我武者羅だった為に気付かなかったが、視線の先に人影を確認する。

 

階段の中腹と見られる開けた空間が先に有り、空間の中央には…全く予想外の人物が佇んでいた。

傍らには丸みを帯びた白色の煙が一筋漂い、それが霊魂の一種であると分かる。

 

『君は…』

 

『人里でお逢いしましたね。此処に来られたのは、貴方が最初です。しかし、お引き取りを…この先へは誰も通すなと仰せつかっていますので』

 

人里でぶつかった銀髪の少女が背に携えた刀に手を掛け、私に立ち去れと返す。その剣気は清流の如く緩やかだが、此処から先は此方の出方次第だというところか。

 

彼女が言付けられているという事は、紫の話してくれた西行寺幽々子が居るのは間違いない。そして居るとなれば…妖怪桜は未だ封印を解かれていないらしい。

 

『君は、あの桜について何か知っているか?』

 

『…我が師より、咲かせてはならぬモノと聞き及んでいます。ですが、アレを開花させる事を幽々子様が望まれた。私はそれに従うのみ』

 

『開花させた結果、彼女を喪う事になってもか?』

 

『……どういう意味だ』

 

見据えた彼女の気配が途端に鋭くなった。

口調は礼を尽くした物から威嚇する様な荒々しさが混じり、姿勢は前のめりで今にも斬り掛かる寸前といった具合だ。

 

『そうか…君は知らぬと見える』

 

『此方の質問に答えろ。答えぬのならーーーー斬る』

 

清流を思わせていた気配は完全に形を潜め、目に付く物皆斬り伏せんとする動の剣気が発せられている。

 

良く鍛えていると感嘆するが、如何せん相手を見ていない。視線がでは無い…力量を測る冷静さを欠いているという意味でだ。

 

『好きにしろ、君の気が済むのなら』

 

『脅しではない…! 構えろ!!』

 

彼女の激昂は最もだが、私に特定の構えや立ち姿など元より無い。よってただ受け入れる様に、両手を広げて無言を貫く。

 

『馬鹿にして…ッ!!』

 

怒りに囚われようとも、彼女の接近は実に見事だった。二振りの内長刀の方を腰元に控え、たった一歩踏み出した足が地に着く頃には、既に私を捉えるに充分な射程に収めている。

 

瞬足には眼を見張る物があった。

一瞬の速さならば数ヶ月前に戦った妹君や、幻想郷最速と謳う射命丸さえ凌駕している。

 

『なるほど…』

 

足の踏み込み、遠心力と腰の回転から抜き放たれる一刀は正に絶技。予想される威力、乗せられた剣気も申し分ない…ただ。

 

金属が弾かれる音に、獲ったと確信を得ていた彼女は瞠目する。首筋の斬線を的確になぞり、本来ならば首級を上げていた筈の一閃は…私の肌に僅かな傷も残さなかった。

 

『そんな…』

 

『素晴らしい剣技だが…届かなくては意味が無い』

 

彼女は一足で後方に跳び退き、握る剣と私の首筋を交互に見比べた。

 

『頑丈な身体でな…痛みも無い。刃毀れする前に剣を退け、私はーーーー君より疾い』

 

言葉の途中で、私も彼女の眼前に一息で肉薄する。

対して彼女には、私の挙動が掴めなかったようだ。目を見開いたまま備える事も忘れてしまったのか、立ち竦んだ状態から動かない。

 

『くっ…まだだ! まだーー』

 

『聞け、剣に生きる可憐な少女よ』

 

剣を振らせまいと彼女の両手を押さえ込み、軸足に足を掛けて抵抗を遮る。力の限り抵抗する少女だったが、一向に解放の機は訪れない。

 

『離せ! でなければ殺せ! くそ…くそ…!!』

 

『良いから聞け。あの桜を咲かせてはならない…もし咲けば、君の主人は否応なく消えてしまうのだ』

 

『信じるものか! 私を懐柔しようとしても無駄だ! 私はーー』

 

『八雲紫が、この話を私にしたと言ってもか…! 西行寺幽々子と紫は友人なのだろう? 君は主人だけでなく、その友まで哀しみに堕とすつもりか…!』

 

私の口から主人の名と友の名を聞き、彼女は漸く視線を交わしてくれた。嘘偽りなど断じて無い…祈りにも似た想いで見詰めると、彼女は徐ろに剣を落とした。

 

『何故…紫様を、貴方が幽々子様を知っている…訳が分からない…何で』

 

『あの西行妖には、亡霊となる前の西行寺幽々子の亡骸を触媒に封印が施されている。嘗て命ある者を死に誘う妖怪桜だったアレは、遠い昔に君の主人が命を賭して封じたモノだ』

 

『どうして!? 自分で封じた筈のモノを幽々子様が解き放つなど…!』

 

『西行寺幽々子に、生前の記憶は最早無い。紫から聞いたのだ…アレが開花してしまえば、触媒である亡骸は意味を成さず、今亡霊である彼女は滅んでしまう。頼む、聞き入れてくれ。私はーーーー君達を助けたい…! この通りだ』

 

彼女の束縛を解き、頭一つも違う背丈の少女に頭を下げた。これで駄目なら…彼女を無視して強行する他無い。

 

『……紫様は、何故現れないのですか』

 

『彼女に、力を取り戻しつつある西行妖を止める手立ては無い。異変解決者達が直に来てしまう…時間が無いのだ、紫には足止めを頼んでいるが…万に一つも許されない』

 

『ーーーー私に、何が出来るのですか。どうすれば、幽々子様をお救い出来るのですか!? 貴方に剣は通じず、その話が嘘だとは…もう思えない。だって、そんなに必死で…頭まで下げて』

 

どうやら、私の誠意は通じたようだ。心配は無い…彼女には、充分出来ることが残っている。目の前の少女を信じ、此処は託さねばならない。

 

『君は此処で、万が一にも邪魔が入らぬ様に足止めをして欲しい。紫が負けるとは考え難いが、恐らく…異変解決者は一人では無い』

 

『紫様の眼を盗んで、登って来る者が居ると…?』

 

『この異変は大規模な分、顕界に住む多くの者達が不審に思っている。最低でも冥界に到達する者は二人、内一方は異変解決を旨とする博麗の巫女だ。巫女を相手にすれば負けぬとしても…紫も只では済まない』

 

霊夢の使う符術や弾幕は、人外には一段と効果が高い。

質の高い霊力に浄化を齎す術を乗せれば…吸血鬼の再生力を持ってしても追いつかなかった程に。

 

『私は半人半霊…半分は霊体です。巫女の力が噂に違わぬなら、私も相性が良くありませんーーーーでも!』

 

彼女は落とした剣を拾い上げ、左手に持っていた鞘に納めて言い放った。

 

『貴方が本当に幽々子様を助けられるなら…紫様が貴方を信じて送り出したなら、私は信じます…! 私は未熟者ですが、眼は節穴ではありません! 此処は、この魂魄妖夢が御守りします…!』

 

淀みない覚悟で、群青の瞳に決意を秘めた少女は言い放った。行き摩りの私に不安もまだ有る筈だが、彼女の主人を想う気持ちが決断を後押ししたのか。

 

混乱させる様な真似をして申し訳ない限りだが、一刻の猶予も無い。彼女には後日改めて詫びる事としよう。

 

『頼んだぞ、妖夢』

 

一方的に会話を切り上げ、続く階段を浮遊して一挙に翔け上がる。異変はまだ終わっていない。西行妖の封印が解かれる前に、根を摘まねば。

 

遠巻きからも良く視える…妖怪桜は、徐々に枝の端から蕾を花開かせている。

 

花弁は誘蛾灯の様に、虫ならぬ魂を呼び寄せ…死を恐れぬ来訪者を嘲笑う。

 

不快な枯れ損ないに、虚仮にされて堪る物か。

怒りに滾る今の私は、どう仕様も無く我慢弱い。




かなり話が雑な作りだったかもしれません。
思い付きだけで書き始めて高いモチベーションが空回りするとこうなるんですね…自省中です。

辛気臭い話をして申し訳有りませんでした!
長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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