彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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第二章完結、遂に投稿出来ました。
ねんねんころりです。睡眠不足の中書き連ねた結果、自分でも内容を確認しきれておりません…睡眠不足は完全に自業自得なのですが。

無計画な話の構成、稚拙な文章、御都合主義、半端な厨二マインドでお送りします…それでも読んで下さる方は、ゆっくりしていってね。


第二章 終 蝶よ、花よ

 

♦︎ ??? ♦︎

 

 

 

 

私こと射命丸文(しゃめいまるあや)は、文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)という新聞を幻想郷の津々浦々にお届けする記者である。

近頃は退屈で何の変化もない日常に刺激を与える為、少しばかり誇張した内容の記事でお茶の間を賑わしていた。

 

そんな私に妖怪の賢者《八雲紫》から、先日起きた紅霧異変の折に現れたある妖怪の情報を渡されたのは…今日から五日前の事だった。

 

渡された写真から知り得た妖怪の特徴は、人型で背の高さが六尺程、整った顔立ちに黒髪…特筆すべきは月光にも似た銀の双眸。誰が見ても人間離れした美男子にしか見えなかったが…これがまた写真からでも分かるほど異質な気配を放っていた。

 

異変解決後の紅魔館に取材へ向かおうとした矢先のこと。

私の前に現れた八雲紫は…この妖怪は非常に強い力を持っており、異変に関わった博麗霊夢、霧雨魔理沙、あの紅魔館の主《レミリア・スカーレット》氏も口を揃えて認める存在らしい。

 

幻想郷の新たな勢力として、たった一人で異変解決者の二人や紅魔館に匹敵若しくはそれ以上と目される人物の登場は、眉唾物だと疑いつつも私の心を潤した。

 

「題名は…詳細不明の大妖怪!? 異変に紛れ突如現る!! これで決まりですね!」

 

その日発行した私の新聞は、文字通り売れて売れて売れまくった。明日は槍が降るのでは無いかと内心恐々としながら眠ったのは記憶に新しい。

 

「さて! いよいよ今日は件の妖怪を取材しなければ…」

 

幻想郷の空を飛ぶ私の心は、大スクープ間違い無しの取材を控えて喜び浮かれ上がっていた。

太陽の丘近くで、二つの気配がぶつかり合うのを察知するまでは。

 

「ーーーー《月に叢雲、花に風》ーーーー!!!」

 

「ーーーー《負極・燐光》ーーーー」

 

私が位置するよりずっとずっと高い空で声が聞こえる。

凄絶な力の奔流を放つ深緑の光線と銀の波濤は、周囲の景色を二色に塗り潰しながら拮抗していた。

 

「あややや…な、何ですかアレは…!?」

 

私の驚愕など置き去りにするくらいの衝撃と圧力が雲を裂き、燦然とした夕陽に負けず劣らずの輝きを伴って押し寄せる。

 

一人目は、三対六枚の翼を羽撃かせる太陽の丘の大妖怪《風見幽香》。二人目は…私が探していた詳細不明の黒髪の男そのヒトだった。銀の波濤は荒れ狂う水面に似た唸りを見せ、衝突する光線を押し返し始める。

 

「まさかーー風見さんが、圧されている…?」

 

彼女の表情は光と風圧で確認できないが…まるで獣の顎門の様に光線を呑み込む波濤はやがて、完全に風見幽香を包み蹂躙した。

 

幻想郷を覆わんばかりの力が弾け拡散する…最後に立っていたのは、誰あろう取材を試みようと思っていた黒髪の男の方だった。

 

敗れた風見幽香は空中から地表へ落下する直前に男に抱き留められ…私は唖然としながらも、全速力で逃げ出していた。

 

「ヤバいですよ…! 大スクープどころか、大異変の前触れです! 速く、速く山に報せを出さねば…!!」

 

私はビビりにビビっていた。銀光に満ちる強大な闇の性質、暖かな感触を帯びた力の残滓が返って私の恐怖心を駆り立てて来る。奇妙な新参者が、あの風見幽香を真正面から打ち倒してしまった事実に…千年余りを生きた自分を逃げの一手に走らせる。

 

「誰でもいい…山に、でも誰があんなのーー!!」

 

混乱する思考は堂々巡りの中、身体だけは幻想郷の空を最高速で飛び続けている。あの光景が、私の脳裏に深く焼き付いて離れない。

 

「どうしたらーーーーきゃっ!?」

 

「おう? 危ないじゃないか…どこ見て飛んで、ん? お前…鴉天狗の文じゃないか! 久しぶりだなあ元気してたか?」

 

不注意から体当たりしてしまった相手は、私を懐かしんだ態度で迎えてくれた。鼻腔を突く酒の香りを漂わせ、頭部から生える捻れた双角の小柄な少女。

 

「あ、貴女は…!? い、いえ!聞いてください! 今太陽の丘の方でーー」

 

しどろもどろな私の話を、彼女は黙って聞いてくれていた。話が進む度に喜悦に歪む口元、獲物を狙う獣じみた鋭い眼光を隠そうともせず…知己である《鬼》は 全てを聞き終わると、子供の様に高らかに笑い上げた。

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

黄昏時を過ぎ夜の闇が楽園を包む頃。

道中でやけに自信家な氷の妖精やそれに付き添う少し大きめな妖精と出くわしたが、さして問題も無くアリスの教えてくれた山に辿り着いた。

 

「一番高い山がそうだと言っていたが…目ぼしいのはこの山くらいか」

 

山の所々で同程度の妖力が感じ取れ、それ等は何故か山の一箇所に寄り集まっているのが分かる。

数は三百か四百か…それ以上かも知れないが、恐らくアリスの話に出ていた天狗とやらがそうなのだろう。

 

「…ん?」

 

一つだけ、明らかに違うモノの力が混じっている。

比較にならぬ程の高い妖力は、山を満たして余りある存在感を持っていた。

 

「まさかな…」

 

脳裏に一抹の不安が過ぎったが、進まない事には確認も出来ない。それで目的を変える訳も無く、仕方なしと緩慢な足取りで山の中を分け入って行く。

 

寄り集まる気配の数々は、一様に殺気立っている。

侵入者を知らせる仕組みでも有るのか、又は既に見られているのか…いずれにしろ探りを入れても、彼方の神経を逆撫でするだけだろう。

 

直接確認するまでは、此方も動く気はない。

天狗が余所者を嫌うというのは弁えている…しかし、私の興味はその中にあって唯一人規格外に溢れる妖力の持ち主のみ。

 

大多数は有象無象、少しは眼を見張る者が何人か。卑下する訳では無いが…対峙するには億劫な手合いの集まりでしかない。

 

「ほうーーーーこれはまた」

 

眼窩に映るは背に黒い翼を生やした天狗らしい者共がざっと百人。其れ等より前に陣を敷き、刀や盾、槍から弓まで様々な武具を携えた白狼の耳と尾を持つ人型妖怪たちが二百。

 

そして、やはりと言うべきか。

最前列にて、酒気を帯びた瓢箪片手に…捻れた双角の小柄な少女が一人。彼女がこの集まりの頭目で間違いない。

 

「よう! 身の丈六尺、黒髪に銀の眼…でもってその力の高まりからして、アンタが噂の大妖怪だろ? 私は《伊吹萃香(いぶきすいか)》だ、こんな山までよく来たね」

 

「……君も天狗の新聞を読んだ口か? であればその情報は誤りだ。私はそう大層なモノではない」

 

私の返答に、両の手に鎖を帯びた双角の少女は笑みを噛み殺していた。酷薄で隙が無く、危うい光を目に宿している。

 

「悪い冗談は止しな…ネタは上がってんだよ。あんたが風見と戦り合ったのは分かってんだ、勝ったからこそ此処に来たんだろう? 《鬼》に嘘は吐くもんじゃ無い」

 

自らを鬼と名乗る少女の言葉に、味方である筈の天狗達は響めいていた。恐怖を露わにする者、唇を噛んで堪える者と十人十色だが…この場から逃げる気は毛頭無いようだ。

 

それをさせないのは鬼と思われる彼女への畏怖か、天狗という種としての誇り故か。

 

「嘘ではない。大層なモノは何も無い…偶然、私が勝ちを拾っただけだ』

 

「はぁーー、あの幽香と戦ってよぉ……偶々で勝てる訳無えだろうがっ!!」

 

彼女は吐き捨てた言葉と共に一息で私に肉薄し、見て呉れからは想像だにしない圧力と速度で拳を打ち出してくる。

 

「……ほらな? 偶々勝った奴が、私の動きに合わせられるかよ』

 

『申し訳ない。偶然というのは、此方の謙遜だ…君の言う通り、私は勝つべくして勝ったのだ。勿論殺めてはいない」

 

鬼の少女は一つ舌打ちし、私が受け止めた拳を振り払って均衡を解いた。一瞬の交差であったが…空気の壁を突き破る音速の拳は相応の衝撃を受けた我が手に伝え、それ以上の被害を周囲に齎らしている。

 

近場の木々が風圧で薙ぎ倒され、吹き飛ばぬ様に堪えるだけで精一杯の天狗の群れは…それでも防御陣形を取ったまま微動だにしない。

 

「後ろの連中は使わぬのか?」

 

「あん? 馬鹿言うなよ…こんな飛びっきりの相手を数で伸すなんざ真っ平御免だ。サシで戦ろうじゃないか、それが喧嘩の醍醐味だよ」

 

喧嘩と来たか…肝の座った答えだが、後方に控える天狗の諸君は渋々といった表情の者ばかり。いっそ逃してやれと言いたくなる。

 

「それは僥倖…私も手間が省ける」

 

「へえ? やっぱり言うことが違うね。鬼相手に僥倖なんて」

 

なので、敢えて挑発的な姿勢で臨むこととしよう。

会話が成立し、実力も確か。多種族である天狗を従える統率力も有る。何とも好条件な相手だが…少なくとも幽香と同等の相手なのは間違いない。よってこの場で勝利を収めた上で、和議を以って彼女にも幻想郷を守護する礎となって貰うのが望ましい。

 

「喧嘩と言ったな」

 

「ああ、言ったよ」

 

抑えていた気配を周囲に解き放ち、力溢れる銀の光を迸らせて威圧する。楽園に来てから…対峙した者に力任せの揺さぶりを掛けるのは初めてだが、終わった後で天狗共に横槍を入れられるのは面倒だ。

 

「全身全霊で臨むが良い…此の身は骨肉の一片も朽ち果てる迄、貴様の遊びに付き合ってやろうーー」

 

眼を見開き、歯を剥き出しに口角を吊り上げ、出来得る限りの邪悪な笑みを作って双角の少女に圧し付ける。

 

夜に蠢きはだかる者共よ。諸君等の見据えるこの私が、鬼の宣う喧嘩とやらに如何に興じるか…しかとその目に焼き付けろ。

 

 

 

 

 

 

 

♦︎ 伊吹萃香 ♦︎

 

 

 

 

 

 

銀の双眸、黒髪の男の口上を切っ掛けに喧嘩の幕は上がった。鬼の四天王と恐れられた私すら、気を抜けば全身に震えが走る程の存在が其処に居る。

 

「うおらぁぁあああああッッ!!」

 

裂帛の気合で肌を撫ぜる悪寒を跳ね返し…歓喜に口元を歪め拳を振るい、恐怖を呑み下さんと蹴りを放つ。

 

強者との戦いに酔いしれる鬼という妖怪は、互角の相手を常に望んでいる。だが、此奴は違う…此奴は明らかにーー

 

「おおおおおおおーーーッッ!!!」

 

鬼の咆哮は地をも抉る。拳は山を動かし、蹴りは谷を創り出す。言葉通り、一言一句違わず成し遂げて来た。最早妖怪の山は二人の交わす力の余波に半壊している有様だ…なのに、

 

「心技体申し分無い。鬼…その名に違わぬ強さだ」

 

「嘗めるなぁああああッ!!」

 

なのに此奴は…そんなもの何処吹く風と(わたし)の拳を軽々と捌き、渾身の蹴りをいなし続けている。地鳴の如き轟音を互いの触れ合う箇所から生み出しながら、此方は総手が一撃必殺の構えで撃ち込んでいる。

 

「少し単調だな」

 

「なっ…ぐぁっ!?」

 

素っ頓狂な声が聞こえた。それが自分のモノだと気付いた時には…私は地べたの砂と土、口の中がズタズタに切れて流れた血、それらを纏めて味わっていた。

 

「な、なんだ…? 今の」

 

「伊吹様が…殴り飛ばされたのか!?」

 

「馬鹿なーーこんな事が」

 

後方で控えていた筈の天狗達の声が、えらく近くで響いてくる。狼狽えやがって馬鹿どもが、そんな弱腰だから…いつ迄経っても鬼に胡麻擦って顔色伺う羽目になるんだよ。

 

自分が何されたかなんて、一番分かってるのは私なんだ。

こんなに痛くて愉しいのに…水差す様な台詞ばかり並べやがって。

 

「へ、へへ…良いの貰っちまったよ。こんなに頭がガンガンするとは、鬼の酒より酷い二日酔いだ…!」

 

「欲しければ幾らでもくれてやる。私は此処だ、まだ一歩も動いていない」

 

なんと、まだその場から動かすことさえ出来ていなかったのか。腕を振り抜いただけの拳が、鬼の頭を揺らしてる?

 

ーーーー最高だ。人間と戦い、妖怪と戦い、時には神と呼ばれる奴らと鎬を削った事もあった私が…赤子の手を捻るより簡単に、ぞんざいに追い詰められている。

 

「へへ、ああ…最高だねーーーじゃあ」

 

それなら全力で、何もかもかなぐり捨てて…どうしても勝ちたくなるじゃないか。

 

「こんなのはどうだい?」

 

私は他の鬼とは違う。鬼は基本的に嘘は吐かないが私は堂々と嘘を吐く。隠し事はするし、悪ふざけや嫌がらせも好きだ。

変わり者と言われて久しいけど…だけど、これだけは他の奴らと何も変わらない。

 

「《密と疎を操る程度の能力》」

 

「漸くか…待った甲斐が有ったな」

 

私は、強い奴が好きだ。強い奴と戦うのが好きだ。そして何よりも…強い奴と戦って勝つのが、何よりも好きだ。

 

「待たせたねーーーーーーー往くよ!!!」

 

「来い、その図体に見合ったモノを出してみろ」

 

「鬼符《ミッシングパワー》!!」

 

私の能力で萃めた力を身体に留め、今尚膨れ上がる質量を丸ごと奴に叩き付ける。曰く、堕つる星の一撃…巨大化した肉体から振り下ろされる拳は鉄槌となり、暴風を巻き起こし地表の強敵に見舞われる。

 

「や、山が…山が崩れる」

 

「退避しろ! 距離を取るんだ! 陣形を立て直して住処への被害を抑えろ!!」

 

天狗達は阿鼻叫喚の様相だが、この際知った事じゃ無い。山が崩れようが凹もうが、また萃めて直してやる。今はただ、眼前の敵を粉砕するのみ…!!

 

「おおおおりゃああああああーーーッッ!!!」

 

山が動き、土砂が流れ出し、破壊の波が全てを轢殺するーーーーーー筈だった。

 

「……威力は中々だったが、うむ…大雑把だ」

 

放った拳の先から、潰したであろう男から銀の光が灯される。此れ迄と明らかに違う…より鈍く強く輝く光は私の拳を易々と受け止め、萃めた力の全てを無力化している。

 

「妖力が、無くなってる」

 

これは奴の仕掛けなのか…負けじと能力で周囲を包み込む光を散らそうとするが、男の発する光の所為か何も起こらない。

 

奴は受け止めた巨大な拳から身を逸らし、跳躍する勢いのまま私の顎を蹴り上げた。

 

「ぐうっ…!?」

 

「空へ上がれ、山を気遣いながら相手をするのも辛かろう」

 

空へ投げ出され、上昇を続ける身体を宙空で押し留める。

我に帰って下を見れば、天狗の群れは呆として動かず…やがて皆安堵したのか深く息を吐いていた。

 

「空の上なら遠慮は無用だ」

 

「……ああ、申し訳ないね。連中の世話までして貰ってさ、鬼も形無しだよ」

 

私はやっと、片時も離さなかった瓢箪の酒に手を付けた。男はじっと酒を嚥下する私を見届け…二の句が出るのを待ってくれている。

 

「ぷはぁ……私とした事が、酒を呷るのも忘れちまってたとは情けない。観客代わりに天狗を残しといた癖に…楽し過ぎて見えなくなってたよーーーそれじゃあ」

 

堪らないな、本当に強い奴ってのはこれだから。

何方かが倒れるまで…私達鬼にとっては何にも代え難い、無上の喜びだ。だから、

 

「これで白黒付けなきゃね」

 

右拳を目一杯、力強く握り締める。

萃められるだけの妖力、心の昂り、よく分からない不可思議なモノといった何から何まで全部拳に詰め込んで、この奥義は完成する。

 

「四天王奥義ーーーー」

 

右手に宿した力の集約。一歩目は力強く空を踏み締め、身体を極限まで緊張させる。

 

「良いだろう…正面から迎え撃つ」

 

奴も同じく、迸っていた銀の光を束にして右拳に集めだした。この際相手の反撃など関係無い…此処まで来たら押し通るのみ。

 

二歩目は高く、高く空を跳躍する。鬼の脚力を最大限活かし、標的となる男より二段、三段と上下の利を得る。

 

「ーーーー来い」

 

男の拳が更に鈍い銀光を蓄え、互いの準備は整った。

三歩目、空気の壁を目一杯蹴り出し、初速にして最高速の正拳を解放する。これこそ、私の最後の切り札。

 

 

 

 

「《三歩壊廃(さんぽかいはい)》ッッ!!!!」

 

「《負極・洸彩(ふきょく・こうさい)》」

 

 

 

 

初めて、名を与えられた男の拳が私を迎える。強大な闇、果てのない谷底…底の見えない力の一端を垣間見た。

 

「砕けろやぁぁあああああああーーーーッッ!!!」

 

名と対照的な深淵の気配と、名に違わぬ輝ける力の明滅が鮮やかに空を彩る。これか…これがあの幽香を倒した輝きなのかと、食い入る視線を隠せない。

 

「ーーーーいいや、砕けるのは貴様の方だ…ッ!!」

 

禍々しく、美しい。視界に映る星々すら色褪せる銀。

互いの放つ一撃は瞬きを繰り返し、皮膚は熱を感じ骨が軋みを上げて尚、胸を穿つ銀の閃光が先に届いた。

 

全てを懸けた私の奥義は…正真正銘、ものの見事に打ち破られた。

 

意識が朦朧とする。

熱に浮かされた気怠さが、全身にこびり付いて離れないのに…心はとても晴れやかだ。

 

「あーあ…私でも、ダメか…」

 

山へ落ち行く鬼を見てか、天狗達の慌てふためく声が僅かに聞こえる。一縷の悔しさを湛えて笑う私の、消え行く意識が最後に捉えたのは…月光を背にした勝者の姿だった。

 

 

 

 

 

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

 

 

勝利した筈の私の胸中は、忸怩たる思いに憔悴していた。鬼の少女、伊吹萃香との喧嘩は楽しかったが…余計な茶々を入れすぎた。

 

長らく好敵手と呼べる相手の居なかったであろう彼女を挑発し続ければ、この刹那の鬩ぎ合いがより早急に終わってしまうのは道理だった訳だが。

 

事実彼女と戦い、落下する身体を掴むまでに半時と経たなかった。失敗だ…天狗の書いたという新聞に多少の不快さを覚えたとはいえ、これでは八つ当たりに等しい。

 

我が身の不実さを呪うものの、結果としては上等なのが更に居た堪れない。

 

「天狗の諸君」

 

私の声に怯え、集まった三百余の群隊は沈黙している。

彼等、又は彼女等に全く非など無いのだが、用件を伝え易いのがまた釈然としないものがある。

 

「私の新聞を書いたという天狗を、此処に連れて来て欲しいのだ」

 

抱えた彼女を天狗達の方へ担いで行くと、恐る恐る伊吹萃香を迎えんとする者が居た。その天狗は艶やかな黒翼を持ち、朱の瞳が美しく…整った顔をしている。

彼女は顔を伏せ、震える唇を動かして何事かを呟いた。

 

「私が…そうです」

 

「む?」

 

「私が、貴方の記事を書きました。射命丸と申します…この度は私の不注意と誤解から、伊吹様と貴方を争わせてしまいました…全て私の咎です。ですが伊吹様だけは平に、平にご容赦を…!」

 

これは…少々不味い事になったやも知れん。

この射命丸という天狗、過ちと認めた上で伊吹を庇い自らを差し出そうとしている。

 

加えて私と伊吹の戦いの発端が射命丸であると知らぬ他の者達は、徐々に疑惑の視線を彼女に向け始めていた。

 

「ーーーー良くやったぞ」

 

「……はい?」

 

「私の頼んだ通りの記事を書き、各地に喧伝した事だ。それにより…伊吹とは実に楽しい時間を過ごした」

 

周囲を納得させるには苦しい理由だが、そういう事にせねばなるまい。伊吹が私と幽香の件を知っていたという事は、その場に伊吹本人か、その話を教えた別の人物があの場に居た事は明らかだ。

 

それがこの天狗の娘だとしたら…紫が流した情報から作成した記事の当人が戦っている姿は、さぞ危険に感じたに違いない。

 

「一体何を言っているんですか…! 私は」

 

「伊吹もまた、君を連れ強者を求めて此処で待っていた。違うか?」

 

強引に射命丸の言葉を制し、頷けと万感の祈りを込めて視線と言葉で訴えかける。私の嘘を通すには駄目押しにもう一つ、何か適当な話を繋げねばならない。

 

「新聞を書いただけの君は、大方伊吹に連れられて巻き込まれた口ではないか? なあ…射命丸」

 

「あ…あ、う」

 

身体に光を奔らせながら、詰め寄る形で射命丸を見据える。気迫に上手く乗せられてくれた様で、彼女は沈黙のまま一つ頷き立ち尽くしている。

 

「そ、そういえば…伊吹様と一緒にアイツも山に帰って来てたな」

 

「まさか…伊吹様に指示されて仕方なく私達を集めたの?」

 

「ならば我等は、伊吹様とあの男に待ち合わせの目印にされたという事ではないか…!」

 

予定通りと素直には喜べないが、どうにか天狗達の嫌悪の矛先は私に変わった。見知った鬼の恐ろしさより、見知らぬ私の猿芝居を信じたらしい。

 

「天狗共よ…」

 

低い声音で後方の彼らに呼び掛け、狼狽えながら聞き入れたのを幸いに捲し立てておく。

 

「私は鬼に勝った。これに異を唱え、我こそはと思う者は前へ出ろ」

 

一層、身体から洩れ出す力を強めて天狗達を威圧する。彼等は巻き込まれ損も甚だしいが、この場は私一人への不満で引き退って貰おう。

 

「誰も来ないか…ならば伊吹を連れて逃げ帰るが良い。私もこの様な寂れた山に、いつまでも居座る積りは無い…卑しき鴉と犬共よ、今宵の宴はこれにて終いだ」

 

態とらしく息を大きく吸い上げ、出来得る限りの凄味を混ぜた言葉で締め括った。

 

「散れ」

 

たった一言、最後の一言で天狗の群れは一目散に山を駆け登って行く。射命丸という天狗が、伊吹を背負いながら私を一瞥したのが見えたが…その表情は複雑怪奇、何を思えばあの様な顔が出来るのか。

 

今更真意を読み取る事も面倒になってしまった私は、荒れた山の中を独り、来た時と同じく緩慢な足取りで降って行った。

 

 

 

 

 

 

草木も眠る夜の山道を踏破し、入り口を抜けて野原に立つと…視線の先には予想外の組み合わせが肩を並べていた。

 

「紫、それに幽香も…何故此処に」

 

「失礼とは存じますが、妖怪の山の一部始終…スキマで見させて頂きましたわ。コウ様…私の不手際を、どうかお許し下さいませ」

 

間の悪いことだ。

朝方の家の件で話を進めようとしてスキマを覗けば、私と伊吹の諍いと後の三文芝居を見られていたとは。

 

「君に不手際など無い。見ていたのならあの通りだ…あれで良かったのだ。断りも無く、天狗の領域に踏み入った私の落ち度だ」

 

「天狗の奴らは余所者を嫌うのは知ってるけど…今回は文の早とちりが原因でしょう? 気にすること無いわ」

 

文とは、射命丸の事か…擁護されるべき立場ではないが、幽香の飄々とした態度は私の陰鬱さを幾らか和らげてくれた。

 

「コウ様、今日のところは紅魔館か博麗神社で夜を明かしましょう。お住まいの件は…また後日にでも」

 

「てっきり自分の家に来いとか言うと思ってたわ。まだ自制心は残ってるみたいね」

 

「ちょっと! 水を差さないで頂戴! 違うんですのよコウ様、元はと言えばこの歩く暴力装置が」

 

「誰が歩く暴力装置よ! この際だから立場ってのを分からせてやるわ、この真性のストーカーが!」

 

「むきーっ!! 望むところよ、其処に直りなさい!」

 

私を他所に戯れ合う二人は無邪気で、此処に来るまで煩悶としていたのが馬鹿馬鹿しくなる程だった。

 

「フハハハハ…色々な事が有ったが、今日一番の幸運は両手に華という点だ。やはりこれで良い…さあ、私を何処へ連れて行ってくれるのだ? 但し、お手柔らかにな」

 

「ふん! 私だけじゃなくコイツも褒めたのは減点だけど、まあ許してあげるわ」

 

「それはこっちの台詞ですわよ! ささ、コウ様…こんな生きる破壊兵器放っといて私とご一緒しましょう?」

 

幻想郷を巡る一日目は、こうして終わりを告げる事となった。己の揺らぎに惑わされ万事上手くは熟せなかったが…やはり私は此処を訪れて良かったと、心から思える。

 

 

深竜よ、この光景をしかと見よ。

美々しき花が、蝶が、間近で戯れるその奇跡。

忘れ去られた地に根付く、暖かな自然の雄大さを。

これぞ宝だ…唯一無二の愛しき大地。

 

 

 

私はーーーーこの楽園を愛している。

 

 

 




第二章、ようやっと終わらせることが出来ました。
辛くは無かったのですが気持ちは三章へ先走りしつつだったので、もっと上手く纏められないのかと自分に毒づいておりました。

あ~心がみょんみょんするんじゃ~やっとみょん書けるんやなって…すいません。
萃香は?文は?と思われた方、第三章の冒頭で差し込みたいと考えております。
三章は二章から少し時間が経ってからのお話となります。

かなり長くなりましたが…最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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