彼は幻想を愛している   作:ねんねんころり

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遅れまして、ねんねんころりです。
投稿ペースが落ちてしまったうえ、前回の予定は未定が現実となってしまいました…申し訳ありません。

稚拙な文章、急展開、御都合主義全開でお送りしています。それでも良い方、ゆっくりしていってね。


第二章 参 大妖待ちいたる山へ

♦︎ 九皐 ♦︎

 

 

 

 

幽香には、正確には風見という姓があり…この名を知らぬ者は幻想郷には存在しないほど周知されているようだ。メディスンの話では幻想郷でも屈指の実力者で、あの霊夢や紫とも面識があるらしい。

 

「なるほどね…紫がどうりで貴方を野放しにしている筈だわ。幻想郷には今、人外の類が増えすぎている…人喰いを平気でやらかす連中もね。それは近々人里の人間を脅かす事態になるから、霊夢は貴方に巡業しながら戦って妖怪を選別しろって事なのね?」

 

「今にして考えれば、紫の思惑だったとも私は思う。この楽園には、スペルカードルールを無視して跋扈する者たちが未だに絶えないのだろう」

 

私が幽香に此処まで来た経緯を話すと、彼女は巡業して戦えと言った霊夢の裏を分析していた。

その事については私も見当はついていたが…私の目的を阻む内容では無い上、判断は私に委ねられている。

 

「私が結果的には拒まない事も計算の内だろう。博麗の巫女、妖怪の賢者は此処に在りといったところか」

 

楽園の守護を旨とする二人からすれば、使えるものは使えということだ。是非もないが、不快でもない。

 

「貴方…本当にお人好しね。最後に裏切られたらとか思わないの?」

 

「人間は嘘つきなんだから信じたらダメだよ! 私みたいに…捨てられちゃうよ…」

 

「……大丈夫だ、私はそれほど繊細には出来ていない」

 

メディスンは、不安げな表情のまま目を伏せてしまう。

私が慣れぬ手付きで彼女の小さな頭を優しく撫でると、心地良かったのか少しだけ溜飲を下げてくれた。

 

「だからという訳では無いが、幽香…君には頼みがある』

 

『分かっているわ。此処ら一帯だけなら私が適当に掃除しておいてあげる。私に勝った貴方のやる事だもの…協力するわ」

 

「すまない。面倒事を引き受けて貰って、君には感謝しきれないが…ありがとう」

 

「い、良いわよ! 一々お礼を言わなくたって、ちゃんとやっておくから!」

 

礼を述べると、彼女は何故かまたもや顔を赤らめてしまった。紫やレミリア嬢もそうだったが…何故私が礼を口にしたり賛辞を送ると一様にこうなるのか。

 

「えー…キュウコウわかんないの? 年の割りに子供なのね」

 

そしてメディスンには子供扱いされた挙句頭を撫で返される始末だ。女とは、いつの時代も不可解な生き物だ。

 

「幽香、メディスンも呼び難ければ《コウ》と呼び捨ててくれ。私も二人を名前で呼んでいる」

 

「コウ…コウね…」

 

「わたしもー!」

 

「うむ…では、そろそろ行くとしよう。次は何処へ行くか決めていないが、如何にかなるだろう」

 

「それなら、森の中心へ行ってみれば? 彼処には面白い奴らがいるから」

 

立ち上がった私に幽香が告げたのは、森に入った当初辿り着かなかった森の中心であった。

あの森に居た有害な妖獣どもは粗方狩り尽くしたが、彼女が言う奴らとはそういった類では無いらしい。

 

「分かった。では今度こそ…また逢おう幽香、メディスン」

 

「ええ…また逢いましょう。でも逢いにくるなら、なるべく頻繁に来なさい! 良いわね、コウ?」

 

「次は私の鈴蘭畑も見せてあげるよ!」

 

「それは楽しみだな、約束しよう」

 

 

 

 

 

 

太陽の丘、花畑で幽香とメディスンに暫しの別れを告げて森へと再度入り込む。今は夕刻に差し掛かる頃、昏れなずむ夕陽が景色を朱に染める中を進む事となった。

 

今度は回りくどい事をする必要も無く、森の中心を目指して歩き続けた。森に深く潜って行くと、閑散として開けた場所に到着した。

 

「あれは…家か?」

 

家の敷地と言わんばかりに柵が設けられ、屋根の煙突から煙が立ち登り、庭はそれなりに手入れされていて今も何者かが住んでいると窺える。

 

何よりも気にかかるのは、屋内から発せられる気配だ。

それはあの魔理沙やパチュリーと同じく魔女、魔法使いの放つ魔力だと分かる。

 

しかし、その何方とも違う事が一目で判断出来た。

魔力の量だけならパチュリーと同等かそれ以上、質だけなら人間の魔理沙では出し得ない七色の淡い光が視覚化されていた。

 

閉め切られた扉を興味本位で叩くと、家主も此方に気付いていたのか反応は早かった。

 

「貴方誰? この感じ…妖怪?」

 

扉から顔だけを出して私を妖怪と言った少女は、整った顔立ちに金の髪、青々とした瞳が人間離れした美しさを醸し出している。

 

楽園には容姿端麗な女性が特に多いらしい。

さしもの私も出会う者軒並み美人揃いでは尻込みしてしまいそうだ。

 

「どうしたの? まさかその姿で喋れないってことは無いわよね?」

 

「ーーああ、私は幻想郷に来たばかりでな…此処で出逢う女性が皆とても美しいので言葉が出なかった。申し訳ない」

 

私の返答に、扉越しの彼女は一瞬身体を震わせたかと思うと訝しげな視線を向けてくる。

 

「そ、そう…褒めて貰った所悪いけど、私の質問に答えてくれない?」

 

「うむ…私の名は九皐という。此処には迷った訳ではなくーー」

 

私が質問に答え終わる直前、突然目の前から魔力で操られた何かが奇襲を掛けて来る。

標的としては小さなそれ等を大きく後方に飛び退いて躱し、繰り出したであろう家主の少女に問いかけた。

 

「これは、何のつもりだ?」

 

「貴方ね…太陽の丘で風見幽香とドンパチやってたの。さっきより力は感じないけど間違いない…それに、この森の妖獣を殺したでしょう? 危険な輩と考えるのは当たり前じゃないかしら」

 

気付かれていたのか…いや、目立つ行動だったのは認めよう。それにしても、私を攻撃してきたモノの正体が判明した…彼女の指から伸びる魔力の糸が操る七体の人形。

 

それ等は無機物としての特性を持ちながら、動きは人間の動作と変わらない精巧な代物だ。

 

「弁明のしようもない、事実だからな。だが、私は君と争いに来たのではない」

 

「信じられない話ね。私の所へ先に来たのは幸運だった…あの娘が見つかる前に貴方を潰す。気配からして、貴方が天狗の新聞に載ってた妖怪なのでしょう? だったら答えは一つよ」

 

七体の人形は持っている武器が三種に分けられている。

剣を持つのが二体、槍持ちが三体、盾を持つのが二体。

それにしても天狗とやらの新聞には、私のことがどう書かれていたのか気になる…こうも好戦的にされるとはな。

 

「弾幕ごっことはいかないか」

 

「それはあくまでルール有りの決闘の場合よ。これは狩り…得体の知れない危険な奴には当て嵌まらない」

 

計らずも起こった彼女で言うところの狩りは、誤解では無いが不幸な巡り合わせで始まってしまった。

 

人形使いの少女の背に魔法陣が展開され、小形弾幕と共に人形が高速で移動する。その攻撃は規律正しく、少女は人形師としても魔法使いとしても高い実力を有しているようだ。

 

「先ずは小手調べよ…!」

 

人形の行進はさながら女王に従う歴戦の勇士を思わせる。

命の無い人形は、反して有機的な挙動で距離を埋めつつ攻撃を仕掛けて来る。

 

時に散り散りに、時に互いの動きを合わせて剣を振るい、

槍で突く。特筆すべきは、主人が魔法による光線や魔弾を放てばすかさず追随し一瞬の動きにも対応してみせるその操作性。

 

実現させているのは使い手の技量と人形それぞれの完成度の高さに依るモノだ。だが、私を捉えるには未だ至らない。

 

「些か迫力不足だな」

 

人形の縦横無尽の挙動を見切り、余力を持って回避し前進する。弾幕は腕や足で払い除けて距離を詰め、少女の眼前に躍り出た。

 

「安易に近付き過ぎよ」

 

「ーーむ?」

 

いつの間に隠していたのか、私と少女の間に人形が一体。八体目のソレは強く発光し、互いの間で爆弾の如く爆ぜた。

 

地面を抉り、豪快な音と衝撃が身体を襲う。人形に仕込まれた火薬の量を考えれば考えれば少女もただでは済まない筈だが、盾持ちの二体の人形を滑り込ませて防いだらしい。

 

「どうして…!?」

 

「ーーーー何がだ?」

 

態と隙を作り、人形を爆弾として炸裂させる戦術で一気に畳み掛けるのは悪く無かったが、相手の強度を想定に入れていないのは減点だ。

 

「ちょっと、擦り傷も負ってないじゃない…」

 

「次からはもっと大きな人形に火薬を詰めることだ」

 

一歩踏み込めば充分に攻撃の当たる距離だったが、爆風で被った煤を落としながら忠告するに留める。

 

「一応…用意した子の中では一番量が多かったのだけど?」

 

「ならばどうする? 本気を出せば後が無いだろう。私としてはこのまま終わってくれると助かるのだが…」

 

対話を試みようとしたのも束の間、不意に背中に蠢く何かの気配を感じ取った。後ろを見やればこれまで武器を手にしていた武器を投げ捨てた計五体の人形が、私の背に所狭しと張り付いて糸を絡めている。

 

「爆ぜた八体目は囮だったか」

 

『いいえ、その子も此処にいるわよ』

 

予想していたより食えない少女だ。

今までは真正面から来る手合いばかりだったのに対し、眼前の人形使いは戦い方を良く練っている。

 

「ご苦労様ね、上海(シャンハイ)

 

「シャンハーイ」

 

彼女の言う通り、私と共に爆散したと思われた八体目の人形は全くの無傷。よほど対物性能が高いと見えるが、驚くべきは上海と呼ばれた人形が声を発した事だ。

 

「その人形…喋れるのか」

 

「この子は私の特別な人形…貴方の為にみすみす壊したりなんかしないわ」

 

上海なる人形は表情こそ変わらないものの、主人に寄り添い守るように私に槍を翳している。先は気付かなかったが、外観だけでなく着せられている衣服も細部まで見事に造られている。

 

「ーー素晴らしい」

 

「……なんですって?」

 

「上海、と言ったか…非常に良く出来ている。これ程精巧な人形は見たことが無い。人語は解するのだろうか?」

 

私は状況も芳しくない事に目もくれず、上海と呼ばれる人形の美しい造形や主人に応答する様に魅入られていた。

 

「……貴方、状況分かってる? 背中の子たちは皆火薬を仕込んでいるのよ? 流石に妖怪でもただじゃ済まない」

 

「構わない。それよりもっと近くで見せて欲しい…この人形も君が造ったのか? 全て自分で?」

 

「そうだけど……だから何なのよ! それ以上動くと本当に吹き飛ばすわよ!?」

 

それでも一向に構わないと述べた筈だが、私が人形を見る姿に少女は狼狽えているらしい。さて、始めから戦う意思が無いとどう伝えれば良いのか。

 

「君がそれで良いなら止めはしないが、せめてこの人形をもう少し見させて欲しい」

 

「シャンハーイ?」

 

やはり見事な出来だ。私と少女のやり取りに反応する素振りは《機能》ではない…自動人形かそれに極めて近い性質を持っている。

 

『貴方、人形に詳しいの?』

 

「人並みだが…先も言った通り私はこの人形をとても素晴らしいと感じている。糸こそ繋がっているがこの子にはある程度の知能が備わっており、定期的に自動式さえ上書きすれば独立して動けると見た。実に見事だ」

 

「よ、よく分かってるじゃない。そうよ、この子は私の目指す完全自立型に最も近いわ…成果は上がってないけど、いつかは完璧な自動人形の技術を作るのが目標なの」

 

予想以上に良い反応をしてくれた少女は、まるで胸に秘めた夢を打ち明けるようだ。完全に主人の手を離れた意思ある人形というのは、並大抵の研鑽では到達し得ないだろうに…彼女は臆する事なく語ったのだ。

 

「良い夢だ…なんと美しい夢か。麗しい少女よ、此度は私の不注意で余計な気を揉ませた事を深く詫びよう…申し訳ない」

 

「急に謝るなんて…変よ貴方。それに、私のこと笑わないの?」

 

「笑う? 君の夢の事か? 可笑しな事などない。私の知る限り…人形に心を与えるというのは正しく大業だ。それを目指す君の何を笑うのだ?」

 

そうだ…可笑しな事など、人形使いの少女は何一つ言っていない。命無き人形に魂を吹き込む事がどれ程難解なのか、私でも知っている。

 

それでも彼女は目標だと告げたのだ。

嘲笑う事など、誰にする権利も無い…挑まねば分からぬ事柄を挑まずして笑うなど、決して許されない。

 

「本気で言ってるのね…やっぱり変よ。私の目標を聞いて笑わなかったのは、貴方で三人目」

 

彼女は人形による拘束を解き、自由の身となった私を見上げている。人形達は揃って礼儀正しく私に会釈し、魔法陣の中へ姿を消して行った。

 

「ーーーー私の負けよ。貴方の言葉を、嘘じゃないと思わされてしまった…ねえ、貴方は私をどうする気なの?」

 

「何もしない。強いて言えば、君の名前を教えてはくれまいか?」

 

彼女は目を見開いて、心底驚いた様子で見詰める。

すると溜息を一つ吐いて…呆れ返った表情で口を開いた。

 

「《アリス・マーガトロイド》よ。知り合いはアリスって呼んでるわ…はぁ、本当に変な奴ね。発せられる力からして大妖怪の癖に、出てくる言葉が素直過ぎるわ」

 

「アリスか…良い名だ。私も改めて名乗ろう、九皐という。親しい者はコウと呼んでいるので、君もそのように呼んで欲しい」

 

「さっき逢ったばかりの相手に愛称で呼べなんて…ふふ、益々変だわ」

 

アリスの笑顔は、七色の虹にも似て明るく可憐だ。

これまで幾人も美しく可愛らしい少女達と出逢ったが、彼女らに負けぬ輝きを放っている。

 

「アリス…私は今幻想郷を回る旅をしているのだが、どうにも楽園の半分は回ってしまったようなのだ。これから紅魔館より上の方角を目指そうと思うのだが、其処には目ぼしい土地や建物は有るのか?」

 

「紅魔館って、あの霧の湖畔の向う側に在る紅い館よね。其処から先に行くとなると……あ」

 

アリスは何か思い当たる場所があるらしい。

神妙な顔つきなのが気に掛かるが、兎も角私の次の行き先は其処になりそうだ。

 

「館の向こう側には高い山が聳えているわ。其処は《妖怪の山》と名付けられていて、《天狗》が山を取り仕切っているみたい。それと…昔は《鬼》も居たみたいよ?」

 

天狗に鬼か。いよいよ種族としても名高い連中が座する所へ赴く事になりそうだが、其奴等は私のもう一つの目的に賛同してくれるだろうか。

 

「分かった。次はその妖怪の山とやらに行くとしよう」

 

「大丈夫なの? 風見幽香と渡り合える貴方に言うのもアレだけど…天狗は閉鎖的で余所者を嫌うし、万が一鬼に逢ったりしたら即戦闘が目に見えてるわよ?」

 

「問題無い。ではアリス、次に此処へ来た時は君の造った人形達をゆっくりと見せて欲しい…頼めるか?」

 

「良いわよ…次はもう少し落ち着いてから来て頂戴」

 

むしろ落ち着いていなかったのはアリスの方なのだが、余計な事を言って藪蛇を叩かぬよう努めてその場で別れた。

 

幽香、メディスン、アリスと今日は新たな友と出逢い語らう事が出来た。出会い頭の戦闘や巡り合わせから生じた誤解など様々有ったが、私の巡業は順風満帆だ。

 

幻想郷に辿り着いてから、私の心は喜びや悲しみといった忘れかけていたモノを取り戻しつつある。

 

だのに胸の内で消えず燻る不安が在るのは…存外私にも過去を厭う気持ちが残っているからか。

 

そんな心の些末な問いは、楽園に夜を知らせる虫と獣の鳴き声に掻き消されていった。

 

 

 

 

 

♦︎ 風見幽香 ♦︎

 

 

 

 

 

風見幽香は大妖怪だ。その自負は少なからず持っていたし、妖怪最強の一人に数えられる事は珍しくない。

 

例えを出すなら、幻想郷の賢者《八雲紫》とまともに戦える数少ない存在であり…能力無しなら自分が上、有りなら互角と言ったところ。

 

近頃の人物ならーーその番付に割り込めるのは博麗の巫女か、運命を操るという新参の吸血鬼位だと思っていた。

 

しかし、そんな小競り合いなど意にも介さぬといった風に彼は現れた。

 

「ぷーくすくす! ザマぁ無いわね幽香、コウ様に無謀にも挑むから空中落下なんてする羽目になるのよ! 高い授業料を払ったわね」

 

「ちょっと、戦いすらしてないアンタに何で上から目線で笑われなきゃならないのよ? どうせコウに初めて遭った時のアンタなんて藍と一緒に震えて縮こまってたんでしょ!」

 

「うぐ!? ま、まるで見ていた様に的確に言うじゃないの…! その通りですけどね!」

 

私の友人…というか、古くからの知己である八雲紫はコウが去って暫くしてから突然やって来た。日も沈み切った今は、恐らく彼も何処かで夜を越す為に四苦八苦している頃だろう。

 

何でも紫の話では、コウの種族は妖怪などではなく竜であったらしい。それにも充分驚かされたが…一番度肝を抜かれたのはあの紫が彼を心底慕っているという点だ。

 

「嗚呼、コウ様! なんてお労しい…我が友ながら幻想郷一の暴力主義者である幽香に絡まれるなんて…!」

 

「いやいや、家に来たのはコウの方だから」

 

「でもいきなり吹っ飛ばしたんでしょう?」

 

そうよ! 興奮して思わずね!

認めるのも癪な私は、目の前のカップに淹れられたハーブティーを一息に嚥下した。

 

思い返せば決して和やかな出逢いでは無かったのに、我が家を出る間際の彼の顔はとても優しげで…自分も気付けば笑顔で見送っていた。

 

「そんな事、一生ある訳無いと思ってたのにね…」

 

「え? 何々? 何の話?」

 

「何でも無いわ…それより、私の方がアンタに聞きたいことが山程有るのよ。仮にも賢者なんて呼ばれてるアンタが、特定の誰かを甲斐甲斐しく世話してやるなんて」

 

「ーーーえ? そ、そうかしら…でもね、最近熱っぽいのは有るかもしれないわね。コウ様にお逢いした時に限って調子を崩してしまうから、最近はゆっくりお話も出来ていないのよ…あ! それでね幽香! 今度コウ様の為にーー」

 

私の問い掛けに、当の賢者はいじらしくなったり興奮気味に捲し立てたりと全く忙しない。これはもう確定よね…けれど人の事は言えない、何せ私もーーー

 

「聞いてるの!?」

 

「え? あ、えっと…何の話だったかしら」

 

「んもう! コウ様の住まいを何処に建てるかという話よ! あの方は先の紅霧異変にも関わりが有るから、あの吸血鬼の小娘に唆されない為に湖畔からは離れた場所にしたいのよ! だけどコウ様の発する力は強過ぎて人里にも置けないし…」

 

この賢者、本当に私の知る八雲紫なのだろうか。

これまでの彼女は落ち着き払ってて何処か胡散臭かっただけに、俄かには信じられない。

 

この際友人として彼女の罹った病気を教えてやるべきか?

しかし、私としてもその方面で敵に塩を送るのは気が引けてしまう。お互いに千年以上も生きているのに、なまじそういった経験が皆無なお陰でかなりややこしい。

 

「いいえ…きっと、私が嫌なんだわ」

 

「やっぱりそう思う? 流石に平原地帯に一戸建ては無いわよね…やっぱりコウ様には《マヨヒガ》で暮らして」

 

「それは駄目よッッ!!」

 

話の前後はさっぱり頭に無かったが、紫の領域に置いたりしたらあの狐が余計な策を弄しかねない。私が鬼気迫る声で止めた所為か、紫は面食らって止まってしまっている。

 

「ごめんなさい。でもマヨヒガに置いて、一々幻想郷まで来るのじゃ不便よ…それならいっそ野原に一軒家の方がマシだと思うわ」

 

「…そうね、そうするわ。一応コウ様にお伺いするけれど、今はーーーーち、ちょっと!」

 

今迄の間の抜けた彼女とは打って変わって、その面持ちは焦燥を露わにしている。

何事かと紫の開けたスキマを覗き込むと…其処には予想外の光景が映し出されていた。

 

「まさか…登って来たの? アイツーー」

 

「地底の旧都で呑んだくれてると思ったら…これは、厄介な事態かも知れませんわねーーそれも妖怪の山でとは」

 

九皐は唯一人、視線の先の軍勢と…それを煽動しただろう人物を射抜かんばかりの視線で捉えていた。

 

何百という数の多様な天狗、その中に唯一人捻れた双角の小柄な鬼が悠然と立っている。

 

「これ…大丈夫なの? 紫」

 

私の声に妖怪の賢者は瞑目し答えない。スキマを開けたまま事態を静観する事を、視線だけで語っていた。

 

夜が明けるにはまだ早い…血気沸き立つ妖怪の山に、戦いの火蓋が切って落とされる。




遂に妖怪の山を話に持って来られました。
作品の時系列を無視したまま第二章は進んでおりますが、確定事項として第三章は妖々夢編になると申し上げておきます。

幻想郷はそんなに広くない、地底を出すにはまだ早いと思い地上巡りだけで巡業編は一先ず終わりとなりそうです。

次話は長くなりそうですので…遅れてしまいましたらごめんなさい。

長くなりましたが最後まで読んで下さった方、誠にありがとうございます!

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