稚拙な文章、厨二マインド全開でお送りしております。
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《プロローグ》
―――――――――――。
――――――――微睡んでいた。
――――――――漂っている。
夢と現の断片が浮かんでは消え去り、世界のあらゆる事柄の終わりと始まりを垣間見る場所で。
自分は身を横たえて、様々な断片を流し見る。飽きたらまた浅く眠って、只管永劫の時を浪費していた。
今も昔も、此処に辿り着いてから同じ様に終わると考えていた自分の耳朶に、突如としてその声は届いた。
「忘れ去られた者たちの、最後の楽園…」
一言では表せない、幾多もの想いが込められた言葉が、艶やかな声音によって紡がれた。反射的に目を開ける。視線の先には、紫を基調とした衣服を纏う女の姿があった。
波打つ金糸の髪は美しく、物憂げにも見える瞳は宝石のようだ。言葉を発した声もやはり耳に心地よく、自分の心身を満たしていた。
だが何よりも気にかかるのは、
「最後の、楽園」
何時振りか、実に久しく自分は声を発した。
微かに上げた声であったが、やはりこの夢現混ざり合う領域でも震えているようだった。
♦︎ 八雲紫 ♦︎
無数の眼が不規則に並ぶ場所、スキマの中に彼女は居た。
幻想郷の管理者、八雲 紫は大妖怪である。
千年余りを生きた彼女は、その長すぎる時を経てなお衰えぬ美貌と、大妖怪と呼ばれるに恥じぬ強大な力と知性を備えていた。
彼女は言う。
―――――幻想郷は全てを受け入れる―――――。
その言葉に偽りは無かった。
善も悪も美も醜も、人と人ならざる者達も、
幻想郷にあるものは皆、彼女の愛する至高の宝に他ならない。
「忘れ去られた者たちの、最後の楽園…」
……。
………っ、は。
……恥ずかしい。
いざ自分で口にしてみると、ちょっと。
いや、かなり格好つけ過ぎだなと思った。
昔から同じようなことを懲りもせず言って回っているけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「…はあ、さてと」
他愛もない思考を一度打ち切って、いつもの作業に取り掛かることにした。
先ずは博麗大結界。
幻想郷と外の世界を隔てる楽園の要。
それが今日も変わらず異常は無いかを確かめて、それからまた別の作業へと移行する。
「―――――紫様」
「あら、藍?どうしたの?」
後ろからの気配に気付いて振り向けば、自分の式である八雲 藍が其処にいた。
「は、件の吸血鬼との会合が終わりましたので」
「そう、それじゃあ…いよいよね」
幻想郷における、スペルカードを用いたルール下での初めての異変。
これまで血で血を洗う様な出来事は幾つかあったが、
これでようやく…。
「ええ。これも紫様の御尽力の賜物です」
「やめてちょうだい。私だけでは、ここまで運ぶのにどれだけ手間だった事か、協力してくれた皆のお陰よ。ありがとう、藍」
「勿体無いお言葉です」
藍はそう謙遜しながらも、嬉しそうに何度か尾を揺らした。
「藍、早速だけど霊夢の所に―――――――――――――え?」
藍を促して博麗神社へと向かおうと思った矢先、ソレは余りにも突然に降り立った。
「ゆ、紫様…あ、アレは一体…!?」
「私にも、判らないわ…けれど」
ソレは確かにそこに居た。
スキマから大結界を覗いていた自分は、先程までは居なかったソレを確かに捉えた。
一瞬目を離した隙に、余りにも大きな気配が発せられた。スキマの方へと直ぐさま振り返って、気配の主をしかと目に映した。
幻想郷を覆う博麗大結界、その外側である何処でもない空間から、鋭く大きな銀の双眸が、私を、藍を、博麗大結界をーー幻想郷を、食い入るように見詰めていた。
♦︎ ??? ♦︎
最後の楽園。
金糸の長髪を靡かせた少女はそう呟いていた。
浮かび上がった少女のビジョン。
ふと無意識に自分は手を伸ばし、それに触れていた。
流れ込んでくる断片的な情報が、久しく忘れていた好奇心を激しく掻き立てて行く。
「面白い、面白いな」
沸き上がる好奇心が、止めどなく大きく膨れ上がる。
嗚呼、堪らないな。
一度は行って、見てみたいものだ…楽園、最後の楽園に。
「そうか…行けば良いのか」
夢と現が混ざり合う間隙の世界が、声を発するだけで震えてしまった。やはり、此処は無駄に広さだけは有るが、些か脆い。
もしこの場で暴れだそうものなら瞬く間にこの場所は崩れ去ってしまうだろう。
取り留めもないことを考えたが、自分の決意は未だ固いままだった。
「そうとなれば……」
触れているビジョンを、今度は自分から情報を探り始める。
このビジョンに映る少女のいる場所、楽園の在り処を見つけ出す為に。
「――――――――ふむ、ほう…其処か」
何とも拍子抜けと言えば良いか。
探りを入れてから一分とかからず楽園の座標を見つけてしまった。ともあれ行き先が判明したので、そこで自分は漸く横たえていた身体を起こし始める。この世界を壊さないようにゆっくりと、優しく。
「では、行こう」
何度目かの独り言を発して、起こした身体で気怠げに歩き出す。意識を前方の少女が映るビジョンへ向けると、此方の意思に添うように歪みが生じ、虚空を覗かせる黒く巨大な穴が生まれていた。
自分の身体を難なく飲み込めるほど大きく開いた穴へ迷わず歩く。右足が入り、左手が入り、全身がすっぽりと入った直後、自らで開けた穴に再度意識を傾けてそれを塞ぎ、元いた世界から楽園へと歩き出す。
五分経ったか、十分経ったか。
そうして辿り着いたのは、予想外にも少女の眼前ではなかった。しかし、視線の先には確かに楽園が広がっていた。
「確かに…アレは正しく楽園だ」
眼に映る楽園は、流し見るだけでも豊かな自然と、様々な忘れ去られた幻想が溢れ、調和している。澄み切った川の流れ、荘厳な山々に所狭しと茂る木々。
そして何より、多種多様な動物、植物、人間、妖精、果てはそれ以外の幻想に係るあらゆるものが彼処には在る。
「――――――素晴らしい」
楽園を見た感想はただ素晴らしいの一言。
必死に絞り出しただろう自分の声は、其処に在る全てのモノが調和した美しさに喜悦を隠せない。
が、一つ気にかかるモノも見つけた。
楽園を囲む、静謐な気配を漂わせる透明な何か。
それは強固な造りを窺わせるが、恐らくこれは楽園を護る為の、謂わば仕切のようなものか。
「つまり結界というわけか…破るのは容易い、が」
それで楽園に傷でも付いたらと思うと、無理やり入り込む気にもなれない。
すり抜けようにも、この身体ではーー、ん?
「貴方、一体何処から…!」
「そこの者! その場を動かず、此方の質問に答えなさい!」
視界の端から聞こえた声の主は、一つは向こう側で見かけた美しい金糸の髪の少女。
もう一つは、少女を庇うように前に出て自分を威圧する九つの尾を持った少女の姿があった。
♦︎ 八雲紫 ♦︎
一瞬だが、見落とさずに目の前のソレが現れた先の黒く、巨大な穴を目視した。
私の式である藍は警戒を強め、かつ此方の動揺を見せぬよう努めて言葉を投げかける。
「重ねて言う! 此方の質問に答えなさい! 貴様、一体どうやって此処に来た!」
「どうやって…か」
眼前のソレは、藍の問いを吟味しているようだった。
先ずは一つ分かったこと、眼前のソレは藍の威圧的な態度はそれ程気にしてはいない。
また一つ分かったこと、ソレが発した声は不思議と耳心地が良く、今はまだ…様子見が必要だということ。
「詳細は省くが、私は自らの意思と力で此処へ来た。楽園がこの場所に有ると知った故」
「目的はなんだ! まさか、貴様もこの楽園を侵さんとする不貞の輩か!?」
「…その言葉から察するに、そういった輩も時には現れるのだな」
更に分かったことがある。
私たちの前に立つソレの返答には、幻想郷を侵略だとか、壊そうといった意思がまるで感じられない。私や藍は妖怪故に、他者が邪な感情や後ろ暗い事を考えた時に発する負の面を察知できる。だのに、ソレはその見た目に反し放つ気配は極めて静謐なままだ。
それどころか…ソレの放つ気配は触れるものを包み込むような優しさというか、労わる様な様相さえ見せる。
優しさ? 労わり? 何に対して?
――――――――それは、私たちに?
「藍、もう良いわ。控えなさい」
「しかし…」
「控えなさい。それに、貴女もそろそろ気付いているでしょう? この御仁には、敵対の意思は無いことが」
そこまで告げると、藍は一つ頷いて私の一歩後ろへと退がる。
私は改めて、ソレ…いいえ、彼に向き直る。
「これまでの非礼、お許し下さい。私たちは此処を守り、安寧を保つ為に不要なモノや邪な者を遠ざけて参りました」
「理解した。私も、あの美しい楽園を妄りに汚すような真似はしない。約束しよう」
やはり、私の思う通りだ。
彼の言葉やその内に秘める心情からは、これまで幾度か幻想郷を苛んできた邪悪な意思を感じない。彼は此処に現れた時から、底の見えない、けれど邪なモノを不思議と感じない気配の持ち主だった。
「では、改めてお尋ねします。貴方は何故この場所に? そしてどうか、内に抑える束縛を解き、貴方の真意をお聞きしたいのです。如何ですか?」
「ふむ…しかし、良いのか? 今はこうして抑えてはいるが、本来の私はこの見て呉れの通りあまり褒められたモノは持っていない」
「構いませんわ。千年余りを生きたと言えど、我らもまだまだ未熟な身。それに、大抵の事では驚きません」
「そうか…ならば」
短く纏めて、彼は自身の押さえ付けていた気配を徐々に本来の状態に戻し始めた。
やはり、やはりなのね。
「ゆ、紫様ーーこ、これは…!」
藍がこれまでに見せた事がない程に狼狽えている。
私から見ても、彼女の滑らかな手は血が滲みそうなほど強く握られ、口元は大きく震え奥歯が擦れ合う音が私にも聞こえてくる。
彼が抑えていたモノを解き始めた瞬間、幻想郷を含むこの場にある全てのモノが彼の気配に満たされたのだ。
私の式とはいえ大妖怪たる金毛九尾の狐である藍さえこの始末。かく言う私も…。
「ええ。そうね…貴方の思った通りよ。この御方は――――――」
なんて、なんて強大な闇の気質。
藍はおろか私ですら、気圧されぬよう手を強く握りしめている。格が違うという次元ではない。存在の密度、力の奥底がまるで見えない。魔力、妖力、霊力といった言葉で表現しうるどれもに感じられ、しかしそのどれでもないようでもある。ただ純粋な、深淵。混じり気の無い闇の力…それでいて目に映る奔流は、鈍く光る銀色だった。
「…大丈夫か? 今はまだ一割にも満たないが、随分と肩の荷が下りた気分だ。私はこのままで良い」
「――――ッ、これで…たった一割なのですか?」
「これ程の圧力で…紫様、やはり」
危険だ。と、二の句を藍が零す前に、私は何とか手で制した。
確かに、彼の発する力は優しく、今も私たちを慮るようにそれ以上は溢れ出てはいない。だが、やはり私たちとは決定的に違うモノだと悟ってしまう。なにしろ相手がこれで良いと気遣ってくれているから、素直に甘えようと思わされるほどに。それでも密度、濃さというか…感覚的にそう形容するしかないけれど、尋常ではない。何度、同じ思考を巡らせたか分からない、時間の流れが掴めなくなるくらい自分の内側に意識が埋もれ始めていた頃、彼はまた口を開いた。
「私が何故、ここに来たのかという理由だったな」
「えっ? は、はい…そうですわ。お聞かせくださいな」
「………」
私でも声が少し震えてしまう。
もはや藍は彼の気配に完全に身動き出来ないでいる。
これ以上は私も、固唾を飲んで待つほかない。
「理由としては、そうだな。楽園をこの目で見て感じてみたいのだが…出来るか?」
「貴方が、私達の幻想郷に…?」
「そ…ッ! それは!!」
藍もようやく我に帰ったのか、彼を止めようと声を上げたが、途中でまた押し黙ってしまう。当然と言えるわね…感情のままに彼を拒んで、彼の機嫌を損ねるのは得策じゃない。例え温厚な心根の持ち主でも、琴線に触れる言葉や物事とは意外なモノだったりする。
「だとすれば…幾つかお聞きしたい事があります」
「なんだ?」
確かめなくては、私達でさえ彼の力が肌を撫でるだけでもこの有様なのだ。思わぬ所で彼の不興を買う真似はしたくない、何より…極力無下にはしたくない思いが私には生まれていた。
「人型にはなれますか? というより…人間に近い姿に」
「問題ない。人化ならば完璧にこなせるだろう。必要なら先程と同じく、他者からすれば少し気配が強い程度まで力を薄められる」
「結構ですわ。あと、楽園と呼ばれておりますが、私たちはあの場所を幻想郷と名付けています」
今度は努めて声が震えないよう続けて、視線だけ博麗大結界に覆われた幻想郷を見やる。彼もそれにつられてか同じ方向を向いて、眩しげに目を細めている。
「あの場所は本来、人と人ならざる者たちが共存する為に創り出しました。その為、互いが互いを無闇に傷付け合わないように、幾つかルールも設けられています」
「うむ…共に生きる為の秩序ある楽園、幻想郷か。ああ、見れば見るほど美しい」
幻想郷を見つめる彼の銀の双眸は、遭遇したばかりの私から見ても優しく、憧憬の滲んだ柔らかな眼差し。何故だろう…? 私は素性も知らない、一個の世界が脆いガラス細工のように錯覚するほど強大な力を持つだろう彼が、とても寂しげな存在に思えて仕方ない。この想いは何なのだろう? 私は既に、心の何処かで彼を受け入れてしまっている。
「これもまた…幻想に生きる者の定めなら――――――」
「紫様!? まさかこの御仁を…!」
「ええ、私は決めたわ。藍」
私は藍の意図も知った上で…一つ大きく息を吸い、しっかりとした口調で彼に言い放った。楽園に変化を齎し、日常を彩る新たな来訪者を迎える言葉を。
「ようこそ、大いなる深淵の君。貴方がこれから向かう先は、人々に忘れ去られた最後の楽園、幻想郷。心の赴くまま、その美しさをご堪能下さいませ」
「感謝する。美しい金糸の髪の少女…いや、賢者よ。その寛大な心に、私は重ねて礼を言いたい。ありがとう」
彼の感謝の言葉は、私の心に一つ大きな波紋を起こした。
どうしてだろう…分からないけれど、凄く嬉しいと感じてしまう。
「では改めて、貴方のお名前をお聞きしたいですわ」
「名前、か…私は生まれた時に名など無かった」
「それは…いえ、何でもありません」
「ただ…」
銀の双眸を、何処か遠くを見つめるように彷徨わせながら、彼は自身を象る呼び名を口にする。
「私と邂逅した者たちの殆どは、私のことを深竜と呼んでいたな」
深竜。それは彼自身の名前を指すモノではないのだろう。これは彼をそのまま見た者たちが、呼び易いように彼という存在を表した言葉。
深淵から生まれた竜。
そう表現するのが最も適切な漆黒の肢体。けれど、私たちが知るどんな竜の姿とも違う…外殻や鎧を思わせる質感の体表に、鋭利なカタチの肩、尾、翼といった部位がなお際立っていた。二足で立ち、腕の長さから見ても人型のバランスを保った姿の黒竜。そして四肢、胸、首筋、翼にまで走っている太い血管の様な、コードのような器官。そこから絶えず身体に循環する銀色の光。これ等の特徴が彼を構成し、異質な存在感を放つ彼を更に怪物然とさせている。
「それにしても…名前か、自らの名など、考えたことも無かったな」
「力あるものの殆どは、種族や個体を識別するだけの呼び名以外に、きちんと自分だけの名前を持っているものですわ」
「そうか、そうだな…名前、名前」
そう返すと、彼…深竜はまた視線を何処かへと向けながら何事か考えている。失礼な話だが、しきりに名前名前と呟きながら腕組みをしているその姿はどなんだか可愛らしいとさえ思う。私だけだろうか? いえ…きっとそんな事は無い、と思う。
「紫様、本当に…奴を」
「貴女の懸念は分かるわ…でも、幻想郷は全てを受け入れる。それだけは、何があっても変わらない」
「はぁ…全く、貴女という方は。承知いたしました。もう成るように成れというものです」
私の言葉に藍は溜息を吐きながらも了承し、それ以上は何も言わなかった。
それにしても、彼はまだ自分の名を決めあぐねているのね。
こちらの方でも幾つか提案するのも必要かもしれない。
「深竜様?」
「…ん? 敬称は不要だが、どうした?」
「もしお嫌でなかったら、その…私たちの方でも名前になりそうな案をお出ししてもよろしいかしら?」
「ああ。幾つかは思い付いたが、どれもしっくり来ないものでな。頼んでも良いか? 麗しき賢者よ」
「……」
さ、先ほどから気になってはいたけれど、彼はどうも私を呼ぶ時には同時に容姿も褒めてくれている。妖怪としての私の特徴を語る文献や伝承では美しい、とか麗しいとかって言葉は正直慣れたものだけど、面と向かって言われるのは初めてだからかしら?
胸の辺りが苦しいのに、少しも嫌じゃない。
「大丈夫か?」
「え? あ、へ、平気ですわ。 それと…私のことは、どうぞ紫とお呼びになって下さいな」
「そうか? 分かった。早速だが紫、何か良い名は無いか?」
彼の、男性的な低めの声に乗せられる温かみや何処と無く甘い口調は…私にはとても心地良かった。それにしても、名前。申し出たは良いものの直ぐには……あ。
「そうですね…深竜様は闇色のお姿なので、深淵と意味の近い【九皐《きゅうこう》】というお名前は、如何かしら?」
「九皐、九皐か…良い名前だが、仰々しくはないか?」
「でしたら、親しい間柄となった者には【コウ】と呼ばせてみては? 」
九皐、キュウコウ、コウ…と噛みしめるように名と愛称を反復する彼を見ると、どうやら気に入って貰えたらしい。
「やはり、お前に相談して良かった。九皐、この名しかと受け取った」
「では最後に、改めてお名前を」
彼は一つ頷いて、杭を思わせる鋭い牙を備えた口を開き、幻想郷に来て初めての名乗りを挙げた。
「我は九皐、異界より楽園を求めやって来た。対するもの皆深竜と恐れ、深淵の主と呼び祀られし者。深竜・九皐」
一瞬だが、彼の本来の重圧がまたも空間全てを満たす。
刹那ほどの解放だったが、その圧力は先程とは比べものにならないモノだ。
気配だけで博麗大結界は地揺れのように震え、見渡せば楽園に浮かぶ雲さえも晴れていた。
「ええ…慎んで御身を、幻想郷へとお招きしましょう。申し遅れましたが、私の名前は紫、八雲紫と申します」
「紫、そう畏まらなくて良い。私はお前を名前で呼ぶ。お前も私を、コウと呼び捨ててくれて構わない」
「ふぇ!? は、はい! コ…コウ…様」
「フハハハ…まあ、良しとしよう」
「紫様、賢者賢者」
藍に耳打ちされ、何事もないように振舞って居住まいを正す。それでも内心、私は彼の名を呼び捨てて良いと言われて、何故だかとても喜んでいた。この胸に去来する暖かさが、楽園に如何なる色を加えてくれるのか…私たちの誰にも、未だ分からない。
かくして彼は幻想郷へと現れました。
まだプロローグではありますが、気に入ってくれると泣いて喜びます。