Fate/GrandOrderとセブンスドラゴンシリーズを混ぜてみた   作:白鷺 葵

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・ぐだ子≒2020シリーズ主人公で、ムラクモ13班を率いていた。
・セブンスドラゴンⅢ世界にFate/GOキャラ(ぐだ子、ロマニ、ゲーティア)がいる。
・結絆の辿った『セブンスドラゴンⅢ』+絆クエスト進行中のダイジェスト風味。
・フレーバーとしてノーデンス13班が登場。外見とCV、職業は以下の通り。
 久世(クゼ) 夜羽(ヨルハ)=ゴッドハンド♀B-Collar3/CV.女性I=井上麻里奈:双剣サムライ
 佐久間(サクマ) 征志郎(セイシロウ)デュエリストA♂-Collar1/CV男性Q=山下大輝:エージェント
・登場するサーヴァントの人選は趣味。
・冒頭(狩る者選抜試験)のみ。

【参考・参照】
『命にふさわしい』(歌:amazarashi)



幕間の物語2.絆を結ぶ運命の日/Fate(2017/2/20加筆完了)

 その日の空は快晴。雲一つない、良い天気だった。

 

 80年という月日の中で癒えつつある竜戦役の傷跡。ハリボテの平穏は薄氷を踏むが如く脆い。課題は山積みではあったけれど、確かに人類は立ち直ろうとしていた。神話の担い手だった者たちは既に舞台を降りている。次にスポットライトが当たったのは、神話の系譜を継ぐ1人の青年だった。

 幼い頃に両親を亡くした青年は、神話の担い手たる祖母に育てられた。祖母だけではない。祖母を影で支え続けた祖父も、祖母の活躍をリアルタイムで見守り続けたおじもまた、青年を優しく見守っていた。神話の後遺症が、この3人を現代まで生かし続けていたのだ。

 

 青年は、彼らの辿った神話を愛していた。神話を駆け抜けた家族を誇っていた。――そんな家族が大好きだった。

 彼は別段、自分が特別であるとは思っていなかった。身内が凄いだけで、自分は至って普通の人間であると思っていた。

 実際、彼は普通の人間だった。この有明に/運命へ足を踏み入れる直前までは、祖父のような医者になることを夢見る青年だったのだ。

 

 

「ノーデンス・エンタープライゼス……」

 

 

 青年は感慨深くそう呟いて、大企業を見上げた。表向きはアメリカからやってきた大手ゲーム会社だけれど、実は、ひっそりとゲーム以外の分野――医療方面にも進出している。

 今回、青年がノーデンス・エンタープライゼスに足を踏み入れたのは、医療スタッフ――主に医師の卵――を募集しているという求人を目にしたためだ。

 この時点での青年は、ノーデンスに就職することを決めていた訳ではない。ノーデンスの医療フロアはあくまでも「候補の1つ」としか見ていなかったのだ。

 

 職場見学は滞りなく終わり、青年は帰路に就こうとする。そんなとき、偶然彼の視界に留まった光景があった。

 

 

「ねえお嬢ちゃん。俺と一緒に遊ばない?」

 

「え……」

 

「連れはいないんでしょ? 遊ぼうよ」

 

 

 若芽色の髪を束ねた少女へ執拗に声をかける男。少女は怯えと困惑で表情を引きつらせている。彼女の表情など眼中にないのか、男は彼女に執着している。

 ……いいや、あれは少女に対しての執着ではない。男は少女の所有物を手に入れるため、その延長線上で、少女を丸めこもうとしている様子だった。

 

 話題は変わるが、青年は祖父母とよく似ている。彼の下宿先として自分の部屋を貸しているおじから言わせると、「良いところのすべてが祖母、悪いところのすべてが祖父譲りだ」とのこと。故に、ここで傍観ではなく助け舟を出すことを選んだ青年の判断は、祖母の行動基準によるものだった。

 青年は医学のほかに、体術も学んでいた。この世界では「マモノと戦える程の戦闘技能を持っている」ということは、就業時の待遇がより一層良くなる条件だからだ。戦場に赴くということにはそれ相応の危険が伴う。故に、戦える人間は貴重であった。……最も、青年は、就業時の条件云々で体術を修めたのではない。

 彼はただ、祖母に憧れていただけだ。自分もいつか祖母のように、誰かを助け、支えられる人間になりたかった。青年の歌の才能は祖母には及ばず、けれど、医学に関する才能は「祖父以上のポテンシャルを秘めている」と自他ともに認められていた。医師の道を選んだ理由には、それも含まれていたのかもしれない。

 

 

「いい加減にしてください。彼女、嫌がってますよ?」

 

「ああん!? なんだテメェ!? 邪魔すんじゃねえ!」

 

 

 襲い掛かってきたチンピラを一撃の拳を軽く受け止めた青年は、鋭い眼差しで告げる。

 

 

「――正当防衛です」

 

 

 次の瞬間、チンピラの体は宙を舞った。見事な一本背負いである。地面に叩き付けられたチンピラは呻きながら青年を見上げた。青年は容赦なく男を睨みつける。

 青年の気迫に恐れをなしたチンピラは一目散に逃げだした。それを目の当たりにした野次馬たちの拍手喝采をさらりと聞き流しつつ、青年は少女を助け起こす。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがとう! ……あ、あの……」

 

 

 少女は礼を言うなり、何かを思いついたように手を叩いた。そうして、おずおずと青年へ1枚のチケットを差し出す。

 

 それは、ノーデンス・エンタープライゼスの超人気アトラクション『セブンスエンカウント』で遊ぶための特別チケットだった。しかも、彼女の持つチケットはS級特別招待券(プレミア)と銘打たれている。

 件のチケットについては、青年の周辺でも話題を掻っ攫っている。青年の同級生の何名かが「お前のおじさんにチケットを手配してもらえるよう頼めるか」と頼み込んできたことを思い出した様子だった。

 ちなみに、件の同級生たちには「仲介はするが、頼むのは自分の手でやってくれ」と伝え、仲介()()を行っていた。交渉結果は軒並み全滅だったようで、眉間の皺を数割増しにしたおじから「ああいう手合いは放置しておけ」と苦言を呈されていた。閑話休題。

 

 

「私、こういうところに来るの、初めてなんだ。でも、ひとりだし、どうしようかなって思ってて……折角だから、一緒に遊ばない?」

 

「……ちょっと待ってください。キミは……いくらなんでも、初対面の相手にそんなことを申し出るというのは、色々と問題になりますよ? それに、僕で良いんですか?」

 

「貴方は私を助けてくれたでしょう? だから、そのお礼も兼ねてるんだ。今、これくらいしか持っていなくて……」

 

 

 少女はそう言うなり、困ったように視線を彷徨わせる。頼りなさげに揺れる若芽(わかめ)色の双瞼。

 なんだか少女が泣き出してしまいそうにも見えて、青年は彼女を放っておくことができなかった。

 

 

「分かりました。それじゃあ、お言葉に甘えて。一緒に遊びましょう」

 

「――うん!」

 

 

 少女の申し出を受けると言えば、少女はぱあっと表情を輝かせた。余程嬉しかったのだろう。

 

 

「そういえば、名前を言ってなかったね! 私、那雲(ナグモ)(ミオ)っていうの。――貴方は?」

 

「僕は結絆(ユウキ)。結絆・ヴィラノヴァ・アーキマンといいます。宜しくお願いしますね、ミオ」

 

 

 自己紹介を終えた青年――結絆・ヴィラノヴァ・アーキマンは、那雲澪と握手を交わした。

 そうして、2人一緒に『セブンスエンカウント』への門をくぐったのだった。

 

 ――それが、彼の運命(Fate)の始まり。

 

 過去、未来、現在をも巻き込んだ人類の戦い――Code:VFDの始まりだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「「コール、13班!」」

 

 

 『彼女(じぶん)』にとって、懐かしい声が響いた。彩羽は思わず目を瞬かせる。

 そこにいたのは、よく似た顔立ちの少年と少女だった。

 

 

「オレはNav.3.6。みんなからは番号をもじって『ミロク』って呼ばれてる」

 

「わたしはNav.3.7。わたしは番号をもじって『ミイナ』と呼ばれています。ミロクとは双子なんですよ」

 

 

 2人のナビは自己紹介をすると、にっこりと笑う。それが己の責務であり、己の誇りなのだと言うが如く。

 

 

「2020年に発生した『第1次竜戦役』の案内人は、わたしたちにお任せください!」

 

「ムラクモ13班専属ナビゲーターとして、バッチリナビゲートしてやるからな。任せとけよ、彩羽!」

 

 

 作られた命。けれども、2人の本質は夢見る子どもだ。寂しがり屋のミロクに、おしゃまなミイナ――ムラクモ13班だった『一色彩羽(かのじょ)』にとって、かけがえのない戦友である。

 似たようなバックボーンを持つマシュは、2人に対して親近感を抱いたらしい。彼女は暫く2人を見つめていたが、やがて柔らかに微笑んだ。マシュの視線に気づいたミロクとミイナも何か感じ取ったようで、密やかに笑い返す。

 3人の中で何か感じ取ったものがあったのかもしれない。自分と『一色彩羽(かのじょ)』の大切な人たちが仲良くなりつつある姿というのもは、とてもいいものだ。彩羽は微笑ましくなって目を細める。

 

 先に進むべく都庁の玄関をくぐった自分たちの背中に、ナビゲーターたちは激励の言葉を贈る。それに応えるようにして笑い返し、彩羽は一歩踏み出した。

 次の瞬間、世界は暗転する。隣から仲間たちのくぐもった声が聞こえてきた。幾何かの間をおいて、赤みを帯びた光を感じ取り、ゆっくりと目を開ける。

 

 

「なんだこれは!? ボクたちは、東京都庁の内部に踏み入れたはずじゃあ……」

 

「先輩、ここは一体……」

 

「……線路に、電車……のはず、だよな。これは。千里眼で見たことはあるが……こんな風になっているのは、初めてだ」

 

 

 ロマニがすっとんきょうな声を上げ、マシュが困惑しながら周りを見渡す。ゲーティアは嘗て千里眼で見た未来の乗り物たちを思い出しながら、現状の光景を見つめていた。

 

 程なくして、ミロクとミイナから通信が入る。どうやら、この近辺にサーヴァントの入れ替え専用のレイポイントが存在しているらしい。

 彼らの導きに従い、マシュが盾によってサークルを設置する。青い光をそのままに、眼前には管制室で待機中のサーヴァントたちの顔が映し出された。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

叢雲の絆 E

第1節 幻視轟雷/天の超電磁砲 池袋・山手線天球技

 

 

―― 雷が人類に繁栄をもたらしたというなら、今ここで、雷に恐怖する人々を救って見せろ ――

 

 

 山手線の線路と列車を原材料に、強力な電磁石によって作り上げられた超絶美術(アート)――それが、池袋に出現した天球技である。悪趣味極まりない天球技(オブジェ)には、人間を一瞬で炭化させる程の出力を秘めた電磁砲が至る所に配置されていた。

 そして、その天球技の最奥に構える帝竜ジゴワットもまた、背に強大な出力を秘めた超電磁砲を背負っている。奴は自動迎撃機能付きの電磁砲を至る所に配置し、侵入者たる人間を焼き切ってきた。本人もまた、気まぐれで高田馬場を吹き飛ばす。

 指揮官の強行軍によって多くの自衛隊員や上官――ガトウの犠牲を出しながらも、ムラクモ13班はジゴワットと対峙し勝利を収めた。降り注ぐ雷撃を交わし、超電磁砲による(いかづち)すらも打ち砕き、2番目の帝竜を屠ったのである。

 

 ――そのサーヴァントたちは、顔を合わせればいつも殴り合いに発展するほど仲が悪かった。

 

 電気に関する発明家同士、宿敵の間柄である。電気は人類の発展をもたらすものだと信じている。

 ……そんな彼らが、雷を用いて人類を滅ぼそうとする帝竜を見て、何も思わぬはずがない。

 

 

「見せてやろう、ジゴワット! 今や(いかずち)は人間のものだ! 貴様によって齎される闇の時代を、()()()が終わらせる!!」

 

「刮目せよ! 雷電は消えやしない! ――これが、()()の人類神話だ!!」

 

 

 神秘の1つを人の世に齎した発明家――トーマス・エジソンとニコラ・テスラが、雷の極致の1つ、超電磁砲(レールガン)を体現した帝竜・ジゴワットを討つべく咆哮する。

 

 ……お互いに殴り合いながら。

 

 

 

 

 

 

叢雲の絆 E

第2節 幻視女帝/終わらない月夜 四ツ谷・常夜の丘

 

 

―― 朝が来ない街に君臨するのは、紛い物の月の女王。その圧政を、否定する ――

 

 

 四谷怪談をご存知だろうか? 元禄時代に起こったとされる怪事件等を元にして創作された、日本の怪談小説である。卒塔婆に墓石、揺らめく毒沼、浮かぶ人魂――その光景が、同じ名を冠する東京・四ツ谷に顕現する。四ツ谷は、昼間だと言うのに常闇に覆われ、空には巨大な満月が浮かぶ怪談都市と化していた。

 それだけではない。怪談都市を我が物顔で闊歩するのは、この街で命を落とした人間たちだ。音によって操られたゾンビたちが不気味に笑う中、輝く満月が方向感覚を狂わせる。時折聞こえる嗤い声は、この世界を作り上げた帝竜ロア=ア=ルアのものだ。音で死体を操り、闇を纏いて、ムラクモ13班の前に立ち塞がる。

 死んだ男の激励、仲間たちのサポートによって、ムラクモ13班は満月に擬態していたロア=ア=ルアの元へと辿り着く。闇を纏いて舞うロア=ア=ルアとの壮絶な戦いの後、ムラクモ13班は偽の満月を打ち砕いた。創造主が不在となった後も、四ツ谷は闇に覆われたまま。唯一の救いは、件の帝竜が利用していた死者たちが、安らかに眠れたことだろう。

 

 

「私の目の前で月を騙ったんだもの。撃ち落とされても文句は言えないわよね?」

 

「……あーあ。お前もバカだよなあ。よりにもよってコイツの目の前で、月を騙るような真似をしたんだから……」

 

 

 月を騙る帝竜を目の当たりにして、怒りをあらわにした女神がいた。――彼女は、月の女神だった。

 

 

「主よ。どうか、あの帝竜によって踏みにじられた死者たちに、安らかなる眠りを。……そして、あの悪趣味な女王かぶれに鉄槌を……!!」

 

 

 死者を冒涜する帝竜を目の当たりにして、心を痛め、怒りを燃やした少女がいた。――彼女は、神に仕えた聖女だった。

 

 

「キミは死者(かれら)を彩っているつもりだろうが、その()り方は非常にナンセンスだ。……悪趣味にも程がある」

 

 

 音楽で死者を彩る帝竜を目の当たりにして、憤った男がいた。――彼は、音楽に対して人一倍真摯だった演奏家だった。

 

 朝の来ない永遠の夜と化した街、女王ロア=ア=ルアの気まぐれによって踏みにじられる死者たちの尊厳、人々を惑わす不気味な音。

 女神アルテミスの怒り(オリオンは巻き添え)が、聖女マルタの祈りと(口に出してはいけない)その他諸々が、演奏家モーツァルトの小さな夜の曲が、悪趣味な帝竜と激突する。

 

 

 

 

 

 

叢雲の絆E

第3節 幻視銀龍/熱砂のDプラント 国分寺・灼熱砂房

 

 

―― 金属と炎を宿した竜を斬るのは、火によって鍛え抜かれた鋼の刀身。サムライよ、業物を振るえ ――

 

 

 砂の海に覆われた国分寺の奥地には、地熱発電所のような工場が聳え立っている。そこではドラゴンが生み出される凶悪なプラントだった。砂漠を泳ぐ魚のような竜、金属と機械仕掛けの竜、毬のようなものに乗って襲い掛かってくる竜――砂漠地帯と無機質な工場内で跋扈するドラゴンの群れ。

 予てからムラクモ13班と対峙してきた渋谷の若者グループSKYが持ちかけてきた「試験」のため、帝竜を倒すため、ムラクモ13班たちは国分寺を駆け抜ける。その果てに、彼らは自分が星と人の祈りの具現者――“竜を狩る者”であること、己の使命が“竜を狩り尽す”ことを知った。

 プラントの長である帝竜トリニトロは、炎による熱と流動性の高い金属質で構成されている。そして何より、往生際が悪かった。ムラクモ13班に撃破されても尚、奴は自爆を試みる。最期の抵抗は空しく、SKYリーダーのタケハヤによる捨て身の一撃によって核を壊され、無と帰した。

 

 金属、炎、熱。それに関するものとして、日本刀を挙げる人間はどれ程だろうか。鍛え抜かれた鋼は、様々なものを一刀両断する武器となる。

 業物を――あるいはそれを愛用の得物として振るうのは、この日本で生まれ育ったサムライであろう。

 

 

「一念高位生命体(りゅう)に通じる。人が人の身であるが故に、な。……相手に不足なし。――では、果たし合おうぞ」

 

「病床で猫すら斬れなくて嘆いていた私が、竜を斬ることになるとは思いませんでした。勿論、剣士冥利に尽きます。沖田さん、全力で頑張っちゃいますよ!」

 

 

 刀を携えたサムライが挑むのは、未知の金属化した体を持つ高位生命体――ドラゴンだ。

 

 嘗て燕を斬ろうと修行に明け暮れた後、回避不可能な秘剣『燕返し』を編み出した剣士佐々木小次郎。

 新撰組一番隊組長として京の街を駆け抜け、目にも止まらぬ早さの縮地を駆使して敵を屠る新撰組志士沖田総司。

 

 ――今、サムライたちの天剣絶刀が煌めく。

 

 

 

 

 

 

 

叢雲の絆D

第4節 幻視夢喰/目覚めた狂気 渋谷繁華樹海

 

 

―― 樹海を翔ける狩人と暗殺者よ。その弓矢で、その毒で、渋谷の支配者を打倒せよ ――

 

 

 渋谷繁華街を樹海へと変貌させたのは、帝竜スリーピーホロウの力である。件の帝竜は渋谷を樹海へ作り替えた後、暫し惰眠を貪っていた。奴は人竜ミヅチによって叩き起こされ、渋谷を根城にしていた不良集団SKYの面々へと牙を向く。

 高い飛行能力を持つスリーピーホロウの真骨頂は、神経毒や毒素を含んだ鱗粉を大量にまき散らすことにある。飛行能力の優秀さも相まって、多くの人間が鱗粉の被害を受けた。錯乱した挙句、友と殺し合いをしたSKY構成員の高笑いが至る所で響き渡る。

 鬱蒼と生い茂った木々と、数多の狂気で覆われた渋谷の街。SKYや仲間の協力を得ながら、ムラクモ13班はスリーピーホロウと対峙した。巻き散らかされる鱗粉を掻い潜り、狩る者たちは天を翔る竜を叩き落とすことに成功する。

 

 

「いやあ、あの帝竜は俺と共通点が多いよなァ。森は己を活かせる最高の戦場(フィールド)、多種多様の毒を取り揃え、破壊工作大いに上等! ……でも、アレはだめですわ。あのえげつなさだけは、どうやっても真似できねぇ。――むしろ真似したくねーわ、あんなモン」

 

 

 イチイを原料とした『弔いの弓』を所持する狩人ロビンフッドは、忌々し気に空を見上げる。森をテリトリーとする彼にとって、スリーピーホロウの存在は許せないものだった。

 毒の扱いは得意だけれど、神経毒を用いた同士討ちの誘発は専門外だ。それ以上に、あんなものが――人の団欒をぶち壊した存在が、森と一体化するだなんて認められない。

 

 ――スリーピーホロウとの対峙は、錯乱の果てに自滅していったSKY構成員たちへの弔い合戦でもあった。有する宝具が、これ程相応しい存在はいないだろう。

 

 

「あのドラゴンは、鱗粉に多種多様な毒を有しているのですね。――問題ありません、殺します。完膚なきまでに。……我が毒によって焼き尽くされることは、毒によって人を屠ってきたあの帝竜に相応しい報いなのだから」

 

 

 体のありとあらゆる部位を毒とする暗殺者静謐のハサンは、己の末路を重ね合わせるようにして空を見上げる。毒の使い手である彼女が、同じく毒の鱗粉を駆使するスリーピーホロウに関心を抱くのは当然のことだった。

 

 双方、共に『毒を用いる専門家(スペシャリスト)』。鬱蒼とした樹海の中で繰り広げられる戦いの果てに生き残るのは人か、それとも竜か。

 スリーピーホロウが無遠慮に鱗粉を巻き散らすとき、静謐のハサンによる“妄想毒身(ザバーニーヤ)”とロビンフッドによる“祈りの弓(イー・バウ)”が牙を突き立てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

叢雲の絆D

第5節 幻視蠢竜/暗闇と大洞の王 東京地下道・至台場

 

 

―― 「引きこもり」は光が嫌いで、じめじめした暗い場所が大好きだった。……ただ、それだけ ――

 

 

 その帝竜は、所謂「引きこもり」だった。初めて帝竜スカヴァーを対峙したのは、東京地下道を探索していたときである。東京の下水道を迷宮にした超巨大帝竜。奴は光が大の苦手らしく、現れてから倒されるまでの間、決して地上に姿を現そうとはしなかった。

 地下鉄や地下道すべてを洞窟へと変貌させた「引きこもり」は、以後も己のテリトリー内を好き放題に高速移動していたらしい。最終的に、ムラクモが誇る技術班たちの尽力によって大改造された舞台照明の光で身動きを止められ、そこを13班に倒される。

 1体で3体分と言われた所以は、「尻尾、胴体、頭の3か所を沈黙させなければ倒したことにならない」という凶悪な生命力が由来であった。暗闇と大洞の王は、眩いばかりに輝く照明の光と人類の希望たちによって、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。

 

 

「いやあ、ヒッキー上等な帝竜もいるんですねぇ。世界最古の引きこもりを自負している(わたくし)ですが、流石に引きこもり場所に下水道を選ぶような根性はないです」

 

 

 天照大神の分霊としての側面から、玉藻の前はスカヴァーを鼻で笑う。天照大神と言えば、太陽神であると同時に世界最古の引きこもりでもあった。

 

 

「下水道は汚水処理場ですから、雑菌や病原菌、ウイルス等が跋扈するのは必然。衛生状態が最悪の極みなのは当然です。――嗚呼。速やかに消毒、殺菌しなくては!」

 

 

 衛生環境という観点から、ナイチンゲールは消毒用アルコールをばら撒き始めた。下水道は汚水処理施設であり、汚水には様々な雑菌や病原菌が沸いている。

 潔癖症との表現すら生ぬるい白衣の天使にとって、汚水の中に身を浸して平然としているスカヴァーは許しがたい存在であろう。

 

 

「割と最近まで引きこもっていた身だ。現代知識や人間としての知識および経験も乏しいが、これだけは言える。……ここは、拠点として相応しくない」

 

 

 3000年間引きこもっていた元・人理焼却術式ゲーティアは、下水道の隅々を見回しながらぽつりと零した。

 彼が閉じこもっていた神殿は、空に星が瞬いていた。異臭が鼻につく下水道とはえらい違いである。

 ……ただし、魔神柱のセンスについてツッコミを入れてはいけない。嘗ての主に「これはひどい(要約)」と言われていたから。

 

 ――そして、スカヴァーの嫌う光を体現するサーヴァントの宝具が、引きこもりライフ上等な洞窟に降臨する。

 

 

「神々の王の慈悲を知れ。絶滅とは是、この一刺し。インドラよ括目しろ。焼き尽くせ、“日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)”! ……是非もなし」

 

「全能の神よ、我が業を見よ!そして平伏せよ。我が無限の光輝、太陽は此処に降臨せり!“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”!」

 

 

 ――ああ。この世は世知辛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叢雲の絆D

第6節 幻視零蒼/静かなる海 台場・壱参号氷海

 

 

―― 絶対零度の氷の大地。未だ春は来たらず、それでも夢を見るのだろう。己の魂を燃やしながら ――

 

 

 台場は「お台場」と呼ばれ、大きな観覧車やショッピングモールが存在する人工島だ。人が賑わう活気あふれた人工島は、突如現れた帝竜ゼロ=ブルーによって氷の大地へ変えられてしまう。何が起きたかを理解する間もなく死に絶えたあろう人々の氷像が、施設内の至る所に屹立していた。

 何もかもが凍り付いた世界を進むムラクモ13班は、ミヅチに己の在り方を問われる。7の帝竜を屠りて集めた遺伝子データをどう使うのか――人類の裏切り者は、「お前たちこそ自分と同じ領域に至るに相応しい」と言外に語る。彼女が嗾けた2体の氷竜を打ち倒した13班は、帝竜の待つ最奥地へと辿り着いた。

 絶対零度の名を冠した氷の支配者。7番目、最後の帝竜。戦いは熾烈を極め、何度も追いつめられながらも、狩る者たちは己の使命を果たした。そして、人類の裏切り者――人竜ミヅチに挑むための足掛かりは、これで整ったのだ。

 

 冷気によって文字通り“凍り付いた”世界を溶かさんと立ち上がったのは、炎のルーンを操る魔術師とあり得た未来を夢想する蒸気王。

 燃え盛る木々の巨人が、担い手が夢想した蒸気技術の世界が、絶対零度の領域に具現する。

 

 

「焼き尽くせ木々の巨人! “灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)”!」

 

「我が空想、我が理想、我が夢想――“絢爛なりし灰燼世界(ディメンジョン・オブ・スチーム)”!」

 

 

 氷が融ければ水になる。雪が溶ければ春になる。

 

 この大地を覆う氷がすべて融け去る日は未だ遠いままだけれど。

 それを夢見ることは、きっと間違ってなんかいない。

 

 ――いつかきっと、この大地にも春が来る。いつか、必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

叢雲の絆D

第7節 幻視叫喚/戦場の呼び声 新宿・逆サ都庁

 

 

―― それは、英雄たちの始まりにして、神話を紐解く旅の一区切りだった ――

 

 

 ――その日のことは、今でも覚えている。

 

 後にムラクモ13班となるであろう『彼女(じぶん)』は、初めて帝竜と対峙した。逃げる間もなく襲い掛かってきた帝竜を打ち倒そうと武器を取り、成す術なく吹き飛ばされた。戦場に響く咆哮、迫りくる死、あくなき生への渇望……それが、“狩る者”として『一色彩羽(かのじょ)』が立ち上がった瞬間だったのかもしれない。

 東京都庁を取り戻す戦いになし崩しに参加し、なし崩しにリーダーに任命され、『一色彩羽(かのじょ)』は走り出す。――ぎこちなく、頼りのない一歩だった。けれどその一歩が、第1次竜戦役、ひいては翌年に発生するであろう第2次竜戦役の始まり。『人と竜の物語』の、記念すべき1ページ目だったのだ。

 ムラクモ13班は、期せずして傷だらけの帝竜ウォークライと対峙する。既に弱っていたとは言えど、嘗て自分たちを降した理不尽の権化を打ち倒したのだ。その手ごたえが、その勝利が、ムラクモ13班の快進撃へ――ひいては勝利、揺らぐことのない現代神話へと繋がっていくのだ。

 

 幻影首都に現れたウォークライは、『彼女(じぶん)』たちが勝利したときとは違う。手負いの状態ではなく、万全の状態だ。

 本来、ウォークライは7番目の帝竜ゼロ=ブルーを上回る程の戦闘能力を有していた。――今回のウォークライは本気と見える。

 

 

「今までも凄まじかったけれど、彩羽ちゃんの話では、奥にはこれ以上にヤバイ奴がいるんだろう? ……想像するだけで頭が痛いよ」

 

 

 2020年/第1次竜戦役の記録と共に、帝竜を屠ってきたロマニが深々とため息をつく。彼は性格上「思いつく限りの最悪な状態」を導き出す術に長けていたが、この戦いを経験して以来、なかなか想像力を働かすことができずにいた。

 

 何もかもが未知数。何もかもが測定不能。想像の斜め上を行く理不尽。

 それは留まることを知らず、毎回毎回予想を超えてしまうのだ。

 ネタバレを知っている彩羽でさえ気が重いのだから、何も知らぬロマニはその倍近いであろう。

 

 

『でも、オレたちの知ってるムラクモ13班は、ボロボロになっても諦めなかった。薄氷を踏むみたいな危うさで、それでも勝利を勝ち取ってきたんだ』

 

『あの人たちの軌跡を辿ってきたみなさんなら、最後の帝竜が相手になっても、勝率は――……』

 

「……だ、黙るくらい低いんですか!?」

 

『計測する必要もないぜ。問答無用の120%だ!』

 

「そのジョークは笑えませんよ!」

 

 

 双子のナビが投げてよこした悪質なジョークに、マシュはぷんすこと怒りをあらわにする。案の定、彼女たちはすっかり打ち解けたらしい。

 カルデアの通信からは、留守番兼ナビゲート役を務めるダ・ヴィンチが楽しそうに笑っている気配が漂ってきた。

 

 

「――さあ、行こう」

 

 

 彩羽の号令を聞いた仲間たちは頷き、ウォークライと対峙する。帝竜は高らかに咆哮し、こちらへ襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 

 

 

 

 

 

狩る者選抜試験 C

 叢雲の軌跡 西暦2020年 幻影首都東京・トウキョウタワー

 

 

最終章 人類戦士/“正義の味方”になりたかった男

 

 

 

 

「――千切り潰し刻み喰らうゥゥ!!」

 

「ぬ、ぐぉおおお!?」

 

 

 翼を広げて錐もみ回転しながら突っ込んできた人類戦士の突撃を真正面から喰らい、足場ごとエミヤがぶち抜かれる。

 誰がどう見ても致命傷は確実だ。だが、赤い外套をボロボロにしながらも、エミヤはまだ現界していた。

 パラケルススの賢者の石がなければ、エミヤは即戦闘不能によってカルデアへ強制送還させられていたであろう。

 

 愕然とした顔で、エミヤが人類戦士を見上げる。それは、エミヤに賢者の石の効果を託していたパラケルススも同じだった。両名共に、木端微塵に吹き飛ばされた足場を目の当たりにして戦慄している。タケハヤの破壊力を目の当たりにして、仲間たちが冷や汗を流す姿を見るのは何度目だろう。

 『彼女(じぶん)』含んだムラクモ13班員は見慣れた様子で――笑みすら浮かべる余裕もあった――タケハヤと対峙していた。2020年の幻影首都で、彼を封じるために死闘を尽くしたという経験があったためだろう。……なんてことを、彩羽はひっそり考えながら、タケハヤと向かい合う。

 

 この場で不敵な笑みを浮かべているのは、『彩羽(かのじょ)』たちムラクモ13班の記憶を引き継ぐ彩羽だけだ。こめかみを汗が伝う。

 

 

「ひゅう、相変わらずの理不尽だね!」

 

「理不尽だと? この程度で? ――馬鹿言うなよ。お前らだったら、これくらい何でもないだろ」

 

「ふふ、言えてる」

 

 

 軽口をたたく彩羽とタケハヤの姿を見て、サーヴァントたちが益々苦い表情を浮かべ始めた。

 

 

「ああ、主よ……。この特異点に足を踏み入れて以来、理不尽の意味が分からなくなりつつあります……」

 

「理不尽が……理不尽がどんどんゲシュタルト崩壊していくぅぅ……!!」

 

「もう分からないな」

 

 

 ジャンヌが遠い目をし、ロマニが口元を戦慄かせ、ゲーティアの目は遠くを見つめる。次の瞬間、再びタケハヤが錐もみ回転しながら3人の元へと突っ込んできた。

 彼が標的としたのはロマニである。自分が狙われていると気づいた彼は「うええ!?」と情けない悲鳴を上げたが、すぐに魔術を使った。

 放たれた光弾がタケハヤとぶつかる。光弾の雨あられによって、錐もみ回転していたタケハヤの入射角が僅かにずれた。

 

 

「マシュ、お願い!」

 

「はい! 真名、開帳──私は、災厄の席に立つ」

 

 

 彩羽のアイコンタクトを受けたマシュが飛び出し、盾を構える。そして、宝具を惜しみなく開帳した。

 

 

「それは全ての(きず)、全ての怨恨を癒す我らが故郷。顕現せよ! 『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!」

 

 

 タケハヤの突撃とマシュの盾が派手にぶつかり合う。鍔競り合いに等しいそれに勝利したのはマシュの盾だ。ロマニによって入射角がずらされたのが、一撃必殺級の突撃による威力を殺すのに一役買っていたらしい。本人もそれを意図していたのであろう。ホッとしたように息を吐いた。

 弾き飛ばされたタケハヤであるが、彼は空中で態勢を整える。槍をくるくると回転させながら、改めて構え直す。あの構えが何を意味しているのか、彩羽はすぐに理解した。ドライアイスをばら撒きながら、彩羽は仲間たちに指示(オーダー)を出す。

 

 

「来るよみんな! ――耐えてみせる!」

 

「――さあ、受け切れよ!」

 

 

 守りを固める指令(オーダー)に従う仲間たちを見て、タケハヤはにやりと笑う。『自分の認める正義の味方なら、耐え抜いて当然だ』と言わんばかりに。

 元々、マシュの宝具によって防御に関する上昇効果(バフ)が積まれている。その上に、彩羽の指示(オーダー)による瞬間的な防御上昇効果(バフ)も付随していた。

 他にも防御系の上昇効果(バフ)や、パラケルススの賢者の石をばら撒かせている。やれるだけのことをしなければ、タケハヤの期待に応えることは不可能だ。

 

 

「闇に溶け去れェェェェ!!」

 

 

 文字通りの理不尽が襲い掛かる。タケハヤは翼を広げて飛び回り、それに合わせて槍を振るった。

 固めた守りもぶち抜く勢いに、金属音に紛れてあちこちから悲鳴が響く。彩羽も回避できず、何発か喰らってしまった。

 

 致命傷までいかずとも、やはり重傷だ。彩羽は苦笑しながらも、歌を歌う。癒しの歌は効果を具現し、仲間たちの傷を癒す。微々たるものだが、何もしないよりマシだ。

 

 

「よし、反撃と行こう! エミヤ、パラケルスス、宝具開帳だ! エミヤは貴方が歩んだ“正義の味方”の生き様を、パラケルススは貴方の望む“正義の味方”の在り方を、タケハヤに魅せてあげて!!」

 

「――了解した。魔力を回せ、決めに行くぞマスター!」

 

「――はい。お見せしましょう……我が光を」

 

 

 いきなり名指しされた両名は大きく目を見開く。だが、彩羽の言葉を聞いた2人はすぐに微笑み返すと、タケハヤへと向き直った。

 件の2人は、“正義の味方”という言葉に強い関心がある。故に、「“正義の味方”になりたい」と豪語したタケハヤを見て、何かを感じていたことは確からしい。

 「そのすべてをぶつけて来い」――彩羽の想いはきちんと伝わっているようだ。それは、2人と対峙するタケハヤも同じなのだろう。

 

 それぞれ違う道と定義を持って突き進んだ“正義の味方”。彼らが掲げた正義もまた、タケハヤが掲げた正義と同じで“間違ってなんかいない”。

 たとえ辿り着いた最果てが地獄だったとしても、その輝きは失われていないのだ。――流星の如く瞬く光が、迷宮の最奥で爆ぜる!!

 

 

「I am the bone of my sword. ──So as I pray, “unlimited blade works”!!」

 

「真なるエーテルを導かん! 我が妄念、我が想いの形――“元素使いの魔剣(ソード・オブ・パラケルスス)”!!」

 

 

◇◇◇

 

 

「チームへのお誘い、感謝します。私は久世(クゼ)夜羽(ヨルハ)と申します」

 

「オレは佐久間(サクマ)征志郎(セイシロウ)! 宜しくな、結絆にーちゃん!」

 

 

 結絆がノーデンス・エンタープライゼスの『セブンスエンカウント』で出会った2人は、互いに一切の面識がない赤の他人だった。

 ただ偶然この場に居合わせただけの3人と、ナビゲーターであるミオ。普通ならば、一期一会の出会いと別れになるはずだったのに。

 このとき、誰が想像しただろう。この3人が、過去、未来、現在を駆け抜けて世界を救うことになるなんて。――当人が、一番予想できていなかったはずだ。

 

 『セブンスエンカウント』が“単なるゲーム”であったら、きっと何も始まることはなかった。結絆たちが出会うことも、共に戦うこともなかった。きっと彼は、遊び終えたら家族の待つ家へ帰っていただろう。――今となっては、無意味なIfだ。

 

 何も知らず遊んでいた3人は、前人未到のハイスコアを叩きだす。それを目の当たりにしたマスコットに連れられて、結絆たちはノーデンス本社へと案内された。

 他の面々が目を丸くしている中で、「職場見学から数時間でスカウトされ舞い戻る羽目になるとは思わなかった」等と、結絆は1人苦笑していた。

 

 

「オレ様のことはナガミミ様と呼べ。間違っても『ウサギさん』なんて呼びやがったらブチ殺してやるからな」

 

「初めまして、アタシはジュリエッタよ。一応、ノーデンスのNo.2をやってるわ」

 

「ドモドモ☆ アリーだよ!」

 

 

 ノーデンス・エンタープライゼスのトップ3は、非常に個性的な面々だった。

 

 直属上司はウサギのマスコット――口に出すと頭突きしてきそうな気配が漂っていた――、No.2はワイルドな顔つきのオネエ、天真爛漫で自由奔放な社長。インパクトが大きくて引いてしまうのは当然のことだ。

 それだけでもいっぱいいっぱいだと言うのに、この3人が示してきたのは、更にスケールの大きい話だった。大手ゲーム企業というのは仮の姿であり、彼らの目的は『第7真竜VFD降臨による人類滅亡を防ぐ』ためだった。

 

 

「フロワロに包まれた星は真竜に喰われ、すべての生命と文明を失い、無機と化す……。この宇宙には、そんな真竜が7体存在していると言われているわ」

 

「でも、2020年と2021年に発生した竜戦役では、ムラクモと呼ばれる異能者が活躍したんだよ。キミたちもまた、彼女たちと同じSランク能力者だ」

 

「真竜を倒せるのは、狩る者であるアンタたちだけなのよ」

 

 

 結絆は酷くキラキラした目でその話を聞いていた。憧れの祖母と同じ“狩る者”としての力を、自分も持っている――その事実が、彼の心を突き動かした。

 追いかけ続けた背中に届くのではないかと、神話の英雄と肩を並べるに相応しい自分に近づけるのではないかと。無邪気に、ひたむきに信じたのだ。

 そりゃあ、計画成就の暁には正社員として医療スタッフに配属するとまで言われれば、更に断る理由はなくなったであろう。それ程、相手が出す条件は破格すぎた。

 

 ……破格な条件の裏には何かあるのが常である。多くの人が思うことだが、ノーデンスにおいては、()()()()()()()()()()()()ことを知るのは、あまりにも遅すぎた。閑話休題。

 

 

「平和に見えるこの東京で7番目――最後の真竜が目覚めようとしているんだ。創造と帰滅の真竜……コトワリを支配するこの7番目を、アリーたちはVFDと呼んでいる」

 

 

 世界のどこかで、ひたひたと近付く滅亡の足跡。世間には隠されていたけれど、ISDFやお偉いさんはこの事実に気づいており、民衆のパニックを防ぐために箝口令を敷いている。

 ノーデンスの2トップ曰く、「カリブ海プレートの消滅も、各地で活発化するマモノも、竜班病の蔓延も、最強の真竜――第7真竜VFDが目覚めようとしている証だ」という。

 

 第7真竜が目覚めれば、この地球は滅亡する。すべての命は死に絶えてしまう。突きつけられた真実に、誰もが息を飲んだ。

 

 

「オレの父さんと母さん、竜班病で亡くなったんだ……。竜班病の蔓延が、最強の真竜がやって来る証だってんなら、オレ、放っておけないよ!」

 

 

 そう言って、征志郎は拳を振り上げた。握られた手は小さく震えている。 太陽を思わせる明るい瞳には、闘志の炎が燃え盛っていた。

 かけがえのない人の命を奪った竜班病が「第7真竜の目覚めが近い証」だと言われて、黙っていられなくなったのだろう。

 征志郎は、彼を引き取った親戚が経営する農家への出資を条件に、Code:VFDへの参加を決意した。

 

 

「私の父は、5年前の対竜兵器稼働実験で行方不明になりました。ISDFは未だにまともな説明をしてはくれません。……ですが、その兵器稼働実験には『真竜クラスのドラゴンが現れた』という噂がまことしやかにささやかれているんです」

 

 

 そう言って、夜羽は服の裾を握り締めた。ピジョンブラットの双瞼には、静かだが強い意志が宿っていた。父の一件がきっかけで、彼女はISDFを辞めたという。古巣の情報から“最強の真竜が来襲する”ことを知った夜羽は、共に戦ってくれる仲間を探していたらしい。

 ノーデンスに訪れたのは、「ノーデンスが優秀な人材を求めているという噂話に興味を持ったから」だと夜羽は語った。余程古巣が嫌い/父のことを敬愛していたのだろう。夜羽が出した条件は、「ISDFの不正を暴く際に、ノーデンスが各方面で惜しみなく協力する」ことだった。

 

 各々が各々の思惑を持って、Code:VFDへの参加を決める。――そうして、運命は加速し始めた。

 

 

***

 

 

 3人が計画への参加を表明してすぐ、ノーデンスにドラゴンの群れが来襲した。白い竜が滅茶苦茶に暴れ、一足先にノーデンスを後にしていたミオに襲い掛かろうとしている――その光景を目の当たりにした結絆たちは、躊躇うことなく彼女の前に立つ。

 バーチャルでの経験はあれど、結絆たちが本物のドラゴンと対峙するのはこれが初めてだった。迫りくる理不尽に牙を向いて立ち向かったのは、これが初めてだったのだ。しかも、初陣では難なくドラゴンを降し、ミオを守り抜いてみせた。

 

 次に現れたのは帝竜である。個体名はスペクタスで、尻尾による薙ぎ払いと虹色に光るブレスを吐く。勇ましく挑みかかった3人だったが、圧倒的な力の前に膝をついた。

 ……いや、ついたのは膝だけだ。結絆の瞳には、揺るぎない意志が燃え上がっている。不退転の意志が示すのは、抗うことを決めた覚悟だ。意志はまだ、折れちゃいない。

 死ぬまで戦い抜くと言わんばかりに喰らい付く3人を救ったのは、ISDFと呼ばれる軍隊だ。難なく帝竜を屠ったのは、結絆とそんなに歳の変わらぬ青年であった。

 

 

「ありがとうございます。おかげで楽ができました」

 

 

 颯爽と去っていく青年の背中に、結絆は祖母の面影を見ていたのかもしれない。羨望と憧れを込めた琥珀の瞳は釘付けだった。

 

 後に分かることだが、青年の名前は如月(キサラギ)優真(ユウマ)。ISDFの若きエースであり、対竜兵器となるために生み出された人工生命体である。

 ISDFの提督である頼友(ヨリトモ)東吾(トウゴ)と共に、ノーデンス13班となった結絆たちと共にCode:VFDに挑むかけがえのない仲間となる人物だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 国会議事堂の入り口に立っていたのは、狐耳の少女だった。彼女は小奇麗な現代衣装に身を包んではいたけれど、『彼女(じぶん)』の記憶の中で見た少女より大人びているようにも見える。彼女は彩羽を見るなり、ぱああと表情を輝かせた。

 

 

「彩羽! 待ってたよ!」

 

「うわあ! ――っふふ、マリナは相変らず元気だね」

 

 

 文字通り突っ込んできた少女――マリナを抱き留めて、彩羽は微笑む。明朗快活で純粋無垢、そして人一倍甘えん坊なところは『彼女(じぶん)』の記憶と一緒で、なんとなく嬉しくなった。

 マリナは嘗てアトランティス王国と共に滅んだ古の種族・ルシェだ。人間と同じ遺伝子構成でありながらも、金属を自在に操る力を有している点や男女による耳の違いが相違点である。

 玉藻の前やタマモキャットで見慣れていたとは言えども、サーヴァントでも何でもない存在としての“狐耳”を目の当たりにしたのは初めてだ。仲間たちはまじまじとマリナを見つめた。

 

 彩羽はマリナの頭を撫でながら、カルデアの面々にルシェ族の説明をする。

 

 フォーマルハウトを倒すために必要な竜殺剣を作るために生まれた“対竜兵器”――それが、マリナの存在意義である。彼女の力がなければ人類は負けていたであろうという事態に陥ったことは何度もあった。特に、国会議事堂にフォーマルハウトが襲撃してきたときや、竜殺剣の作成がそれに当たる。

 確かにマリナの存在意義は兵器だったかもしれない。けれど、ムラクモ13班にとって――先の案内役であった双子の人工生命体/ナビゲーターのミロクとミイナ同様――マリナはかけがえのない仲間だった。彼女が背中を押してくれたから、戦い抜くことができたのだ。

 

 

『どこの世の中でも、考えることはみんな一緒なんだね。竜が襲来した2020年代の場合は“人類の危機が眼前に迫っている”とはいえ、こんな……』

 

「でもね、この世界には『一色彩羽(かのじょ)』がいた。ムラクモ13班のみんながいた。だから私、生まれてきたことを後悔してないよ! だって私、みんなが大好きだもの!!」

 

 

 眉間に皺を刻んだダ・ヴィンチだったけれど、朗らかに笑って宣言するマリナに毒気が抜かれたらしい。

 マリナの満足げな笑みを真正面から見た彼女(かれ)は、安心したように微笑む。

 

 

「分かります。分かります、その気持ち! この世界に彩羽先輩がいたから、今の私は()()()()()んです」

 

「マシュ……」

 

「貴女も彩羽のことが大好きなのね。嬉しい!」

 

「ひゃう!?」

 

 

 マリナは迷うことなくマシュへと突撃した。いきなり強い力で抱き付かれ、マシュはおろおろと視線を彷徨わせる。甘えるように頬ずりしてくるマリナへどう接しようか悩んでいる様子だった。

 2人の様子や言葉に共感したらしく、ゲーティアが真顔でうんうん頷く。次の瞬間、今度はゲーティアがマリナの突撃を喰らって混乱の極みに叩き落とされていた。彼はまだ、スキンシップ諸々に慣れていない。

 挙動不審になるゲーティアなんぞお構いなしに、マリナはぎゅうぎゅう抱き付いている。マシュの困惑も別方面にシフトしたらしく、彼女も右往左往していた。何とも微笑ましい光景である。

 

 それを見ていたロマニが、意を決したように声を張り上げた。

 

 

「ボ、ボクだって! ボクだって彩羽のことが大好きだぞぅ!!」

 

「うん知ってる」

 

「アッハイ」

 

 

 真顔で返答してきたマリナに気圧されたのか、ロマニは頷くので手一杯だった。海色の瞳は「当たり前でしょ? 何言ってるの?」と言わんばかりに澄み切っている。

 実際にその通りだからと小さく呟き、ロマニは視線を彷徨わせた。顔全体が真っ赤になっているのは気のせいではない。通信越しにダ・ヴィンチが噴き出す声が聞こえた。

 

 

『さて、雑談はこれくらいにしてだ。マリナ、キミが2021年の第2次竜戦役の案内役ということでいいんだね?』

 

「うん! 頑張るね!」

 

 

 ダ・ヴィンチの問いに対し、マリナは満面の笑みで答える。底抜けな明るさに救われてきた身からすれば、彼女の笑みは尊いものだった。

 仲間たちもほのぼのした様子で少女を見つめた。そうして、彼女の声援を背中に、議事堂内へと足を踏み入れる。

 やはり、と言うべきか。都庁に足を踏み入れたときと同様に世界が暗転し、幾何かの間をおいて、赤みを帯びた光を感じ取る。

 

 ゆっくりと目を開けた先には、酸の雨のせいで大瀑布と化した六本木が広がっていた。

 

 程なくして、マリナから通信が入る。どうやら、この近辺にサーヴァントの入れ替え専用のレイポイントが存在しているらしい。

 彼女の導きに従い、マシュが盾によってサークルを設置する。青い光をそのままに、眼前には管制室で待機中のサーヴァントたちの顔が映し出された。

 

 

***

 

 

 

黒い葬送花 D

 第1節 幻視狂羽/標高238Mからの侵略者 六本木・腐食大瀑布

 

 

―― 侵略者が齎した超強酸性雨が汚したのは、最果ての海を追いかけた者たちの夢だった ――

 

 

 その日、空は綺麗に晴れ渡っていた。雨雲もないのに降り出した雨は、外で遊んでいた子どもたちの皮膚や目を焼き切り、自衛隊の装備をドロドロに溶かし尽くした。鋼鉄はおろか人すら溶かす超強酸性の雨は、六本木の地下水脈を利用して降らせているものらしい。

 命に係わるレベルの酸性雨を降らせた帝竜オケアヌスによって、六本木ヒルズは凶悪な大瀑布へと変貌していた。敵対関係となったSECT11とイニシアチブ争奪戦を繰り広げながらも、ムラクモ13班は強行軍を強いられる。後に、臥せっていた指揮官がどうにか復活し、彼の開発が突破口を切り開く。

 超強酸を無効化するナノコートのおかげで13班は最奥地へと辿り着き、オケアヌスと対峙した。強酸を無効化したムラクモ13班に対し、オケアヌスは毒を含んだ雨で対抗する。長い戦いの末、13班はオケアヌスを撃破。命を奪う超強酸性雨を止ませることに成功したのである。

 

 嘗て、最果ての海「オケアノス」を夢見た王がいた。その王は己の夢を追いかけ、稀代の大遠征を成功させる。

 彼の夢と存在は遠い未来で、聖杯戦争で出会った1人の少年に大きな影響を与えるに至った。

 

 『彼方にこそ栄えあり』――それは、最果ての海「オケアノス」が美しく素晴らしいものであると信じているが故の言葉。あるいは信念。もしくは夢。

 

 ……では、それを踏まえた上で。

 彼らが夢見た最果ての海を冠する存在が。

 この大瀑布の主だとしたら、どうだろう?

 

 

「さあ、()ろうかブケファラス。今から蹂躙を始めよう。あんなものに最果ての海を――いずれ彼方に至る僕の夢を名乗らせるわけにはいかない」

 

 

 麗しき少年アレキサンダーは、怖いくらいの笑顔で蹂躙を宣言する。

 

 

「あいつの夢を踏みにじるような存在を、僕が許せるわけないだろう!? あんなろくでもない光景を見せてくれた借りは返さなくちゃな……!」

 

 

 諸葛孔明/ウェイバー・ベルベットは、人間が溶けていく姿を思い出して呻きながらも闘志を露わにする。

 

 

「認めぬ。余は決して、貴様のような存在を許さんぞ! ――貴様は断じて、最果ての海(オケアノス)ではない!!」

 

 

 征服王イスカンダルは、最果ての海の名を冠する帝竜へ激しい怒りをあらわにした。

 征服すれど辱めなかった王にとって、支配者として君臨し、多くの人々を辱めた大瀑布の主は相容れぬ存在であろう。

 

 今、最果ての海(オケアノス)を夢見た男たちと、最果ての海(オケアヌス)の名を冠する大瀑布の支配者が、高層ビル屋上の大水源で激突する。

 

 

 

 

 

 

 

黒い葬送花 D

 第2節~第4節 幻視夢喰、幻視銀竜、幻視轟雷/悪夢たちの帰還 渋谷、国分寺、池袋

 

 

―― 悪夢は再臨する。だが、嘗ての脅威は、最早人類の脅威足り得ない ――

 

 

 第5真竜フォーマルハウトは、2020年に来襲した帝竜を復活させる力を有していた。奴は人類を死と絶望で彩るため、嘗て各々の方法で人類を追いつめた帝竜を甦らせ、再び人類に差し向ける。すべては「自分が人類を食す際、最高の味付けにする」ためだ。

 しかし、人間は学習する生き物である。前回の体験を活かし、対策を講じたムラクモ13班にとって、再生帝竜たちなど敵ではない。仲間たちと手を取り合い、彼らは戦場を駆け抜ける。2度目の悪夢を断ち切り、未来を掴むために。

 

 また出てきたと憤るのは、前回帝竜を屠ったサーヴァントたちだ。今度こそ悪夢を終わらせると意気込む面々と共に、2回目の帝竜たちに挑みかかる。

 

 

 

 

 

 

 

黒い葬送花 C

 第5節 幻視重剛/巨大遺跡の王 東京地下・地下鉄メトロ遺跡

 

 

―― 同じ名前だからこそ許せない。同じような建築をしたことがあるからこそ、相容れない ――

 

 

 嘗て、スカヴァーが作り出した東京地下水道の洞窟を覚えているだろうか? 地震の頻繁発生に帝竜が絡んでいることを知ったムラクモ13班は、東京地下へと足を踏み入れる。そこに広がっていたのは、地下鉄を原材料にして作り上げられた巨大遺跡だった。

 主である帝竜ジャバウォックは、他の雑魚竜をタンクにすることで驚異的な耐久力と破壊力を誇っていた。ナビとキリノの分析によってそれを見抜いた面々は、3体のタンク役を倒すために巨大遺跡を駆け抜ける。道中で技術班や10班たちの力を借りて、13班はすべてのタンク役を倒した。

 仲間たちが見守る中、ムラクモ13班は再びジャバウォックと対峙する。タンクを失っても尚、ジャバウォックは耐久力と破壊力を見せつける。だが、激しい死闘を制したのは人類の希望、ムラクモ13班であった。巨大遺跡の王は、彼女たちの手によって打ち倒されたのである。

 

 

「ジャバウォックは私のお友達なの。……でも、お友達と同じ名前のあなたは嫌い! 大っ嫌い!!」

 

 

 すべての童話を愛する童話の概念は、人類の物語をバッドエンドへ導く竜を好きになれるはずがなかった。たとえそれが、お友達と同じ名前を冠していたとしても。

 

 

「ううむ、度し難い。このような闘技場(コロッセオ)を、地下鉄と線路のみで造り上げるとは……その美意識、まったくもって理解できぬ!」

 

 

 絢爛豪華な黄金劇場を造り上げた皇帝は、巨大遺跡の王が作り上げた建造物に対して苦言を呈した。たとえそこに、自分の建造した建物とよく似た施設が点在していたとしても。

 

 

「この程度の建造物がどうした。こんなもの、余が建造した神殿に比べれば、赤子が作った積み木遊び同然よ」

 

 

 建築王ラムセス2世とも呼ばれるファラオは、地下に広がる巨大遺跡を目の当たりにしても動じなかった。むしろ、帝竜の作り上げた領域を否定した。

 

 友の名を冠する竜、あるいは地下遺跡を築き上げた建築者に対する人類の建築者。それぞれがそれぞれの想いを持って、巨大地下遺跡の王と対峙する。

 ネロが造り上げた絢爛豪華な黄金劇場が、オジマンディアスが生前に築いた数多の神殿が地下遺跡に顕現するとき、誰かの為の物語(ナーサリー・ライム)はどんな顛末で締めくくられるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い葬送花 C

 第6節 幻視闇淵/深淵へと下る道 首都高・湾岸摩天楼

 

 

―― 葬送花に覆われたハイウェイを駆け抜けて、その先にある勝利を、この手に ――

 

 

 首都高速は、東京の物流や人々の行き来を支える重要な道路である。そこを狂気に陥れたのは、帝竜インソムニアだった。奴は超弩級の幻覚と精神攻撃を駆使し、首都高にいた人々の多くを狂人へと変貌させたのだ。嘗て四ツ谷で遭遇したゾンビたちと同じく、一度狂気に陥った人々を救う術は最早存在しない。

 その帝竜は生みの親である第5真竜――フォーマルハウトの好みを強く引き継いでいた。人を狂わせ、一瞬で命を刈り取ることで、人々に絶望を味合わせた帝竜。ムラクモ13班を幻術に引きずり込むほどの力を持った強敵であったが、議事堂襲撃で命を落としたはずのエメルに導かれ、事なきを得る。

 多種多様の状態異常――特に即死と錯乱を駆使するインソムニアに苦戦しながらも、ムラクモ13班は戦った。「人類に勝利を齎す」――ただその一心で、彼女たちは勝利を掴んでみせたのだ。奴の討伐により、ようやく、狂気に支配された首都高は解放されたのである。

 

 首都高速は道路である。道路を走るのは車やバイクをメインとする乗り物たちだ。

 

 

「ハイウェイをかっ飛ばすのもいいが、悪路を乗り越えるってのも悪かねぇ! 大将、タンデムと行こうか! ――振り落とされんなよ!」

 

 

 その英霊はバーサーカーではあるが、ライダーとしてのクラス適正も持ち合わせていた。愛車はハーレイ、名前はベアー号。ハイウェイをかっ飛ばしたいお年頃である。

 戦場が高速道路であることを知ってテンションが上がった彼であったが、眼前に広がったのは、バラバラに破壊されて組み上げられた道路の摩天楼であった。

 

 今回、坂田金時はバーサーカーではなく、ライダーとして此度の戦場――首都高・湾岸摩天楼に現界する。

 

 

「戦だ。蹴散らすぞラムレイ」

 

 

 漆黒の鎧を身に纏ったアルトリア・ペンドラゴンは、愛馬ラムレイに跨り高速道路を翔る。彼女が携える聖槍は黒く輝き、ありとあらゆる外敵を殲滅して道を開く。

 丁度、インソムニアが黒い瘴気を纏った水晶で人を狂わせたように。あるいは、黒光りする水晶を使い、瞬く間に人の命を刈り取ったように。

 

 

「キャスタークラスでの召喚は手間がかかるけど、うん。折角だし、見せてあげよう。私のオーニソプターを!」

 

 

 悪路を越える仲間たちを見て触発されたのだろう。ライダークラスだったら様々な乗り物に乗せてあげられると豪語していたレオナルド・ダ・ヴィンチが、その片鱗を具現させる。

 彼女(かれ)は文字通りの天才。そうして、「万能の人」だった。――その姿に、嘗てのムラクモ総長の背中を連想したのは、きっと『一色彩羽(かのじょ)』の祈り故だろう。

 

 ベアー号のエンジン音が、ラムレイの嘶きが、万能の人の才能が轟くとき、深淵を根城にする帝竜が咆哮する。

 

 

 

 

 

 

 

黒い葬送花 C

 第7節 幻視晶竜/新たなる戦場 丸の内・亜空断層

 

 

―― 2度目の始まりにして、2度目の終わり。少女が駆け抜けた『人と竜の物語』が完全に紐解かれるのは、もうすぐ ――

 

 

 この勝利は、文字通りの漁夫の利であった。

 せこいと笑う者もいるだろう。詰る者もいるだろう。

 

 ――それでも、確かに。この勝利は、人類にとっての勝ち鬨であった。

 

 総長代理を務めたエメルの古巣、アメリカ政府とSECT11が日本政府とムラクモ機関に喧嘩を売ったのは数日前。イニシアチブ争奪戦の勝敗を左右したのは、此度の勝利であろう。もし、帝竜ティアマットを降したのがSECT11だった場合、どんな顛末に至ったのか想像がつかない。

 SECT11が仕留め損なったティアマットを、エメルの強行軍に従う形で飛び出したムラクモ13班が相手取った。SECT11の連中が「無謀だ」と嗤う中、リーダーを務めるショウジの眼差しがこちらを値踏みするようなものだったことは、『彼女(じぶん)』の中でも印象的だった。

 水晶を連想させるようなブレスは、第5真竜フォーマルハウトのブレスと非常に似通っている。このドラゴンもまた、産みの親たるフォーマルハウトの影響を如実に受けていたのであろう。手負いの帝竜を屠ったムラクモ13班は、この後も破竹の勢いで快進撃を続けていくことになる。

 

 

「『一色彩羽(あのひと)』たちが倒したとき、ティアマットは手負いでした。……前回のウォークライと同じ条件ということですね」

 

 

 傷一つない緋色の竜を見上げ、マシュは分析する。彼女の言葉通り、ムラクモ13班が倒したティアマットは手負いの状態であった。

 ここにいるティアマットはウォークライと同じ「万全な状態である」と言えるだろう。苦戦は必至である。

 

 

「水晶のブレスを吐き出す帝竜かあ。中々に面白い! 面白いけど……やっぱり、人と竜の美的センスは相容れないということだね」

 

「……レオナルドに対して突っ込む気力が湧いてこない……。ボクらの感覚も相当毒されてきたんだなって思うよ」

 

「そういえば、この帝竜の名前はティアマットと言うんだよね? いつぞや対峙した人類悪のティアマトと名前が同じだけれど、共通項はあるのかな?」

 

 

 学術的興味の一端からティアマットの分析を始めたダ・ヴィンチを横目に、ロマニは煤けた表情を浮かべていた。

 理不尽に慣れてきた自分自身(おのれ)に対し、ロマニは何か思うところがあるらしい。もう何が起こっても動じなくなりそうな気配がした。

 嘗て無残に死んでゆく終わりを見続け、その憐憫故に人類悪へと至ったゲーティアでさえも、竜戦役の光景は計り知れないものだったようだ。

 

 

「もしも私がこの光景を目の当たりにしていたら、『引きこもっている暇などない』と思っただろう。人理焼却よりもまず、地球に攻めてくるドラゴンを優先的に排除しようと考えたかもしれん」

 

 

 ドラゴンに喰われるというのは、この地球が生命の1つも生まれぬ無機の惑星になることを意味している。奴らによる滅びを許容すれば最期、人類は二度と地球に生まれ落ちることはない。――無残な死を否定し、終わらぬ永遠を人類へ与えようとした魔術式にとって、この終わりを許容することはできなかっただろう。

 

 あの頃は彩羽以外、見ることができなかった『人と竜の物語』。紐解かれていく物語もまた、終わりが近い。

 終幕への手ごたえを感じながら、面々はティアマットと対峙する。奴の咆哮が、水晶の茨に覆われた丸の内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

狩る者選抜試験 B

 黒い葬送花 西暦2021年 幻影首都東京・幻影の宙空

 

 

 

 

最終章 呪神竜/死と絶望を愛する第5真竜

 

 

 

 

 傷だらけの銀龍が吼える。それは、吹けば飛ぶような命たちによる反逆に怒りを覚え、己が辿るであろう結末を受け入れられずにいる姿だった。

 

 

「何故倒れヌ……何故絶望せヌ……! お前たちは、一体何者だ……!?」

 

「――哀れなものだな、フォーマルハウト。そんな()()()()()も理解できないとは」

 

 

 5番目の呪竜は、嘗て見た悪夢の終わりをなぞる。朽ち逝く体も、喉の奥底から響かせるような悲鳴も、『彼女(じぶん)』が見てきた光景と全く同じだ。

 ――けれど、フォーマルハウトを哀れんだのは、ムラクモ13班専属ナビゲーターのミロクではない。今、彩羽と共に戦っていたゲーティアだった。

 

 

「命の紡ぐ物語は、別離と絶望だけではなかった。誰もが誰かに想いを託し、誰もがそれに応え続けた。……積み重ねた想いが、ここまで希望を繋いだんだ」

 

 

 ゲーティアの言葉をロマニが引き継ぐ。彼の静かな面持ちは、嘗てソロモンとしてゲーティアと対峙したときとよく似ていた。若葉の瞳に浮かんだのは、深い憐憫。

 

 

「完全で完璧な命を自称する真竜(オマエら)には、()()()()()()()()成せる奇跡があるだなんてこと、理解(わか)るはずがないだろうね」

 

 

 無残に命を踏みにじってきた5番目の真竜。死と絶望を愛した真竜には、己の愛した調味料(スパイス)で彩られ朽ちるのがお似合いなのだ――若葉色の双瞼は冷淡に告げている。

 人になりたいと願った魔術王が、人として生きた10年弱。望んだ自由は手に入らなかったけれど、1番知りたかった/見たかった『愛と希望の物語』を、彼は間近で見れたと言った。

 竜戦役とは違うベクトルで世紀末状態だった世界で、欠陥だらけの人間として、ロマニ・アーキマンは生き抜いたのだ。……その人生が、その軌跡が、彼の言葉に繋がっている。

 

 完全な命を自称していた真竜は、足掻くようにして悲鳴を上げた。その姿は人間と同じなのに、どうしてこんなに違うのだろう。

 ――多分それは、至らぬが故に。完成されていない命は、どこまでも突き進むことができる。不完全な人間に、天限はない。

 

 

「マダ終ワラヌ……マダ終ワレヌ!」

 

「その足掻き、まるで人のようだな。ようやく貴様も()()に墜ちて来たか。だが――」

 

 

 ゲーティアは不敵に笑った。

 

 

「その本質が真竜のソレで在り続ける限り、真竜であるが故の驕りを持ち続ける限り――嘗ての人理焼却滅式(わたし)と似たような思考回路である限り、貴様が我が運命(彩羽)に勝てぬのは道理であろう」

 

「――おい、マスター! お前の頑張りに免じて、閉め切り前に脱稿したぞ!」

 

「――こちらも今、原稿が終わりました。いつでも開演できますぞ!」

 

 

 ゲーティアの笑みにつられるような形で、アンデルセンとシェイクスピアがニタリと笑う。彩羽は迷うことなく、2人の宝具を開帳させた。

 アンデルセンの宝具はムラクモ13班の『一色彩羽(かのじょ)』が成した奇跡を彩羽に与え、シェイクスピアの宝具がフォーマルハウトの心を折る光景を再現する。

 それはつまり、一撃必殺の奇跡。たった1度しか使えない、人と星の祈りの具現による対竜兵装――竜殺剣。ルシェクローンのマリナが鍛え上げた、青い光を宿す剣。

 

 彩羽は『彼女(じぶん)』の宝具を開帳する。――それは、人類に敵対するものすべてに対する特攻を持つ宝具の1つ。人と星の祈りによって顕現する、勝利のための花道だ。

 この宝具を再現するためには、それ相応の条件が揃わなくてはならない。今回はその条件を揃えるために、アンデルセンとシェイクスピアの宝具が必要だった。

 

 

「鋼の旋律を啼らし、瓦礫の迷路を歩み続けた。幾千の願いが零れても、この世界が錆び付いても、この四肢で未来を描くんだ。――竜を狩る者たちの絢爛舞踏(ヘヴンズアームズ)最終公演(クライマックスモード)

 

 

 人と星の祈りを顕現した彩羽は今、スーパースターとは別ベクトルで輝いている。真竜フォーマルハウトは本能的な危機を感じ取ったのか、怯えるように身じろぎした。

 

 奴の予感は何も間違ってはいない。彩羽の手には、青く輝く美しい剣が握りしめられている。

 真竜に対して絶対的な特攻を持つ最強兵装、竜殺剣だ。人と星の祈りを強く握りしめて、彩羽はフォーマルハウトに向けて宣言する。

 

 

「――教えてあげるよフォーマルハウト。人間の意地ってやつを」

 

 

 ――さあ、あの日の奇跡を再演(はじ)めようか。

 

 




結絆の絆イベント、まずは選抜試験まで。タケハヤにエミヤとパラケルスス、フォーマルハウトに作家キャスター一同をぶつけました。気づくと男しかいません。どうしよう(遠い目)
続くとしたら、ニアラに術ギル(ウラニア=国を守るために立ち上がる⇒術ギル宝具台詞「ウルクの守り~(以下省略)」)、ヘイズに子ギル(「野蛮な奴!」と文句を言いそう)or弓ギル&エルキドゥ(ヘイズがエルキドゥを武器認定⇒「俺のにする!」で弓ギルぶっつん)でしょうか。
ただ、個人的にはチカ&リッカにエルキドゥをぶつけてみたい。前者も後者も「道具」という共通点がありますから。2人のデートイベント&「一緒に仕事ができて楽しかった」という最期の言葉を残して消えていく姿に思うところがありそうです。
書いていくうちに色々と「誰に誰をぶつけるか」を考えるのが楽しくて仕方がありません。……でも、どうしよう。気づくと同じ面子(しかも男鯖ばかり)になってしまう……。女性鯖でいい案ありませんか?(切実)


【追記(2017/2/19)】
2020における帝竜戦ダイジェストを加筆。
・トリニトロにバベッジをぶつけてみようとした結果、書き手の頭がオーバーロード。結果、迷走した挙句、「金属と炎⇒日本刀づくりにも共通している要素⇒サムライ系鯖にしよう」という3段論法でやっと筆が進んだ。無理はするもんじゃない。
・どこにバベッジを放り込もうかと考えた結果、絶対零度に覆われた氷の世界=台場で落ち着いた。蒸気王なら……蒸気王なら、自分の発明で「あんな寒々しい世界を一瞬で融かすくらいの機械を開発できる」はずだと夢想していたっておかしくないはず。


【追記(2017/2/20)】
2021における帝竜戦ダイジェストを加筆。文字数が倍になりました。

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