Fate/GrandOrderとセブンスドラゴンシリーズを混ぜてみた 作:白鷺 葵
・前線で戦う系マスター(前衛とは言ってない)。
――どこかの
――どこかの
◆◆◆
白い世界に、誰かが佇んでいる。
夕焼け色の髪をリボンで束ね、黄色を基調にした煌びやかな衣装を身に纏った少女。それは、彩羽が見知った人物――『
彼女の瞳に映る彩羽の姿は、装飾品や服の違いを除けば瓜二つ。夕焼け色の髪をシュシュで束ね、カルデアの制服を身に纏っているくらいか。丁度、意識を失う前の格好だ。
(……そういえば、わたし、マシュにどこまで話したんだっけ?)
一色彩羽が密かに抱える、ささやかな冒険譚。夢の中で何度も何度も追体験し、その経験や知識を取り込み、付随していた『
絶望も希望、想像も後悔、祈りと願い――傷だらけの腕で抱き、痛む四肢を引きずって駆け抜けた『
けれど、そんな自分の半身とも言えるような『
何かを言わねば、と思った。けれど、彩羽の口からは頼りない呼吸が漏れるのみ。
すると、『
『
「『
淡い光が瞬く。体の奥底から熱が込み上げてくるような感覚に、彩羽は息を飲んだ。その熱と比例して、『
「わたしは『
なのに、『
だから、と、『
「――この祈りが、『
幾千幾億と束ねられた星と人の祈りと願い。凪いだ水面のように静かに、けれど荒れ狂う焔のように渦巻き、流星の如く煌めく。
誰かを想い命を燃やした人々の遺志、それを受け取って生きようとする人々の意志が、彩羽を
彩羽は躊躇うことなくその祈りを受け取った。視界が更に白んでいく。意識がどこかへ引きずられていくような感覚に見舞われたとき、一気に視界が暗転した。
◇◇◇
目が覚めたら、マシュが彩羽のことを「マスター」と呼び、露出度高目なワンピース風の鎧に身を包んだ破廉恥な格好になって、大きな盾を構えていた。
それだけではない。彩羽の格好も、カルデアの制服から煌びやかな衣装へと変わっていた。……しかもこの服、どこかで見覚えがある。
(これ、『
腰のベルトに備え付けられていたのは、『
マシュはこの状況に混乱している様子だった。さもありなん。レイシフトによって燃え盛る街に投げ出されただけでなく、2人揃ってコスプレイヤーの真似事みたいな恰好をしているのだから。しかも、ここは安全ではない。自分たちの周囲は敵で取り囲まれている。
「言語による意思疎通は不可能。――敵性生物と判断します」
「だろうね。見た目もアレだし」
フードに身を包んだ骸骨どもは、『
ならば容赦する必要は皆無。全身全霊で
彩羽がメガホンを構えたのと、マシュが大盾を構えたのは同時だった。彩羽はマシュに視線を向ける。
「……マシュ」
「なんでしょう、マスター?」
「一緒に戦おう。わたしと貴女の2人で、この危機を乗り越えるんだ」
「――任せてください! 先輩のサーヴァントとして、必ず守り抜いてみせます……!」
自分たちの宣言を皮切りに、骸骨たちが武器を振りかざして襲い掛かってきた。
振り降ろされた剣をマシュが受け止め、即座に大盾で薙ぎ払う。大盾を軽々と振るっているマシュは、見た目と戦闘スタイル――盾で殴るというのは、『
その盾は殴る用途で造られたものではない。対象を庇い、守ることが本業なのではないかと思う。だが、前衛を任せられる相手はマシュしかいないのだ。『
「攻撃パラメーター、アップ!」
「!? ――っ、てりゃああ!」
メガホンを構えて指示を出せば、マシュが大きく目を見開いた。自身の身体能力――特に腕力――が瞬間的に強化されたことに気づいたためだろう。マシュは躊躇うことなく大盾を振り下ろした。嫌な音を立ててガイコツが粉々に砕け散る。
アイドルの陣形指示には各身体能力を瞬間的に強化する効果がある。ただ、ノーリスクという訳ではない。攻撃を強化すれば防御が疎かになり、防御に徹すれば攻撃が満足に行えなくなるのだ。唯一デメリットなしで使える陣形指示は、回復と俊敏さを強化するものだろう。
さて、マシュだけにすべてを任せていいとは思えない。援護を得意としているからと言って、攻撃手段が一切ないわけではないのだ。大地を蹴って飛び上がると、彩羽はマシュの背後でメガホンを構える。きぃん、と、機械音が空気を震わせた。
得物であるメガホンに、ありったけの声量を叩きこむ。
「サウンドブレイク!」
次の瞬間、それは強烈な音波となってガイコツに襲い掛かった。視認できるほどの衝撃波によって、ガイコツたちは動きを阻まれる。体を構成する骨が真っ二つに折れた個体もいた。怯んだガイコツどもは、もれなくマシュの盾によって粉砕される。入れ替わりで彩羽が地面に着地した。完璧である。
周囲を見回したが、ガイコツはもういないようだ。大きく息を吐いてその場にへたり込む。『
マシュはまだまだ余裕のようだ。息が乱れている訳でもなく、きちんと真っ直ぐ立っている。彼女は暫し周囲を見回していたが、目ぼしい変化は見当たらないらしい。
彼女は彩羽に向き直ると、こちらに手を差し出してきた。彩羽は差し出された手を取る。半ばマシュにひっぱりあげられるような形で、彩羽は立ち上がった。そのまま、マシュの手に自分の手を重ねて微笑む。
「ありがとう。マシュ、凄かったよ! 強いんだね」
「……いえ、戦闘訓練はいつも居残りでした。逆上がりもできない研究員。それが私です」
「マシュも逆上がりできないの!? じゃあ仲間だね。わたしも全然できないんだー」
「本当ですか!? 先程の戦闘では、あんなにアクロバティックな動きを見せていたのに?」
「いや、多分あれは――」
『――ああ、やっと繋がった!』
彩羽が言葉を紡ぐ前に、通信音が割り込んだ。声の主はロマニ。どうやら、彼はカルデアの火を守ることができたらしい。
ロマニの無事を知り、彩羽はひっそり安堵の息を吐いた。マシュはそんな自分に気づくことなく、淡々と状況を報告する。「レイシフトに成功したのは彩羽とマシュの2名。両者とも心身ともに健康であり、彩羽を正式な調査員に登録するように」とのことだ。
それを聞いたロマニが深々とため息をつく。“彩羽がレイシフトに巻き込まれてしまう”のは、彼の予測する範囲にあったらしい。最も、彼はそれよりも最悪な予想――彩羽がコフィンなしでの意味消失に耐えられず、レイシフトに失敗してしまう――までしていたようだが。
正直な話、自室で出会った“サボり癖のあるゆるふわ系医師ロマニ・アーキマン”像と、通信相手である“カルデア医療部門の最高責任者ロマニ・アーキマン”像がどうも一致しない。『
親子喧嘩を連想させるような漫才を終えたロマニとマシュの会話に耳を傾ける。どうやら、マシュの服が変化したことには理由があるらしい。彼女の体を分析したロマニ曰く、「現在のマシュはサーヴァントと遜色ない戦闘力を有している」とのことだ。
どうやら、マシュはレイシフトする寸前に英霊――サーヴァントと融合したことで、疑似英霊となり生き延びたらしい。彼女の服があんな破廉恥系のワンピース風甲冑になったのも、サーヴァントの格好に引きずられるような形だったという。そこは、疑似英霊になった際のデメリットだった。
『それで、融合した英霊の意識はあるのかい?』
「……いえ。彼は私に戦闘能力を託して消滅しました。最期まで真名を告げずに。……ですので、私は自分がどの英霊なのか、自分が手にした武器がどのような宝具なのか、現時点ではまるで判りません」
マシュはしょんぼりと頭を下げた。「英霊の真名を知らない」というのは、疑似サーヴァントとしての戦闘能力に決定的な弱点になり得るらしい。
先程出てきたガイコツを倒すことには苦労しないが、特異点の奥で待ち構える敵と戦う際に苦戦を強いられないとは限らないという訳か。
『だがまあ、不幸中の幸いだな。召喚したサーヴァントが協力的とは限らないからね。でも、マシュがサーヴァントになったなら話は早い。なにしろ全面的に信頼できる』
「Drの言うことには一理あるね。人によっては『人類の危機? 知ったこっちゃないね』って、前線で戦う人々を狙い撃ちしてくる連中もいるし」
『……彩羽ちゃん、やけに実感籠ってるね? そういうのを見たことあるのかい?』
「まあ、そんな感じ。具体的に言うなら、“食事の消費カロリー量とデザートの有無、向うが対話する気ゼロな外宇宙の侵略者、人類史上最大の不祥事を残して去っていった上司との癒着疑惑などで人を議会に呼び出し、それらをネタにして政治利用しようとする”輩だったかな」
『何その世紀末!? 小説でもそこまで酷くないよ!』
彩羽の言うことがまかり通る世界を想像したのか、通信越しのロマニの声は情けなく震えている。彼は彩羽の話を『創作』だと思っているようだ。だが、自分の中にいる『
レイシフト直前にその話を聞いていたマシュは、ロマニの反応へ物申したそうに眉をひそめた。だが、何か思いついたらしい。悪戯っぽさそうに目を輝かせると、そっと口元に手を当てた。口の端が密やかに弧を描いている。マシュは彩羽がこちらを見ていることに気づくと小さく頷いた。
マシュは彩羽の秘密の一端を知っている。彩羽だけが知る『
勿論、通信越しにこちらを見ているであろうロマニには悟られていない。
奇妙な背徳感と優越感を、彩羽とマシュは共有していた。
『……なんだろう。この疎外感……』
「そうだ、Dr.ロマン。先輩のチェックもしていただけませんか? 先輩も、先程とは違う格好に変化しているんです。例えるなら、日本の地下で活動しているアイドルのような」
『――え? うわ、本当だ!』
(今気づいたのか……)
彩羽の変化に気づいたロマニが素っ頓狂な声を上げた。変なところで抜けているのは、“サボり癖のあるゆるふわ系医師ロマニ・アーキマン”を連想させる要素だ。
『……実際のアイドルの衣装って、こんなにも煌びやかなんだね……』
彩羽が身に纏っている衣装の感想を述べたロマニは、どこか照れが入っているように思える。ほええ、だの、ふああ、だの、吐息に近い感嘆の言葉がぽろぽろと零れた。
……そういえば、彼はネットアイドル『マギ☆マリ』のブログの愛読者だったか。レイシフト直前の御茶会を思い出し、彩羽は苦笑する。
対照的に、マシュは絶対零度の眼差しを向けていた。ロマニはマシュの変化に気づいたようで、感嘆するのをやめて分析に集中することを選んだらしい。
『まさか、彩羽ちゃんまで戦闘能力を持つだなんて思わなかったよ……』
「ということは、先輩も私と同じ――」
『いいや。彩羽ちゃんの“変身”、マシュの
「む。……残念です。先輩とお揃いになれるかと思ったのに」
ロマニの報告を聞いたマシュは不満を零した。心なしか、声のトーンからハリが消えてしまったように思う。……どうやら拗ねているらしい。カルデアの廊下で初めて出会ったときより、どこか生き生きしているように思った。
疑似英霊化でないとするならば、彩羽の変身は一体何なのだろう。どうしてこうなったかの原理に心当たりが
『えーと……この変化と似たようなものは――ッ!?』
「Dr? 何か分かったんですか?」
『これは、
通信機越しのロマニは非常に驚いている様子だった。彩羽は一般人故、ロマニの言う
かなり熱を込めて語ったロマニ曰く、
本来
件の魔術礼装を使って
彩羽の脳裏をよぎったのは、特異点Fで意識を取り戻す前に見た夢だった。『
平行世界の『
「……成程。『
『『
「う、うん」
『その英霊の真名は!? 能力は!? 宝具は!?』
酷く切羽詰った様子で、ロマニは矢継ぎ早に問いかけてくる。その勢いに半ば気圧されるようにして、彩羽は自分がひっそり慈しんでいた
「『
『「えっ?」』
「真名は一色彩羽。能力はカリスマ性Sランク。職業はアイドルで、歌と踊りで味方を動かすアジテイター。どこかにある
『「えええええええええええ!?」』
案の定。ロマニとマシュが盛大に絶叫した。
***
「だから、先輩は『わたししか知らない『
すったもんだの末、どうにか“平行世界にいる『
納得したように頷いたマシュは、どこか口惜しそうに口を尖らせる。彼女は「私と先輩だけの秘密だったのに」と小さく呟いた。どうやら拗ねているらしい。微笑ましい限りだ、と、彩羽はほっこりしていた。
対して、ロマニはただ茫然と呆けている。スケールの大きさを噛み砕くことが難しいようだ。気持ちは分からなくもない。地球に外宇宙生命体――ドラゴンが来襲し、滅びの寸前まで追いつめられながらも、諦めずに戦った“狩る者”たちの物語。普通の人間が聞いた限り、それが実話だなんて思う筈がないだろう。
崩壊していく諸国の中で、唯一明確な制竜権を有したのは日本の首都・東京。帝竜の持つ力によって魔境へと変貌した首都を駆け抜け竜を屠るのは、ムラクモ機関によって選び出された“狩る者”――所謂Sランク能力保持者たちだ。2020年と2021年に起きた竜戦役は、どれもスケールが大きい。
2020年だけでも、重力が反転した新宿の逆サ都庁、電車と線路で組み上げられた池袋の山手線天球儀、リアル四谷怪談と化した四ツ谷の常夜の丘、砂漠広がる国分寺の灼熱砂房、鬱蒼とした森と化した渋谷の繁花樹海、洞窟と化した東京地下道、氷で閉ざされた台場の拾参号氷海、成層圏まで到達するほど伸びたトウキョウタワーがお目見えするのだ。
2021年には渋谷、国分寺、池袋の他に、新たな
『真竜ニアラにフォーマルハウト……。外宇宙からの生命体が、人間を家畜にするために育て、喰らうために来襲した、か……』
「馬鹿みたいな話だよね。信じられないのも当たり前か」
「先輩、私は先輩の言葉を信じます。先輩の姿や力からは、一切の邪気も感じられません。……むしろ、傍にいてくれると、とても安心します。なんだか、温かいものに包まれているような感じがして」
そう言って微笑んだマシュは、ほんのりと頬を染めた。自分の言葉を信じてもらえたのが嬉しくて、彩羽も微笑み頷いた。
ならば、問題はロマニの方だろう。彩羽は通信越しからロマニの答えを待つ。暫しうんうん唸っていたロマニだが、最後は何かを決意したように『分かった』と言った。どうやら彼も、彩羽の語る“人と竜の物語”を信じてくれたらしい。彩羽は心の底から安堵した。
『それにしても、滅びに抗う人々の物語か……。彩羽ちゃんの話を聞く限り、平行世界の2020年代は文字通りの世紀末だったんだね』
「確かに。絶望と死が蔓延するような大地だったけれど、それだけじゃなかった。生きていたいという願い、無事でいて欲しいという祈り……幾千もの人々が命を燃やし、幾万もの人々の想いが紡いだ、“愛と希望の物語”でもあったんだよ」
『“愛と希望の物語”……』
彼の声が、酷く震えているように思う。それが驚愕なのか歓喜なのか、彩羽には判別がつかない。ロマニは暫しその言葉を復唱していた。
何か、尊いものを噛みしめようとしているみたいに思えたのは何故だろう。幾何の時が過ぎた後、ロマニは満足げに「そうか」と呟いた。
彩羽だけの秘密の物語だった
彩羽に力を貸している英霊――『
『状況によっては、キミが前線でその力を振るうことだってあるだろう。だが、無茶だけはしないでくれ。戦う力を得たからと言っても、キミの力は不完全だ。そして何より、キミは人間なんだから。それを忘れないように――』
「『まずは分相応のサポートから始めなさい』ってことだね。了解。心配してくれてありがとう、Dr」
念を押してくるロマニに、彩羽は微笑んで頷いた。「特別な力を得たことに増長し、それが油断に繋がって死を迎えてしまう」という想像でもしていたのか、彩羽の答えを聞いたロマニが目を丸くする。まずはできることから始めろというのは、『
『
けれど、帝竜を屠っていく度、『
謂れなき誹謗中傷をばら撒いた犯人をとっちめてくれたり、日常生活で積極的に声をかけてくれたり、有事になると自分たちを助けるために命まで懸けてくれた。道を切り開き、背中を押してくれた。彼らの勇気が、祈りが、狩る者たちを送り出してくれたのだ。
転んでもいい。怯えてもいい。折れたっていい。多くの時間がかかっても、そこから立ち上がることができるなら。圧勝じゃなくてもいい。人の命を守ることを念頭に入れた作戦なら、泥を這いずり回った末の勝利でもいい。戦う理由だって、人類のため等の高尚な理由じゃなくてもいい。
大事なものを守りたいと願い、大切な人たちの無事を祈る。振り返れば優しく包んでくれる仲間がいて、彼らがいるこの場所が『
時折裏切られたこともあったけれど。英雄という肩書故の理不尽な目に合ったけれど。
それでもあの場所は――
『達観してるなあ……。そのメンタルが羨ましいよ』
「成長することと這い上がることに関しては、『
『……うん。さっきからキミが眩しいと思っていた原因が分かった気がする』
「そうですね。Drの言うとおり、先輩はとても眩しいです」
ロマニとマシュがひそひそと何かを言っていたが、彩羽にはそれを聞き取ることはできなかった。問いかける前に、議題が変わったためである。
話し合いの議題は“今後の行動方針”だ。
ロマニ曰く、サーヴァントは弱点があるものの、充分頼れる戦力らしい。
『キミには既に強力な武器がある。マシュという、
「……最強というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです。後で責められるのは私です」
『まあまあ。サーヴァントはそういうものなんだって、彩羽ちゃんに理解してもらえればいいんだ』
ロマニの言葉に、彩羽の中にいた『
連想したのは、ムラクモ機関前総長・
『
「Dr.ロマン」
『えっ? あ、彩羽ちゃん?』
「――さっきの言葉、大至急撤回して頂けませんか」
『え、ええと……』
「
通信越しの声が途切れた。彩羽の表情を真正面から見てしまったマシュがびくりと肩をすくめる。……成程、彩羽は今、凄まじい顔をしているらしい。だが、これだけは、どうしてもモノ申さずにはいられなかったのだ。
「マシュは兵器じゃない。自分の意志を持つ、立派な人間だ。私の可愛い後輩だ。私やドクターと一緒に戦っていく、かけがえのない大切な
「先輩……」
『彩羽……』
「わたしのワガママだとは承知しているけれど、どうしてもこれだけは、言っておきたかったんだ」
マシュとロマニが酷く驚いたような声を上げてこちらを見た。2人は何か言いたそうな素振りを見せたが、黙ることを選んだらしい。
その代わり、両名とも嬉しそうに笑った。まるで、「自分は今幸せなのだ」と言外に伝えようとするかのように。
『……そうだな。すまない、撤回しよう。マシュはボクたちのかけがえのない仲間だ。そして、キミと共に戦っていくサーヴァントでもある。だから、2人で協力して、この危機を乗り越えてほしい』
「……先輩。貴女のサーヴァントとして、貴女の仲間として、私は全力を尽くします。これからもよろしくお願いします」
「――うん。私の方こそ、これからも宜しくね」
彩羽とマシュは握手を交わし、笑いあう。自分たちの姿を見ていたロマニが音頭を取り、これからのことを話し合うことにした。通信越しのロマニの声もどこか明るい。
だが、方向性を決めようとした途端、急に通信が乱れ始める。予備電源に切り替えたばかりだったのが仇となり、シバの出力が安定していないのが原因のようだ。
『2人とも、そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。何とかそこまで辿り着いてくれ。そうすればこちらからの通信も安定する。いいかな、くれぐれも無茶な行動は控えるように。こっちもできるかぎり早く電力を――』
ロマンが言い終える前に、無情にも通信が途切れた。彩羽とマシュ、そしていつの間にかレイシフトしていたフォウは顔を見合わせる。
このまま立ち止まっていてもどうしようもないことを知っていた2人と1匹は、ロマニの指示通り、目的地目指して歩き始めたのだった。
◇◇◇
「――ふざけんじゃないわよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
道中でオルガマリーと合流した結果、オルガマリーが盛大に発狂した。
「私の講義を居眠りしていた一般人がサーヴァントと契約しただけでなく、礼装なしで
「驚く気持ちはよく分かるよ。だけど所長、落ち着いて。貴女はカルデアのトップなんでしょう? トップがその有様だと、勝てる戦も勝てなくなる。まずは現状を把握するところから始めるべきかと」
「うぐぅ……ッ。……当り前よ。貴女に諭される必要はないわ」
反ムラクモ派議員と論争した『
ヒステリックな所長をうまい具合に誘導した彩羽の手腕を目の当たりにしたマシュが、目をぱちぱちと瞬かせた。そんな後輩に対し、彩羽は悪戯っぽく笑って見せる。カリスマ性Sランク――もとい、人を動かすことは『
所長の話を自分たちの状況をすり合わせると、レイシフトに成功したのは彩羽とマシュだけらしい。他のマスター――コフィンを用いてレイシフトしようとしていた魔術師たちは来ていない。バイタルが基準値以下になるとコフィンの電源が切れる仕組みとなっているそうだ。
レイシフト直前に起こったテロによって、大半の魔術師のバイタルも基準値以下となってしまった――それが、レイシフト成功者が自分たちしかいないという原因だろう。なんとまあ、世知辛い世の中だ。『
「以後は自分の命令に従ってもらう」とオルガマリーは宣言した。口答えをする理由もなければメリットもないので、彩羽は素直に頷いた。オルガマリーの指示に従い、霊脈のターミナルを探す。
「所長。レイポイントは、所長の足元です」
「うぇぇ!? ……わ、わかってた! 分かってたわよ、そんなこと!」
(意外とおっちょこちょいなんだ……)
あたふたするオルガマリーを見て、彩羽は内心酷く微笑ましい気持ちになった。盛大にがなり立てる女性だと思っていたが、可愛らしいところもある。最も、それを顔に出せば厄介なことになるのは明白だったので、彩羽は笑みを噛み殺した。
レイポイントにマシュの盾を設置する。温かい光が溢れだし、光景が変わった。満天の星空を思わせるような空間には、至る所に青い光が走っている。
嘗て『
「これは、カルデアにあった召喚実験場と同じ……」
『シーキュー、シーキュー。もしもーし! よし、通信が戻ったぞ! これで――』
「ロマニ!? 何でアンタが仕切ってるのよ!!」
数時間ぶりに、ロマニの声が聞こえてきた。彼は嬉々とした様子で報告しようとし――ヒステリックに叫ぶオルガマリーによって遮られた。2人はぎゃあぎゃあ叫びながらも、双方の情報をすり合わせることで現状を把握し、今後の方針を打ち立てていく。
危篤状態になった47名のマスターは、本人たちの了承を取らずに凍結保存処理。『死なせさえしなければ――主に責任問題的な意味で――何とかなる』というマイナス方面に突っ切った理由ではあるが、全員死なせるよりはマシであろう。
判断基準が酷いと自覚はしているらしく、オルガマリーは今にも泣き出してしまいそうだ。彩羽は彼女の肩を叩く。
「大丈夫だよ、所長。世の中には『自分の強化のために、組織の仲間だけでなく、都庁の避難民を躊躇なく生贄にした』組織のトップだっているし」
「『
「理由は何であれども、崖っぷちな状況に陥っても尚、人命を守ることを選べるというのは素晴らしいことだよ。その選択を選べる指揮官は良い指揮官だって相場が決まってるものだ」
脳裏に浮かぶのは、ムラクモの最終総長を務めた青年――桐野礼文だ。先代総長/初恋の女による人類への裏切りと仲間の惨殺、利き手の喪失によって断たれた技術者生命――不幸という不幸を煮込んだような人生を歩んでいた彼だが、深緑の双瞼は何度も燃え上がった。
折れても尚、もう一度立ち上がる。折れない強さも素晴らしいけれど、倒れても立ち上がって歩き出すという強さも素晴らしい。正直、『
「貴女……」
「オルガマリー所長は立派な指揮官だよ。命を失うことへの恐怖を抱く貴女になら、安心して私の命を預けられる。だから、自分を追い詰めなくていい。堂々と構えていて」
彩羽はオルガマリーの手を取り、微笑んで見せた。オルガマリーは豆鉄砲でも喰らったみたいに目を瞬かせると、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。
が、彼女は彩羽の手をやんわりと押し返すと、ぷいっとそっぽを向いた。珍しいものを見たといわんばかりに、マシュとロマニが目を丸くしている。
率いるだけがリーダーではない。「コイツだったら一蓮托生でも構わない」と思えるような――所謂“神輿になり得る”人物にだって、リーダーの資質がある。
桐野礼文という男は、命を失う痛みに対して人一倍敏感だった。職業が医者と技術者の兼業だったというのもあるが、元来優しい性格だったのも理由だろう。
オルガマリーとキリノは正反対――前者が利己的な現実論者、後者が甘い理想論者――だが、根っこにある「人の命が失われるのが嫌だ」という点は共通している。
善人でなくたっていい。怖がりだっていい。失うのが嫌だというマイナススタートでもいい。自分が弱いと知っていることは、素晴らしい美徳なのだから。
「……先輩が所長にそんなこと言うなんて、意外でした」
マシュが目を丸くしながら、小さく耳打ちしてきた。彩羽はひっそち苦笑する。
「臆病だけど気性の荒いキリノ総長と考えたら、なんだか『担いであげなくちゃ』って思うようになったんだ。上司の迷走を見守るのも部下の役目だったし」
「先輩……」
「ヘタレな指揮官を担いで走るのには慣れているんだ。『
指揮官と一緒に走るのも、悪くはない――その意味を込めて、彩羽は笑った。劣勢から立て直すというのも、泥まみれになって這いずりながらでも勝利を掴むのも、『
自分が見続けた『
このお話におけるぐだ子=彩羽の何がチートなのかと問われれば、「メンタル」と答えます。結果、「無意識に他人の地雷を処理し、そこを緑化させていく」系の主人公となりました。
不完全な形で彩羽に夢幻召喚されたアイドルの力も、ひと段落つき次第、きちんとした情報としてUPしたいですね。ふわっとした設定しかしていませんが(苦笑)
……ただ、セブンスドラゴンシリーズのストーリーを知っていると、彼女に夢幻召喚された能力の一端を察せるかもしれません。
本当なら「特異点Fでのサーヴァント召喚」まで書きたかったのですが、そこまで書き切れませんでした。無念。
活動報告へのアドバイス、大変参考になります。今回のお話と設定が出来上がったのも、アドバイスしてくださったみなさまのおかげです。本当にありがとうございました。