Fate/GrandOrderとセブンスドラゴンシリーズを混ぜてみた   作:白鷺 葵

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・Fate/GrandOrderの世界にセブンスドラゴンシリーズ関係者がいる。
・ナナドラシリーズ勢は「型月世界で生まれ育った」ため、キャラクターのバックボーンに変化が生じている。
・セブンスドラゴン勢との絡みにより、Fate陣営のキャラクター設定に大きな変化が生じている。
・クロスオーバーを円滑に進めるため、いくつかのねつ造設定ができている(例.ダ・ヴィンチちゃんの現界方法が原作と違う等)。


カルデア技術部門副主任、ドクターレイブン

「――いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 緑の髪に眼鏡をかけた青年は、感情に任せて叫んだ。まさか青年が言い返してくるとは思っていなかったようで、上司は酷く驚いた顔をする。青年は荒い呼吸をそのままに、上司を睨みつけた。

 

 典型的な日本人、文字通りのヘタレ、決まらない男――青年を指す罵詈雑言は幾らでもあった。実際、青年の性格は彼らの罵詈雑言通りである。流されてばかりの臆病者、立ち止まったら動かなくなる優柔不断、超弩級の理想主義者。到底、技術副主任という立場に相応しくなかろう。

 それでも、青年には譲れないことがあった。認められないことがあった。命を命と思わないその所業を、黙って見ていられるような性格ではない。生まれ落ちた命の幸福を願うのは、そんなに愚かなことだったのだろうか。彼らが自由に生きられる可能性に賭けたのは、そんなに間違っていただろうか。

 実験室に閉じ込められ、ボロボロになるまで酷使されて、挙句の果てには死んでいく。“適性がなかった”という理由でだ。命は兵器ではない。逆に言えば、兵器の材料に命を使うこと自体間違ってる。命に関する研究に対して、青年は人一倍敏感であった。命に対して真摯でありたいと願っていたし、真摯であるべきだと思っていた。

 

 

「確かに僕は、技術者であり研究者だ。けれど、僕は医者でもある。命を弄ぶような研究を認めることはできません」

 

 

 本当は、怖い。とても怖い。怖くて怖くてたまらない。逃げ出してしまいたいくらいだ。

 でも、逃げたくなかった。一度目にした理不尽を、「なかったこと」にして目を逸らすことなんて許されない。

 

 

「そもそも“この研究実験”自体が破綻しています。英霊(サーヴァント)を人間の器に宿して疑似英霊(デミ・サーヴァント)を造るための実験だと言っていますが、疑似英霊(デミ・サーヴァント)用の肉体として用意されたデザインベイビーたちの遺伝子では最終目標を達成できない。永続的に英霊を留まらせるには、器自体があまりにも脆すぎる。現代科学の粋を以て生み出された被検体たちですら、寿命が20年あるかないか程度です。器になる人間にとっても、器を手にするサーヴァントにとっても不利益しかありません」

 

 

 青年は震える拳を抑えつけながら、眦を釣り上げて言葉を紡ぐ。反論は許さない。息つく間もなく言葉を続けた。

 

 

「善き精神性を持つ英霊が、器の自我を消し去ることを望むでしょうか? ただ『生きていたい』と願う命を、現界するため“だけ”に摘み取ることができるでしょうか? たとえ英霊が悪しき精神性を持っていたとして、時限爆弾付きの器を依代にしようと思いますか? 家に例えたら、時限爆弾付きなんて事故物件もいいところだ! 貴方はそんな家を終の住処にしたいと思いますか!? 絶対嫌だろう!」

 

「貴様……! 魔術師でもないくせに、よくも――」

 

「この計画自体が、英霊を愚弄しているとは思わないんですか!? 侮辱しているとは思いませんか!? 器として生み出された子たちは意志を持って生きている。嘗てこの大地を駆け抜けた英霊だって、強い意志を持っていた。だから英霊と呼ばれるような存在へと至ったんだ! その双方を傷つけるような実験を敢行しても心の痛まない貴方たちこそ化け物だ! 討ち果たされるべき敵そのものじゃないか!!」

 

 

 悪を討ち果たすため、いずれ来る脅威に備えるため――そのお題目で、組織は矛盾する研究を行った。この研究自体が悪であるし、いずれ世界の脅威とされるだろう。

 組織の矛盾に気づいてしまった青年には、この計画を推し進めることなど不可能だった。何も知らないころに戻ることなど許せなかった。だから、声を上げる。

 

 たとえ、魔術の適性がないという理由で自分の意見を黙殺されてしまっても。

 たとえ、この部門でのヒエラルキーがぶっちぎりの最下層でも。

 たとえ、彼らの手によって自身の命が絶たれるような事態に陥ったとしても。

 

 戦う人々の後ろに隠れて身を震わせている自分のままでいるわけにはいかない。たとえ武器を振るって敵を屠ることができなくても、技術部門副主任としてできることがあるはずだ。自分のできることに対して、全力で、ひたむきに取り組む――それこそが、愚鈍な臆病者にできる精一杯の抵抗だった。

 

 

「これ以上、貴方たちの実験を続けさせるわけにはいかない。僕の要求が受け入れられないと言うなら、今ここで、僕と僕の研究成果を無に帰します。それだけじゃない。部下たちもカルデアから引かせます」

 

 

 青年の言葉を聞いた研究者たちがざわつき始める。青年は、己の生み出した技術がどれ程組織に重宝されているかを熟知していた。

 青年、あるいは青年の直属部下でなければ取り扱えない技術は山ほどある。カルデアは青年の技術力を買って、技術副主任の役職を与えたのだ。

 ――でなければ、魔術師でもない“愚鈍な臆病者”が、魔術師という異生物が跋扈する組織にいられるはずがないのだから。

 

 魔術の知識はある。魔術師の生体も知っている。魔術が使えないだけで、魔術と魔術師たちへの対策は万全だ。それくらいしていなければ、魔術師相手に一般人が喧嘩を売ることは不可能であった。

 

 彼らが悩んでいる間に、保護したデザインベイビーたちは研究所から脱出していることだろう。外で待機している仲間たちと合流していてもおかしくない。魔術師たちが諦めるならそれはそれで僥倖。諦めず、邪魔者である青年を処分したとしても、時間稼ぎとしての役割は果たせたのだから問題ないのだ。

 青年がそんなことを考えていたときだった。ばちり、と、どこからか音が聞こえる。何かの稼働音だ。振り返れば、背後にあった英霊召喚システムが淡い光を放っている。誰かが起動した形跡は一切ない。次の瞬間、青年の左手にずきりと痛みが走った。見れば、手の甲に3画の文様が刻まれている。

 

 

「――え?」

 

「馬鹿な! 令呪だと!?」

 

 

 魔術師が何かを喚き散らす。間髪入れず、派手な光が炸裂した。青年は思わず手で視界を覆った。

 赤い光が視界の端で滲む中、逆光の向こう側に人影が見えた。魔術師たちのどよめきがより一層強くなった。

 

 逆光の中にいたのは、美女だ。一目見ただけでまどろみが吹き飛ぶような――目が覚める程の美貌を持った女性が、静かに微笑んでいる。

 

 青年は、美女の神秘的に佇まいに目を奪われた。人間では絶対に発しないようなオーラが漂っているように見える。

 非科学的だと言われても、それ以外に譬えの言葉が出てこなかった。英霊だ、と叫び散らす魔術師の声が遠い。

 美女がゆっくりと口を動かす。その口から紡がれた言葉を、青年は未来永劫忘れることはないだろう。

 

 

「始めまして、マスター。サーヴァント、レオナルド・ダ・ヴィンチ参上。――さあ、万物の成り立ちの話をしようか」

 

 

◇◇◇

 

 

 目が覚めて、真っ先に見えたのは白い天井。最近導入したLED蛍光灯の光が瞳に突き刺さってきそうだ。青年は体を起こす。

 

 はて、自分は今まで何をしていたのだろうか。青年が手元に視線を向ければ、握りっぱなしだった端末にデータが表示されている。

 指示された内容は、最近導入したLED蛍光灯のデータだ。青年と青年の部下たちが独自に改良して作り上げた特注品だった。

 そこで、青年は自分が意識を失う前までしていたことを思い出す。以前のデータと今回のデータを見比べて、改善点と改良点を探していたのだ。

 

 少ない電力で施設内をより明るくするという課題はクリア。これで、電力の十数パーセントはカルデアスを動かす分に回せるだろう。予備電源の基礎的な部分も改良したため、万が一大規模停電が落ちたとしても普段と遜色ない出力を保つことが可能だ。但し魔力に関しての調整技術云々はからっきしなので、魔術関係者の方に任せている。餅は餅屋だ。

 電力を魔力に変換することによって、魔術の威力を底上げするための実験結果も上々だ。問題は、人数が増えれば増える程、底上げされる威力が反比例して下がっていくことにある。反比例の度合いを減らすことが当面の課題であろう。施設運営のために必要なエネルギーを省エネしつつ、浮いた分をバックアップ用に回せれば――

 

 

「キミは、自分が今いる部屋がどこなのかを一切考慮しないのかい?」

 

「えっ?」

 

「自分の身を顧みないレベルの仕事人間だよ。ドクターレイブン」

 

 

 酷く不機嫌な声が聞こえてきて、青年――レイブン、否、桐野(キリノ)礼文(アヤフミ)は思わず声の主へと視線を向ける。

 そこには、険しい顔をした医療部門トップが仁王立ちしていた。目の下には大きなクマができており、白目部分が血走っているように見える。

 

 

「それを言うならドクターロマン。貴方こそ寝不足でしょう? 今日で何徹目ですか」

 

「3徹……ってコラ! 話を逸らすんじゃない!」

 

「話を逸らした覚えはありません。休んでください、今すぐに!」

 

 

 キリノは即座に跳ね起きると、ロマニに手を伸ばした。彼は大人しく従うタマではないためである。キリノの予想通り、ロマニは「それはこっちの台詞だよ!」と怒りながら抵抗してきた。手と手を掴み合って取っ組み合う。

 

 

「ボクは知ってるんだからな! キミ、技術フロアだけじゃなく医療フロアの手伝いにも駆り出されてまともに休んでないってことを! 睡眠時間を分割して取ればどうにかなるってレベルじゃないくらいの回転率で動いてることを!」

 

「それを言ったらドクターだってそうでしょう!? 僕、この数か月間、貴方がまともな形で休息をとっている姿を見たことがない! この前はシャワー室でそのまま寝入ってましたよね!? 何が『シャワーの温度が気持ちよかった』だ! どうしてそんなになるまで寝ないんだ!?」

 

「――はいはい。世の中ではそれを“五十歩百歩”って言うんですよ? ドクター一同」

 

 

 呆れたような少女の声に振り返る。そこにいたのは、若芽色の髪と瞳を持つ少年少女だった。双方似たようなデザインの制服に身を包み、耳元にはインカムが装着されている。

 病的なまでに白い肌。思えば、この少年少女たちはまともに外を回ったことがなかった。2人が知っている景色は、せいぜいカルデア内部と外の雪景色程度であろう。

 

 

「あまり変なことをしてると、そのうち変な噂が立つかもしれないぞ」

 

「ミロク、変な噂ってなんだい!? 何やら嫌な予感しかしないんだけど!?」

 

「おっさん同士が手ェ取り合ってる図自体が視覚の暴力だと思う」

 

「うへぁ。いつになく毒舌だ……」

 

 

 死んだ魚のように濁った瞳を一気に逸らし、少年――ミロクは深々とため息をついた。隣にいた少女は咎めるように頬を膨らませている。

 

 

「あんまりオーバーワークを行うようでしたら、ダ・ヴィンチさんに頼んで“絶対無理しなくなる道具”を作ってもらわなければいけませんね」

 

「ミイナまで……」

 

彼女(カレ)ならとんでもない効果の道具を造りそうで怖いよ」

 

 

 少女――ミイナの言葉に、キリノとロマニは苦い表情を浮かべた。

 

 ダ・ヴィンチが作った道具が凄まじい効果を持つことは分かっているが、ニッチな効果を発揮するモノもある。徹夜三昧のときにはよくお世話になっている栄養ドリンクだって、彼女(カレ)が作った特注品だ。飲めば暫く眠気とは無縁で働けるものの、効果が切れると暫く前後不覚の廃人と化す。

 以前使ったときは、効果が切れると周囲が花畑にしか見えなくなって、そのまま廊下で寝落ちした。勿論周囲の職員からこっぴどく怒られた。極め付けには、開発した本人であるダ・ヴィンチから直々に説教された。美女が怒りで微笑む姿が恐ろしいと言うことを初めて知った瞬間である。

 因みに、キリノと同じドリンクを飲んでいたロマニもまた、備え付けのゴミ箱に頭を突っ込んだ状態で発見されて大騒ぎになっていた。以来、件の栄養ドリンクを飲む際は、自室の近くで仕事をするときに限定している。でないとまた、何が起きるか分からない。廊下で眠るのもゴミ箱に頭を突っ込むのも御免だ。

 

 ミイナは何を思ったのか、「そういえば、ダ・ヴィンチさん怒ってましたよ」と付け加える。「『お2人を休ませるために使えそうなものを作る』って息巻いていました」とも。

 あまり嬉しくない情報だ。こうなってしまった場合、至急休まないと碌なことにならない。ここ数年間の付き合いによって蓄積された経験則が警報を鳴らしていた。

 

 

「……しょうがないかぁ」

 

「そういう訳だから、大人しく休みなさい。ドクターレイブン?」

 

「ドクターロマン、貴方もですよ」

 

「うぐぅ」

 

 

 鬼の首取ったりと胸を張ったロマニであったが、その余裕は冷淡な顔のミイナによって切って捨てられた。彼女は他の職員たちと結託していたらしく、ロマニ程ではないが高い身分を持つ医師が扉の外から部屋を覗き見ている。

 四方八方から突き刺さって来る眼差しに耐え切れず、キリノとロマニは諦めて休息をとることにした。ロマニは自分の私室へ、キリノは技術部門の面々が寝泊まりする仮眠室へと足を踏み出す。やりたいことはまだあったが、致し方がない。

 

 

(とりあえず30分程仮眠を取ったら、次は管制室やカルデアスの整備だ)

 

 

 キリノは時計を確認しながらスケジュールを組み立てる。物事は想定通りにはいかないが、何もしないでいるわけにはいかない。

 

 脳裏によぎるのは、キリノが幼少の頃から憧れる“正義の味方”の姿だ。頭を抱えたくなるような地獄の中でも決して屈しなかった彼/彼女らの背中を、キリノはずっと「覚えて」いる。腕章に刻まれた印――竜の頭蓋骨を貫く剣と、歯車を思わせるような円が描かれたデザイン――は、鮮明に浮かび上がる。

 廊下ですれ違った面々――建築部門最高責任者を務めるパンツスーツ姿の女性や、技術班に所属するスタッフ3人組と軽く挨拶を交わし合いながら、キリノは仮眠室へと辿り着く。保険としてタイマーを30分後にセットし、そのまま布団をかぶって横になる。正直まだ眠くないが、仮眠を取ったという実績がないと不便だ。

 望まぬ休息だが仕方がない。寝付けなくてごろごろと転がりつつ、キリノは無理矢理視界をブラックアウトさせる。寝苦しさを飲み下し、沈黙が訪れるのを願った。――あるいは、キリノの「識る」英雄たちが駆け抜ける姿が見れるのを願った。

 

 視界に花がちらつく。赤い花だ。

 花を踏みしめて歩く英雄たちの背中が見える。

 

 

(――ああ)

 

 

 キリノはじっと彼/彼女の背中を見つめる。彼/彼女たちの眼前には、理不尽の権化。

 英雄たちはみんな不敵な笑みを浮かべて、獲物を構えて駆け出した。それを、キリノは見ているだけ。

 爛々と煌めく流星が、己の命を燃やして爆ぜる。死ぬためではない。生きるためだ。今を精一杯生きるためだ。

 

 その生き方に憧れた。その強さに魅せられた。その在り方に救われた。彼/彼女たちの背中を追いかけて、キリノは今ここにいる。

 

 

(僕も、キミたちのような“正義の味方”になりたかったな――)

 

 

 自分の願いが叶わないことなど、キリノは重々承知している。愚鈍な臆病者に出来ることは、技術力を駆使して前線で戦う人々を支えることくらいだ。本来なら、キリノ自身が前線に出て戦わなくてはならないのに。

 夢も現実も非情だった。帰らない日常、突きつけられたのは絶望。それでも、折れずに足掻く人々の背中を「識っている」。ただの一般人が、世界を救うに相応しい英雄へと至る物語を「識っている」。祈りの顕現に至るまでの旅路を「識っている」。

 

 視界が滲んだ。同時に、鮮明に見えていた光景が歪む。あっという間に世界は薄暗くなり、温度を亡くしていった。

 何事だろう。キリノは目を見開いて体を起こした。明るかった仮眠室は、現在薄闇に包まれている。

 時計を見れば、短針は2つほど前に進んでいた。30分の仮眠は2時間の熟睡になっていたらしい。

 

 

「うっわ、最悪だ!」

 

 

 キリノは慌てて飛び起きて、仮眠室から飛び出した。管制室へ向かおうと駆け出しかけ――

 

 

「嘘だろ!? またキミは、私の計算を超えたのかい!?」

 

 

 出会い頭にそんな言葉を投げかけられた。足を止めれば、興味深そうにこちらを見返すダ・ヴィンチの姿がある。

 キリノは怪訝に思い、眉を顰めた。

 

 

「計算……って、キミ。一体何をしたの?」

 

「キミが使うベッドに、ダ・ヴィンチちゃん印の安眠グッズを仕込んでおいたんだ。私の計算では丸5時間ぐっすりお休みのはずだったんだけど……」

 

 

 「キリノは恐ろしいな」とダ・ヴィンチは肩をすくめる。肩をすくめたいのはキリノの方だ。

 

 

「休んでいる暇はないよ。レイシフトの決行日まで時間がないんだから。マスターたちの負担軽減のために、できることはやっておかなくちゃ」

 

「フィニス・カルデアの設備関連を大改造し、5割強の省エネ化を成し遂げてもまだ足りないって言うのかい?」

 

「足りない。全然足りないよ。限られた時間内であったとしても、僕たち技術者には最善を尽くす義務がある。前線で戦うことのできない“愚鈍な臆病者”である僕だからこそ、前線で戦う人々が憂いなくミッションに集中できる環境を整えなければならないんだ」

 

「キミが“愚鈍な臆病者”だって? ……寝言は休み休み言いなよ、マスター。1日あれば“何でも”作り出せるほどの開発技術力と頭脳、ロマニと遜色ない医学知識と技術を有するキミのどこが“愚鈍な臆病者”なのか、私にはよく分からないなあ」

 

 

 はああ、と、ダ・ヴィンチはため息をつく。「私の自慢の生徒は、自己評価が低すぎる」とぼやくダ・ヴィンチの言葉が妙に重苦しい。

 真の天才である彼女(カレ)はキリノのことを『自分と同じ領域に立つ者』として買いかぶっている。キリノにはそんな資格などないのにだ。

 キリノは己の手の甲に輝く赤い印に視線を向ける。英霊を従えるマスターの証であるが、キリノは戦場に赴く権利がない。

 

 

『なんでマスター適性はあるのに、レイシフトへの適性がないのよ! このポンコツ技術者ァァ!!』

 

 

 ダ・ヴィンチのマスターになった後、最近発生した問題由来でカルデアの新所長オルガマリーからぶつけられた言葉が胸を抉る。

 彼女が欲した戦う力を、一般人でしかないキリノは中途半端に持て余していた。オルガマリーにとって、非常に屈辱的なことだっただろう。

 

 己の無力さに嘆く苦しみを、キリノは人一倍知っている。

 

 

「それでも、それでも僕は――」

 

「――キリノさん! 目が覚めたんですね! ダ・ヴィンチちゃんも、丁度良かった!」

 

 

 背後から聞こえてきた声に振り返れば、息を荒くした茶髪の青年が駆け込んできたところだった。

 彼の表情は鬼気迫っており、キリノが暢気に眠っている間に大問題に直面したことを物語っている。

 

 

「ケイマ、どうしたんだい? カルデアスに何か異常でも?」

 

「カルデアスは大丈夫なんですけど、管制室全体に妙なものが仕掛けられているみたいなんだ。俺たち科学組と居合わせた魔術スタッフじゃあ手に負えないから、レフ教授がいなくて困ってたんだけど、丁度ここにダ・ヴィンチちゃんがいたからラッキーだって思ってさ」

 

 

 キリノの問いに答えたケイマは、ダ・ヴィンチに対して「来てくれませんか」とお伺いを立てる。キリノが信頼する部下からのお願いに、ダ・ヴィンチは顎に手を当てた。

 本来ならレフを呼び出す案件なのだが、彼は別件でカルデアを離れている。帰って来るまであと1週間かかるらしい。カルデアスが安置された管制室に異常が発生しただなんて大事件だ。

 レフの帰りを待つ暇はない。もし、その妙な仕掛けがカルデアの火を絶やしかねぬものならば、早急に手を打たねばならないのだ。キリノはダ・ヴィンチに視線を向ける。

 

 突き刺さるようなマスター兼教え子の眼差しに、彼女(かれ)は何か思うところがあったのだろう。やれやれと肩をすくめ、頷き返した。――どうやら、ダ・ヴィンチは協力してくれるようだ。

 

 それを見たケイマは安心したように表情を輝かせると、勢いよく管制室へと駆け出す。運動神経の悪いキリノでは、彼に追いつくこともままならない。

 管制室についた頃にはもう、キリノは荒い呼吸を繰り返していた。運動能力の低さにも泣けてくる。……ああ、ないものばかりが多すぎた。

 

 

「どうして私の関係者たちは、自己評価が極端に低いかなァ」

 

「ぜぇはぁ……。だ、ダ・ヴィンチ。何か言ったかい……?」

 

「いいや、何も? さて、管制室に仕掛けられた“妙なもの”の解析でも始めようかな」

 

 

 「私を満足させてくれるものだったらいいんだけどねぇ」と、万能の人は笑う。彼女(カレ)はどこからともなく眼鏡を取り出し、それをかけた。普段は“煌びやかな衣装を身に纏う芸術家”という印象が強いダ・ヴィンチだが、眼鏡を装備すると途端に知的な印象に変わる。

 キリノは元から眼鏡装備民だ。視力が低いため、それを補う補助具として使っている。だから何だと問われても、それ以上でも以下でもない。雑念を振り払い、キリノはサーヴァントであるダ・ヴィンチの背中を見守った。

 

 




戦闘能力皆無、サポート能力特化な2020シリーズ系キリノ&ムラクモの面々(一部)を原作前のカルデアに放り込んでみました。彼らならカルデアの設備をガンガングレードアップしてくれそうだと思ったんです。
ダ・ヴィンチちゃんとは天才繋がりで仲良くなれると思った結果がアレ。キリノの才能を見たら、ダ・ヴィンチちゃんは絶対目をかけてくれると思うんです。そして、キリノの自己否定的な言動に肩をすくめてくれたらいいなあ。
ちなみに、この世界のキリノは仇名でレイブンと呼ばれています。アヤフミ/礼文の読み方と字面、およびカルデア職員の多くが外国系の人々であるということで、アヤフミより馴染みやすい発音のレイブンが採用されました。

この面々で本編に突入した場合、キリノはロマニの副官として全力を尽くしてくれることでしょう。お互いにお互いが「相手の無茶を止めるストッパーである」と自負し、五十歩百歩な発言を繰り返しつつ取っ組み合う図が頭から離れません。そして第3者から「どっちもどっち」と断言されるまでがワンセット。
そういえば、2020シリーズでのキリノは25⇒26歳なんですよね。ロマニは30代だから、結構年齢差があるんだよなあ。それでも、件の2名は仲良くなっている図しか想像できないんです。例えるなら、スパロボZシリーズの刹那&ヒイロやグラハム&ゼクスのような。

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