Fate/GrandOrderとセブンスドラゴンシリーズを混ぜてみた   作:白鷺 葵

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・2020シリーズ主人公=ぐだ子の平行存在で、何かしら繋がりがあるらしい。/外見:ぐだ子にアイドルの服(黄色と緑基調)を着せた感じ。CV.女性A:水樹奈々
・2020の時点で職業:アイドルが解禁されており、2020主人公の職業はアイドルである。
・2020シリーズの世界にサーヴァントが召喚される。2020主人公がマスター。召喚された人物が誰かは作中にて判明。
・薄らとだがCP要素あり。ネタバレになるため伏字で表記する。<■■■⇒F/GOぐだ子、■■■■■⇒F/GOぐだ子>
・フレーバーとしてムラクモ13班員が登場。設定は以下の通り。
 瀬良(セラ) (オサム):スチューデント♂/CV.男性N:石田彰
 天利(アマリ) 夏彦(ナツヒコ):エージェント♂/CV.男性G:中村悠一
 星宮(ホシミヤ) (マユ):スチューデント♀/CV.女性F:桑島法子
 レーナ・イレイン・クズミ:オタク♀CV.女性L:加藤英美里
 冷泉院(レイゼイイン) (ヒジリ):アングラ♂CV.男性A:福山潤


最初からクライマックス

「なんだこれ」

 

 

 男はやっとこさ、絞り出すような声で呟くので手一杯だった。自分の眼前にいた金髪の男もまた、同じ気持ちだったろう。そっちは何かを口に出す余裕すらないようだ。

 

 自分の身に起こっていることでさえ動揺する案件だというのに、眼前に広がる光景は、そんなことなど木端微塵に吹き飛ばす程恐ろしい光景であった。自身のことなどどうでもよいと思ってしまうくらい衝撃が大きかった。

 天を覆い、眼前で咆哮するのは竜である。しかも、この竜は幻想種として括れるものではない。もっと上位の生命体だ。この竜種に対して的確な表現があるとすれば、アルティメット・ワン(クラス)が妥当であろう。

 過去と未来を見通す『眼』は、その情報を余すことなく自分に伝える。――だが、()()()()だった。この後何が起こるのかを知りたいのに、この状況をどうにかする手段を見つけたいのに、未来は黒々と塗りつぶされて“何も視えない”。

 

 まるで、何かが邪魔をしているみたいだった。

 あるいは、それが今の自分に残された力なのだと突きつけられたみたいだった。

 

 

「うぅ……」

 

 

 男のすぐ横から聞こえてきた苦悶の声は、男にとって()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 何もかもが信じられない世界で、唯一信じることができた女の子。人類最後のマスターとして、最後まで走り抜けた少女。

 弾かれたように声の方へと向き直る。そこには、体中を傷だらけにした少女が転がっていた。

 

 左腕に浮かび上がった痣の意味を、男は知っている。自分と少女の繋がりが何を意味しているのか、男は知っている。――それ以上に。

 

 

()()っ!」

 

 

 嘗て医師として生きてきた人間として、少女――一色彩羽にすべてを託した人間として、彼女を放置するという選択肢は存在しない。それは、彼女を「我が怨敵/我が運命」と定めた金髪の男も同じだった。男たちは即座に少女を抱き起した。傷のない場所を探すことが不可能な有様だったけれど、幸運なことに、彼女はまだ生きている。

 

 

()()、しっかりするんだ!」

 

「おい、目を開けろ我が運命!」

 

 

 2人は必死になって彩羽の名前を呼んだ。彼女の瞼が震え、ゆっくりと開かれる。「だれ……?」と紡がれた少女の声は、このまま消えてしまいそうな程儚い。

 男2人がほっとした瞬間、僅かな安堵すら脅かすが如く、竜の咆哮が響き渡った。絶対的な力が、今、自分たちの眼前にある。

 

 逃げなければ。それ以上に、彩羽を守らなくては。男は反射的に彩羽を庇うようにして身を乗り出す。対して、金髪の男は彩羽の前に躍り出た。

 だが、彩羽はふらつきながら体を起こした。ゆっくりと、金髪の男の前に立つ。琥珀の瞳に宿るのは不退転の意志。特異点を駆け抜けた少女の双瞼に宿っていた光と同じだ。

 あの頃はそれに救われてきたけれど、現状には一切そぐわない。傷だらけの少女の眼前には、星の具現者並の高位生命体が立ちはだかる。

 

 すべてを見通す『眼』など使わずとも、結末は明らかだった。それ以外の未来なんて、思い浮かぶはずがない。

 

 

「……戦わなくちゃ」

 

「馬鹿な! そんな傷で何ができる!?」

 

「こんな所で、立ち止まれない……!」

 

 

 金髪の男の言葉など歯牙にもかけず、少女はうわ言のように呟く。それに呼応するように、辺りから呻き声が聞こえてきた。

 振り返れば、倒れ伏した人々の中から、立ち上がろうと足掻く者たちの姿があった。

 

 

「まだよ……! まだ、何も終わっちゃいないわ……!」

 

 

 黒髪を腰まで伸ばし、白いセーラー服を着た少女が立ち上がる。

 

 

「……ああ、知っている。知っているとも。我々のこれは、無謀以外の何物でもない。……だが、時には、この無謀こそが、活路を切り開く!」

 

 

 銀髪を束ね、顎髭を蓄えて、眼鏡をかけてスーツを身に纏った紳士が立ち上がる。

 

 

「まだです……! 僕はまだ、戦える……!」

 

 

 血にまみれた銀の髪。前髪を払いながら、青年が立ち上がる。

 

 

「訳が分からない……訳が分からないよ。なんでボクが、こんなところで、こんな奴に殺されなきゃいけないのさ……! ボクは、この運命を拒絶する!」

 

 

 金髪をツインテールに結び、ゴスロリファッションに身を包んだ少女が立ち上がる。

 

 

「それで勝ったつもりか? ……この俺が、負けるはずなどなかろう……! 貴様のような奴に、おめおめと殺されてたまるものか!」

 

 

 水色のフードがついた上着を羽織った青年が、うっとおしそうに前髪を払いながら立ち上がった。

 

 誰もがみな、ボロボロの満身創痍。軋む体を引きずりながら、よろよろと立ち上がって得物を構える。瞳に宿るのは不退転の意志だ。理不尽へ立ち向かおうとする眼差し。いつか、男が目にした『愛と希望の物語』を紡いだ人類最後のマスターと同じものだった。

 この場で逃げの一手を打とうとしたのは自分だけだ。臆病でヘタレなチキン野郎の根性は、あの頃と何も変わっていなかったらしい。――男はいつもそうだった。肝心要なときに何もできなくて、怯えてばかり。最後の最後になってようやく立ち上がるような、そんな卑怯者だった。

 

 ああ、どうして自分はここにいるのだろう。庇い、守ろうとした少女の背中を、彩羽の意志に共鳴するが如く立ち上がった人々の背中を見て、男は考える。

 眼前に広がる光景は、人理焼却なんて目でもない程の人類クライマックス状態だ。でも、この大地には人がいる。諦めずに立ち上がろうとする人間がいる。

 鮮烈に燃え上がり、綺羅星の如く爆ぜる命の輝きを見た。滅びゆくしかない世界、壊れ逝く世界の中で、『愛と希望の物語』は産声を上げている。滅びを覆さんと叫ぶのだ。

 

 目が離せない。目を離せない。嘗て男が、少女の背中に焦がれたのと同じなのだ。

 誰もがみな、生きるために戦っている。生き抜くために戦おうとしている。

 

 

(――ボクは……)

 

 

 何一つ失われていない己の在り方を確認する。多くの(もの)が失われながらも、それでもまだ()()()()()()()()()()()()()力がある。――今、理不尽に挑まんとする彼らと並ぶに相応しい力が。

 それは、自分と共に現界した金髪の男にも言えることだ。自分が消え去った後、男がどういう経緯を辿ったのかは知らないし、戦いの中で何を見つけたのかは知らない。けれど、彼は“何か”を得た様子だった。

 金髪の男は、紅蓮の瞳を大きく見開いて、竜へ挑みかからんとする6人の背中を見つめている。はく、と、彼の口が動いた。――そうして、男は笑った。自分も同じなのだと言わんばかりに、清々しい笑みを浮かべて歩き出す。

 

 

「――そうだな。人間(われわれ)には、意地がある。意地があるから、挑むんだ。この命を燃やしてでも」

 

 

 嘗ての憐憫の獣が、目を爛々と輝かせていた。そうして奴は、彩羽の右隣へと並ぶ。

 

 刹那にも満たぬ瞬きの中、綺羅星のように命を輝かせる人類を否定した人理焼却式。足掻いた果ての無残な死を見続けて、その終わりに誰よりも心を痛めた使い魔。

 そんな彼は今、正真正銘の人間として、彩羽の傍らに立っている。命を燃やして生きようと足掻く人々を理解し、自分もそう在ろうとしている。

 

 

「ならば、私はお前に寄り添おう。それが道理というものだ。……私のすべては、我が運命(キミ)と共に在る」

 

 

 紅蓮の瞳に宿るのは、一色彩羽という存在への惜しみない敬愛と慈愛だ。いや、下手したら、自分と同じ――あるいはそれ以上の想いを抱いているのかもしれない。その事実を突きつけられ、男の眉間に皺が刻まれた。

 あれにだけは負けられない。あれにだけは負けたくない。自分にだって意地がある。人類最後のマスターを見守り続けた。長く、彼女のことを見てきたのだ。金髪の男が彼女を路肩の石としかみなしていなかった頃から、ずっと。

 世界のためや人類のためになんて戦えなかった。臆病でヘタレな自分が最善手を選べたのは、唯一信じられる相手――一色彩羽という少女のためだった。かけがえのないものを惜しみなく与えてくれた彩羽に応えたいと願ったからだ。

 

 男はがばりと立ち上がった。大股でどすどすと足音を立てながら、彩羽の左隣に並ぶ。

 

 抗うことを選んだ6人の人間と、2騎のサーヴァント。絶望的な状況からの逆転劇はここから始まる。ここから始めるのだ。

 そんな自分たちを目にして、竜は何かを値踏みするように自分たちを一瞥する。6人と2騎は、奴のお眼鏡に叶ったらしい。奴は高らかに咆哮を上げた。

 

 

「ッ、来るぞ!」

 

「上等! 全力で迎え撃つよ!」

 

 

 ボロボロになりながらも立ち向かう。その姿にこそ、その在り方にこそ、未来の道は拓かれるのだから。

 

 

***

 

 

「今日も我が運命が未だ目覚めないのだが」

 

「お前、メンタル貧弱すぎるだろ。今日でそれ10回目だぞ」

 

 

 今にも泣き出してしまいそうな金髪の男は、おろおろと紅蓮の瞳を彷徨わせる。嘗て彼が人類悪として顕現していた頃の姿からは、まったくもって想像できない面だった。

 奴は1日に数十回のペースで「我が運命が未だ目覚めない」と嘆きの声を上げる。それ以上に、奴は一色彩羽の隣から離れようとしない。

 お前は一体いくつなんだと詰問したくなったが、自分も同じ穴の狢だと悟っていたので、だんまりを決め込んだ。自分もまた、彼女の傍から離れたくないからだ。

 

 

(……今日でもう、1ヶ月か)

 

 

 男はベッドに眠る彩羽を見つめる。彼女は昏々と眠り続けていた。バイタル値は正常だが、本人に意識が戻る気配はない。――それは、あの場で戦っていた面々も同じだった。

 

 学生服の青年も、眼鏡とスーツを身に纏った男性も、フードを着た青年も、セーラー服の少女も、ゴスロリの少女も、あの日からずっと眠り続けている。まるで、彼女/彼らの体が何かに適応しようとしているかのように。

 自分がここに辿り着いたことに意味があるというなら、今、昏々と眠り続けている6人にも何か意味があるのだろうか。それを探そうにも、自分の『眼』はポンコツ同然と化しているし、壊滅一歩手前の政府から流れる情報など頼りにならない。

 

 そもそも、情報を得る手段があるとも思えないのだ。東京都庁から命からがら逃げ伸びたときに見えた光景からして、竜によってライフラインや情報網が破壊しつくされたのは明白である。……まともな情報機関が残っているはずがない。

 都庁から離れた場所にあるシェルターには、僅かな生き残りが身を寄せ合っている。誰も彼もが傷を負い、打ちひしがれているのだ。それを見せつけられる。竜の居る世界は、そういうものだ。死と絶望に敏感な金髪の男は、俯いて歯噛みする。

 

 

「認められない。……こんな理不尽を、許していいはずがない」

 

「……ボクも、そう思うよ」

 

 

 男の返答を聞いて、金髪の男は目を丸くした。ややあって、彼はふっと笑う。

 

 

「――ああ、貴方も立派な“人間”だったな」

 

「そうだとも。……何かを思い、感じることができる、“人間”だ」

 

 

 だから今ならば、怒り、立ち上がることができる。これが定められた終焉だったとしても、異を唱えることができる。最後の最後まで、抗うことを選べる。

 

 そんなことを考えていたとき、ベッドの方から呻き声が聞こえた。2人は慌てて少女の顔を覗き込む。

 程なくして、少女の瞼がゆっくりと開いた。琥珀色の瞳が、自分たちを映し出す。――その事実に、泣きたくなった。

 

 

「彩羽ちゃん! 目が覚めたのかい!? 良かった、本当に良かった……!」

 

「……まったく。キミは意外と寝坊助なんだな、我が運命よ……!」

 

 

 手を取って安堵する自分たちを、彩羽はじっと見つめていた。夢うつつに揺れていた琥珀は、やっとこさ現実に帰ってきたらしい。

 ぼんやりとした面持ちが急速に驚愕へと彩られる。次に浮かんだのは混乱だ。彼女は目を瞬かせながら、自分たちを見返す。

 ややあって、ようやく彩羽は口を開いた。「へ?」と、間抜けな声が零れる。

 

 

「え、えっと……どちらさま?」

 

「「あ」」

 

 

 キャパシティを軽く超えながらも、彼女がどうにか紡いだ言葉。それを聞いて、自分たちは()()()()()()()()()()()()ことに気が付いた。

 

 当然である。自分たちが彩羽によって召喚されたとき、眼前にはドラゴンがいた。文字通り差し迫った状態での召喚だったため、説明している暇がなかったのである。……いや、説明するより生きるために戦う方が重要だった。

 ということは、今の自分たちは、彼女にとっては『ただの不審者』でしかない。『ただの不審者』に手を取られるなんて、20にも満たないうら若き乙女にとっては恐怖だろう。男は反射的に手を離した。金髪の男も同じだった。成程、道徳はあるらしい。

 

 恐怖されるかと思っていた予想と違い、彩羽は柔らかに笑った。

 

 

「……助けてくれて、ありがとう」

 

「「え」」

 

「あのときのことは、朧げだけど、覚えてるんだ。お礼言わなきゃって思ってたんだけど、色々あって有耶無耶になっちゃったでしょ? だから……」

 

 

 離した手を、彩羽はそっと握り返す。

 

 

「どこの誰ともわからない小娘のために、命を張ってもらったんだ。びっくりはしたけど、怖がったり嫌がったりするなんて、そんな失礼な真似はしないよ」

 

「彩羽ちゃん……」

「我が運命……」

 

「あの、貴方たちの名前を教えてもらいたいんだ。ダメかな?」

 

 

 彼女が身に纏っている煌びやかな衣装も相まって、女神を相手にしているような気分になる。尊い。ただひたすらに尊い。

 今にも叫びだしたくなるのを堪えながら、男はなるべく穏やかに笑って見せる。そうして、己の名を告げた。

 

 

「ボクはサーヴァント・キャスター。嘗て魔術王と呼ばれていたけど、今となってはただの人間さ。真名はロマニ・アーキマンだよ。ロマンと呼んでほしいな。――我が叡智はキミと共にある。宜しく頼むよ、マスター」

 

「我が名はゲーティア。此度はキャスタークラスで現界した。――改めて誓おう。私のすべては、我が運命(キミ)と共に在る」

 

 

◆◆◆

 

 

 千里の道も一歩から。東京都庁の解放も、この地道な雑魚竜退治から始まるのだ。

 

 彩羽は自身に言い聞かせながら、都庁内部を探索する。どこのフロアも竜やマモノが闊歩しており、安全な場所は皆無に等しい。勿論、いずれは自分たちを死の寸前まで追いつめた帝竜――ウォークライを降す程の強さを身につけなければならないのだ。逃げるという選択肢などなかった。

 人類の希望、即ちムラクモ13班として配属されたのは、都庁の屋上で生き残った8人だ。そのうち2名は――他者には秘密であり、且つ、本人からの自己申告であるが――人外である。なんでも、魔法使いが従えているような“使い魔”らしく、主に魔法を使って戦うのが彼らの戦闘スタイルらしい。

 彼らは自身のことを「駒」として扱ってくれと言ったけれど、彩羽にはそう思えない。何故なら、この2人が死にそうだった彩羽を助けてくれた英雄(ヒーロー)そのものなのだ。恩人を馬車馬の如くこき使う人間などどこにいるのか。そう主張した結果、2人は顔を覆い耳を真っ赤にして唸ってしまった。閑話休題。

 

 

「しかし、都庁内部の重力を反転させてしまうだなんて……こんな大規模な環境変化、魔術でも難しい部類に入るだろうね」

 

 

 物理法則の一切を無視した帝竜の御業に、ロマニが苦々しく表情を歪めた。

 隣にいたゲーティアも、難しそうな顔をして黙り込んでいる。

 

 

「刑事生活15年だが、ここまで頭が痛くなるような現場を目の当たりにしたのは人生初めてだよ」

 

「ふん。だからどうした? この程度、我が覇道の妨げになるはずがない」

 

 

 ぼやきを零す眼鏡とスーツの男性――天利(アマリ)夏彦(ナツヒコ)に対し、フードの青年――冷泉院(レイゼイイン)(ヒジリ)は不敵な笑みを湛えて言い切った。ストイックで紳士的な夏彦とは違い、聖は不遜な自信家らしい。聖を見ていると金色がちらつくのは何故だろう。

 

 

「はあ、やれやれ。彼の傲慢さにはお手上げだよ。こちらのことなど考えないでフルスロットルだし」

 

「貴様……!」

 

「今は喧嘩をしている場合じゃない。生き残るためには連携も大事だよ」

 

 

 巻き込まれるだなんてお断りだと言わんばかりに、ゴスロリの少女――レーナ・イレイン・クズミがため息をつく。聖は苛立たし気に彼女を睨み、レーナも彼を睨む。一触即発の空気を放っておけるはずもない。彩羽は聖とレーナの間に割って入った。2人は渋々と言った調子で言い争いを辞め、そっぽを向く。

 学生服を身に纏った青年――瀬良(セラ)(オサム)は心配そうに視線を彷徨わせ、学生服を身に纏った少女――星宮(ホシミヤ)(マユ)は呆れたように肩をすくませる。そうして、前者は縋るような眼差しで、後者は咎めるような眼差しで彩羽を見つめていた。

 なし崩しで決められた『リーダー』という責務が背中にのしかかってくる。決めたのは、ムラクモ総長である日傘ナツメだった。なんでも、彩羽には『カリスマSランク』という“人を扇動し、サポートする”力があるそうだ。その話を聞いていたとき、ロマニとゲーティアが納得した顔をしていたことが解せない。

 

 

(うう……。リーダーなんて大役、やっぱりわたしには重荷だよ……)

 

 

 一色彩羽は特別な人間なんかじゃない。インターネットの辺境で、ひっそり歌を歌っていただけだ。自分の歌を聞いた誰かが笑顔になってくれたらいいと、ずっと願っていた。

 ちっぽけな女の子でしかなかった自分にやって来たのが、ムラクモ機関からの通知。意味も分からず呼び出しに応じた結果がこんな有様である。正直泣きたい。泣きたい、けど。

 

 

(アイドルは人を笑顔にする職業だ。人に夢を見せてナンボなんだ。だから、笑顔が辛いなんてことはあってはならない。……それに、わたしには、わたしを支えてくれるパートナーがいる)

 

 

 ささやかなプライドと、自分の“使い魔”を自称する2人のファン。それらを支えにして、彩羽は立ち上がる。

 

 

「みんな。あのドラゴンに奇襲をかけるよ。準備はいい?」

 

 

 それを聞いた面々は、様々な反応を示した。素直に頷く者、鼻で笑いながらも遠回しに了承を告げる者、憂いに満ちた眼差しのまま頷く者。

 今は個性の殴り合いをしそうな面々を同じ方向に向かせることで手一杯だが、いずれは彼らに信頼されるリーダーになれるのだろうか。

 

 ちらり、と、彩羽はロマニとゲーティアに視線を向けた。2人は迷うことなく頷いて、彩羽の背を押すかのように微笑んでみせる。――その笑みが、彩羽にとってどれ程の救いだったか。彼らを見ていると、多分、きっと、頑張れるような気がするのだ。

 彩羽は廊下に身を潜めながら機を伺う。廊下を徘徊する竜――サラマンドラは、13班の存在に気づいていない。奴は廊下の端に辿り着くと、無防備に背中を向けた。そのチャンスを逃さず、彩羽は駆け出す。仲間たちもそれに続く気配がした。

 メガホンを構えて指示(オーダー)を出す。それに従うようにして、仲間たちが飛び出した。刀がドラゴンの鱗を抉り、拳の一撃が叩きこまれる。間髪入れずドラゴンの足元から炎が爆ぜ、緑の眼が銃弾によって打ち抜かれる。――そして最後に、無数の光弾が着弾した。

 

 煙が晴れる。サラマンドラは苦々しい面持ちでこちらを睨む。先手を取るという目的は果たされたようだ。致命傷とはいかずとも、これでこちらが優位に立てる。

 

 

「攻撃パラメーター、アップ!」

 

「なら、私も。パワープレイよ」

 

「いいね!」

 

「ふ、殊勝な心掛けだ!」

 

 

 彩羽の陣形指示と繭のハッカー能力によって、攻撃力を引き上げられたレーナと聖が動く。前者が刀を引き抜き、後者が氷のエネルギーを打ち放ってサラマンドラに攻撃した。

 サラマンドラは怒り狂い、レーナたちへ攻撃を仕掛ける。レーナを庇うように飛び出したのは修だ。彼はサラマンドラの牙を拳で受け止めると、即座に反撃の拳を叩きこむ。

 次の瞬間、どこからともなく現れた夏彦が銃を撃ち放った。文字通りの奇襲だ。怯んだサラマンドラに対し、ロマニが術を撃ち放った。鮮やかな光が炸裂する。

 

 追い打ちとして動いたのはゲーティアだった。彼の手が印を刻むように翳される。次の瞬間、金色の光の檻がサラマンドラを閉じ込めた。檻は爆ぜ、そのままサラマンドラを虚無へと引きずり込む。断末魔の声を上げ、サラマンドラは崩れ落ちた。

 戦術が功を制したらしい。真正面から挑めば泥仕合は避けられなかっただろう。彩羽はほっと息を吐いた。仲間たちも満足そうに笑って得物を収める。生き残りの寄せ集めにも、段々とチームプレイの文字が見えてきたらしい。

 

 

「意外と何とかなるものだな」

 

「少しづつですが、どうすればいいのか分かってきた気がします。一色さんの指示が良いからですね」

 

 

 夏彦と修はそう言って微笑むと、すぐにレーナたちの元へ駆け寄った。ドラゴン由来の資材であるDzをはぎ取るためである。敵の血肉をそのまま人類の戦力へと転用するのだ。

 

 

「こういうのを見ていると、人間の逞しさがよく分かるよね」

 

「不思議なものだ。以前の私はこのような生き様を悍ましいとさえ思っていたのに、今はそれが酷く尊いもののように思える」

 

 

 ロマニとゲーティアはうんうん頷いてた。ゲーティアの言葉が割と物騒に聞こえたが、柔らかに笑う彼からは想像がつかない。本人も過去の話としているのだから、無理に掘り返す必要はないだろう。彩羽はひっそりそう判断した。

 世界は文字通りの世紀末。それでも人間は逞しく生きている。いつか手に入れる穏やかな未来を夢見て、侵略者であるドラゴンと戦っているのだ。一歩、一歩、着実に勝利を重ねている。千里の道に通じる一歩を、ムラクモ13班は進んでいくのだ。

 

 

***

 

 

 今日の成果も上々だ。資材集めの結果、ムラクモ技術班の人々が新しい道具を開発したらしい。装備の新調も終わり、13班員はそれぞれの時間を過ごしている。

 彩羽は避難民――特に子供たちのいる区画――の元へ赴き、歌を歌うのが日課だった。何でも、寝つきの悪い子どもが彩羽の歌を聞くとぐっすり眠れるためだという。

 歌うことは苦ではないし、自分の歌で誰かが救われるならそれに越したことはない。彩羽は柔らかに微笑みながら歌を歌う。今歌っているのは子守歌だった。

 

 子どもたちの中に紛れて『どう見ても成人男性です本当にありがとうございました』と言わんばかりの図体が2名ほど紛れ込んではいたけれど、そんなの些細な問題だ。誰であれ、彩羽の歌を聞きに来てくれている人々は彩羽のファンなのである。ファンのために全力を尽くすのがアイドルの務めだった。

 

 

(……よし。みんな、大体寝静まったみたいだ)

 

 

 子どもたちの安らかな寝顔を確認し、彩羽はほっと息を吐いた。起きているのは彩羽のファン――もとい、サーヴァントのロマニとゲーティアである。

 前者は花をまき散らさんばかりの笑みを浮かべ、後者は満ち足りたような満足げな笑みを浮かべている。双方ともに、彩羽の歌に聞き入っていたようだ。

 

 

「ありがとうございます、彩羽さん。貴女のおかげで、みんなぐっすり眠れたみたいです」

 

「いいえ。わたしでよければ、いつだって力になりますよ」

 

 

 ナガレ夫人に会釈をし、彩羽は立ち上がった。それに続くようにしてロマニとゲーティアも立ち上がる。ナガレ夫人と別れ、3人は13班たちの詰め所になっている部屋へ向かった。

 

 長い廊下を歩く中、自衛隊の人々が忙しそうに走り回っているのが見えた。彼らは拠点の安全を守るという役目がある。とても忙しそうだった。

 現在時刻は夜10:00。多くの人々が寝静まり、シェルターの守り手たちが静かに牙を研ぐ時間帯だ。そんなことを考えていたら、声をかけられた。

 

 

「彩羽さん。Dr.ロマンやゲーティア氏も一緒かい?」

 

「キリノさん。こんな時間までお疲れ様です」

 

 

 桐野(キリノ)礼文(アヤフミ)。ムラクモ機関のナンバー2にして、技術開発と医療部門のトップを兼任する青年である。緑の髪に知的な眼鏡が良く似合う人であった。

 キリノの姿を目にすると、決まってロマニが親しみを込めた眼差しを向ける。ただ、親しみの中に羨望が紛れ込んでいる節があるようだった。

 性格の波長が合うらしく、ロマニとキリノが話し合っている姿をよく見かけた。ロマニも医師として働いていた経験があるようで、医療関係者という共通点もあったからだろう。

 

 

「キリノ。キミ、ここ数日同じ時間帯に会うよね。休憩はきちんととってるかい?」

 

「勿論。たまに熱中しすぎて空が明るくなっていることもあるけど、調子は絶好調だよ!」

 

「素で言うあたり怖いよ!? 時折技術班の詰め所から高笑いが聞こえてくるって噂だけど、まさか……」

 

「調子がいいとき、ついつい高笑いしちゃうこともあるかなあ」

 

「あの高笑いキミだったのか!? てっきりボクはケイマあたりかと……」

 

 

 2人は軽快なやり取りを繰り広げる。まるで、以前から仲の良かった友人みたいだった。そんなやり取りを、ゲーティアが物珍しそうに見つめる。まるで、過去のロマニの姿と重ねて見ているかのようだった。

 

 ロマニとゲーティアの過去は知らない。だけど、彼らが彩羽に対して好意的なのは、過去に絡んでいるように思う。

 そこまで2人に信用されているとは思わないけれど、いつか、それを語ってくれる日が来るだろうか。

 

 

「話し込んでいるところ悪いが、明日も早い。そろそろ休んだ方がいいと思うのだが」

 

「ああ、いけない! ついつい話し込んじゃった。それじゃあ3人とも、また明日」

 

 

 キリノは軽く手を振り、くるりと背中を向けた。彼は迷うことなく技術班の詰め所へ向かう。つまり、今夜も開発に打ち込んで徹夜コース一直線なのだろう。

 ロマニはため息をついて額を抑えた。つい先刻の会話で「夜更かし厳禁」と言ったばかりだというのにこの始末である。医者の不養生とはこのことだ。

 最も、ロマニも人のことは言えない。休憩時間になると医療班の面々の元へ赴き、治療を手伝っている。詰め所に帰ってくるのが朝方というのもよくある話だった。

 

 それを咎めるゲーティアと、苦笑してなあなあに済ませようとするロマニのやり取りも日常茶飯事である。壊れ逝く世界で紡がれる、ささやかな平穏。薄氷の上に成り立つそれは、彩羽にとってかけがえのない世界だった。

 

 

(わたしが守りたい世界は、ここにある。わたしのかけがえのない世界は、ここに)

 

 

 それを守るために戦うのだと、彩羽は決意を新たにする。前を向けば、彩羽の変化に気づいたロマニとゲーティアが目を丸くした。

 頑張ろうという代わりに2人の腕を掴んで笑う。こちらの意図はきちんと伝わったみたいで、2人もまた、不敵に笑って頷き返してくれた。

 

 

 

◆◆◆◇◇◇

 

 

 

 7つ響く悪夢(ゆめ)の終わり、7つ響く人の別離(わか)れ。幾千、幾万、幾億もの歌が、明日の命を打ち鳴らす。

 

 命を紡ぐ歌は幾夜をも超えて、夜明を連れてくるのだ。綺羅星の如く燃える命の行く末を、出会いと別離が刻んだ祈りと願いを――『愛と希望の物語』を、始めよう。

 これは『人と竜の物語』。絶望の底から希望を掴み、世紀末と化した2020年の東京を駆け抜けた叢雲の記憶。普通の女の子が、英霊と共に、救世主になるまでの話だ。

 

 

 




何かで「もしもゲーさんが味方だったら、超優秀な人理の守護者になっていたであろう」という記述を目にして思いついたネタに、「いなくなった後の彼」を足してみた結果がこれ。人間としての答えを得た彼らなら、2020年代の竜戦役に放り込まれても頑張ってくれると思ったんです。
没にしたセリフの中に「人理守護術式ゲーティア」って単語がありました。でも、最終的にゲーさんは人王/人間になった=魔術式という括りから外れたので、この表現はゲーさんに失礼だと思い削除しました。……でも、言わせてみたかった節もあるんですよね。むむむ。
あとは、ロマニとキリノを絡ませてみたかった。キリノの歩む人生は、多分、第1部終了前/終了後のロマニに突き刺さるレベルだと思うんですよ。初恋の人が人類の敵になり(2020)、利き手と技術者生命を絶たれながらも「僕にはまだ頭がある」と立ち上がり(2020-Ⅱ)、肉体の大部分を義体にして自分の不始末を片付けようと奔走し(Ⅲ)……。
終いには、竜しかいない世界で「いずれ起こり得るであろう悲劇を防ぐために、億兆の『命の可能性』を断つことは絶対解なのか」と問いかけながらⅢ主人公の前に立ちふさがる裏ボスになるのですから。一回殴っただけでMAXHP500から400近く削り取るとか、本当に強くなったなあ……(遠い目)
虐殺を嫌うサーヴァントが「悲劇防止と億兆の生命誕生を天秤にかけなさい」と言われたら頭を抱えそうです。だって、見送ろうが殺そうが、どの道、虐殺発生不可避なんですから。

他に、セブンスドラゴン2020シリーズやⅢに召喚されたら大変なことになりそうなサーヴァントとして思い当たる面子の大半がキャスタークラスなのですが……(遠い目)

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