Fate/GrandOrderとセブンスドラゴンシリーズを混ぜてみた   作:白鷺 葵

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・ぐだ子=身体能力はガチ一般人。2020シリーズ主人公とは「平行世界の同一人物」。平行世界の記憶を「夢」という形でおぼろげながらも察している。
・オリジナルサーヴァント『救世主(セイヴァー)』、アサシン、クラス不明登場。
救世主(セイヴァー)=2020シリーズ主人公=ぐだ子とは「平行世界の同一人物」。平行世界の記憶を「夢」という形でおぼろげながらも察していた模様。
救世主(セイヴァー)の格好⇒ぐだ子にアイドル♀/黄色と緑基調の洋服を着せた感じ。
・アサシン=真名:■■■・■■■■■(作中で判明)。とある人物の服装が黒と緑基調になっただけ。職業=短剣型トリックスター
・クラス不明=真名:■■■■■・■■■■(作中で判明)。とある人物にトリスタ♂のスーツ(黒)を着せただけ。職業=銃型トリックスター
・CP要素は救世主×アサシン■■■、救世主←クラス不明■■■■■
・2020世界にFate/GOの登場人物が存在している模様。但し、環境が違うため、性格やバックボーンに相当な影響を受けている(もしかして:深刻なキャラ崩壊/重要)
・2020世界にFate/GOの登場人物が存在している模様。但し、環境が違うため、性格やバックボーンに相当な影響を受けている(もしかして:深刻なキャラ崩壊/重要)


予測(ほぼ)不可能、回避不可能

 ――どこかにいるであろう『彼女(わたし)』へ。

 

 『彼女(わたし)』が『一色彩羽(わたし)』の幸福を祈ってくれたように、私も『彼女(あなた)』へ祈ります。

 『彼女(わたし)』が『一色彩羽(わたし)』の旅路を案じてくれたように、私も『彼女(あなた)』の旅路を案じます。

 『彼女(わたし)』が『一色彩羽(わたし)』の未来を願ってくれたように、私も『彼女(あなた)』の未来を願います。

 

 『彼女(わたし)』が『一色彩羽(わたし)』の背中を押してくれたときのように、私も『彼女(あなた)』の背中を押しましょう。

 『彼女(わたし)』が『一色彩羽(わたし)』を支えてくれたときのように、私も『彼女(あなた)』を支えましょう。

 

 

「サーヴァント、救世主(セイヴァー)。キミの力になりたくて、ずっと祈っていたの。ようやくそれが届いたみたい! よろしくね、マスター!」

 

 

 ――さあ、最高の舞台(ステージ)にしようじゃないか。職業柄、崖っぷちからの逆転には慣れている。

 この逆転劇(ステージ)を、恩人であり、マスターである『一色彩羽(あなた)』のために捧げよう。

 

 

◆◆◆

 

 

 人理保証機関フィニス・カルデアに呼び出された48番目のマスター――それが、一色彩羽である。彩羽は一般公募――所謂「数合わせ」というヤツだ――によってカルデアに呼び出された。魔術の「ま」の字も知らないド素人、完全なる一般人。そんな自分が、何の因果か“世界を救うマスター”として戦うことになっている。

 理由は簡単。他のマスター候補が、全員戦えない状況に置かれているためだ。人理焼却を引き起こした“()()()()()()()”が起こしたテロによって46人のマスターが重体に陥り、全員が凍結保存状態にあるためだ。残るマスター候補だった後輩は、現在、彩羽のサーヴァントとして共に戦ってくれている。

 

 

(第1特異点攻略のためにも、戦力補充は急務だ。……でも、どんな英霊が力を貸してくれるんだろう……)

 

「……かっきーん、かっちーん……」

 

 

 召喚システム『フェイト』の前に立って熟考していた彩羽が振り返ると、件の後輩にして盾兵(シールダー)――マシュ・キリエライトが、星晶石で遊んでいるところだった。

 マシュはびくっと肩をすくませると、星晶石を元の場所に戻して視線を逸らす。そうして、下手くそな口笛を吹き始めた。彼女の態度は、まるで悪戯がばれた子どもみたいだ。

 そんな後輩がなんだか可愛くて、彩羽は生温かい眼差しを向ける。マシュは顔を真っ赤にして視線を彷徨わせた。「遊んでません」という弁明も、消えてしまいそうなくらい儚い。

 

 

「星晶石で遊びたくなる気持ち、わかるなあ。立体的なおはじきみたいだもん」

 

「おはじき?」

 

「古くから日本にある遊びだよ。本来のおはじきは平べったいガラス製のおもちゃなんだけどね。こうやって、弾いて遊ぶんだよ」

 

 

 彩羽は星晶石を適当にテーブルに並べ、指で弾いた。弾かれた星晶石は煌めきながら真っ直ぐ滑り、他の星晶石とぶつかる。マシュは興味深そうにその光景を眺めていた。星晶石を弾いていく彩羽の姿に影響されたのか、マシュも一緒になって遊び始める。

 狙いを外したときは盛大に落ち込み、一度に複数の星晶石を弾き出したときは2人して歓声を上げた。この遊び、意外と楽しい。星晶石はおはじきの形とは全然違うため、自分の想定しない方向に滑っていくこともある。2人は暫しおはじき遊びに興じていた。

 

 そんなときである。6つ同時に弾じけ飛んだ星晶石が、すべて召喚サークルの中へと放り込まれた。「あ」と、彩羽とマシュの間抜けな声が漏れる。

 

 次の瞬間、召喚システムが轟音と共に作動し始めた。色鮮やかな光が四方八方から爆ぜる。ひらひらと舞う花弁は、どこかで見覚えがあった。

 赤い葬送花が咲き乱れる世界。『彼女(じぶん)』が駆け抜けた、竜が跋扈する悪夢のような世界。修羅場の一場面がフラッシュバックする。

 毒々しい赤の花弁は、地面に落ちる寸前に弾け飛んだ。目が覚めるような青い光は、『彼女(じぶん)』が使った竜殺剣を彷彿とさせる。

 

 

「せ、先輩……!」

 

「い、一体何が……!?」

 

 

 ――迸っていた魔力が落ち着いてくる。渦巻く魔力はゆっくりと大気へと溶けていった。きらきらと青い燐光が舞う。

 

 そこにいたのは、1人の少女だった。夕焼け色の髪をリボンで留め、黄色と緑を基調としたライブ用の煌びやかな衣装を身に纏っていた。マシュが後ろで息を飲む音がやけに遠い。目の前にいる少女は、彩羽にとって非常に見覚えのある相手だった。

 竜を狩る者。2020年に竜戦役を駆け抜けた、別宇宙(せかい)の『一色彩羽(かのじょ)』だ。『彼女(じぶん)』はゆっくり目を開けた。琥珀色の瞳に、唖然とするマシュと既視感と親しみに目を細める彩羽の姿が映し出される。

 それを確認した途端、『彼女(じぶん)』はふわりと微笑んだ。花が綻ぶような微笑はどこまでも眩しくて、ここにいる全員を惹き付ける。ああ、彼女がいるこの場所だけ、妙に明るい雰囲気が漂ってきた。

 

 

「サーヴァント、救世主(セイヴァー)。キミの力になりたくてずっと祈っていたの。ようやくそれが届いたみたい! よろしくね、マスター!」

 

 

 彼女――セイヴァー/『一色彩羽』はそう言って、彩羽の手を取った。太陽の如く燦々としたその笑顔を見ていると、どんな困難も乗り越えていけるような気がする。

 

 

「先輩。この人が、平行世界に来襲した外宇宙生命体――真竜を退けた……」

 

「うん。ムラクモ13班を率いたリーダー、『彼女(わたし)』だよ」

 

 

 マシュの問いに、彩羽は頷く。特異点Fにレイシフトする羽目になる直前、マシュに語って聞かせた“人と竜の物語”。物語の中心となったムラクモ13班を率いた張本人が、目の前にいる『彼女(じぶん)』だ。

 職業はアイドル。歌と踊りで人を扇動するアジテイター。一時的に仲間を強化する陣形指示、仲間たちを扇動して行動を促す指令(オーダー)、歌声によって発生させる音波攻撃を駆使して、マモノや竜を屠ってきた。

 

 英霊として召喚されるサーヴァントには、平行世界や未来の英霊が呼び出されるというケースも存在する。今は亡きオルガマリーの講義を思い出し、彩羽は複雑な気持ちになった。

 平行世界の自分が召喚されるなんてケースが実際起きる可能性を考える。素人でさえも、その確率が()()()()()()()()ことは理解できた。

 それを手繰り寄せた自分は相当なものだろう。英霊召喚の気配――しかもかなり異質な存在――を感じ取ったらしく、どこからともなく慌ただしい気配が漂い始める。

 

 

「彩羽ちゃん! 今のは――」

 

 

 扉を蹴破らんばかりの勢いで部屋へ飛び込んできたのは、カルデアで指揮を執る医療部門最高責任者ロマニ・アーキマンであった。そうして、ぴたりと動きを止める。彼は彩羽と救世主(セイヴァー)の顔を何度も見比べた後、「うええええええ!?」と間抜けな悲鳴を上げた。

 

 気持ちは分かる。ロマニからしてみれば、“この部屋には()()()2()()()()”という超現象のど真ん中なのだ。

 パニックになった彼に説明しようとして――再び、フェイトシステムが轟音と共に起動し始める。

 

 

「またです先輩!」

 

「そういえば、さっき召喚システムに入っちゃった星晶石って6つだよね!? ……ってことは、もう1体英霊が召喚されるってことか!」

 

「『入っちゃった』!? 彩羽ちゃん、今『入っちゃった』って言った!? キミはこの召喚を意図せず行ったってことなのか!? って、うわわわわ!!」

 

 

 「出力がおかしい」と叫んだロマニの声が酷く遠い。迸るのは青い光。竜殺剣を連想させるような輝きだ。

 

 

―― お前いい加減にしろよ! 『彼女(あのこ)』はボクの恋人なんだぞ!? ――

 

 

 不意に、誰かの声がした。()()()()()()()()()()()だった。

 出所は、異常な光を放つ召喚システム、フェイトからだ。

 

 

―― 知ったことか! 『彼女(あいつ)』は我が運命だ。私が寄り添うのは当然のことだろう? ――

 

 

 不意に、誰かの声がした。()()()()()()()()()()()()だった。

 どうやら、声の主たちは非常に仲が悪いようだ。どちらも攻撃的で、がなり立てるような口調で会話を続けている。

 視界の端にいたロマニが、瞬きする一瞬の間に「何かを悟ったような」真顔になったように見えたのは何故だろう。

 

 

―― 何を正々堂々横恋慕宣言してるんだよ!? 何度でも言うけど、『彼女(あのこ)』の恋人はボクなんだからな! 『彼女(あのこ)』の隣で『彼女(あのこ)』を守るのはボクの役目なんだ。こればかりは、お前にも誰にも譲らないっ! ――

 

―― 守る? 守るだと? ……笑わせるな、愚兄! 貴様はいつも口先だけではないか。散々『彼女(あいつ)』を泣かせているくせに! 『守る』などと抜かしながら、いつだって『彼女(あいつ)』に守られてばかりだったではないか! ――

 

―― ……ッ、確かに、確かにそうだ。お前の言うことは何も間違っていないよ。ボクは臆病で、弱虫で、どうしようもないチキン野郎だ。救いようのない屑野郎だ。空気も読めなければ、人類を救うなんて大義名分で戦えるような英雄(ヒーロー)なんかじゃない ――

 

 

 それでも、と、()()()()()()()()()()()の主は言い募る。

 

 

―― ボクは、『彼女(あのこ)』のために戦うって決めたんだ。『彼女(あのこ)』の隣に立ちたいって願ったんだ。どんな無様を晒しても、この身が続く限り、この命が尽きぬ限り、歩みを止めないと誓ったんだ! ――

 

 

 ばちり、と、フェイトシステムの光が爆ぜた。金属がぶつかり合う音が響く。

 

 

―― ぐぅッ!? ――

 

―― 悪いな弟よ。この道はおひとりさま限定なんでね。『彩羽(かのじょ)』の隣を譲るつもりはないのさ ――

 

―― これは、麻痺か……! おのれ、小癪小癪小癪ゥゥ……!! ――

 

―― 何とでも。初恋の女の子のために、一番大事な女の子のために戦うって()()()()()()ボクを、舐めるなァァッ!! ――

 

―― おお、おおお、おおおおおおおおおォォォォォ……! ――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()の断末魔が響く。次の瞬間、召喚システムが派手に爆発した。彩羽の危機を察知したのか、マシュと救世主(セイヴァー)が彩羽を庇う。ロマニは情けない悲鳴を上げながら身を丸くしていた。

 濛々と白煙を上げる召喚システムの中から這い出てきたのは、黒と緑基調の服を身に纏った男だった。よく見れば、彼の服はカルデア医療スタッフの服と同じデザインである。朝焼け色の髪をポニーテールに束ねた男は、派手に咳き込みながら顔を上げた。

 何かを言おうとした彼の口から言葉が発せられることはない。男の視線は、ある人物に釘付けだった。視線の先にいた青年もまた、同じように、彼を見つめていた。双方ともにあんぐりと口を開ける。――一言で表すならそれは、鏡合わせ。もしくはドッペルゲンガー。

 

 それもそうだ。召喚システムから転がるようにして出てきたのは、()()()()()()()()()()()()だったのだから。

 何事かと興味本位でこの部屋を覗き込んだ面々も、2人の彩羽とロマニを目の当たりにして素っ頓狂な声を上げる。

 

 

(あの世界には『彼女(わたし)』以外に、『(ロマニ)』もいたからなあ。……どう説明しよう?)

 

「はは、あははははははっ! 傑作だ、傑作だよコレは!!」

 

 

 一種の極限状態の中でも、この状況に大爆笑していたのはダ・ヴィンチだった。腹を抱えて『(ロマニ)』を指さしている。気持ちは分からなくもないが、少々笑いすぎではなかろうか。レオナルドの存在に気づいた『(ロマニ)』は露骨に嫌そうな顔をする。

 

 

「げええ、レオナルド! どうしてキリノ総長と並ぶ“技術班のクソチート”と謳われたキミがいるんだい!?」

 

「その反応! キミがいた世界にも『レオナルド・ダ・ヴィンチ(わたし)』がいたということかい? あははははは、愉快だなあ! ……あと、流石にその『クソ』はやめてくれないか。教育上の表現としてよろしくないからね」

 

「アッハイ。……うえええ。この調子だと、この世界にも見覚えのある面子が居そうだな。ゲーティアみたいな奴が2人以上湧いたりなんかしたら、ボク、流石に御免被るぞぅ……。あんな弟、1人いるだけでも大変だってのに」

 

 

 『(ロマニ)』にとって、実弟――ゲーティアはあまり関わりたくない相手だ。『彼女(じぶん)』の中にある記憶で、この兄弟が取っ組み合いをするのはいつものことであった。日常茶飯事過ぎて、半ば放置していたように思う。現在進行形で、『彼女(彩羽)』は『(ロマニ)』の愚痴を生温かく聞き流している。

 ライブを開けば最前列中央に陣取り、2人揃って見事なオタ芸を披露する三十路の異母兄弟である。オタ芸しながら取っ組み合いをしたり、歓声を挙げながら殴り合いをしたり、ファンと会話しながら互いの頬をつねり合ったりしていたか。飼い主の寵愛を求めてライバルを蹴倒そうとする大型犬みたいな光景であった。

 『彩羽(かのじょ)』が件の凸凹兄弟と一緒に行動することになったのは、ムラクモ選抜試験である。3人組を作れという指示に対し、組む相手が居なくて途方に暮れていた『彩羽(かのじょ)』を見るに見かねた試験監督が、あと1人を誰にするかで喧嘩していた『(ロマニ)』とゲーティア兄弟と無理矢理組ませたのが始まりだった。

 

 出会ったばかりの頃は、まさか『彼女(じぶん)』たちが世界を救う羽目になるだなんて思わなかった。そして何より、『(ロマニ)』と所謂恋人関係になることも予想していなかった。終いには、最初は射殺さんばかりの眼差しで睨んできたゲーティアが、『彼女(じぶん)』を慕い、挙句、ガチ勢ファンになるなんて思わなかったのだ。

 

 ひとしきりダ・ヴィンチと話し込んだ後で、『(ロマニ)』はため息をついて立ち上がった。『彼』は躊躇うことなく『彩羽(かのじょ)』へ声をかける。

 はにかんだような笑みを浮かべた『(ロマニ)』に対し、『彩羽(かのじょ)』も微笑み返す。営業用(アイドル)の笑みではない。心の底から幸せだと言わんばかりの、蕩けるような笑みだった。

 

 

「なんだいなんだい、あの雰囲気。まるでラブロマンスじゃないか」

 

「ダ・ヴィンチちゃん。その表現は的確だよ」

 

「お?」

 

「だって、『彩羽(かのじょ)』と『(ロマニ)』は恋人同士だし」

 

「えええええええええええ!?」

 

 

 彩羽の言葉を聞いたロマニが素っ頓狂な声を上げた。周囲にいた面々もざわつき始める。しかし、当人たちはどこ吹く風。指先を絡めあって、睦言を交わし合っている。文字通り『2人の世界』にいるようだった。周囲はそれを見て2人を茶化す。

 『ロマニ(かれ)』を目の当たりにしたロマニは、どこか戸惑いがちに視線を彷徨わせた。それは『(ロマニ)』の存在を羨ましがっているようにも見えるし、自分には無縁であると諦めているようにも見える。寂しそうに、切なげに、若葉の瞳が揺れていた。

 

 喧騒を暫し眺めていた彩羽は、重大なことに気が付いた。『ロマニ・アーキマン(かれ)』のクラスについて聞き出せていない。

 

 

「ごめんね。逢瀬の邪魔をするようで悪いんだけど、確認したいことがあるんだ。今、いいかな?」

 

「うええええええ!? っ、ああ、ごめんごめん! ボクとしたことが、マスターに名乗るのを忘れてたね」

 

「あはは。ロマニらしい」

 

「む……。キミにそう言われると、ちょっと傷つくなあ。……まあいっか。本題に入らなきゃ」

 

 

 『(ロマニ)』はふにゃふにゃした笑みを消して、彩羽へ向き直る。

 きりりと引き締まった雰囲気に、彩羽も反射的に背を伸ばす。

 凛々しく端正な顔で、『(ロマニ)』は名乗りを上げたのだった。

 

 

「ボクはアサシン、ロマニ・アーキマン。ドラゴンと戦ううちに、いつの間にか暗殺者みたいな真似事をするようになった、しがない医者さ。ボクの力がどれ程役に立つかは分からないが、キミの活路を切り開くために尽力しよう」

 

 

◆◆◆

 

 

「――おのれぇ、ロマニ・アーキマン! 我が愚兄めェェ!!」

 

 

 黒いスーツを身に纏った男は、そう叫ぶなり、砂浜から這い出した。辺り一面にばらばらと砂が舞う。

 こんな有様になったのは、砂漠化した国分寺を徘徊する羽目になったとき以来だ。男はぺっぺと口から砂を吐き出す。

 

 

「口だけの臆病者に不意を突かれるとは……私もまだまだ未熟だったということか。不覚……!」

 

 

 未だに残る体の痺れに、男は小さく舌打ちした。麻痺はしばらくすれば治るだろうが、それまでは下手に行動しない方がよさそうだ。男はその場に座り、周囲を確認する。

 

 ここは無人島。辺り一面が海で覆われている絶海の孤島だ。船がなければどこにも行けそうにない。島の方へ視線を向けるが、船を作れそうな木材は見当たらなかった。文字通りの万事休すである。

 だが、男は焦らなかった。焦る必要がなかった。男の肉眼には、()()()()()()()()()()、遠くを移動する船が見えた。船はこの島へと近づいてくる。……もし男が何かアクションをすれば、船員が気づくかもしれない。

 男は早速行動を始めた。近くに転がっていた流木を拾い集め、てきぱきとした手つきで火を起こした。あっという間に燃え上がった焚火は狼煙を上げる。あとは大声で叫ぶなり、身振り手振りでアピールすればいいだけだ。

 

 

(……しかし、何を叫び、どのような動きをすれば、効率的に相手の目に留まるだろうか。相手を引き留められるのだろうか)

 

 

 男は考えた。考えて、考えて、考えて、考え抜いた。

 

 ――そうして、男はタブレットを取り出す。

 音量は最大爆音。更に、専用のスピーカーを装着した。

 

 男は愛用の戦闘服一式を身に纏う。黄色と緑を基調にした法被――男が推しているアイドルのイメージカラーだ――、煌びやかに装飾した団扇――ちなみに、右の団扇には『我が運命』、左の団扇には『こっち向いて』と書かれている――、白地に黒の文字が書かれた鉢巻――ちなみに、鉢巻には『I LOVE 我が運命』と書かれている――による完全武装だ。

 程なくして、音楽が流れ始めた。それに合わせ、男は盛大にシャウトする。男が唯一推すアイドル――男にとっては唯一絶対の運命と言えるような、かけがえのない相手――の名を全力で叫びながら、男はオタ芸を始める。ライブの最前列中央で兄と殴り合いながら鍛えたそれは、ファンの中でも随一だと讃えられていた。

 踊る。叫ぶ。叫びながら踊る。アップテンポな音楽に合わせ、踊りの振り付けを激しくしていく。勿論、推しているアイドル/男にとっての『我が運命』の名を叫び、讃えることも忘れない。隣で何かが燃えていたはずなのだが、オタ芸の最中に舞った砂によって消えていた。……まあ、そんなことはどうでもいいか。男はオタ芸に全力を注ぐ。

 

 

(――そういえば、何故、私は踊っていたんだったか。……まあ、どうでもいいな)

 

 

 踊り狂っているうちに、脳裏に浮かんだそれを男は否定する。

 今はそんな余計なことを考えている暇はない。ただ全力で、踊り抜くのみ。

 

 音楽がフェードアウトしていく。ああ、自分はやり遂げたのだ――男はそう確信した。残ったのは満足感と達成感。

 

 

「ゲーティア・ソロモン。……我が人生、一片の悔いなし――」

 

 

 ぐらりと男――ゲーティアの体が傾いた。そのまま砂浜の上に倒れこむ。流れ落ちた汗が、吹き抜ける風にさらされて心地よい。張り付いた前髪を払いのけながら、ゲーティアは大きく息を吐いた。

 ふと視線を上げれば、眼前に大きな船が停まっていた。慌てた様子で誰かがゲーティアの元へ駆け寄ってくる。その光景を、ゲーティアは他人事のような心地で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後に。

 

 ゲーティアと行動を共にすることになったエドワード・ティーチ曰く。

 

 

「いやあ。後にも先にも、無人島遭難者が救助を呼ぶためにオタ芸を披露した現場に居合わせたのはアレだけでござる。あまりの速さとキレッキレ具合、そして推しアイドルへの惜しみない愛をシャウトしている武士(もののふ)に惹かれて、拙者は彼を救助し――……おや、噂をすれば何とやらですな! 今日も完全武装で――……え? オタ芸を極めるための修行? ちょ、タンマタンマ! 申し出は嬉しいのですが、拙者ではゲーティア殿の境地に至るのはちょーっと無理があるような、ああやめて! ゲーティア殿の尺度に合わせたら、拙者確実に爆発四散(物理)するか脱水症状で死に至るかの2択じゃないですかー! やだぁぁぁぁぁ! 流石に拙者まだ死にたくないでござるぅぅ! 誰か、誰か助け――ああああああああああああああああああああああああああああああああ…………」

 

 

 とのこと。

 

 




『彩羽が“平行世界の自分”の力を夢幻召喚(インストール)していない』、『彩羽が召喚したサーヴァントが“平行世界の自分”たち』だった場合に展開するお話。結果、救世主アイドルと気づいたら暗殺者兼業になっていた医者が召喚されました。どの道、Dr.ロマンのSAN値は犠牲になっているのだ(現在進行形)
更に、どこかの海では兄との勝負に負けた弟が動き始めた模様。遭難したところに船が通りかかったのでどうにかコンタクトを取ろうとした彼が選んだ手段はオタ芸でした。終いには目的すら忘れて踊り狂いましたが。でも、オタ芸じゃなかったら見捨てられていたことでしょう。人生は本当に塞翁が馬ですね(白目)
因みに、兄に負けたせいで、召喚先がカルデアではなく野良サーヴァントになってしまった2020ゲーティアのクラスは「目が良くなるスキルが与えられている」模様。まあ、似たような特性を持つ人がそのクラスで召喚されている訳だから、大体予想がつくことでしょう。
2020世界のロマニとゲーティアを見て「ムラクモ13班はヤバイな」って思って頂ければ幸いです。2020ロマニの放ったフラグからして、3章と4章が愉快なことになるであろうことは確定的に明らか。現時点では要素がないですが、後にロマニ×ぐだ子やゲーティア×ぐだ子に発展する模様。人のふり見てなんとやら。

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