｢あなたはここ、『九鬼家』の血を引く人間であらせますから｣
老執事から淡々と言われた事実。それは含みもないただの現実を言い放ったに過ぎなかった。故に、シルバークロスは言葉の意味に理解するまで数秒間時間を要した。
｢───っ、九鬼の、人間？ 一体、俺の何処が九鬼の人間である証拠があるのですか？｣
目の前にいる人間がどんな人物であるかを頭から抜けるほど今のシルバークロスは焦っていた。絞り出した声も自身では何とか問い質せた物ではあるが傍から聞けば上ずり震えていた。そんな不安定なシルバークロスをクラウディオは安心させるようになるべく穏やかに語る。
｢それをお話するにはまず、10年前の出来事をお教えしましょう｣
語り始めるクラウディオの顔は少し遠くを見るような表情だった。
10年前は九鬼の名が広がり始め勢いに乗る時期だったらしい。その時既に才能を開花させていた九鬼帝を筆頭に、九鬼は様々な分野に着手し勢力を拡げていった。そんな帝には3人の子供がいた。長女の九鬼揚羽、長男の九鬼英雄、そして英雄の双子の弟である次男の九鬼傑將。順調に育った3人はそれぞれが秘めた天賦の片鱗を見せ始め一部では九鬼家の黄金世代などと言われていた。だが、アメリカで開かれるパーティーに代理で出席した英雄様と傑將様はそこでテロに遭い英雄は肘を故障し重症、傑將は行方不明となった。
｢私の教え子も護衛に付いていたのですが、爆発の際巻き込まれ戻って来ることはありませんでした。我々は行方不明となった傑將様の捜索に5年間、総力を上げ調べあげましたが手掛かりが見つかること無く捜索は打ち切られました。英雄様の表情は数年間浮かばれず揚羽様は弟妹に気を遣う様になり、帝様と局様は仕事にのめり込むようになりました。後から生まれ九鬼に入った紋様も傷痕残す皆様の心を救おうと気丈に振舞おうとしていました｣
それから5年の歳月が過ぎそれぞれの踏ん切りをつけ生活してる所にシルバークロスが現れた。
｢マルギッテ様と決闘し敗れ意識を失った貴方は、約定通り貴方の身柄を彼女が預かる予定でしたが、その時ここの従者が貴方の素顔を見て急遽ここにお連れしたのです。念の為に我々九鬼の方で遺伝子サンプルを回収させて頂き検査しました。鑑定の結果、貴方が行方不明だった傑將様である事が証明されたのです｣
｢…………。｣
｢いきなりこの様な話をしても戸惑うのは無理もありません、時間をかけてゆっくりと整理されると良いでしょう。しばらくしたら英雄様が見られます。おそらくこちらに赴かれますのであまりここから動かないで下さい。トイレはここから出た左の道にありますのでくれぐれも出歩く事の無いようにお願い致します｣
それからしばらく石像の様に動かず乱れた思考と過去に思いを馳せた。これまで機械的、逃避的に己を見てきた。身内と呼べる存在を一切持つことなく、生きる為に備えた腕と知識で色んなものを勝ち取った結果、『アーバレスト』という居場所を作れた。しかし、その全てが無くなり突然九鬼の人間と知らされた今、自分という存在が曖昧になる。親がいた、姉兄妹がいた、家族がいた。だが、実感が湧かない。まるで他人事のようにしか感じなかった。
それからしばらく虚空を見つめ思考の海に浸る中、廊下を一定のリズムで鳴らす音が聞こえた。それは段々と近付き部屋の前で止まると一秒も待たぬ内に勢いよくドアが開かれた。
｢傑將!!｣
やや焦りを含んだ表情の男がいた。自分よりやや高い背丈に鍛えられてる身体は太過ぎない程度に保っていた。そして、何より
｢うぇ、ちょっと｣
あまりの行動に咄嗟に拒否する事が出来ず首に手を回される。男に抱擁される事実に過去イギリスで味わったトラウマを想起し鳥肌が走った。節々が痛むのを覚悟して強引に引き剥がそうとするが男の体が僅かに震えてるのに気付いた。更に男から小さい嗚咽が耳に届いた。
｢すま…、…まぬ｣
懺悔の様な呟きは一言一言漏らすごとに彼の心を締めてる気がした。こんな時、一体どうすればよいのかわからなかったがぎこちない手つきで背中を撫でた。何故こうしたかはわからない、でも、自然とこうすればいいと思い行った結果少しだけ男の力が弱まるのを感じるとそのままなるべく優しい手つきで撫で続けた。
その光景を後ろで見ていた序列第1位はシルバークロスの行動を大変羨ましそうに且つ永久保存する為に動画を撮っていた。
自己満足から書き始めたこれがここまで行くとは……。
あと、ちょっとした報告があるので更新待ってる方は活動の方を読んで下さい。