ハイスクールD×D 魔械留学のジャークサタン 作:トアルトーリスガリ
「大丈夫ですか?」
ジャークサーベルで女性を縛る縄を切る。刃渡り1メートル近い刃で女性を傷つけずにロープ1本切るのはなかなか神経を使ったが、どうにか上手くいった。武装はロボット、最適な動作を計算するのはコンピュータでも、実際に動かしているのは一誠の肉体だ。そのため、精密機械らしい動作とはいかないのである。
「ええ、どうもありがとう」
拘束を解かれた女性は身を起こすと、一誠に礼を言った。見たところ外傷はないようで、一誠は安堵の息を吐く。
「母様!」
そこで、解放された母親の胸に少女が飛び込んでいった。
「あらあら」
それに女性は一瞬驚いた顔をするも、すぐに柔らかく微笑んで少女の頭を撫でてあげる。微笑ましい光景、というよりも美人母娘の華のある光景に一誠が頬を緩ませていると、やがて女性は自身と少女についた土を払い落として立ち上がった。
「イッセー君、でいいのよね?」
「あ、はい」
「改めて、本当にありがとうイッセー君。君がいなかったら、大変なことになっていたわ」
頭を下げて礼を言う女性の姿に、一誠は少しきまり悪い気分になる。結局はどうにかできたものの、一誠は慢心により地蔵の杖を持った男に縛られて危機に陥ったのだ。それは、彼女たち2人まで危機に晒したことと同じである。
「でも俺、油断して負けそうになりましたし、2人のこと助けられたのは俺じゃなくてジャークサタンの、こいつの力です……」
胸辺りの装甲を撫でながら、一誠は言う。エンジン王には勝利できた理由はジャークサタンでも実際に戦ったのは一誠自身であると言われたものの、やはり劣等感は拭いきれない。ジャークサタンとエンジン王の助力がなければ、一誠には何一つできたはずがないのだから。
そうして1人沈んでいると、一誠の頭に柔らかい感触が乗る。見れば、女性が優しい表情で一誠の頭を撫でてくれていた。
「それは違うと思うわ」
小学三年生にもなって大人に、それもとびきりの美女に頭を撫でられることに顔を熱くしていると、女性の声が耳に届く。
「確かにその鎧の力はすごかったけれど、貴方はついさっきまでその鎧を使うことができなかったのではなくて?」
女性の問いに、一世は頷いた。使える使えない以前に、存在そのものが知りたてのほやほやだ。
「貴方は、その鎧を使えなくても、この
言って、女性は柔らかに微笑んで見せた。
「ありがとう。私の娘のために、一生懸命になってくれて」
そして、再度の感謝の言葉が告げられる。少女の笑顔の面影を感じる、それでいて彼女のそれとはまた違う大人の微笑に、一誠は更に顔が熱くなった。母娘揃って、本当に美人だ。
「……」
一誠が女性の笑顔に見惚れていると、何故か少女はむっとした表情になっている。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない」
突然機嫌の悪くなった少女に驚いて思わず尋ねるが、少女の方はなんともそっけない様子だった。女の子にこのような態度を取られた経験など皆無な一誠としては、どうすべきかがまるで判らずにうろたえるしかない。
「あらあら」
そんな2人の様子から女性は楽しそうに眼を細め、何かを思いついた顔をする。
「そうだわ、イッセー君」
「あ、はい」
「よかったら、この
女性の言葉で、むっつりとしていた少女はびっくりした風に母へと目を向けた後、恥じらうように俯いた。
――可愛い……
その様子は一誠の琴線を大いに刺激し、思わず顔が微笑むのを通り越してにやけてしまいそうになる。
「あ、あのさ」
顔を真面目に保つのにやたら神経を使いつつ、一誠は少女に声を掛けた。
「俺って、友達があんまりいなくてさ……特に女の子の友達なんて1人もいないんだ」
唐突な一誠の言葉に、少女は不思議そうな顔をする。それになんとなく気後れしつつも、一誠は言葉を続けた。
「だから、俺と一緒にいたって、楽しいかどうか解らない」
それは、多分伝えておかないといけないことだった。
一誠は友達と呼べる相手が殆どいない。仲良くなったと思った子も、何故かいつの間にか離れていってしまう。そんなことが、何度も続いてきた。そんな中で変わらずに仲良くしてくれたのは、外国へ引っ越してしまったイリナだけだ。更に言うなら、イリナは男子であるために女子と仲良くなる上での参考にはならない。
そのため、一誠は自信を持つことができなかった。他の子どもたちにとって、自分は遊んでいても面白い相手ではないのではないかと、そう思っていた。
そうであるからこそ、一誠はあらかじめそのことを言わなければいけないと思っている。自分と友達になって、この女の子をがっかりさせるかもしれないから。
「けど、そんな俺でもいいなら」
言いながら、右腕の装甲の結合を部分的に解除し――細かな制御担当は無論エンジン王である――、素の右手を少女へと差し出す。
「俺と、友達になってほしい……俺も、君と友達になりたいんだ」
そこで一誠は言葉を終えるが、途端に不安が胸を噛みついてきた。自分なんかと、こんな素敵な女の子が友達になってくれるのかという怯えに、足が震えそうになる。
本当ならば、あんな前置きはしなければよかったのだろう。わざわざ、自分から不安要素を増やす必要はないのだから。
しかし、一誠はそうしたくなかった。友達になるのなら、自分がどういう奴なのかを知っていてもらいたかった。この優しい女の子を、騙すような真似はしたくなかったから。
身体中を這いずり回る怯えに、腹に力を込めて耐えていると、
「私も、お友達はいないの」
そう呟けば、母に抱き着いていた少女は一誠に歩み寄ってきた。
「だから、私の方こそ、一緒にいて楽しいかどうかなんて、解らないわ」
紡がれる声は不安気に揺れている。それで、怖がっているのは自分だけではないと解った。
「それでも、イッセー君がいいのなら」
そこで、少女が一誠の右手を両手で包み込むように握ってくる。その柔らかい感触に、一誠の心臓は一瞬飛び上がりそうになった。
「私と、お友達になりましょう。私も、イッセー君がお友達になってくれれば、凄く嬉しいから」
はにかんだ笑顔でのお願い。その可憐な表情に、一誠はまたしてもどぎまぎとしてしまう。しかし、戸惑ったままでもいられない。こんな美少女にここまで言ってもらえた以上、一誠が返すべき言葉は一つだ。
「もちろん、喜んで!」
そう叫んだ時、自分でも顔が綻んでいるのが解った。優しさと愛らしさを兼ね備えた、そんな素敵な女の子が友達になってくれる。そう思っただけで胸が高鳴って仕方がなかった。
そこで、ふと気が付く。一誠は、まだ大事なことを知らないことに思い至ったのだ。
「あ、あのさ、それでなんだけど……」
「? なあに?」
「いやあ、今頃になって言うのはすごいあれだとは思うんだけどさ……」
「?」
言い淀む一誠に、少女は可愛らしく首を傾げた。和む光景であるが、ほんわかともしていられない。ままよ、とばかりに、一誠は質問を切り出す。
「君の名前、教えてくれない、かな?」
そう、一誠はまだ少女の名前を知らずにいた。何度か少女の母が言っていたような気はするが、その時の一誠は男たちに暴力の嵐を受けていた最中だったために聞き逃していたのである。
友達になろうと言い合った直後の質問がこれというのは途轍もなく間抜けに思え、呆れられていないかと不安になった。
「……ぷっ」
そして案の定、少女は小さく噴き出すと、そのままくすくすと笑い始める。
――ぐぁーっ、やっぱし呆れられちまったーっ!
友達になって早々大失態を仕出かしてしまい、一誠は心の中で絶叫した。美少女からの印象がいきなり下がっただろう現実に、膝から崩れそうになる。
「ふふっ、ご、ごめんね、イッセー君、ふふふっ」
つぼにはまってしまったのか、笑いが止まらない様子で少女は謝ってきた。可笑しそうに笑うその顔も可愛らしく眼福なのだが、一誠としては複雑である。
「そんな、強そうな、ふふっ、格好で、何を言うのかって、思ったら、ふふふっ、そんなことで、悩んでたなんて、うふふっ、なんだか、可笑しくって」
「あ」
言われてみれば、ジャークサタンの武装を展開したままだった。こんないかにも戦士という姿であんなびくびくと質問をすれば、それは確かに可笑しかっただろう。考えてみると、もう敵は倒したのだから、握手の時に結合を完全に解除してよかったのだった。
「あ、あはははは……」
自分の間抜け振りにいらない拍車を掛けていたことに気が付き、一誠は自己嫌悪を通り越して笑えてきてしまう。そのまま乾いた笑い声を漏らすが、曇りのない少女の笑顔を見ていると、段々どうでもよくなってきた。
――いらねー恥かいたけど、この子が楽しそうなんだし、まあいっか
開き直ることに決めてみれば、段々一誠自身も自然と愉快な気持ちになってくる。そのまま何とはなしに2人で笑い合っていると、やがて落ち着いた少女は小さく咳払いをする。
「私は、朱乃。姫島朱乃っていうの」
「朱乃ちゃん、か。よろしくな、朱乃ちゃん!」
「うん!」
眩い笑顔で返事をすれば、少女、朱乃は再び一誠の手を両手で握ってくる。
「イッセー君。私も、イッセー君に聞きたいことがあるの」
「ん、なに?」
「イッセー君の、苗字を教えて?」
朱乃の問い掛けもまた、名を問うものだった。そう言われてみると、下の名は言っても苗字は言っていなかったかもしれない。
少し安心した。相手の名前を気にしていたのは自分だけではなかったらしい。考えてみれば、友達になるのだから相手のことを知ろうとするのは不自然な話ではなかった。
――俺が考えすぎだっただけか……
友達を作るのが久しぶりすぎて、神経質になりすぎていたようである。なんとなく気恥ずかしい気分になりながら、一誠は口を開く。
「ああ、俺は……」
その時だった。
「っ、あ……れ……?」
身体から、俄かに力が抜ける。膝が崩れ、視界が暗転していく。
<どうやら、限界が来たようですね>
遠のいていく意識の中、エンジン王の声が響く。元々満身創痍だった上に、本来の仕様とは違う形で無理矢理ジャークサタンと結合したこと、そしてジャークサタンの強力なパワーを振るったことによる反動、更に地球の基準からみて超高性能のコンピュータから送られてくる情報を脳が受け止め続けたことによる知恵熱。それらが重なり、とうとう身体が音を上げたのだ。
――ちょ、せめて、苗字、を……
どんどん沈んでいく意識の中で見えるのは、朱乃の驚き、焦った顔。彼女にフルネームを伝えなければという思いだけが逸る中、一誠は意識を失った。
~CM~
やあ! みんな元気か! 俺は
今日はみんなにお知らせ。なんと、俺たち地球防衛組の新しい活躍が、矢立文庫の公式HPで読めちゃうんだぜ!
よおし、行くぜ
ってありゃ? どうしたんだよ、飛鳥?
なにい? 自分は小学5年生じゃなくて、高校1年生ぃ? おまけに、ライジンオーも、俺のことも知らないだってぇ!?
飛鳥、一体どうしちまったんだよぉ!?
“絶対無敵ライジンオー 五次元帝国の逆襲”
矢立文庫公式HPより、好評連載中!(2017年8月6日現在)
WEB小説でも、出動OK!?
~CM OUT~
「イッセー君!?」
倒れこんだ一誠を見て、朱乃は悲鳴を上げる。
倒れるのも無理はない。鎧を
「イッセー君! しっかりして、イッセー君!」
頭の冷静な部分がそう考えるが、感情の方は別だ。自分のために戦ってくれた男の子、初めてできた同年代の友達が傷つき、倒れ伏したことに、胸が張り裂けそうなほど傷む。
涙目になりながら倒れた一誠を揺り起こそうとしていれば、母の手が肩を掴んできた。
「落ち着きなさい、朱乃!」
「母様、でもっ」
「イッセー君は大丈夫、息遣いをよく聞いてごらんなさい?」
言われ、一誠の口許に耳を近づけてみる。すると、規則正しい寝息が聞こえてきた。そこに苦し気な気配はなく、朱乃は安堵の息を吐く。
そこで、一誠の唇が自身の顔のすぐ傍にあることを改めて意識し、一誠の呼吸より自分の心臓の鼓動の方が大きく聞こえてきた。
「とりあえず、イッセー君を家の中に運んであげましょう。手当をしないと」
「はい。それに、もっとちゃんとお礼もしなきゃ!」
一誠にはどれだけ感謝しても足りない程の恩がある。介抱した程度でそれを返せるとは思っていないが、少しでもその気持ちを形にしたかった。
握り拳を作って気合を入れる朱乃の姿に柔らかな目を向けながら、朱璃が一誠を抱き上げようとする。
<そういうわけにはいきませんね>
そこで、聞き覚えのない声が一誠の方から発せられた。朱乃がそれに驚くより早く、一誠の身体が浮かび上がる。
<成り行きでお前たちに助力する形になりましたが、私はイッセー程お前たちを信用してはいません>
一誠のものとは全く違う、機械的な音声。それは、どうやら一誠が右目につけているメーター型の
「貴方は、
<そうですね……イッセーの
警戒した様子で母が問うと、機械的な声は無感動な調子で答えた。
<私のことなどよりも、問題はお前たちです。事情の仔細は知りませんが、非の有無はさておきお前たちは身命を狙われる危険な立場にあるようだ。ならば、私としてはイッセーの身をお前たちに委ねるわけにはいきませんね>
そこまで言うと、一誠の羽織っている龍のマントがひとりでに翻る。すると、マントは一誠の全身を包み隠し、実体を感じさせない黒い球体へ変じた。
<イッセーには悪いですが、我々はこれで退散するとしましょう>
その言葉を最後に、黒い球体は凄まじい速度で上昇し、朱乃の視界から消える。慌てて顔を天へと向けるが、そこにはもうあの球体は影も形もなかった。
「イッセー君!」
叫ぶ呼び掛けに、
――まだ、イッセー君の名前も、全部は聞いていなかったのに……
初めてできた友達なのだ。もっと多くの話がしたかった。名前以外にも多くのことを知りたかったし、朱乃も自分のことを知ってほしかった。他にも、一緒に遊んだり、食事してみたりしたいとも思っていたのに、できなくなってしまったのだ。
言い知れない喪失感が胸に満ちる。寂しさが目に沁み、視界が滲んできた。涙目になっていると、母が優しく抱き寄せてくれる。
「大丈夫よ、朱乃」
優しく、諭すような声。それが悲しみに沈んだ心によく染み渡った。
「イッセー君とは、きっとまた会えるわ」
「え?」
「イッセー君の力は見たでしょう? あんな凄い力を持っているのですもの。きっと、また朱乃に会いに来てくれるわ」
最初に現れた時みたいにね、と付け加え、母は悪戯っぽく笑う。朱乃はそれを聞き、希望が湧いてきた。
「うん! イッセー君はお友達になってくれるって、私とお友達になりたいって言ってくれたもの。きっと、また会いに来てくれる!」
朱乃は不安を振り切るように言葉を発する。自分が人間でないと知っても素敵な女の子だと言ってくれた一誠と、自分のことを大事な娘だと言い一族に逆らってまで守ろうとしてくれた母。その2人の言葉なら、素直に信じることができた。
気を取り直した朱乃の頭を母が撫でてくれる。その感触をしばらく堪能していると、やがて母の笑顔の質が変わった。
「さて、それじゃあ」
言いながら、母は周囲に倒れた刺客たちを見回す。
「この人たちが、目を覚ましたら大変でしょうし、とりあえず縛って大人しくいていてもらいましょうか♪」
その母の声からは、何処かうっとりしているようなものが感じられた。
それから、宣言通りに母は刺客たちをロープで拘束していき、朱乃もそれを手伝う。何故かは解らないが、我が家には人を縛るのにちょうどいいロープがたくさんあったのだ。しかも、どういうわけかどれも使い込まれた形跡がある。
そのことに首を傾げつつも、朱乃は母から教わった通り“亀甲縛り”という縛り方で刺客たちを緊縛していった。そうしていると不思議と胸が高鳴っていき、痛みがありそうなほどに強く縛った瞬間聞こえてくる微かなうめきが、しびれにも似た興奮をもたらす。
――なんだか癖になりそう
少々恍惚としながらも作業を続けていき、9人の刺客は全員拘束し終えた。母がロープのゆるみがないかどうかをチェックしていると、頭上に圧倒的な存在感を覚える。途轍もなく力強く、それでいて何処か優しく、何よりも朱乃にとっては親しみ深い存在感。
朱乃は歓喜を以って顔を頭上へと向ける。そこには、予想通りの人物がいた。
朱乃の髪のような、黒い大きな翼。服の上からでも解る、鍛え込まれた身体。
自身の父親にして堕天使の幹部の1人、バラキエルの姿がそこにあった。
「朱璃! 朱乃! 2人とも無事か⁉ 怪我はないか⁉」
地上に降り立つのが早いか、常になく心配の籠った声で父が聞いてくる。額に大量の汗を浮かべながら、食い入るように自分と母に異常がないかと見定めてきた。
母はそんな父の様子に苦笑しながら、頷く。
「ええ。この通り、私も朱乃も無事ですよ」
「うん。どこも怪我してないわ、父様」
自分たちの言葉に、父は深い溜息を吐いた。どれほど気を張り詰めていたのか、息と一緒に力まで抜けたようにそのまま膝を着きそうになる。
そうかと思えば、急に朱乃と母は父に抱き寄せられた。その抱擁は覚えのある限りで最も力強く、痛い程だ。
「と、父様?」
「よかった……」
苦しさよりも困惑を強く感じながら朱乃が呼び掛けると、父の呟きが耳に届く。その声音に、朱乃は驚いた。
――父様、泣いてる……?
「よかった……本当に、よかった……! お前たちにもしものことがあれば、私はっ……」
父の顔を見上げれば、その瞳から止め処なく涙が溢れていた。頬を伝う涙が零れ落ち、朱乃の顔を濡らした。
こんなに弱々しい父の姿は、初めてだった。朱乃にとって、父はいつでも大きく、頼りになる存在だったからだ。父が、ひたすら泣き続ける場面なんて、想像したこともなかった。
その姿に触発されたのか、朱乃の心の底で
「父様の莫迦っ! 私たちと一緒にいてくれればよかったのにっ! お仕事が忙しいからって、全然家にいなくてっ!」
衝動のまま、父の胸を叩き、言葉をぶつけた。これは、朱乃が心の中でずっと抱えていた不満だ。
堕天使の中枢組織、“
しかし、父の留守中に今回のようなことが起き、とうとうそれを我慢できなくなってしまった。
「私、すごく怖かったんだから! 私だけじゃなくて、母様まで殺されちゃうって思って、私、わたし……」
いつの間にか自身も涙を流しながら、父を叩き続ける。朱乃の拳なんて父にとっては蚊が刺した程にも感じないだろうに、叩く程に父は悲痛そうに顔を歪めた。
「すまなかった……」
詫びの言葉と共に、また少し強く抱き締められる。痛みも増すが、それ以上に感じるのは自分を手放したくないという父の思いだ。
「これからは、私たちと一緒にいて! もう、私たちを放っておかないでっ!」
「ああ、約束する。これからは、できる限りお前たちの傍を離れない。もう、絶対にこんな目に遭わせはしないっ」
その父の言葉が嬉しく、また朱乃は泣けてきてしまう。気付けば、母も泣いているようで、そのまま家族3人泣きながらしばらく抱き合っていた。
「それにしても、この人数を相手によく無事だったな」
少しの後、落ち着いた父は拘束された刺客たちを見て言う。
「見たところそこの男は手練れの術者のようだが、朱璃が倒したのか?」
刺客たちを指揮していた錫杖の男を指しながら、父は母に訊いた。父の目には、気絶していても技量の程度が解るらしい。父の問いに、母は首を横に振る。
「いいえ、私ではありませんよ」
「なに? では、まさか朱乃が?」
朱乃にそれだけの力があるのか、とばかりに怪訝な顔を父はする。もちろん、朱乃にそんな力はない。悪戯な気分になりながら、朱乃は答えた。
「私でもないわ、父様」
「? では、一体誰が?」
朱乃はくすりと笑い、父に教える。
「イッセー君が、助けてくれたの」
「イッセー君?」
聞き返す父に、朱乃は頷いた。
「私の、初めてのお友達」
はにかみながら、朱乃は答える。友達ができたこと、それを父に教えることができたことに、ささやかな幸せを感じながら。
その頃、その初めてのお友達はというと――
「なあ、エンジン王」
目を覚ました一誠は、エンジン王に問い掛ける。
<なんですか?>
「なんでこんなに空が青いんだ?」
<元々、惑星の空の色は主恒星の光が大気を構成する分子、あるいは大気中の粒子によってどのように散乱され、可視光線として地表に届くかで決まります>
一誠の質問に、エンジン王は答え始める。
<大気の層が厚い場合、地表から見て大気圏外から真っ直ぐに入り込む光は、通常は大気の分子とぶつかり合って散乱します。そして、光の中でも波長の短い青系統の色の光は、大気の分子とぶつかりやすく散乱し易いのです。そのため、地表から見て恒星の周辺、つまり空は青系統の光が散乱し、結果として青系統の色として可視化されるわけです。また、地表から見て斜めから入り込む光の場合は、真っ直ぐの場合よりも更に厚い大気を通過する必要があるため、波長の短い青系統の光が極端に散乱しすぎてしまいます。それにより、青系統の色は真っ直ぐの時と比べて更に広範囲へと広がり、相対的に地表に届く青系統の可視光線が薄くなるのです。そして、代わりに波長の長くて散乱しにくい赤系統の光の方が恒星周辺の空の色として地表に届くわけです>
そこで、間を取るように1度言葉を切ってから、エンジン王は続けた。
<しかし、大気が薄い場合には大気の分子よりも粒子、つまり空気中の細かな塵と大気圏外からの光のぶつかり合いが空の色を決める主要因となります。この場合、その塵がどのような波長の光を散乱させやすいかが大きなポイントとなるのです。ここの大気は非常に薄く、代わりに大気中の粒子に酸化鉄や磁鉄鉱といった赤系統の光を散乱させやすい粒子が多いですから、地表から見て斜めから光が流入した時には赤系統の光が極端に散乱されやすく、比較的散乱しにくい青系統の光が地表に届き易いので、青く見えるわけです>
「ふうん」
エンジン王の説明に、一誠は頷く。解ったような解らないような感じではあるが、勉強になった。
しかし、そんな理屈を抜きにしても、今一誠が目にしているものは神秘的に思える。形だけで見れば殺風景と言ってもいい光景、しかし、そこに青という色が加わることで、不思議な美しさが与えられていた。これまでの常識と逆転するようなその情景に、一誠は見入ってしまう。
「って、こんな状況で景色眺めてる俺って、暢気なのかな?」
<まあ、そうでしょうね>
「……ここ、何処って言ったっけ?」
<火星の赤道付近、地球人にはメリディアニ平原と名付けられている場所です>
エンジン王の返答に、我知らず溜息が漏れた。
正体不明のエネルギーを利用した移動手段により、勢い余って到達――もとい墜落――してしまった太陽系第4惑星の、地球とは逆に赤から青へと変わっていく黄昏を眺めながら、一誠は呟く。
「帰ろっか」
<そうしましょう>
「そうか。大したものだな、そのイッセーという子は」
夕食の席で、何があったのかを朱乃が詳しく説明し終えると、父は感嘆したように言った。
「うん、イッセー君は凄く強かったの! 襲ってきた人たちを、あっという間にやっつけちゃって!」
興奮気味に朱乃が言えば、父と母は苦笑してみせた。その両親の様子を少し不満に思いながら、朱乃は食事に箸を伸ばす。あの時の一誠は、本当に凄かったのだから。
今日の夕飯は、町の弁当屋で買ってきたものだ。流石に母もあんなことがあった後に夕食を作る気力はなかったためそうなったのだが、朱乃としてはどうにも味気なく思える。母の料理でないこともそうだが、できれば一誠もこの場にいてほしかった。
「イッセー君のあの鎧の力、やはり
母が父に問い掛ける。
父は考えるように間を置いた後、ゆっくりと首を横に振った。
「恐らく、違うだろうな。そのイッセー君の鎧はジャークサタンというらしいが、
そこまで言うと、父はビールを一口飲んで言葉を続ける。
「しかし、調べれば過去に前例があるかもしれん。
「本当!?」
父の言葉に、朱乃は身を乗り出した。行儀が悪いと母に叱られて姿勢を正すが、期待を込めた眼で父を見つめる。
「ああ、話を聞く限りではかなり強力な上に、見た目も特徴的なようだからな。その鎧の詳しい記録さえ見つかれば、現在の所持者を探すことはできなくもないだろう。私としても、その子にはお前たちを助けてくれた礼がしたいしな」
「お願いね、父様!」
「ああ、任せておきなさい」
父の了解の言葉で、朱乃の心は喜びに沸き立った。父が調べてくれれば、また一誠に会える。その時を想像するだけで、朱乃は顔が綻ぶのを抑えられなかった。
「あらあら、朱乃はすっかりイッセー君に夢中ね?」
「うん! あの時のイッセー君、凄くかっこよかったもの!」
母の言葉にそう朱乃が返すと、何かが割れるような音がした。見ると、父が手に持つビールのグラスに、ひびが入っている。
「そのイッセー君とは、よおく話し合う必要があるらしいな、うん」
「あらあら、貴方ったら」
何故か声を震わせる父と、楽しそうに笑う母の姿を、朱乃は不思議に思った。しかし、それよりも一誠と再会できるかもしれない話が現実味を帯びたことの方が重要だ。
思い浮かぶのは、自分を守ろうと傷つき、それでも戦い続けてくれた一誠の勇姿。そして人間であるなしを超えて友達になろうと言ってくれた一誠の笑顔だ。それを思い返す度に、朱乃は胸が甘く疼くのを感じる。
――また会えるよね、イッセー君……
窓から見える星空、一誠が去っていった空の彼方を見つめながら、朱乃は再会の未来へと思いを馳せるのだった。
そして、その再会を望まれている本人はどうなっているのかというと――
<この減速ペースでは間に合いませんよ!>
「これで精一杯だよ! コース自体、何とか変えられないのか!?」
<この勢いでは慣性が強すぎて、進路転換は難しいですね。せめて亜光速の域を下回らなければ!>
「くそっ、今どの辺だ!?」
<既に水星の軌道を突破しています! もう時間がありません!>
「こんちくしょおおおおぉぉぉぉっ!」
再び謎のエネルギーを用いた移動手段で地球に帰ろうとした結果、地球を通り過ぎて太陽へと突っ込むコースをひた進むことになってしまっていた。現在、一誠とエンジン王の2人掛かりで必死のブレーキを掛けている真っ最中である。
一誠の現在速度、秒速約24.6万km。太陽の引力からの脱出可能限界域まで、あと約5100万km。
途中のCMはちょっとしたお遊びですが、ライジンオーの新作WEB小説が連載中なのは本当です。宣伝文の方は、オフィシャルではございませぬぞ。
今回の魔力を利用した一誠たちの移動は、解る方にはお解りかもしれませんがヤミノリウスが使っていた黒い球になって飛ぶあれです。ガンバルガー最終回では光でも8分は掛かる地球から太陽までの距離をあっという間に踏破していますので、エルドランシリーズもD×Dの強キャラ達同様に光速レベルでの行動が可能だと思っています。
ガンバルガーはギャグ主体な分、真面目に考えたらとんでもないことやってるから恐ろしい(笑)。
活動報告で上のアイキャッチと下の画像、どちらが良いかのアンケートを実施しますので、よろしければご参加ください。
【挿絵表示】
2017年8月6日 各ルビの誤記修正、誤字修正、「「私の、初めてのお友達」」の文の後に「はにかみながら、朱乃は答える。友達ができたこと、それを父に教えることができたことに、ささやかな幸せを感じながら。」の文を追加、「正体不明のエネルギーを利用した移動手段により、勢い余って到達――もとい墜落――してしまった太陽系第4惑星の黄昏を眺めながら、一誠は呟く。」の文を「正体不明のエネルギーを利用した移動手段により、勢い余って到達――もとい墜落――してしまった太陽系第4惑星の、地球とは逆に赤から青へと変わっていく黄昏を眺めながら、一誠は呟く。」に修正