ハイスクールD×D 魔械留学のジャークサタン   作:トアルトーリスガリ

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設定上ライジンオー以上のスペックを持つジャークサタンは、正義側で戦うとゴッドライジンオーの横に並んで戦えるくらい強いです。


第4話 秘密のロボットに大変身!

 エンジン王が分析した通り、ジャークサタンには邪悪獣と融合しスーパー邪悪獣となる超次元融合能力が備わっている。しかし、それはあくまで邪悪獣を対象にしたものであり、一誠のような人間との融合を想定したものではない。その問題を、エンジン王はゴクアークの魔力を利用することで解消した。かつて一誠同様にゴクアークの魔力を宿したヤミノリウスⅢ世が地球の物質に魔法をかけて超魔界獣に変化させたように、ジャークサタンと一誠の両者をゴクアークの魔力によって一時的に同じ性質を持つ存在へと変質させたのだ。それにより、エンジン王はジャークサタンの融合能力を変則的に使用し、ギルターボと機械化獣を合体機械化獣にしていた要領で一誠と結合させたのである。

 

 つまり、現在の一誠は亜種のスーパー邪悪獣に該当し、間に合わせの超魔界獣と呼べ、暫定的な合体機械化獣に相当することになる。

 

 その当の一誠は、今の自分の力に驚いていた。信じられない程の力が全身にみなぎり、血液が沸騰しそうな程に昂っている。更に、結合という一種の一体化を果たしたことにより、ジャークサタンのコンピュータに登録されている機体情報が一誠の脳内に流れ込んできた。一誠には細かなスペックの意味は理解しきれないものの、それが並外れた強さであることは理解できる。同時に一誠の、というよりも人間のひ弱な肉体と結合した状態では、到底この機体の真価は発揮できないということもだ。

 

 しかし、そうだとしても問題はない。エンジン王の言葉は正しかった。この程度の連中ならば、ジャークサタンの敵には決してなり得ない。それは即ち、このロボット本来のパワーの1%でも発揮できれば十分に勝機があるということだ。そして1%の出力ならば、今の満身創痍な一誠にも3分程度は出すことができる。

 

「ちぃっ、本当に覚醒するとは……おい! 早く始末しろ!」

 

「は、はっ!」

 

 地蔵が持つような杖の男が先程まで一誠を痛めつけていた男に命令し、男は刀を一誠に向けてきた。しかし、最早そんなものにはなんの脅威も覚えない。自分でも不思議な程に落ち着きながら、敵の動きに合わせ構えを取る。

 

「イッセー君、逃げてっ!」

 

 あの女の子が、青ざめた表情で一誠に叫んだ。その顔は幾筋もの涙の痕で濡れ、目許は赤く腫れ上がっている。あの可憐な少女がそこまで泣く程に苦しめられたということで再び怒りが湧くが、今はそれを抑えて少女に笑みを返した。

 

「大丈夫、もう心配ないからな!」

 

 一誠の言葉に、少女は呆気に取られたような顔を見せる。彼女はそんな表情でさえも可愛い、と不謹慎にも思いながら、一誠は再び自分に刀を向ける男を見据える。

 

 つい先程までは手も足も出ず、一方的に痛めつけられていた相手。しかし、今は微塵も負ける気がしない。

 

「こんな奴ら、今すぐやっつけてやるから!」

 

「このっ、クソガキが!」

 

 一誠の言葉に憤慨した男が、刀を振り下ろしてきた。瞬間、女の子の悲鳴が響き渡るが、一誠には相手の動作が酷く緩慢に感じられた。ジャークサタンとの結合により動体視力のような感覚器官が強化され、更に人間の脳よりも遥かに速い情報処理速度を持つコンピュータをもう1つの脳として使えるようになったために、1秒間における体感時間が通常時よりも大幅に延長されたのである。そのため、一誠は臆することなく冷静に相手の攻撃を見て取ることができた。そして、一誠の視界が認識した情報を読み取り、ジャークサタンのコンピュータとエンジン王の頭脳が瞬時にその攻撃の情報を分析する。

 

――太刀筋の平均速度の測定値は122.35メートル毎秒。相手の体重を78kg及び武器の重さを1.5kgと仮定し、武器に上乗せされる相手の体重が5分の4程度である場合の運動エネルギーを約47万8276.24J(ジュール)と推定。一方で刀身に未確認のエネルギーを感知。その効果により通常の運動力学以上の威力を持つと推測。正体不明ながらエネルギーの測定量から破壊力の推定上昇値を算出

 

 現在の地球のあらゆるスーパーコンピュータが遠く及ばない演算処理能力を持つ両者は刹那の間もおかずに分析結果を出し、そのまま一誠の脳へと送ってきた。結合前の自分であれば、何もわからないまま斬られていたのだろうなと思いつつ、すぐさまその情報を基に対処へ移る。

 

――この攻撃に対する、最適解は……

 

 戦闘において一誠は全くの素人だが、得られた情報からコンピュータが対応手段さえも算出してくれた。ならば、一誠がするべきことはそれを実行することのみ。

 

――右の拳による迎撃、要するに

 

「ぶん殴ればいいってことだな!」

 

 叫びと共に、一誠は槍になっている右腕を相手の刀の刀身に叩きつけた。瞬間、男の振るった刀は木っ端微塵に打ち砕かれ、その破片がきらきらと輝きながら虚空に舞い散る。

 

「なっ!?」

 

 男が驚愕の声を上げるが、一誠とエンジン王からすれば当然の結果だった。

 

 一誠もエンジン王も知らないことではあるが、ジャークサタンは防衛隊――こちらはエンジン王も交戦経験があるのだが――の戦車やロケット砲による攻撃がまるで通じない邪悪獣に対してパンチやキックといった単純な打撃でも有効打を与えられる力を持つライジンオーを、更に上回る性能を有する。つまり、単純計算でジャークサタンは格闘戦だけでも戦車砲やロケット弾の破壊力を遥かに超えるパワーを出せるということだ。残念ながら脆弱な一誠の肉体と結合している以上そこまでの力は出せないものの、それでもそれらの兵器を比較対象にできる程度の威力は十分にある。純粋な真正面からのぶつかり合いで、剣戟が砲撃に敵う道理はない。

 

「よくもさんざんやってくれたな」

 

 得物を失って忘我する男に、一誠は低い声で言い放つ。

 

「百倍にして返してやるぜ!」

 

 言うが早いか、一誠の回し蹴りが男の脇腹に直撃した。骨が砕けたような音とともに男の身体は軽々と吹き飛び、横手の森の木に突っ込む。すると、青々とした立ち木はマッチ棒のようにあっさりとへし折れ、男の方は泡を吹きながら白目を剥いていた。サイズが小さくなっている分だけ重量が減少し、それに比例して破壊力も落ちているとはいえ、軍用兵器級のパワーの1%を直撃されればさもありなん、である。

 

「か、返しすぎたかな……?」

 

 百倍どころではなさそうな気がするその結果に、まさか死んでいないだろうかと一誠は口許を引きつらせた。一方、仲間をやられた男たちはそれどころではない。圧倒的な強さを発揮しだした一誠に警戒の眼差しを向けてくると、棍棒を持った男が2人、同時に向かってきた。2人掛かりの攻撃で一誠を抑えようと考えたのだろう、片や腹部への突き、片や脳天への振り下ろしが、ほとんど時差なく繰り出される。それに対し、一誠は振り下ろしには左腕を盾にし、突きには防ぐことさえしないまま待ち構えた。次の瞬間、先程の刀と同じく正体不明のエネルギーで覆われた棍棒が鳩尾(みぞおち)と構えた腕に叩きつけられる。

 

 一撃を受けた左腕と腹から振動が伝わってくるが、それだけだった。いかに超常の力で威力を底上げしていようとも、同じく超常の存在である5次元世界ジャーク帝国の技術で作られた装甲は自動車を粉砕するのが精々の破壊力などものともしない。

 

 被害らしい被害もなく敵の攻撃を受け止めた一誠は、右腕を振るって男たちを殴りつけた。今度は先程よりも手加減はしたものの、人間2人をノックアウトするには十分すぎたらしい。やはり簡単に2人を弾き飛ばし、家の壁に激突した男たちはそのまま崩れ落ちる。

 

 その様子を見ていた男たちに、今度こそ動揺が走った。最早男たちに一誠が人間の子どもだという認識はないのだろう、中には怪物を見るような目で見てくる者さえいる。

 

 その一誠の方は僅か1%の出力でさえパワーを持て余しているために少々困惑気味なのだが、同時に自信もつけていた。大の男を、それも武器を持った男を容易く3人倒したことで、結合時に感じた確信は間違いなかったと確認できたからだ。今ならあの少女を守れる力が確かにある、それならば恐れるものは何もない。あとは残りの男たちを倒すだけだ。

 

「さあ! 次はどいつだ!」

 

 

 

 不敵に言い放つ一誠の姿を、朱乃は呆然としながら見ていた。水晶のような鎧で武装したかと思えば、凄まじい力を発揮してすでに3人もの刺客を打ち倒している。先程までは一方的にやられていた無力な少年が、逆に男たちを圧倒しているのだ。その様子に、朱乃は瞠目するよりなかった。あまりに唐突な逆転劇は現実感に欠け、理解が追い付かないのである。

 

 そして、呆然としているということは、自分に迫る危機に向ける注意さえ失っているということだった。

 

「ちぃっ、強力だろうと予想はしたが、まさかこれ程の力を秘めていたとは……こうなれば!」

 

 錫杖の男の叫びに、はっとする。見れば、錫杖の先端が再び朱乃に向けられていた。その上、そこに籠められている異能の力は、明らかに放出寸前の輝きを放っている。

 

「忌み子よ、覚悟!」

 

 元々無関係である一誠と戦う危険を冒す必要はないと判断したのだろう、本来の目的である朱乃を始末することを優先したのだ。ただでさえ一誠の急激なパワーアップに戸惑っているところへ再び命の危険に瀕し、朱乃はパニックを起こす。

 

「いやああぁぁっ!」

 

 混乱と恐怖のあまり、思わず悲鳴が喉から迸った。錫杖の男はそれに構わず、冷酷な瞳で武器を構える。

 

「死ねっ!」

 

「させるかあっ! “ジャークナックルピック”!」

 

 男が朱乃の胸を貫こうとしたその瞬間、一誠の叫びが轟いた。それに錫杖の男と、そして朱乃が目を向けると、一誠の肘から先を鎧っていた角錐型の槍が向かってきていた。一誠の右上腕とワイヤーで繋がれた槍が、男に向けて矢のように飛んでくる。

 

「おのれっ!」

 

 短く毒づくと、男は朱乃を殺すはずだった異能の力を防御に回した。一誠の放った槍を、錫杖を振るうことで迎撃する。

 

「うおりゃああぁぁっ!」

 

 その間にも、一誠は行動を起こしていた。槍を防いだ男の隙をつき、自ら飛び蹴りを仕掛けてきたのである。翼があるわけでもないのに飛行しているとしか思えない飛距離の飛び蹴りに、男は後ろへ跳躍することで逃れた。一誠はそれを追おうとはせず、朱乃を庇うように前に立つ。

 

「大丈夫か!?」

 

 ワイヤーを巻き戻して槍を右腕に装着し直しながら、一誠が首を巡らして問い掛けてきた。それに対し朱乃は目まぐるしく変わる状況に声も出せず、ただ頷くことでしか返答できない。

 

 しかし、一誠にはそれで十分伝わったようだ。安堵したような息を吐くと、一誠は優しい笑みを浮かべて声を掛けてくる。

 

「さっきも言ったけど、もう大丈夫だからな」

 

 温かく、それでいて自信に満ちた力強い声。それを聞くだけで、朱乃は心が落ち着いていくのを感じた。同時に、何故か頬が段々と熱くなってくる。

 

「もう絶対に、こいつらに君を傷つけさせたりしない!」

 

 そして、堂々とした態度で、一誠は高らかに宣言した。その姿は、どんな暴力にも屈せずに大切なものを護り通す盾を思わせる。

 

――かっこいい……

 

 そう言う一誠の横顔が、朱乃には眩しかった。先程までの暴行により、青痣(あおあざ)だらけで鼻血に濡れたぼろぼろの横顔。しかし、朱乃はその傷だらけの笑顔に見入っていた。朱乃を守るために傷つき、そして朱乃の窮地を救うために不思議な強さを発揮するその姿に、感じたことのない疼きを胸に覚える。

 

『お婿さんは、父様みたいに強くて優しい人がいいな』

 

 不思議に高鳴る鼓動に戸惑う中で、何故か以前母に話した言葉が思い出された。

 

 

 

 エンジン王の予想通り、あの男たちはジャークサタンと結合した一誠の相手にならなかった。少女と縛られた女性を背に庇いながら、一誠はそのまま男たちを圧倒し続ける。刀を振るってくる男は刀を砕いて地に叩き伏せ、槍で突いてくる男は槍を圧し折ってから顎を蹴り上げるといった具合に、次々と敵を打ち負かしていった。瞬く間に大した広さのない庭は気絶した人間で溢れ、9人いた男たちは最早錫杖を持つ男のみとなる。

 

「さあて、残りはおっさんだけだな!」

 

 勝利を目前とした一誠が、右腕を突き付けながら錫杖の男に言い放った。その一誠の様子に対し、エンジン王は警戒を覚える。今の一誠のパワーはあの男より遥かに上だ。それは間違いない。しかし、その事実が一誠を増長させているように思えた。

 

 それまでの自分を遥かに超えた力を突然得たことで、舞い上がっているのだろう。これまでの男たちを軽々とねじ伏せられたことと相俟(あいま)って、今の一誠は明らかに警戒心を欠いていた。それをエンジン王が危惧していると、一誠の目を通じる視界の中で男の表情が微かに笑みを浮かべているのが見える。

 

<イッセー!>

 

「油断したな、小僧! (おん)!」

 

 エンジン王が一誠に警告するより早く、男が短く何事かを叫んだ。すると、倒れた男たちの影から細長い何かが一誠へと飛び込んでくる。それは、縄だ。倒れた女性を縛るのと同じような縄が、一誠の身体を縛り付ける。

 

「な、なんだこれ!? 動けないっ!」

 

「ふん、力を得ても所詮は戦いを知らんガキか。少し搦手(からめて)を使えばこの様とは」

 

 困惑する一誠に、男は侮蔑するように言った。一誠は必死に縄を引き千切ろうともがくが、千切れるどころか解ける気配さえ見せない。それはエンジン王にも不可解な現象だった。この縄もこれまでの男たちの武器と同様に、正体不明のエネルギーが確認できる。そのため通常よりも強度を増しているのだろうことは考えられるが、今までの武器よりも格段に強いエネルギーを帯びているわけではない。ジャークサタンのパワーならば十分に破壊できるはずだ。しかし、現実にこの縄は引き千切られることなく、一誠の動きを封じている。

 

 より深く分析してみることで、エンジン王はその奇妙な状態の原因を知った。どうやらこのエネルギーは、一誠に宿る同じく謎の、それでいて縄に籠められたものとは別種であるエネルギーの働きを抑制する効果を働かせているらしい。そのために、このエネルギーを用いて一誠と結合させているジャークサタンの力が、正常に発揮できていないのだ。

 

「調子に乗りおって、この小僧!」

 

「ぃてっ!」

 

 動けない一誠の横顔を、男が錫杖で殴りつける。それに一誠が短く声を漏らすと、背後の少女が悲鳴を上げた。

 

「イッセー君!」

 

「あ! ごめん今の嘘、痛くない!」

 

 少女の声に、慌てて一誠は安心させるように言う。実際、反射で言っただけで一誠にダメージらしいダメージはなかっただろう。一見は露出しているように見えても、一誠の頭部もまたジャークサタンと一体化している。外見上は素肌に見える部分でも、ジャークサタンの装甲並みの防御力を持っているのだ。しかし、少女は強がりと思ったのか再び泣き出しそうな顔になり、一誠を更に慌てさせた。

 

「な、泣かないで! ホント、ホント大丈夫だから!」

 

「ふん、縛られておいてまだ忌み子を気にする余裕があるか」

 

 焦る一誠に、男がつまらなそうな声で言う。それに、一誠が低くなった声で聞き返した。

 

「忌み子?」

 

「そうだ。教えてやろうか? その娘が何者なのかを」

 

 この少女が何者か。それはエンジン王としても知っておきたい情報だ。何しろ、成り行きでこの少女を守る立場になったがエンジン王も一誠も全く状況を把握していないのである。一誠も何故この少女たちが襲われているのか知りたいのだろう、言葉を挟まずに男の言葉を待った。

 

「その娘は、人間ではない。異形の血を引くおぞましい存在だ」

 

 人間ではない。予想外の言葉に驚いた一誠が、弾かれたように少女の方へ目を向ける。すると、少女は怯えたように顔を背けた。それは、男の言葉の正しさを裏付ける行動だ。試しに少女の肉体を簡易的ながら解析してみると、生物学的に人間とは異なる情報が確かに検出された。信じがたいが、本当にあの少女は純粋な人間とは異なるらしい。

 

「穢れた異形の者の血を引く忌み子、我が一族の汚点だ」

 

 言葉をなくしている一誠に、男は言葉を続けた。その間にも、例の正体不明のエネルギーを錫杖に集中させている。

 

「穢れた血……汚点……だから殺すってのか?」

 

「そうだ。穢れた血を持つ存在に生まれた以上は、正しき血を持つ一族の者が始末する。その娘も、穢れた身で生きるよりは、正しき者の手で存在を終わらせられる方が慈悲というものよ」

 

 男の言葉の後に一誠が再度少女の方へと目をやれば、少女は微かに震えながら一誠を見返してきた。恐らく、少女自身に男が言う“穢れた忌み子”という自覚があるのだろう。その是非はともかくとして、一誠に己が忌み子であることを知られ、少女は恐れているようだった。自分が人間ではないことを知った一誠は、自分を拒絶するのではないか、と。

 

――それは、私も興味があるな

 

 人間の心は移ろい易い。それは人間社会を見ていく中で学んだことだ。僅かな疑念でも、その小さな芽から心変わりへ繋がり、掌を返したように態度を変える。そういった事態は決して珍しいものではない。何しろ、エンジン王も一誠も、この少女が持つ事情を全く知らないのだ。

 

 もしこの少女の側に問題があるのであれば、正当性が男たちの側にあるのであれば、一誠は自分の言葉を取り下げるかもしれない。生物学レベルで人間とは異なるこの少女を、嫌悪の目で見るかもしれない。

 

 果たして、これまで周囲に迫害されるまま流されてきた一誠は、どういう選択を採るのだろうか。

 

――もっとも、恐らくザウラーズなら、人間でなくとも助けようとしたでしょうがね

 

 人間ではないどころか、敵である機械人の自分のことさえ助けようとしたあの少年たちならば、きっとこの少女を見捨てはしなかっただろう。そう思考の片隅で考えながら、一誠の言葉を待った。

 

「ふざけんな……」

 

 低い声で、一誠が呟く。エンジン王が解析すると、心拍数が上がり、脳内にノルアドレナリンが分泌されて興奮状態に、怒りと呼ばれるものに精神状態が移行していることが解った。

 

「ふざけんなよ、おっさん!」

 

 叫びと共に、また奇妙な図形が一誠の足元で輝く。それと共に、一誠に宿るエネルギーが凄まじい勢いで荒れ狂った。

 

「な、魔封じの術式で縛られてこの魔力だと! なんなのだこれは、魔王並みの魔力だとでもいうのか!?」

 

 男が意味不明なことを言う間にもエネルギーは激しさを増し、それを感知するセンサーがノイズに満ちる。

 

<|         《フハハ、魔王並み? 今頃ワシの強さを理解したか》>

 

――……?

 

 そのノイズに雑じり、音声のようなものを感知できた気がしたが、エンジン王はそれを捨て置いて一誠の言葉に耳を傾けた。

 

「この子は、自分が死ねば誰も傷つかなくて済むなんて言ってたんだぞ? 自分のことよりも、他の人のために死のうとしてたんだぞ?」

 

 怒りに声を震わせながら、一誠は右腕を動かそうとする。先程はびくともしなかった緊縛は、それだけで嫌な音を立てて(きし)んだ。

 

「そんな優しい女の子が、穢れてる? ふざけんじゃねええぇぇっ!」

 

 怒りの咆哮が轟く。そして僅かに動いた右腕に目をやり、一誠が再び叫んだ。

 

「“ジャークサーベル”!」

 

 瞬間、右腕の装甲の先端から水晶を長く平たくしたような刃がつき出される。その刃で、一誠は己を縛る縄を切り裂いた。

 

 その姿を、そして一誠の叫びを、エンジン王は好ましく思う。

 

――やはり、ザウラーズと同じように、できもしないことに命を懸けられるこの少年が、奴らと同じようにできないはずはない、か

 

 いつもそうだ。人間は合理的でなくとも、守りたいと思ったもののために怒り、そして理屈以上の力を出すことができる。かつて中島を傷つけられたザウラーズが、最強の合体機械化獣ビーストカイザーを討ち破った時のように。

 

 一方で、一誠が自由の身になったことで錫杖の男は焦りを露にした。

 

「私の呪縛を!? くっ、何故だ!? 何故人間でもないと解っておいてその娘を救おうとする!?」

 

「うるせえっ!」

 

 苛立ちに怯えの混じった声で叫ぶ男に、一誠は剣の切っ先を向けながら叫び返した。

 

「人間じゃないとか、異形の血とか、そんなのは俺にはよく解らねえ。だけどな! この子が可愛くて優しい、最高の女の子だってことは解る!」

 

 その叫びの間、ジャークサタンの胸が輝き始めた。一誠が胸部のクリスタルにエネルギーを蓄積させているのだ。

 

「そんな最高の女の子を護りたいって思いは……」

 

 一誠のやりたいことを理解したエンジン王はその補助に回った。余分な被害を出さないように適当なエネルギー量を調整し、反動に対する防御態勢を整えさせる。

 

「いつだって、絶対無敵なんだっ!」

 

 そして、一誠はその怒りを形に変える言葉を言い放った。

 

「“ジャーククリスタルビーム”!」

 

 刹那、凄まじい閃光が一誠の、ジャークサタンの胸から迸る。青白い稲妻状の破壊光線が解き放たれ、錫杖の男へ襲い掛かった。対して、男は咄嗟に錫杖に籠められた力を防御に回してそれに抗う。

 

「ぐっ、ぬうううう!」

 

 必死の形相で防ぐ男だが、この光線の威力はジャークナックルピックの比ではない。ほんの一瞬の拮抗の後、あっさりと男の防御は打ち砕かれた。

 

「ぐぎゃああぁぁっ!」

 

 悲鳴を上げながら吹き飛ばされ、男は背中から立ち木に叩きつけられる。強かに背を打ち付けられた男はそのまま気を失い、他の男たちと同様に地に伏した。それで、この場に立つ男は、一誠のみとなった。

 

 

 

「ぐえぇ、最低出力だっていうのにすげえ威力……胸が潰れるかと思ったぜ」

 

 某08小隊長のようなことを言いながら、一誠は痛む胸を抑える。ジャークサタンの武装は強力だが、一体化している一誠の肉体では到底本来のパワーに耐えられない。男を殺さない程度に相当威力を絞ったというのに、ジャーククリスタルビームの反動だけで肋骨が軋んでしまった。もう少し威力を上げていたら、冗談でなく肺が潰れていたかもしれない。

 

<わざわざ不必要に高威力の武器を使うからですよ。剣と拳だけで十分勝てたでしょうに>

 

「う……でもあいつ本気でむかついたし……下手に近づいたらまた縛られたりしたかもしれないし……」

 

<それも自業自得です。調子に乗って油断しなければ、そもそも縛られることもなかったではないですか>

 

「はい、すいません……」

 

 エンジン王の指摘に、一誠はぐうの音も出なかった。確かに、一誠はあの時油断しきっていたからだ。今まで自分を痛めつけていた相手を軽々と倒せることに、気が大きくなっていた。そのことに、自分が負けるはずないと慢心してしまった。もし負けてしまえば、あの女の子が再び危機にさらされるにも係わらず。そして、その力はあくまで自分のものではなくジャークサタンのものであるにも係わらず、だ。

 

「情けないなあ、俺。強いのは俺じゃなくて、ジャークサタンなのに」

 

<そうですね。お前自身はただの弱者にすぎません>

 

 エンジン王の言葉が音を立てて胸に突き刺さった。自分で言ったことだというのに、他人から肯定されると更にダメージを受けるのは何故だろう。

 

<ですが、後ろを見なさい>

 

 一人沈みそうになる中で、エンジン王が言う。それに従い振り向いてみると、女の子が不安そうな顔でこちらを見つめていた。

 

 もう彼女を傷つけようとする男たちは全員倒れている。それなのに、まだ女の子の瞳から恐怖は拭えていない。

 

 それが何故なのか、その理由を考えて、一誠はある可能性に思い至る。

 

――もしかして、俺が自分のことどう思ってるか気にしてる?

 

 一誠は男の言葉とエンジン王の分析により、女の子が人間ではないことを知った。そのことを彼女は気にしているのではないだろうか。

 

 恐らく、あの男や男の言う一族の人間たちは、何度もこの少女に穢れた存在だと言い続けてきたのだろう。それを、少女自身が認めてしまう程に。だからこそ、少女は一誠が自分をそう呼ぶことを恐れているのではないだろうか。自分を守ろうとした相手が自分を穢れた存在と呼んだらという恐怖が、少女の胸を苛んでいるのかもしれない。一誠自身は彼女が穢れているとは全く思っていないと声に出したが、怯えた少女の心にはそれだけではきっと足りないのだ。

 

「あのさ」

 

 一誠が口を開くと、少女がびくりと体を震わせて俯く。まるで自分がこれから言うことを恐れているかのように。

 

「さっき言ったこと、嘘じゃないから」

 

 それなら、一誠が今すべきことは、その不安を取り除くことだ。一誠がこの少女を怖がらせてしまっているのならば、一誠は彼女を安心させる義務がある。

 

 一誠の言葉におずおずと顔を上げる少女へ、できる限り優しい声でゆっくりと話していく。

 

「俺は、君のこと穢れてるだなんて、これっぽっちも思ってない。人間じゃないとかはよく解らないけれど、そんなの関係ないよ」

 

「だけど」

 

 そこまで言うと、少女の方も口を開いた。

 

「だけど、私は人間じゃないせいで、母様の家の人たちは迷惑してるのよ」

 

「なら、迷惑してる方がおかしいんだ!」

 

 少し瞳を潤ませた女の子に、一誠は言ってのける。

 

「事情は何にも知らないけどさ、それでも君は自分のこと虐めてる家の人たちのことを気にしてるじゃないか! 名前しか知らない俺のこと、助けてくれようとしてくれたじゃないか! そんな優しい子が、穢れてるわけない! そんな風に決めつけて、勝手に迷惑してる方が変なんだ!」

 

 腹が立った。こんなにも素敵な女の子を穢れていると決めつけている一族とやらが、そしてその素敵な少女自身さえもが自分のことを穢れていると思ってしまっていることが。それを許せず、一誠は感情のままに叫んだ。

 

 すると、少女の目から涙が零れる。涙は後から後から湧いてきて、少女は本格的に泣き出してしまった。

 

「うえぇっ!? ご、ごめん、なんか俺、いけないこと言った!?」

 

 瞬間、一誠は怒りを忘れて代わりに焦燥感に支配される。目の前で女の子を泣かせてしまうという事態は、一誠にとっては初体験であった。それ故に対処方法が全く思いつかず、これ以上ない程に慌てふためく。

 

 大パニックに陥る一誠だが、その少女の方は首を横に振ってみせた。

 

「ううん、違う、の……」

 

 口にされるのは、否定の言葉。それに続き、少女は嗚咽(おえつ)混じりの言葉を続ける。

 

「私が、穢れてるって、言われて、怒って、くれたの……父様と、母様、だけ、だったから……私が、穢れて、ないって……私、嬉し、くて……」

 

 溢れ出る涙を拭いながらそこまで言うと、少女は一誠に問い掛けてきた。

 

「私の、こと、おかしいって、穢れてるって、本当に思わない?」

 

「ああ、全然! むしろ、こんな可愛くて綺麗な女の子見たことないよ!」

 

「普通の女の子じゃ……人間じゃ、ないんだよ?」

 

「それ言ったら、俺だってこんなヘンテコな格好になったりできるんだぜ? 俺だって普通じゃないよ」

 

 冗談めかして言う一誠に、少女は勢いよく頭を振った。

 

「そんなこと、ない! ヘンテコ、なんかじゃ、ない! イッセー君、すごく、かっこよかった!」

 

「あ、ありがとう」

 

 言われ、一誠は顔が熱くなる。女の子、それも絶世の美少女から格好いいと言われ、凄まじい面映ゆさが胸に満ちた。

 

 照れ臭がる一誠を他所に、少女はまた首を横に振る。

 

「それは、私の、ほうこそ」

 

 そして、少女は初めて見せる表情で言った。

 

「ありがとう、イッセー君」

 

 満面の笑顔で、礼の言葉を。

 

 正しく、花が咲いたようだった。否、例え桜が満開になったとしても、他のどんな花が開いたとしても、この美しさに敵うとは思えない。見ているだけで鼓動が高鳴る程に美しく、可憐な笑み。それを見ただけで、自分の戦いが報われた気がした。

 

<たとえ勝利を掴み取ったのがジャークサタンの力でも、その少女を護るために戦ったのは間違いなくお前自身。そして、今その少女が笑顔を浮かべていられるのも、お前自身の力です。それだけは、覚えておいてもいいでしょう>

 

 少女の笑顔に見惚れる中で、エンジン王がそう告げてくる。自分だけの力でなくとも、一誠は彼女を護り、そして笑顔にさせることができた。

 

――俺でも、女の子の力になれるんだな

 

 ジャークサタンの武装で鎧われた腕を見る。自分なんていなくなってしまえばいいとさえ思っていたのに、自分でもできることはあったのだ。

 

 そこでようやく実感が湧いてくる。自分は、勝ったのだということの。




というわけで、一誠はジャークサタンを完全に使いこなせていない感じです。強大な力を持っていても使う本人が弱点になるという点は原作と同じ感じですね。目覚めたのが早い分、原作開始時点で原作よりは強くなりますが。

2017年8月6日 「1秒間における体感時間が通常時よりも大幅に長く感じられるようになったのである。」の文を「1秒間における体感時間が通常時よりも大幅に延長されたのである。」に変更、「あまりに唐突な逆手劇は現実感に欠け、理解が追い付かないのである。」の「逆手劇」を「逆転劇」に修正、「本来無関係である一誠と戦う危険を冒す必要はないと判断したのだろう」の文を「元々無関係である一誠と戦う危険を冒す必要はないと判断したのだろう」に変更、「青痣」のルビを「あざ」から「あおあざ」に修正、他微細な修正

 

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