ストライクザブラッド~ソードダンサーと第四真祖〜   作:ソードダンサー

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日常

『ミス相葉が作成したウイルスは正常に機能して、ワームホールドライバーは完全に停止したんだが…アメリカから衛星の破壊を強制させられてね…。新型核弾頭で衛星を物理的に破壊した』

「まぁ、そりゃそうですわな。お互い痛みを伴う秘匿兵器(ばくだん)の処理ってところでしょうか」

『そんなところだ』

笑いながら自虐ネタを受け入れる稲垣の懐は深いようだ。

事の顛末はこうだった。

全てが終わった後、アメリカに、ワームホールドライバーの存在とその危険な兵器が強奪され、民間人にその処理を依頼したことがバレてしまい、アメリカ側のいいなりになった。

しかし、不幸中の幸いで、一時は部隊解体どころか一定以上の幹部の一斉逮捕なんてことを覚悟していた稲垣だが、アメリカ政府の要請は同国で試作した新型核兵器を用いてワームホールドライバーを物理的に破壊せよというものだった。その時の大佐は腰を抜かしつつ心底安堵したようだ。

今回の戦争でJAMが得た世界各国の機密情報は多かった。アメリカもステレス核弾頭なんていうものの存在が明るみに出れば世界中から糾弾されるだけならまだしもこれ見よがしに中国が何を言いだすかわからない状況だった。そこにちょうど良く機密を握られ、しかもそれが明るみに出たら自分たちよりもやばい立場に立たされるのが確定しているCFFを利用し、一刻も早く自分達の持つ不安要素を処理しようと、稲垣に揺さぶりをかけ、核兵器と対地攻撃衛星の破壊による潜在的脅威の排除という表裏一体となった目的の為に同時処理を行った。

『お前も休暇を取れ。色々と疲弊しているからな…それとお前にとっては不謹慎極まりないと思うが近いうちに祝勝パーティーとお前の授与式があるから礼服を選んでおけ」

「制服じゃダメなのか?」

「授与式は制服の方が望ましいが祝勝パーティーには礼服を着てこい。なにせ、世界各国の首脳が集まるんだ。1人軍服では来賓の方々に威圧をかけることになる」

「…わかりました」

『それから分かっていると思うが、パーティーに行くときはくれぐれも一人で来るなよ?きちんとパートナーを連れてこい』

「…姉さんでもいいのか?」

『いやー……なるべくおとなしい人を頼む』

遠回しに物事を語り、私利私欲、または自国の覇権を世界に見せつけようとする世界各国の首脳陣とバッサバッサと言いたいことをストレートに言う那月とでは、とても相性が悪い。

「俺が誘える人の中でおとなしい人物は1人しかいないんだが?その人にはあまり泥沼の政界を見せたくないんだが?」

『お前が守ってやればいいさ』

「休めと言ったのはあんただ」

『レディを守るのは紳士の務めだ。任務とは違う』

「まぁいい。終わってしまったことには仕方ない。わかった。礼服を用意しよう」

そう言い残し、通話を切り再びソファーに座り込んだ。

退院から約一週間が経つが学校には行けていない。

フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』を片手に紅茶を飲みながらホゥと一息つき地上60階の大きな窓から絃神島の風景を眺める。

島にはほとんど被害がなくてよかった。そう思いながら、つい10日ほど前の出来事を忘れてしまったかのように、活発な人々の生活を見ながら再び目線を風景から文字の羅列へと移した。

それから1時間ほどが経ち、アスタルテが用意した食事を食べ、ふと時計を見る。

時刻は14:00を回ったところだった。5限目が終わり、6限目へと入ろうとしているころだろう。

時間割をちらりと見ると今日の6限は英語のようだった。

火乃香は、古城が那月に辞書を投げつけられクラスが一斉に笑っている風景を思い出した。笑っている中に自分は確かに存在していたが、それはもう過去の話でしかなかった。今は、笑える自分がいなかった。

大佐は言っていた。CFFは解散させられなかった、と。しかし火乃香にしてみれば解散したも同然だった。

3人の仲間が死に、2人は部隊を去り、残されたのは自分だけ。

いつまで手を血に染めなければならないのだろう?そんな考えがよぎり続けた。そして思考するのをやめる。

退院してからはいつも同じ事の繰り返しだった。意識だけを深く沈めただ時が経つのを待つ。

16:30ドアが開く音が聞こえた。その音でいつも意識を取り戻すのだ。ゆっくりと後ろを振り向くとそこには銀髪の少女が鈴を転がしたような声で「ただいまでした」という。

そして火乃香は「おかえり」と返す。いつも夏音が帰ってきたら真っ先にこのやり取りをする。最早日課となっていた。

そして制服から白のワンピースに着替えた夏音が火乃香の隣に座り火乃香は彼女の膝に頭を乗せる。

平和。

脆くて儚くて尊い時間。

頭にふわりとした感覚がして、頭を撫でられていることを理解した。

「夏音…もう少し上を撫でて…」

「はい」

優しく微笑みながら火乃香のお願いに応える。

言葉をかわすことはない。2人にとって静かに寄り添うことができればそれでいいのだから。言葉による飾りつけは必要ないのだ。

2人の空間は下手なバカップルの醸し出す空気よりも甘く、あの那月ですら休日出勤を積極的に行い、アイランドガード本部に逃げる始末である。目は口ほどに物を言うとはよくいったものだがまさにそれを体現しているかのようだった。

「夏音…明日時間ある?」

「ありますよ?」

「明日買い物に行かない?」

「明日ですか?学校は…?」

「放課後だよ。それまで待ってる」

「いいですよ…但し条件があります」

楽しそうな声だった。

「どんな条件?」

「せっかくなので明日学校に来てください」

「………わかった…ただ」

これは夏音なりの交渉のようだった。先にも述べた通り、火乃香が戻ってからというものの殆ど家から出ずに引きこもっているのを夏音は心配していたようだ。夏音曰くクラスのみんなも相当心配しているらしい。火乃香自身もそろそろ学校に行かなければ不味いとは思っていた。しかし、彼は怖かった。周りからの目が。彩海学園の制服は半袖だ。眼帯はまだいい、しかし、右腕に押された敗者の烙印の存在を気にしていた。夏音に烙印を初めて見られた時、心が死んだように冷たくなり、手足の感覚がなくなり倒れそうになったのを覚えていた。夏音はそんな些細なこと気にしないと言い、それを証明するかのように、右腕に自身の体を絡め、烙印に唇を当てた。

だが、皆が皆、夏音のような聖人君子ではない。例えば体育などで着替える時どうしても脱がなければならない。腕だけでなく、身体中に拷問の跡が残っている。それが怖かった。

「ただ…怖いんだ…みんなが…夏音みたいに受け入れてくれるとは限らない…」

「インナーを着てみたらどうですか?」

「インナー?夏音がいつも着ているみたいに?」

「はい。それなら傷も隠すことができるはずです」

「…インナーか…あったかな…」

そう言いながら夏音の膝から頭を起こし、ゆっくりとホールに向かい、自室に戻った火乃香はチェストの中をあさる。

1番奥に通気性抜群の黒のインナーが3着あった。それはCFFで支給されたものだ。

「あった…」

これで夏音とまた登校できると心の中でホッとしていても、まだ不安要素があった。

(みんな怒ってるかな…)

彼らの目の前で火乃香はさらわれた。それはどうでもいい。問題は、相手が銃器を持ち、閃光手榴弾の被害にあったことだ。怒っていないはずがないと考えてしまうのも頷ける。

取り敢えず明日学校へ行くことが決定した火乃香は時間割をちらりと見て教科書をカバンの中に入れ始めるのだった。

 

 

 

 

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朝、久々に制服の袖に腕を通し、カバンを持ち夏音達と一緒に玄関を出た。

「火乃香がようやく学校に来てくれるのは安心したが…なぜそこまで露骨に武装する?」

「別に…武装という武装じゃない…。ただ…腰に拳銃のホルスターを巻きつけてるだけ…」

那月が火乃香の持つ物騒な武器に眉をひそめる。

火乃香の腰には愛銃のHk45がホルスターの中に収まっていた。

以前まではなるべく凶器は隠すようにしていたが今は逆に見せている。彼なりの防衛行動なのだろう。凶器をちらつかせることで自分を守るという心理だ。アイランドガードから武器携帯許可を受けている身であるため、問題はないのだが…。

「そんなに警戒しなくても誰も攻撃しないと思いますよ?」

「暫くは…これで許して…」

夏音が苦笑いを浮かべ、火乃香は夏音にか細い声で懇願した。なんとも軟弱になったものか…。那月は呆れるほかなかった。

それぞれ校門で別れた後、ゆっくりと自分の教室に向かう。その足取りは非常に重く、浮かない表情をしていた。教室や廊下から他クラスの笑い声が聞こえ、1年B組からも同様に聞こえてくる。

ガラリ、扉を開く音がすると同時にクラスが横目で火乃香を見る。それと同時に先程まで騒がしかった教室が静まり返りその瞬間この空間には二つの表情が生まれた。驚きと無表情。

いずれも火乃香の存在を現実のものとして受け止めるほど肝が座った生徒はいない。

以前との変化は眼帯の存在とインナーを着込んだという違いだけ。依然として顔立ちは変化することも衰えることもなかった。自分の席に遺影と花瓶が置かれていないことだけは唯一の救いだった。ゆっくりと自分の席に向かい歩き始める。次々と生徒達は道を開ける。火乃香が机に座り突伏したところで、ヒソヒソと話し声が起こり、そして次第に先程と同様の喧騒さを取り戻した。

だが、誰も彼に話しかけることはしなかった。否、できなかった。

何を話せばいいかわからなかったからだ。

「ゲホッ!」

突如、背中に衝撃が走り、むせる。

何事かと勢いよく顔を上げ周囲を確認すると古城達がいた。

「ようやく来たか」

呆れた声で古城が言う。

「随分とカッコよくなっちゃってよぉ!なんだ?!あのイケボ!本当にお前か?!」

首にヘッドホンをぶら下げたツンツン頭の基樹がからかう。

「あんた約束覚えてる?すっごい高くて美味しそうなパフェ見つけたからそれ奢ってもらうわよ」

金髪に髪を染め、制服を改造し、化粧をした浅葱が鬼の形相で迫る。

「火乃香くん、大変だったわねぇ」

ニヤニヤしながらじっくり揶揄ってやろうとする委員長。

「お前ら…」

__あい変わらず能天気な奴らだ。俺と関わればろくな事が起こらない_

そう言おうと、顔を上げたその時、真っ暗に沈んだ世界が一気に明るくなった。先程まで気味の悪いものを見ているかのような目で見られていたはずなのに今は違った。みんな表情が明るかった。

沈んだ気分で憂鬱な表情を浮かべていた自分自身が描き出した幻に騙されていたのだった。

那月がガラリと教室の扉を開け、生徒達に着席するよう指示をする。

「さて、ようやく全員が揃ったか…。これでいつも通りだな。HRを始める」

那月が連絡事項をざっと述べた後、HRを終わらせる。

男子生徒が一気にほのかに詰め寄りわちゃわちゃし始める。その混雑に苦笑しながらも火乃香はもう少し早く学校に行っていればよかったかなと幸せな後悔にうなされたのだった。

 


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