ストライクザブラッド~ソードダンサーと第四真祖〜   作:ソードダンサー

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とある刀使いの追憶
とある刀使いの追憶


火乃香が拐われてから約8時間半が経過した現在。南宮邸には夏音の荷物が業者によって運び込まれ、それぞれの作業を淡々とこなしていた。夏音の荷解きを手伝っているのは古城、元基、浅葱、アスタルテ、雪菜、凪沙だ。

空気が重すぎる。ラ・フォリアと家の主人たる那月は珍しく台所に立って料理をしている。皆、それぞれの作業に集中しているように見えて、今朝の出来事を無理にでも忘れようと作業に没頭しているのだろう。

重い空気で過ごすこと数十分が経った。

「できたぞ…とりあえず食べろ」

那月がぶっきらぼうに言い放ち、テーブルの上に料理を並べていく。

生徒たちがいる前で酒なんて飲まない那月だが今日ばかりはワインのコルクを抜きグラスに注ぎ、一気に煽る。

ゆっくりと静かに食事が進んでいく中、顔を赤く染めた那月が唐突に口を開く

「………お前たちも知っておいた方がいいかもしれんな…火乃香の過去を」

「「「え?」」」

急な話題についていけず、口をぽかんとさせる。今まで火乃香はどういった人間かは知っていたが過去については一切知らなかった。夏音ですらそれは聞いていない。恐らくはこの中で過去の火乃香を知っているのはラ・フォリアぐらいだろう。

「あいつは元々戦争孤児だったんだ…10年前に欧州で起きた三代悪夢の1つのナイトメアの被害者だ…」

「ナイトメアって…欧州の村や町50箇所が一夜にして焼け野原になったって言う…」

浅葱が目を見開き、それぞれ那月の話にのめり込むように聞き入り始めた。

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鬱蒼とした森をひたすら歩き続ける1人の少女がいた。

「村が燃えているな…」

闇の中に1箇所だけ紅い光が生き物のように揺れ動いていた。

仙都木阿夜からの依頼を受け、とある魔道書の回収から帰還する最中偶然この道を通りかかったところ村が燃えているのを見たのだ。

「とりあえず行ってみるか。生存者がいるかもしれんしな」

そう呟き、ゆっくりと焔へと近づいていく。

とは行っても直線距離にして約500メートルそこそこある。しかも村までは足場の悪い森を抜けなければならないために近付くまで時間がかかる。

ガサガサ

「!」

背中にリュックを背負った1人の子供がいた。子供は足をひねっているのかまるで芋虫のように地面を這うように動いている。少しでも村から離れようと必死で身体を動かしていた。煙を吸い込んだらしい。ヒューヒューと呼吸をしている。

顔は泥塗れで所々切り傷や腕の一部に軽い火傷を負っていた。

今にも死にそうだ。

しかし少年は二本の刀を離さないようしっかりと握っていた。

那月は静寂に包まれる。

村の建物が焼け、家屋が崩れる音や赤子の泣き声が響いていたが全て雑音として処理されてしまっている。

那月は少年に釘付けだ。そしてゆっくりと少年に手を差し伸べ

「小僧、生きたいか?」

少年に問いた。

少年は力なく頷く。首が動いているのかわからないほど小さく本当に小さく縦に動かし、気絶した。

那月は少年を背中に担ぎ、空間移動で街に移動し、病院へ連れて行った。

医者が手際よく治療している横で那月はじっと少年を見つめていた。

(何があったんだ…あの村で…)

 

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闇の中でうっすらと灯りが浮かび上がる。懐かしい光景が光の中に描かれていた。火乃香にとって、人生における最初のターニングポイントとでも言うべき場面だった。

真っ白な天井が目に飛び込んだ。白く清潔なベッドの中でゆっくりと起き上がる。

目覚めたばかりの瞳へカーテンから降り注ぐ眩しい朝日が刺激を与える。

周りをゆっくりと見渡す。清潔な部屋だ。ベッドのすぐ近くには花の飾られた花瓶が置いてある。ゆっくりと辺りを見渡す。二本の刀は部屋の隅に立てかけられている。それを見た火乃香はホッとした。

そして、今いる場所が病室だと認識するのに、さして時間がかからなかった。

ゆっくりと引き戸が開く。

入室してきたのは自分よりも背丈がいくらか高く白のゴスロリを着た少女だった。

「目が覚めたみたいだな…」

「あなた…は?」

掠れた声で少女に聞く。

「私か…?火事から逃げようとしていたお前を助けた…南宮那月という。君の名前は?」

死んだような目で見つめられる。無理はない。あれだけの大火事だ。話によれば、あの村での生存者は彼1人だったらしい。

「僕は…天童…火乃香」

「火乃香…か…女みたいな名前だな」

「!仕方ない…だろ…そうやって名前をつけられたんだから」

「悪かった…火乃香…あの村で何が起きたんだ?」

「………蒼い化け物が…村を突然焼き払った…父さんと母さんは僕にあの刀を渡して死んだ…」

冷たい瞳だ。涙すら流れない。何が起きたのか理解できないのだろう。それよりも、那月にはふと違和感を覚えていた。

それは火乃香の精神の成熟度だった。

普通の子供ならば目の前で親が死ぬところを見れば、精神を崩壊させても仕方がない。なのに火乃香は淡々と語る。それでも彼の姿は、今にも消え入りそうなほど小さく、そして生きているように思えないほど生きているという空気を感じさせない。少しでも衝撃を加えたら簡単に割れてしまいそうなガラス細工のような雰囲気を纏わせていたのだ。

那月は何故か他人事のように思えなかった。そして1つの決断をし、

 

 

 

 

ゆっくり少年に歩み寄り、そして優しく抱き寄せた。

「え…?」

少年は震える声を発した。何が起きたのかわからないとでも言わんばかりに。

「辛かったな…もう大丈夫だ…私が付いている」

「ど…う…いう…こと?」

今にも泣きそうだ。

「私がお前を守ってやる…ずっとだ…今は見ず知らずの…初対面の人間だけど…それでも…ゆっくりと私に歩み寄ってほしい。だけどそれは後だ…今は泣いた方がいい。今泣かなければ…壊れてしまう…火乃香の気がすむまで泣くんだ…泣き止むまでずっと側にいる…」

それは同情心なのか

「うっ…うぁぁ…ぁぁ…………」

それとも…

 

 

 

 

小さく泣いた。泣き叫ぶのではなく小さく本当に小さく泣いた。

泣き始めてからどれぐらいの時間が経ったのだろうか?

1時間?2時間?10分?20分?もしかしたら数分だったかもしれない。時間の感覚がなくなるほど密度の高い時間を過ごしたのだ。

「気は済んだか?」

「うん…」

「火乃香…もしよかったら…私のところに来ないか?」

「え?」

「日本…いや…私が暮らしている絃神島だよ…そこならば安心して暮らすこともできる。それにその苗字からして火乃香は…日本人なのだろう?」

「知らない…生まれたのも…育ったのもあの村だから」

「日本語はわかるか?」

「日本語?父さんと母さん…それかとお兄ちゃんの時だけ使ってた言葉の事…?」

今までイタリア語で話していたので気づかなかったが、日本語が喋れなければ日本で暮らす前に一通り習得させなければならない。が、本人曰く家族同士でしか喋らなかった言語があるらしく、もしその言語が日本語ならばと考え、とりあえず日本語で会話してみることにした。

「?この言葉わかるか?」

「うん」

日本語が喋れるらしい。

「日本語での会話も問題ないみたいだな……」

「那月お姉ちゃんの住んでいるところはこの言葉を喋ってもいいところなの?」

「?!というよりその言葉以外通じないと思う」

いきなりのお姉ちゃん呼びで心がキュンと締め付けられつつも日本についての情報を与えていく。

どれくらい時間が経ったか…会話に花を咲かせ、火乃香の顔にも自然と笑顔が見られるようになり始めた。

「どうする?日本に来るか?」

「本当にいいの………?」

「あぁ」

「………よろしくお願いします…それと…日本に行く前に…村へ行きたい」

「お別れか?」

「うん…友達がいっぱいいたんだ…それに…お父さんとお母さんとお兄ちゃん達みんなに…さよならを言いたい…」

「わかった…だけどまずはしっかりと体を休めて傷を治すんだ。でないと何も始まらない」

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この三日間でどのテレビ番組もこの村の消失が主な話題だった。

火乃香を拾ったあとも次々と村が焼き払われ、一夜にして50もの町村が消えたらしい。被害はイタリアだけではなく、フランスやドイツ、果てはベルギーにまで及んだ。EUの合同捜査チームは魔族の仕業ではないかと見ている。チャンネル毎に違いはあるが、やはりどれも一環として魔族の仕業ではないかと報道している。日本でもこの事件は大々的に報道され、様々な専門家を呼び、意見を交換しているらしい。仙都木阿夜からの情報だ。

イタリア政府とヴァチカンはこの事件を受け、魔族狩りを開始した。

現在病院を無事退院することのできた火乃香は那月に付き添われながら、焼けた村が見える丘に来ていた。

当然だが、村の周囲には厳重な警戒態勢が引かれていて近づく事すら出来ない状態だったからだ。

「お父さん…お母さん…お兄ちゃん…みんな…さよなら…僕は日本に行くよ…絶対…絶対に仇は打つ…!だから…安心してね」

火乃香の鋭く睨みつけていた。

那月はなぜこんな小さな子供が憎悪に満ちた瞳を持たなければならなくなったのか…世の中の不条理さを改めて感じるしかなかった。

「別れは済んだか?」

「うん…」

「では空港に行くぞ」

近くに止めていたタクシーに乗り、今度は日本へ行くために、ミラノ・マルペンサ国際空港へと向かい、搭乗手続きに移る。火乃香が出会った時背負っていたリュックの中にパスポートが入っていたため、なんとか出国することができた。驚くべきことに、火乃香のパスポートは日本のものだった。恐らくイタリアにはビザで長期滞在していたのだろう。国籍は日本にある。火乃香の話から察するに幼少期にイタリアへ渡ったのだろう。兎にも角にも無事絃神島に到着することができた。

「火乃香、ここがお前の新しい家だ」

「大きい…」

地上150メートル以上のタワーマンションを見上げる。

そう、今、火乃香が暮らし、後に夏音が暮らすことになる南宮那月の自宅だ。

ここから全てが始まった。そして今の火乃香が作られる切っ掛けとなる第2の分岐点は約3ヶ月後だった。

 




もうちょっと続けます

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