考えてから行動に移す。
つまらない人は何事にも
得するかどうかを考えてから行動に移す
―吉田松陰―
雪ノ下の住むマンションに連れられてから一時間ほど経った。
なぜかは知らないが、ひたすら俺と丹生谷の関係を聞かれ、冷たい視線を浴びせ続けられた。
コンセプトのはっきりしない冷たい視線などから、理不尽、無情、従属という社会の基本三原則を学ぶことが出来て、俺にとっては大変ベネフィシャルな時間だった。
「それで今日はなんで集まってるんだ?」
由比ヶ浜ならゆりのんと仲良くしていたいからとか、友達だから――とかだろうが、一色はむしろゆりのんを恐れている節があるのだ。
「えーっと、今日はバレンタインイベントの開催について話そうと……」
「だからこうして奉仕部が集まっているのよ」
いや、おかしいだろ。
「おい、俺呼ばれてないぞ。一応同じ部だろうが」
「あら、ごめんなさい。忘れていたわ」
「忘れてたんだ?!」
「というかなんでまた奉仕部頼ってんだよ、自立しろ自立」
ホント、ゆりのん最近甘すぎるよ?
「本当はせんぱいを酷使…、いえ使おうと……、間違えた、お手伝いをお願いしようとしたんですけどね」
一色がキャピるんと笑顔を浮かべた。
「もうつっこまないぞ」
「ぶぅー。まあいいです。それでですね、部室に行ったら今日は休みのようで」
「ったくせっかくの休みなのになんでまた由比ヶ浜と丹生谷を見なきゃいけないんだ」
「さりげなく私入ってるし?!」
先からつっこみばかりしている由比ヶ浜を横目に、気になっていたことを尋ねる。
「なんで丹生谷黙ってるんだ?」
尋ねると、待ってましたと言わんばかりに食いつき気味に答えた。
「あんな空気入りづらいに決まってるでしょ!」
「お前、そんなこと気にするんだな」
「するわよ! 私もう帰っていい? バレンタインイベントとか私に関係ないし」
丹生谷の俺に対する呟きに、なぜかは分からないが一色が口を開く。
「いいんですか? 帰っても。私今思いついたんですよね――」
そう言うと一色は丹生谷の耳元で何かを囁いた。丹生谷は少し顔を赤らめてから、思案するような表情になった。
「分かったわ。でも私は生徒会じゃないのよ? 許可を取れなくても?」
「大丈夫ですよー。どうせ何しているか分からない部じゃないですかー? たまには活動した方が良いですし」
一色はいつの間に聞いたのか、丹生谷の入っている部活を聞いたようだ。
ちなみに俺は冨樫から聞いている。
「部活ってあれだよな。極東魔術……」
「それ以上喋るな」
丹生谷の威圧的な声に思わず黙る。
「分かったから落ち着け。それで、合同イベントでもやろうとしてんの?」
「そうよ。相変わらず変なところで目ざといわね」
「まあな、さすがになんて言われて交渉されたのかは想像さえつかないが」
「それは気にしないで!」
丹生谷の大きな声に反応するように、突然、由比ヶ浜が声を上げた。
「しんちゃん! メアド交換しよ!」
突然のことで、沈黙が起こった。
「……しんちゃん?」
一色が優しさなのか、尋ねる。
「由比ヶ浜さん、それは誰のことかしら」
雪ノ下も同調した。
「へ? しんちゃんはしんちゃんだよ! 森夏の しん と、ちゃん で」
真剣な表情、私おかしなこと言った? と言わんばかりの雰囲気だった。
由比ヶ浜に対して苦い表情になった丹生谷の確認をすると、同時に俺も良いあだ名を思いついた。
……これは由比ヶ浜に提案するしかない。
「おい、それセンスなさすぎるだろ」
「え、そうかな……」
「ああ、どうせならひねった方がいいぞ」
「それは分かってるんだけど……。うーん」
「例えば、夏の部分を英語に変えたり、森をもりって読み方を変えてみるとか」
言うと、由比ヶ浜が「うう、えーっと……」と唸り始めた。
「……分かった! もりさ――」
少し時間はかかったが意味が通じたようで由比ヶ浜が言いかけた。
だが丹生谷に口元を塞がれ、妨げられた。
「由比ヶ浜さーん? 比企谷が何言っているのかよく分からないけど私のことは丹生谷で良いわ。分かった? 丹生谷よ、丹生谷!」
由比ヶ浜は、必死の抵抗を続けている。
「丹生谷先輩、落ち着いてください」
「丹生谷さん落ち着いて!」
「落ち着けもり――、ぐはっ」
「あんた、次言ったら――」
「分かった、ギブギブ!」
丹生谷に羽交い締めにされて、そうそうのギブアップ。
俺はドSでも、ドMでもないので、この状況は全くうれしくない。
……というか死ぬかと思った。
× × ×
結局、あの後は丹生谷が話を通してみるということで終わりを迎えた。
俺も羽交い締めで終わりを迎えかけた。
……というか慣れてたぞ、あいつ。
気づくと日も傾いて、帰宅を急ぐ時間になっていた。
「ばいばい」
由比ヶ浜が振った手を合図に、皆口々に別れを告げて、外に出た。
二月相応の寒さに思わず身震いする。
由比ヶ浜と一色は泊まっていくようで、雪ノ下と一緒に戻った。
「丹生谷、送るか?」
「別にいいわよ、離れてないし」
「そうか」
「……意外と優しいよね、比企谷って」
丹生谷は突然、優しそうな表情になった。
俺はどう返していいか分からなくなり、あえて開き直る。
「ああ、俺は人間性も素晴らしいからな」
「それはないわよ」
「……そうか」
沈黙が流れて、どちらからか帰る方向に向かう。
俺が左で、丹生谷が右。
丹生谷が「またね」と手を振って、俺はそれに返して歩きだした。
中学のころに、自然と感じていた喪失感を、今取り戻した気がした。
久しぶりにまともな終わり方(笑)
前回あまり来なかったので
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