上手な役者が乞食になることもあれば
大根役者が殿様になることもある
とかく、あまり人生を重く見ず
捨て身になって何事も一心になすべし
―福沢諭吉―
今日は最悪だった。
理由はもちろん、比企谷に会ってしまったこと。そして、あの辱め。
だが、嫌いな訳では無い。
比企谷は、私の中二病暗黒時代の知り合い、というか唯一の友達だった。
否、私が一方的に絡んでいた。
それでも、ほとんどの時間を一緒に過ごしてくれた。
あと七宮も。
そういう理由があって比企谷のこと、七宮のことが大好きだった。
無論、比企谷は友達としてだ。七宮も、同じだ。
ただ三年生になってから自然と距離は広がっていった。受験もあったが、なにより私の中二病卒業、そして男女間の友情は成立しない、と聞いてしまったからだ。
クラスメイトの何気ない会話から聞こえた言葉。
実際、その女子は前から仲良くしていた男子と付き合っていたわけで、説得力があった。
そのことをわざわざ肯定しようと思わなかったし、躍起になって否定しようと思わなかった。
だから自分の感情の赴くままに、私は流された。
それが原因で妙に意識してしまい、関係は自然に消滅した。
それに七宮智音のことが頭の中にあったのも事実だった。
そんな理由で、というか私の黒歴史を知っている人物の中で一番会いたくない奴だった。
――比企谷八幡、あの辱めは絶対に許さないから。
× × ×
丹生谷と会ってからまた数日経った。その間に一度、冨樫に会ったが、開き直ったようだった。
隣にいた現役中二病患者、小鳥遊六花は終始興味津々で、冨樫のダークフレイムマスターとしての力が復活したのか? と横にいた凸守なんとか、と盛り上がっていた。
さらに丹生谷に俺のことを聞かれたようで、転校前のこと、など厳しい尋問にあったそうだ。
だが、冨樫は俺の中二病について語ることなく黙っていたらしい。
ありがとう、冨樫。バレたら終わりだった。
俺は心の中で冨樫に感謝すると、アナウンスを聞いて、電車を降りた。
駅を出て自宅に向かう。
考えて見たら丹生谷とは同じ中学で、お互いに自転車登校だった。
つまるところ、駅から家までの帰路で会ってしまう可能性があるのだ。
そんな事態は回避しなくてはならない。早く家に帰ろう。
「あれ、せんぱーい。なにしてるんですかー?」
ふいに、耳に聞きなれた声が入って反射的に振り返ってしまう。
背後に立っていたのは、一色、雪ノ下、由比ヶ浜。
「なんでってここ俺の使ってる駅……。というか住んでるところなんだけど」
「へえそうなんですかー。私たちは今から雪ノ下先輩の家に行くんですよ。せんぱいも来ますか?」
一色は、聞いた割にはさほど興味無さそうだった。
「いや三対一とか無理だから」
すると、雪ノ下が嗜虐的な笑みを浮かべた。
「そうね、比企谷くんを誘うのは辞めておきましょう。ヒキガヤ菌がマンションに蔓延してしまったら大変だもの」
マジでドSだな、こいつ。
「ああ、だからやめとけ。ヒキガヤ菌はバリアも突き破るからな」
まったく、どんだけ強いんだ。ヒキガヤ菌。
「そんなに強いんだ?!」
「由比ヶ浜いたのか」
「いたのかってどういう意味だし!」
「そのままの意味だ。もっとわかりやすく説明した方がいいか?」
「バカにすんなし!」
バカにしてないんだけどなー、と返しかけて、やめる。
バカにしているからだ。
「ところでせんぱい……」
突然一色に呼ばれて、俺は短く「どうした」と返す。
すると一色が電柱の方を指して呟いた。
「あの人、電柱の影から見てます」
「……もりさまーって呼んでみろ」
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