しかし、愛することを怖がっていたら
何も得られない。
―バーバラ・デ・アンジェリス―
『由比ヶ浜……』
『えっ? ヒッキーから電話!?』
六時からと言われても、凸守の家が分からないので、仕方なく由比ヶ浜に電話する。
すると、一コール目で出た。
『で、今日のあれなんだが』
『あー……、あれ? あれがどうかしたの?』
お互い言葉少なに尋ねる。
あれれー? 「あれ」だけで伝わるなんてコナンくん大活躍だな。
『凸守の家が分からん』
『あー、そっかあ……』
率直に聞くと、由比ヶ浜は納得したようだった。
……そうじゃなくて教えて欲しいんだけど。
まあ、由比ヶ浜の気持ちはわかる。
日本人としてはどうしても一拍置いてしまう。
hmm……。あ、外国人も使うわ。
『あ、ごめん! 分からないと行けないよね……。ゆきのんは今日一人で行くみたいだから……、だから二人きり、と、いうか……』
由比ヶ浜の言葉が尻すぼみになっていく。
更に途切れ途切れで完璧には理解出来なかった。
だが雰囲気でわかる。
『そうだよな……、悪いな俺なんかと二人で……』
でも行かなきゃ行けないんだ!
魔王、間違えた、陽乃さんの命令なんだ……。
『い、いや! 全然! むしろ嬉しいというか……。あ、いや何でもない!』
『お、おう』
何こいつ。俺のこと好きなの?
『じゃあ五時半にいつもの駅ね!』
『おう……。分かった……』
由比ヶ浜の勢いに、しどろもどろに返事をすると、通話はそのまま切れた。
「ふう」
俺は一つため息をつくと、ソファに寝転んだ。
あと一時間半、何しようかな。
× × ×
「あ、ヒッキーこっちこっち!」
駅に着くと、由比ヶ浜がこちらに手招きしているのが見えた。
恥ずかしいからもう少し控えめにしてくれませんかね……。
「おう。って早いな。まだ十五分前だぞ」
「えへへー。早く来た方がいいかなって!」
……やべ。なんか可愛いぞこいつ。
由比ヶ浜は一息つくと、口を開く。
「じゃあ、行こっか」
「おう……」
言いかけて、気づく。
「由比ヶ浜」
由比ヶ浜は俺が呼ぶときょとんとした顔でこちらを見る。
「ほら、これ」
俺は言いながら、ラッピングされた袋を渡す。
「え?」
更にきょとんとした顔になった由比ヶ浜は、説明しろと促すように目を合わせてくる。
「えっと、そろそろだろ? 誕生日」
あれ? 俺、かっこよすぎね? 中学の頃にやってたら「プレゼント押し付け谷」って名付けられて、俺の噂が学校中に蔓延るわ。
やだ、なにそれ。俺可哀想……。
由比ヶ浜はぽかんと開けていた口を閉じると顔を赤らめながら受け取った。
「……ありがとう、ヒッキー……」
「おう……」
由比ヶ浜の殊勝な態度に、うまく答えられなくなってしまう。
俺はそれを誤魔化そうと口を動かす。
「ほら、行くぞ」
「うん。そうだね。行こっか」
そのまま由比ヶ浜が先に歩き始めた。
すると突然、こちらに振り向く。
「ありがとね! ヒッキー!」
満面の笑みを浮かべる由比ヶ浜を見て思う。
公衆の場で、ヒッキーはやめてくれ……。
俺は恥ずかしさと何とも言えない面映ゆさを振り払うように、駅に向かって走り出した。
あ、そう言えば由比ヶ浜、プレゼントの中身見てなかったな。
……今年は人間用のチョーカー買ってやったぞ。
買うの滅茶苦茶恥ずかしかったけどな。
× × ×
午後五時半頃。
私はさっさと一年の家に向かおうと、駅に向かっていた。
そう、あの比企谷と同じ駅だ。
私は飲み物でも買おうと、自動販売機に向かう。
不意に見知った顔が目に入った。
……比企谷?
あの腐った目は見間違えるはずがない。
見ると、比企谷は誰かを探しているのかきょろきょろと視線をさまよわせている。
私は声をかけようと、素早く飲み物を買うと、踏み出した。
だがそれも数歩で止まる。
目の前のことを、逢瀬と言うのだろうか。現れたのは由比ヶ浜さんだった。
陰から静観する。
見ていれば見ているほど、仲良くしていたりしているのが少し気に入らなくなっていった。
ふと時計を見ると、時間は良い感じになっていた。
そろそろ行くか……、とベンチから重い腰を上げると、不意に比企谷が由比ヶ浜さんに何かを渡しているのが見えた。
由比ヶ浜さんは幸せそうだ。
やっぱり由比ヶ浜さんも……。
私は考えを払拭するように走り出すと、先に二人が消えた駅に向かった。
× × ×
「よく来たデス!」
凸守の家に招き入れられると、凸守が仁王立ちで立っていた。
何か真っ黒なドレスとか来ているんじゃないかと思っていたが、意外なことにパーカーとショートパンツだった。
「それで、今日はどうして私を召喚したのだ!」
小鳥遊が先を急がせるように、言うと突然、破裂音がなった。
見れば、皆、クラッカーを持っていた。
何やってんのこいつら……。
直後、天井から垂れ幕が降りてくる。
『小鳥遊六花バースデーパーティ』
達筆に書かれた紙の端には、小さく『デス』と書かれていて、誕生日会に死んじゃうのん? と思ったがどうやら違うようで、皆明るい。
小鳥遊に目をやると、驚きのあまりなのか固まっていた。
「わたしの……? ……自分の誕生日忘れてた……」
相当驚いているようだ。
中二病も抜けてしまっている。
ついでに俺も驚いている。
ちらと陽乃さんを覗き見ると、俺の視線には全く気づいておらず、とてもにこやかだった。
……初めて見たな。こんな表情。
「さあ! 祝お! リッカちゃん入るよ!」
由比ヶ浜の言葉を皮切りに、それぞれが家内に入っていく。
俺もそれに続く。
もはや大聖堂とも言えそうなリビングに入ろうとすると、後ろで控えめに歩く丹生谷が見えた。
どこか元気がない。声をかけるべきだろうか。
だが丹生谷は何も悪くないのに自然と距離感を覚えてしまい、俺は何も見なかったかのようにリビングに入った。
同時に、前から声がする。
「どうしたのー? しんちゃんも早くきなよー!」
× × ×
午後も九時を回ると、少しずつ疲れの色が見えてきた。
大学生になった五月七日先輩は、少し話をして寝てしまっている。
ふと周りに目をやる。
今日初めて会った一色誠は五月七日先輩から離れず、冨樫も小鳥遊から離れない。
総武側の一色は眠そうな目をあざとく擦り、由比ヶ浜は相変わらず元気だ。
雪ノ下姉妹の険悪な雰囲気は、珍しくなりを潜め、主催者の凸守は小鳥遊と中二病ワールド全開だ。
……ていうか陽乃さんはなんで凸守と繋がりがあるの。
不意に丹生谷と目が合った。
だが間もなくお互いに視線を別のところにやる。
同時に、耳に刺さる声がする。
「Van!shment Th!s World!」
またか……。
もう何回目だよ、バニッシュメントするの。
見れば小鳥遊と凸守がポージングをとり、それに冨樫も参加している。
……幸せそうだな、皆。
まあ、俺と丹生谷を除いて、だが。
ったく。なに? 二ブったら言いたいことあるなら言ってよ。
言わないと分からないことってあるよ……。
いつものようにふざけたことを考えていて、ふと我に返る。
――言わないと分からないこと。
これは以前、由比ヶ浜に言われたことだ。
あの時俺は、言っても分からないこともある、なんて返しをした。
だがやはり言わないと分からないことの方が多いのかもしれない。
言った気になって、とか、分かった気になって、とかそんなものは、おためごかしのお道化に過ぎなかった。
なら俺は、俺と丹生谷は、言うべき言葉を伝え、分かり合うための歩み合いをしなければいけないのではないか。
そう考えると少し面倒だが、面倒な俺の人間関係だ。
たまには頑張らなければいけないな。
× × ×
「そろそろ解散しましょ?」
時計の短針が十一を刻む頃、その声は陽乃さんからかけられた。
「そーですねー……」
一色がスマホで時間を確認するとそれにつられたのか皆同じ動作をする。
「はっ! これは闇夜が世界を包み、わたしの邪王真眼が全てを見極める時! エンペラーデッドアイタイム!」
「そろそろ帰るか」
「勇太! 無視しないで!」
「はいはい」
冨樫は軽くあしらうと、俺の方へ来る。
俺の訝しむような視線に対して、冨樫は困ったような笑みを浮かべている。
「悪い、比企谷。俺の家と丹生谷の家、あまり近くないから送っていってくれないか」
「あ、ああ……、まあ、問題ない……」
訥々と言うと、冨樫はまた「悪いな」と呟いて、丹生谷の元へ向かった。
……おいおい、マジかよ。距離感を覚えてるのは俺だけでお願いします。
「じゃあ帰りましょ」
最初とは違い、陽乃さんの声を皮切りに、俺たちは帰宅の途についた。
――丹生谷とは一言二言話して、後はずっと無言だった。
まだもう少し続きます。許してください。