何びとにも出来ることではない
同時にまた、自己を告白せずには
如何なる表現も出来るものではない
―芥川龍之介―
「うう。私、これ苦手……」
小鳥遊が冨樫に目の前を指さして、呟く。
「意外だな。六花、ジェットコースター苦手なのか?」
「うん……、はっ! 苦手じゃない! 全然余裕!」
「無理しなくていいから。なんなら一緒に休むか?」
そう言うと冨樫はそのまま頭を撫でる。
小鳥遊は少し顔を赤らめ、身を委ねている。
「……行ける」
「そうか? じゃあこのまま並ぶぞ?」
「うん。勇太がいるから」
小鳥遊の言葉に、今度は冨樫が顔を赤らめた。
全然羨ましくない俺は冷めた目で見ていた。
否、未来永劫変わることない腐った目で見ていた。
未来永劫変わらないよっ☆
……正直ジェットコースター程度で何言ってんだこいつらとも思うし、何が勇太がいるからだとも思うし、リッカちゃんかわいいとも思うし、爆発しろとか全然思ってないよ。
ホント、羨ましくない。
気づくとジェットコースターの乗り場まで来ていた。
いや別に、嫉妬で意識が遠くに行っていたからとかそういう理由で時間の流れを早く感じたわけじゃないから
乗り込む時に気づく。
俺と丹生谷先頭じゃん……。
丹生谷と一緒になったのは単なる偶然だ。
ただやはり先頭のイメージはあまり良くない。
実際乗ってみるとどこも変わらないように思えるが、その前の恐怖が違う。
というか寧ろ最後尾の方が怖いように思える。
ふぇぇ……、怖いよぉ。
ふと振り返ると、全員乗っていた。
今回は全員一斉に乗れるようだ。
係員さんの声を合図に徐々に動き始めた。
発車! というタイミングで不意に後ろの声が耳に入った。
「ゆ、勇太! やっ、やっぱり怖いから手繋いで!」
きっと二人して顔を赤くしてもじもじしてるんだろーなー。
…………………やっぱり爆発しろ。
× × ×
「きゃああ!」
誰の声か分からぬ叫声が聞こえた。
というかさっきからずっと聞こえてる。
丹生谷? 叫んでるよ当然な。
本当に丹生谷の声か分からんが。
俺もそれなりに叫んではいるが、すぐに掻き消された。
ジェットコースターが発射してからどれくらい経ったのか。
発射した時は冨樫にどう恨みを晴らそうかと考えていたが、同時に突然、丹生谷に手を握られて……、いや割愛しよう。
まだ一分も経っていないだろうが、今の俺には一秒を数えるのも地獄だ。
目の前にまたハードなコースが見える。
ぐるりと一周した後は水……?
ここで俺の意識はプツリと切れた。
× × ×
ジェットコースターを降りるとふらふらになった俺と小鳥遊がベンチに残された。
冨樫に訝しむような視線を送られたが気づかないふりをした。
安心して! 中二病には興味ないよ!
それにさっきからお互い無言!
俺は沈黙になれているのでなんとも思わないが、小鳥遊は違うようだ。
「エレキテルプロトコルコードがきた」と言うと、慌てた様子を見せ「すまない。天使を討伐に行かなくてはいけなくなった」と訳の分からないことを言いはじめた。
俺が「嘘だろ」と呟くと小鳥遊は「どうして?! ……さすがダークフレイムマスターの仲間!」と返す。
俺はそれを見て、中学の時に丹生谷の面倒を見たのを思い出した。
昼休みや放課後、あいつは必ずやって来て延々と語るのだ。設定を。
ちなみに無視すると、拗ねる。
こいつも拗ねるのかな。
「あ! 勇太!」
また小鳥遊の声がして、示す先に視線を送ると全員こちらに向かってきていた。
「六花、悪いな待たせて」
「小鳥遊さん暇だったでしょ?」
「六花ちゃんごめんねー」
皆口々に心配していたことや悪かったと思っていると伝えてた。
明らかに俺と小鳥遊が待たされて当然なのに、そう言うのが彼女たちの人間性を表しているのかもしれない。
社交辞令かもしれないが。
まあ問題は、小鳥遊のことしか心配してないことだ。
皆、俺が視界に映らないのだろうか。
それとも映らないように……? やだ、なにそれ悲しい。
「ところで比企谷キン、間違えた比企谷くんは?」
俺のひとり劇場を突き破った声は勿論雪ノ下だ。
こいつ、ゆりのんから絶壁ノ下に変えておこう。
言い返そうとするとパンパンと手を叩く音が聞こえて、黙る。
「ほら、ここまでにして次行きましょ! まだ五つは乗れるわ! ジェットコースター」
丹生谷が声高らかに主導権を握った。
確か委員長だったな。
……学級王だっけ?
そんな痛い名前だけど、丹生谷は気に入っているようだ。
それに全部ジェットコースターだけは勘弁して欲しいが、楽しそうな丹生谷を見ると、あと少しだけは乗ってやるか、と悪意なくそう思った。
× × ×
「いやあ、楽しかったね!」
「小町、皆さんと遊べて嬉しかったですぅー」
由比ヶ浜が大きな声で振り返り、小町もあざとく参加する。
「そうね」
「そうですねー。せんぱいが怖がりだったのは意外でしたけど」
雪ノ下が賛同して、一色が俺を揶揄する。
「あれは仕方ないだろ」
……というか出口から出てすぐに背後取られるとか誰だって怖いだろ。
本能的な恐怖だ。
「楽しかったデス!」
「そうだね〜」
相変わらず凸守は元気で、相変わらず五月七日先輩の声は脱力する。
太陽が完全に沈み、園内を人工の灯りが照らすようになった。
月が自身の明るさを強調し始め、辺りは段々と冷え始めた。
閉園時間が近づくと、皆、自然と出口に向かっていく。
最後の乗り物が出口から一番離れていたので、流れに続いたこのグループは、今日の感想や自分の学校の話で盛り上がっていた。
二つに分かれたグループを見ると、今日一日でどれくらい、どの人の親密度が変わったかが分かる。
グループは小町や凸守、五月七日先輩を除いて大体が総武と銀杏学園に分かれて歩いていた。
勿論、俺は手持ち無沙汰に一人で歩いていた。
……唯一の男子は彼女を背負うことに忙しいようだしな。
凸守が少し羨望の眼差しを冨樫に送っていた。
私もおんぶしろデス! か、マスターを勝手に連れていくとか、けしからんのデス! とか言ってるなあれ。
小鳥遊が何かを落とすのが見えた。
だが誰も気づいていない。
近づいて拾うと、冨樫とのツーショットだった。
冨樫も、小鳥遊も仮装してる。
文化祭の時とかのだろうか。
俺は羨ましいとか思わないので、凸守にそれを渡すと、ぐぬぬと悔しそうだった。
冨樫は問い詰められていた。
俺はまた一人離れて下を向きながら歩いた。今の心情と同様に。
前に視線を戻すと、総武サイドの由比ヶ浜がテリトリーを破壊して、丹生谷に何か耳打ちしていた。
丹生谷の顔が赤くなるのが遠くからでも見えた。
由比ヶ浜もにこにこだ。
そこから自然とグループは一つになる。
俺は相変わらず一人グループだが。
何気なく、天を仰ぐ。
そして、ふと思い出す。
最近、丹生谷との距離を測りかねていることを。
丹生谷はバカだし、相も変わらず中二病やってるし、攻撃的だ。
でも時々優しいし不思議なやつだ。
――だからこそ測りかねる。
由比ヶ浜の時と同様だ。
成長したようで、していない。
変化したようで、していない。
これは恐らく思い込みだ。だが、分かっていても解決出来ない。
客観ではなく主観で。
理論ではなく感情論で。
今はもう無くしてしまった信念が、また僅かに俺を蝕み始めている。
自覚はあるのに変われない。
――俺はこの事実に抗わず、踏みとどまることしか出来ないのだろうか。
先に門をくぐった丹生谷を視線で追いかける。
そして、次は問うた。
――これが正しい距離感なのか? と。
学級王は、原作。
最近文字数増えてきた。
今回のテストはもう諦めた。