私は多くを欺き、多くを傷つけ、多くを奪った。
こうして戻ってきたのは、償う為か、それとも罰を受ける為か?
今はまだわからないけれど、その時が来たのなら。
再び、全てを背負おう。
帰還を喜べたのも最初のうちだけだった。
ニーベルングの指輪、その中には真琴明日歌の意識があり、指輪をはめた者の体を操る事ができる。
けれど、それがどれ程の影響を体の主に与えるかは未だ不明、もしかしたら意識を完全に塗りつぶし、殺してしまう事になるかもしれないと考えると、明日歌は下手に指輪を使わないで欲しいと思った。
「……塵は塵へ、灰は灰へ、死者は死者であるべきかもしれません……」
指輪の装着者への影響を常時観察する為、風鳴司令との面談報告は検査室で行われる事となった。
現在はクリスの体(装者達がじゃんけんで決めた)に入り、翼とマリアにくっつかれているアスカはふと思い浮かべる。
「いきなり何を言うんだアスカ」
「このままクリスの体を私が奪ってしまったらと考えると恐ろしくて」
今、この真琴明日歌の状態を知るのは、クリス・響・翼・エルフナイン・マリア・緒川の6人だけ、最初がマリアの体であって心配をかけまいと切歌と調にはまだ知らせていなかった。
「アスカ、雪音も私も、お前に救われた、だからお前の為なら体を差し出すくらいどうってことはない」
「でももしも、もしも互いに元に戻れなくなったら、私はきっと狂って壊れてしまう」
「大丈夫、心配しないでアスカ、その時は私達が責任を持つから」
いなくなった仲間の帰還、それは生き残った者を浮かれさせるには十分だったのかもしれない。
アスカは、不安を抱えたまま弦十郎を待った。
そして彼は来た。
「待たせたな、アスカくん」
「お久しぶりです、司令……」
「何か言う事があるだろう?」
「……ご迷惑をかけてすいません」
「……はぁ……そういう時は「ただいま」だろ?」
「そうは言っても、私自体はこの帰還が不本意というか、突然で、あまり好ましく思ってないので、やはり死者は死者らしくあるべき、と」
全てを終わらせ、真実と共に闇の底に消えた筈だったのに、戻ってきてしまった。
しかも他人の体を使わなければ、言葉も意思も表せない。
「……そういう所は変わらないな、もっと君は素直になった方がいいんじゃないか?」
「自分に素直に生きてたら、こうなったんですよ」
「他人に素直になるべきだと言っているんだ」
「そうだぞ」
「そうね」
弦十郎に便乗して翼とマリアが反応し、アスカの憑依したクリスは少し困った顔を見せた。
「……それはそれとして、これからの私の扱いは、どうしますか?私の望みとしては、誰の意識や体を奪う事も無い様に、出来れば封印していただきたいんですが」
「アスカ!どうしてそんな」
「翼さん、私はですね、他人から全てを奪って生きていける程強くはありません。それにそもそも終わった筈の存在です、いくら翼さんであろうと、私の死は覆せない事実なんです」
アスカは、どうしようもなく、割り切っていた、自分が演じきったあの舞台こそ、終焉であったと決めていた。
「確かにアスカくん、君は公式には完全にもういない人間だ、しかし今もその心と意思がここにある、簡単にそれを手放す様な事は、君を信じた、君が信じた仲間を傷つける事にならないか?」
弦十郎の言葉に、アスカは何も言えず、固まる。
「当然、装者達に軽々しく君に体を貸し与える様な事をしないようにはさせる、君が命を懸けて守ろうとした者達が自分を捨てる様な事をしたら君も傷つくだろう。それはどちらも同じなんだ」
「そう……ですね」
「だから君の件は二課内部での、装者の間での機密とする。そして、まだ詳細は決めかねるが、かつての様に仲間として、友として、もう一度「ここへ帰って来て」くれ」
それはアスカを守る決まりであり、装者達を守る決まり、譲歩だ。
「………わかりました、ただ、司令の許可が無い時は絶対に、指輪をつけない様には指示しておいてください、それと、もし、私が誰かの体を奪ってしまうような事になった時は、神獣鏡を使ってください、きっとアレなら私を消し去る事が出来ると思いますから」
あすかはその譲歩を、条件付で飲む事に決めた。
「わかった。それと少しクリスの、イチイバルを展開してみてくれないか?」
「?……いえ?できませんね……歌が浮かんでこないです」
「やはり、思った通りか、恐らく君でいる時はそれぞれのギアが使えない事になる、が予備のイカロスが一基ある。もしもの為に「ニーベルングの指輪」を持つ時はセットでイカロスを持たせる事にする、上には……何とか話をつけておく」
アスカがイカロスをこの状態で使う事ができるという確信はない、けれど、出来るかもしれないという可能性もある。
今、装者達は戦いの中に居る、いざという時、アスカが居れば、ピンチを切り抜ける事が出来る可能性もある。
「そうか、君には板場くんの護衛という役目も出来るかもしれないな」
「えっ、どうしてそこでユミ……?」
突然に降って湧いた弓美の話題に首を傾げるアスカ。
「板場は、装者という扱いではあるが、今の所「神獣鏡」が反応しないんだ」
「でも一応は装者だったと言う事から狙われたりで少しね……」
そこに説明を入れる翼とマリア、それを聞いてアスカは固まる。
「私が……私がユミを危険に晒した…?」
最初に神獣鏡の装者として弓美を選んだのはアスカだ、それがイカロスを使った一時的なものでも。
だがその事実がアスカの心に楔を打ち込むには十分だった。
……私は、私の責任で、果たさなきゃいけない……
「そう、ならば、急いで、早いうちに、ユミに私とイカロスを、私は、私の責任で、ユミを守らなきゃ……」
クリスの指についたニーベルングの指輪、自分の本体を睨み付けながら、アスカはそう呟いた。
「しまった、早まったかもしれないな……」
その様子に思わず、頭を抱える弦十郎であった。