――ああ、私は負けたのか
目を覚ました翼が一番最初に見たのは立て掛けられた集合写真。
「アスカ……すまない……私はまだ……弱いままだ……」
「ようやくお目覚めか」
「雪音……」
「話すべきかどうか、アタシは随分迷ったが……やっぱり、あんただけには話しておくべきと思ってな……」
「……何を?」
「セレナはアスカ、いや……アスカの体を使って作られた人形だ……とアタシは確信している」
「なん……だと……」
クリスは翼に自分の推理を聞かせる、それはセレナの正体がアスカの遺体のもう半分を回収して作った存在だという推理。
「まず顔は見ただろ、あのメイクで隠してはいたが……かなり顔色は悪かったし、目も死人のソレだった」
「仮面もそういう事か……」
「次に声、本人としか思えないあの声にも説明がいく」
「くっ……」
「最後に……そういう聖遺物があってもおかしくないという事だ、敵は仮にもフィーネを名乗る者、シンフォギアまで使ってきたんだ……」
割と的を射た推理に翼は沈黙する。
「ただ、それだけじゃない……あんたはセレナの歌から感じるモノがあっただろ」
「……ああ……」
「あいつの……アスカの心も、残っている可能性がある」
歌は心で歌うモノだ、心無き人形には歌えない。
「だからアタシは確かめるつもりだ、セレナが本当にアスカなのか……アスカの心が少しでも残っているのか」
クリスの言葉を聞き終えた時、翼の目には涙が浮かんでいた。
「私は……怒りに囚われてそこまで思い至らなかった……ただアスカの姿をしてアスカの声で世界を敵に回すような事を言ったセレナを許せない思いに支配されていた……」
「……あんたの気持ちはわかる、痛いくらいに……けどこれは同時にチャンスかもしれない……アスカを取り戻すチャンスだ」
翼を慰めていたクリスの雰囲気が変わる。
「アスカの心が残っていて、ただ操られているなら操る方法を奪っちまえばいい……そうすればどうだ?アスカがアタシ達の所に戻ってきてくれるんだぞ?」
そんなかなりアウトな計画を語るクリスの目はかなりマッドな感じだった、それこそフィーネも草葉の陰でドン引きするくらいに。
「それでアスカが戻ってきてくれるのか……?本当に?」
「わかんねえ、が可能性は0じゃない……もしダメだったとしても……アスカをちゃんと墓で眠らせてやれるんだ……損はねえよ」
「……ならば、いつまでも寝ている訳にはいかないな」
「だが、これは他の奴らには内緒だぞ、若干不味いとアタシも内心思うくらいだしな」
「わかっているさ」
こうしてクリスと翼、二人だけのアスカ奪還計画が始まった……。
そして……
――ヤバい……かなりヤバい事を聞いてしまったっていうか翼さんとキネクリさん病んでるー!?助けてマッキー!
見舞いに来たが故に哀れにもその冒涜的な計画を偶然聞いてしまった弓美の明日はどっちだ!
――――
「よーしよし、いい子です」
その頃、セレナはネフィリムをあやしていた。
完全聖遺物の正規起動と制御は歌やフォニックゲインを介さねばならない。
かつてネフィリムを起動した際は誤った手順で起動した為に『マリアの妹のセレナ』が犠牲となった。
同じ轍は踏まない、今度のセレナはうまくやるでしょう。
ネフィリムは聖遺物を食べて成長する、しかし何でもかんでも食わせる聖遺物の余裕はない、かと言って食わせないとネフィリムは暴れだす。
なのでフォニックゲインでネフィリムの飢えを満たす、とされている。
そしてそのフォニックゲインを与えているのがセレナであるが、ここで一つ周囲は誤解していた。
「ははは、もー舐めないのー!甘えん坊ですね」
フォニックゲインは確かに与えられている、だがネフィリムは『セレナを構築する聖遺物』を舐め取る事で、飢えを満たしていたのだ。
「天使セレナ、ネフィリムを完全に制御しているとはこの僕の目をしても見抜けなかった……」
「凄いでしょう、セレナは」
「そうですね、セレナは凄いですね……マイクを渡しておきながらセレナが演説を始めてしまい、呆気にとられていたあなたとは大違いです、フィーネ(笑)」
「くっ、別にいいわよ……私はセレナがいるだけで幸せだもの」
それを微笑ましく見守るのはウェル博士とマリアだ。
「見た目の割にネフィリムはかわいいですねー」
はっきり言ってアスカの状況は飢えたライオンの前にいるウサギだが、平然としている辺り危機感が足りないのか、スゲーウサギなのか……。
フロンティア計画、のんびり進行中。