――とうとう日本に帰って来ました、本当にマリアさんには悪いんですが私、実家に帰らせていただきます。
などとチョロいアスカに言える筈もなく、辿り着いたライブ会場。
若干プルプルと震えているのはマリア、これから始まる自分達の『運命』を前に、武者震いではなく本気で躊躇と不安を抱いている。
「大丈夫?ねえさん」
「大丈夫……大丈夫よセレナ……」
このまま事を起こさず平穏無事にライブを終わらせて、日常を続けたい。
だけれど月が落ちてしまえば世界が無くなって、セレナも自分も消えるだけ。
――そうだッ!何故私はセレナに仮面を被せた?それは世界を救った後にセレナが咎を受けずに生きていける様にだろうッ!!
この計画の中で、セレナはあくまでフォニックゲインを増幅させる為に共に立って貰うだけで、決して戦う事はない、戦わせる事はない、そしてその仮面を脱がせる事もない。
計画が無事に成就し、全てが終わった後に、その役目を終えてテロリストとして『処分』されるのは『マリア』一人だけ、『セレナ』や切歌、調は平和に過ごせる様に、マリアは全てを背負う覚悟を決める。
――だが……
「大丈夫だよ、ねえさん……私は何処へも行かない」
セレナの、優しい笑みがその覚悟を確固たるモノにする。
「そうね、共に行きましょう……世界最高のショーの幕開けを見せつけましょう」
マリアの震えは止まった、迷いは消えて、足取りはしっかりとしたものとなる。
こうして『祝福』へのカウントダウンが始まる。
たった一つ……この計画を誰一人セレナ(アスカ)に伝えていないという問題を残して。
――ヤバいです!『世界のセレナ』とかなっちゃったらどうしましょう!?真琴アスカに戻れなくなってしまいます!?
訂正、バカ一人が事の重大さを勘違いしているのも問題だった。
セレナ、もとい真琴アスカ、フロンティア計画の全貌を未だ知らず。
――――
「よく来てくれた、今日はいい……いや最高のライブにしよう」
「そうね……風鳴翼、今日はお互い全力で行きましょう」
最初で最後の顔をあわせての打ち合わせ、ドヤ顔のマリアと仮面のセレナ、笑顔の翼。
「………」
――ヤバい、いざ翼さんを前にしたら何を言っていいのかわからないです!
「えっと……セレナ…でいいのか?」
「ああ、セレナは私達以外と接する事が少ないし、赤面癖とひどい人見知りもあるから……でも心配は無用よ、歌い出せば凄い、自慢の妹なの」
滅茶苦茶胸をはって自慢気に言うマリアにアスカはハッとして何か伝えねばと言葉を絞り出す。
「えっ……あっ……そう……そうです、アス…か…明日の為に歌いましょう……翼さん」
妙な所で臆病になってテクニカルなセリフが飛び出すアスカ。
「……明日の為に歌う……か」
「そうです、今日より明日、例え過ぎた時が戻らず、今、希望がなくとも……明日、明日にはきっとあると信じて今日を生きて歌うんです」
更に極めてテクニカルなポエムが飛び出した、困った時の脳死ポエムはアスカの持ち芸の様なものである。
――というか気づいてません翼さん!私です!アスカです!あなたの大事な仲間です!
「……そうだな……アスカはもういない……けど私は進んでいかないといけない……いやすまない、つい『居なくなってしまった』友を思い出してしまってな……」
セレナ(アスカ)のポエムに寂しそうに笑う翼、その反応に仮面の下で凍り付くアスカの表情。
「死んでないです」
――生きてっから!目の前に居るから!気づけ!ナイチチ!防盛!
内心暴言を吐くアスカ。
というか既に日本にいるのだから自分から暴露すればいいのに、それをしないのは何故か?
それはマリアへの情が邪魔して非情な真実を暴露するのが怖いからである。
「死んでいない……?」
「そうです」
――オラッ気づけ!気づきなさい!たった一人の私に!!
故に翼にそれを暴露させようというのだ、とんだ畜生である。
「そうか……!そうだ……!」
「そうです」
――目の前にいますよホラホラホラ!
「例えいなくなっても、その存在した証拠は確かに残る……そうだなアスカ……セレナ」
「そうです、世界は居なくなった者を忘れません」
――ようやく気づいて……ん?んん?
ごく自然に返答して、アスカは気付く。
――何故アスカ(自分の名)の後にセレナ(今の名)を呼んだ?
「ああ……すまない……アスカとは……『今はもういない』……大事な友の名だ……」
「そう……風鳴翼、あなたも大事な者を失った痛みを背負う者なのね……」
「だが友がくれたモノを背負って、私自身の夢を背負って私は歌女として、舞台に立っていくのだと…………ありがとう、セレナ」
「え……ええ」
なんかいい感じの話にまとめられ、しかも自分が死んだ扱い、アスカは死んだもういない。
――かざなりつばさああああああああ!!あなたの耳と頭は飾りですかああああ!!
自分のやらかしは棚にあげ、内心激怒するアスカ。
――もう知らない!大事な友に気づかない防人なんか知らないもん!だらしない生活を暴露熱唱してやるもん!
とはいえやる事は非常に小さい、完璧に拗ねて悪口を撒き散らす子供レベルである。
こうして打ち合わせは終わった、後は本番である。