「僕が負ける……負けるか……」
ネフシュタンの鎧は亀裂を修復するが、アリーの胸から流れ出る血は止まらない。
「思えば随分殺してきた、なら殺されもするのも当然…だが……只で死んでやるつもりはないよ……」
ゆらりと立ち上がる姿はまるで死神、戦争狂の女傭兵はうわごとのようにそう呟くと。
「―――」
奏でるは命を燃やす最後の歌。
「まずい……ッ!」
「あの歌はッ!?」
翼達が慌てて距離をとるのとガングニールの絶唱を唱え終わるのはほぼ同時であった、アリーは文字通りネフシュタンもろともに『燃え上がり』確りとした足取りで立つ。
全てをエネルギーに変える『最終特攻(ラグナロク)形態』それがアリーの絶唱である。
エネルギー負荷から稼働可能時間は1分と少し、しかしネフシュタンさえもエネルギー元としている為に最後には特大の爆発を引き起こす。
「相手をしてはいけないわ!早く離れなさい!」
それを直ぐ様に見抜いたフィーネは、ちゃっかり回収したソロモンの杖でノイズを壁として呼び出しながら叫ぶ。
「一人ぼっちは寂しいんだ……君達もこっちへ来なよ!」
しかしノイズ達は溢れ出るエネルギーによって直ぐ様燃え尽き、まるで役に立たない。
「くっ……縫う影がないッ!!」
翼はアリーを影縫いで足止めしようとするが凄まじい光源となったアリーには影がない。
その立ち止まった一瞬が命取りだった、地獄の炎を纏った無双の一振り(ガングニール)の突きが翼のすぐ目の前に迫った。
「翼さんッ!!」
響が叫び、クリスが目を覆い、フィーネが苦々しげな顔をする。
――ここで終わるのか
感覚が研ぎ澄まされ思考だけが周囲より早く流れていく、脳裏を駆け抜けていく記憶、走馬灯。
そして訪れる痛みを覚悟した翼を横からの凄まじい衝撃が襲う。
――死とは感覚すらもおかしくなるのか?
ゆっくりと傾いていく視界、だが一瞬遅れて気づく。
――あの一撃は突きだった筈だが……何故私は横に倒れている!?
ゆっくりと舞い散る赤い血の玉と装甲の欠片、『翡翠色の結晶』。
「翼さんは私が……」
ゆっくりと流れる時間の中で視線を動かす、見たくはなかった、知りたくはなかった、それでも。
「守ります」
腹部から下を吹き飛ばされたアスカが微笑んでいた。
「やっぱり綺麗なモノだね……命の火が消える時って奴はッ!」
一人仕留められたとアリーは満足げに笑う。
「あなたは間違っている……」
イカロスの飛行ユニットが火を吹き、アスカは体当たり気味に半分だけの体で燃えるアリーの体にしがみつき、イカロスの無事な装甲からワイヤーが射出して、自身をしっかりと固定する。
「例え終わりがあっても、決して消える事はない」
「何っ」
「生きた証が必ず何処かに残るから」
アスカが翼を横から突き飛ばして庇い、下半身を消し飛ばされ、残った上半身でしがみつくまでたった2秒の出来事。
「あっ……あすかっ……!」
「翼さん、ありがとう」
それなりの勢いで追突した為に結構遠くまで突き飛ばされた、翼に届くかはわからなかった、それでもアスカは最後にそう呟いて笑った。
「さようなら、元気で」
そして、イカロスは熱で溶融しつつも最大出力で海へ向かって飛翔。
「アスカあああああッ!!」
翼の叫びも、伸ばした手も、瞬く間に届かない距離へとアスカは消えていく。
そして水平線の向こうで、凄まじく激しい光が広がり、同時に夜が明けた。
響は唖然とし、クリスは膝をついて俯き、翼はただ起き上がる事も出来ず声をあげて涙を流す。
「……本当に最後まで厄介ね……」
フィーネは自分も少なからず心を動かされた事に気づき、八つ当たりの様に貴重な完全聖遺物であるレーヴァテインを踏み砕き、その場に背を向けた。
ゆっくりと青くなる空だけが、そんな彼女達を見下ろしていた。