クリスが作戦前などに使っている隠れ家の一つ、ボロアパート。
そこに二人は居た。
「あれ……もしかして貴方はあの時の……」
「今さらかよ!?まあ……仕事だったんだよ、悪いとは少しは思うが……」
そこで一夜明かしてようやくクリスが自分と戦った相手だという事に気づいたアスカ、しかし別にどうするという事もなく。
「そっか、うん……それはともかくありがとう……もうあそこに帰る勇気はなかったから……」
「事情は話さなくていい、しばらくはここを使っててもいい、だが飯くらいは自分でどうにかしろよ」
目の前の少女はあのゾンビ的能力で実験台にでもされたのだろう、かといってアジトに連れ帰ってもフィーネに同じ事をされるだけだろう、何処かに逃がしてやりたいが……そこまでしてやれないし、本当ならそんな義理もない、だから居させてやるだけ。
クリスはそんな事を考えていたが実際には勘違いした翼に助けは要らんと言われて勝手に心が折れただけである。
「アスカ、私の名前はアスカ……いつまでも名前を知らなきゃ呼びにくいですよね」
「雪音、だ」
「重ね重ねだけどありがとう、きっと少しの間だけどよろしく」
装者二人、奇妙な共同生活が始まった。
翌日、アスカ不在でやや延期となった次の作戦(デュランダル輸送強襲強奪)の下見を終えたクリスが戻ってくると散らかった部屋は見違える様に綺麗になっていた。
「やることが無かったから……ちょっと掃除してました」
「ああ……うん、そうだな……」
「後、簡単なモノですけど夕飯も用意しておきました」
「あ、ありがとうな……うん」
一応、財布は持って出てたのでしばらくの生活には困らない程度の余裕がアスカにはあった。
「シチューですけど大丈夫ですか?」
「いや……大丈夫だが」
「よかったです、後はお口に合うといいんですが……」
――なんでこいつこんなにイキイキとしてるんだ!?
クリスは困惑した、いくら拾ってやったとはいえ、以前は殺しあった仲、何故こうも尽くす!?
毒見とかそんなのをすっとばし、クリスは困惑のままシチューを一口。
「うめえ……」
「よかったです」
アスカが花が咲いたかの様な笑顔を浮かべた。
「ああうまい、こんなにうまいモノは久しぶりに食べたよ……」
クリスのその一言でアスカは『落ちた』。
翼に要らん発言を喰らって勝手に虚無と化してた心が燃え上がり、クリスを『守るよリスト』に加えた。
相変わらずチョロすぎである。
「フフ……じっとしてください」
そして食べ方の汚いクリスの口を拭ってやったり、着替えを持ってきたり、風呂を沸かしたり、気がつくと最低限怪しまれない程度に維持されていたボロアパートには暖かい生活感が満ちていた。
――なんだこれ、なんだこれ
湯船につかり、クリスは考える。
――もしやこいつ、私を手籠めにしようと?いやでもあの表情はホンモノだった。
「いい湯ですね~」
後ろで何故か一緒に湯船につかるアスカの事が頭から離れない。
――というかなんでこいつも一緒に入ってるんだ
突っ込み所が多すぎて追い付かない、何よりたった1日なのに何故かフィーネの所に居た時より遥かに充実感を感じる。
そう、まるで家族――
とそこまで考え、クリスの中に悪魔的な閃きが起きた。
――行く宛てがないなら、アタシが貰ってもいいんじゃねぇか?
暖かさに飢えていた少女、雪音クリスもまた、チョロかった。
「クリス、私は下の名前はクリスだ…こっちで呼んでくれてもいい」
「そっか、じゃあクリスって呼びますね」
絆を育むのは時間、けれども例外だってある。
チョロいガールズ、瞬く間に依存状態に。
その頃。
「エージェントの報告によるとアスカくんは一応見つかった、が本人が少し時間が欲しいとの事で連れて帰らなかったそうだ」
「そうですか……アスカ……無事で良かった……」
実はアスカ、スーパーに買い出しに行ってる所を二課エージェントに発見されている、だが翼に心を折られた為にしばらく休みたいと申告、その際に「雪音さんちで世話になっている」と報告。
その辺に住んでる人だろうし問題無しとエージェントに判断されたのは特に語る事でもない。
――やっぱりクリスが拾ってたあああ!何やってるのよあの子!犬や猫じゃないのよ!
フィーネは自分の想像が現実のモノになった事に内心悶絶していた。
「それで……デュランダル護送は予定通りに?」
「ああ、これはアスカくんが居ないからといつまでも延期できる訳ではない、政治的な事情って奴だからな」
「そう、それは――」
――よし、今回は邪魔されずに済みそうね!
弦十郎から作戦続行の言質を取り、フィーネは内心ガッツポーズをとった。
しかし世の中、そううまくはいかない事をフィーネはまたしても知る事になるがそれは別の話である。
「………」
風鳴翼が心に抱えた爆弾の起爆まで、後僅か。