その破壊衝動が、捕食衝動だったなら――
ルナアタックを乗り越え、FISと名乗る新たな敵との戦いへと挑む装者達、そこに真琴明日歌の姿はあった。
同じ融合症例であり頼れる後輩である響、長く共にあった翼、そして新たに仲間として共に戦っていく事になったクリス、彼女らと並び立ち、月下でドクターウェルと対峙する。
「あなたが裏切り者だったんですか、ウェル博士」
「そうとも、そうする必要があったからそうしたまでだ!」
「その理由の是非はもはや問いません、私が望むのは死んでいった者達の報いをあなたに受けさせる事です」
ソロモンの杖輸送の犠牲者には明日歌と関わりのあった者も居た、彼はエージェントの一人、死は覚悟していたし、明日への礎となるのならと明日歌も堪えた別れ、しかしそれが全くの無駄だったとなれば、あるのは怒りしかない。
「アスカ!恨みに囚われるな!きちんと生かして捕らえるんだぞ!」
「わかってます、わかってますよ……でなければ彼は報われませんから」
ウェル博士によって使役されるノイズの軍団、しかし今更ノイズなど装者達の敵ではないという慢心が彼女等になかったといえば嘘になる。
「月の落下という未曾有の災厄!人類を救う為のフロンティア!そしてその鍵こそネフィリム!」
大地を隆起させ飛び出したのはいつかFISの拠点としていた廃病院で見た獣の様なモノ、それがクリスを突き上げて吹き飛ばし、その尾で翼を弾き飛ばす。
「そんなバケモノが何の役に立ちますか!あなたの寝言は聞き飽きました!」
すれ違い様にネフィリムの体にピアノ線の様なレージングカッターを巻きつけ、熱と圧で切り裂こうとするアスカ、しかしネフィリムの特性は聖遺物を喰らうもの、突然にエネルギーを奪われて動きの止まるアスカ。
「アスカさん!?今助け」
響が駆けて、伸ばした左手は空を切った。
レージングカッターが仇となり、勢いよく引っ張られたアスカの胴体がギア諸共にネフィリムによって食いちぎられる。
血飛沫と共に上半身と下半身に分断されて零れ落ちるアスカの体、断末魔すらあげる事のなかった戦友の姿に響の表情は凍った。
「喰らいついた!ネフィリムはこれでさらに進化する!」
ウェルの声に翼もその様を見てしまった、目の前でまた仲間を失うその光景を。
「あ……あすか………あすかぁ……」
残骸と化した仲間を貪る獣、飛び散る肉片と血とギアの欠片。
「アスカさ……アスカさぁあああああああ゛―――」
響の悲鳴は咆哮へ変わる、暴走状態へ陥ったのだ。
ネフィリムへ向かって獰猛に、凶暴に破壊と暴力を振るう響、喉を引き裂き、顎を砕き、仲間を奪った「憎い」口を引きちぎる。
「やめろォ!ネフィリムは!ネフィリムは人類救済の為の!」
ウェルがうろたえ無様に逃げ去る、あっけに取られていた翼と目を覚ましてこの状況を飲み込めなかったクリスの視線は既に響とネフィリム、そして惨たらしい肉片になった仲間に注がれていた。
そして報復の暴虐は終わる、立花響の融合症例の進行によるオーバーヒートによって。
回収チームによって迎えが来るまで、誰もが表情一つ変える事出来ず。
仲間を失ったという事実だけがゆっくりと襲ってきた。
翌朝、辺り一面に転がるネフィリムと肉片となったアスカだったものを回収チームは鎮痛な面持ちで集めていた。
「こんな死に方、していい訳がないだろ……あんないい子が……」
アスカはあまり関わる事のなく、自分達の活躍の裏でも命を落としていくエージェント達にも親しく接していた、間に合う時は命令違反をしてでも救った、誰かが死んだ時はその死を悼んだ、故に人望もあつかった。
怪物と少女、どちらの残骸かも区別がつかない肉片達を集めながら心を痛め、誰かが歌い始めた。
誰かが始めた「レクイエム」は気がつけば皆が口ずさんでいた。
するとどうだろうか、肉片達が光を放ちながら一箇所へと集まってく。
やがて形作られたのは一つの人型。
それは「少女」ではなく「女」であったが、虚ろに空を見つめるその姿はアスカによく似ていた。
コアを失って非活性化したネフィリムの残骸とアスカの体に宿っていた融合物質が活性化して同化による再生を遂げたのだ。
「あれ、私……生きている……?」
瞳に光を取り戻した女は、アスカであった。
目の前の奇跡にすぐさま驚愕の報告を二課本部へと送ろうとするエージェント達、しかし一斉に送ればそれは混乱に繋がるだろうとリーダーが彼らを言い含め、止める。
言い含めた彼は、風鳴機関の者だった。
この奇跡の情報を独占し、風鳴訃堂へもたらす事で自らの手柄としようとした。
「連絡は済んだ、もうすぐ向かえがくるぞ!また皆と会えるぞ!よかったなアスカちゃん!」
エージェント達の歓声、しかしアスカは。
――堪えようの無い飢餓感に襲われていた。
目の前の男達、それは自分達の組織の一員で、仲間で、死ぬ事も覚悟した戦士達。
自我を失いそうな誘惑、空腹感、死ぬ事を覚悟しているのなら、少しばかりいいかもしれない。
アスカの長くなった髪がまるで触手のように伸びて、エージェント達の脳を貫いた。
当然ながら手柄を得ようとしたリーダーも例外ではなく、誰一人事態に気付く事なく死に至った事は幸福だっただろう。
回収の為に訪れた風鳴機関の者達が見たのは、血の海の上で涙を流しながらニンゲンだったものを食べる女の姿。
「どうして、どうして、おいしいの、仲間だった人達なのに!どうして殺してしまったんですか……!」
屈強な男達を喰らい、空腹を満たした事で飢えから一時的に救われて、自我を取り戻したアスカは現実に絶望しながらも秘密裏に収容施設へと移された。
エージェント達の死はノイズの襲撃による者とされ、二課には秘匿され、肉片の一部がアスカの遺体とされ、葬儀が行われた。
そして鋼鉄の収容施設の中で、アスカは飢えを満たすため秘密裏に送られてきた死刑囚などを喰らい、生きた。
生きねばならなかった。
それは風鳴訃堂からの脅迫、自分が死ねばエージェント殺しの罪は家族が背負う事になるぞ、というモノ。
罰として生きる事を強いられ、日に日に衰弱していくアスカ、何度かの解剖調査などを繰り返し分かったのは人間を食べる事で異常なパワーと再生力を得られるという事。
そしてそれはアスカだけが持つ特異性であり、彼女から切り離された細胞は彼女へ戻ろうとする、つまりは他へは転用できないという事がわかった。
その頃にはフロンティア事変も解決され、ウェル博士も深遠の竜宮へと送られ、アスカの処遇に関しても議論が始まった。
やがて決まったそれは、対国連用国防暗部の設立。
二課がS.O.N.Gとして国連に貸し出される事によって発生する異端技術の流出、それによって国防が損なわれる事を防ぐ為に。
真琴明日歌に仮面を被せ、超常の力で暗躍する事を強いた。
もう食べなれたヒトの血肉、日本にとっての不利を齎すモノを食い、利と成るものを救う。
かつて歌う為にあった喉は獲物を飲み込む快楽に溺れ、その声は汚く濁り、血の臭いのする言葉ではもう皆の所へは帰れない。
そして思う、大事なヒトは、どんな味がするのだろうかと。
こんな変わり果ててしまった事に嘆く顔は、きっと舌なめずりをしていた。
最初ビッキーでやろうとしたけどぶっ殺されそうなのでやめました