学園ものパラレル 光秀×信長   作:とましの

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第9話

2月に入ると学園内が浮き足立ち始めた。その原因が生徒会主催のバレンタインイベントにあることは光秀にもわかっている。ただそのイベントが、学園全体が浮き足立つほどの事なのかと思えた。

この月城学園は男子校だが、バレンタインそのものは毎年生徒の中で行われてきた。男同士でもチョコレートを渡す者と渡される者は存在する。そしてその受け渡しなどは毎年普通に隠されることもなく行われていた。

昨年などは緋田が親衛隊からチョコレートではなくガムシロを受け取っている。それに学園で最も人気の高い伊達川は一年分のチョコレートを手にした。ただそのチョコレートのほとんどは真葉の胃袋に収められている。そして一年だった前木も可愛いだなんだと言われつつチョコレートをもらっていた。

授業を終えて職員室へ戻る途中、にぎやかな廊下で光秀は生徒に呼び止められた。振り向くと編入生の徳川がやってくる。

「来週のバレンタインイベントなんだが、学園長から特例許可はもらってきたから」

「ん?」

「教師は生徒から何物も受け取ってはならないという規則があるんだろう? それを生徒会から頼んで、特例としてイベント中は無しにしてもらった」

すっかり生徒会のひとりとなった徳川を光秀は腕を組んで眺める。

「そりゃご苦労さん。それで俺に何か頼みか?」

生徒会顧問としてできることはしてやるが、無理なことは無理だ。そう編入してきた当時の徳川には話してある。そのため今までの徳川は光秀に何かを頼むこともしてこなかった。しかし今回は何か働かせたいことがあるのだろう。

そう考える光秀の目の前で徳川がにこりと微笑む。

「イベントのルールで、本命ひとつしかチョコレートを受け取れない事になってるんだ。だから先生には俺のチョコレートを受け取って欲しい」

「は?」

今まで一度も見せなかった笑顔で、徳川はなぜか周囲に聞こえるような声で言う。そのため廊下を行き交う生徒の何人かが足を止めて徳川を眺めていた。

「もちろん俺以外に受け取りたい相手がいるのなら別だけどな」

「いやおまえ…」

「答えは当日聞かせてくれ。いま答えを出されたらイベントが盛り上がらない」

最後まで笑顔で言い放った徳川は踵を返して立ち去る。その後ろ姿を呆然と眺めていた光秀は周囲の視線に気付いて目を向けた。しかし周囲の生徒たちはそれぞれ光秀と目が合うなり顔を背けていく。

 

山の上にある月城学園は周辺に店などが存在しなかった。そのため寮暮らしをしている生徒たちが買い物をするには山を降りなければならない。

そのためバレンタインイベントが近付くと校内の売店がにぎやかとなった。生徒たちがこぞってチョコレートやその材料となる物を買っていくらしい。しかもその売上は例年の比ではないと、光秀はおっとりした美術教師から教えられる。

「それでぼくもチョコレートを買おうとしたんですけど売り切れちゃってたんですよ。あ、冷凍みかん食べます?」

にぎやかな職員室内で新任の美術教師はおっとりと椅子に座っている。その隣で採点作業をしていた光秀は差し出されたみかんに目を向けた。

「冬に冷凍みかんなのか?」

「冷凍みかんの美味しさに季節は関係ないですよ」

「あー……まぁ、そうか」

寒いという点をのぞけばそうなるかと納得しつつみかんを受け取る。冷暖房完備の職員室だがそのためか空気が乾燥していた。そんな中で食べる冷凍みかんは冷たすぎることをのぞけば美味しい。

「明紫波、何を食べているんだい?」

採点作業を中断してみかんを食べていると生徒会長がやってきた。なぜか呆れた顔で光秀の手元を見る緋田に、光秀は自然とみかんを差し出す。

「冷凍みかん、食うか?」

「いらないよ。それより真琴から何か言われた?」

顔をしかめて拒絶する緋田を前に、光秀は差し出したみかんを自分の口に入れた。

「真琴は三成の下で今回のイベントを盛り上げる方法を模索してくれてる。だから何か言われたとしても真琴を責めることはしないでもらえるかい。顧問としての責務をサボり気味な誰かよりも働いてくれているんだからね」

その誰かとは自分のことだろうと思いつつ光秀はみかんを飲み込んだ。

「責めることはしねぇけど、惚れた相手はちゃんと捕まえろよ? 徳川は毛色が珍しいからか人気あるみたいだからな」

光秀は教師らしからぬ忠告かと思いながら言葉を向ける。すると緋田はなぜか鋭い目で光秀をにらんできた。

「君の頭を開かせて思考回路をのぞいてみたいものだね。どうしたらそんなふざけた考えにたどり着けるのか理解に苦しむよ」

「は? どこもふざけてねぇどろうが。そっちこそ職員室でくらい態度を改めろ」

「君がふざけたことを言わなければ敬意を持った態度を見せていられたよ」

「しょっぱなから呼び捨てといてどこが敬意だよ。先生つけろ先生」

「残念ながら、僕は今まで一度だって君を教師として見たことがないんだ。だからそんなことはできないね」

「敬意を向けるんじゃねぇのかよ」

光秀としてはいつも通り緋田と会話をしているつもりだった。しかし場所が場所だったため周囲の教師たちが仲裁に入ってくる。

引き離され注意を受けた緋田は他の教師たちには素直に頭を下げた。だが光秀には生徒会をサボるなとだけ告げて立ち去ってしまう。そのため光秀は最後まで非礼を向ける緋田に代わって周囲の教師たちへ謝罪を向けていた。

そうして落ち着くと光秀はため息を漏らしながらみかんを一切れ食べる。

「今のは明紫波先生が悪くないですか?」

そこで隣からやや小さな声が飛び、光秀は冷凍みかんの持ち主に顔を向けた。

「変なこと言ったか?」

「緋田君は先生のことが好きなんですよ。なのにあんなことを言ったら傷付いてしまうんじゃないかと思うんですけど」

「……は?」

「ですから緋田君は…」

「いやそれはない。ないっつーか、今は違うだろ」

再び語ろうとした美術教師を制して否定の言葉を口にする。すると相手は首をかしげてそんなことはないですよと不思議そうな顔で言う。

「緋田君は今も明紫波先生の事を見てますよ」

美術の担当教諭は皆、他の教師よりも目が良いとは光秀も聞いたことがある。そのため例え相手が新任の教師だとしても、その言葉は聞き流せない。

「けど俺は」

「男の子に好意を向けられても困っちゃいますよね」

唐突に、美術教師から向けられたのは不似合いなほど常識的な言葉だった。そのため光秀はつい否定したくなってしまう。しかしなんとかこぼれかけた言葉を飲み込み奥歯を噛み締める。

するとそんな光秀を見つめていた美術教師がふわりと微笑んだ。

 

 


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