学園ものパラレル 光秀×信長   作:とましの

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第8話

冬に突入してしばらくすると一年生のクラスにひとりの学生が編入してきた。徳川真琴という生徒はフランス帰りの帰国子女で編入試験も満点という秀才である。そんな生徒が来たことで光秀のクラスはにわかに活気づいた。

そしてもう一ヶ所、徳川の存在は生徒会もにぎやかにさせる。

学生たちが楽しげに学生生活を送ることは光秀も願うところだった。そのため徳川が生徒会へ半ば強引に参加させられていることも黙認する。生徒会に参加することで中途入学の徳川がこの学園に馴染むことができればそれで良い。

そう本心から思っているのだが、どこかできしむ音が聞こえた気がした。

徳川が生徒会に参加することは問題ない。生徒会役員たちも、社交的ではないらしい徳川を暖かく迎え入れている。それに関しても何も問題はないはずだ。

授業を終えて生徒会室に入った光秀は楽しげに談笑する生徒たちを目にした。珍しいことに理科室の主まで

生徒会室にいて何やら書類に目を通している。

そんな石黒の脇で、生徒会長が徳川に笑顔を向けていた。

「真琴、もうこの学校には慣れたかい?」

「それなりに」

愛想に欠けた編入生は緋田の問いかけにも端的に返す。しかし緋田はそんな徳川へにこやかな表情を向けてさらに言葉をかけていた。それを眺めていた光秀は自然と踵を返して生徒会室を後にする。

 

緋田は気まぐれな性格というわけではない。しかし彼のファンたちの言葉を借りるなら、少なからずこちらに好意があったのだろう。だからこそ脅迫めいたやり方で関係を持とうとした。けれど何かのきっかけによって緋田はこちらに飽きた。

本当にあの年頃の考えることはわからない。光秀はそう思いながらこぼれるため息に顔をしかめた。

「先生、いま良いですか?」

廊下を歩いているところを生徒に話しかけられて足を止める。目を向けた先で自分の受け持ちの生徒が問題集を手に立っていた。

「質問か? けどそれ生物の問題集だろ」

「あ、これじゃなくてこっちなんですけど…」

そう告げて差し出してきたのは一通の手紙だった。白い封筒を手にした光秀は怪訝な顔で生徒を見やる。

「なんだこれ」

「図書室に落ちていたんです。落とし主はわからないんですけど、先生に宛てたものだったので」

生徒の説明を聞きながら封筒を開かせて便せんを取り出す。すると男子生徒独特の硬い文字で気持ちがつづられていた。だが本当に名前の明記がないため、誰のものかわからない。

「誰が落としたのか検討もつかないんだよな?」

「はい。食物連鎖に熱中しすぎて誰が図書室にいたのかもわからなくて」

「……何に熱中しすぎたって?」

生徒の発言が一度では理解できなかった光秀は再度問いかける。すると茶髪の一年生は真剣な表情のまま口を開いた。

「食物連鎖です」

この年頃の難しさは緋田で十分に理解しているつもりだった。しかしさらに難解な人物がいると逆に笑いが起きるらしい。

「ホントおもしろいな」

久しぶりに笑いをこぼした光秀は、手紙は受け取ったからと告げてその場を立ち去った。

 

 

立ち去る担任教師を見送った一年生はふと足音に気付いて視線を向ける。だが次の瞬間、殺意の目を向けられ硬直した。

「明紫波に手紙を渡していたのかい?」

緊張に背筋をのけ反らせた一年生は近付きすぎる生徒会長を見上げる。何がそこまで生徒会長を怒らせたのかわからないが、誤解があるなら正さなければならない。しかし沸き起こる恐怖は一年生に冷静に考える余裕を与えなかった。

「下級生をいじめてはならんよ」

「何やってんだヨ」

だが恐怖の時間は生徒会役員の助けによって終わりを迎える。三年の生徒会役員ふたりに止められた緋田は不機嫌顔のまま後ずさった。

その隙に最近編入してきた徳川真琴がやってくる。

「大丈夫か? えっと……あきらだったよな。体育の時に長政と一緒にいた」

まだ名前を覚えきれていないらしい編入生に一年生は笑顔で大丈夫だと返す。すると徳川は良かったと安堵しつつ生徒会長に目を向けた。

「信長は先生を追いかけていたんじゃないのか?」

「もういいよ」

そのために生徒会室を飛び出したのだろうと問いかけた徳川に緋田はそっけなく返した。あげく制止に入った伊達川たちの手を払い歩きだす。

「戻って話し合いの続きをしよう。僕たちにとって最後のイベントだから」

そう言い放った緋田は本当に立ち去ってしまった。そのため緋田を制した三年生ふたりも顔を見合わせて歩きだす。

 

 

そうしてひとり残った徳川は事情がわからず首をかしげた。そんな徳川のそばで彼のクラスメイトである一年生が口を開く。

「そういえば生徒会長は明紫波先生と不仲だって噂があったんどけど」

不意に話し始めた級友に徳川は真面目な目を向けた。

「俺の目にも不仲に見える。会話をしてるところを見たことがない」

「秋までは親しそうだったよ。生徒会長の親衛隊が話してるのを聞いたんだ。生徒の指導に熱心じゃない先生が生徒会長にだけよく話しかけてるって。だから生徒会長によからぬことを考えるんじゃないかって、変なことまで言ってたけど」

ちょっと馬鹿馬鹿しいよねと語る一年生に徳川は眉をひそめた。

「確かにあの教師は不真面目で生徒のことを放置してる。俺のことも生徒会に押し付けてるからな。学園長の像を壊したのも事故だったのに」

「でもそのおかげでこの学園に馴染めてるだろ?」

クラスメイトの指摘に徳川は口を閉ざし黙り込んだ。編入したばかりの生徒を放置したあげく生徒会役員に押し付けている。そう認識していた徳川はクラスメイトの言葉に考えを改めざるを得なくなった。

「なぁ徳川、生徒会長は明紫波先生のことが好きなんだと思う」

「だとしたらどうして信長は先生に話しかけない?」

「そんなのおれにはわからないよ。おれは前木先輩から聞いた話でそう思ったってだけだから」

生徒会役員ではない自分に知ることができるのはここまでだ。そう言い放つクラスメイトをまっすぐに見つめていた徳川はややあって目をそらす。

「来月、生徒会がバレンタインイベントをやるらしい。そこで生徒会長と先生が会話できるよう三成に相談してみる」

「石黒先輩に恋愛相談するの?」

「俺は生徒会では三成の下で働いてるんだ。性格が似ているせいか馬が合う」

「なるほど。愛想がない部分とか」

確かに似ているとうなずくクラスメイトを一瞥すると相手は苦笑いを浮かべる。そんな級友から顔を背けると何とかするからと告げて徳川はその場を離れた。

 

 

日が沈みかけた屋上で1月の冷たい風にさらされながら便せんを眺める。硬い文体で書かれた手紙には多感な年頃の男子が抱いた恋心と悩みがつづられていた。男子校であるここに通う生徒の中には同性に恋を向ける者がいる。しかしその大部分は卒業とともに異性にも興味を向けるようになっていった。

けれど稀に卒業後もズルズルとその恋愛を引きずったまま生きる者がいる。そして手紙の主は卒業後も先生を好きでいたいと書かれていた。

けれど送り主のわからない手紙に、光秀は何も返してやることができなかった。

名前がないことはもとより、そもそも教師は生徒から何を受けとることも許されていない。もちろんこの程度の手紙を受けとるくらいなら問題ないだろう。しかし生徒と教師が個人的に物の受け渡しをすることは校則で禁止されていた。

それは元は男子校であるこの校内で若い女性教師のトラブルを避けるために作られた。けれど自然とそれは教師全員に適用されるようになっている。

生徒からのプレゼントも、その裏にある気持ちすら受けとることはできない。そのため手紙の主がわかったところで光秀が取るべき態度はひとつしかない。

それでも光秀は、素直に誰かに気持ちを伝えようとする姿勢を否定したくなかった。ただ生徒を汚してしまった自分に、それを受け取る権利はないとも思っている。

 

 

 


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