学園ものパラレル 光秀×信長   作:とましの

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第4話

夏休みに入ると部活などのない生徒の中に実家へ帰る者が現れる。もちろん実家ではなく別荘や避暑地へ行くという生徒もいるだろう。

そんな八月頭の晴れた日に、英語教師である明紫波光秀は電車に乗っていた。強い日差しの差し込む南側の座席を避けて反対側の席で本を広げる。そんな光秀から離れた座席では生徒会役員たちが楽しげに会話していた。

生徒会の夏合宿は毎年恒例のの事で、光秀は昨年も引率として参加している。そして昨年までは親友がまだ日本にいて、夏合宿の土産を求められもした。しかし今年はその親友もおらず、夏合宿に何かを求められることもない。

そしてこれからも、きっと何かを求められることはないのだろう。

「明紫波は合宿にまで仕事を持ち込んでいるのかい?」

小さな寂しさを抱えかけたところで言葉を向けられ視線を向ける。すると緋色の髪を揺らして首をかしげた緋田が光秀の向かい側に座った。相変わらず不機嫌な顔で車窓の外を見やる。

「今年は晴れて良かったね」

「……あー、そうだな」

ぼんやりと親友について考えていたため教師らしい態度ができなかった。すると緋田の眉間のしわがいくつか増える。

「教師なら、嘘でも楽しげな態度を見せなよ」

一瞬で険悪な雰囲気をまとった緋田はそう言い捨てると自分の席へ戻ってしまう。

 

 

寂れた田舎の海岸近くにある貸別荘で二泊三日の自炊合宿を行う。それは生徒会の結束を強める意図で昔から行われてきたものだった。しかし学園の教師としては若い光秀が生徒会顧問になったのはここ数年のことだ。

そのため参加回数も生徒会役員の中では年長の石黒と変わらない。そして生徒会行事だけはサボらない石黒は、今回もきちんと参加してくれていた。

貸別荘の到着すると生徒たちはすぐに海へ出掛けていく。石黒も前木に連れられて出掛けていき、光秀はひとり貸別荘に残った。

こんな暑い日に海へ行くなど子供か若者でなければできない所業だ。そう思いながら空調の利いた室内でベッドに寝転がる。

昨年の光秀なら、貸別荘に到着してから土産物を探しに出掛けることをしていた。しかし今年は本当に何もやることがない有り様だった。

 

ほんの少し目を閉ざしたつもりだった光秀はかすかな物音に目を開かせる。すると眼前に黄緑色の大きな瞳があった。驚いたように見開かれるその目を見ながら緋色の頭に手を伸ばして撫でる。すると徐々にその顔が赤らんでいった。

その反応を可愛いと思いながら光秀はふわりと笑う。

「…まつげ長いな」

寝ぼけ頭のままつぶやいたその言葉に、目の前の緋田が弾かれたように離れていく。あげくその足で部屋を飛び出して行ったため、光秀はひとり起き上がった。

窓の外を見れば既に日が沈みかけ空が藍色に染まろうとしている。

「やべ……寝過ぎた」

つぶやきながらも立ち上がると部屋の入り口に石黒が立っていた。寝癖頭のまま近づくと石黒が廊下に目を向ける。

「何かしたんですか?」

「されるのは俺のほうだろ。つっても、緋田は悪戯するほどガキじゃねぇか」

後ろ頭をかきながらかすれた笑いをこぼしたが、笑みはすぐにかき消えた。ため息を吐きながら腕を組むとゆっくり首をまわす。

「今年度に入ってから調子おかしいわ」

「プライベートで変化でも?」

「いや、あー……あったっつーか…」

「校内で噂になってますよ。特に緋田の親衛隊が騒いでいます」

「なんであいつのファンが俺の噂してんだよ」

最近の子供は何を考えているのかわからない。そう思いながらも、目の前の『子供』に相談できず光秀はため息を漏らした。

 

 

 

湿気を含んだ海風に髪を撫でられながら緋田はひとり夜空を見上げていた。月明かりのきれいな夏の夜ではあるが、人の少ない田舎の海岸には他に人影もない。

日常生活では常に親衛隊が周囲にいるためひとりの時間というものはほぼない。そして緋田が背景の一部のように扱う彼らも意志を持つ人間である。そのため彼らの視線の先にいる人物の異変などとうに見抜いていた。

だからこそ焦っているのかもしれないと、緋田は夜空を見上げながら考える。他の誰かがあの教師の視線をとらえるのが嫌でたまらない。

雨の日に他の生徒があの傘を借りてしまうのも耐えられない。教師のネクタイが曲がっていることをいち早く気づく今の立場を譲りたくもない。朝一番にあの教師に声をかけて、夕刻最後にあの教師に挨拶を向ける存在でいたい。そのためなら生徒会長という面倒な役目も喜んでこなしてみせる。

それでもと、緋田は大きな月を見上げながら目元をぬぐった。

「……それでもまだ君に届かない」

夏の夜を照らす月のような位置にいるあの男にはどれほど手を伸ばしても届かない。少なくとも頭を撫でられただけで取り乱すようではいけない。

そう頭で思っても、心は今もうるさく騒ぎ続けていた。まつげが長いというのは褒め言葉にもならない程度のものだ。にもかかわらず心は叫びたくなるほどにたくさんのものをあふれさせている。

「こんなにも君のことが……」

多くの感情が脳を支配する中でこぼれ落ちたのはシンプルな言葉だった。しかしそれを口にしてしまった緋田は唇を噛み締めて続く言葉を封じ込める。

そうして黙り込んだ緋田は波の音に包まれながら月を見上げていた。

 

 


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