四月に入り校庭の桜が満開になる頃に入学式が行われた。新一年生のクラスを受け持つことになった光秀は新入生相手に挨拶をする。
いまだ中学生の雰囲気から抜け出せない生徒たちは希望に満ちあふれた楽しげな顔を見せていた。
ホームルームを終えて職員室へ向かう途中、顔馴染みの生徒と遭遇する。光秀は今年も三年生をやっている生徒を見上げて笑みを浮かべた。
「理科室の外をうろつくなんて珍しいな」
「前木が食堂に来いとうるさいので向かうところです」
「飯食えって? あいつも度胸あるよな。一年の時からおまえにぶつかってって」
「だから生徒会に入れたのでしょう」
眼鏡を押し上げてそう告げる生徒は石黒という。授業に出ず理科室にこもって実験ばかりしている変わった生徒だ。そのため出席日数が足りず留年を繰り返している。そんな生徒の言葉に光秀は眉を浮かせて石黒を眺めた。
「おまえが誘ったんだよな?」
「俺は誘ったりしませんよ」
「なら誰が入れたんだ?」
光秀は生徒会顧問という立場だがその活動は自主性を重んじている。そのため極力生徒たちの行動に介入しないようにしてきた。もちろんそのために石黒の留年も黙認している。
それでも話の流れのまま問いかけた光秀の目の前で石黒が目を背けた。不機嫌な目で射抜くように階段を見上げる。
「俺をにらんだところでどうにもなりませんよ」
階段を見上げ声をかける石黒につられる形で光秀も目を向けた。そして階段を下りて来る緋田を見やる。
「なんだ。緋田と石黒はケンカしてんのか?」
「本当に君の目は節穴だね。一度眼科に行ってみたらどうだい?」
今日も嫌なことがあったのか八つ当たりめいた言葉を向けられる。そのため光秀はため息を吐きながらまたかとつぶやいた。
その瞬間顔をしかめた緋田は階段を駆け降り、光秀の足を思い切り踏みつける。
「こんなにも僕を苛立たせるなんて、普通なら許されないことだよ」
「ンなもん、こっちのセリフだ。普通は教師の足を踏むなんて許されねぇだろ」
にらみつける緋田をにらみ返してやろうとしたところで石黒に肩をたたかれた。そのため目を向けると石黒の呆れた顔がある。
とたんにばつの悪さを抱えた光秀は緋田の肩を押して自分から離れさせた。そうして踏んでいた足をどかせると頭をかく。
「今度踏んだら反省文書かせるからな」
「踏ませる側に問題があると思わないなんてどうかしてるよ」
生意気な生徒の額を指で弾きこらしめると光秀はふたりから離れた。
「とにかく、役員同士でケンカすんなよ」
改めて職員室へ向かいながら教師らしい忠告だけ残す。そうして廊下を進みながら、緋田のあの態度はいつからだったかと頭を巡らせた。
一年の秋には生徒会長となっていた緋田は入学当時も新入生代表を務めている。その頃はまだ態度も今ほど攻撃的ではなかった。ただ生徒会に入った当初から生意気で反抗期を終えていない印象がある。しかし誰よりも賢く、何より他の生徒からの人気が高かった。それは今では生徒会長の親衛隊という形になっている。
あれほど人に好かれる生徒から自分だけが反抗的で険悪な態度を向けられる。その状況で何も思わずにいられるほど光秀は鈍感ではいられなかった。
しかしだからと言って生徒ひとりのために態度を変えるほど教師として若くもない。そうして光秀は何の手立ても思い付かず問題を放棄した。
世の中はなるようにしかならないものだ。自分と親友の関係がメールひとつで終ったように、緋田との関係も自然の流れに任せるしかない。