四月に入り校庭の桜が満開になる頃に入学式が行われる。新一年生を迎える側である在校生代表として、新しい生徒会長が壇上に上がった。小柄な体格だが誰よりも落ち着いた性格で、さらに頭脳明晰。それは前生徒会長が指名した、誰よりも優秀な生徒だった。
入学式を終えて体育館を出た光秀は生徒会長に呼ばれて足を止める。
「光秀、ネクタイが曲がってる」
「マジか」
不意の指摘に驚いた光秀だが、ふと首をかしげて生徒会長を見やった。生徒会長は真面目な表情のまま光秀のネクタイを直してくれている。
「おまえ、なんで俺を呼び捨ててるんだよ」
「信長から虫除けを頼まれてるからな。先生なんて他人行儀な呼び方はできない」
「はあ?」
なんだそれはと呆れながらも、一方であいつならやりかねないと思ってしまう。なにせ光秀はつい2ヶ月前、チョコレートを渡そうとする生徒に追いかけられたのだ。その人数を考えれば、独占欲の強い恋人が虫除けを考えるのは仕方ないことだろう。
生徒会長とふたり歩きながら、光秀はため息を吐き出した。
「信長は元気か?」
「あー……今日はあっちも入学式なんだわ」
「大学でもできそうだな。親衛隊」
「緋田と同学年の親衛隊はほとんど同じ大学に進んでるからな。もう結成してるだろ」
「光秀は嫉妬しないのか?」
大学に進んでもにぎやかな生活を送らされていることだろう。そんな恋人のうんざりした顔を思い出していると生徒会長に問いかけられた。其のため何の話なのかと問い返せば、生徒会長は真面目な紫色の瞳を細める。
「以前信長から聞かれたんだ。好きな人が他人から物をもらうことに対して嫉妬しないのかと。信長は嫉妬するらしいんだが、光秀はしないのかと思った」
「あいつに尽くすことしかできないんなら、好きなだけ尽くさせてやりゃ良いんだよ。けどあいつに尽くされる権利は、誰にもやらねぇけどな」
「そういうものなのか」
「そういうもんだよ。で、生徒会長さんはどうよ」
新たに問いかけると生徒会長は軽く肩をすくめて見せた。
「俺はいつも通りだ」
「理科室の主も卒業したろ。寂しくないか?」
「週末に会うから問題ない。ああ、三成と言えば……あいつ、フランス語も堪能なんだな」
「ん?」
不意に出た話題について行けず光秀は首をかしげる。そんな光秀の頭に窓から舞ってきた桜の花びらが乗った。それに気付いた生徒会長は頭を下げろと告げる。
言われるまま頭を下げた光秀は生徒会長が花びらを取り除くのを眺めた。
「三成は俺がここに編入する前から俺の事を知っていたんだ。光秀が翻訳していた書類を読んだらしい」
「あー……あの時か。つーかあいつフランス語できるんなら翻訳手伝えよ」
「俺の個人情報があったそうだから、生徒が見ても良い内容じゃないだろ。だから三成もあえて手伝わなかったと言っていたぞ?」
「いやまぁそうだけどよ…」
あの翻訳作業はつらかったとつぶやいた光秀はため息を漏らした。
昨年度の卒業式で四人の生徒会役員が卒業している。そのため現在の生徒会には新三年生の前木と二年の徳川のふたりしかいない。
そのひとりである徳川は生徒会長としてよく働いている。けれどやはり優秀な三年生が抜けた穴は大きかった。特に元理科室の主は普段から黙々と書類を片付けるタイプの人間だった。その代わりとなる人間がいないままでは徳川たちに負担がのし掛かるだろう。
新学期早々仕事が山積みだと思いながら、光秀は風に流れる花びらに目を向けた。