毎年3月14日に月城学園では卒業式が行われる。粛々と教え子を見送った英語教師の明紫波光秀は式の後で自分の携帯を確認した。一年前に海外赴任となった親友から卒業式は終わったかと問いかけるメールが届いている。それに対して今終わったと返しつつ、光秀は生徒会室に足を向けた。
卒業生代表を務めた元生徒会長の姿が窓越しに見えたためだ。
生徒会室に向かう途中、親友から次は逃げるなよとメールが届いた。海の向こうにいるこの親友はおそらく何もかも見抜いているのだろう。しかしなにもかも言わずに海外へ飛び立っていた。
生徒会室の扉を開かせると卒業証書を手にした緋田が窓の外を眺めていた。後ろ手に扉を閉めた光秀は何をしているのかと問いかける。すると緋田は素知らぬ態度で見納めだからと返してきた。
「もうここから夕日を見る事はできないからね」
「卒業しても遊びに来るヤツはいるけどな」
「僕はそんなことはしないよ。だけど……ねぇ、明紫波」
隣り合い窓の外を眺めていたが、不意に緋田は首をかしげるように光秀を見上げた。そんな緋田に横目を向けた光秀は腕を組む。
「最後くらい先生をつけろ」
「僕は君の事を教師だと思ったことはないよ。だって教師だと認めてしまったら恋なんてできないだろう」
だから絶対に先生とは呼べないと、卒業証書を握りしめながら緋田は告げる。
「僕は君のことが好きなんだ。君はバレンタインの時にこの気持ちを間違いだと指摘したんだろうけど、でも」
「1ヶ月かけて考えた答えがそれか」
十八歳の頭ではそれが限界かと、光秀は腕を組んだまま背中を少し丸めた。そうして緋田と視線の高さをあわせて顔を近づける。
「卒業証書をもらったとはいえ、おまえはまだここの生徒だ。けどこの後、正門から外に出たらただの卒業生になる」
「そうだよ。だからこれが最後なんだ」
「最後じゃねぇよ。そっからだろ」
簡単に否定した光秀の目の前で、緋田は黄緑色の瞳を丸めてぱちくりとまばたきをする。その上で、どういう意味なのかと首をかしげながら問いかけてきた。
「教師と生徒って関係じゃなくなったら、次はどんな関係になりてぇか。おまえに選ばせてやるよ。けどダチってのは無しな」
友人以外でと指定した上で、光秀は新たな関係性を緋田に問いかける。そんな光秀の
言葉を聞いた緋田は人形のように整った顔を歪ませた。大きな瞳に涙をあふれさせながらわずかに唇を震えさせる。
「つまり…僕が望めば、キスできる関係になれるのかい?」
「それだけで済むかどうか保証できねぇけどな」
悪戯めいた笑みで告げた光秀に、緋田は顔を赤らめながら笑った。
「そんなことはまったく構わないよ!!」