生徒会室にたどり着くとその入り口に伊達川と徳川が立っていた。何やら話し込んでいたふたりは光秀がやってきたのに気付いて目を向けてくる。
「頭、大丈夫か?」
やや語弊を招きそうな問いかけをした徳川に伊達川が笑った。いつも明瞭ではっきりとしている伊達川は光秀に笑顔を向けて手を差し出す。
「そのチョコレートは俺が預かろう。話をするのに邪魔だろうからな」
「おう、悪いな」
伊達川の厚意に甘える形で光秀は持っていたチョコレートをすべて渡した。その上で扉を開かせるとひとり生徒会室に入る。
緋色に染まった生徒会室はいつもと違い静かな空気に包まれていた。椅子に腰掛け机に突っ伏していた緋田は頭を上げないまま何か用かと問いかけてくる。
「政宗がなんと言おうと僕の気持ちは変わらないよ」
「何が変わらないんだ?」
人間違いをしているらしい緋田に声をかける。すると驚いた緋田が勢いよく頭をあげた。
「明紫波」
「先生をつけろ」
思わずといった様子で名前を呼ぶ緋田にいつもと変わらない返しを向ける。すると緋田は泣き腫れた目を細めて顔を背けた。
光秀はそんな緋田のそばまで椅子を引きずと腰を下ろす。
「なぁ緋田」
「文句は聞かないよ。あれは勝手に食べた君が悪いんだ」
「文句なんて言わねぇよ。それより教師としておまえの間違いを指摘しに来た」
顔を背けていた緋田は光秀の言葉に目を向けた。怪訝な顔で何の話かと首をかしげる。
「僕に間違いなんてあるはずがないよ」
「俺は教師だから、おまえの誤解を訂正できねぇ」
「この僕が何を誤解してると言うんだい?」
「それは自分で考えろ」
「指摘しに来たんじゃないの?」
「おまえは間違ってるって、指摘してやったろ」
的を得ない会話であることは光秀もわかっている。そのため緋田が混乱し、徐々に顔をしかめていくのも黙認した。
「1ヶ月猶予をやるからよく考えろよ」
「……1ヶ月後は卒業式だよ」
「そうだな」
「卒業したくないと言ったら、明紫波は怒る?」
不意に甘えるような上目遣いをした緋田は戸惑いの色を見せつつ問いかけてきた。そのあり得ないほど弱気な姿に、光秀は情を向けることなく鼻で笑い立ち上がる。
「受験終わってんだろ。さっさと卒業して大学に行けよ」
生徒会室を出るべく歩きだしながら言い放つ。すると緋田は困惑に瞳を揺らしながら立ち上がった。
「君はそんなにも僕の教師でいるのが嫌なのかい?」
窓から差し込む夕日を背にした緋田は髪の一部がきらめいて見える。三年間毎日のようにそれを見てきた光秀は気持ちを隠して口の端を引き伸ばした。
「嫌に決まってんだろ」
いつもと同じように笑みを浮かべて言い捨てると緋田を見る事なく生徒会室を出る。