室内が緋色に染まる中、バレンタインイベント終了を告げる放送が流れる。石黒の事務的で落ち着いた声を聞きながら目を開かせた光秀はしばし天井を眺めた。
「おはヨ、よく寝てたナ」
やや呆れたような声を耳にした光秀は聞こえた方へ目を向ける。すると生徒会役員の真葉がベッドに肘を乗せて飴をなめていた。
「緋田のチョコ食って倒れたんだヨ。覚えてるか?」
「あー……」
「三年前も救急車で運ばれたよナ。少しは学習しろヨ」
「緋田は?」
「イベントの閉会式と生徒会長として最後の挨拶。そろそろ終わる頃だヨ」
「落ち込んでなきゃいいけどな」
「泣いてたヨ」
緋田の心配をする光秀に真葉は冷たいほどに淡々とした口調で報告してくれる。
「自分の責任だって、ここで泣いてたから伊達川が挨拶代わるって言ったくらい。だけど真琴が、明紫波なら生徒会を優先しろって言うはずだって言ったんだヨ」
状況説明をした真葉は語尾とともに呆れた顔でため息を漏らす。
「なんであいつに何も言わないんだヨ」
「…教師だからに決まってんだろ」
真葉の問いかけに返しながらゆっくりと起き上がる。今も頭痛とめまいはあるが、動けないほど酷くはない。
「頭打ってるかもしれないから、病院行ったほうがいいヨ」
「後で行くわ」
ベッドから降りて靴を履くと服装を整えながら歩きだす。しかし不意に腕を捕まれて足を止めた。振り向くとそこに真剣な顔の真葉がいる。
「イベントが終わったなら、これあげてもいいよナ」
「ん?」
腕をつかんだままその手に小さな包みを乗せて握らせる。
「なんだこれ」
「チョコ」
「は?」
「嫌がらせしようと用意してたのに、勝手に倒れたのが悪いヨ」
「おまえなぁ…」
呆れつつもチョコレートを受け取った光秀は保健室を後にした。こめかみに手を当てながら歩いていると前方から石黒と前木がやってくる。
「明紫波先生! 大丈夫ですか?」
心配そうに駆け込む前木の問いかけに、光秀は何もないと告げつつ石黒に目を向ける。すると石黒は顔を背けて眼鏡を押し上げながら黒い箱を差し出してくる。
「どうぞ」
「なんだこれ」
「あっ、おれもです。チョコレート」
疑念を抱く光秀の脇で前木もポケットからピンクの包みを取り出した。
「真琴の提案で、生徒会のみんなが先生にチョコをあげる予定だったんです。信長があげられなかった場合の保険とかで」
前木の説明を聞いた光秀はそういうことかと納得しつつふたりから包みを受け取った。
「つーか、徳川は俺が甘いモン食わねぇってこと知らないだろ」
だからそんなことを提案するのだろうとつぶやいた光秀は盛大にため息を吐き出す。すると石黒がその事は教えてありますと言い出した。
「本命ひとつしか受け取ることができないのだから、俺たちの誰かから受け取れば良い。真琴はそう考えて俺たちにそれを用意させたんですよ。その上で真琴は明紫波へ宣言しに行きましたよね。自分がチョコレートを渡すから受け取って欲しいと」
「ああ、言ってたな。あれも何かの作戦か?」
「他の生徒を刺激することで、倍率を高めただけですよ。真琴の予想通り緋田は焦って一部の生徒を脅していたようですから、成功したと言えますね」
石黒は少し楽しげな口調で言う。そんな石黒を前にして光秀は顔を引きつかせた。
「楽しそうだな」
「あなたの逃げ惑う姿を見られましたからね」
「ホントおまえはドS様だな」
とんでもない生徒だと笑いながら光秀は再び歩きだした。すると石黒から生徒会室にいるという言葉が投げられる。