学園ものパラレル 光秀×信長   作:とましの

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第11話

午前の授業が終わると昼休憩が始まる。それが終わる午後一時からバレンタインイベントが開始された。午後一時ちょうどに生徒会長が校内放送でイベントの開始を告げる。するととたんに校舎内が歓声に包まれた。

職員室にまで届く歓声は教師らをざわつかせる。そんな中、光秀は机の上に置いていた携帯のバイブ機能が働いたのに気づいた。携帯を手に席を立つと職員室を出る。

「明紫波先生!」

職員室を出て数歩進んだだけで呼び止められた光秀は生徒に目を向けた。すると生徒は緊張した様子で赤い包みを差し出してくる。

「これ受け取ってください!」

「くそ! 先を越された!」

まるでチョコレートを渡したいかのように生徒が包みを差し出し頭を下げる。そんな生徒の元へ他の生徒たちがわらわらと集まってきた。

「明紫波先生! おれのチョコを!」

五人の生徒が並んでチョコレートを差し出す光景に光秀は絶句する。罰ゲームでもやらされているのかと思い周囲に目を向けたがそれらしい雰囲気はない。むしろ新たに学生たちが集まって来ていたため、光秀は素早く断りその場から逃げ出した。

結局のところどこへ行っても学生に捕まりチョコレートを差し出されてしまう。そのため光秀は誰もいない屋上へやってきた。まだ寒い2月のこの時期に屋上へあがってくる物好きはいない。

空は晴れ渡っているが冷たすぎる風が吹き付け光秀から体温を奪う。そんな中でポケットから携帯を取り出した光秀は改めて送られてきたメールを見る。

メールの主はほぼ一年音信不通だった親友からだった。恋人はできたかとからかうような質問を向けてくる相手に光秀は顔を歪ませる。「そんなものできるはずがない」と寒さにかじかむ手で打ち込もうとした。

しかしその背後で扉の開く音が聞こえたため、光秀は手を止め驚きの目で振り向いた。すると現れたのは見慣れた緋色の髪の三年生だった。

我知らず安堵の息を漏らした光秀は携帯をポケットにしまい込む。

「どうした。イベント中だろ」

「開始早々からチョコレートを押し付けられ過ぎてうんざりしたんだよ」

「なんだそれ。おまえが提案したイベントだろ」

やる気があるのかわからない生徒会長に向かって笑いをこぼす。

「緋田はチョコレート渡したい相手が…」

自然な流れで言おうとしたその言葉を途中で途切らせる。光秀の脳裏に浮かんだのは先日の職員室で美術教師から言われた言葉だった。

緋田が誰を好きなのか実際のところは知らない。しかし今も自分の事が好きならと、光秀は考える。

「……明紫波」

全力で思考を巡らす光秀の目の前で緋田はポケットに手を入れる。そして光秀の予想に反して、緋田は缶コーヒーを取り出した。

「カイロ代わりに買ったんだけど、僕は飲めないから飲んでよ」

緋田にしては珍しく顔を背けた状態で缶コーヒーを差し出す。それを受け取った光秀はまだ暖かい缶を握りながら緋田を見つめた。寒さのためか頬や耳を赤くさせた緋田は眉を寄せて横を向いている。

「緋田もイベント用にチョコレート用意してるんだよな」

「一応ね」

そう言いながら緋田は別のポケットから小さな箱を取り出した。その箱を眺めながら光秀はコーヒーの缶を開ける。

「誰かに渡す予定は?」

「そんなものはないよ。これはあくまでイベント用に用意したもので…」

光秀はいつもの不機嫌顔で言い捨てようとする緋田に一歩近づいて手を差し出す。すると緋田は驚いたように目を大きくさせて光秀を見上げた。

「一個しか受け取れないルールなんだろ?」

「そうだね」

「ならくれよ」

「どうして」

「追いかけられて仕事できねぇのはしんどいからな」

一個でも受け取ればイベントを終われるのだろう。そう言い放った光秀の目の前で、緋田の瞳が殺意に見開かれた。

「君にチョコレートを渡そうとしている生徒がいるのかい?」

「おまえたちほど多くねぇけどな。まぁ、俺も毛色が珍しいんだろ」

気にするなと告げた光秀は緋田に缶コーヒーを持たせて小さな箱を取り上げた。不意をつかれた緋田は驚きと焦りのまじった顔で光秀の手を見上げる。

しかし光秀はそんな緋田にかまわず箱を開けた。するととても円形とは言えない歪んだ黒い物体が入っている。

「料理は見た目だけじゃないんだよ。凡人にはわからないだろうけどね!」

「この三年でまったく進歩しなかったよなぁ。一年の時に実習で作ったとか言うカップケーキ、覚えてるか?」

「覚えてるよ。あの時は明紫波が甘いものを嫌いだなんて知らなかったんだ。だけどあれは食べずに誰かにやったんだろう。君は甘いものが嫌いだから」

少し口をとがらせて言う緋田は完全に顔を背けてしまっている。その赤くなった耳を横目に光秀はチョコレートを口に入れた。

「うまい」

それは意外なほど、チョコレートとしてまともな味だった。学生が食べるには苦すぎるだろうが、光秀にはちょうどいい塩梅だ。

「悪い、三年前のカップケーキとは段違いの進歩だったな」

あれはジャリジャリしていたからと苦笑いを浮かべて緋田に告げる。そんな光秀の眼前で緋田の顔は今度こそ真っ赤に染まっていた。

「…して、そんなことをするんだ」

真っ赤な顔をしかめた緋田は怒りを含んだような声色で叫ぶ。

「僕の事を好きでもないくせに!」

 

 

 


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