毎年三月十四日に月城学園では卒業式が行われる。粛々と教え子を見送った英語教師の明紫波光秀は式の後で自分の携帯を確認した。
今日の昼の便で長い付き合いだった親友が外国に立つ。ここ何年かは親友のような関係だったが、半同棲のような期間もあった。それでも恋人に昇格しなかったのは光秀に意気地がなかったに他ならない。
携帯のメールを確認するとその親友からいくつか届いていた。卒業式はどうだったかと問いかけるものがあれば飛行機の待ち時間を嘆くものがある。そして最後は別れを告げる内容が書かれていた。
これで本当に終わったのかと思いながら光秀は携帯をポケットに押し込む。すると在校生がひとり光秀の元へやってきた。
「明紫波、新年度の予定表を知らないかい?」
「おまえはいいかげん先生をつけろ。予定表なら生徒会にあるだろ」
相手は二年生で今日の卒業式で在校生代表を務めた生徒だった。一年の頃から生徒会長を務めている優等生だがなぜか礼儀だけ欠けている。
「生徒会室で見つけられていたら、君になんて聞かないよ」
「ったく…」
生意気な生徒に頭をかきながらも光秀は足の向きを変えた。とりあえず親友の事を考える暇はないと判断して頭を切り替える。
「職員室戻って俺のコピーしたほうが早いか」
「明紫波もたまには気が利くね」
「おまえはたまにはその減らず口をなんとかしろ」
春の風に揺れる緋色の髪を横目にしながら光秀は職員室へ向かうべく歩き出す。すると生意気でしかない生徒もおとなしく隣をついてきた。
「そういえば三成は今年も卒業しなかったね」
「あいつはここの雰囲気を気に入ってるらしいからな。研究に専念できるっつって、今日も理科室にこもってるんだろ」
「僕が留年すると言ったら、明紫波は笑うかい?」
不意に向けられた質問に光秀は鼻で笑い隣を歩く生徒に目を向けた。
「留年してどうするんだよ」
「学生でいるのも捨てたものじゃないと思うようになったんだよ」
「大学に進学しろ」
「その予定だよ。だけどここにいないと得られないものもある気がするんだ」
まっすぐに向けられた黄緑色の瞳を見つけながら光秀は眉をひそめる。
「あと一年もあるのに足りないのか?」
「たった一年で手に入ると思う?」
「成績は首位をずっと取ってるよな。他に何かあるのか?」
「青褐色の綺麗なもの」
「なんだそれ」
この年齢の難しさは光秀もそれなりにわかっているはずだった。しかしこの賢すぎる生徒だけは、二年間見てきてもまだわからないことが多い。
疑念を抱えたまま見つめていると、不意に生徒が目を背けた。
「明紫波のような無粋な教師には理解できないよ」
「いいかげん教師を敬えよ」
どこまでも生意気な生徒会長に光秀は顔を引きつかせ切り返していた。