あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

9 / 29
ちょっと遅れちゃいましたね。このような拙作を楽しみにしている方々、本当に申し訳ございません。

みなさん、『HAPPY PARTY TRAIN』のPVは見ましたか?
なんか4月にぴったりの旅立ちって雰囲気がとても伝わってくる神曲でしたね。絶対買いです。

自分も4月から一人暮らしを始めるので、あの曲を聴いて新生活の気合いを入れていきたいものです。


第8話 アイドルはいつも笑顔で恋愛禁止。それから……

「グループ名?あぁ〜そういえば決めてなかった……!?」

 

「うん。俺もチラシ作ってる時には気付かなかったけど、ルビィちゃんに言われてね」

 

「それでシンちゃんはなんて答えたの?」

 

「正直に『決めてない』って言ったよ」

 

「そっかぁ〜。それはそれとしてさ、1つきいていい?」

 

「うん?」

 

「なんで私、シンちゃんにお姫様抱っこされてるの?」

 

チラシ配りも一通り終わり、放課後の練習タイム。場所はいつも通り『十千万』の前の砂浜。

 

俺の腕の中で赤くなり始めた太陽に照らされている愛しの幼馴染は可愛らしく小首を傾げている。

なんでって……俺が砂浜で千歌をお姫様抱っこする理由なんて1つしかないでしょ。

 

「そいやっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

海に投げ込む為だよ。

 

一応顔から落ちてもいいようにちょっと遠くまで投げ込んだので、バシャア!と派手に水飛沫が上がる。

 

「うん。ベリーグッド」

 

「ベリーグッドじゃないよ!?冷たいじゃん!」

 

「あはは、何熱くなってるんだよ。冷たい海で頭でも冷やしてきたら?」

 

「現在進行形で冷たい海だから!」

 

「ふぅん。あ、それでグループ名どうする?」

 

「このタイミングで話戻すの!?」

 

「別にお仕置きのおかわりがご所望ならかまわないよ?」

 

「うっ……グループ名考えます……」

 

「よろしい」

 

一応自分が悪い事をした自覚はあるみたいだね。普段なら泣くまで責め立てるけど、今は信夏が見るライブの練習が最優先だし許してあげよう。

 

「ねぇねぇシンくん」

 

「なに?」

 

「千歌ちゃんなんかやらかしたの?」

 

「まぁね。さっき俺の友達に俺が女装してるのバレた」

 

「えっ!?」

 

さすが常識のある曜。それがどれだけ大変なことか理解してるのか、とても驚いている。

 

「ちょっとオーバーリアクションじゃない?」

 

「いやだって……シンくんがついに空想上の友達を幻視しちゃうほどになっちゃったから……」

 

どうやら曜に対する認識を改める必要があるみたいだ。

 

「一応言っておくけど、俺にだって友達はいるからね」

 

「でもシンくんだよ?あのシンくんだよ?人間性が腐り落ちていて、女の子にも平然とハイキックを叩き込む外道だよ?」

 

「よくそれを本人の前で言えるね」

 

ちなみに女の子にハイキックと言っても、キックのジムに通っている人にしか打ち込まない。

最近はキックボクシングもエクササイズとして認知され始めているので、俺が通うジムには女性も多いんだよね。

でも、大体30代以降なんだよなぁ。

 

いついかなる場所にも出会いを求める年頃の男子高校生には、ちょっとガッカリな事案だ。

女子校の制服を着ていても俺は男子高校生だからね。ここ重要。

 

「まぁ、俺に友達がいるかは置いといて、グループ名決めよ?」

 

「そうね。ていうか、考えてなかったの?スクールアイドルやるなら名前は必須だと思うんだけど」

 

「いやぁ〜……ステージで輝くことしか頭になくって……」

 

海からバシャバシャと上がってくる千歌は、バツが悪そうに言う。

 

「なんか良い名前ないかな?」

 

「名前かぁ……」

 

「じゃあ梨子ちゃん!東京の最先端の言葉とかない?」

 

「最先端って……」

 

まず矛先を向けられた桜内さん。千歌と曜のキラキラした眼差しになんと答えようか困ってる感じだ。

 

口を動かしながらも2人は準備体操を始める。曜が千歌の背中を押し、千歌は座り込み足を開いてその間に体を倒すやつ。

なんか余ったので、俺は頑張って考えてくれている桜内さんを押すとしますか。

 

「……あのさ、露骨に嫌そうな顔しないでよ」

 

「だって朝比奈くんのことだから胸とか触ってきそうだし」

 

「触らないよ。前にも言ったけど桜内さんは胸より尻が魅力的だから」

 

「………………………………………」

 

「謝るからその変質者を見る目はやめてくれませんか?」

 

「無理」

 

あっそ。

 

「まぁいいや。とりあえず押せないから座って?」

 

「本当に触らないわよね?」

 

「大丈夫だって」

なにが原因で桜内さんはここまで俺を変態扱いするんだろう。

 

「梨子ちゃん梨子ちゃん!それで、なんかない?」

 

グループ名そっちのけで俺と話す桜内さんに千歌がきいた。

桜内さんはまた少し考え込むように俯き、海のほうを振り向く。

 

「そうね……3人海で出会ったってことで“スリーマーメイド”なんてどうかな?」

 

「「 1、2、3、4 」」

 

「ワロス」

 

「待って!今のなし!」

 

どうやら2人はお気に召さないようだ。準備体操の掛け声を否定としたみたいだね。

頭ごなしに否定しない優しさが逆に桜内さんを辱めてるようにも感じるけどどうでもいいや。

 

「曜ちゃんは何かない?」

 

「う〜ん……“制服少女隊”!どう?」

 

ビシっと敬礼し、これ以上の名前はないと信じきったような顔をして提案する曜。

 

「ないかな」

 

「そうね」

 

「えぇーーー!」

 

「さすがに“制服少女隊”はねぇ……。ほら、制服で踊るわけじゃないしさ?」

 

「あ、そっか」

 

不満そうだったのでフォローを入れとく。こんなことで揉められても面倒事が増えるだけだからね。

 

「……なんで私の時はフォローしてくれないのよ」

 

「あのネーミングセンスをどうやってフォローしろと?」

 

「むぅ……」

 

桜内さんが振り向いて恨み言をこぼす。言い返したらめっちゃ睨んでくるんだけど、小さい子どもが拗ねてるみたいでまったく怖くない。

むしろ、もっとからかいたくなってきちゃうよ。やらないけど。

 

「あんまりパッとくるもんがないね」

 

「うん……じゃあシンくんはないの?」

 

「俺?俺が考えてもいいの?」

 

お伺いの視線を千歌に向けると、

 

「いいよ!」

 

にっこり笑顔でお許しをいただいた。いいんかい。

 

「そうだな……“あなたにみかんを届け隊”とか?」

 

「「「 却下 」」」

 

「解せぬ……」

 

即答された。それはもうライブに不安を感じる余地なんてないくらい息の合った『却下』だったよ。

 

「朝比奈くん……それはさすがにないわ」

 

「そうかな?“スリーマーメイド”よりはまともな名前だと思うんだけど」

 

「あ"……?」

 

「お?」

 

なんだ、やんのか?

 

「もう!2人ともすぐに喧嘩しない!」

 

「してないよ。ちょっと意見がぶつかり合って、あとちょっとで拳もぶつかり合う寸前まで行ってるだけだよ」

 

「それを喧嘩って言うんだよ!」

 

そうなのだろうか?平和主義者の俺にはわからないな。

 

 

 

 

 

桜内さんと睨み合うこと30分が経過。その間それぞれ浮かんだ名前を砂浜に書いていく。

 

てか誰だ、“みかん”とか書いた奴。食べたいのかな?

 

「やっぱりこういうのは言い出しっぺが決めるべきよね」

 

「賛成!」

 

「戻ってきた〜」

 

「じゃあ“制服少女隊”でもいいって言うの?」

 

「“スリーマーメイドよりは……」

 

「だからそれはなしって言ってるでしょ!」

 

「いやいや、ここは“あなたにみかんを届け隊”で……」

 

「う〜ん……どうしよう」

 

無視ですか……。“あなたにみかんを届け隊”、良いとおもうんだけどなぁ。

 

「う〜ん……ん?」

 

頭の後ろで手を組んで考えてる千歌が波打ち際を見て何か見つけたみたいだ。

そこを見ると“Aqours”とアルファベットが書かれている。

 

誰か書いたのかな?

もちろん俺は書いてないけど。

 

「ねぇシンちゃん。なんて読むんだろう?」

 

「俺英語苦手なんだけど……。曜は読める?」

 

「A、q、ours?う〜ん……こんな単語見たことないよ。梨子ちゃんは?」

 

「私も読めないないわ」

 

そもそも英語なのかな?アルファベットを使ってるだけでフランス語とかドイツ語かもしれないな。

 

ま、こういう時は調べるに限るね。

 

スカートのポケットからスマホを取り出し、グーグル先生に聞いてみる。

 

「お、出たよ。……ん?」

 

「どうしたのシンちゃん?」

 

「……いや、なんでもない」

 

グーグル先生はいくつかのニュース記事を出してくれた。だが、その見出しにはちょっと気がかりなことが書いてある。

 

『廃校阻止の為に立ち上がった3人のマーメイド!その名はAqours(アクア)!!』

 

まぁ、こっちはあとで確認しようかな。とりあえず読み方は分かった。

 

「これ、アクアって読むみたいだよ。でも造語だね」

 

「造語?アクアって水だよね?」

 

「うん。たぶん水の“aqua”と……ourってなんだっけ?」

 

「“私たち”よ。朝比奈くん……これ中1で習う単語なんだけど?」

 

「そんな昔に習ったことなんて忘れたよ。それより、その“Aqours”はaquaとourをくっつけたんだね」

 

結構よく考えられてると思う。でも、これ誰が書いたんだろう。見た感じ曜じゃないみたいだし。桜内さんはずっと睨み合ってたから違うし。

 

 

 

「“Aqours(アクア)”かぁ……これ良くない?」

 

「これ?誰が書いたのかもわからないのに?」

 

「だからだよ!グループ名を決めてる時にこの名前に出会った!これって凄く大切なことじゃないかな?」

 

「う〜ん……まぁ、運命的って言えば聞こえはいいかもしれないけどね」

 

まぁ、運命がどうのこうのは結構どうでもいいか。誰が書いたのかも同じだね。

言い出しっぺの千歌がこれで良いって言うなら。

 

「じゃあ決まり?」

 

「うん!今日から私達は……」

 

ピョンっと駆け出し、砂浜に書かれた“Aqours”の文字を超えるように大きくジャンプ。

着地して、ニカリと笑いながら振り向き、千歌は決まったばかりのグループ名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……“Aqours”?」

 

「そう、千歌&曜+αのグループ名。そのAqoursが今度の日曜日にライブするんだ」

 

後日、学校で蓮と童部さんに改めてグループ名を入れたチラシを見せる。

受け取った蓮は童部さんと顔を寄せながらチラシを見つつ、俺に話の続きを促してくる。

 

「……それで、俺たちにも来いって?」

 

「うん。ライブで浦女の体育館を満員にしたいんだよ。だから来てくれない?」

 

「……今度の日曜日か…………」

 

「もしかしてなんか予定入ってる?」

 

「……バイトが急遽休みになってな。久し振りに紗良と出掛けようと思ってた」

 

ありゃ?デートの約束でも入ってたのかな?でも思ってたってことは……

 

「まだ誘ってない?」

 

「……あぁ」

 

「だったらいいじゃん。ライブは2時からだから、その後デートすればいいよ」

 

「……デートじゃない。ただ一緒に出掛けるだけ」

 

だからデートだろ。隣で聞いてた童部さんは早く誘ってくれないかとワクワクしてるし。

 

「……紗良、日曜日一緒に出掛けないか?」

 

「それって……デート?」

 

あ、童部さんがそう聞いちゃうのね……。

 

「……デートじゃないよ。久し振りに2人でどこか遊びに行きたいと思って」

 

「わかった!ちゃんと蓮くんの為に予定空けとくわね」

 

どうやらこの2人は来てくれるようだ。

 

『さっさとくっつけリア充。そして爆ぜろ。ついでに蓮はもげろ』

 

人の幸せを許さないクラスメイトの男子生徒諸君の目はそう物語っている。みんな、俺も同じ気持ちだよ。

だが、その視線は久し振りのデートを楽しみにして、珍しく表情をウキウキさせている蓮の眼中にはない。

なんだこの敗北感は……。

 

「あ、でも朝比奈くん?浦女の体育館を満員にしたいってことは、私たち2人が行っただけじゃダメよね?」

 

「うん。あとでクラスのみんなも誘うつもりだよ」

 

「朝比奈くんが?……大丈夫なの?」

 

「たぶん……きっと……針の穴に糸を通すくらいには……」

 

「全然大丈夫じゃないわね……」

 

俺がここまでビビっているのには理由がある。まぁ、大丈夫でしょ。一応秘策は用意してあるし。

 

 

 

 

そして時間は帰りのホームルーム。先生に時間を少しもらえるように頼んでおいた。

 

覚悟を決めて教壇に立ち、真剣な眼差しをクラスメイト全員に向ける。そんな俺を蓮と童部さんはこれから死地に向かう兵士を見るような目で哀れんでいる。

 

「みんなに頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

少し声のトーンを落とし、この話が真剣なことを雰囲気で感じさせる。

そして、そう言い放つと同時に俺は……教壇に身を隠す。

 

「調子乗んなリア充!」「二股雌豚野郎の頼みなんざ聞くか!」「もぐぞ雌豚野郎!」

 

教壇や黒板にキャップの付いたハサミや刃の出ていないカッターナイフがバシバシ飛んでくる。ここまでやっても人が怪我しないように配慮を忘れないのはとても良心的だ。

 

その良心がハサミやカッターナイフを投げている行為について、疑問の足掛かりになってくれることを願うばかりだよ。

 

ちなみに『雌豚野郎』は俺の学校でのあだ名。雌なのに野郎を付けているのは俺の容姿からだと思う。結構ピンポイントなあだ名だよね。

 

一通り男性陣(非リア)共の投擲が終わったことを見計らって教壇から頭を出す。

第2撃はないみたいだ。

 

「まぁまぁ、聞いてよ」

 

「へらへらしてんじゃねぇぞカス!」「解体して吉○家に売り飛ばされてぇのか!」「爆発しろなんて言わねぇ!爆殺してやんよ!」

 

「みんなさ……女子校に行ってみたくない?」

 

「「「 遠慮せずになんでも言えよ、親友! 」」」

 

うん、とっても爽やかな笑顔と掌返しだね。今だけは俺もこいつらを親友(ゴミカス)と言っていいかもしれないよ。

 

「俺の幼馴染が今度の日曜に浦の星女学院でライブやるんだ。今日の夕方にでも町内放送で流れるんだけど、それに来て欲しい」

 

俺の幼馴染、と言った瞬間二本目のカッターナイフやハサミが取り出されたけどスルーしておこう。そもそもなんで二本目があるのか謎だ。

 

「これ、そのライブのチラシね。明日全員分刷ってくるから、みんなの家族や先輩後輩にも宣伝してくれるかな?」

 

「そんなに人を集めないとダメなのか?」

 

「うん、絶対に満員にしたいんだよ。だからお願いします」

 

しっかりと俺は頭を下げる。確か天気予報では雨だった。だからこそ、使えるコネクションは全て使って多くの人に知ってもらう必要がある。

日頃俺を雌豚野郎と言って罵る連中だけど、真剣に頼めば絶対に応えてくれた。現に今も俺の話をちゃんと聞いてくれている。

 

頭を下げて10秒ほどが経過すると、先生が俺の持っているチラシを取り上げた。何をするのかと視線を向けると、ポムっと頭に手が乗る。

 

「クラスの人数分印刷するとなると金もバカにならないだろ?先生が刷ってくるよ」

 

「……いいんですか?」

 

「いつもヘラヘラしてる朝比奈が真剣だってのは伝わったからな。そのライブ、絶対に成功させたいんだろ?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

いくらなんでもいい人過ぎるだろ。今度からはこの先生の授業は寝ないようにしよう。

 

クラスメイト達は早くも待ち合わせの時間を決めていて、教室中がざわついている。でも、今はそのざわつきが嬉しい。

いつもこのくらい暖かいと嬉しいんだけどな。それを言うとまた色々飛んでくるから止めておこう。

 

 

 

 

 

場所は変わり『十千万』、千歌の部屋。

 

千歌と桜内さんは歌詞を何度も口に出しながら最終確認。曜はライブの衣装の細かいところを手直し。俺は千歌のベッドに背中を預けて読書。

 

人から見ればサボってるように見えるけど、そもそもここまで来ると俺にできることは何もない。あとは3人の努力次第だ。

 

「ふぅ……朝比奈くん?何読んでるの?」

 

歌詞の書かれた紙から顔を上げ、首を回しながら桜内さんが俺にきいてきた。

 

「本だよ」

 

そう答えると、イラっとしたような顔になる。

皺が増えちゃうぞ☆

 

「ハァ……なんの本読んでるの?」

 

「文庫本」

 

さらに青筋が立つ。オモロー!

 

「本当に底意地が悪いのね」

 

「そんなことないよ。今読んでるのは『そして誰もいなくなった』。知ってる?」

 

「アガサ・クリスティ?」

 

「そうそう」

 

たぶん名前くらいなら誰でも聞いたことがあるはず。

イギリスの超有名な推理小説家、アガサ・クリスティの名作中の名作。映画化はもちろん、舞台にもなった。

作品の中に出てくる童謡に擬えて殺人が起こるのは若干ホラー要素もあるが、わりと誰でも楽しめる。ちなみに今5人目が死んだ。

 

「桜内さんは本とか読むほう?」

 

「学校の朝読書の時間に読むくらいだったわ。あとは芥川賞とかで話題になったのを少し」

 

「そっかぁ……。ピアノに夢中だったんだもんね」

 

「……えぇ」

 

“ピアノに夢中”、そう言った時、桜内さんの表情が少し暗くなったように感じた。

何かピアノ関連であったのかな?

 

だったら本の素晴しさを説いてあげよう。

 

「俺も格闘技やってるから経験あるんだけどさ、たまに全く調子が出ない時とかあるじゃん?そんな時どうしてた?」

 

「たぶん……ただがむしゃらに鍵盤を叩いてたわね。気持ちなんてこめないでただひたすらに……。朝比奈くんは?」

 

「俺も最初はそんな感じ。ひたすらサンドバッグ殴って、蹴ってた。フォームなんて何も意識しないでね」

 

元々キックを始めたのは自分の意思じゃなかったけど、通ってるうちに熱中してた。もしかしたら同い年のライバル()がいたのもあるかもしれない。

だからこそ、調子が悪くて全く上達しない自分にイライラしてたっけ。

 

「昔から本は読んでたんだけどさ、調子が悪いとどうしてもそのことばかり考えちゃうよね。そんな時にね、信夏が一緒に読書しようって誘ってくれたんだ。それで久しぶりに集中して読んでたら、1日終わっちゃってさ。なんとなく、気持ちがすっきりしたんだ」

 

「良い妹さんね」

 

「もちろん。信夏は銀河一の妹だよ。それでね、その後格闘技のジムで練習したら前までが嘘みたいに思い通りの動きができたんだ」

 

本を読んだからそうなったのかはわからないけど、気分転換という点ではそれしかなかった。

 

「本はね、ただ文字を読むだけじゃないんだよ。自分の感覚を調整するツールでもあるんだ」

 

「感覚を調整するツール?」

 

「うん。桜内さんにも分かりやすいイメージだと……調律かな。本を読んでいて、内容がスラスラ入ってこなかったらその原因を考えて取り除く。この取り除く作業を精神的な調律って考えてみるとわかりやすいんじゃない?」

 

「調律かぁ……」

 

桜内さんは俺の言ったことを反駁するように何度も口に出している。

珍しく良いことを言った俺を、千歌と曜がからかうような視線で見てくる。

 

「曜ちゃん曜ちゃん、シンちゃんが珍しく頭の良さそうなこと言ってたよ」

 

「でも、あのシンくんだからたぶんアニメとか本からの受け売りだよ。だってあのシンくんだよ」

 

どのシンくんなんだ、俺は?

 

まぁ、確かにちょっと前に見たアニメの受け売りだけどさぁ。いいじゃん、良いこと言ってるんだから。

 

「ねぇ、朝比奈くん」

 

「ん?」

 

「もし良かったら今度何かおすすめの本を貸してくれない?」

 

「俺のでいいの?知り合いに本好きの女の子いるからその子に聞いておこうか?」

 

桜内さんは女子だし、花丸のおすすめのほうがいいかもしれないと思うんだけど……。

まぁ、少女漫画ってわけでもないし本を読む側に性別は関係ないのかな?女子高生がみんな芹沢光治良読んでるわけじゃないだろうし。

 

「ううん。朝比奈くんのおすすめで」

 

「う〜ん……俺のおすすめかぁ。外国の翻訳になっちゃうよ?あとはラノベとか」

 

「別にいいわよ」

 

弱ったなぁ。案外難しいぞ、その人に合う本を渡すって。

 

そうだな……桜内さんはもう少し俺に優しくなってほしいし、あれにしよう。

 

「『星の王子さま』なんてどう?」

 

「あれって絵本じゃなかったっけ?」

 

「一応小説もあるよ」

 

あれを買ったのは中二の時だったかな。

俺と親しくなって態度が雑になり始めた花丸が初めて俺に人間性が腐り落ちている、と言ってきたのが発端だった。

心を折りにきたのかと思ったよ。

 

「『星の王子さま』を読むとね、優しい気持ちになれるんだよ。だから桜内さんにはピッタシじゃないかな?」

 

「今さりげなく私は優しくないって言わなかったかしら?」

 

「言ってない言ってない」

 

ただ俺にもう少し優しくなっていただきたいだけだよ。

 

「朝比奈くんはそれを読んで優しい気持ちになれたの?」

 

「もちろん。てか、俺って基本的に誰にでも優しく接してるよね?」

 

「「 ハッ 」」

 

なんか幼馴染2人に鼻で笑われたんですけど……。とりあえず右手で千歌の、左手で曜のほっぺたを引っ張り回しておく。

 

「まぁ、絵本になるくらいだから内容もわかりやすいと思うよ」

 

「じゃあ、ライブが終わったら貸してくれる?」

 

「OK。それならいっそのことウチに来る?ライブ終わった後にさ」

 

「朝比奈くんの家に?」

 

「うん。千歌と曜も」

 

一応『星の王子さま』を推薦はするけど、自分が読む本は自分が決めたほうがいい。

なにより、信夏がチラシのイラストを描いている時に桜内さんにも会ってみたいと言ってた。丁度いいや。

 

「いいね!最近シンくんの家で遊ぶことなかったし」

 

「私も賛成〜」

 

というと、またお菓子でも作っておく必要があるかな。

この2人には未完成のみかん菓子を採点してもらおう。ちなみに未完とみかんはかけてないよ。

そんな益体もないことが頭に浮かび、これじゃあ千歌のしょーもないダジャレと変わらないことに気が付いた。ちょっと自分が嫌いになった瞬間だ。

 

そんな時、千歌の部屋の襖が開く。

 

「みんな〜、そろそろ帰らないとダメじゃない?」

 

志満姉ことお姉さんが腕時計を見ながらそう言ってくる。

それであることに気付いた曜が、

 

「あっ!?」

 

と声を上げた。

 

「終バス……終わってる……」

 

ふむ、ドンマイとしか言いようがないね。

曜の家は暗くなると徒歩では少し厳しい距離にある。特に女の子1人では少し危ないだろう。

 

「ま、頑張ってね」

 

「えーーー!!そこは『俺が送って行くよ キラン☆』って言うところじゃない!?」

 

「言わないよ」

 

いつから俺はそんなイケメンキャラになったのか。しかも、容姿的な問題で俺がそれを言っても女子として何も嬉しくないでしょ。

 

「朝比奈くん、壁ドンしながらだと私的に嬉しいんだけど……」

 

「俺的にそれをする必要性がわからないんですけど!?」

 

「壁ドン……」

 

おい、なんで曜は壁に寄ってるんだよ。やらないからね?そもそもそれ壁じゃなくて姐御の部屋に続く襖だし。

 

「曜ちゃん、そっち美渡姉の部屋だからダメ」

 

良かった……意外にもこの状況だと千歌がまともだった。

 

「反対の壁ならいいよ」

 

「そっか!ありがと千歌ちゃん!」

 

訂正。この状況でまともな人間なんていない。

なにその『なんだかんだ言ってもやってくれるんだよね?』みたいな上目遣い。そんなにやってほしいのか……仕方ないな。

 

「じゃ、お先に。俺帰るから」

 

逃げるか。

鞄から出してあった物は本だけなので、それと鞄を抱えて全力で逃げようとするが……

 

「ぐえっ!?」

 

なんとお姉さんにブレザーの襟を掴まれた。結果、慣性の法則で俺の首が締まる。

 

「ゲホゴホッ」

 

「こ〜ら、女の子には優しくしなさいって昔から言ってるでしょ?」

 

「でも……」

 

「でもじゃなくて?」

 

「……はい。あの、恥ずかしいからさぁ……」

 

ナデナデしてくるお姉さんに俺は逆らえない。とは言え、幼馴染が見てる前で撫でるのは止めてほしいな。顔に熱が溜まるのがわかる。

 

「曜ちゃんは私が送って行くわ。信一くんも乗ってく?」

 

「俺は歩くから大丈夫だよ。そもそもあのトラック2人乗りじゃん」

 

「信一くんは……私の膝とか?」

 

「遠慮します」

 

男子高校生膝の上に乗っけて何が楽しいのだろうか。だいたい、運転手の膝の上って交通安全的にダメでしょ。

 

「あ、大丈夫ですよ。私、シンくんに送ってもらいますから」

 

「ちょっと待って。俺にここから曜の家まで歩けってこと?」

 

不本意ながらまことに遺憾だが最悪それでもいいけど、お姉さんが車出してくれるならそれに甘えたほうがいいんじゃないかな?そっちにしてくれたほうが俺としてはとても嬉しい。

 

「ううん、歩けなんて言わないよ。もっと良いものシンくん持ってるでしょ?」

 

「良いもの?シンちゃんなんか良いもの持ってるの?」

 

「……いいいいいいいいやややや、ななな何のことだかさっぱりわからないな」

 

「めちゃくちゃ動揺してるじゃん」

 

いやちょっと待って、俺の想像したものと曜が考えてるものが合致するなら、どうしてこいつは知ってるの?誰にも言ってないはずなんだけど!?

 

「ほら、早く帰ろ!お邪魔しました〜」

 

「お、お邪魔しました〜」

 

挨拶もそこそこに、俺は曜に手を引かれて『十千満』から連れ去られた。

 

 

 

 

 

 

そして、一度俺の家に着いた。場所はガレージ。

 

「シンくんさぁ、バイク持ってるでしょ?」

 

「……なんで知ってるの?」

 

「信夏ちゃんが言ってた」

 

「ハァ……なるほどね」

 

確かに俺はバイクを持っている。中型の400ccだ。

 

「でも、このバイクは忙しい時期の配達用だよ。みかんの旬な時期は走り回ってたら行き届かないからね。学校にもそういう風に言って特別に許可貰って免許取ったんだから」

 

2人乗りはできるが、それはそこにみかんのダンボールを乗せるためだ。

 

「そもそも、免許取得から1年以内は2人乗り禁止なんだよ。だから俺は送れない」

 

「でも信夏ちゃんとはよく一緒に乗ってるんだよね?」

 

「うぐっ……なんでそこまで?」

 

「信夏ちゃんが言ってたよ」

 

ハァ……可愛い可愛い俺の妹は少しおしゃべりなきらいがあるみたいだね。口止めしなかった俺も悪いけど。

まぁ、でもそのおしゃべりなところも信夏の魅力だ。少なくとも俺みたいにほとんどの人から疎まれるような人間になることはないし、なってほしくない。そもそも信夏の仕草、言動は全てが魅力に映るのが世界の真理だろう。

 

「わかったよ。でも、千歌には絶対内緒だよ?」

 

「どうして?」

 

「あいつに教えたらせがまれるのは考えなくてもわかるでしょ?」

 

そして、配達以外に使ったことが学校にバレると停学を食らう。これじゃあ俺だけが一方的に不利益を被るだけで、何も得がない。

 

「だから言っちゃダメだよ?」

 

「は〜い」

 

うん、良い子だ。その意味も込めてフルフェイスヘルメットを曜に着けてあげる。慣れてないと顎の固定が上手くできないからね。

俺も一度髪を解き、自分用のを被る。

 

「ほら、乗って」

 

「えへへ〜、バイクの2人乗りってちょっと憧れてたんだ〜」

 

「それでテンション上がって暴れないでよ?事故ったら免許証シュレッダーにかけられちゃうから」

 

「了解であります!」

 

ビシっ!とヘルメットの上から敬礼して、腕を俺の腰に回す。

なんか背中に幸せな感触が2つあるけど、夜道の運転で煩悩は大敵だ。捨て去ろう。

 

「そういえばさ……」

 

「ん?」

 

「ライブ……人来てくれるかな?」

 

先ほどまでのウキウキと楽しそうな声は鳴りを潜め、不安そうな声で曜が聞いてくる。

 

「俺に聞かれても知らないよ」

 

「そうだけどさぁ……そこは『きっと満員になるよ キラン☆』くらい言うところじゃない?」

 

「曜は俺をどんなキャラにしたいの?」

 

一度でもそう言ったことがあっただろうか?全く記憶にないでござる。

 

それにしてもなぁ……いつも明るい曜がそんなことを聞くってことは、こいつも不安なんだろうな。千歌と桜内さんがいる前でこれを口にするのはまずいと弁えてるから、俺と2人きりの時に零したんだろうね。

 

誰にでも気を遣える曜らしいな。

 

だったら少しくらいならいいか。

 

「あんまり辛気くさい顔してると運気も逃げちゃうよ」

 

正直顔は見えないが、声音でなんとなくそんな顔をしてるのは想像がつく。

それに……いつも明るい曜には明るい笑顔が似合うからね。お客さんはどうかわからないけど、これだけは言えるよ。

 

「アイドルはいつも笑顔で恋愛禁止。曜はスクールアイドルなんだから笑顔を忘れたらダメだよ」

 

「まだなってないよ?」

 

「じゃあライブが成功するように願掛けでずっと笑ってなよ。曜の笑顔はとっても魅力的だし、ずっと見ていたいって思えるからさ」

 

チラシ配りの時なんて中学生や他校の高校生と一緒に写真を撮っていた。こんなことは笑顔に魅力がないとできない。

 

ちなみに俺も日々笑顔を心掛けている。何故か詐欺師の営業スマイルって言われるけど。不思議だ。

 

「笑顔かぁ……」

 

「『アイドルは笑顔を見せる仕事じゃない。笑顔にさせるのが仕事』ってね。たぶん3人の中で1番それが上手なのは曜だからさ、曜の笑顔がみんなを笑顔にするって考えればいいんじゃないかな?」

 

「シンくんってさ……ずるいよね」

 

「失礼だな。俺は基本ずるいことはしないよ」

 

賭け勝負などではたまにやるけど、それは自分に不利益が出ないための正当なイカサマだ。

そもそも見抜けないほうが悪い。

 

「そういうことじゃないよ……バカ」

 

なんかdisられた……解せぬ。

 

「まぁいいや!シンくんがバカなのはもう治らないもんね!」

 

「治るよ!バカは治るよ!」

 

「え〜、シンくんのはもう治らないよ〜」

 

「だいたい俺バカじゃないしね!ていうかバカって言うほうがバカだから!」

 

「いきなり幼児化した!?」

 

してねぇよ!

 

ハァ……でもやっと笑顔になってくれた。もちろん顔は見えないけど、声音でなんとなくね。

 

「よし!それじゃあ曜ちゃんの家まで全速前進!ヨーソロー!」

 

「あーはいはい、よーそろよーそろ」

 

もう疲れちゃった俺は気合の入った適当な返事でアクセルを回す。

信夏以外の人を乗せるのは初めてだけど、安全運転で行くことに違いはない。

 

今後ろには、誰よりも人を笑顔にすることができる俺のアイドルが乗ってるんだからね。




どうでしたか?

なんか曜ちゃんルートみたいな終わり方ですが、特にそんなことはないですよ。

曜ちゃんといえば、来月の17日は曜ちゃんの誕生日ですね。

Happy birthday storyでもちろんオリジナルストーリーを書くつもりですが、なんとなく花丸ちゃんみたいなデート回だと同じようになっちゃってつまらないと考えました。

なので、読者のみなさんに理想のシチュエーションをアンケートしたいと思います。
活動報告で募りますので、ご協力いただければ幸いです。


あ、あと次回やっとファーストライブです。長かった……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。