あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

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善子ちゃん!誕生日おめでとう!!(二ヶ月半遅れ)

はい、一応宣言通り頑張りました。もはや梨子ちゃんとルビィちゃんの誕生日も通り過ぎちゃったよ……。

皮肉にも7月に発売したGマガを見て思いついたお話です。


堕天使ヨハネはみかんが嫌い

 シトシトと降る雨がただでさえ高い湿度をさらに上げる。長い髪が爆発するからいつもとは違って綺麗にまとめてある。

 

 梅雨も明けたっていうのに、この暑い時期特有の雨が降る時匂ってくる埃臭さが実はあまり嫌いじゃない。その匂いも雨が降り続ければじきに消えるわけだしね。

 

 今日は授業が午前中で終わる日。いつもみたいにバスで帰ろうと思ったけど、雨が降ってるからか普段歩いてる人もバスを使うみたいなので俺は歩いて帰ることにした。

 ただでさえ蒸し暑いっていうのに、人口密度がいつもより高いバスの中でおしくらまんじゅうをする気にはなれないよ。

 

 てなわけでイヤホンを耳に入れて、俺は傘を差しながら海岸沿いの歩道を歩く。

 あと500メートルくらいで家に着く。帰ったら信夏とコーヒーを飲みながらおしゃべりでもしようかな。

 そんなことを考えて、機嫌良く聴いてる音楽に合わせた鼻歌を歌っていると、

 

「ミャー」

 

 歩道の脇からそんな鳴き声が聞こえた。

 

「ん?」

 

 そちらを見ると、そこには黒い子猫がダンボールに入っている。紫色の傘の下に。

 捨て猫かな? 心優しい誰かが濡れないように傘を渡して上げたらしい。さすがに捨てた元飼い主がそんなことするわけはないだろうし。

 

 黒猫は不吉の象徴って言われるけど、まだ子どもだから可愛さが目立つ。

 つぶらな瞳。ダンボールの縁にちょこんと小さな手を置いてこちらを覗き込んでくる姿は大変愛くるしい。

 

 俺はそんな可愛い子猫ちゃんに優しく笑いかけて、

 

「バイバイ」

 

 特に何の感慨も無くその場を立ち去る。

 

 別に猫は嫌いじゃないけど、わざわざ拾ってやるほど好きでもない。

 まぁ傘のおかげで濡れないようにはなってるし、飛ばされなければ日傘としても利用できる。死ぬ前に誰かが拾うでしょう。

 

 それからさらに300メートル歩いたところで、今度は面白いものを見つけた。

 浦の星女学院の夏服———1年生はノースリーブ———を着ていて頭の右側にお団子のある線の細い子。

 自称堕天使ヨハネで、通称善子ちゃんで、愛称がヨハ子の津島善子ちゃんだね。

 

 彼女はこの雨の中傘を差さずにトボトボと歩いている。

 

「善子ちゃん」

 

「……っ!」

 

 名前を呼ぶと、肩をビクってさせてからこっちを向いた。

 珍しいな、1人なんて。大体は花丸かルビィちゃんが一緒のはずなんだけど。

 

「信一さん?」

 

「やっほ〜」

 

 セーラー服の夏服は薄い。経験から知っているので、案の定ずぶ濡れの善子ちゃんは近付くと透けブラしていた。

 

「善子ちゃんの家沼津だよね? どうしてこんなとこ歩いてんの?」

 

 浦の星女学院の前から出てるバスは沼津行きのはず。なんでそれに乗らず、さらには傘も差さないで歩いてるんだろう。

 この子中二病だから雨に濡れるの好きそうだけど。

 

「クックック……地獄への送り船から堕天してしまったからよ」

 

 どうやらバスに乗り遅れたようだ。

 

「そっか。じゃあどうして傘差してないの?透けブラして……いや、なんでもない」

 

 危ない危ない。せっかくの絶景が拝めなく……あ、ダメだった。善子ちゃん、細い両腕で胸を守りながら身をよじっちゃった。肩紐や背中の部分も透けてるからあんま意味ないけど。

 

「まぁ透けブラはどうでもいいや。傘は無いみたいだけど、バスに乗り遅れたなら次を待てば良かったんじゃない?」

 

「ハァ……学校の渡り廊下歩いてたら風で雨が吹き込んできてね。それでびしょ濡れになったからバスに乗るのは迷惑かなって思ったのよ」

 

「なんとまぁ……」

 

 もう色々と面倒だと言わんばかりに濁った目で理由を話してくれた。気分が乗らないのか、堕天使も止めてる。

 

「あと別に傘忘れたわけじゃないわ」

 

「持ってないようだけど?」

 

 ちなみに今も善子ちゃんは雨晒しのまま、傘の下で濡れない俺と話しながら並んで歩いてる。

 可哀想だなぁ〜。でも俺が濡れちゃうから相合傘してやる気は毛頭ない。

 

「傘は…そのぅ……闇の眷属が聖雨に濡れて苦しんでいたから与えてやったのよ」

 

「……あぁ、なるほどね」

 

 照れくさそうに頬を赤くして傘を持ってない理由を話す善子ちゃん。

 さっきの子猫んところにあったのが善子ちゃんの傘だったのか。確かに、紫色とかこの子好きそうだ。

 

 ニヤニヤと今降ってる雨より生暖かい目で彼女を見ると、プイッとそっぽを向いてしまった。その勢いで善子ちゃんの髪が振られ、水滴が俺の顔に飛ぶ。

 

「うわぁ最悪」

 

「あっ、ごめんなさい……」

 

 口をへの字に曲げて抗議したら………あ〜あ、シュンってしちゃった。

 なんかもう、キャラがブレっブレだなぁ。堕天使だったり善子ちゃんだったり。人間、ここまで不幸が続くとこうなるのか。

 

「ハァ……別にいいよ。 それよりこれからどうするの? 歩いて沼津まで行くの?」

 

「そのつもりだけど……あ」

 

「なに?」

 

 善子ちゃんは俺の顔を見て何か気付いたように声を上げた。

 

「確か信一さんの家ってこの近くよね?」

 

「うん。ていうかここ」

 

 事情を聴いてるうちに着いた。みかん農園イーストサンと書かれた木製の看板は濡れたせいで周りが暗い色になってるけど、文字の部分は撥水スプレーを重ねているので綺麗なままだ。

 

「あの……ここから歩いて沼津まで帰るとなると2時間くらいかかるじゃない?」

 

「そうだね」

 

「でもこんな雨に濡れたまま帰ったら風邪引いちゃうと思うのよ?」

 

「まぁ、たぶん引くだろうね」

 

 何か言いたげに善子ちゃんは視線を右往左往。ずぶ濡れのまま上目遣いになったり、下を向いたり。

 眼球の体操かなとも思ったが、ここで俺は善子ちゃんの言いたいことに気付く。

 

「なるほど」

 

 俺が善子ちゃんの言いたい事を察したのを察したらしい。彼女は目をキラキラさせて見上げてくる。

 

 日頃、千歌とか曜とか花丸とか蓮とか童部さんに鈍感と言われるけど、こればっかりはちゃんと分かったよ。

 

 善子ちゃんはこの雨の中2時間も歩いて帰らなきゃいけない。しかも傘は無く今でさえ濡れ鼠状態。そこに現れた知り合いの俺。その俺の家は目の前にあり、俺はそこに入る。

 これだけの要素が揃っていれば簡単だ。そりゃそうだよね。これからずぶ濡れで2時間歩くのは辛いし。だから俺はにこりと笑って言ってあげる。

 

「じゃ、頑張ってね」

 

 彼女は応援してほしいんだ。

 

「違う!」

 

 突如ブチギレた善子ちゃんがアッパー気味の軌道でボディブロー。俺はそれを鞄で受け止める。

 

「え、違うの?」

 

「なんでそんな不思議そうな顔できるのよ……」

 

 そういう善子ちゃんこそ、どうしてそんな不思議そうな顔をしているのだろう?謎だ。

 

「じゃあなに? 俺早く家に入りたいんだけど」

 

 そして信夏と楽しく幸福な時間を過ごしたい。ぶっちゃけ、このゴミのような時間を早く終わらせたい。

 

「そのぅ……雨が止むまで信一さんの家で雨宿りさせてほしい…です」

 

「あ、そっちか」

 

「あの話の流れでどうして応援してほしいと思ったわけ!?」

 

 なんか怒られた。女心と秋の空はわからないものだね。今は梅雨明けの夏だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 どういう思考回路してんのよ、この人!

 

 ていうか、普通雨の中傘差してない知り合いがいたら自分の傘に入れてあげたりするでしょ!なんで当たり前のように自分だけ傘差した状態でいられるの!?

 

「どうせならシャワー使う? そのままだと風邪引いちゃうだろうし」

 

「……いいの?」

 

「別に水道代とガス代払えない程ウチ困窮してないよ」

 

 そこを気にしたわけじゃない。

 

 鍵を開けながらこちらを見ずにきいてくる信一さん。正直タオル貸してくれるだけで充分なんだけど……。まぁ、せっかくだしお言葉に甘えようかしら。

 

「あ、でも着替えがないか……。信夏のじゃちょっと小さいだろうしなぁ。善子ちゃん、風呂上がりって服着る派?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「なんだ、着る派か。堕天使ヨハネ様は生まれたままの姿が美しいから湯浴みの後は何も着ないと思ってた」

 

「クックック……貴方は愚かね。堕天使であるのなればこそ、人前では肌を……あぁ!ごめんなさい!謝るから扉閉めないで!」

 

 心底面倒くさそうな顔で玄関扉を閉めようとする寸前でギリギリ足を突っ込めた。せっかく雨宿りできる場所を確保したのに閉め出されるところだった。

 

「チッ……」

 

「ねぇ、今舌打ちしたわよね?したわよね!?」

 

「ただいま〜」

 

「無視すんな!」

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

 玄関を入ると、いきなり中学生くらいの女の子がロケットスタートで信一さんの胸に飛び込んできた。

 でも、信一さんはまったくヨロけずに勢いだけ殺して優しくその女の子を抱き締めてる。

 

「ただいま、信夏」

 

「うん! 今日ちょっと遅くなかった? わたし心配したんだよ?」

 

「ごめんごめん。バスが混んでたから歩いて帰ってきたんだ」

 

 さっきまでの私への態度が嘘みたいに信一さんの表情は優しい。愛おしそうに抱き締めたまま頭撫でてあげてるし。

 

 もはや完全に私蚊帳の外なんですけど……。

 

 そう思ってた女の子の目が信一さんの肩越しに私と合った。

 よく見ると、信一さんとそっくりな綺麗で可愛らしい顔してるわね。どちらかと言うと可愛い寄りかな? でも、絶対に将来は美人になるわ。

 

 信一さんのことお兄ちゃんって呼んでたし、この子が噂の妹ね。

 

「お兄ちゃん、後ろの人誰? ……もしかして彼女?」

 

「あはは、違うよ」

 

「ホントに?」

 

「本当に。それに、もし彼女ができたとしても俺は信夏が1番好きだよ」

 

「1番ってどのくらい?」

 

「もちろん世界1」

 

「でもわたしは宇宙1お兄ちゃんのこと好きだよ?」

 

「じゃあ銀河1かな」

 

「「 ……………………………… 」」

 

「信夏!」

 

「お兄ちゃん!」

 

 ガシッ!と、見ているこっちの目が火傷しちゃいそうなほど熱い抱擁を交わす兄妹。

 ……私、何見せられてるのかしら?

 

 その態勢のまま10分ほど経過。

 

「さてと……信夏、この子は善子ちゃんだよ。前に話したの覚えてる?」

 

「あぁ!Aqoursの新メンバー?」

 

「そうそう。それでね、善子ちゃん捨てられてた子猫に傘渡しちゃってずぶ濡れになってたんだよ。んでんで、このままじゃ風邪引いちゃうから……」

 

「お風呂場に案内すればいいんだね!」

 

「正解」

 

 ———ちゅ、と当たり前のように妹のおでこに信一さんはキスをした。

 な、なな…なにしてんのよ……っ!?

 

 でも、妹のほうは嬉しそうにしてる。この兄妹、健全な兄妹なのかしら……?

 

「じゃあ、えっと……善子ちゃんでいいんだよね?こっち来て」

 

「あ、でも床が濡れちゃう……」

 

「俺が拭いとくから気にしないで。それより早く暖まらないと」

 

「……ありがと」

 

 お言葉に甘えて申し訳ないけど床を濡らしながら朝比奈家のお風呂場へと妹さんに連れられて向かう。

 といっても、廊下をちょっと歩いてすぐにあったからそれほどでもないみたい。

 

「えへへ〜、お兄ちゃん優しいでしょ〜」

 

「そ、そうなの?」

 

「うん。あんなに優しくてなんでもできるお兄ちゃんは他にいないもん」

 

 妹さんが自慢するように言ってくる。その可愛らしい顔を同じ女の私でもドキリとさせてくるくらい綻ばせて。

 

 脱衣所でずぶ濡れの制服を脱いでる私に、バスタオルなどを用意しながら話しかけてくる。物怖じしないタイプなのか、年上でしかも初対面にも関わらず。私なら絶対無理。

 

「でも不思議なんだよね。欠点なんてほとんど無いのに、どうしてお兄ちゃんには彼女できないんだろう」

 

「彼女できてほしいの?」

 

「う〜ん……そう聞かれると複雑。もしかしたらわたしより彼女さんを優先しちゃうかもしれないし……」

 

 シュン……と、とても寂しげに顔を伏せちゃった。心なしか、目に涙も浮かべてる。

 

 この妹さんの態度を見て分かったけど、信一さんはこの子に理想的な兄として接してるのね。

 普段の信一さんを見ていれば、恋人ができないことに疑問を感じる余地なんてないし。

 

 確かに顔立ちはとても整っていて、聞いた話では勉強以外なら料理も上手で会話の話題も豊富。これだけ聞けば間違いなく優良物件だし、勉強ができない程度はむしろ愛嬌に感じられる。

 

 けど、性格がね……。

 妹さんへの接し方を見て確信したわ。あれは確かに“人間性の腐り落ちたシスコン”だわ。

 

「たぶん大丈夫よ。信一さん、彼女作らないと思う」

 

「……そうなの?」

 

 正確には『作れない』、だけどね。ここはあの人の名誉の為に黙っておきましょ。

 ……あのシスコン具合からして下手なこと言うと怖いし。

 

「良かった〜。あ、こっちがシャンプーでそっちがトリートメントだから間違えないようにね」

 

「ん、ありがと」

 

「どういたしまして!」

 

 お礼を言っただけでこんなに嬉しそうな笑顔を向けられると照れちゃうわね。

 ホント……顔がそっくりなだけで兄妹とは思えないわ。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃ〜ん!善子ちゃんお風呂に案内してきたよ」

 

「OK。ごめんね、頼んじゃって」

 

「お兄ちゃんが頼ってくれるならわたしなんでもするよ!」

 

 そう言って信夏はにっこり笑う。

 太陽のように輝かしく、月のように美しい。見ているだけで幸せになれる、そんな世界中の花々がただの生ゴミにしか見えなくなるような世界遺産級と評することすらおこがましい笑顔だ。素晴らしい。

 

「善子ちゃんの着替え、用意しとかないと」

 

「わたしの使う?」

 

「俺のかな。信夏のじゃちょっと小さいだろうし」

 

「むぅ……わたしだってちゃんと成長してるんだよ!」

 

 不満気にツルツルの綺麗で柔らかなほっぺを膨らませる信夏。

 はは、一挙手一投足が俺のハートをブチ抜いていくよ。妹が可愛すぎて心不全になっちゃうね。

 

「ごめんごめん。信夏が成長してるのは俺が1番よく分かってるよ。なんたって……」

 

「なんたって?」

 

「信夏のお兄ちゃんだからね」

 

 グッとサムズアップをキメ顔で返すと、信夏は俺の胸に飛び込んできた。

 その衝撃できめ細やかな黒髪が跳ねて、良い香りが広がる。うん、ハピネスだ。

 

「さ、悪いんだけどコレをお風呂場に持ってってあげてくれる?」

 

「お兄ちゃんが持ってかないの? もしかしたらラッキースケベがあるかもしれないよ?」

 

「こ〜ら。あれは見た側が一方的な得をするだけで、見られた側は不利益しかないんだよ」

 

「そっか! 不利益は良くないね!」

 

 物分かりがよくて大変よろしい。

 

 やっぱり商売にたずさわる者として、お互い等価交換を旨としなきゃだからね。

 ラッキースケベの等価交換がなんなのかはわからないけど。俺も脱げばいいのかな?

 

 そんな益体もないことを考えながら信夏に善子ちゃん用に用意した俺の服を渡す。

 

「あ、そういえば今日お父さんに教えてもらいながらみかん饅頭作ったんだ。あとで善子ちゃんも入れて3人で食べよ?」

 

 今回のは自信作なんだ〜と、朗らかに笑って愛しのマイエンジェルは風呂場へと向かった。

 

 俺は何度か信夏の希望で料理を教えたことがある。そもそも、信夏が食べたい物なら俺が作るから必要ないとは思ったんだけど……なんと信夏は、

 

『わたしの料理でお兄ちゃんに美味しいって言わせたい』

 

 というもはや俺を殺しにきたんじゃないかと思えるほど凄まじく女神で天使な理由を言ってくれた。

 信夏の手作りなら炭だろうが、スポンジだろうが、洗剤だろうが完食する自信あるよ。

 

「あの……上がったわよ」

 

 信夏への愛と決意を胸に、軽く机の上を整頓してると俺の服を着た善子ちゃんが部屋に入ってきた。

 

「はいよ。ちょっと飲み物持ってくるから待ってて?」

 

「飲み物なら妹さんが持ってくるって……」

 

「じゃあ手伝ってくる。適当に本棚の本読んでていいよ。ただし、黒幕が掛かってるところは見ない方がいいかな」

 

 エロゲーが敷き詰められてるから、とは言わない。人間、見ない方がいいとか言われると見たくなっちゃうからね。いつもツンと澄ましてる善子ちゃんの顔が真っ赤になるのは面白そうだ。

 

 これってセクハラになるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 悩ましいわね。

 

 シャワーを借りて、ついでに雨水で濡れたからシャンプーを使わしてもらったんだけど……一体どこの高級シャンプー使ってんのよ。めちゃくちゃいい香りするじゃない!

 トリートメントも高級なのか、いつもより髪の艶がいいし。

 

 まぁ、それはいいの。悩ましいのは……

 

「どうして信一さん、女性用のシャンプー使ってるのかしら?」

 

 コレね。

 

 いや、もちろんあの人の家の物だし何を使おうと勝手なんだけど、私の髪から信一さんと同じ香りがするというのは……なんか恥ずかしい。

 そして、香りと言えば信一さんから借りた服。

 服というのは持ち主本人の肌に直に当たるからその人の匂いが付くもの。それはよく着るものならなおさらで、今私が着てる服にも信一さんの匂いがしっかり付いている。

 

 だから……うん…えっとぉ……うん、目を瞑ると信一さんに抱き締められてる錯覚が起こるのよね……。

 

「うぅ〜、うぅぅぅぅぅ……ッ!」

 

 私は羞恥のあまりシワになることも構わず裾を力強く握りながら悶えてしまう。

 

 恥ずかし過ぎる……!なにより恥ずかしいのは、この堕天使ヨハネがただの人間ごときから抱き締められている錯覚を嫌じゃないと思ってるところ!

 

 これじゃあ身が持たないわ。信一さんの本棚でも見てみましょ。見ていいって言われたし。

 

「アガサ・クリスティ……アントワーヌ……S・キング…?あ、スティーヴン・キングか……フィリップ・K・ディック……?」

 

 かろうじてアガサ・クリスティとスティーヴン・キングくらいは分かるけど……知らない作家も多いわね。漫画とか読まないのかしら?

 そう思ってたら外国人の名前が消えてライトノベルが並んでる。こっちはわりと知ってるものが多い。

 で、最後に黒幕の掛かってる場所か。

 

「……………………………」

 

 この部屋には私しかいないけど、一応キョロキョロ。部屋の中を無意味に見渡す。

 見ない方がいいと言われたけど、そう言われると見たくなっちゃうのよね、人間って……いやいや!私は人間じゃなくて堕天使だけど!

 

「まぁ、少しだけなら」

 

 チラっと黒幕を上げ、中を見……る……………と……ッ!?

 

「……見なかったことにしましょう」

 

 うん、まぁ信一さんもあんなナリして男ってことよね?だからこういうの持ってても不思議じゃないものね!ね!?

 

「お待たせ〜。善子ちゃん、飲み物と一緒におやつも持ってきたよ〜。わたしが作ったんだ……って、顔真っ赤だけど大丈夫?シャワーでのぼせちゃった?」

 

 そう言いながらおやつ類の乗ったトレーをテーブルにおいて信一さんそっくりは顔でこちらを覗き込んでくる妹さん。

 てかシャワーでのぼせるって何?そんなことあるの?

 

「う…ううん、なんでもない」

 

「……?」

 

 妹さんは小鳥みたいに首を傾げてる。この仕草がまたやたらと可愛いわね。

 あどけない表情が無防備で……しかも信一さんに瓜二つだから近くにある唇が………いや!いやいやいや!!さすがにダメでしょ!

 

「ちょっと……離れ……て…?」

 

「うん?はい」

 

 素直な子ね。なんかそんな子の唇に邪な気持ちを抱いたことに罪悪感が湧いてくる。

 

「それより、あんまり気を使わなくていいのよ?」

 

「ううん、いっぱい作ったから善子ちゃんにも食べてほしいの。わたしの作った———みかん饅頭」

 

 みかん…饅頭……だと……ッ!?

 

 まぁお父さんにも手伝ってもらったんだけどね〜、とこれまた可愛らしくはにかむ妹さんを他所に私は固まる。

 私、みかん嫌いなんだけどどうしよう……。なんか全人類みんなみかん大好きだと思ってそうな妹さんに「私みかん嫌いです」とか言ったら泣き出しちゃうかもしれないし。

 

「でもわたしね、まだみかんを入れる分量がイマイチ分からなくて餡子多めにしたんだ〜」

 

 あ、それならワンチャンいけるかもしれない。餡子多めならギリギリ食べられると思う……たぶん。

 そう思ってたら、妹さんは見る人全てを幸せにするような笑顔で私を不幸のドン底にドロップキックで叩き落とすようなことを言う。

 

「だから———ウチで作ってる100%みかんジュース持ってきたよ!」

 

 何故みかん饅頭のお供がみかんジュース……ッ!?味偏り過ぎでしょ!?

 

 思わず私がみかん嫌いなことを知ってる信一さんに助けを求める視線を向ける。

 実は妹さんと一緒に部屋に入ってた信一さんはニッコリ優しく笑って私の耳に口を寄せ……

 

「できるだけ美味しそうに食べるんだよ? もし少しでも不味そうな顔したら……善子ちゃんもこの雨の中着衣泳なんてやりたくないでしょ?」

 

 かなりドスの効いた声で懇切丁寧に脅してきやがったわ。この状況、シスコンフルスロットルな信一さんに助けを求めたのが間違いだった。

 

 ———さて、どうする?

  ニコニコ愛らしい笑顔で私がみかん饅頭食べるのを今か今かと見てる妹さん。

 ニコニコ目の笑ってない笑顔で私が下手なことを言わないように睨みを利かせてる信一さん。

 

 どうしてほぼ同じ顔の笑顔なのにこうも印象が違うのかしら?

 

「じゃ、じゃあいただくわね?」

 

「うん!召し上がれ!」

 

 ここはアレね……キョーグル(東京喰種)でマスターが主人公に教えてた食事法でいきましょう。

 その方法とは———できるだけ噛む回数を減らし、一気に飲み込んで下品にならない程度の咀嚼音を立てる。

 

 作戦は決まった。あとはこのみかん饅頭を丸ごと口に……口に……デカイ!?手のひらサイズはある!

 でもここは……腹を括るしかないわ!ミスは許されない。ミスればこの雨の中海で着衣泳なのだから!

 

 ———パク!

 

 口にみかん饅頭を入れる。だが慌てない。あの食べ方で使うのは本来噛むときに使う面積の広い奥歯ではなく、ギロチンのような前歯。奥歯で噛み潰すと嫌いな味が口に広がるけど、前歯で噛み切ればそうなることはない。

 

 ———かなり大きいけど、イケる!

 噛む回数は三回。一回目で2つに噛み切り、残り二回で2つに分けたやつを二等分。計4つになったみかん饅頭をモグモグさせながら飲み込む。

 

 ———勝った!

 

「うん、とっても美味しい」

 

 少しみかんの風味が口に残るが許容量。これくらいなら顔を顰めることはないわ。

 

「やったー!お兄ちゃん、美味しいって言ってもらえたよ!」

 

「良かったね。俺も1つ貰っていいかな?」

 

「もちろん!」

 

 私を殺人鬼みたいな目で見ていた信一さんも、妹さんのみかん饅頭をパクリ。こっちはこっちでいつもとは違う真剣な表情をしてる。それに少しドキッとさせられながら、私も妹さんと一緒に信一さんが味わうのをガン見。

 見た感じ、かなり本気で味わってる。もしかしたらかなり真面目なコメントを言うかもしれないわね。この人、一応仕事は真面目だし。

 

 ゴクンと嚥下してから、真剣そのものの目で妹さんを見る。それに対して妹さんも背筋を伸ばして正座の姿勢。

 

「お兄ちゃん、どう?」

 

「そうだね……まず甘さと酸味のバランスが65点、皮の柔らかさが80点、丁寧さが90点———」

 

 合計235点、か。300満点かしら?

 確かに餡子とみかんのバランスがイマイチ分からないとは言ってたから『甘さと酸味のバランス』が低めなのは仕方ないのかも……

 

「信夏ボーナスで99999765点。1億点満点だね」

 

 しれないけどシスコンにはそんなこと関係ないみたいね。

 てか1億点満点って……。小学生か。

 

「機会があれば今度は俺と作る?」

 

「お兄ちゃんが教えてくれるの!」

 

「信夏の為なら頑張っちゃうよ」

 

 むん、と力こぶを作る信一さん。それにキャッキャと妹さんははしゃいでる。ラブラブね。

 ……でも、なんだか羨ましいなぁ。私は一人っ子だから、それ特有の寂しさがあったし。兄とか妹とかいたら、案外自己紹介で事故ったくらいじゃ引きこもらなかったのかもしれないし。

 

「善子ちゃんも、信夏の1億点満点のみかん饅頭もっと食べた方がいいよ」

 

「ゔぇ……ッ!?」

 

 やばっ、変な声出た。

 

 本来なら純粋な好意に感じられるセリフだけど、抱き着いてる妹さんの肩から私を見てる———つまり妹さんからは見えない信一さんの表情は……真っ黒に輝いてるぅ……。

 どう考えても私が困るのを楽しんでるわ……!

 

 でも、さすがにこれ以上みかんを摂取するのはやめたい。なので丁重にお断りしようとしたら……

 

「はい、善子ちゃん!いっぱい食べてね!」

 

 こちらは兄と対照的に真っ白な輝きを見せる妹さんが笑顔で私のお皿にみかん饅頭を……ひぃっ!5つも置いてるわ。

 

「あの!こんなには食べられ……」

 

「食べて……くれないの……?」

 

 また小鳥のように首を傾げる妹さん。

 こ、断れない。なにこの反則級の可愛さ。そして、なにあの信一さんから漏れ出す反則級の殺気。

 

 そんな彼に心の底からビビる私へ、信一さんが手招き。

 恐る恐る耳を寄せると、

 

「断ったら……わかるよね?」

 

 この人、実は人間の皮を被った悪魔なんじゃないの?でも着衣泳をしたくない+シスコン全開の信一さんが怖い私はブォンブォンとヘッドバンキング気味に頷く。

 

 うぅ……本当に私って不幸。

 

 雨の日にバスに乗れないくらい濡れて、傘を捨て猫に貸しちゃって……こんな人間性の腐り落ちたシスコンに———惚れちゃってるんだから。

 

 だから私はヤケクソな気分でみかん饅頭を掴む。これも試練よ、ヨハネ!惚れた弱味と割り切って、このみかん饅頭を完食しなきゃ!







はい、いかがでしたか?
天然ドSな信一の妹、信夏。この子が絡むと信一がシスコンなだけのキャラになり、この話の主役であるヨハネ様が空気になる。悲しいですね。

ちなみに今夜というか昨夜というか……投稿した時間を見ると表現に困りますが、とにかく9月27日は地上波でAqoursが一気に2人も映った記念すべき日なのです!皆さん、ちゃんと見ましたか?

次は梨子ちゃんの話で、その後はルビィちゃんの話。うぅ……本編が進まない(泣)

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