今回は前半オリキャラとオリ主のやりとり。半分から先がストーリー遵守となってます。Aqoursしか興味ねぇ!!という人は大体半分くらい先からお読みください。
6人が出発した次の日———つまりAqoursがアキバドームでライブする日。今ごろ会場で待機しているか、順番が早ければもう歌い終えたくらいだろう。
本番前にメールを送ったところ、イベントが終わったら秋葉原以外も適当に観光してから帰ってくるらしい。
「うん……暇だな」
千歌とお出迎えもすると約束しちゃったので、それまで俺はどう時間を潰そうか考えていた。
思えば、最近は暇だと感じることがそれほどなかった気がする。
千歌の思いつきでスクールアイドル部の記録係に仕立て上げられ、そのままズルズルと毎日のように練習に付き合ってきた。
最初は嫌々だったけど、今では……それなりに楽しいと思ってる。女装するのにも抵抗がなくなってきたし。
そんな忙しい日々の元凶共がいないと、途端にやることなくなっちゃうなぁ。ゲームもいいけど、最近運動不足気味なんだよねぇ。
「よし!たまには行くか」
日曜日はあまり行かないけど、アイツならいると思うし。てかバイトが入ってなけりゃだいたいいる。
俺は部屋の隅にある大きめのショルダーバッグを背負い、髪を乱雑に結んである場所へ向かうことにした。
「……ワンツー、ボディ」
「イェシッ!ェシ!」
スパン!スパン!っと、蓮の指示に沿ってオーソドックスの構えからミットを打つ度に革と革が小気味良い音を鳴らす。
「……アッパー、ストレート、左ミドル」
「フゥ……ッ!」
左ミドル———左足の中段回し蹴りがバシィっと鋭くミットに食い込んだところで、タイマー式のゴングが鳴った。
俺たちは『ありがとうございました』とお互いのグローブとミットを合わせる。これはミット打ちの礼儀でもある。
「……相変わらず蹴りが強いな」
「リーチの差を埋める為にはどうしてもね」
俺の身長は165㎝。対して蓮の身長は175㎝だ。この10㎝の差は大きく、俺の攻撃は届かないけど蓮の攻撃は届くという距離ができるほど。
小学生の頃は同じくらいだったのになぁ……。これが第二次性徴期の有無による格差かな?
「……でも珍しいな。いつも日曜は来ないのに」
「ちょっと暇だったからさ。最近運動してなかったのもあるし」
「……ふぅん」
ボルヴィックを煽りながら蓮は顎に手を当てて考える仕草。それだけなのに、無駄にカッコいい。イケメンは何をしてもカッコいいのだ。是非とも呪われてほしい。
「まぁせっかく来たし、そろそろ……やろうか?」
「……いいな」
———ニヤリ。普段は寡黙で口数の少ない蓮だけど、俺がプラスチック製のケースからマウスピースを出したら不敵な笑みを浮かべた。そしてマウスピースを咥えつつ、お互いレガースグローブ———足に着けるグローブをマジックテープで留める。
「……3分でいい?」
「うん」
手慣れた様子でタイマー式のゴングを設定する蓮に頷き、首のストレッチをして待つ。
そして———カァン!ゴングが高い音を鳴らした。それに合わせて俺たちは『お願いします』という意味でグローブを合わせる。
「———っ!」
「っと」
俺も蓮も右半身を引いた構え———オーソドックススタイル。
蓮の先手必勝と言わんばかりに牽制のワンツー、からのイン・ローキックを脛でカットして踏み込んでいく。後ろの右足を一度背面から前に出し、それを溜めにした足刀蹴りをまっすぐ蓮の腹部へ。
キックボクシングは基本、直線的な蹴り技が少ない。前蹴りも、スタンプを押すように蹴って相手を離すものでK.Oを狙うものじゃない。
だからこの足刀蹴りはどちらかと言えば空手の技術だ。
俺と蓮の実力差は広い。始めた時期が同じでも、俺は趣味の延長、蓮はプロを目指してるのだから当然だ。それが10年も続けば、実力なんて簡単に開く。そんな状態であれば普通にやって蓮から一本取るなど———不可能だ。
だからこそ、邪道を使う。勝てないとは分かっていても、負けるのは悔しいからね。正当な方法じゃ俺は相手にもならないし。
「………………」
蓮は冷静に下がりながら蹴りを払い、右足と左足をトトンッと入れ替える———スイッチと言われる蹴りの予備動作。後ろ側になった左足で容赦なく顔面を狙ってきたよ。
レガースグローブを着けてるとはいえ、ハイキックを食らうのはまずい。俺は両腕を顔の前で上げてガードし、さっき払われた足を逆再生するような軌道でもう一度蓮の腹———
だが、それより早く蓮の右ストレートが迫ってきた。こちらは片腕を曲げてガードできたけど、その勢いで蹴りをキャンセルさせられる。
「………っ!」
さらに追い打ちの左フック。横殴りに飛んでくる拳はスウェーバックで避け、次の右ストレートはウィービング———パンチを潜るように躱す。
うへぇ……当たったら一発で昏倒しそうだよ。
本来ならここから距離を詰めて
なので、俺は二段前蹴り———一度片足を上げて跳び上がり、それをフェイントにして逆の足で蹴る見栄えの良い技でさらに追撃しようとしてくる蓮にストップをかけ、左ジャブ二発で牽制。
お願いだからその
だからこれは
「……ふっ!」
鬼の首を取ったように……ていうかむしろ鬼のようにコンパクトな
相変わらず……巧い…っ! 他の格闘技の動きを取り入れて奇を
———でも、読みやすい。
まるで教科書のような美しいフォームから打ち込まれるパンチは脅威だけど、それは当たればの話。某赤い彗星も言っているように、当たらなければどうということはない。
「……っ……っ…」
直線的なパンチは
上半身の動きのみで顔への攻撃は全て躱し、ボディへの攻撃には腕を盾にするブロックで対処する。
この攻防の中、俺の足はフットワーク以外には使われていない。なので、蓮もいつカウンターの蹴りが飛んでくるのかと警戒してるね。
ラッシュは止まらないけど、蓮の意識が下に向いてきたと直感的に分かった俺は———何発目かわからないアッパーをスウェーで躱し、ローキック……と見せかけて、
「———っ!?」
スーパーマンパンチ———ローキックの蹴り足を張り子のように後ろへ振り下げ、その勢いでストレートパンチを打つ……言ってしまえば
でも大体の人がこのタイミングなら当たるはずなのに、蓮は避けた。前足を軸にして90°体を回転扉のように回すピボットで。
(チッ、この天才め……!)
元々反射神経がずば抜けてた蓮にとって、格闘技は向いてるスポーツだったんだろうね。そんな才能がある奴がさらに努力してたら、そりゃあ強くもなりますわ。でも———
(天才……か)
ロー、ミドル、と二発同じ足で飛んでくる蹴りを下がって避けながらなんとなく心の中で吐き捨てた悪態に引っ掛かりを覚えた。
千歌たちはどうなんだろう? 確かに今年から始めて、数ヶ月で5000組以上いるスクールアイドルグループの中を99位まで上り詰めたのは凄いと思う。これはこれで才能があったのかもしれない。
だけど……その華々しすぎる今までの成果がこれからも続く保証はあるのかな?
ワンツーからの軌道が読みにくいロシアンフックで牽制しながら、俺の思考がAqoursのことで埋め尽くされていく。
だけど、スパーリング中に別の事を考えるのはまずかった。
「……ふっ!」
ローキックをカットしようと片足を上げた瞬間、蓮はその蹴り足を振り子のように後ろへ下げた———さっき俺がやったスーパーマンパンチだ。
いつもならこんなの引っかからないんだけど、Aqoursのことを考えていた俺は———ゴッ!
「んがっ!?」
モロにもらっちゃったよ。その衝撃で軽く脳が揺れて……カァン!3分経ったことを報せるゴングの音と共にぶっ倒れた。
「……ほら、持ってきたよ」
「ありがと」
ジムに備えつけてある冷凍庫から保冷剤を出し、それをタオルで巻いた物を蓮が渡してくれる。座り込んだ俺は自分の不甲斐なさに不貞腐れながらも鼻っ柱をアイシング。うぅ、痛かった……。
「……今日は珍しいことばっかり起こる」
「んあ? どゆこと?」
「……日曜なのに信一が来たり、普段なら絶対対処されるはずのパンチが当たったり」
「うっ……」
隣に腰を下ろした蓮はさっきと同じようにボルヴィックを飲みながら不思議そうに考える仕草をしてる。いちいちカッコいいのがぶん殴りたいほど腹立つけど、ついさっき逆にぶん殴られたのでここは抑えよう。どうせ勝てやしないし。
「まぁ、ちょっと集中できてなかったかも」
「……スパー中は集中しないと怪我するぞ」
「今しがた身をもって体感したよ」
ペタペタと我ながら高い鼻をアイシングの隙間から触って確認する。今さらアレだが、周囲からは絶世の美少女と間違われる顔だ。女の子と間違われるのはイラッとくるけど、一応顔立ちは整ってるとのことなのでそこを崩されたくはない。
幸い鼻の高さは変わってなかったので、そこは安堵しつつジムの柱時計を見る。
「そろそろ行こうかな」
「……帰るのか?」
「ううん、千歌達のお出迎え。沼津まで行かないといけないんだ」
「……なるほど」
こんな短い言葉だけで全てを察したような顔になる蓮。成績も良くて頭の回転も早いって……いや、今さらだね。こいつはそういうハイスペック人間なんだ。嫉妬するだけ時間の無駄。
「……痴漢には気を付けろ」
「うっさい」
備えつけのシャワーを浴び、着替えた俺は、からかい混じりの蓮の言葉を背中に受けながらジムを出た。
バス停に着いて2分程度でバスが来たので、予想よりかなり早く沼津に来れた。スマホには梨子からあと30分くらいで到着するとメールが入ってたし、適当なベンチに座って時間を潰そうと思ってたら……
「あら?」
「げっ」
目、合っちゃったよ。先にベンチに腰掛けてた———ダイヤさんと。
慌てて顔を背けたけど、背中に刺さるような視線を感じる。たぶんガン見してるね。
仕方無く振り返ろうとして、それより早くダイヤさんが後ろからジト目でこちらを覗き込んできた。
「人の顔を見て第一声が『げっ』は失礼過ぎじゃありませんこと?」
「奇遇ですね、ダイヤさん。ルビィちゃんのお迎えですか?」
「誤魔化しても無かったことにはなりませんわ」
ぐぬぬ……俺、この人苦手なんだよなぁ。
何が気に入らなかったのか知らないけど、ファーストライブのとき女装して浦女にいたら警備員に引き渡されたし。
さて、どうやって撒こうか。ダッシュ、全力疾走、ランナウェイ、同じ意味の対処法が頭をよぎるが、一応“イーストサン”のお客さんでもある黒澤家の長女にそれらを実行するのは失礼だし。
「あなた、少しお時間はありますか?」
「はい?俺ですか?」
「あなたしかいませんわ」
「はぁ……まぁ、彼女達が到着するまでなら大丈夫ですけど」
「充分です」
なんか逃亡手段考えてたら誘われた……。怖い。怒られるのかな?
ビビりまくる俺を尻目に、ダイヤさんはさっきまで座っていたベンチにまた座ってその隣をポンポンと叩く。どうやらここに座れという意味らしい。
いつでも逃げられるようにベンチの上でもできるだけ距離を取って座る。
「突然ですけど、あなたはあの子達が東京に行くことについてどうお考えでした?」
「……? 良いことだと思ってますよ。努力が認められた証じゃないですか」
「そう……ですか。では、その結果が芳しくないものでも?」
「ダイヤさんはもう結果を聞いてるんですか?」
俺は帰ってきてからのお楽しみにしようと聞くことはしなかったが、ダイヤさんはルビィちゃんから聞いてても不思議じゃない。
「いえ、わたくしはまだ。今の言い方だとあなたもまだ聞いていませんのね」
ん? 千歌達のことじゃないのか?
質問の意図が分からず眉を顰める俺に、ダイヤさんは一瞬迷うような仕草をしてから小さく決心するように頷く。
「7236。この数字が何を表すか知っていますか?」
「
「違います」
まぁ、話の流れ的にそうでしょうね。
「じゃあなんだろう……スクールアイドル関連ですよね?」
「去年ラブライブにエントリーしたスクールアイドルの数です」
「へぇ、そんなに多かったんだ」
「おそらく今年はもっと多いでしょう。μ'sやA-RISEが点けた人気の火は未だ勢いを増し続けているのですから」
「なるほど」
一応相槌は打っておくが、ぶっちゃけ何が言いたいのか分からない。こんな話を俺にして、ダイヤさん本人に何かメリットでもあるのかな?
「何が言いたいんだ、って顔をしてますわね」
「あぁ、すみません」
「いえ。こちらこそ遠回しな言い方をしていましたので」
つまり本題はここから、てことか。
「数が増えれば、その分選ばれる為に質が上がります。その選ばれる数が増えない限り」
「インフレの事ですか?」
「あなたならそちらの表現の方が伝わりやすそうですわね。今わたくしが言った言葉はそっくりそのままスクールアイドルにも当て嵌まる事ですわ」
「……あぁ、なるほど。そういう事ですか」
やっとダイヤさんの言いたい事が理解できた。
スクールアイドルの数は年々増加してる。でも、今回Aqoursがお呼ばれされたようなイベントに選ばれるグループの数は変わらない。
だから増えた数に比例……いや、それ以上にスクールアイドルの質も上がることになる———こういう事らしい。
そして今このタイミングでこの話をするということは……
「心配ですか? 今回のイベントの結果がルビィちゃんを傷つけるかもしれない、と」
「ルビィだけではありませんよ。あの子達全員が心配ですわ」
「優しいですね」
「せ、生徒会長として、本校の生徒を心配するのは当然ですわ」
少し照れたように赤くなりながらぶっきらぼうに言うダイヤさんは……うん。ファーストライブの時も思ったけど、やっぱり『いい女』ってのがしっくりくる。上から目線で申し訳ないけどね。
「もうちょっと素直に応援してあげれば良いのに」
「それは……ごめんなさい。出来ませんわ。それをしてしまったら……あの人を裏切るような気がして……」
「あの人……?」
そういえば、元々ダイヤさんは千歌がスクールアイドルをやる事に反対してたんだっけ。結局スクールアイドル部はできたから考える必要が無くなって忘れてたけど、この人もスクールアイドルをやってたんだよね。
スクールアイドルをやってた人がスクールアイドル部設立に反対してた理由はわからず終いだったけど、今口を滑らせた『あの人』というのが関係してるみたいだ。
たぶん、マリーか果南ちゃんかな。ダイヤさんが2年前に組んでた2人だと思う。
ま、どうでもいいけどね。関係無いし、興味も無い。それについては俺が口出しすることじゃないさ。
「さて、そろそろ着く頃ですわ。行きましょう」
「そういえば、どうしてダイヤさんは俺にこんな話したんですか?」
「あなたがあの子達の1番近くにいる人だからです。もし誰かが折れた時、あなたなら支えてあげられるでしょう?」
「買いかぶりですよ。俺は添え木程度にしかなれません」
「それだけできれば充分ですわ」
そう言ってダイヤさんはベンチから立ち上がった。目を向けてる先では、いつの間にか駅から出てきてた千歌達がクラスメイトに囲まれてる。
「おかえりなさい」
「やぁ、おかえり」
俺達は並んで6人をお出迎え。少し珍しい組み合わせに驚いてるけど、一応は笑顔を返してくれた。
でも……なんだろう? どこか無理をしてるような、そんな作り笑いにも感じられる。
俺が違和感に首を傾げた———その時。
「うぅ…っ!…ふえぇ……」
ルビィちゃんが嗚咽を漏らしながらダイヤさんの胸に飛び込んだ。
「よく頑張ったわね」
でも、ダイヤさんは特に驚かない。優しく頭を撫でて労ってあげてるよ。
ルビィちゃんの様子から察するに……たぶん結果は芳しくなかったんだね。少なくとも、期待とはかなりかけ離れたものになった。
俺は何も言えず、立ち尽くす。この場で結果を聞いたところで良いことは無いだろう。そんなことは、ルビィちゃんの泣き声から逃避するように目を逸らす他の5人の姿を見れば一目瞭然だ。
曜も、梨子も、花丸も、善子ちゃんも。いつもならこういう状況で1番に励まそうとする千歌でさえ、目を伏せて表情を隠してる。
だから俺は何も言えない。
沼津駅前の広場に、ルビィちゃんの嗚咽だけが木霊し続ける。
結局俺は何も言うことができず、そのままキックの道具が入ったショルダーバッグを背負って手ぶらで帰ってきた。そう、手ぶらだ。
本当はお土産で『バックトゥザ!ぴよこ万十』なる饅頭があったけど、昨晩花丸が東京の旅館で食べちゃったらしい。それを聞いた瞬間、今度アイツのモチモチほっぺたを引っ張り回してやろうと心に誓った。閑話休題。
今は家族揃って少し遅めの夕食を食べている。父さんの作るグラタンは夏だろうと食べる手を止めさせない。ホワイトソースがよく絡んだマッシュルーム、マカロニ、玉ねぎは焼き目と一緒に頬張るのが最高だ。程良く焦げたチーズがまた味のアクセントとなって舌を楽しませてくれる。
自然と緩む頰に気付きながらも戻そうとは思わず、さらにもう一口食べようとした時だ。 俺のスマホが着信音を鳴らした。
俺は着信音で誰だか分かるようにしてあるので、電話の相手が曜だということはすぐに分かった。
美味い物を食べてる時に掛かってくる電話ほどイラッとくるものは無いけど、相手が相手だしなぁ……。しかもあまり良くない結果を出した後でもある。……仕方ないか。
「ちょっとごめんね」
家族に断りを入れてから席を立ち、廊下で通話ボタンを押す。
「はい、もしもし」
『あっ、やっと出てくれた……』
「ご飯中だったからね。それで?ご用件は何?」
早く食事に戻りたいので急かさせてもらおう。グラタンが冷める。
『うん……千歌ちゃんのことなんだけど……。シンくん、さっき千歌ちゃんと話してないよね?』
「そうだね。あっちから話かけてこなかったし、そんな雰囲気でも無かったから」
なんだか、曜の声が震えてる。幼馴染だから分かるけど、これは泣きそうな時の震え方だ。
でも曜から電話を掛けてきた以上、話は聞いてやったほうが良いね。
「それがどうしたの?」
『———千歌ちゃん、無理してた』
「あ、やっぱり?」
『気付いてたの……?』
「まぁね」
というか、いつもの千歌なら真っ先に俺に何か報告してくる。それが無かったってことは、できる程の心理状態じゃなかったってことだ。
じゃあ何が千歌をそこまで打ちのめしたのか。
そんなものは分かりきってるよ。
「ねぇ。東京での結果、聞いてもいい?」
『………っ……』
あちらの電話口で息を呑んだのが聞こえた。
『……今回のライブの順位は会場に居るお客さんの投票で決められたのは知ってるよね?』
「うん。曜たちAqoursは何票入って何位だったの?票数はだいたいで良いから教えてほしいな」
良い結果じゃないことは分かってる。千歌だけじゃなくて、曜も少なからずその結果に打ちのめされてるのは知ってる。
でも、聞かずにはいられないよね。
『———
「……ん?」
『0だよ。30組中最下位で、得票数は0だった』
「……そっか」
それは……言っちゃ悪いけどひどい結果だ。俺でさえそう思うんだから、あの場でパフォーマンスした6人にとっては誰も応援してくれてないような気分になったかもしれない。
『それで……千歌ちゃんの事に話を戻す…けどね』
「はい」
『帰りの電車で千歌ちゃ…ひっく……ぐすっ……頑張って明るく振舞ってたの。たぶん私達が暗くならないように…うぅ……」
とうとう、震えてた曜の声に嗚咽が混ざり始めた。
『そうやって頑張ってた千歌ちゃんに…ひぐっ……私…ひっく……「くやしくないの?」って……言っちゃったぁ……』
「………………」
『くやしくない筈ないのに……なのに…私……うぅ……』
なるほど。現実直視派の曜は千歌の地雷を踏み抜いたことに対して自己嫌悪に陥っちゃったわけか。
ハァ……今日はよく知り合いの泣き声を聞く日だなぁ。
「ねぇ、曜。これは慰めとかじゃ無いんだけどさ、1つだけ言わせてもらってもいいかな?」
『…ひぐっ……なに?』
———たぶんそれは、誰かが聞かなきゃならないことだったと思うよ。
それだけ言って俺は電話を切る。
今のは本当に慰めなんかじゃない。自分の出した結果を素直に受け止めるのは幼稚園くらいで習う当たり前のことだろう。幼稚園行ってないから知らないけど。
俺の見立てでは、たぶん今この時がAqoursの分水嶺だ。
今回の結果を千歌が受け止めてどうなるのか。千歌がスクールアイドルを辞めてAqoursが解散するのか。それとも千歌だけが抜けた状態でこの先もAqoursは活動を続けるのか。
「……俺も踏み込まなきゃいけないな」
曜は踏み込んだ。だったらもう1人の幼馴染として、そしてAqoursの記録係として、俺も踏み込まなきゃね。
まぁ、俺は曜みたいに優しくはなれないけど。
はい、いかがでしたか? アニメでは曜ちゃん、部屋で1人自己嫌悪に陥ってたのでそこに視点を当ててみました。
そういえば、いつの間にかこの小説の投稿を始めてから1年が経ってました。最近は更新頻度がナメクジちゃんですが、ここまで続けてこられたのも読んでくださる皆様や感想をくださる読者の方々のおかげです。
これからも一歳になった『あなたにみかんを届けたい』をよろしくお願いしますv(^_^v)♪