あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

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お久しぶりです。11月は投稿できなくてすみませんでした!

なんか本編だと初めての真面目なサブタイトルですね。6話ラストです。


第19話 流れる時間、変わらない想い

 ゴミ拾いが終わり、今日も退屈ながらいつも通りの授業が行われる———はずだった。

 

『はい、じゃあ今日は一日美術の時間としま〜す。全員、腱鞘炎を恐れず馬車馬の如く全力でスカイランタンを作りましょう」

 

 突如、俺の高校では朝のホームルーム中に校長が学内放送でこのようなことを宣った。

 

 理由はごくごく単純。朝の千歌が言った内浦に生徒を集めて学校(浦女)を廃校の危機から救いたいというお願いに協力するためだ。異常とも思えるが、本当にこれだけの理由らしい。

 

 ちなみに、今日の分の授業は3週間に分けて土曜日の午後2時間に行われるとのことだ。チッ、別にやらなくてもいいのに。

 

「たまにウチの学校って笑えないレベルのバカなんじゃないかって思うよ。先生も含めて」

 

「でも他のみんなは喜んで協力してるみたいよ。特に男子」

 

 俺の呟きにそう返す童部さんの視線を追うと、人の幸せを許さない園芸部の皆さんが踊り狂っていた。

 

「あの連中は、女子校の生徒に協力してあわよくばお近付きになりたいだけだと思うけど」

 

 

 園芸部の皆さん、他人の幸せは許さないが自分の幸せの為なら人知を超えた力を発揮する。

 

 千歌が協力して欲しいと言ったのは、PVの為の小道具を作成すること。その小道具とはスカイランタン———まぁ、小ぶりな熱気球だね。それを今日の日没1時間前までに1000個。

 

 そもそもスカイランタンとはなんぞやということで、俺は蓮と一緒にスカイランタンが出てくる有名なディズニー映画を童部さんのスマホで見せてもらうことになっていた。

 何年か前によくCMが流れてたやつだ。高い塔からとんでもなく長い自分の髪を使って女性が外の世界を見るやつ。

 

「これ題名なんだっけ?『なんとかの上のなんとか』だよね?」

 

「……『崖の上のポニョ』だろ」

 

「『塔の上のラプンチェル』よ……」

 

 蓮の回答に童部さんは呆れた目をする。まぁ、こいつはキック一筋でほとんどテレビも見ないから仕方ないのかもしれないね。

 

 んで、件のスカイランタンのシーンが流れ始める。男性とポニョ……じゃなくてラプンチェルが船で向かい合う中、周囲をスカイランタンが囲んでいる。

 アニメーション映画とは分かっているけど、かなり綺麗だ。これを千歌はPVに使いたいと言ってたけど———うん、なんとなく気持ちは分かる気がするよ。

 

「これを1000個って……」

 

 スカイランタンは熱気球。一つ一つ作らないといけないんだけど、当然ながら俺達にこんな物作った経験はない。そう思いながらグーグル先生に作り方を聞いてみると……あれ、意外と簡単だな。

 

 浦女の生徒も作ってるだろうし、単純に考えてウチの高校のノルマは1000÷2で500個。内浦は漁港でもあるので、仕事が終わった漁師さんも協力してくれると考えれば案外いけるかもしれない。

 

「よし、じゃあとりあえず———」

 

 一通り喜びの舞が終わったらしい園芸部の1人が手を叩いてクラスの注目を引く。

 

「クラスでスカイランタン作成の役割分担をしよう。バルーン班、キャンドル班、フレーム班でクラスを3分割。それから作業の進行次第で人の調整だな」

 

 さっそく人知を超えたカリスマ性を発揮しだしたよ。こういうところを普段から見せてれば普通にモテるんじゃないかな?実際、今も何人かの女子が頼もしそうな視線を向けてるし。

 

「あ、1つ質問いいか?」

 

「なんだ?」

 

「クラスを3分割したら誰が雌豚野郎を解体するんだ?」

 

 雌豚野郎は俺のあだ名。なんかナチュラルに俺を解体する話が上がったぞ。

 

 だが、意外にも園芸部は揃って呆れたようなため息を吐いてる。

 

「アホ。時と場合を考えろよ」

 

「ん、悪い。さすがに空気読めてなかったな」

 

 へぇ、園芸部も人として成長してるんだね。ちょっと嬉しいかも。

 

「楽しいことは皆でするべきだぞ。『誰が』じゃない。『皆』で雌豚野郎を解体するんだ」

 

「ごめん……俺が間違ってたよ」

 

「わかってくれたならそれでいいさ」

 

 訂正。園芸部の連中に成長はないようだ。

 ていうか、なんで他のみんなは園芸部の言葉にスタンディングオベーションしてんの?そんなに俺のこと嫌いですか?

 

 

 

 

 

 スカイランタン作りは順調に進み、昼前にはノルマを達成した。

 それからはシャベルやレンガ、スコップ(二刀流)を手にした園芸部に追いかけ回されたよ。それを避け、捌き、時には打点をずらして受けながら逃げ切り、今日一日を無事に終えることができた。生きてるって素晴らしい。

 

 そして、例の如く浦女の制服に身を包んでスクールアイドル部の部室へ。

 

「あ、信一さん」

 

「やあ。なにしてるの?」

 

 部室では早くもPV用の衣装に着替えたAqoursの6人がそれぞれ時間になるまで適当なことをしてる。

 軽く振り付けを練習したり、歌詞を口ずさんだり。

 

 そんな中、俺に気付いたルビィちゃんは糸を通した針を持って花丸の後ろに回っていた。

 

「花丸ちゃん、ちょっと衣装がきつかったみたいで……。一応採寸した通りに作ったんですけど」

 

「雑食だから太ったとか?」

 

「…………………」

 

 俺の言葉に花丸はとても死んで欲しそうな目で睨んでくるけど、衣装の調整中ということで動けないでいる。いつもボロカスに言われてるので、こういう時に色々からかえるのは気分が良いね。

 

「信一さん……さすがに女の子にそういうこと言うのは……」

 

「俺は男女差別しない主義だからね」

 

「差別以前にデリカシーの問題よ」

 

 ルビィちゃんと善子ちゃんが庇い始め、なんか俺が花丸をいじめてる空気になってきたぞ。

 

「うぅ……雌豚野郎がまるをいじめるずら……」

 

「なんで花丸がそのあだ名知ってんの?」

 

「今考えたずら」

 

「マジか……」

 

 花丸のセンスがクラスメイトに似通ってるなぁ。こいつの将来が不安になってきたよ。

 

「撮影には間に合いそうなの?」

 

「全然大丈夫です」

 

「ならいっか」

 

 無理そうなら俺も参戦してたところだ。配達用の野戦服は通販で買って自分で調整しているので、実は裁縫もできたりする。

 

「シンちゃん。シンちゃん達が作ってくれたスカイランタンはどこにあるの?」

 

「俺のクラスメイトが待ってるよ。海岸でスタンバイしてる思う」

 

「えっ!?まだ2時間以上もあるよ!」

 

「問題無いよ。みんなAqoursのファンだから」

 

 推しの為なら何時間でも待つことができる。それがファンだ。

 待たせていいかは別として。

 

 まぁ、あの連中ならいいけどね。

 

「ウチの学校は500とちょっと作ったけど、足りるかな?」

 

 教師と生徒でノルマ達成。このノルマ自体は俺が勝手に設けたものだけど、1つの学校で必要数の半分も作れば上々なはず。

 ちょっと多くなったのは伝達ミスが原因だけど、少ないよりは良いと思う。

 

「あと、何故か父さんと母さんも作ってたみたい。確か120個だってさ」

 

 しかも仕事の片手間に、だ。あの2人は基本スペックが人間じゃないので、これくらいは当たり前のようにやってのける。

 

「すごい……」

 

 千歌が目を丸くして驚く中、俺のスマホが鳴る。着信音的に信夏からだね。メールみたいだ。

 

「信夏の中学は200個作ったってさ」

 

 どうやら中学校のほうでも授業を潰してスカイランタンの製作をしたらしい。

 

「あとで信夏にお礼言いなよ。別にウチのクラスメイトには言わなくていいから、その分も合わせて」

 

「いや、ちゃんと言うから!」

 

「あっそ。ついでに菓子折りなんかあると嬉しいんだけどなぁ」

 

「みかんあげるよ」

 

「いや、千歌の家にあるの元々ウチのみかんだから」

 

 みかん農園へお礼にみかんを渡すとはこれ如何に……。実質返品じゃん。

 

「なんか……自由ね。良い意味で」

 

 梨子が眩しいものを見るように目を細めてそんなことを呟いた。

 たぶん他校の為に教師や生徒が学校を上げて協力したことを指してるんだろう。

 

「東京じゃこういうことはしないの?」

 

「しないわよ。むしろ他校の生徒がああだからウチもそうしろ、みたいなことの方が多いもの」

 

「ふぅん」

 

 都会は人と人との繋がりが希薄だっていうのを聞いたことがある。人が多いから広く浅い上っ面の付き合いになるって。

 もちろん全員がそうではないと思うけど、こんな話が出るくらいだから珍しくないんだろうね。

 

 でもここ(内浦)は違う。田舎特有の仲間意識って言うのかな?

 

 いや、違うね。もっと単純なことだ。

 

「田舎は狭いからね。みんな顔見知りや知り合いなんだよ。そんでもってお願いを聞いてあげたいって考える人が多いだけ」

 

 たぶん本当にこれだけ。そんな人たちが内浦の大半だから、きっと自由で眩しく見えるんだね。

 

「珍しくシンくんがまともなこと言ってる〜」

 

「俺にとっても町の皆さんは魅力だと思えるからね」

 

 曜が茶化してくるが、俺は本心からそう思っている。

 内浦で育ってイーストサンのみかんを食べたことが無い人はいないだろう。つまり内浦の皆さんはお客様。

 

「俺は町の皆さんを……そしてお客様1人1人をお金だと思ってるから。だからとっても魅力的に映るんだよ」

 

「うわ……最低」

 

 部室の窓から外に流し目を送りつつ静かに口をついた俺の地元愛に随分と辛辣な一言だ。曜はお金が嫌いなのかな?

 

「「 ……………… 」」

 

「そんな人間のクズを見るような目をされても困るんだけど」

 

 イーストサンの年間契約組である千歌と花丸。この2人の目はもはや筆舌に尽くしがたい。

 

「信一くん、まる達そんな目してないずら」

 

「してたよ?」

 

「だってまる、信一くんのこと人間だと思ってないもん。だから、『人間のクズ』じゃなくて『クズ』を見るような目ずら」

 

 昔の可愛かった花丸はどこへ行ったのか……。あの素直な頃の花丸に戻ってほしいと切に願う。いや、今のが素直な感情ならそれはそれで悲しいけど。

 

 ファーストライブと同じように緊張をほぐそうとおしゃべりしに来たのに……不思議だなぁ。言葉のサンドバッグにされてるよ。

 

 

 

 

 

 

 撮影場所は浦女の屋上。そこで俺はカメラを持ちながらも海岸の蓮達クラスメイトや町の皆さんに合図を出せるようハンズフリーの設定をしていた。そんな俺へ、意外な人物の声がかけられる。

 

「来ちゃった♡」

 

 母さんだ。年齢を考えず全力のぶりっ子をぶちかましてきた。キモっ!

 

「仕事はいいの?」

 

「肉体言語で可愛くお願いしたら快く引き受けてくれたわ。やっぱり持つべきものは理解ある夫ね」

 

 肉体言語に可愛さを感じている母親に狂気を覚えました。

 やはり現代社会において『夫』という種族は『妻』という種族に勝てないらしい。アリさんがどんなに頑張ってもゾウさんに勝てないのと同じようなものだね。

 

 ……まぁ肉体言語云々は別として、母さんも母校が心配なんだろう。それを悟られないようにおどけているだけ……だと思いたい。父さん大丈夫かな?

 

「ねぇ、信一。これからあの子達が踊る曲、なんていうの?」

 

「『夢で夜空を照らしたい』、だってさ」

 

 母さんの視線の先には衣装姿の6人。胸元のリボンと頭のリボンが特徴的なノースリーブのドレスみたいな衣装だ。

 色は三色あり、紫色は花丸と善子ちゃん。藍色は梨子とルビィちゃん。赤紫色は曜と千歌。そしてその配色は今の空———夕暮れの空と同じだ。

 

「シンちゃん!始めるよ!」

 

「OK」

 

 千歌の声で今まで賑わっていた屋上が静まりかえる。俺はカメラのボタンと音楽のスイッチを入れた。

 

 最初に流れてくるのはピアノのイントロ。優しく穏やかな音色に合わせてAqoursの6人が踊り始める。手を空へ、自身の持つ夢を羽ばたかせるように広げている。

 

 彼女達が紡ぐ歌はカメラでは写すことができなかった町の魅力。遠い憧れへと手を伸ばす勇気。応援してくれる人たちの温かさ。その全てが込められていた。

 

 ———コンコンコンっと。俺はスマホのマイク部分を3回叩いて海岸でスタンバイしている蓮へ合図を送る。飛ばすならこのタイミングだ。

 

『……了解』

 

 耳につけたイヤホンから蓮の短い返答が聞こえた。

 

 そして、歌はサビに入る。同時にAqoursの後ろ———海岸側からフワフワと浮かび上がってきた。町のみんなで作ったスカイランタンが。

 

「綺麗……」

 

 俺の横から母さんが思わずといった様子で洩らした。

 

 夕日に照らされた夜空の赤と青のコントラスト。その中で6人の妖精が舞い、バックでは町の人たちの思いがスカイランタンとなって空へ流れていく。

 それは……うん、確かにね。幻想的ですごく綺麗だ。

 

 

 ———時間が流れれば、変化は否応無く訪れる。浦女の生徒数は変わった。母さんが通ってた頃のような賑わいは無く、今では統廃合の話が出る始末。今俺が着てる制服を母さんが着ていた3年間はもはや思い出と卒業アルバムの中だ。

 

 でも、たぶん変わらない想いもちゃんとある。それはPVの撮影は終わったにも関わらずスカイランタンを眺めるAqoursの6人を見てれば理解できるよ。

 Aqoursの6人と俺、計7人じゃこの光景は作り出せなかった。町の温かさと浦女が好きという想いが無ければ無理だった。

 

  ———だからあるんだ。どんなに時間が流れても、どんなに変化が訪れても、変わらない想いっていうのは。

 

「信一」

 

「ん?」

 

「廃校阻止、できるかな?」

 

 母さんの問いかけに、俺は頷くことができず曖昧な返答になる。

 

「努力するよ。あの6人が」

 

 どうしようもなく他力本願な俺の答えに母さんはクスリと笑った。だって仕方ないだろう。制服を着てても俺は浦女の生徒じゃない。てか女子じゃない。だから頑張るのはAqoursや本当の浦女の生徒だ。

 

 未だにスカイランタンを眺め続ける6人の衣装を海風が揺らす。今までのひんやりとしたものではなく、湿気を帯びた温かい風だ。

 

 

 

「———もう夏か」

 

 誰に言うでもない俺のそんな呟きを、海風は初夏の空へと攫っていった。









はい、いかがでしたか? 暦の上では今日から冬ですが、お気になさらず。

次回はルビィちゃんの誕生日回でも書こうと思います。……じゃないとダイヤさんの誕生日に間に合わないので。

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