あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

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どうもおはようございます。こんにちは。こんばんは。

本編開始です。基本的にアニメ沿いで話は進んでいきます。

今回までで主要なオリキャラを全員出しました。なので地の文多めです。まぁ、仕方ないよね?飽きずに読んでいただければ幸いです。


第1話 磯の香りは吐き気を生みます

あれから10発ほどボコられ、花丸にはお許しをいただいた。

お盆の縁で10発は許されたうちに入るのか、甚だ疑問だけど、俺は今日“口は災いの元”ということわざを体験したのでもう反論はしなかった。

 

忘れてはいけない。災害時などの特別な事情がない限り、いつだって生産者()消費者(花丸)より立場が低いのだ。1週間でダンボールに入ってるみかんを半分平らげてしまう花丸は、ウチ(イーストサン)にとって神様に等しい。

 

まぁ、来週はみかん饅頭でも持っていってあげよう。神様(花丸)も好物2つのミックスをお供えすれば喜んでくれるだろうね。

 

ハァ……結局今日は本を読めなかったよ。

 

「ただいま〜」

 

「おかえり!お兄ちゃん!!」

 

家の扉を開け、恒例の言葉を口にすれば信夏がロケットスタートで俺の胸に飛び込んでくる。ふむ、これぞ我が家の日常。頭の痛みなんて忘れそうだよ。

 

「あれ?お兄ちゃん、たんこぶできてるよ?」

 

「痛っ」

 

「あ、ごめん……」

 

はい、忘れられませんでした。信夏が目敏く俺の頭のこぶを見つけ、触ってくる。もちろん出来立てのたんこぶはいくら信夏が可愛くても痛い。でも信夏は可愛い。

なら、それでいいんじゃないかな?(悟り)

 

「うぅ……冷やす?」

 

「大丈夫だよ。こんなのほっとけば治るから心配しないで?」

 

「でも……」

 

う〜ん……心配してくれるのは嬉しいけど、信夏に悲しそうな顔をさせてしまった。

どうやら叩かれた原因は俺らしいけど、理由がよくわからない。

 

普通、自分の考えに共感してもらえたら嬉しいはずなんだけどな……花丸は俺のことが好きで、俺も俺のことが好き。

 

それを伝え合っただけで、どうして俺だけ叩かれなきゃならないのだろうか。いと解せぬ……。

 

「お兄ちゃん、本当に大丈夫?ボーとするの?」

 

「本当に大丈夫だよ」

 

「むぅ……」

 

安心させるように笑顔で言うけど、どうにも信用されてないみたいだ。信夏は何かしないと、心配で心配で仕方ないって顔をしてる。

 

「う〜ん、じゃあ撫でてもらっていい?そうすれば少しは痛みも引くからさ」

 

「わかった!!」

 

俺が頼むと、元気良く嬉しそうな顔で頷いてくれる信夏。

そして、俺の頭をなでなで。うん、もう今日死んでいいや。信夏が生きてるうちには死なないけど。

 

「ありがとう。大好きだよ、信夏」

 

「わたしもお兄ちゃんが大好き」

 

「俺は世界一好きだけど?」

 

「わたしは宇宙一だけどね」

 

「じゃあ、銀河一かな」

 

「「 …………………………………………… 」」

 

しばしの沈黙。か〜ら〜の、

 

「信夏っ!!」

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

ガシっ!と、お互いを呼びながら火傷してしまうほど熱い抱擁を交わす。今日三度目ですね。

 

今回はたっぷり10分ほどかけて、信夏がいる幸せを噛み締める。

 

「仲が良いのは俺も嬉しいが、朝飯が冷めるから早く来てくれないか?」

 

未だ玄関でハグを交わし続ける俺たち兄妹に、低い男性の声がかけられた。

 

「あ、ただいま父さん」

 

「おかえり。遅かったな」

 

「……まぁ、色々あってね」

 

お盆で殴られたりボコられたり叩かれたり……。

 

この人が俺と信夏の父さんにしてみかん農園“イーストサン”のオーナー、朝比奈(れい)

 

長年の農業のせいか、体格はがっしりとしていて高身長。顔も、男というよりは(おとこ)といった感じの強面。

奈良県にある法隆寺の阿形と吽形の顔を足して2を掛けたような、といえば伝わるかな?

 

そんな怖い外見とは裏腹に、基本誰にでも優しく紳士的で内浦では老若男女問わず人気がある。。特に女子高生なんかには、“おじさま”と呼ばれるほど慕われている。手を振ると歓声が上がる。羨ましい。

 

ただ、夜道でばったり会うと、大の男でも『家族には手を出さないでくれ』と財布を差し出してしまうほど顔が怖い。

初めて会う子供なら、10人中12人が泣き出してしまう。しかし不思議なことに、勇気を出して話しかけてくれた子供は5分もせず素早く懐いてしまうという。子供のほうが人の本質を見るって言うのは本当だね。

 

とまぁ、語学も堪能で人類ができることなら大抵なんでもできる父さんの格好は俺や信夏と同じくコスプレチックだ。

赤いシャツに青いオーバーオール。ここまでならどこの農業にでもいるおじさんだけど、頭にはMの文字が入った赤い帽子を被っている。

 

これで髭があれば、完璧にキノコで身長が左右する国際的なキャラクター、マリ◯ができあがる。てか完全にマ◯オ意識して選んでる。

もちろん外国人観光客のウケを狙ってのものだ。単純に動きやすいというのもあるので◯リオの格好は農園には持ってこいだ。

 

閑話休題

 

「色々?……住職のお孫さんにセクハラとかしてないだろうな?」

 

「し、してないよ」

 

見えてしまったけど、俺が見たことを知らなければセクハラにはならないはず……だよね?

 

「まぁいいや。朝飯、冷める前に食べようか」

 

「「 はーい 」」

 

俺と信夏は抱き合ったまま食卓に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信一、おかえり〜」

 

「ん、ただいま」

 

食卓で俺の帰りを待っていた凛々しい女性が笑顔で迎えてくれる。言うまでもなく母さんだ。

名前は朝比奈(あきら)

 

この人の格好は、袴姿。明治時代の女学生とかじゃなくて、剣道とか合気道で着るような装飾のないやつ。いつもは模造刀を腰に差してるけど、今は座っているから机に立てかけている

 

これもウケ狙いだ。母さんは別に剣道をやっていたわけじゃないけど、外国人観光客の前で模造刀を使って型を披露する。

もう10年以上経つので、見様見真似で初めた型も今では立派になったな、とは父さんの言。

 

たぶんウチ(イーストサン)で外国人観光客に1番人気があるのは母さんだね。外国人は剣道とか空手とか、いかにも日本らしいものを好む傾向がある。特に模造刀とは言え、日本刀を振るう凛々しい和風美人となると盛り上がり方半端じゃない。

AKIRAコール(通称AKIRA旋風)が巻き起こり、ほとんどの人がリピーターになる。

 

とまぁ、凛々しい和風美人な母さんだけど、基本的に性格ははっちゃけてる。この夫婦は見かけと中身にギャップをつけないとダメな決まりでも作ったのかな?

 

閑話休題

 

「ほら、早く座って座って!!母さんお腹ペコペコよ!」

 

「はいはい」

 

お腹ペコペコとか久しぶりに聞いたわ。

 

今日のメニューはグラタントースト、コーンポタージュ、ゴマドレッシングをかけたサラダというちょっと手の込んだものだ。作ったのは父さん。

母さんは家事全般できるのだが、料理だけはからっきしなんだよね。

だから、この家で食事を作るのは俺と父さん。普段は父さんで、たまに俺。

 

「よーし、たくさん食べるわよ!!」

 

「おぉーーーっ!!」

 

食卓を戦乙女(母さん)マリオ(父さん)チアガール(信夏)軍人()の4人が囲み、声を揃えていただきますをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臙脂色のブレザーが特徴の制服に着替え、髪の毛をあえて乱雑に結んだ俺は、今度はバスで『十千万』に来た。

 

 

裏口から中に入り、高海家のみなさんが暮らしている廊下を通ってある部屋の襖をノックする。

 

「千歌、入ってもいい?」

 

「いいよ〜」

 

部屋の主人に許可をいただいたところで襖を開く。幼馴染といっても異性だからね。それを気を付けた上で行動しないと、お客でもある千歌にクレームを入れられたら給料が入らなくなっちゃうよ。

 

「おはようシンちゃん!」

 

「シンくん、おはヨーソロー!」

 

「おはよう」

 

俺のことを“シンちゃん”と呼ぶのが千歌。特徴はアホ毛。

“シンくん”呼びの敬礼してるほうは、渡辺曜。小学校の頃に千歌経由で友達になり、今でも付き合いのある幼馴染2号。

あともう1人、今はここにいないけど1つ年上の松浦果南ちゃんが幼馴染3号。

この3人は俺と違って、女子校に進学してしまった。浦の星女学院という、内浦でも伝統のある丘の上にそびえる学校だ。ちなみに母さんはここ出身。

 

小学校の頃はそれに俺を合わせた4人で遊び回っていた。

 

一緒にご飯を食べて、昼寝して、遊んで、たまに喧嘩をして。そして喧嘩の数だけ仲直りをして最後は4人で海に飛び込んだ。

 

俺が信夏の次に優先するのは間違いなくこの3人だろうね。

 

「それで?お姉さんから聞いたんだけど重大発表って何?」

 

俺がわざわざ10分早く足を運んだのはそれを聞かないと千歌が拗ねてしまうからだ。ぶっちゃけ拗ねようが俺にとってはどうでもいいんだけど、お姉さん(お客さん)に頼まれちゃ断れない。

 

「ふふふ、よくぞ聞いてくれました」

 

それを聞きにきたからね。

 

「今日、浦の星女学院は入学式です」

 

「そうだね」

 

「そこで、私は今年!部活を立ち上げることにしました!」

 

「ふむふむ」

 

「その名も……」

 

「その名も?」

 

「スクールアイドル部です!」

 

「へぇ」

 

「反応が薄いっ!?」

 

そう言われましても……そもそも学校が違う時点で俺には関係ないことだし。

 

スクールアイドルとは、5年前から人気沸騰中のその名の通り、学校が拠点のアイドルだ。形式上は部活という形で、アイドルに不可欠な衣装、作詞、作曲、全てをこの部活のメンバーが行う。

 

5年前、今ではスクールアイドルの伝説でもあるμ'sとA-RISEというグループが人気に火をつけ、ドーム大会まで開かれることになったほどだ。規模としては高校野球の甲子園くらいと考えるとわかりやすい。

 

「それって曜もやるの?」

 

「私は水泳部があるから」

 

「そっか」

 

曜は飛び込みの強化選手に選ばれるほど優秀な選手でもある。さすがにそんな選手が兼部は難しいか。

 

「ん?てことは、千歌が1人でやるってこと?」

 

別にソロ活動のスクールアイドルはいないわけじゃないと思うけど、確実に難しいだろうね。

 

「ううん。ちゃんとメンバーを集めるよ!u'sみたいに9人で輝くのっ!!」

 

「ふぅ〜ん。まぁ、頑張ってね」

 

「それでそれで!シンちゃんには記録係をやってほしいんだ」

 

「いやいや、なんでよ?」

 

俺は学校が違うでしょうが。そんなこともわからなくなってしまうほど浦の星女学院の教育は死んでいるのだろうか。

今日入学式だ、と意気込んでいた花丸がちょっと心配になってきたよ。

 

「別に部活動中なら外部の人も入っていいんじゃないかな?外部コーチって他の部活でもいるし」

 

「いやいや、俺コーチじゃないし。大体男だから女子校には入れないからね?」

 

「シンくんなら可愛いから大丈夫だと思うけど」

 

曜、それがバレたら冗談抜きでお巡りさんに捕まるんだよ。

女装して女子校に侵入とか業が深すぎるだろ。

 

「てか、そもそもスクールアイドル部ってないんだよね?立ち上げるって言ったくらいだから」

 

「なんとかなるよっ!!」

 

…………話にならないな。部としてすら発足してないものの為にそこまでやってやる気にはならないし。

まぁ、どうせすぐに飽きるか。いつもみたいに飽きてやめちゃうのがオチだろうね。

 

「ハァ……いいよ」

 

「それって…………」

 

「うん、記録係くらいならやってあげる」

 

「ほんとっ!!」

 

「ただし、信夏との時間と俺のプライベートな時間を削らない範囲でだよ?」

 

「やったー!!ありがとうシンちゃん!!」

 

嬉しそうに飛び上がり、俺に抱きついてくる千歌。

大変鬱陶しいので水性マジックで綺麗なおでこに“おバカさん”と書き込んでおこう。

 

「うわぁ〜!?やったなぁ!曜ちゃん、シンちゃんを抑えて!」

 

「ヨーソローっ!!」

 

「ちょっと!?二人掛かりはずるい」

 

素早く千歌をベッドに投げ捨て、曜に千歌の部屋にあるエビのクッションを投げつけて応戦。

対する曜はエビにお構い無しで俺を羽交い締めにし腐りやがった。

 

「むふふ〜、シンちゃん覚悟っ!!」

 

さすが水泳部のエースだけあり、女の子にしては力が強い。でも、結局は女の子の中で強いだけ。

一瞬だけ力を込めて、千歌の水性マジックを避けると同時に曜のおでこに当たるよう、軽く手に頭突きをかまして軌道修正してやった。

 

「うわっと」

 

さすが曜。反射神経もすごいね。でも、これで俺の勝ちだよ。

 

するりと曜の腕から抜け出し、横に転がれば千歌が曜に突っ込んでもつれるように重なる。

そして、俺は動けなくなった千歌から水性マジックを奪い取り、曜のおでこに“アホヨウ”と書いて勝利を収めた。

 

「ふぅ、勝った」

 

「「 むぅ…… 」」

 

2人は悔しそうにた頰を膨らましてるけど、二人掛かりで負けたのが悪い。

そう思って勝ち誇った顔をしていたら、俺の後ろにある襖が開いた。

 

その瞬間、千歌と曜の顔が怯えに染まっていく。

 

「どうした……の………っ!?」

 

後ろを振り向けば、ニコニコな鬼の形相を浮かべたお姉さんが立っていた。これはあれかな?ブチギレてるのかな?

 

「3人とも?」

 

「「「 はいィィィ !?」」」

 

情けない声を上げながら俺は素早く飛び退き千歌と曜の後ろに回ろうとするが、既に2人は壁際まで後退していた。言うまでもなく、俺は鬼との最前線に立たされている。幼馴染を見捨てるとは、人の血は通っているのだろうか。

 

「他のお客様の迷惑になるから……」

 

「ひぃっ!?」

 

いつものようにお姉さんの綺麗な手が俺の頭を撫でる。ただ、この状況だと逃げないように捕まえられてるようにしか感じない。怖い怖い怖い。

 

「あんまり騒いじゃダメよ?」

 

「「「 はいっ!すみませんでしたっ!! 」」」

 

今日も俺たち幼馴染は仲良しです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた〜」

 

今日は朝から精神をガリゴリと削られてる気がする。もう鑢とかじゃなくて削岩機あたりが妥当な削られっぷりだよ。

 

あの後、なんとか誠心誠意の謝罪(土下座)をして許していただいた。

お姉さん曰く“別に怒ってない”らしい。絶対嘘だ。

 

「……なんで死にかけてんの?」

 

「朝比奈くん大丈夫?土葬しようか?」

 

机に突っ伏す俺に話しかけてくる男女2人組。

 

男のほうは美郷蓮(みさとれん)

サラッと俺を埋めようとしたのは童部紗良(わらしべさら)さん。別に名前の紗良とサラッとをかけてはいない。

この2人も幼馴染らしい。あとお互い気付いてないけど両想い。

 

基本的に学校ではこの2人とつるんでいる。

蓮は運動神経抜群で成績優秀、容姿もイケメンと言ってさしつかえなく身長も175㎝と、存在自体が俺に喧嘩を売っているとしか思えない男としては理想的なハイスペック人間。

童部さんも運動神経抜群で成績優秀、容姿端麗で料理と手芸が得意という女子力の数値がカンストしてる学校のマドンナ。

 

なぜ俺がこんなリア充どもとつるんでいるかというと、蓮と俺が小学生の頃から続けているキックボクシングジムで一緒だったというのが主な理由だね。小学校自体は違ったけど、中学で同じになり童部さんとも出会った。

なので中学時代は千歌と曜、あとは果南ちゃんとこの2人で楽しく過ごしたのをよく覚えている。果南ちゃんが一足早く卒業しちゃった時は千歌が大泣きしてとても面倒くさかったな。

 

「いや、なんか千歌がスクールアイドルやりたいとか言い出してさ。それでなんやかんやあって俺が土下座することになった」

 

「……何言ってるのかさっぱりわからん」

 

「なんやかんやがとても気になるわね」

 

なぜ伝わらないのだろう?不思議だ。

 

「……スクールアイドルってなに?」

 

「学校のアイドルよ。私も詳しいことは知らないから2人で調べましょ?」

 

ここで“一緒に”ではなく“2人で”と言っちゃうあたり、童部さんはしっかりラブアピールしてるんだけどね。蓮にとって童部さんと2人でいるのは当たり前らしい。これで付き合ってないってんだから驚きだよ。

まぁ、11月になったら俺が両想いだよっと2人に教えてあげるつもりだ。来年は受験もあるし、今年のクリスマスくらいイチャイチャしたいらだろうしね。

 

俺が今後のくっつける作戦を考えている間に、2人は顔を近付けて1つのスマホでスクールアイドルの大まかなことを調べ終えたらしい。

蓮が離れた瞬間、童部さんの顔がとんでもなく寂しそうになったのが印象的だ。

 

「……で、これを高海がやるのか?」

 

「らしいよ。u'sとか言うグループに憧れてるんだってさ」

 

ちなみにそんなグループはネット上に存在しなかった。スクールアイドルである以上、なにより千歌が知ってることを踏まえればネットにアップされてるはずなんだけどな。

 

「このμ'sっていうのがスクールアイドルの第一人者なのね?」

 

「正確にはA-RISEね。そのA-RISEに憧れてμ'sのリーダーがスクールアイドルを始めたわけ。最終的には秋葉原でその年に活動していたスクールアイドルのほとんどが集まってライブをしたんだよ。その時の曲をμ'sとA-RISEの作曲担当が作って、ドーム大会が開かれるほどになったんだ」

 

「く、詳しいわね?」

 

「まぁ、色々あってね」

 

俺の説明に童部さんは若干引き気味だ。対して蓮は口元に指を当て、考える人をやっている。腹立つことにめちゃくちゃ絵になってるよ。

 

「……そのスクールアイドルを高海は1人でやろうとしてるのか?」

 

「一応9人集めるつもりらしいけど、今のところはそうだね」

 

「……渡辺は?」

 

「水泳部があるからやらないってさ」

 

何か気になることでもあるのかな?随分と食いついてくるけど。

 

「ちなみに俺は記録係に強制任命された」

 

「あら?朝比奈くんなら断りそうだけど」

 

「どうせすぐ飽きるもん。千歌のことだから、たまたまネットで見つけて真似したくなっただけだろうし」

 

それまで付き合ってあげるなら問題なし。信夏との時間を奪わない程度に、ってちゃんと釘も刺しておいたし大丈夫かな。

 

「……ひどい言い様だな」

 

「昔からそうだったしね。今回も一緒だよ」

 

「……ふぅん。ま、お前が言うならそうなんだろうな」

 

「もちろん。蓮が童部さんのことならなんでも知ってるのと同じだね」

 

「……なるほど。納得」

 

本人の前で平然と肯定しちゃう蓮はすごいと思う。

 

「……紗良、どうした?風邪か?」

 

顔を赤く染めてる童部さんの気持ちにも気付いてあげられれば、俺がこんなに気を揉む必要もないんだけどなぁ。さっさとくっついてくれないかな。

 

蓮も童部さんのこと好きだから心配してないけど。

こら、おでこをくっつけるな。見てるこっちが恥ずかしい。

 

「ハァ……そろそろ体育館行こうか。始業式始まるみたいだよ」

 

ほっとくと2年生になって早々教室で何かおっぱじめそうなので誘導しておく。うん、だって止めるのあと三秒遅かったら絶対に接吻交わしてたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽も西に傾き、今日の輝きも終わりが見えてきた夕方。

 

俺は潮風を全身に浴びながら、沈む太陽を眺めている。

そんな中でも爽やかと名高い磯の香りは鼻腔をくすぐり、海辺の町に住んでることを再認識させられるよ。

 

解いた髪がまた潮風に揺れる。海から流れる自然の風を全身に感じ、俺は口元に手を当てて体をくの字に曲げた。

 

「おえぇ……やっぱ無理」

 

俺、朝比奈信一は海が苦手だ。昔、海で遊んでいて潜ろうと思った大きく息を吸った瞬間波が来て、口に思いっきり海水が入ってしまっ

た。

 

その結果嘔吐。なんとか浜辺まで上がって、胃の中の海水を全力で吐き出した。

 

それ以来、磯の香りとか潮風とかの匂いを嗅ぐと吐き気を催すようになってしまった。一応海辺の町に住んでいるので慣れるために『十千万」の前で千歌を待っている時に潮風に当たるけど未だに無理。

 

今年で一年になる俺の習慣です。

 

「それにしてもμ's、か……」

 

随分と久しぶりに聞いたな、その名前。

 

実を言うと、俺はμ'sのファンだった。音楽プレーヤーにも全曲入っている。もう何年も聴いてないけどね。

 

ウチ(イーストサン)では毎年2回、東京の秋葉原にある神田明神にお参りへ行く。

ゴールデンウィークと文化の日。この時期はみかん農園の忙しくなる節目になる。

 

5年前のゴールデンウィーク。毎年恒例のお参りに来たは良いものの、俺と信夏は飽きて階段のところで話し込んでいた。

そんな時、階段を全力で駆け上がってきた3人の女子高生。その人たちがμ'sの2年生達だった。

 

信夏はその人達に何をやっているのか尋ねた。年上だろうと物怖じしない信夏だから聞けたんだろうね。

 

そんな信夏に彼女たちは、

 

『練習だよ!学校を救うための体力作り!!』

 

と子供にもわかりやすく教えてくれた。

彼女達は父さん達が来るまで俺たちの話相手になってくれた。

 

それから帰って数日経ったある日、父さんが動画を見せてくれた。

彼女達がスクールアイドルとして初めて歌った動画。場所は学校の講堂。観客は両手の指で数える程度しかいなかった。

 

それでも彼女達は歌っていた。全力で、学校を廃校から救うための第一歩を。

 

正直、神田明神で彼女達の話を聞いた時の俺の感想は“どうでもいい”の一言だったよ。今の学校がなくなるのは悲しいけど、結局のところ学校なんてものは将来の為の踏み台に過ぎないんだから。今の踏み台(学校)がなくなったなら新しい踏み台に変えればいい。固執する必要なんてないって。

 

でも、そんな固執する彼女達の歌を俺はもっと聴いてみたいと思った。

学校を救う為ではなく、学校を救う為の第一歩を踏み出す歌。

 

曲名は、

 

「START:DASH、だったかな……」

 

俺はイヤホンを耳に入れて、曲を選択。懐かしさすら感じるイントロのあと、今でも覚えている歌詞が耳朶を叩いた。

 

「シンちゃ〜ん!!」

 

叩いたのは、イヤホン越しでも歌より大きく響いている幼馴染の声だった。返せ、今の雰囲気を。

 

「ハァ……遅かったね」

 

「あはは〜、ちょっと色々あって」

 

音楽プレーヤーを一時停止して、イヤホンを外す。帰ったら改めて聴こう。

 

「なんかあったの?」

 

「そうそう、聞いてよ!ひどいんだよー!!」

 

聞いてほしそうにしているから聞いてあげたら、千歌は俺の横に腰を下ろして嬉しそうに話し出した。

 

曜が勧誘を手伝ってくれたとか、勧誘したい1年生が3人もいたとか、生徒会長にスクールアイドル部の設立を断固拒否されたとか。

 

「へぇ〜、随分と硬い人だね。浦女の生徒会長さん」

 

「そうなんだよ!名前もダイヤって言うし。名は体を表すって、あれホントなんだねぇ」

 

「うん?ダイヤ?」

 

「そう、ダイヤさん。不思議な名前だよね?」

 

いや、まぁ2つの意味でキラキラネームだけど俺が聞きたいのはそこじゃない。

 

「生徒会長さんの苗字わかる?」

 

「黒澤だよ。シンちゃん知り合いなの?」

 

黒澤ダイヤさん。ウチ(イーストサン)のお客さんの1つだ。

今日信夏がみかんを届けに行った黒澤家の長女だったかな。確か今年妹さんも浦女に通うって信夏が言ってた気がする。

 

「一回だけ会ったことあるよ。ウチの配達先で信夏が担当だけど、風邪引いちゃったから俺が代わりに行ったんだ」

 

あの時は信夏じゃなかったことで色々質問されたけど、信夏が心配でまったく会話が成立しなかったな。懐かしい。

 

「じゃあ、信夏ちゃんに説得してもらえばいいんだっ!!」

 

名案だ!と言わんばかりに千歌は立ち上がり、俺を見下ろす。海風に煽られてスカートの中丸見えだけど言わぬが吉だよね。

 

信夏は確かダイヤさんと仲が良いみたいだけど、仕事とプライベートは別だし。

 

「自分でなんとかしようね?俺からすればどうでもいいことに信夏を巻き込みたくないんだけど?」

 

「えぇ〜」

 

「スクールアイドルになりたいのは千歌でしょ」

 

「そうだけどぉ〜……ん?」

 

「どうしたの?また名案(しょうもないこと)でも思いついた?」

 

「いや……あれ」

 

千歌が指差す方向、海辺にここら辺では見ない制服を着た女子高生が服を脱ぎ出していた。

 

「おっ!!」

 

「シンちゃん見ちゃダメ!!」

 

俺に目隠ししようと千歌は飛びかかってくるけど、サッと立ち上がってピボットを駆使して避ける。

見た目は美少女だとしても、中身は年頃の男の子な俺。こんなラッキーな場面を見逃すつもりは毛頭ないね。

 

「シンちゃんの変態!エッチ!」

 

年頃の男の子はみんな変態でエッチなのだ。そんな当たり前のことを言われても傷付かない。

特にお寺のお孫さんに毎週のように『人の心がない』『人間性が腐り落ちている』と詰られてる俺には痛くも痒くもないね。

 

懲りずに飛びかかってくる千歌をスウェーバックやダッキングを惜しみ無く使って避け続け、女子高生のストリップショーを鑑賞する。

キックボクシングやってて良かった。

 

あれ?スカートを脱いだ後に見えるはずの男の夢(パンツ)がわりとどこでも見たことのある物だな。そう思った矢先、上を脱いだことでその正体が分かった。スク水だ。

 

「ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜………………………」

 

「うわぁ……露骨にガッカリしてる」

 

当たり前だろう。

 

「て、そうじゃないよシンちゃん!まだ4月なのに海に入ったら死んじゃうよ」

 

「いいんじゃない?」

 

「ダメでしょ!?」

 

別にあの人もそれを承知で飛び込むわけだし。あと4月だろうが12月だろうが海に飛び込んでも死にやしない。ロシアの寒い地域でも寒中水泳をやってる人はやっている。

 

「早く止めないと!」

 

「いや、本人が飛び込みたいならそうすればいいじゃん。なんの権利があって千歌があの人のやりたいことを止めるんだよ」

 

「またそうやって意地悪言う!」

 

意地悪じゃないんだけどなぁ。止めてほしかったら渋るだろうけど、あの人の目は真っ直ぐ海を見てる。きっと海に何か思い入れがあるんだろうね。

 

「ほら、シンちゃん足速いんだなら走って」

 

「ハァ……わかったよ」

 

でも、千歌の頼みなら仕方ないか。

あとで“好意も懇意も人それぞれ”って言葉を千歌に教え込もう。それが理解できれば俺が面倒ごとをさせられる頻度はグッと減るはずだよね。

 

万が一海に落ちても良いようにネクタイを外し、ブレザーのポケットへ。そしてブレザーも脱いで彼女の元へ走り出す。

潮風が強い。吐き気も強い。もうイヤだ泣きそう。

 

「はいストップ」

 

「ちょっ!?離して!」

 

俺は彼女の腕を掴み、あと一歩で海に飛び込むってところで止める。

 

「こんな季節に海に飛び込んだら風邪引くから。止めときなって」

 

「離してって言ってるでしょ!行かないといけないの!!」

 

「わかるよ、社会に不満があるんだよね?社会ってうざいよね?」

 

「何言ってるのよ……?」

 

どうやら彼女の“社会への不満”に共感してあげる、という説得は効いたみたいだ。なぜか呆れた顔をしてるけど。

 

「なんで止めるの?あなたには関係ないでしょ!」

 

「いや、そうなんだけどね?俺だって止める気はなかったんだけど、幼馴染に頼まれて仕方なくね?だからお願い。飛び込まないでくれるかな?」

 

ちょっと興奮気味だけど、なんとか話は聞いてくれるみたいだ。良かった。

 

「俺もね、社会には不満があるよ。兄妹で仲良くしてたら白い目で見られるし、こんな見た目だから男子トイレに入ったらすごく驚かれるし!!わかるか!この気持ち!!」

 

あ、やばい。説得するつもりがなんかヒートアップしてきちゃった。

もうこいつに俺の不満全部ブチまけたろうかな。

 

「だいたい、なんだよ人の心がないって!!ただ単に合理的な考えで動いてるだけじゃん!別に目の前で冷たい海に飛び込もうとしてるバカを止めたって俺になんの利益もないじゃん!!なのになんで俺が意地悪呼ばわりされないといけないんだよ!なぁ!!」

 

「え、えぇ…………」

 

「もういい!俺が飛び込む!!」

 

スラックスからスマホを取り出して、水没しないように女子高生に預ける。

吐き気がなんだ!潮風がなんだ!

 

「ちょっと!シンちゃんストップ!!なんでシンちゃんが飛び込もうと…うわぁ!?」

 

今更になってたどり着いた千歌は俺と女子高生の後ろで悲鳴を上げた。

それで落ち着きを取り戻した俺は振り返り、そして目を見開く。

 

つんのめって女子高生にぶつかる千歌。

千歌に押されて俺に迫る女子高生。

 

体勢的に避けられない俺は考える。どうしたものかと。

 

結論、どうしようもありません。

 

「あっ……」

 

「えっ……」

 

「おっ……」

 

千歌、女子高生、俺の順番で間抜けな声を上げて海に落っこちた。

 

感想だけ言えば、4月の海は本当に死ぬんじゃないかと思えるほど冷たかったよ。




オリキャラ紹介

名前: 朝比奈信一

趣味: 読書 FPSゲーム キックボクシング アニメ

特技: コーヒーを淹れること ミックスボイス 料理

好きなもの: 妹 コーヒー 麺類 お金

嫌いなもの: 辛いもの全般

概要: 性格は穏やか。だが、結局それは親しい人以外に感情移入をしていないだけ。だから、見知らぬ人がどこで何をしていようと特に気にしない。突き詰めて言ってしまえば、目の前で自殺しようとしていても平然としている。

ただし、イーストサンの仕事を除いては基本妹優先。
どんなに真っ白な物でも妹が赤と言えば信一の中ではピンクになるほどのシスコン。

周りの評価は“人間性の腐り落ちたシスコン”で統一されている。
妹と仕事が関連しなければ、自分に不利益にならない程度には融通が利く。
だが、親しい人の頼みならわりとなんでも聞いてあげる。

容姿がコンプレックス。にも関わらず肩より下まで髪を伸ばしているのは、昔から通っているキックボクシングジムの年上の人が長い髪を乱雑に結んでいて、ワイルドで男らしいと考えたから。
髪質がサラサラなので、ただのボーイッシュな女の子にしか見えなくなっているという無駄な努力にまだ本人は気付いていない。

見た目に反して腕っ節は強い。
配達時の服装が野戦服なのはFPSゲームの影響。
勉強は苦手だが、それ以外ならわりとなんでもできる。


得意科目は体育と家庭科。
苦手科目はそれ以外。

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