あなたにみかんを届けたい   作:技巧ナイフ。

13 / 29
はい、お待たせしました!!すみません。

みなさん、AZELEAの新シングル聴きましたか?
最高でしたよね!(乏しい語彙)

今回は花丸ちゃんとルビィちゃんのお話。まぁ、続きです。


第12話 そんな文学少女に俺は……

学校も終わり、部活なんてやってない俺は素早く着替えて浦の星女学院まで来ている。

 

千歌たちスクールアイドル部に充てられた部室こと、体育館の物置の掃除もひと段落したので、また練習を再開するという流れだ。

と言ってもライブの予定があるわけでもないので、単純な基礎体力の向上とダンスの練習をするというだけなんだけどね。

 

まぁ、元々はその予定だったんだけど……

 

「体験入部?」

 

「そう!花丸ちゃんとルビィちゃんが体験入部に来てくれたの!!」

 

ババン!と効果音が付きそうな体勢で千歌が部室の隅にいる2人を示す。

 

花丸、ちゃんとルビィちゃんのこと誘えたんだね。

 

一応ルビィちゃんが体験入部すら拒否るかもしれなかったので可能性としては五分五分だったけど、どうやら成功したようだ。

 

「じゃあシンちゃん、2人に挨拶して?」

 

俺と花丸がグルってことは千歌たちには伝えてない。それだとボロが出ちゃうかもしれないからね。主に千歌が。

 

ということで、俺は今日もミックスボイスを駆使して挨拶する。

 

「2人とも、覚えてるかな?朝比奈一女です。改めましてよろしくね」

 

「あ、あの……黒澤ルビィです!よろしくお願いします!!」

 

「国木田花丸です。よろしくお願いします、か・ず・め先輩」

 

このちび丸、シメてやろうか。

 

ニヤニヤと笑いながら俺に挨拶する花丸は実に憎たらしい。

 

いつもみたいにほっぺたを引っ張り回してやりたい衝動に駆られるけど、ルビィちゃんの手前できない。それが分かってるからこそだろうけど、やっぱ腹立つ。

 

「えっと……朝比奈先輩?」

 

「ん、何かなルビィちゃん?」

 

「朝比奈先輩は……その…“イーストサン”の朝比奈信夏ちゃんとはご親戚なんですか?」

 

「信夏とは再従兄弟の関係になるのかな。ダイヤさん……お姉さんから聞いてない?」

 

「お姉ちゃんにそのこと聞いたら、ぷるぷる震えるだけで教えてくれなくて……」

 

それは怒りの震えなのか、それとも笑いの震えなのか……とっても気になるところだね。

 

「あ、それともう1ついいですか?」

 

「なに?」

 

「どうして朝比奈先輩は『シンちゃん』って呼ばれてるんですか?」

 

「よし!じゃあ、1年生も交えて練習しようか!!」

 

「ピギィッ!?」

 

この子……人見知りじゃなかったっけ?あれか?友達の知り合いなら大丈夫とかいうやつか?

 

まぁ、ビクビクと怖がられるよりはいいけど。

 

それよりも話題を逸らす方が先決だね。人見知りはともかく、男性恐怖症らしいし。俺が男ってバレて悲鳴でも上げられようものなら、またあの逞しいご尊顔の警備員さんに捕まっちゃう。

 

「あ、練習と言えば……」

 

俺の気持ちを汲み取ってくれた梨子が鞄から何やら紙を取り出してホワイトボードに広げる。そこには円グラフ……

 

「他のスクールアイドルのブログを見て作ってきたの」

 

練習メニューですね、はい。時間によって区切られてるから円グラフに見えちゃっただけだし。

 

「本物のスクールアイドルの練習……」

 

ルビィちゃんはそれを見て目を輝かせていた。花丸が言ってた通り、本当にアイドルが大好きらしいね。

花丸もそんなルビィちゃんを見て嬉しそうに微笑んでる。

 

まぁ、それはそれ。今の目的はルビィちゃんの口からスクールアイドル部に入りたいと本心で言ってもらうこと。これからの練習で想像してた華々しいものではないと落胆したら、それでおしまいだ。

 

「じゃあみんな、練習行こうか!」

 

「「 はい! 」」

 

千歌の言葉に大きく頷く2人を見ていると、その心配はあんまり無さそうだけどね。

 

 

 

 

 

 

更衣室の横で5人が着替え終わるのを待つ。

女子校なのに女子更衣室ってあるんだね。どうせ女子しかいないなら教室で着替えるもんなんじゃないかと思うんだけど……まぁ、そんなことは些末なことだ。

 

今、俺の耳に届いている盛大な問題は……

 

『あ、梨子ちゃんその下着可愛い!』

 

『ホントだぁ!どこで買ったの?』

 

曜と千歌の無邪気なデリカシーの無い声だ。

 

なに?更衣室の壁ってこんなに薄いの?中が見えなければOKなの?

 

『ピンクって言うのがすっごい良いよね!梨子ちゃんに似合ってる』

 

色まで言っちゃったよ……。ここでいけないとは理解しつつも、俺の頭の中に梨子の下着姿が浮かんでくる。

 

均整の取れた綺麗な体。しなやかで艶美な四肢。赤く上気して潤んだ瞳が……

 

いやいや、これはまずいって。バレたらまた生ゴミ扱いされちゃうって。

煩悩を捨てるためには確か……そう、素数を数えるといいんだっけ。

 

「………………………………………」

 

素数ってなんだ?指数とか関数の友達かな?

 

「信一くん、何考えてるずら?」

 

「梨子の下着姿という煩悩を消し去るための素数と指数、関数の関係性について」

 

「……………………」

 

みんなより一足早く出てきた花丸が静かに俺へ中指を立てる。

お寺の孫として、煩悩を持つ者にはあまり好ましい感情を持たないようだね。

 

そんな花丸の格好は、昨日信夏がコーディネートした練習着。さすが信夏、こんな芋くさくて田舎くさい花丸にもよく似合う服装を選んでいる。

まぁ、そもそもテーマは決まっていたから簡単だったのかもしれないね。だって俺の可愛い信夏だし。

 

「その練習着、似合ってるね」

 

「——っ!?そう……かな?」

 

「うん」

 

肯定してやると花丸はえへへ〜とはにかむように笑った。

ホント、これで普段の憎たらしい態度がなければ普通に可愛いのになぁ。非常にガッカリだよ。

 

「ルビィちゃん、入部しそう?」

 

「まだわからないずら。でも、練習楽しみにしてるみたい」

 

「そっか」

 

「ずら」

 

頷く花丸の顔に、少しだけ影が見える。

 

「花丸はさ、入部する気ないの?ルビィちゃんのことは抜きにして花丸自身の気持ちで」

 

「マルには無理だよ。運動オンチだから先輩達に迷惑かけちゃうずら」

 

「ふぅん」

 

「ルビィちゃんがスクールアイドルを始めてくれるのがマルの夢だから。それが叶えられればいいずら」

 

———でも、もしルビィちゃんがスクールアイドル部に入ったら花丸と一緒にいる時間は確実に減っちゃうよ?

 

そう言おうとも思ったが、やめた。そんなこと花丸が1番よく理解してるのは、その顔に落ちた寂しそうな影を見れば一目瞭然だ。

 

変な奴だね。親友の夢を応援するために、親友の夢を叶えるのが自分の夢って言っちゃうんだから。

 

「ハァ……」

 

「ずら?」

 

ポンっと、小さな花丸の頭に手を置く。自分でもどうして今こんな行動を取ったのかわからない。花丸に寂しそうな顔をしてほしくないのか、それとも何か別に俺が花丸に対して特別な感情があるのか。

 

まぁ、とりあえず今言えるのは……こいつが変な奴だってことだけどね。

 

 

 

 

 

 

スクールアイドル部として成立したはいいが、成立したからこその問題が発生した。

 

「練習場所、どこにしよっか?」

 

スクールアイドル部が練習する場所がない。

おいこら、なんでこんな致命的な問題放置してたんだよ?

 

浦の星女学院ももちろん高校だから、たくさんの部活動が盛んに行われている。

 

グラウンドではソフトボール。体育館ではバスケ。その他色々な部活動が使えそうな場所を確保しており、どうにも練習場所がない。

 

だが、こんな時の解決策を俺は知っている。簡単なことだ。

 

「曜、バスケ部の部長さんの弱味とか握ってない?」

 

「脅す気!?練習場所を脅し取る気っ!?」

 

「それが1番手っ取り早いでしょ」

 

交友関係の広い曜なら1つや2つはありそうなものだけどなぁ。

 

「さすが信一くんね。いっそ清々しいくらい人の心に配慮してない」

 

「人間性が腐り落ちてるずら」

 

なんか梨子と花丸の視線から侮蔑の色を感じる。この短い期間でここまで息が合うなんてすごいじゃないか。

 

「で、握ってるの?握ってないの?」

 

「握ってないよ!握ってたとしてもそんなやり方しないよ!!」

 

「……なんで?」

 

たまに曜という人間がわからなくなる。手っ取り早い方法があるのにそれを使わないなんて……なんて非合理的なんだろう。不思議だ。

 

「あ、あの!」

 

「ん?もしかしてルビィちゃんは握って……ぐふぅっ!?」

 

思い切ったようにルビィちゃんが声を上げた。

まさか……1年生にして既にどこかの部長さんの弱味を握ってるのかな?

 

そんな期待の眼差しを向けていると、梨子と花丸から同時に肘鉄を脇腹に入れられる。右側から突かれた梨子の肘がレバーに入ってとても痛い。

 

「屋上はどうですか?μ'sは屋上で練習してたみたいですし!」

 

「屋上……屋上かぁ!!」

 

ルビィちゃんのナイスアイデアに千歌が飛び上がった。

なるほどね、盲点だったよ。確かに屋上なら球技系の部活は使わないだろうし、陸上部とか広く場所を取る部活には向いてない。

 

まぁ、たぶんルビィちゃんはそこまで考えてなかったと思うけど。なんたって憧れのスクールアイドルが練習場所にしてたんだから、そこで練習したいって気持ちが先立ったんだね。

 

というわけで屋上に移動したんだけど……

 

「日差し、強いなぁ」

 

「それがいいんだよ!」

 

千歌のよくわからない理屈が飛び出したぞ。

 

「太陽の光をいっぱい浴びて、海の空気を胸いっぱいに吸い込んで」

 

「すぅ〜……おえぇぇ」

 

「うわぁ……最悪」

 

いや、磯の香りはマジ無理なんだって。えずくだけに留まっただけ褒めてほしいくらいだよ。

 

「まぁ、海の空気を除けばそれなりにいい場所かもね。景色も綺麗だし」

 

「そうだね。富士山くっきり見えてる!」

 

「あったかいずら〜」

 

日除けがないのが難点だけど、そこはまぁなんとかなる。休憩やこまめな水分補給を怠らなければ大丈夫かな。

 

花丸が気持ち良さそうに横になっておっぱい山脈を築いてるけど……うん、見なかったことにしよう。

そんな花丸のほっぺたをチョンチョンしてるルビィちゃん。なんか和む光景だね。

 

「じゃあ始めよっか。シンちゃん、カウントよろしく」

 

「了解」

 

日差しがあったかいので俺も寝転びたくなったけど、今回はお預けか。残念。

 

ポケットからデジカメを取り出し、ビデオモードにセット。

それを手に持って5人の後ろに回る。

 

「じゃあ、いつも通り30秒で一区切り。それを4回やったら休憩でいいね?」

 

いつもなら一区切りついたところで休憩を挟んでたけど、今日からは部活動だ。少し厳しくいかせてもらおう。

 

「1年生2人は無理しないこと。自分がバテたら迷惑かかるとか思っちゃダメだよ?それで倒れられたらもっと迷惑だから」

 

言い方はちょっと厳しく聞こえるかもしれないけど、たぶんこの2人にはこっちの方が有効だ。

 

姉が嫌いになったから自分も嫌いにならないといけないって考えるルビィちゃんと、親友の夢を叶えるのが自分の夢と言っちゃう花丸は他人に迷惑をかけることを嫌うだろうしね。

なにより倒れられると色々人が集まってきて俺がここにいるのがバレる。これが1番の要因だ。さすがにもう一度あの警備員さんのお説教を食らいたくはないよ。

 

俺の言い方にルビィちゃんはちょっとビビったみたいだけど、一応頷いてくれた。ならばよし!

 

そんなこんなで、1年生も入れた5人の練習が始まった。

 

 

 

 

屋上の練習を記録してわかったが、どうやらルビィちゃんはそれなりに体力があるほうみたいだ。人は見かけに寄らないんだね。

一方花丸は……まぁ、言うまでもないか。

 

出来はともかく、2人は楽しそうにダンスの練習をしていた。それを証明するように、手の中のデジカメの画面では2人の笑顔が輝いている。

 

やっぱり美少女の笑顔は心が洗われるね。うん……

 

「うぷぅ……潮風が…嘔吐中枢を……」

 

ついでに胃の中まで洗われそうだ。

 

俺たちは一度練習着のまま浦女を出て、連絡船で淡島にヨーソローした。例の如く磯の香りが吐き気を生んでいた。

 

桟橋に着き、フラッフラな状態で四つん這いになる俺の背中を千歌と梨子がさすってくれている。ありがとう。

 

「あのぅ……大丈夫………じゃないですよね?」

 

「Yes, I amn't」

 

「文法が色々間違ってる……」

 

「潮風のせいだよ」

 

「いや、シンくん英語ダメダメじゃん」

 

曜が信じられないバカを見るような目で見てくるんですけど……。

きっと世界中の公用語が日本語になれば俺をバカだと思う人はいなくなるんだろうなぁ。

 

そんな戦争をおっ始めそうなロクでもない考えが頭をよぎっていくうちに、なんとか吐き気が治まってきた。

 

まだ桟橋なのにどうしてだろう?

 

「シンちゃん、大丈夫?」

 

「無理しちゃダメよ」

 

あぁ、なるほど。女の子のスメルが磯の香りを緩和しているのか。

素晴らしい。

 

「ありがとう、2人とも。できればもう少しくっついてくれると助かる」

 

「「 ふぇっ!? 」」

 

千歌と梨子の肩を抱き寄せ、この2人のスメルで憎き磯の香りをガードしようとしたらそんな声が上がった。

 

「ん?どうしたの?なんでそんなに2人とも顔赤くしてんの?」

 

梨子はたぶん男にくっつかれたからだと思うけど、なんで千歌まで?お前、よく俺に抱き着いてくるじゃん。

 

てか、曜と花丸はどうしてそんな俺を殺しそうな目で睨んでくるの?

俺、何かしましたか?

 

「千歌ちゃん、梨子ちゃん!早く行こ!日が暮れちゃうよ」

 

「ストップ曜!嘔吐中枢防衛隊を持って行かないで!」

 

「人の心を知らない奴は、馬に蹴られて犬に食べられればいいずら」

 

花丸に関してはもはや色々なのが混ざってる。てか、馬に蹴られて犬に食われるって……拷問の果てに死んだ囚人みたいな扱いだ。ひどい。

 

まぁ、みんなが俺をいじめてくるのはいつものことなので気にしないことにしよう。気にし始めたら犬のエサになりたくなっちゃうよ。

 

そう言い聞かせ、心の補強工事を終えたところで目的地に着いた。

鳥居から覗く階段は淡島にある小高い山の頂上まで続いている。歩いてざっと15分くらいのところを……

 

「これを走って登るんですか!?」

 

「うん!」

 

愛しの幼馴染は走って登るとのたまいやがった。

わざわざ海を渡ってここまで来たのはこれが目的だ。

階段ダッシュ。運動系の部活に所属してる人なら誰でも経験があるんだろうね。

 

これの目的は単純な体力作り。そもそも体力がないとライブで踊り続けられない。あとはまぁ、μ'sも神社の階段をダッシュしてたっていう情報を知った千歌の提案だ。

 

だけどさ、μ'sが登ってた神田明神とこの淡島神社の階段じゃ比べ物にならないくらい段数が違うんだよね……。千歌、気付いてるのかな?

 

「ハァ……じゃあみんな、飲み物のリクエストある?」

 

「私みかんジュース!」

 

「ヨーソロー!」

 

毎度同じ、千歌と曜はみかんジュースか。みかん農園の息子としては嬉しいね。

 

「私は……じゃあ、お茶にしようかしら」

 

「ん、了解。2人はどうする?」

 

「えっとぉ……いいんですか?」

 

育ちがいいルビィちゃんは、おずおずと伺ってくる。今日は体験入部とはいえ部員なんだから遠慮しなくていいのに。今日くらいは1年生の分だけ俺が出してあげよう。

最悪、2年生組にちょっとふっかければいいや。3人で2人分の飲み物をカンパだから……大体1人あたりプラス80円くらいか。

 

「もちろん」

 

「あの!じゃあルビィ、スポーツドリンクを!」

 

笑って頷いてあげると、嬉しそうにお願いしてくるルビィちゃんは……なんだかちょっと信夏を彷彿とさせるなぁ。なんていうか、甘え上手というか、つい甘やかしたくなる感じ。

 

「花丸ちゃんは何にする?」

 

「ま、マルは大丈夫ずら」

 

「ダメよ、国木田さん。ちゃんと水分補給しないと」

 

飲み物を断る花丸に梨子が説教をかます。

 

まぁ、梨子は知らないから仕方ないか。

どうやら花丸はダイヤさんを呼び出したらしい。ルビィちゃんがちゃんと自分の口からスクールアイドルをやりたいと言えるように、ダイヤさんにルビィちゃんの話を聞くように説得する。

 

だから、飲み物は必要ないのだ。別に登り切るわけじゃない。ダイヤさんに言うだけ言ったらそのまま帰るつもりなんだとさ。

 

そんな理由もあって飲み物を買いに行ってもらうのは心苦しいんだろうね。まったく……世話が焼けるよ。

 

「花丸ちゃん、遠慮しなくていいよ」

 

「……じゃあ……マルはお茶で」

 

「OK」

 

本当に申し訳なさそうにする花丸の頭をポンと軽く叩き、俺は近場の自販機に向かう。説得、頑張りなよ。

 

 

 

 

俺が向かうと同時に5人は階段を走り出した。とりあえず初っ端から転ぶ様子はなかったので良かったよ。

正直、ちょっと心配だった。

 

自販機で5人分の飲み物を買いに行く途中、花丸が呼んだと思われるダイヤさんとすれ違う。笑って手を振ったら懲りない変質者を見るような目をされた。別に俺だって好きでこんな格好してるわけじゃないのに……。

 

「重いなぁ」

 

うん、5人分の飲み物はやっぱり少し重い。みかんの入ったバックパックよりはマシだけど、何も入れずにむき出しで抱えながら階段を登るのはしんどい。次からはエコバック持ってこよ。

 

そう心に誓いながら階段を登っていると、花丸が走って降りてきた。

 

「あ、信一くん」

 

「ちゃんと言えた?」

 

「ずら」

 

いつもの口癖で答える花丸。やりきったって顔してるね。

 

「あとはルビィちゃん次第ずら」

 

「ちゃんと言えると思う?」

 

「きっと言えるずら。ルビィちゃんなら……きっと」

 

「花丸はいいの?」

 

「え?」

 

「さっきも聞いたけどさ、花丸はスクールアイドル部に入らない?」

 

体験入部でスクールアイドルの練習を体験して、もしかしたら少し心変わりがあったかもしれない。

 

その意図を込めて尋ねると、花丸は俺から目をそらした。

 

「マルには……無理ずら。それに、もう夢は叶ったし。それでいいんだ」

 

「ふぅん」

 

———じゃあどうして花丸はそんなに寂しそうな顔をしてるの?

 

そんな疑問が頭に浮かぶけど、口に出そうとは思わない。

答えなんて分かりきってる。たとえ俺に人の心が無くても、さすがにこのくらいは理解できるさ。

 

「それじゃあ、マルは帰るね」

 

「千歌達には言ったの?」

 

「…………………………」

 

「ハァ……いいよ。俺から伝えとく」

 

「ありがとう」

 

これから戻っても仕方ないしね。どうせ俺は上に向かうし、ついでに伝えてやろう。

 

「んじゃ、お疲れ様。気を付けて帰りなよ」

 

「うん。色々ありがとね、信一くん」

 

にこりと儚げに笑って、花丸は船着場まで走っていく。

 

あ、しまった。花丸にお茶渡しそびれちゃったな。

 

「ま、俺が飲めばいいか」

 

パシュっと小気味良い音を上げながら缶の蓋を空ける。一口飲んでみるが……

 

「そんなに美味しくないなぁ」

 

毎週花丸が淹れてくれるお茶を飲んでる俺の舌は、どうやら肥えちゃったみたいだね。迷惑な話だ。

 

もう一口、もしかしたら勘違いかもしれないので煽る。

 

「うん、やっぱり美味しくない」

 

ハァ……。こりゃあ花丸に渡さなくて正解だったかも。嫌味の1つでも言ってきそうだよ。

 

どんな嫌味を言ってくるか想像しながら階段を登っていると、いわゆる踊り場のような場所に到着した。このクソ長い階段の休憩場所も兼ねているのか、ベンチが2つ並んでいる。

 

そんなベンチにダイヤさんとルビィちゃん、千歌と曜と梨子で別れて座っている。5つの視線は登ってきた俺……というか階段に向いていた。

 

「おまたせ。はい、飲み物」

 

一応注文された物をそれぞれに渡す。

 

「あの!」

 

さすがに俺まで座ると狭くなっちゃうので立って、この美味しくないお茶を一口飲むとルビィちゃんが声をかけてきた。その目はまっすぐ俺を見てる。

 

「なに?」

 

「朝比奈……信一さんですよね?」

 

「っ!?……バレちゃったか」

 

もしくはダイヤさんがバラしたか。まぁ、今はどっちでもいいや。

 

俺は下ろしていた髪をスカートのポケットから取り出したヘアゴムでいつもみたいに乱雑に束ねる。

咳払いを1つして、ミックスボイスから普通の声に戻して質問を1つ。

 

「朝比奈さん、花丸ちゃんは?」

 

「花丸なら帰ったよ。もうやる事は終わったから帰るってさ」

 

「お姉ちゃんに聞きました。花丸ちゃんがルビィの話を聞いて欲しいって頼んだって」

 

「そう。姉妹の間に割って入るなんて、あいつは随分と図々しい事するんだね」

 

それが花丸の美点でもあるんだけど。親友の夢を自分の夢って言うくらいだし。

 

「朝比奈さん。花丸ちゃんの『やる事』ってなんだったんですか?」

 

「さぁね。俺は知らないよ」

 

「お姉ちゃんにルビィの話を聞くように頼む事、だったんじゃないんですか?」

 

「だから知らないって……」

 

シラを切り続ける俺に、ルビィちゃんが真っ直ぐ視線をぶつけてくる。男性恐怖症じゃなかったっけ、この子?

 

ハァ……花丸が花丸なら、ルビィちゃんもルビィちゃんだね。

親友の為なら怖い相手にも立ち向かってくる。類は友を呼ぶってか?

 

「ルビィ、ちゃんとお姉ちゃんに言いました」

 

「へぇ。なんて言ったの?」

 

「『スクールアイドルがやりたい。花丸ちゃんと』って」

 

「それは……残念だったね。花丸にスクールアイドルをやる気はないみたいだよ」

 

それはダイヤさんに言っても仕方のないことだ。だから諦めてほしい。

 

「ルビィ、どうしても花丸ちゃんとスクールアイドルやりたいんです。だからお願いします!!」

 

ルビィちゃんが勢いよく、今まで聞いたことがない大声を出しながら俺に頭を下げる。

 

「花丸ちゃんに……スクールアイドルをやってくれるように言ってくれませんか?」

 

「なんで俺なの?」

 

「花丸ちゃん、よく朝比奈さんのお話をしてくれるんです。ほとんどが悪口だけど、でも朝比奈さんの話をする花丸ちゃんは楽しそうで……」

 

「それは単に花丸が俺の悪口を言って楽しんでるだけじゃない?」

 

「違います!たぶん花丸ちゃんは朝比奈さんのことが……」

 

そこまで言いかけてルビィちゃんがゴニョゴニョし出した。よく聞き取れん。

 

「とにかく!花丸ちゃんは朝比奈さんの言えばきっと……」

 

なるほどね。だから俺に花丸を説得しろと。

 

「ルビィちゃんの言いたい事は大体分かったよ。だからさ、これから俺が何を言っても“イーストサン”とか信夏のこととか抜きにして聞いてくれる?」

 

「……はい」

 

俺が何を言ってきても受け止める覚悟をするようにルビィちゃんは力強く頷いた。うん、これなら言っても大丈夫みたいだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺が君の為にそこまでしないといけないの?」

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

ルビィちゃんの驚いた顔。まさか俺が“イーストサン”や信夏が関係しない頼み事を無償で承諾するとでも思ったのかな?

バカバカしい。

 

「あのね、ルビィちゃん。俺が花丸に協力したのは信夏の前で頼まれたからなんだよ。信夏の前で頼まれなければ協力なんてしないで、自分でなんとかしろって言ってたと思う」

 

結局のところ、これが俺の本心だった。特に友人でもないルビィちゃんの頼み事を叶えてあげる義務や義理なんて俺には無いんだから。

 

「だからさ、自分でなんとかしてくれない?」

 

「う…ゆぅ……」

 

うるうるとルビィちゃんの目が潤んでいく。でも、知った事じゃないね。だって俺は今『“イーストサン”の朝比奈信一』ではなく朝比奈信一個人として話してるんだから。

 

「花丸はルビィちゃんの背中を押した。ルビィちゃんはそれのおかげでスクールアイドルになりたいと言えた。じゃあ、今度はルビィちゃんが花丸の手を引いてあげる番なんじゃないの?」

 

「………………」

 

「花丸とスクールアイドルをやりたいのは誰?ルビィちゃんでしょ?」

 

「———っ!!」

 

俺の畳み掛けるような物言いにルビィちゃんは何か気付いたようだ。

たぶんそれは……俺が言いたい事。

 

「いつまでも誰かに頼る事ばかり考えてちゃダメだよ。『自分の気持ちをちゃんと伝える』。それを教えてくれたのは花丸だったはずだよ」

 

『伝えなきゃ伝わらない』。そんな当たり前のことを昔誰かに言われた気がする。当たり前過ぎて忘れちゃうような言葉だ。

 

「……………………」

 

そんな当たり前を今やっと理解したルビィちゃんは階段を駆け下りて行った。でもたぶん……もう花丸には追いつけない。さっき連絡船が出発する音が聞こえたからね。

 

今日の練習はお開きだろうし、俺はルビィちゃんとの会話を見守っていた2年生組とダイヤさんに手を振ってゆっくりと階段を下る。

 

 

 

 

面倒ごとが本当に多い。今回の元凶は花丸だね。

でも俺は、そんな花丸にかなり特別な感情を抱いてるみたいだ。

ポケットからデジカメを出して、練習中の楽しそうな花丸の笑顔を眺める。

 

「参ったなぁ」

 

親友の夢を自分の夢と、平然と言える花丸。優しくて、他人の為に一生懸命になれるそんな花丸のことが……俺は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大っ嫌いだ

 

 

 

 

 

 

 




信一は基本合理的な考えで行動してるので、花丸ちゃんの他人本位な行動が嫌いなんですね。ちなみにそんな合理的な考えを一掃するのが妹の信夏です。
信夏に嫌われたり軽蔑されない為ならどんな非合理的な手段でもとります。
うん、これぞ“人間性の腐り落ちたシスコン”ですね。

次回の投稿は……マリーの誕生日ストーリーになっちゃうのかな?できるだけどちらも早く投稿できるように頑張ルビィしていきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。