ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第85話「王の帰還」

 結論を言えば、フラムを筆頭にするEEらは独自裁量権内での自由行動を認められていた。

 

 要はそれが共和国の国益になるならば、という条件付でファーンの次善策は受け入れられ、皇帝の氷室への同行と戦力の貸与は行われる事となった。

 

 作戦は主に第三段階までが決定。

 第一段階は氷室への強襲降下と確保。

 第二段階は氷室内の調査と計画の実行可能性の検証。

 第三段階は氷室の破壊及び破棄及び接収。

 

 後に状況を鑑みて撤収するかどうか。

 

 共和国への帰還の是非を討議するという事となった。

 

 クランの事はしばらく空飛ぶ麺類教団の飛行船内に匿って、国内から退避するかどうかはファーンの交渉次第という事で話も纏まった。

 

 帝国との折衝でカルダモン家当主が殺害されるか。

 もしくは捕らえられて幽閉された場合は問答無用でクランは行方不明。

 要は共和国行き。

 

 微妙な立場に置かれて均衡を保った場合は教団に匿われながら様子を見るか。

 

 あるいは正式な国側からの意向とやらを引き出して、共和国への留学生として匿う。

 

 どちらにしても、上手く皇帝を動かせるだけの材料が運よく揃うというのは最上のパターンであって、関係者の誰もが可能性の低い未来だと考えていた。

 

 飛行船の簡易整備が終わったのが三時間後。

 クランは共和国側の飛行船に。

 ファーンは教団側の飛行船に別れ。

 侍従達は半数ずつがどちらにも乗船。

 

 クランを守って欲しいとファーンに頼まれた事からEE側の意向も汲んでカシゲ・エニシも同じ船に乗船。

 

 こうして二隻の飛行船は飛び立ち。

 最後の決戦の地。

 そう呼べなくも無い帝国の地方都市にも程近い山奥。

 守護禁領と呼ばれる皇族が使う狩場へと赴く事となった。

 時間は明け方。

 雲が薄く棚引く世界は紅に染まり始めている。

 

 山の稜線から零れ始める光が二隻の影を地表に浮かび上がらせる前にと作戦は発動され。

 

 ファーンが予め調べていた通り。

 

 洞窟がある山岳部の直下に硝子の鎧のようなものを着込んだ完全武装のEE20名が手摺と足掛け付きのロープを握って、高速で降下していく。

 

(怪我するなよ。フラム……)

 

 何処にでもあるような山岳部に見えるのだが、周囲のあちこちに館のようなものが見える事から、未だ使われている事が分かるだろう。

 

 ただ、あまり人は置かないように皇帝から言われているらしく。

 

 館を管理する老僕以外はいないとの話。

 

 連絡が行っても皇帝の直轄地域である事から現地の軍が動くのは2時間後。

 

 それまでが勝負という事になる。

 

 二隻の船が倉庫の一部区画を開放して、四方にワイヤーが着いたゴンドラを降ろしていく。

 

 EE側の船から教団の方を見れば、ファーンを筆頭に侍従達が数名付き従っていた。

 

 こちらも傍にはEE数名とクランとフラムがいる。

 地面に着地したゴンドラから降りると洞窟は目の前。

 意外な事に扉や鍵らしいものは一切存在しなかった。

 

 先行しているEE達のヘルメットの灯かりだけがチラチラと暗い穴の中に時折、垣間見える。

 

『こちらD班。扉らしきものを確認した。直進で20m。左側の横穴の先だ。他の分岐先は完全に行き止まりとなっているらしい。何らかの仕掛けも確認出来ないと報告されている』

 

『こちらA班了解。捜索班は任務完了。洞窟周辺の警護に当たれ』

 

 フラムが指示を出すと奥を探索に向かっていた男女がすぐさま洞窟前に戻ってきて、フラムに敬礼してから警護の為に三々五々散っていく。

 

「……お前ってそんなに偉かったか?」

 

「この間、共和国の飛び地獲得、現地での西部からの介入を防止、西部域の先進技術の塊である艦船の拿捕、西部兵の捕虜獲得、これらの功績でEEの部隊を動かす権利をベアトリックス様から頂いた。階級はそのままだが」

 

「フラム殿はこの間から褒章も受けておったが、家にも帰らず。ず~~~っとエニシ殿の事を探し―――」

 

 ジャコンとフラムの片手にぶら下がっていたショットガンが迂闊な事を言おうとした百合音に向けられた。

 

 ササッとこちらの後ろに隠れて「何でもないでござるよ~~」と誤魔化した美幼女は「短気でござるな~~いや、恥ずかしいのであろうか?」とこちらにだけ聞こえるよう背後で囁く。

 

「いいから行くぞ。道標は残してあるから迷う心配も無い」

 

 フラムに先導されてファーン、クランが続く。

 その後ろが自分で更に殿が百合音という具合だ。

 

 他のEEに関しては洞窟内の退路確保にと一定間隔で歩哨役として残された。

 

 五人で洞窟を進む事、数分。

 幾つか洋光《ランプ》が置かれた開けた場所に出た。

 

「これが……」

 

 ファーンが目を見張る。

 それもそうだろう。

 灯かりに照らされていたのは宮殿内。

 

 クランの寝所の天井に描かれていた図と同じものだった。

 

 金銀の彫刻。

 豚、鳥、牛。

 

 三つの動物達の周囲に曼荼羅のように野菜や草花や樹木、根のようなものが飾られたソレがまさか洞窟の内部にあるとは思っても見なかったのだろう。

 

 扉はその中央にツルリとした光沢質の正方形。

 人の手が置けるくらいの大きさの窪みがある。

 

「クラン。あの窪みに手を置いてみろ」

 

 ひんやりとした空気の中。

 声はよく響くようで僅かに声を潜めて前に呟く。

 

「あ、ああ、分かった。そのようにしてみよう」

「殿下。お供します」

 

 ファーンが付き添って扉の前まで行き。

 クランが言われた通りに手を窪みに押し当てた。

 

 すると、一瞬だけ窪み内部からスキャナーのように光の線が上昇していく。

 

(やっぱりか……指紋認証。だが、さすがに皇帝以外はどうだろうな……)

 

 不安が適中したらしく。

 その後、何も起こらなかった。

 

「ダメか?」

 

 訊ねるとファーンがクランの代わりにと手を押し当ててみる。

 しかし、また光の線が手を測ったものの。

 何も起こらない。

 

「どうやら、皇帝陛下でなければ、開かないようですね……」

 

 ファーン達の様子に目を細めてフラムが前に出た。

 

「とりあえず、壊すか?」

 

「ちょっと待て!? せめて、壊す前に自分で確認してみるとかの選択肢は無いのか!?」

 

 思わずツッコミを入れるとフラムが呆れた視線をこちらに向ける。

 

「皇族とそのお付がダメだったのにか?」

 

「ま、まぁ、それでもいきなり壊すのは無しだ。というか、またNINJIN城砦みたいな事になっても知らないぞ?」

 

「う……まぁ、いい。そこまで言うなら、お前が試してみるんだな。エニシ」

 

「はぁ……分かった……」

「エニシ殿はもう尻に敷かれまくりでござるな♪」

「その表現は切実に止めろ」

 

 茶化す百合音に溜息一つ。

 とりあえず、クランとファーンを横に手を窪みに押し当ててみる。

 

 無論、何も起こらな―――。

 

 ゴガッと岩が砕けるような音と共に何か金属を擦り合わせるような高い音が響き。

 

 目の前の扉が動き出した。

 思わず全員で後ろに退避すると。

 

 扉そのものが中央から四方に亀裂を走らせ、ゆっくりと横壁に格納されていく。

 

 まるで螺旋を無数に組み合わせたような、強固な壁材は回りながら解け、最後には人が一人入れるくらいの穴を壁の中央に開けた。

 

「……お前も偶には役に立つな」

 

 フラムが平然とした顔でこちらに呟く。

 

「まさか? クラン様でも開かなかったのにどうして……」

 

 ファーンが思いっきり、こちらを凝視していた。

 

「やはり、カシゲェニシ殿は凄い!!」

 

 クランは興奮したようにこちらの手を取って目をキラキラさせている。

 

「まぁ、エニシ殿であるからして」

 

 何故か百合音が鼻高々な感じにフフンと誇っている。

 

「いいから、行くぞ。説明するのも面倒だし、どうなってるのかなんて分からないからな。さっさと中を確認しよう」

 

 そう言うと百合音が先立って歩き出す。

 

「では、某が一番槍を。危険があれば、教える故」

「ああ」

 

 百合音に続いて歩き出す。

 その後ろにファーンとクランとフラムが続いた。

 

 壁に空いた穴の中は仄かに地面に埋め込まれたライトらしきもののの灯かりで暗くは無かった。

 

 歩き出して20秒程で開けた場所へと出たらしく。

 百合音の声が先の空間から反響してくる。

 

『おお?! これはこれは……』

 

 穴から出た瞬間。

 百合音の言いたい事が肌身に感じられた。

 其処は……一言で言えば、巨大な監視室だった。

 20m四方の四角い部屋。

 

 その一面にはモニターが多数備え付けられており、次々に電源が入っては映像が流され始める。

 

 だが、問題なのはその映されている場所だ。

 

 何か工作物を作るロボットアームだらけの工業系ラインやら、何かの釜や抽出用の濾過装置みたいなフィルターが何層にも渡って存在する薬剤の製造ラインのようなものまで。

 

 とにかく多種多様な工場のような場所が次々に電源が入った様子で稼動、待機状態へと向かっているらしい。

 

 一番問題なのは……それが確実に今も使えると分かってしまう事だろう。

 

 モニターの下。

 

 複数並んだ制御用の機材らしき台座に埋まった画面には次々OKの文字が浮かんでいく。

 

『ようこそ。アドミニストレータ』

 

「何?」

 

 合成音声が周囲に響いて、思わずスピーカーを探すが、見付からない。

 

『第二次統合M計画の進捗率は現在99.23%です。おめでとうございます。本計画は完遂されました』

 

「な?!」

 

 狼狽するのも仕方ないだろう。

 

 それは、その言葉は……少なからず今まで自分の周囲に纏わり着いてきた遺跡に関連している。

 

『予定にあった第三次統合M計画については現在、情報が取得されていません。新しい情報をインストールして頂ければ、次の工程計画を提示致します』

 

「第三次……」

 

「一体、何を言っているんだ? この声は……オイ。エニシ!! 説明しろ!!」

 

 フラムの声の合間にも音声は続ける。

 

『現在、月のマスターマシンとの間にリンクが繋がっていません。また、【深雲《ディープ・クラウド》】とのリンクも繋がっていません。自己診断モード異常無し。物理的障害の可能性有り。可能ならば、ただちに障害を排除して下さい』

 

「……マスターマシン……月……ディープ・クラウド……シン、ウン?」

 

 複数のモニターが月を映し出す。

 

『心拍数の乱れ有り。どうかなさいましたか? アドミニストレータ』

 

 それは高精度な映像で自分にしか見えないはずのベルト状の部分すらもクッキリと浮かび上がらせていた。

 

「月が銀の膜で巻かれている?」

 

 ファーンは始めてみるのだろう光景に驚き。

 百合音はほうほうと頷き。

 フラムさえも僅かに瞳を細めた。

 

『現在、サブマシン開発進捗率99.9999%。おめでとうございます。本ストレージの開発は成功です。何かご指示があれば、音声入力して下さい』

 

「……オイ!! サブマシンの情報を開示しろ!!」

 

 その声に反応してか。

 

 モニタの全てが一繋がりの画面と化して、たった一つの情景を映し出す。

 

『正式名称【次世代型原子凍結式ホルミウム・ストレージ】……仮称名《コード・ネーム》パンドラ……マスターマシン【メンブレン・ファイル】に続いて開発されたサブマシン……【深雲《ディープ・クラウド》】情報保存用の第2ストレージです』

 

 それは巨大な冷蔵庫にも似た分厚い20mはあるだろう長方形の物体だった。

 

 周囲は完全に凍結していると思しき分厚い氷に覆われており、周囲には液体のように見える何か……たぶんは液体化させた窒素や酸素の類でも巡っているのだろうパイプが縦横無尽に張り巡らされている。

 

 超低温下でもどうして視認出来る程の明度を保っているのかと言えば、パイプ内部に耀くものが混じり始めたからだ。

 

 それがパイプの全てを照らし出せば、まるで映像内部の全てが集積回路にも見える。

 

 巨大冷蔵庫がチップだとすれば、笑ってしまえるくらい非現実的な光景に違いなかった。

 

「………マスターマシンとは何だ?」

 

『マスターマシン【メンブレン・ファイル】高キュービット量子コンピュータ連結体は【深雲《ディープ・クラウド》】の演算に使用される情報送受信機関であり、その特性は情報を完全な形で未来に送る事で演算を可能にするというものです。莫大な情報量を瞬時に出入力し、保存出来る唯一のシステムとして現在制御中枢は月面裏に置かれています』

 

「―――災厄とは何だ?」

 

『災厄を検索。意味を表示しますか?』

 

「違う。この世界における現実に起こった出来事としての災厄……この数千年に限っての出来事を人類にとってのリスク順に羅列してみろ」

 

『………アドミニストレータの表現解析完了。ただちに情報を開示』

 

 一瞬にして冷蔵庫の画面が切り替わって、箇条書きで全ての画面一杯に情報が映し出された。

 

 あまりにも膨大な量に眩暈がした。

 

 それが全て人類にとってのリスクだとすれば、正しく今も世界は危機に瀕しているのではないかと思われたからだ。

 

「上から順に3つ目までの情報を概要として提示しろ」

 

『了解しました。では、低リスク順からの情報を開示します』

 

 3という文字が一瞬、全画面に浮かび上がって、こちらにも見易いよう大文字で情報が開示されていく。

 

『―――第29392443次報告。“神の網”による地表への大規模マイクロ波照射。超高圧蒸気の発生。周辺海域のナトリウム大隆起。また、降雨阻止の為の長期照射による生物死滅』

 

(まさか、塩の化身の話か?!!)

 

 2という文字が今度は画面に浮かび上がる。

 

『―――第29394300次報告。“神の杭”による地殻改造崩壊。XKシーリングの機能不全問題再発。教団によるパイル増築により、XKクラス問題の次の危険域への突入時期は322年後と推定』

 

(アトラス・パイルか……XK?)

 

 分からない単語やら危機的な状況が未だ自分の知らないところで複数存在する事を臭わせる表現に思わず顔が渋くなる。

 

 終に1という文字が画面に浮かんだ。

 

『―――第29391103次報告。“神の屍《ししむら》”第三ストレージのバージョンアップ不全問題。前バージョンの機能更新中、全干渉のストップにより、人類規模騒乱の発生。ただちに強制機構が作動、全人類中パッチ適応率7割未満が廃棄されました』

 

「?!!!」

 

 言葉の繋がりから推測される廃棄されましたという単語の意味を考えた時点で精神状況は最悪に近かった。

 

 何かしらのオーバーテクノロジーの産物が人類規模の騒乱の引き金となり、それで人類が何かしらのパッチと呼ばれるものに適応出来ない七割未満の人間が死んだ……もしくは殺されたと解釈出来たからだ。

 

『推測結果。マスターマシンの前バージョンから引き継がれたプログラムがアップグレード時にコンフリクト、一部機能がフリーズした模様』

 

 何か悪い夢でも見ているかのような心地。

 

 そう、今正に応えているAIはマスターマシンやサブマシンと言ったソレが人類に直接的に殺すに足るシステムなのだと白状したに等しいのだ。

 

 後ろで何となく意味を理解しているだろう誰もが困惑と僅かな怯えに顔を引き攣らせているのも仕方ない話だろう。

 

「………表示を消せ」

 

『了解。通常画面に復帰します』

 

 一度、後ろを振り返る。

 

 ファーンは未だに顔を引き攣らせていたが、何とか息を整えているし、クランは青白い顔をしていたものの、ファーンに抱き締められて、何とか自分を落ち着かせようと胸に手を当てていた。

 

 フラムは聞いた内容の危なさに苦い顔をしてこそいるものの。

 

 もう立ち直った様子でこれからどうするんだ?と視線で訊ねるだけの元気を取り戻したらしい。

 

 百合音は平然とコンソール類を繁々観察していた。

 

「オイ。フラム。百合音。最後の話で人類規模での騒乱うんたらかんたらって聞いてたなら、そういう歴史上の事件に心当たりはあるか?」

 

 二人が同時に考え込み。

 同じタイミングで同じ答えを口にした。

 

「「極日の悪夢」」

 

「何だソレ?」

 

「ああ、大昔にあったとされる大陸規模での集団幻覚騒乱事件でござるよ」

 

「集団幻覚?」

 

「うむ。歴史上の記録に寄れば、僅か一日の出来事であったらしい。人間が化け物に見えるという病気なのか精神疾患なのか分からない症状に見舞われて、親、子供、家族、親族、親友、知り合い、恩人、知人、恋人、とにかく全てを敵と思った者達が地獄のような光景の中で殺し合った、とある」

 

「遺跡の力が関わっていたというのが歴史上の定説ではあったが、原因は分かったようだな」

 

 フラムが再び画面に映し出される巨大冷蔵庫。

 いや、情報保管庫を前に瞳を細める。

 

「第二ストレージというのが、その冷蔵庫ならば、第三ストレージとやらが引き起こした事件を再び起こす可能性を否定出来ない」

 

 フラムの最もな話にファーンが大きく息を吐いた。

 

「……クラン様。クラン様はどうなさりたいですか? たぶんは後1時間半以内にこの遺跡の内容物を接収するか。または破壊しなければなりませんが……」

 

「これが皇帝の隠してきたもの……」

 

 ファーンが完全に立ち直った様子で真面目な顔を主に向ける。

 

「我々にはまだ色々と分からない事が多過ぎます。ですが、それを調べている余裕は無い。また、これが実際に人々にとっての災厄なのか。それとも福音なのかは使う者次第だと当方には思えます。全てはクラン様のご決断次第です。このままにしておき……帝国の安寧を願うのも……これを壊して帝国が過ちを犯さない事を望むのも……全ては次の皇帝たる貴女の選択で決まるのです」

 

「私は、私は……っ」

 

 クランの手が震えていた。

 

 いきなりの話。

 いきなりの言葉。

 いきなりの真実。

 

 それを前に震えない女の子なんていないだろう。

 

 だが、それでも彼女は上に立つ者としての決断を、今この場で下さねばならない。

 

 それがどんなものだろうと時間は待ってくれないのだ。

 

「クラン」

「ぁ、カシゲェニシ殿……?」

 

「気楽に考えろ。こんなものは最初からお前達の歴史には無かったんだ。それをどうするかなんてのは正しく、どっちでもいい。問題はお前の気持ちだ。何が嫌で何が欲しくて何が正しいのか。少なくとも、国益とか人々の為とかじゃなく。この“無いもの”をどう扱うかという点でお前は試されてるんだ」

 

「無いもの……」

 

「時間はそんなに無いが、必要な事なら出来る限り協力するし、答える」

 

 クランの顔は最初不安げに揺れていたが、こちらの言葉を聞いてから、僅か瞳に力が戻った。

 

「分かった……私は、帝国の皇女だ。でも、その前に一人の人間として……民を殺すかもしれない遺跡をそのままにはしておけない。それが例え、帝国にとって最も重要な秘密であり、国益を生み出す代物であろうとも……栄えるのも没するのも今の人の手で決めたい!!」

 

 少女は確かに立派な顔となっていた。

 

「分かった。じゃぁ、とりあえず壊す方向でいいな? 一応、今のオレ達にとって必要そうなものや優位に事を運べそうなものが無いか確認して、運べそうなら運び出せばいいだろ」

 

「分かった。カシゲェニシ殿、よろしくお願い致します」

 

 畏まった様子でクランが頭を下げた。

 

「じゃあ、やるか……オイ!! 個人で持ち運べる情報媒体に此処にある情報を出来るだけ移して持っていきたい。方法はあるか!!」

 

『アドミニストレータ権限。情報の持ち出しは可能です。重量25kg小型長期保存用ストレージをどうぞ』

 

 ガゴンッと部屋の端。

 壁の一部が迫り出して、長方形の金属塊を露とする。

 

「情報の移動に掛かる時間は?」

 

『終了しました』

 

「早いな……情報の読み出しと書込み用機器はあるか?」

 

『現在、現存数0』

 

「それの作成する為のデータはあるか?」

 

『あります』

 

「……そいつを紙媒体もしくは直接視認可能な媒体で転写して持っていけるか?」

 

『可能です。製作時間約1時間12分』

 

「今すぐ開始しろ!! 受け取りはどうすればいい!!」

 

『この室内に受け取り用ポットをご使用下さい。重量は12kgです』

 

 ガゴンッとまた部屋の端に丸みを帯びた透明なポット状の部位が迫り出した。

 

「これでいいか……フラム!!」

「何だ?」

 

「此処を全部吹き飛ばせる量の爆薬は飛行船に積んであるか?」

 

「無論だ。西部連中の装備を接収後、解析。最新式の爆薬がつい二日前に届いた。飛行船の倉庫に600kg程積んである」

 

「そいつをEEに運び込ませてくれ。百合音!!」

「何でござろうか? エニシ殿」

 

 何やら小さなカメラっぽいものを機器に向けてカシャカシャと取っていた美幼女がこちらを振り向く。

 

「資料は撮っていいが後にしろ。其処の重たそうなストレージをEEの飛行船に運び込んでくれ」

 

「了解した。それにしても毎度毎度遺跡は迷惑なくらいに破滅の臭いがするでござるなぁ~~」

 

「言ってる場合か。オレ達も早く逃げないと帝国の部隊の餌食だぞ?」

 

「分かり申した。では、某がこれを」

 

 どっこらせっと言いたげに壁から抜き出した鋼の長方形。

 

 自分の背丈くらいありそうなそれを外套の中から取り出した紐で背中に括り付けて、百合音がヨタヨタと外に向かっていく。

 

「ちゃんと届けろよ」

 

「これでも某は任務第一でござるからして。任務以外の事は干渉致さぬよ?」

 

 そう言って、フラムが外の同僚に話をしに行こうとした時だった。

 

 穴の先から銃声が断続的に響いてきた。

 

「穴から離れろ!! 百合音!!」

「エニシど―――」

 

 閃光が奔った。

 爆発も聞こえた。

 

 しかし、何よりも先に宙を舞う小柄な身体が、見えた。

 

 背中のストレージから着地して弾け飛んだ小柄な指が周囲に鮮血と共に散らばる。

 

 穴は崩れていなかったが、その先から入り込んでくる者が一人。

 

 未だ断続的に銃声が響くのを背に姿を現した。

 それは……まるで大正ロマン。

 貧乏学生のようなスタイルに刀を一振り。

 

 フラムが渇いた瞳で持ってきていたショットガンを発射したが、黒い外套によって弾かれて跳弾。

 

 コンソールの画面が火を噴いた。

 

「撃つな!! 仲間に当たる!!」

 

 辛うじて。

 そう、辛うじて幸運だったのは百合音の息がある事。

 そして、自分が未だに渡されたままの刃を帯刀していた事か。

 

「十時間前は世話になったな。借りを返しに来たぞ。A24《エーニジュウヨン》」

 

 それはバジル家に追われ、未だ逃走していると思われたクランの命を狙う暗殺者。

 

【妖精円卓《ブラウニー・バンド》】

 

 その一人だった。

 

「オレは【妖精円卓《ブラウニー・バンド》】のラゲン……貴様の首を円卓に持っていく。その氷室の鍵共々な」

 

「ッ」

 

 背後で僅かにクランの身体が震えていると分かった。

 だから。

 

「生憎と予約済みな身体なんでな」

 

 自然に前へと歩き出す。

 

 刀を僅か抜き出して、指を押し切り、血を鞘伝いに小さな身体で―――未だ必死に……生きようとしている美幼女の胸元に垂らす。

 

「悪いが……首を置いてくのはお前だ」

 

 刃が奔る。

 鞘を奔る。

 

 掴み引き抜き出した鋼の刃紋が煌きの中で交差する。

 

 どちらも居合い。

 どちらも拮抗。

 火花が散った後。

 欠けた刃の残滓が弾ける。

 

「温厚なオタクにだって、許せない事くらいあるんだよッッ!!!」

 

 そのまま突撃、膝蹴りを相手の腹に食らわせながら倒れ込むようにして地面に押し付ける。

 

「今だッッ!!! 行けッッッ!!! フラム!!!」

「了解だ!!」

 

 百合音が身軽になった様子で何かを口にしようとしたが何も言わず。

 

 いつもの軽やかな身のこなしでクランとファーンに続いて殿として遠ざかっていく。

 

「負けるな。エニシ殿……」

 

 その声は常の面白がり、からかうような響きも、仕事の時の冷たいものとも違って……ただ、確かに泣き出しそうな声だと分かった。

 

「仲間を逃がしてご満悦か? 此処に来たのがオレだけだと思うか? 化け物め」

 

「……お前こそ、分かってないようだから教えてやる。羅丈とEE。お前みたいな暗殺者紛いに不意打ちされる以外で傷なんてあいつらは負わないさ」

 

「言うだけならッッ!!?」

 

 相手に腹を蹴り返されて、後ろへと吹き飛ぶ勢いのまま刀を再度構える。

 

「サブマシンによる現生人類抹消計画……教団に与する貴様ら悪を、オレは斬るッッ!!」

 

(あのケロイド男ッ?! 人類抹消?! また、調べる事が増えるのか!?)

 

 突撃してくる相手の突きを何とかいなして立ち回りながら、背後で銃声が連続するのを聞きつつ、フラムと百合音が相手を突破しつつある叫びを耳にして、思わず顔に笑みが浮かぶ。

 

「何がおかしい!?」

「人の話を訊かない奴が人にモノを尋ねるなよ? 暗殺者」

「何ッッ?!!」

 

 怒りに我を忘れそうな相手の意表を付いて、AIに叫び声を上げる。

 

「ただちに全ライン!! 全システムを暴走させろ!! 神の氷室もだ!!」

 

『本当に実行しますか?』

 

「許可する!!」

 

『実行開始。これより当施設より退避して下さい。実行中のタスクを全て停止。バックアップ機能開放。ただちに射出……放出地点と周回軌道を子端末に送信。今までお疲れ様でした。マスター・アドミニストレータ【KASIGE・ENISI】様』

 

「?!」

 

 轟音が周囲に鳴り響き始める。

 

「な?! 貴様ッッ!? 此処を放棄するつもりか!!?」

 

 驚く相手の隙を見逃さず。

 そのまま背後の穴へと退避する。

 

 逃がさぬと追って来ようとしたようだが、地面が揺れた。

 

 何かが爆発し始める音。

 

 それが連鎖している事を感じながら、背後を顧みずに脱兎の如く駆け出す。

 

 このままでは洞窟が崩れる可能性は高いと刀も棄てた。

 

 とりあえずは助かる事だけを考えた。

 

 それ以外は全て後でいい。

 

 ただ、心にあるのは少女達の身の安全だけだった。


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