ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第81話「彼らの名前」

 

「シンボルというのは大切なものなんですよ」

 

 周囲の壁一面が青白い光に満たされたラウンジ。

 

 水底を泳ぐ魚達が回遊している様子が映し出されており、辺りには気だるいジャズが流れている。

 

「王様から王冠を取ったら、誰だか分からないオジサンになっちゃうじゃないですか。勲章の付かない軍服を着た高官。船の無い海賊船の船長。そういうのがいたら、確実に誰なのか一目では分からない。だから、我々は空飛ぶ麺類教団なのです」

 

「何の話だ?」

「我々のシンボル・マークに何か言いたげな気配だったので」

 

 白スーツのケロイド男が肩を竦めて、スパークリングらしい液体をワイングラスから飲み干す。

 

 一人通されたのは話があるからとの事だったが、それにしても出だしからして胡乱過ぎる話題。

 

 男の性根が透けて見えて、少しイラッとした。

 要は暗にこう言いたいのだ。

 お前のシンボルは一体何だと思う、と。

 

「申遅れました。ワタシ、字果(あざか)……文字の字に果実の果と書いてアザカと申します。アザカさんとか呼んで頂ければ」

 

「……それでその空飛ぶ麺類教団のアザカさんはしがない一般人であるカシゲ・エニシに何の用なんだ?」

 

「ご冗談を。貴方のように稀少な方はこの大陸に早々いませんよ」

「………」

 

 ソファー前のだだっ広いテーブルにコトリとグラスを置いて、男は懐に手を入れると一枚の名刺を取り出し、こちらに両手で差し出してくる。

 

「どうぞ」

「ご丁寧に……なんて言えるわけないんだが」

 

 一応、受け取ってみる。

 眺めて分かったのは相手の名前と役職だけだ。

 

―――空飛ぶ麺類教団南方支部統括部長。

 

 つまりは支部のトップであるらしい。

 

「お偉い支部長のトップがどうしてオレを今更に必要とする? 教団の話は聞いてる。必要なら共和国で確保してれば良かっただろう。軍に圧力を掛けられるくらいの権力はあるだろ。それでなくとも国外に出た時に幾らでも一人の時はあった。連合で浚うのも容易だったはずだ」

 

「浚うなんて物騒な。ウチは非営利の普通過ぎる宗教団体ですよ?」

 

「嘘付け。この飛行船みたいな最新鋭を超えてる設備持ってる時点で何処が普通なんだよ」

 

「あはは、このうどん号は我々が運用する船の中でも旧式な骨董品として名高いのですが」

 

「あの麺類、うどんだったのか……」

 

「南方は幅広の麺が主流なので。国や地域で教団の空飛ぶ麺類は千差万別。まぁ、一般常識というやつですね」

 

「雑学を今ほど無駄だと思った事はない」

 

「そう言わずに。教団としては貴方と良い関係が築ければと思っていますので。まぁ、一つ賢くなったと思って覚えておいて下さい」

 

「………」

 

「それにこれも昔から信者の方々にお布施して貰ってる資材があり、技術、技能を持った人々が我々を慕ってくれているからこそ運用出来ている成果です。教団は貴方が思ってるような危ない組織ではありませんよ。根本的に」

 

「何処にもその確証が無いな。リソースとして搾取してると間違いを訂正しなくていいのか?」

 

「これは手厳しい。信者の方々に頭の下がる思いなのは本当ですよ。教団とて彼らがいなくては回らない。我々は信仰対象を、彼らは己の力を……世に言うギブアンドテイクの関係です」

 

「……それで胡散臭い教団が無駄に高い技術を持った集団のは分かったが、どうしてオレを今更に確保した」

 

「別に確保しなくても良かったんですが……彼と接触してしまった。この事実がネックになりまして」

 

「彼? あの襲撃者の事か?」

 

「ええ、彼は我々と敵対する組織に属する存在なのですが、その構成員に貴方の存在を知られてしまった事が問題になったとお考え下さい」

 

「だが、あいつはバジル家に取っ捕まっただろ」

 

「ご冗談を……貴方程ではありませんが、彼もまたそれなりに肉体は特別です。どうやらバジル家の部隊から逃れて今は貴方達の行方の手掛かりとして追われているようですよ。ほら」

 

 男が親指で背後を指差すと壁の一角の映像が移り変わって、世闇を逃げる焦げた服を着た襲撃者が映し出された。

 

 そのアングルから言って、上空からの撮影だろう。

 

 それだけで教団がどれだけの技術を持っているのか分かったようなものだ。

 

 確実にドローン系の機材は持っている。

 

「で、こいつと接触したオレをどうする?」

 

「どうもしません。もし必要なら、共和国で下ろして差し上げても構いませんよ」

 

「本当か?」

 

「ええ、殿下に付いても国内からの一時退避を望まれるのでしたら、それで構いません。各国の支部に受け入れ要請して、その国に下ろして後は見守る、とかでもいいですし」

 

「随分とあっさりだな。なら、どうして銃を使った?」

「暴力が一番手っ取り早かっただけです」

「………あんた、性格悪いって言われるだろ」

「これでも善人で通ってるんですよ。支部じゃ」

「比較対象が余程に悪いんだな」

 

「あはははは。面白いお人だ。そういう言わないところが分かる人はあまり居ないんですが……いやはや、これが昨今、共和国の戦乱を助長し、国力の増強に一役買っている人物とは……」

 

 ムっとした内心を飲み下して、とりあえず本題に入ろうと静かに息を吐いた。

 

「聞きたい事がある」

「何ですか?」

「プリカッサーってのは何なんだ?」

 

 その問いに男は笑みを深くしたが、僅かに息を吐いてこちらを見る。

 

 様子からして「本当に知りたいのですか?」と言いたげなのはすぐに分かった。

 

「………我々教団は秘密主義ですが、貴方のように各地の遺跡に干渉した存在になら、少しくらいは情報を開示しても許されるでしょう。ま、所謂一つの先駆者という奴です」

 

「先駆者?」

 

「ええ、遺跡と呼ばれる各地のオーバー・テクノロジーを統括する組織は大陸で四派閥ありますが、その中核人材は誰も彼もが大昔から生きてるんですよ。だから、先駆者……プリカッサーと呼ばれています」

 

「つまり、長生きのジジイババアって事か?」

「中身的にはその通り。ワタシもまたそういう人材の一人です」

「オレはそれに間違われてたのか……」

 

「単純に言うと貴方は我々に近しい存在だ。しかし、何時の時代の人物なのかまるで分からない。単にワタシに開示されているクラスの情報では判断出来ないだけなのか。それとも本当に正体不明なのか。ま、どちらにしろ教団では貴方に対する注目度が高いのですよ」

 

 今まで遺跡という名のSFの産物で物語も真っ青な冒険を否応無くしてきたわけだが、こう聞いてしまうと自分は一体どうなっているのかと不安しかなかった。

 

「じゃあ、もう一つ質問だ。平和主義者共と言ってたが……あの連合の一件でオレ達にいつの間にか混ざってた老人の所属する組織の名前と目的に付いて」

 

「ああ、彼らの事ですか。我々は大陸東部を根城にしていますが、彼らは大陸西部を拠点とする一派です。攻勢的平和主義を標榜する頭のイカレた平和の使者で大陸の統一という馬鹿げた目標を掲げています。名は【鳴かぬ鳩会】」

 

「鳴かない鳩?」

 

「ええ、別名はサイレント・ポッポー」

 

「サイレントでポッポーとか……あんたらの名前も大概だが、そっちも随分おかしな名前だな。後、コウセイテキヘイワシュギって何だ?」

 

「呼んで字の如く。攻撃的な平和主義です。彼らの息が掛かった西部の国家は現在多数の国を滅ぼして拡大中であり、手先みたいになってまして。彼らの言い分は聞いていて笑い死ぬような愉快さに満ち満ちているんですよ」

 

「あんたらの言えた事じゃないが、胡散臭過ぎだろ」

 

 笑みを保ったまま。

 アザカが続ける。

 

「彼らの言い分にしてみれば、戦線とは防衛ラインであり、戦争は平和化運動、徴兵は平和主義へ参画した者の義務で、自分達の意思にそぐわない国は非平和主義者の巣窟であり、謀略による革命は平和運動の高まりで、相手が負けているのは平和意識の芽生えなんだそうです」

 

「………盛ってるよな? さすがに」

「あ、証拠の音声はあるので今流しますね」

 

 男がテーブルの端に指を付くとそこから幾何学模様の線が走り、何やらデスクトップっぽい映像が映し出され、ササッと検索項目を日本語で打ち込んだ男の手元に音声ファイルが浮かび上がる。

 

『何たる事でしょうか!! 我々がこのように平和の為に戦っているというのに彼の国々は一切の援助を行わないどころか!! 現在、平和化運動が展開されている国々に資源を売って、非平和主義の波を起こしているのです!! 立てよ臣民!! 我々はこの長い長い平和への道を共に歩む輩《ともがら》達を見捨てはしません!! 今こそ、第三平和線を超え!! あの非平和主義者達によって虐げられている国民達を救うのです!!』

 

 歳若い女性の声だった。

 

 しかし、その頭痛が痛い的な本当に頭が痛くなる内容に顔が引き攣る。

 

「これ話してるのはどういう奴なんだ?」

 

「鳴かぬ鳩会の総帥です。彼女、実はとても美人でして。よくこういう演説を自分の影響を受けた国々のお偉方を前にやってるんですよ。ちなみにこれは五年前に四つの小国が彼女の手先国家に吸収される一週間前の演説です。戦争中に敵国へ資源売ってた小国をザックリ平和化した時のやつだったかな」

 

「………分かった。で、今回の襲撃者の方は?」

「お教え出来ません」

「一気に信用がガタ落ちだな」

「信用されてないのでしょうがありませんね」

 

 HAHAHAと笑うアザカが立ち上がる。

 

 どうやらもう会話する事は無いらしい。

 

「今日は本当に話せて良かった。今後のご予定は奥の方々と一緒にお決めになるといいでしょう。この船は現在上空一万二千m付近で周辺地域を回っていますので。どうするか決まったら、適当に通路の歩哨に取り次いで貰って下さい。その通りの地点に降下しましょう」

 

 こちらもとりあえず立ち上がると胡散臭過ぎる統括部長が手を差し出してくる。

 

 握手したい相手では無かったが、生死を握られている以上はただ嫌うだけでいいわけもない。

 

 イヤイヤながらも手を握る。

 その冷たい手は……何故か苦労人を連想させた。

 容姿がチグハグな男の掌にゴツゴツとした胼胝があったからだ。

 

「………次に会う事があれば、オレをどうしてその言えない勢力と会わせたくないのか。教えてもらおう」

 

 こちらの声に笑みを深くしてアザカはヒラヒラと軽く手を振って、ラウンジから先にある扉へと消えていった。

 

 それと同時にラウンジの壁がリアルタイムの周辺のカメラ映像投影に切り替わる。

 

 相手が何なのかは今のところ保留。

 情報の裏付けはカレーの国での一件が終わってからになるだろう。

 ラウンジから出て後部にある大人数を収容出来る唯一の施設。

 要は倉庫の方へと向かう。

 

 途中、共和国の制服を着た歩哨達に敬礼されたが、相手は確実に軍人ではないだろう。

 

 元来た道を戻って明かりの付いた倉庫内部への扉を開けると。

 こちらに視線あ集中していた。

 

「お早いお帰りで」

 

 ファーンがクランの横から立ち上がると目の前までやってくる。

 

「それで? あちらは何と?」

 

「好きな場所で下ろしてくれるそうだ。必要なら他の国にも行ってくれるらしい」

 

 オーバー・テクノロジーだの、プリカッサーだの、そういった話を抜いて、聞いてきた事を大体伝える。

 

「そうですか……先程は驚きましたが、まさか教団の統括部長が出張ってきているとは……やはり、今回のバジル家の一件は彼らのような存在にとっても好ましくないようですね」

 

「そう言えば、氷室が何たらって言ってたが、此処で話せるような内容なのか?」

 

「………少し部屋を借りられないか。交渉してみましょう。それで個室が使用出来れば、そこで話を」

 

「分かった。歩哨に聞いてみるか」

「ええ」

 

 二人でとりあえず歩き出す。

 

(そういや、百合音は……まぁ、いいか。あいつなら何処にいても探し出してくれるだろ)

 

 どうなるにせよ。

 

 まだ、話すべき事、考えるべき事は尽きていなかった。


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