ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第67話「海上の死闘」

 艦内では急速潜行時の負傷者がヒューリ達に治療され、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 しかしながら、彼らが八木からの伝達された先程の揺れの正体。

 

 黙示録の四騎士の襲来という事実を伝えるに当たり、誰もが顔を青褪めさせた事だけは間違いない事だろう。

 

 特に40代以上の世代はかなり血の気が引いており、騎士達が今までどのような戦いを兵士達に見せ付けていたのかがヒューリやハルティーナにも推し量れた。

 

 その合間にも艦内で食料が不足し始め、少年が予め採取していた土を艦内倉庫内に出した樹脂製のプランターへ大量に排出。

 

 持って来ていた種芋に海水から抽出した水がジャバジャバ入れられ、ゴーレムに世話されつつ、数時間で食えるまで成長して地表部分が枯れた。

 

 魔術による陽光を降り注がせる球まで虚空に出現していた為、殆どの自衛官と米兵は何処かで見たような表情で目を丸くし、さっそく量産された芋が艦内に残っていた鍋と火を使わないIHコンロで煮込まれ、ザックリと塩味の芋が数百人にふるまわれる。

 

『まさか、潜水艦内で農業し始めるとはなぁ』

『もしかしたら、アレじゃない?』

『アレって?』

 

『ほら、陸自のさ。富士演習場や市ヶ谷の新基地や施設にいるっていう』

 

『ああ、陰陽師? 魔法使い?』

『そうそう。彼らの同類でしょ』

『悪霊退散悪霊退散、するのか?』

『妖怪やモノノケに困ってる最中だろ。オレ達』

『アニメな騎士甲冑付けてるんだけどなぁ』

 

 自衛官達が次々に少年達の非常識な農業の光景を目の当たりにして自衛隊内で噂されている話を囁き始め。

 

 それを訊き付けた米兵達もまたアレが日本で創設されるという陰陽自衛隊の関係者なのかとヒソヒソ噂し始めた。

 

 現在、時速40km。

 

 スクリューは気泡(キャビテーション)全開でその内に腐食でボロボロになるのではないかという稼動っぷりだったが、ディミスリル皮膜による魔力親和性を獲得したソレは休みなく稼働し続けて尚しっかりと形を保っていた。

 

『この航路で速度……明日の1時には日本のEEZ内に入る。だが、追って来られている可能性を考えると浮上しての軍用無線での通信は……』

 

 少年が首を横に振る。

 

『では、予定通り横須賀へそのまま向かう』

 

『【リヴァイアサン】や騎士が追って来ている事を考えると入港そのものも隠蔽したいところです』

 

『米海軍の事もある。あの金属塊の事だが、どうする?』

 

 八木の言葉に少年が一応、何とかする為の方法は考えていると話す。

 

『取り敢えず、このまま海底を進み続けます……ッ、前方800m先に何か大きな艦影みたいなものがあります。40m程上昇して下さい』

 

『分かった』

 

 八木の操艦で艦が上方へと上向けられ、艦の下を大きな残骸を通り越す。

 

『通り過ぎました。沈没した船だったみたいです』

 

『そうか……日本へ向かうハワイ航路の海域には多数の船が沈んでいる。戦線都市崩壊後に日本へ脱出する船の13%がZ化した海獣類と騎士らしき相手に沈められていてな』

 

 八木の言葉に籠る情感。

 

 それが少年が悼み続けているからこそのものだと分かった。

 

『そう言えば、海獣類と言ってましたけど、まったく付近にそういう影が見えません。音は常に拾ってるはずですが、魚群くらいで……』

 

『何……それは……これだけの大きさの潜水艦だ。見付かってもおかしくはないのだが、今も不可視化を?』

 

『はい。でも、さすがに音を頼りにする生物なんかが相手だと幾ら消音しても恐らくバレちゃいますけど』

 

『何だ? どういう事だ……我が国の艦艇はロスに辿り着くまでに4000頭近い海獣類と遭遇して駆除していたが、それでもまだまだ海域には奴らがいるはず……』

 

『え……』

 

 少年が八木の言葉に疑問を口にしようとした時だった。

 

 船に衝撃が奔った。

 それも真下から突き上げるような。

 

『どうした!?』

 

『艦影は見えません!! コレ……か、海底に何か一杯います!! ずっと隠れてたみたいにして……数、4、400!!』

 

『ッ、奴ら海底に身を潜めているのか!!?』

 

 次々に衝撃が艦を襲う。

 

『振り切れるか!?』

『最大船速なら恐らく!!』

『最大船速!! ただちにこの海域を離脱する!!』

『りょ、了解です!!』

 

 艦後方のシャフトが唸りを上げて猛烈な速度で回り始める。

 

 魔力電池内を消費して高速で動き始めた船体は無数に海底から這い出し、追い始めた影―――イルカやセイウチらしい斑模様の腐肉の塊を振り払っていく。

 

 だが、その時速120kmの超加速による海中を砲弾のように飛ぶ艦はさすがにベルが施していた術式による静穏性が僅かに剥がれた。

 

 理由は言うまでも無く装甲の微かな損傷。

 

 亀裂こそ入っていなかったが、高深度においての突撃と急速な海流との摩擦と水圧は傷を激流で洗い。

 

 その音は確かに猛烈な速度で水中に響いた。

 

『お、音が漏れてます!!?』

『何?!』

 

『【リヴァイアサン】に気付かれた可能性があります!!』

 

『―――速度を落せば、奴らに追い付かれ、速度を出せば、あの化け物に追跡を受けるのか?!』

 

『す、すみません。さすがに今の状況で修復は……』

 

『構わない。此処まで来れただけでも随分と楽をさせて貰った。此処からはどうにか陸まで辿り着く事を考えよう』

 

 八木が僅かに考え、自身の前にある現在地を顕す地図、その一部の海上をなぞっていく。

 

『EEZ内の海自の護衛艦は太平洋側に今現在140隻……米海軍も合わせると420隻近い。護衛艦の定期巡回ルートは覚えている。航路を彼らと同期させて助けを乞うしかあるまい。今、この艦に武装は積んでいないのだろう?』

 

『……いえ、それまでに包囲される可能性が……それに武装は積んでいませんが、戦う事は可能です』

 

『本当か?』

 

『ただ、速度を時速15km以下に制限して浮上。甲板での戦闘で【リヴァイアサン】を迎え撃つ事になりますが……』

 

『君達が出るのか?』

 

『はい。船型と鳥型のゴーレムには魔力転化式の一部の術式が奔らせられます。追い付かれるまでに可能な限り、戦力を整えて僕と戦える兵員を全て投入して迎撃態勢を取れれば』

 

『だが、問題は……』

 

『はい。騎士に捕捉されたら終わりです。なので相手が僕らを騎士達に報告する前に速攻で倒す事が前提になります』

 

『船体が破壊されれば、戦線都市由来の金属塊を発見され、即座に通報。怪しまれても報告される可能性が高いという事だな?』

 

『はい。艦内の皆さんに声を掛けて下さい。包囲される前に接近、観測している敵戦力を一部駆逐し、敵の目を晦まして逃げましょう』

 

『時間との勝負か……』

 

『これから甲板での戦いになります……出来る限りの装備は作らせてもらいますが、恐らく満足なものは……済みません』

 

 少年が頭を下げる。

 

『謝る必要は無い。時間も訓練も足らない人間に武器だけ渡しても……という事なのだろう? 志願者だけで事に当たろう。艦内放送は?』

 

『大丈夫です。音でどうせ位置はバレバレですから』

 

 数分後、八木が少年の魔導方陣を借り受け、口元に展開されたその光の円環に言葉を紡ぎ出していく。

 

『以上の状況から小型海獣類及び、敵大型個体【リヴァイアサン】の迎撃に当たらねばならない。今回の作戦に当たり、敵に一切の時間を与えず撃滅せねば、我々は騎士の襲撃を受けて全滅するだろう』

 

 ざわつく艦内が手に取るように分かるからこそ、八木は一切の状況を包み隠さず、全てを提示して彼らに告げる。

 

『これより志願者は倉庫の後方入り口に集合せよ。本作戦において命は保証出来ない。だが、このままでは確実に我々はこの船と共に沈む。祖国へ戻る為にも君達の献身に期待する……』

 

 少年の姿はもうキャプテンシートには無い。

 

 装備を相手に渡し、レクチャーする為に倉庫へと向かっている。

 

 操舵中の八木はそもそもが手を離せない。

 

(まさか、志願兵と子供を戦わせて最も安全な場所にいるのが自分とは……自己嫌悪で死ねるな。これは……)

 

 少年の前では出さなかった苦い顔で男は唇を噛む。

 しかし、今彼に出来る事など高が知れていて。

 

「生きて帰れよ……」

 

 ただ、そう呟く事しか男には出来なかった。

 

 *

 

『皆さん、済みませんが此処で着替えて下さい。恥ずかしいでしょうが、時間は一刻を争います!!』

 

 倉庫後方入り口。

 

 少年は意外にも120名前後集まった自衛官と米兵の半々くらいを相手に英語で叫んでいた。

 

『一斉にサイズの計測後、スーツと装甲、装備を一括形成します!! 微調整している暇はありません!! 樹脂製の浮袋をスーツ内に内包させますが、攻撃を受けて破れた場合はそれでお終いだと思って下さい』

 

 英語が出来る自衛官に横で同時通訳して貰っているが、その時間も惜しいとばかりにすぐに両手が床に付けられ、魔導方陣が展開。

 

 即座に123名の全身が大きな方陣内部で計測開始された。

 

『うぉ!? これが自衛隊の連中が言ってた魔法か』

 

『マジかよ。化け物にやられて、頭がアレになってたわけじゃねぇのか』

 

『まぁ、空飛ぶ魔法の騎士が世界滅ぼし掛けてるのに今更だろ?』

『HAHAHA、違いない!!』

 

 頭頂部まで上がり切った方陣が消失。

 

 データに沿って、元々の身長やサイズで決めていたスーツ及び装備を4列に並ばせた彼らの横に細長く広げた導線の輪4つから次々と浮かび上がらせていく。

 

『オイ。カラフルな子供向けをくれるらしいぜwwww』

『馬鹿、これが最先端なんだろwww』

『それにしてもスコルピオンとベレッタなのかよ……』

 

『うぉ?! 何だコレ!? 軽過ぎだろ!? つーか片手で超振り回せるぞ!? このSMG!!?』

 

 その光景にもう多くの兵は驚かなくなっていたが、さすがにカラフルで超軽いサブマシンガンだの、装甲だの、弾薬の入ったマガジンだの、外套だのを見て……自分達が死地に赴くのだと理解した様子となる。

 

『まず、最初にスーツの腰回りに埋め込まれた魔力電池がある事を確認して下さい。ソレが皆さんが使う弾丸、動体誘導弾に対するフェイルセーフになります』

 

 男女構わず全裸となり、スーツに着替えていく。

 

『最も近い相手に対して自動で頭部に当たる仕様の弾丸です。動いている人間にも魔力電池を持っていなければ当たります。装備が破損していたり、スーツが脱げている人間が傍にいる場合は絶対に撃たないで下さい』

 

 更に胸部装甲と肩部、腰部の装甲などを次々に付けていく彼らは今聞いている話を半信半疑ながらも確かに緊張感を持って聞いている。

 

 少年が早口気味に次々と装備の説明を入れていく様子にふざけていた者達も押し黙り、猛禽類のような眼光を向けた。

 

『マガジンは15本。動体誘導弾が14本、通常弾が1本です。マガジンの色が黒いものは通常弾だと覚えておいて下さい』

 

 少年が僅かに湾曲した大振りの鉈のようなナイフを掲げる。

 

『接近された場合は外套内のこの大振りのナイフで迎撃を。腰の左右に1本ずつですが、それしかありません』

 

 今度は持ち替えたサブマシンガンが見えるように掲げられた。

 

『主兵装は2挺のサブマシンガン。ええと、スコルピオンSMG?だったかな。とりあえず、3発ずつ撃つか連射出来ます』

 

 誰もが床の導線の中から突如として沸いた武装の軽さが逆に重いかのような感覚に陥っていた。

 

『外套内に脇から下げて引っ掛けるフック付きのロープがあります。丁度、手で持って、前に片手で撃てる位置に調整して下さい』

 

 これから実戦の上に使った事も無い武器で戦わねばならないのだ。

 

 如何にソレが優れていると分かっていても、その性能を出し切る事など訓練を積んだわけでもない彼らに出来るはずもないという事は当人達が一番よく分かっていた。

 

『そのスーツの効果で筋力が上がって体力が通常の数倍になります。片手で重火器は十分に保持可能ですが、反動は重量が減った分、強くなるかもしれませんので気を付けて下さい』

 

 確かにスーツを着込んでから兵達の誰もが膨大な銃弾の入ったマガジンが大量に入った外套を着込んでいるというのに重さで動けないという事は無かった。

 

『ロングマガジンになってて通常の倍から3倍の銃弾が入りますが、皆さんには3倍のマガジンを渡してます』

 

 今度はマガジンが上に掲げられる。

 通常のものとは違って極めて長い。

 

 それが外套の中には何本もぶら下がっており、着込んだ彼らにしてみれば、最も思い装備はスーツの上に付けた装甲ではなく、マガジンという事になるだろう。

 

『サイドアームとして拳銃。ええと、ベレッタM9?を1挺。マガジンはやっぱり3倍ですが、予備弾倉はありません。あくまで接近された時に使って下さい。こちらは通常弾です』

 

 少年が4分程で全ての装備を着終えた兵達を前に大きく息を吸った。

 

『皆さんに期待するのは小型海獣類の掃討です。恐らく、既に音を聞き付けて近海から集合して来ているはず。数は分かりませんが1000匹単位だと思って下さい』

 

 男達がその言葉だけで自分達が死地に放り出されるのだと内心を引き締める。

 

『サブマシンガンとサイドアームの拳銃を撃ち尽くしたら、仲間の背後を護って、近接する敵をナイフで掃討して下さい』

 

 無茶な話だろう。

 

 だが、やるしかない事は彼らにも理解出来る。

 

 甲板上の戦いで武器弾薬の箱など置いておけるものではない。

 

『マガジンの保持はもっと可能ですが、甲板から落ちる可能性が高まります。靴のグリップ力を高めましたが、濡れた甲板での戦闘です。甲板端2mをキープして戦って下さい』

 

 少年が出来る限りの事をしてくれている事が彼らにも分かった。

 

 この短時間で装備に様々な工夫を凝らして生み出してもくれた。

 

 しかし、それでも彼らが命を落とす可能性は0ではないのだ。

 

『皆さんの護衛として船型と鳥型のゴーレム。この世界で言うところのドローンに近い機械が護ってくれます。ただし、時間制限は4時間。全力で戦闘すれば30分持たないでしょう』

 

 弾を撃ち尽くしたり、ゴーレムがいなくなったとしても、敵の掃討完了まではハッチも開けられないから、頑張って生き残ってね、という話だった。

 

『僕達3人が40m級の【リヴァイアサン】に対処します』

 

 ベルとヒューリとハルティーナ。

 どう見ても確実に自分達より歳下どころか。

 子供でしかない歳だ。

 

 だが、その三人に大物の相手を任せるしかないという現実に彼らもまた目の前の小さな少年少女が命を掛けているのだと理解する。

 

『現在、本艦は減速して静穏航行中ですが、恐らく小型海獣類を追ってすぐに【リヴァイアサン】が現れるでしょう。海中に対して爆発物を使えば、更に複数の個体を誘因する可能性がある為、魚雷、機雷の類は使えません』

 

 少年が虚空に八木の時と同じように映像を出して船体の進行方向以外の3方向に網とブイ代わりの船型ゴーレムを配置した図を見せる。

 

『船型のゴーレムで網を牽いて海中からは船の側面しか攻撃出来ないよう計らいます。金属製で相手が勢いを付けて接触すれば、切断可能ですが、油断はしないで下さい』

 

 金属製の網。

 

 それに自分達が墜ちれば、装甲の厚さで止まるが、腕や脚の装甲を付けていない部分は削れるという事を暗に言われて、彼らは確かにそのスーツが最後の命綱なのだと僅かに身を固くした。

 

『海中でも撃てるように銃は防水ですが、海中での射程は極めて劣悪です。転げ落ちて網から先にという事は考え難いですが、もしそうなって死んだ場合……皆さんはこちらで回収可能な場合のみ、御遺体を持ち帰らせて頂きます』

 

 こんな話、本当はしたくなかった少年だが、己の装備を付けたまま死んだ人間がゾンビ化し、まだ安全な国家に辿り着く可能性を考慮すれば、さすがにそうせざるを得なかった。

 

 だが、その少年の何処か冴えない表情に誰も文句を言う者は無い。

 

 何故なら、それがゾンビとの戦いだったからだ。

 歳を取った兵程にその光景は見ている。

 

 己の相棒や部隊の仲間達の首を切り離して破壊し、身体やドッグタグだけを持ち帰るというのはこの15年、幾多の戦場で繰り返されてきた戦場の現実だった。

 

 少年が年上の大人達を前にしてペコリを頭を下げる。

 

『最後に……万全な装備を供給出来ない事を謝罪します。そして、どうか……出来るなら……誰一人欠ける事無く帰って来て下さい』

 

 少年が頭を上げた時、整列していた者達の誰もが敬礼して見つめている。

 

 共に戦う者への礼儀。

 

 そして、己の命を掛けるに値する武器と装備を供給してくれた軍人でも軍属でもない少年へのそれは細やかな感謝にして敬意だった。

 

『―――では、作戦行動を開始。4km先の後方海中に音源多数。急いで下さい!!』

 

 ヒューリとハルティーナが少年と共に横に退けた瞬間。

 

 隊列が通路先へと走り出した。

 最後の一人が抜けた後。

 少年達も甲板の上がるべく走り出す。

 

 既に海面へと出ていた艦の周囲には少年が事前準備していた通り。

 

 巨大な皮膜合金製の網……甲板に新規に設置された装甲の一部を転用したソレが三方向に広げられていた。

 

『今、明かりを用意します!!』

 

 ベルの言葉と共に魔力の転化光の輝く玉が数十個。

 艦の周囲500m圏内を照らし出して視界を確保する。

 

 闇に映し出された甲板の淵にはしっかりと張り付けられた網。

 

『オレ、この仕事止めたら漁師になるんだwww』

『漁師になる前に餌になるかもなwww』

『ははは、違いないwww』

 

 軽口もそこそこに。

 

 まるでアスレチックのように海の中へとなだらかな丘のように続いている網の先、その端が海底に引っ掛からないようブイ代わりの船型ゴーレムがロープを海中に垂らし、途中から網が海面に対して垂直になるよう保持している。

 

 地底の地形は今現在なだらかであり、引っ掛かるような事は無いが念の為だ。

 

『来ます!! 総員戦闘準備!!!』

 

 少年の言葉に誰もが両手でサブマシンガンを構えた。

 

 ブイ役の船型ゴーレムが保持する網の位置から一気に下向する金属網の断崖にようやく海獣類達が到達し、賽の目状になって身体をブチ撒けていく。

 

 100m先の網の上陸地点の海中から後方が一気に黒い液体。

 

 Z化した海獣類の血潮で汚れていくのを最後方の兵達が視認して思わず顔を顰めていた。

 

『網に小型海獣類接触!! 昇って来たら即時戦闘を開始して下さい!!』

 

 後方の甲板に出ているベル、ヒューリ、ハルティーナの三人が其々にサブマシンガンやミニガンを構える。

 

 最初の一匹が網に突撃するのを止めて、網の先に広がる網の丘を登り始めた。

 

 セイウチだ。

 

 腐肉を纏うソレが次々に顔を出していく。

 その後方にはイルカらしい群れが見え。

 更にその後方に思ってもみなかったものが確認される。

 巨大な水柱が海中から吹き上がった。

 

「く、鯨!?」

 

 さすがにヒューリが面食らった。

 20m程の図体が浮上して来る。

 

「ま、マズイです!? 鯨が鳴いたらッ!?」

 

 ベルが血の気を引かせた。

 

「く、鯨は最優先で攻撃して下さい!!」

 

 セイウチと後方のイルカ、鯨へと向けて銃弾が次々に放たれた。

 

『ウォ?! 軽いぜ!? 反動がそのままだから射線がブレそうになるぞ!!』

 

『重火器をしっかり押さえ込め!!』

『射撃開始だぁああああああああ!!!』

 

 兵達の火線が次々に3点バーストで海中から顔を出す相手を撃ち抜いていく。

 

 しかし、側面に回った遠方のイルカが跳んだかと思った瞬間。

 

 ポーンと何かが打ち上げられ、上空から甲板に降って来る。

 

 ソレは……烏賊と蛸の塊だった。

 

―――シャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

『ひ?!!』

 

 まるでエイリアンの如く怖気の奔る声を上げながら、その触手を使ってギュルンと機敏な動きでその蟲染みたカラストンビが隊員達に襲い掛かろうとしてガチガチ音を鳴らし、拳銃で中心が撃ち抜かれた。

 

『イカとタコがZ化してるぞおおおおおおお!!! 拳銃の接射で対処しろぉ!! イルカを撃ち落せぇええ!!』

 

 ミニガンの掃射音が唸りを上げる。

 

 元々は【リヴァイアサン】用だったミニガンの弾丸が次々に鯨へと突き刺さり、その身体を瞬く間に絶命させた。

 

『さすがにイカやタコの頭部までは登録してません!!? マズイです!?』

 

 相手の頭部をブチ抜く弾丸とて、基本的にはベル達が襲われたゾンビを登録してきた代物なのだ。

 

 見知らぬ海洋で敵にならなさそうな海の生物を撃ち殺す用には出来ていない。

 

 それでも海獣類のデータは自衛隊や都市の船を運行する者達から先に渡されていた為、何とか対処出来ているが、食料に食料とされるような状況はまったく対応出来るものではなかった。

 

 イルカ達が次々に蛸と烏賊のボールを打ち上げては甲板に狂暴な触手を駆使する邪悪な生命体が張り付き、隊員達を襲い始めた。

 

『やっぱ、デビル・フィッシュじゃないですかやだぁああああ!!?』

 

『クソ!? もうタコ焼きなんぞ食わんからなぁあああああああああああ!!?』

 

『エイリアンを食うなんてやっぱ日本人はHENTAIだったんだよぉおおお!!』

 

 何とか拳銃の接射で対処しているが、軟体動物の吸盤に張り付かれた者は多数。

 死んでも動きを阻害する最悪な生物を前に悲鳴が上がる。

 

 次々に黒い染みとなって海を汚染しているイルカの群れが減っているという実感は彼らに無かった。

 

「まさか、こんな手を使って来るなんて……」

 

 少年が呟きながら、やはり騎士達の影をその化け物達の背後に見た気がした。

 

「沈みなさぁああああい!!」

 

 数匹の鯨がヒューリの環境テロリストに怒られそうな叫びと共にミニガンで海に沈み。

 

 ベルとハルティーナのサブマシンガンがセイウチを撃ち殺していたが、終にイルカのボールが三人のいる甲板へ複数着弾する。

 

 ―――キシャァアアアアアアアアアアアアア!!!

 

「ベル様!!」

 

 襲って来る危ない生物をハルティーナの手甲が殴り飛ばし、弾き飛ばし、黒い染みにして対処するが、飛び散った烏賊の墨が彼らの装甲を汚した。

 

『き、気を付けて下さい!! 皆さん!! 蛸や烏賊には確か巨大な種類もい―――』

 

 そう少年が思い出した事を言い掛けた途端。

 

 遠方に近付いて来ていた鯨の一頭が尾を跳ね上げさせた。

 

 その瞬間、ゴバッと宙を巨大なボールが舞う。

 それが虚空で落下傘のように開いて。

 

 ―――ガシ゛ャァアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 巨大な蟲的カラストンビを大きくパックリと開き、穴の奥のスリコギ状の内部を晒して……怪物は人に大海洋の力の前では個人など無力だと教えた。

 

 人間など丸のみ出来そうなサイズの8mはありそうな巨大烏賊であった。

 

『うぁあぁああああああああああああ!!!?』

『く、来るなぁあああああああああああああああ!!?』

 

 直上にソレを見た兵士が狼狽えてサブマシンガンを撃ちっ放しにする。

 

 が、肉は削り飛ばしても落ちて来るのは止められない。

 

 ガボォオオオオオオッッッ。

 

 丸太のような装甲に覆われた脚がまるでサッカーボールのように烏賊を横合いから蹴り飛ばす。

 

 それも相手を砕かないように繊細な力加減で烏賊が金属網の上に落ち、グシャァアアッと賽の目に切れて後方へと流れていく。

 

 残ったのは巨大なカラストンビや乱杭歯のみだった。

 

『ひ、ひぃ―――』

『ぅ……』

 

 明らかに死を前にして腰を抜かし、失禁しているだろう自衛官と米兵にハルティーナがその手を差し出した。

 

『さぁ、立って下さい。まだ、戦いは始まったばかりですよ』

 

 少女の手は力強い。

 

 まだ20代前半らしい男達が自分の半分以下の歳の少女の友軍を力付ける姿に『小さな女神だ……』と少女愛(ロリコン)に覚醒している間にもミニガンの掃射が浮上しつつある鯨の群れをクジラ肉として海に戻していく。

 

「これ、本当に減ってますか!? ベルさん!!」

 

「た、たぶんは!! でも、集まって来る方が早いです!! どうにかこの付近一帯の個体を全滅させないと厳しいかもしれません!!」

 

 イルカの群れが減るどころか逆に増えていた。

 海中を泳ぐモノが次々に出てきているのだ。

 

 そして、必ずボールを1回は綺麗に上へ投げ上げている。

 

 甲板は烏賊と蛸を漁で大量にゲットしたかのような有様で次々にその死体で脚を滑らせ、落ちそうになる者が続出していた。

 

『お、落ちるぅうううううう!?』

『馬鹿!? 落ちたら角切りだぞ!!』

『すまん。助かった!?』

 

 その合間にも沖合では更なる来襲を防ごうと鳥型と船型のゴーレム達がイルカを真空の刃でなます切りにしたり、船の切っ先が猛烈な速度で相手を両断したりと数を大幅に減らしている。

 

 だが、それも単純に海の外に出てきた相手だけだ。

 

 そうして鯨が脱落していく後方から、ようやく主賓となる黒いモノが近付いてくるのをベルが確認する。

 

『【リヴァイアサン】が出ました!! 総員、後方から退避して下さい!!』

 

 少年が鳥型のゴーレムを二機呼び寄せ、ヒューリの前に虎の子である対物ライフルを外套から引き抜いて渡した。

 

「ヒューリさんはあの化け物をの胴体を!! 僕達は上空から仕掛けます。ハルティーナさん!!」

 

「了解しました!!」

 

 2人が鳥型の脚に掴まった瞬間。

 

 そのゴーレムの翼の下にカシャリと金属製の排気口らしいものが出現し、猛烈な炎を吐き出しながら急上昇していく。

 

 スラスターの展開されたソレがベルの魔力を取り込みながら、イルカのボールを回避し、300m先に現れた黒い巨体の上空に回転しながら陣取る。

 

「ハルティーナさん!! ヒューリさん!! 攻撃開始です!!」

 

「「了解!!」」

 

 対物ライフルの咆哮が唸りを上げる。

 

 ベルによってクローディオやフィクシー用に改良された対物ライフルとも違う。

 

 完全魔力転化式。

 

 要は魔力の全てを運動エネルギーや電気エネルギーに変換するソレがチャンバー内にベル特性のディミスリル皮膜合金の弾を急加速。

 

 炸薬を用いず、純粋に衝撃のみで銃弾を射出する。

 

 秒速4000mの砲弾すら遥かに超える初速で弾丸は蒸発する事も無く。

 

 巨大な分厚い細胞の壁を着弾した瞬間に次々と周囲を衝撃で弾き飛ばしながら潜り抜け、貫通した。

 

「凄い?!」

 

 撃った本人も驚く力は恐らく最新の戦車の装甲程度ならば軽く貫徹して粉砕し、後方まで突き抜ける威力だ。

 

 無論、その威力に本来ならば、人体が受ける衝撃も本来は多大。

 

 粉微塵に吹き飛ぶのが当たり前だろうが、ヒューリの全身から立ち上る積層魔力の衝撃緩和機構【日輪機構(サンズ・ボーダー)】の輝きが潮風の中に融けて消えた。

 

 後光を背負い、如来像かアニメのバトルコスチューム少女かという背中から吹き抜けて来る余波が甲板と兵達にしがみ付いていた蛸と烏賊を吹き飛ばしていく。

 

『あの子達の出てるアニメ売ってっかな?』

『馬鹿な事を言っている暇があったら、イルカを撃て!!』

『海の羊飼いさんが激オコしそうな字面だwww』

『言っている場合か!? ボールの第6波が来るぞ!!』

 

 二発目、三発目が次々にその姿を顕しつつある敵の胴体を貫通しては黒い血潮を海に垂れ流させていった。

 

 化け物の直上ではベルとハルティーナがトンビのように螺旋を描きながらサブマシンガンを下方に連射していた。

 

 弾丸が尽きると同時に2人が互いの外套の奥にサブマシンガンを射し込み、同時に相手のポケットからサブマシンガンを引き抜くという二人いなければ出来ない手法により、次々に銃弾が40mの巨体に突き刺さっている。

 

 薬莢が巨大な身体に当たって散らばっていくが、銃撃の穴が拡大するに連れて【リヴァイアサン】の動きは鈍くなっていた。

 

「もう少しです!! 完全に絶命させるまで撃ち続けて下さい!!」

 

 2人の少女が共に弾丸を撃ち続ける。

 

 そうしてようやく三人の弾丸が30秒程で同時に撃ち尽くされた時。

 

 頭だけを出していた化け物は全体像を見せる事無く。

 

 そのまま海中へと黒い染みを遺して消えていった。

 

「やりましたよ!! ただちに海獣を駆除し、この海域より離脱します!!」

 

 少年とハルティーナが共に銃を相手の外套内に納めて、ガッチリと手を握って、そのまま鳥が甲板に着陸しようと向きを変えた時だった。

 

 ゴォォンと何かが海中で激音を発したような音と共に2人の後方200m直下から何かが湧き上がるように水柱を上げる。

 

 その柱の全長は140mを超えていた。

 

「「!?」」

 

 思わず後ろを振り返った彼らは見る。

 巨大な姿だった。

 蛸のような烏賊のような海豚のようなその姿。

 

 闇夜で見えない全景を把握する為、鳥型を完全な照明として1つベルが上空に打ち上げ。

 

 それが眩く照らし出したのは完全に巨大な脚で立ち、まるで蜘蛛のように“深海を歩いてくる怪物”だった。

 

「な!? 此処の水深は1500m以上はあるんですよ!?」

 

 山一つ分程の長さの脚で歩いているという事実。

 

 しかも、至近に来るまで一切、音響の感知に引っかからず。

 

 鳥型ゴーレムの哨戒網にも掛からなかった。

 

 つまり、ソレは少なからず海底から一気に浮上してきたという事だ。

 

 莫大な波を掻き分ける脚はまるで船の船主のように尖っており、まるで巨大な剣のようでもあった。

 

 彼らが乗る艦よりは小さいが、その脚の長さだけで10倍以上の体積だろうソレが脚を振り上げようとして―――ベルが咄嗟に今まで使っていた海獣類用の網を甲板付近からパージして増速する。

 

 網が脚に引っ掛かった。

 

『怪獣……あんなのどうしろってんだ!?』

『人間に勝てるもんなのか!?』

『あの脚が一本直撃したら、その瞬間にこの船は―――』

『諦めるな!! まだ、オレ達は死んじゃいねぇぞ!!!』

 

 もがく超大型の【リヴァイアサン】

 それを横目に少年が思案する。

 

(大量の魔力を使って、隠蔽しながら戦うならまだしもッ。此処にフィー隊長がいてくれれば……ッ)

 

 この状況……本来ならば、フィクシーの力が必要だった。

 

 戦うだけなら榴弾砲などでも出来るが、海中や海上に伝わる衝撃と音が大き過ぎて、更に大量の敵を誘き寄せてしまう。

 

(静かに……どうやったら、静かにあの怪物を……ッ)

 

 転移砲弾は作れるが、アレは大量の血肉を攪拌しながら排出する為、高周波が出まくりであって、自分の居場所を即座に教えるようなものだ。

 

(僕が持ってる手札。持ってる物……何か、何か……)

 

 そんな時、ふと彼は今も艦の真下に伸びている導線。

 

 海底付近のディミスリルのネットワーク化用の専用ビーコンを付けた綱の事を思い出す。

 

(………この方法なら大きい敵相手でも戦えるかもしれない)

 

 少年が嘗て自分で言っていた事を思い出し、顔を上げる。

 

「ヒューリさん!! ハルティーナさん。今からあの化け物を倒す方法を実行します!! あいつの腕から1分間、船を護って下さい!!」

 

「心得ました。ベル様」

「了解しました!! ベルさん!!」

 

 少年が艦の中央の甲板に降り立ち。

 そのまま座り込んで座禅スタイルとなる。

 

 後方からは入口が邪魔で少年は二人の勇姿も見れはしない。

 

 しかし、何一つ構わず。

 少年は脳裏で作業をし始めた。

 

 *

 

 網がゆっくりと剣のような足によって掛かる莫大な圧力で引き千切られていく。

 

 海の怪物。

 その9本ある脚が一斉に艦へ向けて進み出した。

 途端。

 甲板を通り抜けて衝撃の風が連なる。

 対物ライフルの連射だ。

 

 ヒューリの狙いは魔術による精密動作用の術式で補足されている為、視線誘導弾程ではないにしてもかなり命中精度が高い。

 

 動くとはいえ、その巨大な脚の狙いを彼女が外す事など有り得なかった。

 

 が、手前の脚が振り上げられるようとするのを見て連射した弾丸が脚の付け根に当たるも弾かれて夜空の彼方へ飛んでいく。

 

「ッ」

 

 怖ろしい硬度。

 

 戦車砲を超える対物ライフルの威力としては恐らくコレ以上のものはない、というソレを数発も受け切ってまだ動く触手は正しく堅牢な剣に違いなく。

 

「私が行きます!!」

 

 ハルティーナが虚空に浮かぶ鳥型ゴーレムを蹴り付けて加速し、少年のアシストに感謝しながら、高度200m程まで駆け上がり、ヒューリが撃った脚の付け根に向けて蹴りを放つ。

 

 魔力転化による動魔術。

 

 最も原始的な物を動かすソレが少女の全身を加速させ、片足が槍の切っ先となって相手の外殻に突き刺さる。

 

 しかし、少女の脚に伝わってきたのはまるで静謐な感触。

 

(衝撃を吸収した?! やはり、この肉体全体がゴムのように振動を逃がして!?)

 

 ハルティーナがそのまま蹴り付けて後方に跳び下がろうとした時、ビュルリと海面から伸びた脚が彼女を捉えようと動き。

 

「しまった?!」

 

 その大きな装甲に覆われた脚が掴まれる。

 

 ビル程の脚を持つ怪物の周囲にはそれほどの大きさではなくても20m級の深海の巨大な烏賊達が次々に現れていた。

 

 引き込まれる寸前。

 

 ヒューリのライフルによる牽制が脚を引き千切り、少女が海上をホバー移動するかのように後方へと下がる。

 

 それを追って海面から次々に太い脚が槍衾のようにせり上がって来る。

 

 よく見れば、その吸盤はギザギザとした乱杭歯を思わせて……掴まれれば、捕食目標は削り殺されるのが一目瞭然であった。

 

 ゾッとしながらも、ハルティーナは掴まれた脚の装甲に傷が無い事を確かめ、甲板まで戻ってくる。

 

 その合間にも怪物の脚は次々に真下から引き上げられ、長大なタワーのように天空へと延びて振り上げられていく。

 

「あんなのを喰らったら!?」

 

「ハルティーナさん!! 私達の目的は時間稼ぎです。受けに回りましょう!!」

 

「う、受けですか?」

 

 さすがに年下の少女も耳を疑った。

 

「私が考えるにあの巨大な脚は先っぽに行けば行く程に岩や鉱物や金属みたいなものに置き換わっていくはずです。そうでなければ、深海の水圧が掛かる脚と繋がっている肉体がそのままなのはオカシイです!! 脚の硬度が高くなるなら、何処かに衝撃を逃がせない折れるポイントがあるはず」

 

「―――そこを狙って?」

 

「私が解析して狙いを付けます。ハルティーナさんは振り下ろされる瞬間に其処を狙って下さい。相手の速度を使って、折って弾き飛ばします!!」

 

「分かりました!!」

 

 次々に引き上げられていく脚が天上へと振り上げられていく。

 

 数十秒で完全に切っ先が海面から上がり、九の字に曲がった脚の中央が音速を超えて足先を上空に振り上げ、その脚の甲殻が間の肉を収縮させて連結され、ガチガチと音をさせながら一本の剣となった。

 

 千数百m級の大剣。

 それが頂点から赤熱しつつ振り下ろされる。

 その莫大な落下速が乗り切る寸前。

 

 ずっと剣の連結部を見ていたヒューリの対物ライフルが海面から400m直上付近を狙い撃ち、それを追って動魔術を全開にしたハルティーナが昇打の一撃をその部位に撃ち込むべく加速する。

 

「はぁああああああああああああああああああ!!!!」

 

 ハルティーナが腕にインパクトする瞬間。

 

 ヒューリが己の魔力をただ全力で方陣に注ぎ込み直径200m。

 

 甲板を完全に覆う防御方陣を上空に展開する。

 

 ガギッッッ。

 

 腕の装甲が瞬時に接触した瞬間に罅割れ、一瞬で極大の衝撃を反射して積層魔力の【日輪機構】が後方に衝撃を集束して吹き降ろし、大質量の落下エネルギーを減殺した。

 

 だが、次々に罅割れていく装甲が完全に破砕。

 

 瞬間的に落下を遅くしたソレが切っ先を海面に叩き付けようと更に増速するも、今度はもう片方の腕が叩き付けられ、ピキリと初めて落下中の触腕に罅が入った。

 

 巨大な物体が動くだけで発生する猛烈な衝撃波の中。

 

 それすらも取り込んで使用者を護り、反撃の力とする手甲は一瞬で今度は積層魔力を衝撃の吸収と反射で使い果たして砕け散り―――しかし、3撃目の脚による一撃がほぼ真横からインパクトし、身体を捻った彼女の蹴りが落下地点を大きくズレさせて僅かな遅延を生む。

 

 が、それでもまだ折れない。

 

 最後の一撃とばかりに残った脚が回し蹴り気味に踵で叩き込まれ。

 

 ボンッッッッ、と。

 

 風船がいきなり膨らんだような音と共に莫大な量の血肉が甲殻の破砕と共に内側から膨れ上がり、爆発した。

 

 ゲソ一本防いだだけだ。

 

 しかし、膨大な質量が海面に叩き付けられるより先に海面下から異変は起る。

 

―――海面が煌ていた。

 

 甲板横に爆裂しそうになっていた巨大な脚の質量が()()()()()()()

 

「な?!」

 

 さすがに艦が歪むくらいの衝撃を想定して備えていたヒューリが方陣を最大展開しながら驚く。

 

 しかし、魔力が物凄い勢いで使われて浮かされている、というわけではないようで、まったく不可思議な話だった。

 

 だが、それよりも更に極大の不可思議が直後に起る。

 

 次々に化け物の巨大な脚が海面から自らの意思とは関係ないかのように図体に対して横に浮上して上空へと長大な壁のように浮いていく。

 

 そうして、ようやく水中に彼女達はこの異変の中心らしいものを見付けていた。

 

「何か来ます!?」

「!!!」

 

 甲板まで何とか戻って来ていたハルティーナが蜘蛛のように歩いていたソレの下から8本の塔の如きものが浮上し、次々に相手を串刺しにしながら空へと掲げていくのに驚く。

 

「ベルさん!? まさか、これって!?」

 

 チャンネル越しに少年の頷きが返った。

 

『地下へ大量に埋蔵されていたディミスリルと海底鉱床の金属をそのまま引っ張って来て変形させた金属柱です』

 

 巨大な化け物が八本の槍で貫かれ、そのまま天に掲げられていく。

 

 それが地下から現れた時、多くの者は一種の樹木を思い浮かべただろう。

 

 あらゆる色合いを混ぜたような宝石の原石にも似た色合い。

 

 直系50mという超絶な太さ。

 

 岩石も鉱石も全てが混合されたソレが枝別れする8本の槍の根元に有る巨大な鈍色のリング。

 

 少年の使う導線を境にして変形していた。

 

『導線の中を通して変形させてますが、導線と外が繋がっているので折れてません。見えないと思いますが、凝集して細長くした金属の長い針が沢山、あの巨体に刺さってるんです』

 

 少年の言葉と同時にリングが回転しながら海中へと一気に下がっていく。

 

 それとほぼ同時にリングを境にして次々に槍が剣山のように8本の下に出来て、その上にあるゲソが虚空へとゆっくり持ち上がっていく。

 

 巨大な質量が剣山の表面から更に伸びた見えざる針で貫かれ、せり上がったのである。

 

『マジかよ……』

『あの巨体が浮かぶって言うのか?!』

『とんでもねぇな……』

『アレをあの子がやってるって言うのか!?』

 

 兵達がざわめく。

 

 そうして見ている合間にも柱は完全に全てが枝のように広がりながら海中へと没していく。

 

 傍目には串刺しになり浮いた烏賊みたいな干物。

 

 その姿を防御方陣越しに呆然と見る兵達だったが、その浮いた化け物の下にゆっくりと黒い雨、否……壁のような血潮の豪雨が降っていくを目撃する。

 

『呆気ないな。我々人類が戦えるかどうかも怪しいものがこんなにも簡単に……』

 

『オレ達は一体、誰を横にして戦ってるんだ……』

 

『超技術カルト教団。都市の人達は彼らをそう呼んでいた。今はナイツとも……』

 

 脚も含めて細い金属針が内部に食い込んだ場所から血が滴っていた。

 

 あまりにも無数の針で突き刺されている為、巨体の下に針を伝って流血しているのである。

 

 もう化け物は脚一本動く事が無かった。

 

 動こうとしても殆どの細胞が無限のような針に貫かれており、もがけばもがく程に深く深く刺さっていくという悪循環だからだ。

 

(ぅ………)

 

 少年が顔には出さずに僅か脚に力を入れる。

 

『う、海の中に沈むぞお!!』

『総員!! 甲板の中央に寄れぇえ!!』

 

 自重でゆっくりと巨大な樹木へ呑み込まれるように海中へ没して行く姿に気を取られていた彼らは更に甲板にもう海豚からの蛸や烏賊のボール、セイウチも来なくなっている事に気付いた。

 

『まさか、海の中もあの怪物と同じ状況なのか!?』

『黒い海……』

『助かった、のか? オレ達……』

 

 彼らの周囲の海域が全て暗黒に染まっていく。

 未だ進み続ける科学の精粋たる船。

 

 その進路以外の海域内に存在するあらゆるZ化した海獣類は海中から海面に掛けて伸びた枝の支柱と見えざる針で串刺しになっていた。

 

『海獣類の駆除を完了!! 志願者総員の生存を確認しました。我々の勝利です!!』

 

 その言葉に大声こそ上がらなかったが、生き残ったという実感にへたり込む者、腕を振り上げる者、涙を零して同僚と喜ぶ者、様々であった。

 

『この海域から静穏航行で離脱します!! 総員、甲板から艦内へ!!』

 

 少年の言葉と共に腕や脚を蛸や烏賊に削られた兵達が脚を引きずるようにして内部へと苦笑するように入っていく。

 

 先程まで騒がしかったのが嘘のようだった。

 少年に敬礼しない者も無かった。

 しかし。

 

「………ぅ」

 

 少年が兵達を見送る途中でパタリと後ろに倒れる。

 

 あちこちの疵が重い負傷者に治癒術式を掛けて回っていたヒューリが慌てて駆け寄り、ハルティーナもまた海中への更なる警戒を解いてすぐ戻ってくる。

 

「ベルさん!? だ、大丈夫ですか!?」

 

「一気に処理したのが結構堪えました……やっぱり、魔力無限て名乗っちゃダメみたいです……あはは……」

 

 思わず兵達の数人が少年の傍に寄って来て、メディックを呼ぶ。

 

「ベルさん!? 何か無茶してたんですか!?」

 

「……僕、魔力励起効率や魔力制御の許容量はそんなに多くないので……瞬間出力を近頃は何とか大きくして使ってたんですけど……今回はちょっと……大きくし過ぎました」

 

 少年が己の手を見る。

 

 すると、パァンと風船が弾けるような音と共にスーツが激しく内部で変形してからダランと完全に形を失くした様子で垂れ下がる。

 

「ベルさん!?」

「ベル様?!!」

 

「……しばらく、お休み……させて、下さい……」

 

 少年が気を失ったと同時に残っていた両脚と片手が再びスーツ内部で爆発するように弾け、跡形もない状態になった事を彼女達は血の気が引いた顔で確認し、少年の名前を叫び続けた。


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