ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
結局、ベルの潜水艦はハワイまでの航路を順調に消化した。
蛇行しながらの道ではあったが、最終的には時速を20km程に増速して向かう事になった為、数日の航海は順調に過ぎた。
ハワイ近海到着が4日後。
浮上した潜水艦は分厚く垂れ込めた曇り空の下、その島々を見る事となった。
シャッターが上げられた艦橋の窓からはしっかりと霧が出る海上で島が確認出来る。
『通信を』
『はい』
通常の通信装置が起動され、ベルの声が魔導で直接通信設備を置いた部屋に響く。
『応答は?』
八木の声にベルの表情が曇った。
『応答、ありません』
『……緊急事態かもしれん』
『え?』
ヒューリに八木が僅かに大きく息をしてから、告げる。
『黙示録の四騎士の襲撃前や大規模なゾンビの襲撃前には周辺地域の無線が途切れる。世界各地で確認された現象で……コレが世界の海軍では危険信号として即座に海域からの離脱理由となる』
『そ、そう言えば、フィーも魔術での通信が時々妨害される事があったって……ベルさん!!』
『はい。まだ現状は分かりませんが、取り敢えず、先行して海上に船型のゴーレム。空中に鳥型のゴーレムを放ってみましょう。この世界では偵察機? でしたか。それの代わりです』
『頼む』
八木が深刻な表情で頷く。
そうして、ベルが魔導を展開して、潜水艦の装甲の一部に働き掛ける。
瞬間、ディミスリル合金製の装甲の一部が浮き上がったかと思うと剥離して、まるで折り紙でも折るかのように変形し、小さな玩具の船や鳥のようになって飛び出した。
『後から付いて行ってみましょう』
少年が海上から再び少し潜航して船体を隠しつつ、その新型の合金製ゴーレム。
新装備を海上と上空に飛ばし、映像を艦橋のテーブルの上に映し出す。
やがて、彼らが最も大きい島の合流予定の湊から1km程離れた場所まで辿り着いた時、先行するゴーレム達が捉えた映像は致命的だった。
『ッ―――そんな!?』
『ベル様……ッ』
ヒューリとハルティーナが衝撃を受けた様子で両側から少年の袖を握った。
護衛艦の二隻が座礁していた。
その上で血の染みが大量に周辺には散乱しており、船体もどうやら大きなダメージを受けたらしく。
モクモクと煙を上げている。
『ただちに救助を開始しま―――』
『騎士ベルディクト・バーン』
八木の声に思わず彼らがそちらを見やる。
すると、鋼鉄のような顔。
いや、確かに鉄というものを顔にしたような堅さで男が彼らを見ていた。
『ただちに潜行し、日本へ最大船速で向かうべきだ』
『そんな!?』
『どうしてですか!?』
さすがに女性陣があまりの言葉に声を荒げる。
『我々は……これまでこういう光景を何度も見て来た。ハワイとて、いつかは落ちる可能性が指摘されていた。その為に住民は日本に疎開。この島々にいるのは米海軍の軍人と一部の日本の連絡将校のみだ。護衛艦の人間達もいつ自分が殺されるか、という覚悟はしていた』
『見捨てても僕達の技術を日本に届けるべき、そう言いたいんですか?』
『ああ、そちらの方がきっと人を大勢救える。此処で君達を失うわけにもいかんのだ』
ヒューリもハルティーナもそれに反駁したい気持ちに駆られた。
しかし、八木の瞳の色。
その哀しみを前にして口を噤むしかなかった。
『……解りました。では―――』
少年の船が唸りを上げる。
『微速前進。目標、護衛艦至近』
『騎士ベルディクト!!』
さすがに八木が声のボルテージを上げる。
『八木一佐。貴方は一つ勘違いをしてます』
『勘違い、だと?』
険しい顔をした大の男を相手に少年は何ら曇りなく。
『僕らは軍人じゃない。騎士です……人々を護り、人々を助け、強きを挫き、正義を為すッ!! だから、僕達がこの島で生存者の探索を終えるまで、離れる事は無い。もし、離れる時があるとすれば、それは……僕達が騎士を止めて、ただの一般人になる時なんです』
『―――それが君達の立場や世界の情勢を危うくするような事だとしてもか?』
『善導とは善なる行いを導く事……善導騎士団とは現実の情勢や合理的な判断などではなく、ただ、人に模範として示せるモノをただ示す為に騎士となった者達が開いた組織……そう、僕をこの騎士団に誘った人は……団長は……単なるお題目だが、大事な事なんだと言っていました……』
ベルを前にして八木が燃え盛るような瞳で立ち上がる。
『その理念故に滅びるとしてもか?』
『滅びさせはしません。僕らが滅びるまでこの世界は決して滅びない……何故なら、フィー隊長が、クローディオさんが、ヒューリさんが、ハルティーナさんが、騎士団の全ての人員が、そして……僕がそうしたくないと願い、そうさせまいと誓い、そうすると拳を振り上げるからです』
同じく立ち上がった少年を見て。
八木は……確かに目の前の相手は騎士だと認める。
まったく、誰だ。
この可愛い顔した少年が楽な交渉相手そうだ、なんて言ったのは。
そんな年甲斐もなく熱くなった頭を冷ます冷静な吐息を吐いて。
八木がただ腰を直角に折った。
『頼む』
『任されました。これより善導騎士団は日本国との約定に則り、友軍の救助と探索を開始します』
『ベルさんッ』
『ベル様ッ』
ヒューリとハルティーナが涙を見せぬよう少年に力強く頷く。
『騎士クラス。もしくは培養ゾンビなどの新種がいる可能性もある為、まずはゴーレムによる全島の広域探査と周辺海域に逃げ出した者がいないかどうかの確認を。ゴーレムの探査限界が分かった後に不可視化した個体を限界まで出撃させます。ヒューリさん』
『はい!!』
『ヒューリさんは医療班として出来る限り、サポートに徹して下さい。ハルティーナさん』
『はい。準備はいつでも出来ています』
『長時間の探索活動が予想されます。新型装甲を艦内倉庫に用意してます。従来よりも軽くて、体力に付いても温存出来るはずです。すぐに装甲の装着を』
『分かりました』
『前衛は任せます。八木さんは戦える人ですか?』
『歳は取っているが、自衛官として訓練は欠かしていない。無論、射撃も出来る』
『分かりました。スーツと外套を用意します。装甲は最薄で魔力電池を使って身体強化魔術の恩恵が受けられる代物です。僕がいつも使っている拳銃で良ければどうぞ』
少年がディミスリル皮膜合金製で完全に軽量化し切った蒼いガバメントを差し出す。
それを受け取った八木が驚いていた。
『軽い? 100gも無いんじゃないか?』
『僕らの技術の一端です。ただし弾丸は救助者に当たる可能性があるので通常弾だけですけど。大丈夫ですか?』
『ああ、勿論だ』
『では、ゴーレムでの探索後に行動を開始します。空のゴーレムの遠隔操作が5kmで途切れました。今後は5kmを目安にして周辺を探索します。魔導延伸用のビーコンを搭載して直ちに全ゴーレム発艦。全員、初期救助が要です。死んでいる方には悪いですが、死体の収容は諦めて、今は生きている人を全力で助けます!!』
『了解した!!』
『『了解です!!』』
全員に頷いて、少年が大量のゴーレム達の視線と聴覚を用いて探索を開始する。
護衛艦内に鳥型が複数体侵入するも生存者を発見出来ず。
そのままビーコンが島のあちこちに落され、次々に鳥型が島々を渡る渡り鳥のように探索範囲を広げていく。
その最中に見えた光景はまるで戦場のようだった。
市街地や家々が人もいないのに破壊され、炎を上げていた。
『……無意味な破壊、なのか?』
八木がその不自然さに眉を潜める。
『恐らくですが、騎士じゃありません。あの無造作に叩き壊したような爪痕。それに破壊された家や市街地も殆どが道路で繋がったところばかり。何かが道を通り過ぎながら、取り敢えず全部壊して回った……そういう感じに見えます』
空からの偵察と海からの偵察。
どちらもがすぐに全島に行き渡るくらい広範囲に展開された。
そうして、周辺海域に数層のボートらしきものが発見され、まだ生きているらしい人物達が傷だらけになっている様子を艦の装甲から飛び立った一羽の鳥が発見する。
『要救助者発見しました。総勢で43名くらいです。ただちに現場へ船型を急行。引っ張って来て貰いましょう。僕らもそちらに向かいます』
少年がすぐに降下させた鳥型のゴーレムが思わずなのか。
護衛艦から逃げ出してきたと思われる人物達に拳銃を向けられた。
『こちら八木一佐。護衛艦の生存者だな!! このドローンは新型だ。敵ではない!! 撃つな!!』
鳥型から響く声にドッと安堵したような表情で乗組員達が助かったという顔となる。
『すぐに海上からドローンが来る。それにボートを繋ぎ、牽引する。艦まで10分程だ。重傷者はいるか?』
『は、はい!! 背骨を損傷したと思われる者が五名!! う、腕を失った者が2名!! その他に骨折と火傷をしている者が多数!!』
『了解した。すぐに治療の用意をする。艦に収容するまで何とか持ち堪えさせてくれ』
『了解しました!! 助かる!! オレ達、助かるぞ!!』
比較的、艦の近くの海域にいたボートが次々に船型の玩具のようなゴーレムによって牽引され、潜水艦付近まで到着。
動けない者はヒューリが魔術具と魔力電池を合わせ、治癒術式と自身の超常の力で自力で歩けるまで回復させ、何とか全員を乗艦させる事に成功した。
潜水艦の後部倉庫内。
煤けて海水を被った自衛官達がヒューリから渡された魔力電池と治癒術式の込められた色が緑色なだけの同じような魔術具ですぐに骨折、火傷を回復していく。
驚いた彼らの横では今も重傷者が呻いている。
治癒術式だけでは時間が掛かり、命の危険がある状態のものを片っ端からヒューリが術式のみで回復可能なところまで急速に再生させているが、それでもやはり数時間で死亡する可能性があるような損傷の回復は難事であった。
内臓破裂している者が数名。
ショック症状にチアノーゼに成りかけていた者達も顔色が良くなっていくが、その顔は疼痛苦痛が緩和されただけで未だ完全に良くなったとは言えない。
『た、助かりますか!?』
『はい。手は足りていますから、もう大丈夫ですよ。ただし、しばらくは絶対安静です。特に背骨や内蔵をやっていた人達は3日くらい寝たままにしておかないとならないので、自力でトイレには行けますが、誰か必ず傍に付いていてあげて下さい』
『わ、分かりました。ありがとうッ!! 本当にありがとうッ!!』
隊員達に頷いて次々に人々を癒していくヒューリの背中に誰かがポツリと呟く。
『女神だ……』
『いや、聖女だろうさ』
こうして重傷者達が何とか命を取り留めた頃。
艦橋に八木が呼んだ自衛官が一体何があったのかを震えながらも何とか報告していた。
『ハワイの埠頭に接岸した時でした。怪物が現れたんです』
『怪物?』
八木の言葉に顔を青くした男がフラ付いた為、ソファーに座らせられる。
『40mはありました。巨大な蛸の頭に烏賊のような足や耳……そして、イルカのような胴体……』
『【リヴァイアサン】か!?』
『分かりません。それが何体も……うぅ……必死に応戦して逃げようとしましたが、湾の後方から襲われて……奴らは艦を破壊した後、上陸して陸上の駐屯地の方へ……』
『ありがとう。参考になった。悪いが他に気になった事や生存者がいると思われるような場所に心当たりはないか?』
八木が背中を摩りながら、年若い自衛官に訊ねる。
『生き残った仲間達は駐屯地から反対方向やバラバラに海へ……オレ達の他にも4艘のボートが南東の海域に……』
八木がベルに視線を向け。
すぐに頷いた少年が鳥型と船型ゴーレムを急行させた。
艦から海上21km地点。
見付かったボートには……動く死体が数名乗っていた。
それを八木にベルが耳打ちすると、立ち上がった男が部屋の端に少年を誘い。
間違っても本国に流れ着かないようトドメを刺して欲しいと呟く。
救命胴衣を着ている以上、浮かび続ければ、上陸の危険があった。
少年はゴーレムに積んだ船型は装甲を銃のように飛ばす機能、鳥型は魔力転化で薄い空気の断層、つまりは真空の刃を投げ付ける機能を起動し、確実に一体ずつ、頭部を破壊するか、もしくは首を切り落として葬っていく。
その後、ボートも沈めたゴーレム隊は本島周辺へと戻り、索敵へと向かった。
『終わりました。残念です……』
少年が拳を握り締める。
『気を落さんでくれ。君達のおかげで貴い人命が救われた。これは事実だ。彼らもまた己の家族を食い殺すような未来は望むまい』
『今、言われた駐屯地を捜索していますが、破壊され尽していて、今のところ数体の死体とゾンビしか発見出来ていません』
『死体だけかね?』
『はい』
『……おかしいな』
『おかしい?』
『駐屯地には100人規模の人数がいたはずだ。散り散りに山岳部の方へ逃げたのかもしれんな。そもそも40m級の化け物が数匹もウロウロしている様子は無いのだろう?』
『はい。今のところ巨大な物体は確認されてません……もしかしたら、殺した相手を確実にゾンビにして後は海に帰っていったのかも……』
少年の推測に八木も確かにと頷く。
『敵に回復不能なダメージを与えて、残存兵力をゾンビで掃討……合理的だな……』
『だとすれば、森林地帯を重点的に?』
『ああ、その方がいいだろう。市街地の建物が破壊されていたが、アレはもしかしたら立て籠もる拠点を事前に潰していたのかもしれん』
『……解りました。鳥型ゴーレムを森林地帯に向かわせます。ゾンビ誘導用に音響装置も追加したので鳥型で救援を知らせつつ、ゾンビ化した相手を誘導する旨を伝えましょう』
『こちらでやろう』
少年がすぐに各地の駐屯地に近い森林地帯に『今、救援が来ている。ゾンビを誘導して掃討するのでしばらく待っていて欲しい』という声を八木に流させた。
そうして、数分も破壊され尽した駐屯地に鳥型を集めるようにして適当な音楽を掛けて誘導するとゾロゾロと各島の駐屯地には30人40人規模のゾンビの群れがやってきて、鳥型を追いかけ回し始め……それを鳥型の真空刃で頭を落しながら回って1時間弱。
ゾンビの誘因が見られなくなったと再び森林地帯に報告した八木は重軽症者が運べそうにない者は現地待機、それ以外は海辺に集まれと勧告。
すると2時間せずに合計で400人近い傷だらけの男達が浜辺に現れていた。
『ここだぁああああああああ!!!』
『オレ達は此処にいるぞおおおおおおおお!!!』
『重症の連中がいるんだ!!』
『こいつらを優先してくれぇ!!』
誰もが何処かしらを火傷や骨折で負傷していたが、肩を貸し合っている。
少年はただちに船型のドローンの後方に最初に拾った自衛官達が載っていたボートを付けて、急行させ、迅速に各島を艦で回りながら生存者を回収していく。
残存者はいないというところが殆どだったのだが、最後の生存者の回収時。
残存者有りの報告を受け、上陸しての回収が決定。
ヒューリは次々に来ていた米兵と自衛官達に魔力電池と魔術具を渡し、重症者を次々に命に別状が無いレベルまで回復させると。満杯な艦内倉庫の彼らの衣服を洗って、食料を配って、身を清めさせて、重傷者から余っている部屋へ介護者と共に放り込み。
倉庫内を術式で清掃して血と汗と泥を纏めて樹脂製の袋などに纏めた後、ベルに頼んで艦内倉庫内の資材を金属と樹脂製のマットレスに変換。
床に敷き詰めさせた。
『皆さん。武器弾薬の供出をお願いします。動ける方や使える方に再配備する事は勿論、艦内で不用意に音を発てると海洋では致命的になりかねません。一端纏めてから艦外活動に従事する際にお渡ししますので』
自衛官達は素直に指示へ従ったが、八木がいてすら米軍の動きは微妙に戸惑いがあった。
最後の最後まで銃を放さない事で生き残ってきた米兵は多く。
しかし、救われた手前、最後には誰もが拳銃や自動小銃を手放した。
『ご協力感謝します』
八木と共にヒューリが頭を下げる。
艦内は現在足の踏み場も無い程に人が溢れ返っており、住環境の悪化は深刻であった。
元々、少人数が載る事を前提にして生活環境が良いのは僅かな場所ばかりで殆どは倉庫という船なのだ。
大量の資材を入れておいた後方は荷物の隙間に人間が入るというような状況で立ちっ放しの人間も数多い。
『目標地点で重症者を5人確認しました。治癒の魔術具と魔力電池の配布を開始します』
予め呼んでおいた者達に動けない重傷者のいる部隊へ呼び掛けさせ、鳥型が運んだ医療用の魔術具と電池一式を相手に持たせる。
すると、すぐに彼らの顔色は回復していった。
しかし、やはり即座に動ける程ではない。
全身の骨の骨折や内蔵を痛め、動かせない程の重症だったのだ。
何とか回復させてはいたが、それにしても搬送は必須だった。
『ベルさん。一通りの治癒が終わりました』
ヒューリが艦橋に駆け込んで来る。
兵達の住環境の整備が課題だと話す少女に少年は確かに無理がある人数が今艦内に犇めいているのを確認し、八木に視線を向ける。
『八木さん。この艦だけだと恐らく人を乗せ切れません。大型の艦船を確保して日本へと向かわせるべきです。僕らの船が海面下から護衛すれば、恐らく【リヴァイアサン】のような個体に数体襲われても逃がす事は出来るかと』
『敵が複数個体だと言うなら、戦力の分散はマズイだろう。もしも、大量にそいつらがいた場合、君達を囮にして逃げている最中に襲われたら一溜りもない』
『……いつ騎士や化け物の再襲来があるか分かりません。新しい船を見付けないと此処から動く事は……再度の艦の建造も予め物資が無い以上、短時間だと不可能に近いんです』
『少し待っていてくれないか』
『は、はい』
八木が僅かに思案して、何かに気付いてから一部の部隊の人間を呼びに行った。
数分で後方から黒人の50代の兵を連れて来た八木がテーブルに広げられたままの本島の沿岸部を一部、指差して何やら訊ねていた。
『八木さん?』
『騎士ベルディクト。全員を乗せられる潜水艦がある』
『本当ですか?』
『ああ、ハワイは米海軍の太平洋に残った最後の補給基地を兼ねていた。一時期は米国の首都だった事もある。その時にもう滅んだ国家から大枚を叩いて色々と買っていてね』
『色々?』
『首都機能を日本に移すまでの期間、大量の難民を安全に日本へ輸送する為、大規模な港湾設備が整えられた。そして、政府機能があったという事はそれが壊滅する事が無いよう逃げ出す為の設備も整えていたという事だ』
『もしかして……』
『ああ、潜水艦がまだ置いてある』
『動かせるんですか?』
『それが問題だったのだ』
『問題?』
『自前で潜水艦は大量に持っていた米国だが、大量の人員と首都機能をそのまま移転させる程の大きさのものは無かった。だから、その巨大な潜水艦を買った。だが、米国は当時の凋落で脚を見られた。そのせいで結局は中核である動力源や装備の大半が抜かれた状態で買うしかなかった』
『つまり、
『ああ、そうだ。それでも米国は世界最強の軍隊だった。その動力源や装備をすぐではなくてもある程度の時間があれば、恐らく2、3年もあれば製造出来ると考えていた。しかし』
少年が凄惨な戦線都市消滅後の防衛線の話を思い出す。
『ゾンビの大攻勢が思っていた以上で頓挫した?』
『ああ、艦内には武装も積まれていない。結局、改装作業は途中でストップし、放っておかれたままだ……正しく鉄の棺桶だよ……
少年が八木の言葉にすぐ理解する。
今、この状況をどうにか出来るのは自分だけだと。
『ッ、情報を下さい』
『出来るか?』
『やらなければ、どちらにしても逃げられませんし、僕達の目的も達成出来ません。やれます。いえ、やってみせます!!』
『ならば、共に立ち向かおう。重症者の護送はこちらで部隊を編制してやっておく。任せてくれ。君と彼女達はあの船を……アクーラを蘇らせて欲しい』
『アクーラ?』
コクリと八木が頷く。
『戦略任務重ミサイル潜水巡洋艦。又の名をタイフーン級原子力潜水艦……米国の怨敵たる国家が産み出した世界最大の潜水艦だ』
スッと指差された港湾施設の一角。
巨大なドックが地図にも明確に記されていた。