ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第64話「出立」

 時は過ぎて10日後。

 ロスは……その様相をほぼ100%変えていた。

 

 今の今まで放棄されていた廃墟やもう使われない施設のほぼ全てが更地になって、同時に今度は市街地に大量の建材……耐熱、耐衝撃、耐経年劣化を誇るディミスリル皮膜合金の建材が次々に市場へ、建築業者へ入荷。

 

 耐Z用の防災計画としてシスコと同じように都市全域で建築物には善導騎士団の()()で改良が加えられる事となった。

 

 市街地にはレールが次々に敷かれて、やはりというか牽引車の群れが大挙して配備され、ついでのように少年が都市付近40km圏内から見つけて来たサンドシェールや油田から大量の油と瓦斯(ガス)が、他にも普通にオカシな程の埋蔵資源が都市内部へ精錬済みで供給された。

 

 ガソリン、ハイオク、軽油、重油、ガス。

 

 北部と違い。

 

 南部は石炭の備蓄に乏しいらしかったが、それすらも掘り当てて来た少年はサックリと都市にソレを寄贈した。

 

 その上で少年の錬金術は留まる事を知らず。

 

 都市各地の無人区画のあちこちには物資集積所の倉庫が立てられ、次々に食料、燃料などが大量に備蓄された。

 

 海沿いの工業都市で見掛けるような巨大タンク。

 ベルが工業系の本で見たソレが今現在、8棟。

 

 無人区画の地下に埋設され、その上には巨大なドームが立てられている。

 

 何百万バレルになるものやら。

 

 数日間、延々と地下資源を掘り出して精錬してを繰り返していた少年の寝ずの仕事の成果によって、ガソリン、軽油は少なくとも数年使っても大丈夫と都市に供給され始めている。

 

『オレ達が来た日の街には見えないな』

『……どうなってるんすかねぇ』

 

『陸将が愚痴ってたぞ。ああ、あの子がウチにいればなぁって』

 

『……どうなってるんすかねぇ』

 

『そういや、知ってるか? ガソリンと重油が都市側から艦隊に供給されるそうだ』

 

『……どうなってるんすかねぇ』

 

 ずっと端末の画面を見ている同僚にボソッと語り掛けていた男が適切な質問を投げ掛けようと耳元に話し掛ける。

 

『騎士団の一押し女性騎士は?』

 

『何言ってんすか!? 絶対にッ!! フィクシー副団長代行ですよ!? いいですか!? あのスレンダーボデェがグリングリン動くのが綺麗じゃないわけがない!! そもそも!! 白と朱の長髪とか反則でしょ!? 都市側からの映像資料では肩にもう一組腕が付いてるんですよ!? 最高じゃないっすか!? あの切れ長の瞳に無い胸!! そして、鍛え抜かれた背筋と美しいヒップライン!! 女性はあれくらいでいいんすよ!! あれくらいで!! ああ、オレも彼女の対物ライフルでブチ抜かれてみたい♪ ぐふ、ぐふふふ……』

 

『ぁあ、分かった(お前この長期任務でもう……)』

 

 名も無き自衛隊員は祖国が恋し過ぎて頭をやられてしまった同僚を哀れに思いつつ、取り敢えずは……やっぱり騎士ヒューリアこそが至高だと思い直し、そっと米軍の一部から流れてきた隠し撮りされたブロマイドを懐に仕舞うのだった。

 

 そういう者達が都市中で超小規模ながらも都市内部の警護という名目でウロウロしているのを横目に数多くの真面目な隊員達は湊と壁外に見える要塞線、都市をすっぽりと覆うシスコと同タイプの弧を描くソレの二か所に集中していた。

 

『デカい……日本でコレ造るのに何百兆円必要なんだろうなぁ』

 

『いやぁ、本当にこれが単なるレンガ積みの建築だってんだから、何か間違ってるよマジで……』

 

『湊の方も殆ど騒ぎだな。ありゃ』

『まぁ……“あんなの”が出て来ちゃなぁ』

『魔法使いか。ヤバ過ぎる……』

 

 異世界の技術を用いた超大規模建築。

 分厚い壁の如く左右の要塞線に挟まれた東部の誘導路。

 その先にある無数のレールと櫓。

 旧外壁も立て直され、新たな代物となって聳えている。

 

 ロシェンジョロシェには守備隊もハンター達も大量にいる為、彼らにはこれから立つ要塞の使い方や次々に投下される武装や設備の説明が行われた。

 

 ベルが産み出したソレの内部はまだ殆ど手付かずで辛うじてトイレの下水道設備と空調だけが急拵えされていたが、南部の要塞を先にというバージニアの意向で今はまだ仮にも使い易いというには程遠い状況であった。

 

『通路が暗いよぉ。怖いよぉ。狭いよぉ』

『いや、狭くはないだろ?』

 

『でも、灯りが今のところはヘッドライトやら懐中電灯ってのはさすがになぁ』

 

『南部の要塞は快適になって来たって話を聞くが、こっちは後方だからな。後回しだろう』

 

『移動にトロッコ使う事になるって隊長が言ってた』

 

 しかしながら、その長大さと備えられた武器弾薬。

 

 確実にゾンビを仕留めるという構造には磨きが掛かっており、誘導路壁際の床には脱水術式がいつでも発動可能なように仕込まれていた。

 

 前回、とにかく物量で攻めてきた敵が次々に死体を山にしてやってきた経験から、死体が一定量溜まったら脱水してカラカラに乾燥させ、体積を減らす予定なのだ。

 

 これで死体の上をゾンビが歩き死体の先が撃てないという事もなくなるだろう。

 

『ほぁぁ……海自の連中もこりゃぁ驚くわ』

 

『そりゃそうだろうよぉ。第二次大戦期の潜水艦とか……マジで動くのを見るのは米海軍だって初めてに違いないだろ』

 

 ワイワイガヤガヤしている湊の付近の立ち入り禁止区域。

 

 騎士団が団員を送る為に設えた船がデデンと鎮座している。

 

『それにしても普通の船みたいなんだな?』

 

『お前知らないのか? 元々は普通に航行する船と潜水艦がごっちゃなのがスタンダードだったんだよ。それがモーターやら電池やら色々と技術進歩して今の丸くて細長いあの形になったんだぞ?』

 

 ガトー級潜水艦。

 

 それも数倍近い規模の大きさを誇るものだ。

 

 甲板を備えた完全に船という形状のソレを見て、海自の一部高官が渋い顔をした事は誰にも見られてはいなかった。

 

 しかしながら、それを予想していたフィクシーなどはおくびにも出さなかったが、これで相手の海上戦力の大半はどうにか確認出来るだろうとほくそ笑む。

 

「ベル。ヒューリ。ハルティーナ。あちらに行っても騎士たる己を忘れるな」

 

「「「はい!!」」」

 

 潜水艦の甲板へと続く階段傍でフィクシーの言葉に三人が頷く。

 

 そして、クルリと振り返った彼女が制服姿の男に敬礼する。

 

『八木一佐殿。団員の護衛任務を頼む』

 

『海自を信任しての乗艦許可。任務の完遂を持って果たさせて頂きます。フィクシー・サンクレット副団長代行殿』

 

『航海中、気になる事があったらベルに伝えてやってくれ。この船は貴方達の世界の代物を我々の技術で再現しただけだが、その限界潜行深度はベルが言うには2万m程だそうだ』

 

 それを聞いた八木の内心はもう苦笑を通り越している。

 

 第二次大戦期の船型の潜水艦が現代技術の精粋である原潜すら及ばない深度まで潜り、地底を這うように進んでいくらしいと聞けば、もう驚くのは止めるべきと海の男なら分かるだろう。

 

『我々は事前に提出していた通り、海洋調査をしながらそちらの本国へと向かわせてもらう。浮上と補給地点であるハワイとやらまで迷う事は無いと思うが、是非航海中は海中の流儀を教えてやってくれ。そして、友好を深めて貰いたい』

 

 フィクシーが背中を向けて去っていく。

 そして、三人の少年少女と偉いオジサンが一人。

 潜水艦へと乗り込んでいく。

 その色は白く朱く。

 

 まるで陽射しの如き色合いで陽光の下、単色の艦隊を前にして異色である事を主張していたのだった。

 

 水上を走り始める艦影が湊から遠ざかっていく。

 

 それに対して村升は背後に護衛を連れて艦隊の司令部が置かれる原子力空母の艦橋でその(あけ)を思わせる船を見送る。

 

 八木、神谷、朽木。

 彼らが特命を帯びて今は動いている。

 

 結城は要塞線の視察で出払っており、そこには今現在提督もいなかった。

 

「………頼むぞ」

 

 ポツリと呟いて、彼は艦橋を後にした。

 

 *

 

 少年が潜水艦を深く潜らせ始めたのは海洋が浅瀬から深い海へと入った頃だった。

 

 暗くなっていく艦橋の窓には現在、シャッターが下ろされ、外部は見えない。

 

 内部では魔力に拠る灯りが灯されており、周辺を照らし出していた。

 

 しかし、本来ならば、操舵用の機材が置かれているはずの部屋は中央に球状の物体が浮かんでいるだけで、他は運び込まれた家具が置かれ、固定化されたソファーとテーブルしかない。

 

 まるで客船の上等な船室を思わせる艦の中枢はまったくナンセンス極まりないが、今やヒューリのアットホーム感漂うティーカップと紅茶の湯気とクッキーが置かれた談話室であった。

 

 ハルティーナもヒューリも少年の横にピタリと付けて紅茶を嗜んでいる。

 

 少年はテーブルの上に海洋の地図を広げて、鉛筆で時折、大陸標準言語でカリカリと色々な情報を書き足したり、付箋を張ったりしていた。

 

 その対面では最初こそ面食らった様子だった八木が座って上等な紅茶だと思いつつ、相伴に預かっている。

 

『騎士ベルディクト。今、何処を航行しているのだろうか?』

 

 その基本的な問いに少年はすぐに地図の一点を示して見せた。

 

「此処ですね」

 

『どうして機材も無いのにそのような事が分かるのか尋ねていいだろうか?』

 

 真実、其処に潜水艦にならば、必ず存在するだろう大量の操作機器も観測機器もいない。

 

「ああ、この船は船を形はしてるんですけど、実際にスクリューで動いているのも事実なんですが、殆ど僕の魔術具なんです」

 

『魔術具……君達の使う魔力電池とやらで動く装備の事かな?』

 

「ええ、この船は装甲内部の本来なら必要な設備を全て削って、一番信頼性の高い魔術具で全能力を代替してます。外側はこの世界の船かもしれませんが、僕の玩具みたいな感じです」

 

『玩具、か……それにしても随分と大きい』

 

 ベルが自分でもそうは思っていたが、そうとしか言えない内部構造の為、肩を竦めるに留める。

 

 潜水艦と言っても本当に内部は完全に魔術具の塊だ。

 

 巨大な装甲の内部に電池を詰め込んで、空調とスクリューを回す動力を確保し、外部の装甲から周囲からの音を拾って状況を判断する。

 

 現在の座標の算出から何から全部魔導任せ。

 

 少年の脳裏では常に魔術と同じく作業工程が組まれている。

 

「あはは……はい。本当は僕がもっと高位の魔導師だったら玩具じゃなくてもっとマシなのが造れたんでしょうけど……」

 

 八木がその言葉に何かを言うでもなく。

 失礼と告げてトイレへと立った。

 

 その後、微妙な沈黙が流れるが、ポツリとヒューリが呟く。

 

「……ベルさんだったから、私達は生き残って来れた。いえ、ベルさんじゃなかったら、何処かで死んでた……私はそう思います」

 

「あ、ありがとうございます。ヒューリさん」

 

 少年が照れた様子で微笑む。

 

 それに笑みを浮かべた少女は仕事の方の進捗を訪ねてみる事にする。

 

「……ディミスリル鉱脈の方はどうですか?」

 

 少年達の海洋調査のその本筋は海洋生物の調査なんてものではない。

 

 純粋な金属資源調査。

 

 そして、ベルの魔導延伸用のディミスリル鉱脈の発見こそが日本に向かうのと同じくらいに大切な使命であった。

 

「あ、そっちなんですけど、ネットワーク化した当初から顔には出さなかったんですが……物凄い事になってます」

 

「え?」

 

 少年が指を弾くと部屋の中央に浮かんでいた球体が地球儀の形へと変化し、現在地が表示される。

 

「僕はディミスリル鉱脈が深海には無いんじゃないかって思ってたんですけど……逆みたいです」

 

「逆?」

「観測し続けられる限りの海が……」

 

 ゆっくりと現在地から陸までの海域が朱く塗り潰された。

 

「全部、ディミスリル鉱脈になってます」

「「!?」」

「そう、なんですか?」

 

 ヒューリにベルが頷いた。

 

「ずっと考えてたんです。この鉱脈何なんだろうって? その疑問が少しだけ解消されたかもしれません」

 

「どういう事ですか?」

 

「実は油を取る事前の地質調査の時、現地の地質学者の人に色々と聞いて回ってたんです。それでこの間のサンド・シェールや油田の件があってから色々と自分でも現地の文献や資料を調べたり、意見を聞いたら、色々とディミスリルの分布やそれ以外の掘り出してきた金属資材にはオカシな事が分かって来て」

 

「おかしな事?」

 

「はい。今まで建築の度に地面の下や山を採掘してきましたけど、僕は鉱物が豊富な世界なんだなって思ってたんです。この世界の特徴なんだろうなって……でも、地質学者の人が『どうして、こんな未知の金属や資源となる鉱脈、サンド・シェール、油田がこの地域で大量に埋まってるんだ』って驚いてて」

 

「……それってあの大量の金属とか、この世界の人達が知らない資源だったって事ですか?」

 

「はい。ディミスリルの事もですけど、普通の資源についても埋まっているはずの無い場所に埋まっているって……」

 

「な、謎が増えたんですね。ああ、ハルティーナさんがもうチンプンカンプン状態に……」

 

 ヒューリが頭からしゅぅ~~と知恵熱を上げるハルティーナに『無理して考えなくていいんですよ(ニッコリ)』と微笑んで止めさせる。

 

「それで一つ仮説を立てたんです」

「仮説?」

 

「はい。更にゾンビ達のオカシな情報を集積して、何か関連が無いかなって」

 

「そ、それで、どんな仮説になったんですか?」

「その前にゾンビ達が―――」

 

 グラッと船体が揺れた。

 

 それと同時にヒューリが少年を抱き締めついでにカップを全て虚空に動魔術で浮かべて保護し、少年がソレを外套を開いて内部に仕舞い込む。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

「い、いえ、いきなり海流が変化して……こんな深度のところに激流みたいな凄い強さの……え? これって―――」

 

 少年が船体の外の情報を音から映像にして脳裏に受像し、これは非常事態かと地球儀にしていたソレを映像の受像機にして自身の脳裏の映像を映し出す。

 

 黒い深海の中で音が白い線のように浮かび上がる立体映像。

 

 その中で進む潜水艦の模型の後ろに音が一切存在しない黒い何かが凝っていた。

 

「な、何ですかコレ!? く、黒い輪郭が船の後ろを追い掛けて!?」

 

「ぜ、全速!! 全速です!!」

 

 あわやその黒い何か捕まるより先に艦のスクリューが唸りを上げた。

 

 猛烈な水流が後方に送られ、その黒い何かを吹き飛ばすようにして猛烈な速度で進み始める。

 

「い、今のって!?」

 

「わ、分かりません。僕の脳裏で組み上げた映像なんですけど、さっきのは音を一切吸収してました。たぶん、全長で40mくらい……もしかしたら、ヒューリさんが船酔いでいなかった時に出てきた巨大なイカの仲間かもしれません」

 

『一体、今の揺れは何だ!?』

 

 八木が慌てて駆け込んで来る。

 

『そ、それが……』

 

 少年がすぐに八木へ報告する。

 

『黒い何か? 音を出さない……40m級の……』

「な、何か心当たりはありませんか?」

『まさか、英国海軍の報告していた……』

『何か知ってるんですか?』

 

 ヒューリの言葉に再びソファーに座った八木が頷いて、地図を引っ繰り返し、自身の胸ポケットに入っていたペンで白紙の部分に何やら書き込んでいく。

 

『これは……?』

 

 三人が覗き込む中で八木は地図を回して彼らに見えるようその絵を見せる。

 

『今現在、Z化。つまり、ゾンビになっていると思われている海の生き物の中で最大級の個体だ。名前は【リヴァイアサン】……軟体生物や海獣類の一種()()()と思われる』

 

『だった? タコ……いえ、イカにもイルカみたいにも』

 

 絵の中には巨大な蛸頭にイカのような耳と足、イルカの動体のようなもを持つモノが妙にリアルな感じに描かれていた。

 

『正体は分からん。ただ、英国海軍。まだ残る海洋国家の海軍が各部位を別々の場所で見て、蓋然性の高い同一個体として40m級の物体をこのような姿であると報告していた。私は海獣類の対処を任される身でね。日本近海にはこのタイプは見た事が無いんだが、危険視はしていた』

 

『つまり、それがこの海域にいる?』

 

 少年の言葉に八木は難しい顔で分からんと一言に留めた。

 

『何分、海では陸と違ってZ化した海獣類が多くてな。生体や分布はあまり分かっていない。この化け物に付いても詳細は不明だ。ただ』

 

『ただ?』

 

『ゾンビ達やZ化した生物には何か共通項があるのかもしれん。そう、何か我々が見落としているような、な』

 

 ゴクリと三人が八木の言葉に息を呑んだ。

 

『……そ、それよりも、さっきの追い掛けて来ませんか?』

 

 ヒューリが暗い話題を変えようとするも、やっぱりまずは身の安全が気になった様子で訊ねる。

 

『え、ええっと、周辺を船のスクリュー音の反射で探査して……』

 

 少年が先程の映像を虚空に再び出し、艦の現在位置と状況を映し出した。

 

『……今現在、5km四方には大型の何かがいるような音はしてないんですけど、そもそもさっきのは音がしないから相手の全体像が音の波の中で浮かび上がっただけで……本当に追跡してきてないかどうかは……』

 

『分からんという事か』

『済みません』

 

『いや、そもそもすぐに逃げ出せた事は行幸だった。それに深海に何かいたと分かれば、それだけでも収穫ではあるだろう。今の速度はどれくらいかな?』

 

『ええと、時速120kmくらいです』

 

『……やはり、我々からしたら、君達の技術は超技術なようだ』

 

 八木が苦笑して、その言葉に肩を竦めた。

 

 *

 

 急激な速度での航行。

 しかし、進路が一直線では何れ追い付かれてしまうかもしれない。

 

 八木は少しだけ進路を蛇行させつつ、音を出さないよう低速での航行を三人に提言した。

 

 別に海の事を知っているわけでもない三人はこれを承諾。

 

 一端浮上した後に一応積んでおいた通信設備で現状を護衛として予定航路を進んでいた二隻の護衛艦に伝えて、現在地から再び進路をどう取るかを教えてすぐに再び海中へと潜行。

 

 深い海の水底をゆっくりと進んでいく事となった。

 

『ディミスリル?』

 

 しばらくは四人固まって気晴らしに談笑でもしようという事になったのだが、少年達が話す内容に時折出て来る単語に八木が反応していた。

 

『僕が名付けた仮称なんですけど。魔力を通す鉱物。魔力親和性の高い鉱物の事です』

 

 少年がディミスリルのペレットを一つ外套から取り出して八木に渡す。

 

『これが……君達の技術に使う魔力とやらを通す鉱物、か……不思議な色合いをしているな』

 

『はい。僕がこの鉱物を発見して以来、色々と地表でも分布を調べていたんですけど、海の中はどうなっているのかなぁと……』

 

『つまり、君達のこの航海の目的の1つはこの鉱物の調査をする事なのだな?』

 

『はい』

 

『私に教えて良かったのかね? この船を海底を這わせるようにして進ませている理由なのだろう?』

 

『あはは……フィー隊長も後で教えるようにって言ってましたから』

 

 無論、それだけではない。

 

 ベルの魔導を延伸するディミスリル鉱脈のネットワーク化は基本的にあまり地表と離れていると効果が無いのだ。

 

 つまり、ディミスリル鉱脈が海底にあれば、少年の魔導は間接的に海すら渡って作用させる事が出来るのである。

 

 さすがにそこまでは教えぬものの。

 

 まぁ、いいかと少年は範囲こそ示さなかったが、海底には大量に埋蔵されている旨を報告する。

 

『これは貰っても構わないかね?』

 

『え? あ、はい。フィー隊長も日本への技術協力時には使ってもらう事にしてましたから。八木さんの祖国に付いたら纏まった量を提供させて貰います』

 

『そうか。では、御返ししよう』

『あ、いえ。ちょっと待って下さい』

 

 少年がポケットから魔力電池兼ビーコン。

 

 魔導延伸用のソレをネックレス状にして八木に差し出す。

 

『これは?』

 

『都市の守備隊の皆さんに渡してる魔力電池です。僕の魔導を受信する効果があって、もしもの時にはあまり遠くに行っていなければ、色々と役立つと思うので』

 

『いいのかね?』

 

『はい。これもディミスリル製です。協力内容の1つで技術協力時には色々と現物や情報も開示になると思いますから』

 

『ならば、ありがたく受け取っておこう』

 

 そうして五人はしばらく談笑した後。

 

 缶詰で食事を取って、常に船の操作は少年がしているので大丈夫という話を聞いてから各自の部屋に解散となった。

 

『ふぅ』

 

 一息吐いた少年は八木から時折飛んでいた鋭い指摘や疑問に上手く対応出来ていただろうかと顔芸の出来ない自分の性格に頬を掻いていた。

 

(でも、僕も聞かれた事で知りたい事がまだ沢山ある。何で地表のゾンビは人間のゾンビとカラスが殆どなのか。それなのに海獣が良くゾンビになる理由は? ゾンビに殺されたらゾンビになるはずなのに何処で海獣達はゾンビに殺されてるのか……)

 

 少年は今も脳裏で進む船体の位置を把握しながら、進む船体を管理しつつ、謎を己の中で書き出しておく。

 

(地表には5km四方の地下に1万t単位のディミスリルが……この海の下には数えきれない程広範囲に隙間なく大量に存在してる……きっと、全部繋がってるはずなんだ……本来、存在しない金属鉱脈やディミスリルや燃料資源の埋蔵も……)

 

 分からない事を考えても分からない。

 だが、想像する事は出来る。

 少年が微睡むように思案の淵に沈もうとした時。

 ふと、視線が焦点を取り戻し。

 

「?」

 

 そこにアップのシュピナーゼ・ガンガリオがいた。

 

「うわぁ?!」

 

 思わず飛び上がろうかという瞬間に少女が上から退いた。

 

「ベルはん。お暇?」

「シュ、シュピナさん。び、びっくりしました」

「そう?」

 

「は、はい。凄いですね。シュピナさんて……気配が無くて気付きませんでした」

 

「ウチ、何処にでも行けるんよ」

 

 少しだけ誇らしそうに少女が胸を逸らす。

 

「あ、約束のもの。出来てますよ」

「約束……着るもの?」

 

「はい。シュピナさんように締め付けない感じのものを用意しました」

 

 少年がそっと外套から一式の衣装を取り出す。

 

 内側はシルクの布。

 

 表側は重くないよう炭素を分子的に一繋がりにした布に樹脂を極薄で塗布した法衣と同じ色合いの衣装だった。

 

 スーツで培った技術で極力締め付けないようにゆったりとした造りにして、綿密に相手の体形に合わせた衣装は袖も広く布地の面積も大きいが衣服らしい重さを感じさせない羽毛のような軽さを実現していた。

 

 基本的には着包みのように後ろから着て、首筋まで背中のファスナーを上げるタイプであり、そこはスーツと似ているかもしれない。

 

「これ、ウチの?」

 

「はい。シュピナさんが下着を脱いでも大丈夫なようにしました。あ、靴もあって締め付けないようにサンダルにしました」

 

「……着てええのん?」

「はい」

 

 少年が頷いてまだ目をパチクリさせている少女に衣装とサンダルを私て部屋の外に出る。

 

「着替えたら呼んで下さい」

「……うん」

 

 少年が扉を閉めてから一分程して、コンコンと内部から音がして、扉を開ければ、シュピナがおずおずとした様子で少年に何か言い難そうにしていた。

 

「どうしたんですか?」

「背中、一人じゃ閉められんよ?」

 

「ぇ……あ、す、すみません。確かに一人で着るのは何か専用の器具が必要かもしれません。今、スーツのファスナーを上げる棒を」

 

 扉の内部に入って閉め、すぐにスーツ着用時に使用する道具を出そうとするも、その手が止められた。

 

「上げて?」

 

 ちょっとだけ、恥ずかしそうにしながら少女が後ろを向く。

 

 その瞬間、少年の目に飛び込んできたのはその白い背筋だった。

 

 尾てい骨の辺りまであるファスナーは全然締められていない。

 

 手が届かないという事は無いのだろうが、何か金属に触れるのを恐々としている様子であった。

 

 赤くなった少年だったが、グッと己の内心を飲み下し。

 

「わ、分かりました。あ、上げます、ね?」

「うん。ウチ、してもらうのは好きよ?」

 

 僅かな笑顔。

 しかし、今までで一番良い笑顔だったかもしれず。

 

 頬が染めながら、少年はジッパーをゆっくりと引き上げ、シュピナはそうして初めて衣服に身を包んだ。

 

 背後を少しだけ気にしてから少年の方を向いた彼女が自分を見つめてから小首を傾げる。

 

「ウチ、似合うてる?」

「は、はい!! とっても!!」

 

 法衣が衣服の上に羽織られた。

 

 誂たように手足以外は出ていないゆったりとした造りは普通ならば、ダボ付いた野暮ったいものに見えるかもしれないが、身体を締め付けないギリギリのラインで精密に体形を把握して作られている為、布地の面積は身体のラインこそ出ていないが、細い肢体が良く分かるだろう。

 

 袖口には薄い金色の輪が嵌っており、関節の各部位は紐で緩さを調節出来るようになっていた。

 

 パット見れば、囚人が着る拘束用の衣服かとも思えるかもしれないが、膨らんだ生地はどちらかと言えば、道化師のような印象にも見えるかもしれない。

 

「ぅ、でも、僕にもっとこう絵心的なものがあれば……や、やっぱり、もう少し手を加えた方がいいかもしれません」

 

 衣服に詳しくない少年がちょっと手を出して布地に触れようとするが、それをスッと身を引いて少女が避けた。

 

「あ、あの? シュピナさん?」

「ふふ、これでええよ」

 

 クルッと一回りして、少女がベルの手に手を重ねる。

 

「その、いいんですか?」

「うん。ウチ、これがええの」

「……解りました」

 

 少年が頷くと少女もまた嬉しそうにして船室の寝台にポスッと座り込む。

 

「ベルはん。凄いんやね」

「す、凄くはないです!? ぼ、僕は―――」

 

 いつもの向上を言おうとしたものの。

 

 その手が引かれて、思わず少年が寝台に座る少女の膝に頭部をダイブさせる。

 

「ベルはんは……きっと、こういうのが向いてはるんやね」

 

「そう、でしょうか?」

 

 起き上がろうとしたが、少年の身体には力が入らなかった。

 

「ウチ、楽しいのが好きよ。ベルはんは楽しい人よ? だから、一緒に楽しそうな処に行かへん?」

 

「楽しいところ、ですか?」

「ダメ?」

 

 少年が少しだけ考えてから、身を起して、ペコリと頭を下げる。

 

「ごめんなさい。今は僕がいないと皆が困るんです。忙しくなくなったら、絶対行きましょう!! だから、また……また、来てくれますか?」

 

 その言葉に法衣の少女はフワリと寝台から立ち上がって、コクリと頷く。

 

「また……また……そんな風にするの初めてかもしれへんね……ベルはん……」

 

 スッとその手が少年の頬に触れた。

 

「ウチとまた……会うてくれはる?」

「勿論です。だって、シュピナさんは友達ですから」

 

「―――ふふ、うん。ウチとベルはんは友達……お父様が言うてた……友達は大切にしなさい、って……目ぇ瞑って?」

 

「は、はい。こう、ですか?」

 

 少年が言われた通りにすると。

 

 少女はゆっくりと顔を近付けて、瞳を細め、その朱い舌をチラリと出すと。

 

「……お呪い」

 

 目とそっと閉じ……その先ですっと左右に少年の唇をなぞった。

 

「ん?!」

 

 思わず少年が驚いて後ろに下がる。

 それを面白そうに見て、少女は耳元に唇を寄せた。

 

「ベルはんがずっとずぅっと……健やかでありますように……」

 

「シュピナさん……」

「また、な? ベルはん♪」

「は、はい!!」

 

 少女が虚空に融けるように消えていく。

 最後に目元が消える瞬間、確かに少女は微笑んでいた。

 

「………」

 

 それからしばらく。

 少年はボウッとしていた。

 コンコン。

 

「?!!?」

 

 ビクッとようやく我に返った少年が思わずオドオドしてから、何とか『ど、どうぞ』の声を絞り出す。

 

「あ、ベルさん。お食事は終わりましたけど、夜のお話をですね……そう、だったんですか?」

 

「え?」

 

 ヒューリが何故か感激で目をウルウルさせていた。

 

「ようやく。ようやくベルさんにも良さが分かってきたんですね!!」

 

「え、え? あの、何の話、ですか?」

 

「隠さなくてもいいんですよ。そこに転がっているものを見れば分かります」

 

 ヒューリが指差した先。

 

「―――!!!?」

 

 少年が固まった。

 

 床には……シュピナーゼの下着が上も下も落ちていた。

 

「うぅ、ベルさん!! これからは一緒にカワイイ下着や、そ、その……ベルさんが着るような下着、付けましょうね!! 見せ合いっこもしましょう!! ベルさんが自分で新しい下着を買っているなんて、ちょっと感激で。うぅ……ハッ!? ハルティーナさんにも今、この感動を一緒に味わってもらうというのは―――」

 

「ま、待ってください!? ヒューリさん!? こ、これは僕の下着じゃ!!?」

 

「うぅ、ベルさんカワイイカワイイカワイイ―――」

 

 感激で前が見えない猪突猛進系カワイイ大好き乙女の胸に抱いてスリスリする攻撃を前に少年は色々と気が遠くなっていくのだった。

 

 だって、後方の扉の前でやっぱり少年に用があったのだろうハルティーナがやって来ていて、現場を目撃し、下着を床に見て、ボシュッと何かを勘違いしたような湯気を頭部から上げ、プルプルしながら目をグルグルと回し始めたからだ。

 

 その夜、少年の部屋の扉は閉められたが、中から姦しい少女達の声と少年の『ち、違うんです!?』の声が響いたり、響かなかったりしつつ、時間は矢の如く更けていくのだった。


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