ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
「結城陸将。お待ちしていました」
「村升事務次官。神谷君とそちらは確か」
「
「よろしく頼む」
村升の宿泊するスイートルーム内。
呼び出された八木と神谷は今現在、自衛隊側の陸自部隊を束ねる最高責任者の登場に敬礼していた。
「ああ、楽にしてくれ。これから我々は言わば、運命共同体とも言うべき間柄でこの件に対応せねばならん。それに私は世間で言われている程、強面なつもりはないよ。“皆殺しの結城”で結構さ。はは」
結城幸谷。
頭を坊主にした64歳の初老の男は体付きも細く。
色覚異常を伴う眼球の変質で今は黒いサングラスを着用している。
ハッキリと言えば、自衛隊の制服を着ていなければ、彼は何処かの病院で点滴でも受けていそうな病人的な印象だった。
だが、その口から出たフレンドリーなんだか自虐なんだか分からない言葉に八木も神谷もどう反応してよいのか分からないという顔となった。
「陸将。その辺で……貴方のソレは初対面や部下に対しては適切じゃないですよ。いや、本当に……」
「ああ、そうですか。そうですな。取り敢えず、まずは報告を聞きましょうか。なぁ?
「ハッ」
結城の後ろにいる顔の唇から顎に掛けて引き裂かれたような跡を持つ40代の強面のカマキリのような痩せぎすの男が応じる。
「彼は
「ああ、陸将が連れて来て下さったのですか」
「いや、彼とは連隊長時代の上司と部下でね。まぁ、まずは報告書だ。皆で今後の対応を検討しよう」
座った結城の横でファイルを持っていた朽木が次々に資料を出して全員の前に並べていく。
「まずは軽くご一読下さい」
数分の精読後。
結城以外の誰の顔にもやはり驚きが浮かんでいた。
「これが本当ならば、彼らの技術力は我々の遥か上なのだろうな」
村升が大きく溜息を吐いた。
「これ証人喚問とかで国会に報告出来る内容じゃないな……」
神谷がポツリと呟く。
「空間を超えて物質を取り出し、一瞬にして陣地を構築。重火器も即座に展開し、数十秒で防衛態勢が整う……陸の事には詳しくありませんが、この異常さは自分にも分かります」
八木が報告書の感想を語る。
「で、村升事務次官。本音で結構なのだが、国家安全保障会議の方は何と?」
「検討中……だが、恐らく」
結城の言葉に村升が真剣な瞳になる。
「米国とは別の道を征く、か」
「ええ、そうなるでしょう。残念だが、米国にはこの10年以上に渡って信頼が無い。ゾンビの発生に関する事も日本政府には自然発生としか説明されていない。政府としては米国に国土を租借させている手前、ある程度の突き放した政策は可能だとの判断基準がある」
「善導騎士団。彼らと手を組んで米国と距離を置けると?」
結城の言葉に村升が頷く。
「今回のこの情報を送れば、ほぼ間違いなくそうなるでしょうな」
「では、更に補強する情報を出そう。朽木」
「はい。陸将」
ファイル内から更に資料が追加で出され配られる。
「これは……なッ?!」
「UAVがようやく撮って来た情報です」
結城の言葉に村升及び八木も神谷も驚き。
愕然としていた。
「これを北部に行っていた短期間で造ったと……?」
村升が朽木に視線を向ける。
「UAVからの情報を見るにコレが北部のサンフランシスコである事は明白です。そして、大量のゾンビの遺骸と処理中らしい車両。特にこの巨大な大量の穴に関しては実際に数百m下にまで掘り抜かれている事が映像から確認されました」
「つまり、彼らは短期間でこれほどの大要塞を築き上げ、莫大なZを撃滅した?」
「神谷一尉の部隊が遭遇した大規模なゾンビの群れに関して北部に向かっていた事は報告されているかと思いますが、恐らく近年問題になっている都市への局所的な集中と崩壊があの都市でも起こっていたと仮定するべきです」
「それを善導騎士団が防ぎ切ったのか……何という……」
村升が推定されたゾンビの数に天を仰いだ。
「13000人程の都市が数百万。もしくは一千万に届くかもしれないゾンビを……にわかには信じられん」
八木も神谷もゾンビとの実戦経験を経ている。
少なからず、あんなのを百万単位で撃滅するなど正気の沙汰では無い事は彼らにも実感として理解出来ていた。
「彼らの持つ魔法。いえ、魔術は恐るべき代物だと言えます。事実、彼らは重火器を用いていながら、その殆どの弾丸を外すことなく。効率的に敵頭部へ叩き込んで沈黙させている」
朽木が再び資料を配る。
それには全員が使う重火器の原型と改良されたらしい重火器の映像から推測された情報が出ていた。
もう笑うしかない。
数百m先の敵にサブマシンガンの弾が必ず命中し、頭部を破壊しているとしか考えられないという解析結果は……自衛隊がもしも相手になれば、あらゆる重火器で射程外、遠距離から一方的に打ち倒される事を意味していた。
「Zの物量を技術によって殲滅。従来の重火器の射程を飛躍的に高め、効率的にZを駆逐する手際……そして、それを支える莫大な物資の生産に建設技術……」
朽木が資料の内容がそもそも荒唐無稽である旨を告げる。
「ハッキリと申し上げて、我々にも米軍にも正面戦闘ならという但し書き付きですが、恐らく彼らを押し留められる部隊は存在しません。勝っているのは兵員の数や先端兵器の保有数くらいなものでしょう」
その言葉に重い沈黙が降りる。
「たった数分で樹木を育たせ、食料を再生産するとなれば、彼らは都市規模の領土さえあれば、ほぼ確実に外部からの包囲では倒せない。兵員の差は技術と質でカバーする戦術を取っていると考えれば……」
「怒らせていい相手ではない、か」
村升が瞳を細めて、資料を更に読み込んでいく。
「超技術カルト教団。当初はそう言われていたようですが、昨日の事で今はナイツと呼ばれているようです」
「正しく、救国の英雄。弱きを助け、強きを挫く騎士様という事か」
「ニュアンス的には」
村升に朽木が頷く。
「彼らに対する監視もあちらは全て把握しているどころか。隠れて遠方から見ていてすら、全て筒抜けでした」
「報告は受けているが、空から睥睨されていたとか?」
「ええ、虚空に浮かぶ十代の少女にゴミを見るような視線で睨まれて、米軍の方も潜入は諦めて帰っていったと。これ以上刺激すると関係の悪化は必死だと班員が零していましたよ」
村升に視線が集まる。
「内閣ひいては大臣と総理が信じるかどうか……」
「【MU人材】に付いて知っているのならば、可能なのでは?」
朽木が首を傾げる。
「陸将は知っているが、君達にも教えておく。国内での彼らに付いての政府関係者の殆どの見解は“些細な超能力が使える一般人”だ」
村升が溜息を吐く。
「私は前々から彼らに付いては大きな可能性を感じていた。だから、秘密裏にこの国難に際して接触し、国外からも受け入れてきた。だが、殆どの与党幹部からすれば、確実かどうかも分からない些細な超能力などに予算を割くよりは真っ当な国防力を育てる方が重要なのだ」
村升の言葉に結城が笑い始めた。
「それはそうかもしれませんが、陰陽自衛隊の創設を推進する“魔法使い派”の言葉とも思えませんな」
初めて聞く言葉に神谷と八木が村升に顔を向ける。
「ようやく“使える”と言われ始めたのは三年前の上海への橋頭堡確保の為の強襲上陸戦において“彼女”が撤退時に奮戦して以降の事だ。まだ、認知度も低ければ、予算も殆ど割かれていない……」
村升がガリガリと頭を掻いた。
「八木一佐、神谷一尉。君達にも一応捕捉しておくが、今……日本の政界の保守派には2つの派閥がいる。それは超党派で保守系の人物達の間での区分だ。片方を“現実派”……もう片方を“魔法使い派”と呼ぶ」
「魔法使い派……ですか?」
八木の言葉に村升が自分でも笑ってしまう。
「陳腐だと思うかね?」
「い、いえ……」
「……3年前、君達も知る通り、自衛隊が中国大陸の状況を見る為に上海に橋頭堡を確保しようとした時、大規模な群れに襲われた。15万単位の敵に対して自衛隊は誘因を避けながら応戦したが、“自衛官には”22人もの死者が出た」
八木と神谷にもその事件は印象深いものだった。
直接的には関わっていなかったが、当時自衛隊内ではその話で持ち切りだったので自衛官の誰もがあの時の事は覚えているだろう。
「当時、国土奪還計画の一環である橋頭堡確保には多数の外国人義勇兵が募られた。私は自衛隊内部に結城陸将と共に創設していた実験部隊……俗に関係者からは陰陽部隊と呼ばれたそこに国外から来た彼らを招き入れ、現地に送った」
「確か……英雄的に戦った女性が部隊の撤退を完遂させたと」
八木が当時の事を思い出しながら、そう語る。
報道でも取り沙汰されていた件なのだ。
「ああ、その情報の殆どは隠蔽されたが、彼女は1人で40万規模の群れを数日掛けて単なる素手で屠った。彼女の言葉を借りれば、魔法を使うまでも無かった、という事になるか」
「素手?」
神谷が物凄く微妙な顔で思わず聞き返す。
「ああ、素手だよ。素手……不謹慎な事に……当時、思わず笑っちまった。彼女はゾンビ共を縊り殺したのさ。外国人義勇兵部隊の一部200名が後退の遅れで背後で食われている間、最前線で一人……たった一人で……」
ゴクリと思わず二人が村升の声に唾を呑み込む。
「その後、その情報を知った与党と保守派の政党幹部の一部は【MU人材】に金を出して部隊化出来ないか。そう模索し始めた」
「それが“魔法使い派”ですか?」
八木に村升が頷く。
「そうだ。そして、ようやくそれが形になったのが、君達も噂を聞いているだろう陰陽自衛隊……陸自、空自、海自に続く第四の自衛隊。陰陽自なわけだ」
その場に沈黙が広がる。
「彼ら善導騎士団は……言わば、我々が思い描くような陰陽自衛隊に必要な要素を全て持っている。それは殆ど我々からすれば、科学を無視した代物だ。しかし、確実に存在し、彼らはそれを技術と呼んでいる」
村升の言葉にようやく八木も神谷も何を言われているのか理解する。
「彼らから学べと?」
「技術導入……米国と対立しても手に入れたいものですか? 村升事務次官」
2人の言葉に村升が躊躇したものの、頷いた。
「そもそもゾンビすら科学の手に余っている現状だ。我々は正しく漫画かアニメの世界に迷い込んだ哀れな現実世界の役人と軍人。なら、彼らが異世界と呼ぶこの奇妙な世界で別にソレを志向しても構わんだろう」
村升が要塞を見て、まるで世界の終焉を戦う為の城じゃないか、なんて己のファンタジーな思考を自嘲しながら彼らを見つめる。
「もう後は無いのだ。逃げ場所は何処にも……」
「左様。ならばこそ、陰陽自衛隊の創設と実戦配備は我が国にとって喫緊の課題であり、急務だ。しかし、それを快く思わない国内企業や政府の役人、自衛隊内部の勢力との軋轢も大きい」
結城が現在の状況を軽く八木と神谷に説明する。
「魔法を使う部隊に旧来の兵器や装備、軍人は必要ないから、ですか?」
八木の言葉に結城が頷く。
「彼らにしてみれば、得たいの知れない技術を用いる集団が突如として防衛産業に組み込まれるという事になるのだ。驚きもするだろう。そもそも陰陽自衛隊の実力は未だ少し便利な陸上戦力程度だ」
「実際にはどの程度なのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
神谷の言葉に結城が頷く。
「炎や水を自力で出すとか。ちょっとした塹壕を重機も使わずも掘るとか。敵を遠距離から察知するとか。少し銃の威力を上げるとか。それも個人の資質によって出来る事に酷く差があり、部隊には斑がある」
「それでは殆ど差別化出来る程では……」
「そうだ。規格統一から最も遠い状況だ。だから、今もMU人材の外部団体に技術の体系化や効率化などを研究して貰っている」
結城が朽木に手を出せば、ファイルから更に数枚の資料が出された。
「今現在、MU人材の国内団体は全て陰陽自衛隊の外郭団体としての参加を表明している。陸自の基地内で色々と進めさせているが、彼らの国内総人口は外国からの受け入れ分を含めても30万人」
つまり、それは魔法使いが30万人は国内にいるということだが、それにしても人口比で見れば、日本の中堅都市1つ分程度という事でしかない。
「その内で戦えそうな15歳から40歳の成人男子及び女子は5万人。更にその中から陸自に入ってくれた25歳までの若者が1万人」
次々に出て来る情報に創設までもう殆ど秒読みなのだろうことが八木や神谷にも理解出来た。
「そして、その中で使い物になるレベルの魔法を持つのが8000人。此処での魔法との呼称は正確には彼らの技術的な名称ではないが、考慮しないものとする。そして、その中から選抜した“彼女”が戦いに向いていると選んだ者が3000人……この3000人が基幹部隊となる」
資料の中にはその3000人が駐屯するらしい場所が記されていた。
「今現在、富士演習場と市ヶ谷で其々に彼らには技術開発と現場での戦い方を模索して貰っている最中だ。その彼らの手本として……本音を言えば、彼ら善導騎士団を私は招いてみたいと思っている」
結城の言葉に村升が頷く。
「黙示録の四騎士……奴らによって現在、我が国の離島及び台湾は危機的な状況に陥っている。“彼女”も彼らには勝てないと自ら言っている。もしも台湾が落ちれば、続いて沖縄、五島列島、そして九州までもゾンビで溢れ返る事になるだろう……もはや猶予はそう残されてない」
結城が今の祖国の現状にフゥと息を吐く。
「今、沿岸部の要塞化が完了している九州地域は極一部。東京湾から千葉、静岡に掛けては何とか防備を整えたが、それだけだ……海獣類のZ化による被害で大西洋では壮絶な激戦が今も繰り広げられている。英国が落ちれば、次は太平洋……使えるものは全て使わねばならない」
村升が八木と神谷に視線を向ける。
「我々は内閣と政府に可能な限り働き掛ける所存だが、恐らく動きは鈍いものとなるだろう。それに先行して君達にはとある任務を遂行して貰いたい」
「任務、でありますか?」
八木に村升が頷く。
「まずは我が国が誠意を見せるべきだろう。外務省からその筋のスペシャリストを数名運んで来ている。彼らと共に善導騎士団との友好関係を築いて欲しい」
「つまり、助けられた我々が彼らに然るべき方法で接触せよと?」
「
「分かりました」
「命令書は明日にも届けさせる。頼むぞ……八木1佐、神谷1尉……彼らが我々と対等に付き合う覚悟を決めたなら、我々も彼らを対等な人間として扱おう」
八木がその言葉に僅かながらも内心で安堵する。
彼もフィクシーの言葉は報告書と映像で見ていた。
厳しくも昔堅気で他者との付き合い方を弁え、悪には断固たる姿勢で向かう。
それは正しく日本人がよく使う華道や茶道などのような概念的な“道”……この場合は騎士道というものに通じているようにも見受けられる。
それが異世界ものだとしても、理解は可能だったのだ。
ならば、彼ら自衛隊とて己の道を征く“自衛隊道”とも呼べるだろうものを少なからず持ち合わせている。
その精神性の共通項は今後付き合っていく上で彼らには重要なものとなるに違いなかった。
「彼らとの付き合いがもしかしたら敵対や争いの道に続いているとしても、日本は戦争を放棄すると謳った世界で唯一の国家だ。その際たる矛盾と言われて久しい我々がまず手を差し出すべきなのは明白だろう」
結城が村升の言葉を面白そうに微笑んで視ていた。
「米国のように銃を突き付けてからの交渉は我々の流儀ではない。日本人のオモテナシの心と自衛隊の本領、人々と共に歩める姿勢を見せてやれ」
「「はッ!! 了解であります」」
敬礼した二人を見つめながら、結城はチラリと朽木に視線をやる。
彼はそれに何も言わず。
その瞳は一枚の写真を今も眺めている。
「………」
それは善導騎士団のマークが入った鎧を着た少年少女。
小さく小さく運命の波が立ち始めた事を部下と上司は静かに感じていた。