ごパン戦争[完結]+番外編[連載中] 作:Anacletus
ヒューリ印の野菜が売れ筋商品として都市を席巻して数日。
需要に供給が追い付いた後。
1つ問題になった事がある。
簡単に言うと誰もが味付けに飽きた。
焼き野菜、蒸し野菜に塩。
後はハンター達が持って来る缶詰と輸入された穀物類(米と麦)いうのが普通の食卓であるが、それにしてもそろそろ真面目に多種類の野菜をどうにか更に美味しく頂きたい。
民間需要というのは量のみならず質や種類でも際限なく膨張するというのは正しく往年の食卓が僅かながらも戻りつつあった都市に起こった回顧ブームそのものに違いなかった。
『ぁ~~複雑な香りの料理が喰いたいんじゃぁ~~(ゾンビ顔)』
『く、焼き野菜焼き野菜焼き野菜!! どうにかならないんか!?』
『ハッ?! もしかしたら、あのカルト連中がどうにかしてくれるかも!!?』
『超技術カルトだからな。北部都市を傘下に収めたって噂もある』
『自衛隊と腰抜け共が上手いレーション食ってオレ達は焼き野菜……』
『そういや商工会がカルト連中が香辛料や樹木で出来るようなもんを生産出来ないか掛け合うって話が―――』
『『『それだ!!』』』
需要の高まりを感じた商工会の店主達は怪しげな超技術カルト教団。
善導騎士団本部に会合の場を設けて欲しい旨を打診。
最終的にヒューリ達には商工会が大切に守って来ていた様々な植物の種などが持ち込まれ、生産出来たなら量産をお願いしたいという旨の話が舞い込んだ。
フィクシーは確約は出来ないがと前置きしつつ、これを承諾。
更に騎士団が使う一角の横にある別の無人区画を使わせて貰えるよう市庁舎側に掛け合い、1か月後辺りを目途にして試験的に行う計画を立て、商工会側と合意する事になった。
「良かったんですか? 引き受けちゃって?」
商工会側が基地の応接室から帰った後。
少年がフィクシーに訊ねる。
「我々も経済基盤が出来て来たとはいえ、ベルの資材ばかりに資金源を頼るわけにもいかないだろう。超格安で卸しているせいで野菜の単価と儲けもそうあるわけでもないしな」
「ええと、多少単価の高い香辛料なんかを売りたいって事でいいでしょうか?」
「その通りだ。殆どは草や樹の類だからな。魔術師として魔力形質のある植物、触媒の栽培は必須項目。特に女の大魔術師にとっては嫁入り修行並みの重要項目だ。結社生まれの私にしてみれば、勝手知ったる何とやらと言える」
アフィスとヒューリとクローディオが畑へ収穫に行っている間にも決まった出来事であったが、少年は上司のやる気を感じていた。
ソファーと執務机と書棚。
平均的な事務的な話をする応接室。
内装の壁紙は地味な花柄で多少華やかな室内には飲み干された後のカップと多種類の植物の種が巨大な麻袋で置かれている。
それの取り扱い説明書らしき資料が数十枚袋には紐で括りつけられており、商工会側の本気も見て取れた。
「お前の魔導とこの世界の知識と私の経験で大量安価に卸せば、野菜よりは儲けも出るだろう。基本的に魔術の触媒程の高品質を求められているわけでもない」
「じゃあ、さっそく?」
「丁度、見習い達も畑に出ている。収穫中に資料を見てから軽くやってみよう」
「了解しました」
2人が共に頷いた。
*
―――自衛隊監視班の日誌○月×日。
我々S班が監視任務に就いて××日経過。
善導騎士団本部に3mの塀……更に壁が立てられてからの数日、小型ドローンによる望遠偵察を行っているが、見るからにオカシな光景が広がっている。
畑だ。
一面の畑でまだ十代前半の子供に見える少年少女達がこの暑い時期だというのに外套を羽織り、農作業に精を出している。
最初こそ前述されたようなカルト教団による子供の労働搾取を疑っていたが、子供達自体の顔に陰りは見えない。
また、その引率者らしい男アフィス・カルトゥナーという如何にもな名前の男に付いてはS班の女性隊員による囮捜査が行われたが、同アフィス氏は口が羽毛のように軽い癖に何故か騎士団内部の事情に付いては固く口を閉ざして誤魔化すらしく。
酒場での情報収集は滞っている次第である。
『ねぇねぇ、アフィスさんは教団のお偉いさんなんでしょ~。教団てどんなところなの?』
『あはは、教団じゃなくて騎士団さ。僕らは善導騎士団♪』
『ヒューリ印のお野菜って美味しいよねぇ。私もファンなんだ♪』
『実はオレ、収穫責任者なんだよね!? いやぁ、もっと生産しなきゃだなぁ↑』
『一度でいいから収穫見てみたいなぁ? ねぇ、ダメ?』
『あははは、絶対ダメ……今度こそフィクシー大隊長に殺されるから↓』
『え~~ダメなの~~?』
『してあげたいけどダメなの!? オレ、まだ死にたくないの!?』
ただ、羽振りは良さげであり、少々の高級な洋酒と上等なツマミを肴にホステス達と毎晩のように“お話”に興じている為、あちらも情報収集していると思われる。
基本的に善導騎士団の子供達には彼が現地語を教えているという情報を入手しており、今後は彼から時折零れて来る情報を頼りに動く事もあるだろう。
話が逸れた。
とにかく事前の諜報活動においては極めて高い精度の超技術を持った市庁舎に取り入っているカルト教団である旨が報告されていたが、実質的には尾ひれが付いていた部分が大きく、実態とは掛け離れている個所が多々見受けられ、訂正が必要な部分もあるだろう。
ただ、超技術という点では実際に見ている側からすると基本的な物理の法則に反しているような面が確認された事から、事実である事は確定的であり、疑いようはない……恐らく本国の“彼ら”と同じだ。
『大根200本持っていって~~』
『はーい。人参は~?』
『そっちはウェーイさんがもう少し太らせろって~~』
『りょーかーい』
特にヒューリ印の野菜と呼ばれる生野菜の収穫現場は目を疑うばかりである。
肥料を入れて種を撒いて水を大量に与えて数時間後には収穫というスパンで常に大量の野菜が畑から産出している。
おかしな表現と思うだろうが、実際にそう呼びたくなるのは仕方ない。
実際、芋類が一日で植え付けから収穫まで行われているのだ。
野菜もまるでお伽噺に出て来る魔法の豆の樹の如くである。
これらは既に映像で報告されているが、ロス全域の食料供給事情が数日で劇的に変化した事からも間違いない事実である。
『おじさーん。ヒューリ印のお野菜あるかしら?』
『あるよあるよ~~』
『ねぇ、このお野菜が採れるところ見た事ある?』
『ん~~ないかなぁ~』
『凄い広い畑がきっとあるのね』
『いや、畑は数ヘクタールも無いって話だったが……』
『へぇ~~( 一一)』
穀物類こそトウモロコシを主軸にしているようだが、それが1日で実を成らせて収穫されて、農業残渣が土に埋められ、今度は別の作物がすぐにニョッキリ伸びて来る、などという場面は正しく我々の農業とは掛け離れた代物だ。
彼らがどのような原理を用いているのかは具体的に分からないが、解析に回された野菜からは一切怪しい物質が検知されず、本国へ輸送されて更なる解析が行われる予定である。
「班長。何やら動きがあるようです。善導騎士団の実質的指導者と目されるフィクシー・サンクレットを確認しました。横には目標UM-01の姿もあるようです」
―――ロスの自衛隊が借り上げているビルの一角。
望遠レンズを搭載した小型ドローンからの映像が映し出されている。
米国由来のシステムを搭載した現在のソレは正しくしっかりとしたカメラで撮っているような高精度な映像を得られる代物でディスプレイ前でずっと見ていた監視班達の数名がゾロゾロその1つに集まって来ていた。
「あの麻袋は……どうやら新しい種のようだな」
「先程、商工会議所の人物達が出入りしていましたから、恐らく新しい作物の試験的な栽培を行おうとしているのでは?」
デスクに座った若年の男に班長と呼ばれた40代の男が頷いた。
「どうやら、そのようだ。新しい種を植えているのか……」
映像の中では子供達に種が渡され、次々に畑に植えられていく。
すると、数秒で芽が出たかと思うと即座に伸びて背丈が30から60cm程までに成長した。
「もはや魔法だな……」
「いつもよりも成長速度が早い。もしかしたら、あちらは成長速度を調整出来るのかもしれませんね」
「かもしれん。アレは……ハーブの類か?」
「どうやらローズマリーにバジル、もしかしてアレってバニラ? 他にも色々と有名なハーブが混じっているようですね。ああ、やっぱりまずは種を採取するみたい。量産用ですかね」
後ろから覗き込んでいた女性隊員が料理の知識から少年少女達のハーブ園(即席)を見て所々のハーブに対して解説を入れる。
「種を収穫して即座に再生産……もしも芥子や麻が収穫されれば、恐ろしい勢いで増えるのだろうな」
「「「「「「「………(´Д`)」」」」」」」
班長の言葉に思ってもみなかったというように班員達が黙り込んだ。
「……今のところは合法みたいですけど」
「まぁ、な」
班員の呟きにそう返して。
班長が映像を再び覗き込めば。
今度は畑の壁際に大量に肥料と水をジャブジャブと撒いている様子。
そこに少年が出て来て、何か種を植えてから離れる。
すると今度は芽が出てから1分程もソレが大きくなるまでに掛かった。
まるでCGでも見ているような信じられない光景。
「樹が出来た?! さすがにコレは……」
「これオリーブみたいですね。あ、実とか葉を収穫してますよ……オリーブって凄い育ち難くて其々が一品種なんて話があるんですが、彼らには……関係ないみたいですね」
料理好きな班員が梯子が持って来られて、次々にもう成っている実や葉が収穫されていく様子を見て解説を入れ始める。
「今度は市場にオリーブ油と実と葉が出回るのか……」
もう付き合い切れんという顔をする班長及び班員達。
しかし、少年少女達の非常識は留まる事を知らず。
次々に畑の壁際に水と土と肥料が運び込まれて樹木が次々に伸ばされ始めた。
最初のオリーブを皮切りにしてレモンやバナナ、カカオ、ココナッツ。
南国や熱い地域の樹木が基地を取り囲むようにして生やされていき。
最後にはその収穫で忙しい子供達がその成果物を堪能して、楽しそうに宴会染みた状況となっていく。
「……お伽噺の子供の国。あるいは魔法の国と言ったところか」
「何か楽しそうですね。彼ら……」
「対象に感情移入するな。鉄則だ」
「はい……」
彼らの前では騎士団の見習い達が収穫した果実などを保存する為に枝に干したり、建物に運び込んだり、その場で出た残渣をまた畑に戻したりと忙しく楽しそうにしていた。
それが実際には命を掛けた訓練の前に英気を養わせようというフィクシーの計らいであった、なんて彼らは思ってもいないだろう。
そして、翌日。
魔導と魔術でザックリと乾燥させたカカオ、ココナッツ、オリーブの葉、乾燥した香辛料各種が市場に出回り、更にはバナナや青いレモン、オリーブ油までも市場に少量ではあったが、それなりの量が行き渡る事になる。
『奥さ~~ん!! 大ニュース!! 大ニュース!!』
『あら、どうしたんですの?』
『いやぁ、オリーブ油や実、葉が入荷されてね!!』
『まぁ!? 本当に!?』
『おうよ!! 超技術カルト様々だぜ!!』
『あ、あっちの商店にはバナナとココナッツ?!! どうなってるの!?』
『はは、本当にどうなってんだろうなぁ(汗)』
ヒューリ印の野菜の知名度は一気に上がり、都市内部では今ではもう食べられないと思っていた食材の投下で人々は久しぶりに料理というものを思い出した。
各家庭では僅かながらも出回った食材を買い込み、この十年近くで生まれた子供達が初めて食べる生の甘味や食材の味に目を丸くする事となる。
『ママ!! これ凄く甘くておいしいよ!?』
『ココナッツっていうのよ?』
『知ってる!! 凄く貴重な缶詰でしょ!!?』
『あはは、ソレ缶詰じゃないのよ』
『え~~? ココナッツって樹に缶詰が生えてるんじゃないの?』
『(……育て方間違えたかしら?)』
『ママ?』
『な、何でもないのよ?! 何でも……うふふ』
結果として大いに人々の顔には活気が戻り、そのお零れに預かった自衛隊や米軍の一部士官などもようやく都市に居を構える超技術カルト教団、善導騎士団の魔法の食材を前に相手の大きさを脳裏で膨らませるのだった。
「あ、これ……その……子供達と良ければ……」
その夜。
ヒューリが初めて善導騎士団の代表としてすぐ傍の教会の孤児院を訪れ、お隣さんへの御裾分けだと言い訳しながら、顔見知りもいる元ストリート・チルドレンや孤児達にトラック一台分の贈り物をした。
『すっげー!? この果物、図鑑で見た事ある!!』
『ヒューリ印だぁ~~~♪』
『(やっぱ、ねーちゃんて聖女様だよな)』
『(オレ、大きく成ったらねーちゃんに告白するんだ)』
『(あんたらフソンよ。お姉ちゃーんは忙しいんだから!!)』
果物や香辛料の箱を騎士団の教導官達に積み下ろして貰った後。
すぐ恥ずかしそうに頭を下げて去っていく背中を見た子供達は自分とそう変わらない歳の騎士団の外套を見て……一つの決意を固める事となる。
いつでも子供は大人の背中を見て育つ生き物であり、それは異世界だろうと何一つ変わらない人間の習性であった。