ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

611 / 631
第57話「新たなる力」

 ヒューリ印の野菜が再び市場に格安で卸されるようになった翌日。

 

 今現在は米軍の海兵隊やら日本の自衛隊やらが現地での物資調達にウロウロしている最中を複数のトラックが走っていた。

 

 騎士団本部にするはずだった区画内で数十人の子供達。

 

 騎士見習いの男女が入って来たトラックから次々に荷下ろしされる家具やら必要物資やらを見て、目を丸くする。

 

「お~い(・ω・)ノ。お前ら、自分の部屋へ其処に置かれたのを自分で運び込め~~。後、備品班、清掃班、食料班はそれが終わったら各自の持ち場で使用する場所に備品を補充、清掃、畑で種蒔きと収穫だぁ!!」

 

 トラックの最後尾に乗って来て窓から身を乗り出していたのはアフィス・カルトゥナー独身22歳であった。

 

 引率の教師役か何か。

 

 そう思える程に彼は意外な事に生徒役な見習い達を見事に統率していた。

 

 というのも、元々面倒見が良く。

 

 誰とでも打ち解けるのが早い彼が強面な訓練教官役の教導隊の隊員とは違って、身近なナヨナヨしたおにーさん役となった事で人気を集めたからだ。

 

 生活力も結構あった彼が最初に行ったのは現地語で次々に市庁舎とその周辺と市場の店主に挨拶周りをする事であり、善導騎士団のいきなり消えて数十人に増えて戻って来た相手を見た多くが『まさか?! 何処かでカルト宗教的に子供達を狂信者として養育する為に浚ってきたのでは!!?』という畏れを抱いたのも束の間。

 

 あ、やっぱ気のせいだったわ。

 何だあのえらくウェーイな兄ちゃん?

 という感じの感想に変化した。

 ベル達が到着するまでの数日。

 

 実は米軍や自衛隊からの接触もあったが、アフィスはそれが女性軍人であったとしてもグッと我慢して紳士な笑みでNG対応。

 

 最終的にフィクシー達が到着した時には多くの商店の主やらと友好関係を築き、金庫番であるヒューリから資金を調達して以降は各地の店から大量に物資を買い付ける役を買って出ていた。

 

 その第一陣は生活物資だ。

 

『あ、これ箪笥だ』

『これは……洗濯機?』

『積層魔力式じゃないんだって。電気らしいよ』

『どこの世界でもトイレの紙って同じ形してるのね』

『鉛筆や万年筆っぽいのも同じ形してる』

 

『あ、これ私服? でも、革製品みたい……後、女物無くない?』

 

 何よりもまずは見習い達に個室を与えて、そこを綺麗に清掃させつつ、自助自立させましょうねぇ~と学校染みて班を作らせ、本部内の機能を確立させ始めたアフィスであるが、仮にも騎士見習い達の節度や倫理や道徳は高く。

 

 ようやく落ち着いてきた様子で自分の部屋に入る事が出来た為、前日よりも更に生き生きとして業務に励む姿は正しく学校のようだ。

 

『あ、ウェーイせんせー♪』

『何だ。ウェーイか』

『でも、せんせーじゃないって言ってたよ?』

『でも、やってる事はそれだよな。いや、実際にさ』

 

 アフィスが戻って来て、見習い達に親しまれている様子を見た教導隊の指導官達は今はああいうのが受けるのかと微妙に複雑そうな顔だ。

 

 だが、事実としてアフィスの働きによって隊の雰囲気や士気が保たれている為、彼らは青年の“微妙に使えないヤツ”という評価を“戦闘以外では使えるヤツ”に変更した経緯がある。

 

『見習い連中の顔が変わったな』

 

『生き生きしてるのを絶望するまで虐めるのがオレ達の仕事だがな』

 

『だが、耐えられるように見習いのケアをするのも仕事の内ではある』

 

『ムードメーカーは必要だ』

『そうねぇ。あの坊やのおかげで随分と仕事が捗りそう……』

 

 こうして生活基盤が出来始めた善導騎士団本部であるが、何分広い。

 

 後、未だに施工業者が殆ど入っていなかった事も相まって打ちっ放しのコンクリート的な壁が剥き出しだ。

 

 しかし、すぐに彼らは知る事になる。

 その施設を半ば完成させていたフィクシー達の凄さというのを。

 

「ん?」

 

 トラックから降りて、見習い達に物資の搬入を急がせていたアフィスが騎士団の基地敷地内に突如として巨大なトレーラーが数台入って来た事に驚く。

 

「ちょちょちょ~~~ッ!? ど、どなた!? どなたデスカ!?」

 

 思わず片言になるアフィスが先頭車両が止まったので思わず駆け寄る。

 

 すると、ウィンドウが下がって、女性が一人出てきた。

 

「此処がベル君のハウスね」

「あ、あの~~どちら様ですか?」

 

「ああ、私達? 私達はベル君親衛―――ごほん。ベルさんと親しくさせて頂いた業者の者です。南部の要塞から帰って来たばかりなんですが、ベルさん達も帰って来たと聞いたので生活に必要な内装の施工や施設の配管やら配線やらお力添え出来ればと」

 

「あ、あの!? ちょ、ちょっと今手持ちが……」

 

 アフィスが慌てる。

 

 が、彼女……アマンダ・ウォン新人測量士22歳はソレを片手で制した。

 

「いいの!! それは要らないわ!! ベル君に貰ったものを少しでも返そうってだけだもの。ね? みんな」

 

「無論です!! ベル=サンからの恩は多大!!」

 

 黒人系な唇の厚い美女ナンシー・ハマーがトラックから出て来てグッと拳を握った。

 

「此処がベルきゅんのハウスね!!」

 

 マリア・モレンツ。

 金髪な独身33才が周囲を見渡して微笑む。

 

「き、君達は一体?!」

 

「「「わ、我ら!! ベル君親衛隊!!?」」」

 

 カッと桜吹雪が散ったような幻影をアフィスは見た気がした。

 

 ちょっと恥ずかしそうなマリア以外の二人が唱和する。

 

「ベルディクトの?! あいつ、親衛隊とか、う、羨まけしからん!?」

 

「とにかく。ベル君の為にもこの基地の内装は任せて!!」

 

「ベルきゅん達の為に沢山の業者の方に声を掛けたんですよ。皆さん快諾して下さいました!! ちゃんと、市庁舎の方からもお金は頂いてますから問題ありません」

 

「ベル=サンに恩返し!! これぞフロンティア・スピリットよ!!」

 

「マジかよ……」

 

 ドカドカと厳つい老若男女達が次々施設内へ入っていき、さっそく工事準備を始めるのを見て、アフィスが呆然とした。

 

 その日、フィクシー達が本部前のマンションに帰って来ると。

 基地内は既にトンカントンカン忙しく。

 

 何故か一緒になって言葉も分からないのに土建作業に従事する騎士見習い達を発見し、最後にはベルが加わって更に磨きが掛かった錬金術(ガチ)によって基地内部も在る程度は完成し、重火器なども屋上倉庫に搬入。

 

 基地全域がギラッギラのディミスリル皮膜合金製の爽やかな碧色な追加装甲板で覆われ、夜になる頃にはトレーラーでやってきた工事関係者と見習い達を巻き込んだ宴会へと発展。

 

 大量の野菜が振る舞われ。

 

 灯りの下、鍋を囲んで次の日の英気を養う事になったのだった。

 

 *

 

 色々とロス側での業務を再開した善導騎士団別動隊+騎士見習い達であったが、最終的には大半の業務の規模が極めて拡大した。

 

『アレ? 自分達は騎士見習いじゃなかったっけ?』

 

 そういう少年少女の疑問はすぐに忙しさで消え失せた。

 

 騎士団の基地内部の畑でローテーションを組んでの野菜収穫と供給。

 

 更にすぐに植えられて芽が出て数日もせずに収穫出来る何かヤバい品種改良されてるに違いないと言われた様々な野菜の種や種イモなどの販売。

 

 ついでにガンショップに超格安で次々に“普通の重火器”が大量に卸され、あちこちでバウンティーハンター達が大枚を叩いてベル特性の重そうに見えて重くないがやっぱりちょっと重いサブマシンガンとかを大量に買い込んでいた。

 

 ヒューリ印の野菜は市街地では大人気商品であり、今や日に50トンが出荷されていて、近所の奥様が目を離さないお買い得商品として即座に完売状態だ。

 

『まぁ!? 奥様!? これが噂のヒューリ印のお野菜よ!?』

 

『これがあの……一部、限定品として卸されていたっていう!!?』

 

『これ食べるとお肌がピチピチらしいわ。アンチエイジングよ!!』

 

『安いッ?! それでこの量!? ぅ……財布の紐がぁあぁあ!?』

 

『ふふ、奥さん方。今日は卸売り再開した記念に10パックはイチキュッパ!! イチキュッパでいいよ!!』

 

『『『『買うわよッ、そんなのぉおおぉぉお!!!!?』』』』

 

 だが、そんなのよりも驚かれていたのは基地の様変わりだ。

 

 あっという間に爽やか系な色合いの合金製装甲板が建物に張られたかと思えば、周囲の外壁もしっかりと一日で立った。

 

 こっそり魔術で隠蔽していても、確実にオカシな速度で出来上がっている事は偵察がてら見ていた兵隊達にも分かっていたのだ。

 

『あの量の壁を一日? どんな手品なんだか……|ω・)』

『重機も無いのにどうやって……(T_T)』

『工事の音もしてなかったはずだが……(´-ω-`)』

『謎は深まるばかり、か……(・ω・)』

 

 こうして都市内部の経済を活性化しながら稼ぎつつ、数十人の少年少女が朝から野菜の収穫後はランニングで体力作り、朝食後は基地の内装を業者と共に整え、午後になったら座学で現地語をアフィスに習い、再び野菜を収穫し、夕暮れ時には実戦と同じ要領での対ゾンビ用の訓練を受ける。

 

 正しく、その様子は学校そのものであった。

 

 アフィスなどは野菜の卸売りに奔走したり、新しい食材や香辛料やその種などを買い入れつつ、周囲でチラチラと見る自衛隊や米軍の動向を自然と集めて来て、午後は座学の教師役まで行い、夜は完全無欠に仕事終わりの若者のようにクタクタになりながらも、革製のジャケットを羽織って愛車で酒場へと出掛けていくナニカになった。

 

 自衛隊の一部から重要人物としてマークされつつ、軍人以外をナンパして断られながらもおねーちゃん達と仲良くなる才能は極めて都市では重宝されたのである。

 

 あらゆる噂、情報を午後10時くらいに持って帰って来る彼は見習い達に寝ろぉと発破を掛けた後はほろ酔いになりながらもフィクシーに諸々を報告。

 

 もう、オレこのままの生活でいいやと微妙に満足げな顔で就寝するのが日課だ。

 

「……さて、ベル。進捗はどうだ?」

 

「あ、はい。業者さん達のおかげで基地機能も9割くらい完成しました」

 

「そうか。なら、そろそろ要塞線の建築に動けそうだな」

 

「はい。ヒューリさんの畑のあれこれも全部基地の畑に移しましたし、もう此処に重要施設はありませんから、引越してもいいかと思います」

 

 夜。

 近頃、ずっと部屋に籠るか。

 

 ガンショップや鍛冶屋に顔を出している少年はフィクシーが座る丸い寝台の上で報告していた。

 

 分厚いカーテンは閉め切られており、遮音、遮光用の魔術が掛かった部屋内部には魔力の灯りが一つポツリと灯っているだけだ。

 

「上下水道、ボイラー設備、地下浴場も完備したあちらの方が住み易い。此処は明日には引き払うか」

 

「はい。ハルティーナさんに先行して僕達の寝室がある棟で寝泊まりして貰ってるんですけど、寒暖差が激しいから温度調整して欲しいという要望がある以外は大丈夫だと思います。明日にでも対処しておきますから」

 

「分かった。見習い達の装備の方はどうだ?」

 

「ウェーイさんと教官役の皆さんに提出してもらった情報を下に元々のを再設計したので、もう造るだけになりました」

 

「仕事が早いな」

 

「装備は基本的に近接用のナイフと装弾数の少ない護身用の拳銃です。あ、ちゃんと危なくないように弾は柔らかくした樹脂製で火薬も少なめですから安心して下さい。ちょっと強い人に殴られて倒れ込むくらいの威力にしておきました」

 

「ウェーイの方からは教練そのものは順調。体力も実力も付いて来ているとの話を聞いている。だが、やはりまだ実戦レベルではないらしい」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、それを聞いたクローディオが本格的な要塞線の建造前に数日間の野外でのゾンビ駆除。実戦研修の実施を提案してきた。私も賛成だ。お前としては準備するならどれくらい掛かる?」

 

「ええと、僕とか僕くらいの子が使えるように重火器をチューンして、フル装備一式を造って……3日もあれば……たぶん、可能です」

 

「分かった。クローディオにもそう伝えて置く。では、5日後を目途にして準備を終えて、見習い達の実戦研修だ」

 

 少年が大きく頷いた。

 

「それでだが、ベル……この世界に来てから色々と試してみたかった事がある。少し付き合ってくれ」

 

「試してみたかった事、ですか?」

 

「ああ、大陸では様々な魔術が使えたが、此処に来てからは生存率を高める目的で、体力と魔力の温存、黙示録の騎士達の誘因を避ける為にも諸々使うものは限定してきたのだが、今ならばと考えていた事が幾つかある」

 

「新しい術式の開発とか、ですか?」

 

「いや、生憎と私にはそちら方面の才能が無い。基礎を固めて発展させたり、簡単な術式の開発ならば可能だが、新しいものを創るようなのはどうもお前と違って苦手でな」

 

 フィクシーが肩を竦めた。

 

「えっと、どういう?」

 

「使える魔術の確認。それと発動するかどうか。そして、発動するならば、幾つか私達で試したい要素がある。もし上手く行けば、騎士団全体にも用いて、生存率を上げられるはずだ」

 

「魔力をお貸しすればいいって事ですか?」

 

「ああ、お願いしたい。場所はここ数日掛けて基地の地下で私が設えていた部屋があるだろう? あそこだ」

 

「あ、一番深い部屋ですか?」

 

「ああ、ずっと隠蔽用に魔術を重ねて造る固定式の大結界を敷いていた。今日は丁度満月でもある。これから少し付き合ってくれ」

 

「分かりました。ヒューリさん達には?」

 

「ヒューリとハルティーナにはもう声を掛けてある。ヒューリは術師としてはクローディオよりも上だ。クローディオは特定の魔術は完璧だが、それ以外は殆ど普通だからな」

 

「そう言えば……」

 

 少年が思い返してみれば、確かにクローディオの魔術は防御と熱量、衝撃に対するものが大半だと前聞いた気がした。

 

「ハルティーナを呼ぶのは彼女が稀有な魔力形質、それに対する魔力の親和性と励起率が高いからだ。だから、私達四人で試そうと思っている」

 

 少年にそう言って、フィクシーが装甲無しのスーツの上に外套を羽織る。

 

「ちなみに今日はどういう?」

「最大の目的は帰還への第一歩だ」

「ッ、もしかして……」

「ああ、空間制御魔術。厳密には召喚魔術の類だ」

 

 フィクシーが僅かに微笑んだ。

 

 *

 

 善導騎士団第一本部(仮)の地下には現在、多数の階層と巨大な資材貯蔵庫、更には上下水道設備とボイラー設備、その他諸々とベルの研究室などが入っている。

 

 ゾンビ相手に敗戦(もしも)となれば、数か月単位からの引きこもり生活が可能なように少年と業者達が今も拡張したり、掘り下げたり、ぶっちゃけ秘密基地化していると言っても過言ではない。

 

 最初期の資材倉庫は今や最下層7階に存在し、その上には次々にまるで街の如く部屋が広がっている。

 

 地下1階、地上と複数個所で繋がり、半地下設備を兼用する共用スペース。

 

 地下2階、基地全体の上下水道設備と下水処理施設、空調設備とボイラー設備

 

 地下3階、騎士団総員を収容し、寝泊まりを行う居住スペースと地下浴場。

 

 地下4階、重火器と武器弾薬の対爆対火貯蔵施設と射撃、市街地戦用訓練設備。

 

 地下5階、長期の生存用の食料を確保する為の水耕栽培用の食料生産プラント。

 

 地下6階、この世界の本とデータを集めた書庫兼ライブラリと通信設備。

 

 地下7階、ベルの研究室と資材倉庫及びフィクシーの秘密の部屋。

 

 上り下りは全て階段であるが、地下2階は管理者と業者以外は行けないように物理的に地下1階からは行けず。

 

 地下3階の居住スペースから経由しなければ、入る事が出来ない。

 

 また、全ての階層には魔力登録された個人及び登録業者しか入れないよう予めフィクシーによる結界が張られた。

 

 内部からの物の持ち出しは全て結界が弾き、業者などと共に入ったゲストなどが何かをして外に向かおうとしても不可能。

 

 スニーキング・ミッション不能の地下施設は難攻不落に違いない。

 

『オレ、壁の角には詳しいんだ!! だって、敵に見付からずに建造物に入り込んで敵を倒すゲームとか好きだったからぁああああああ!!!』

 

『じゃあ、ゲームの主人公が無理って投げ出す角の制作に取り掛かってくれ!! オレは超ハイテクな監視カメラをだな!!』

 

『角の天井に角の先が見えるよう鏡置くだけでいいんじゃね?』

 

『『………』』

 

 地下に伸びる構造物は基地の敷地そのものを下に伸ばしたような巨大な逆さのビル状になっている。

 

 つまり、引っ繰り返せば、七階の設備が全て詰まった巨大建築である。

 

 外壁は全てベル特性のディミスリル皮膜合金だ。

 

 とにかく耐久性と経年劣化耐性と外界からの影響の遮断に全ての能力が注がれており、その壁は1mにもなる。

 

 内部は巨大な箱物に次々と合金製の階層で蓋をするかのように付けていった後、内部の土砂を全てベルのポケットで資源可して郊外の資材置き場へと転移させた。

 

 こうして生まれた一区画分の秘密基地にワクワクが止まらない業者の男達は次々にギミックを追加しようとベルに色々な部品を発注。

 

『く、終に発注しちまった。しちまったぞ!!』

『な、何をした!? 貴様ぁ、言え!!? 言うんだ!!?』

『―――冬でも、温かい便座を……』

『オウ……ジーザス……ッ』

『厳冬の血圧上昇要因から我を護り給え(=_=)』

『同志、だったか(-"-)』

『日本製のハイテク便座が恋しい(´Д⊂』

 

 大半の設備は敷地内のソーラーパネルから送られてくる電力を蓄電池に溜めて稼働させ、ボイラーは発電設備も兼用でガソリンでも動く仕様にしていたが、実際には更にベル特性の魔力電池などでも動く様に改良が施された。

 

 地下からの攻撃。

 

 または地表からの攻撃に対して極めてヤバイ相手が襲来した場合はフィクシーの組んだ巨大な結界が数十枚展開され、様々な外界からの攻撃を防ぎ切る。

 

 その為に基地内部の壁には魔力電池が内蔵されており、その導線は基地のあちこちを奔っていて供給用ポイントが壁に設置された。

 

 魔力が切れていてもすぐに供給して設備の一部機能を魔術師技能か魔力形質さえ持っていれば、稼働させられる仕組みだ。

 

 無論、登録者で無ければ使えぬよう魔力を登録されている必要がある。

 

「む、また便利になっているな……」

 

 要は魔力が登録されていなければ開かない扉や隔壁が大量にあり、大量の爆薬を仕掛けられたところで現代兵器では傷一つ付かない防衛システムとなっていた。

 

「基本的に夜以外は開いてるのでセキュリティーとしてはちょっと雑かもしれませんけど」

 

 今日の昼には無かった魔力登録式の隔壁は電動でも開くようにはなっていたのだが、それにしても……こうも早く異世界の技術と共用出来る魔力を用いた設備が開発され、基地に生かされるとはフィクシーも考えていなかった。

 

「便利になる分には歓迎だ」

 

 フィクシーが最後の扉を開いて自分が今までベルに駆りていた40畳四方の部屋の内部へと入る。

 

 すると、既に待っていたヒューリとハルティーナが装甲の無いスーツ姿で何やらお茶をしていた。

 

「うわぁ……これがフィー隊長の庵ですか?」

 

 室内には積層魔力を用いた暖色系の光が紙のボール内に固定化されて間接照明を用いて灯されており、温かみのある空間を演出している。

 

「ぁ、ああ、少し散らかしてしまった。悪い……」

 

 ちょっとだけ歯切れも悪くフィクシーが珍しく後ろめたい感じに視線を逸らす。

 

 中は極めて大量の紙があちこちに散乱し、中央の巨大な魔術方陣が刻印されていて、壁際には魔術の触媒用の金属類が棚に入れられ、更には壁のラックには対物ライフルと弾薬の箱が置かれていた。

 

 少女らしいものは殆どない。

 

 残っているのは飴色のテーブルと椅子が数脚くらい。

 

 壁際に置かれており、横には水の入ったタンクとお菓子とお茶、珈琲が入っているらしき缶の入った棚があった。

 

「フィー。ベルさん!! こっちですよ。お茶はすぐに入れますから」

 

 2人が先に来ていたヒューリとハルティーナの横の席に腰掛けるとすぐにヒューリがタンクからポットに水を入れて魔力転化で底に軽く触れてお湯を沸かし、紅茶を入れていく。

 

 ちなみに排水溝やごみ箱などは無いのだが、ベルが都市内部に要れば、ポケットを使えるようになったフィクシー、ヒューリ、クローディオ、ハルティーナは外套さえあれば、そういったものはベルが優先的に廃棄物は廃棄物用の資材置き場に捨てる事が出来る為、問題になっていない。

 

 どのようなゴミも元を辿れば、資源である。

 

 そして、全ての資源を一瞬で今も仕分けて精練している少年にしてみれば、その処理は一瞬の出来事であり、負担では無かった。

 

「ふんふんふふん♪」

 

 上機嫌でヒューリがカップをお湯で温め、こちらも僅かに温めていたミルクを入れてから攪拌して蒸らした紅茶を注いでいく。

 

 適切な温度に適切な時間。

 

 湿度や室内気温の変化も考慮に入れて微調整する手間暇も掛ける本格的なソレは注がれ終わると馥郁として優雅な香りを立ち上らせ、2人をホッとさせた。

 

「ヒューリさんはお茶入れるの上手いですよね」

 

 ベルが褒めると照れた様子で少女がニコリと微笑む。

 

「はい。本当にヒューリアさんの紅茶は美味しいです」

 

 大きく頷くハルティーナは既に一杯目を飲み干しており、気を良くしたヒューリに二杯目を注がれていた。

 

「良い香りだ。私が入れるよりも大分マシだな」

 

 フィクシーが雑な自分ではこうもいかないと自嘲しつつ、口を付けてから全員を見渡した。

 

「さて、今日のサバトだが……」

「サバトなんですか?」

 

 ベルの自然なツッコミにフィクシーが頷く。

 

「一応は大魔術師だからな。術を用いる会を開くならば、サバトの類だ。まぁ、体系や流派の違いもある。私の継承している魔術の楚は西部式だから、北の団結した儀式めいたものや南の緩い半儀式、半祭祀のもの、中央のスタンダードな真面目なやつとも違うがな」

 

「西部式ってどんなのでしたっけ? 前にお爺ちゃんから聞いた事はあった気がするんですけど」

 

「雰囲気は要らない。取り敢えず、成果が上がるか上がらないかだけだ。小ざっぱりしたものだが、西は技術と冶金学、時に錬金術の体系が多かったからな」

 

「実用的なんですね」

 

「左様だ。話は逸れたが、これから検証実験を始める。今回は妖精召喚もしくは人口的な精霊の創造。最後に空間制御魔術による転移負荷実験だ」

 

「つまり、全部空間を弄るものですか? フィー」

 

「ああ、妖精はそもそも存在しなければ、召喚に応じられない。魔術的な結界の中に招き入れる方式は確立されているが、存在しないものは呼びようがない」

 

「な、なるほど」

 

「精霊はこの地に来てからは見た事が無い。恐らく発生要因の9割を占める大気中の純粋波動魔力が足りずに生成されていないし、自己組織化から強い個体も生まれていない」

 

「つまり、この空間内で精霊が生成出来るかが問題って事ですか?」

 

 ヒューリにフィクシーが頷く。

 

「最後は空間制御魔術に付き物の距離による魔力負荷がこの世界の魔術法則下でも同じかどうかを実験する。もし同じならば、我々は帰れない」

 

「断定なんですか? でも、ベルさんの魔力さえあれば、どうでしょうか?」

 

 フルフルとフィクシーが首を横に振る。

 

「次元跳躍級の転移方式が可能だとしても、術式だけで100万行、魔力集中だけで速攻、黙示録の騎士達の組織に見付かる。そもそも我々の世界とこの世界の位置関係が分からなければ、転移のしようも無いからな」

 

「確かに……」

 

「何層か通常空間からズレた異相側の次元境界域の何処かに接触点があるかもしれないが、それを見つけ出すだけで莫大な年月が掛かる」

 

 何が何やら分からないという顔をしたハルティーナは首を傾げるばかりだ。

 

「私はフィーの補佐を?」

 

「ああ、ハルティーナには基礎的な精霊憑依による術式の自動化が出来るかどうかを検証してもらう」

 

「あ、あの……済みません。どういう事でしょうか?」

 

 当人がよく分からないという顔をいた。

 

「大陸だと精霊は言わば、動物以下の自然現象から始まり、自己組織化された獣のような本能と無意識を持つもの、最後に高度に組織化された人格を持つ者に別れるのだが……ここまでは?」

 

「た、たぶん、昔に学校で習ったと……思います」

 

 ハルティーナが魔術適正が無い為に恐らくは殆ど習っていないという事を暗に告げた。

 

「魔力親和性が多少でもあれば、精霊が持つ魔力、または術式を自動化して行使出来る。精霊自体が憑依者の人格に左右されて自己組織化したり、強化されたり、特殊なものだと逆に精霊に乗っ取られたり、色々あるが基本的には便利な魔術の自動化手段の一つだ」

 

「乗っ取られ……」

 

 僅かに碧い少女が蒼褪める。

 

「悪い。それは今回の件では絶対ない。所詮は人工の自然現象程度だ。身体強化用の術式を刻んで発動するかどうかを確認するだけだ」

 

 ホッとした様子になるハルティーナが胸に手を当てる。

 

「七教会はコレを専用の積層魔力転化式の機械で代用し、それこそ一瞬で数百以上の術を自動で掛けられたりするが、我々は精々が不意打ちや緊急時の魔術くらいだろう。だが、それでも随分と生存率は上がるはずだ」

 

 フィクシーが紅茶を飲み干した。

 

「あまり不安にさせても何だ。実践しようか」

 

 他の三人も頷いて立ち上がる。

 

「では、見習い達への保険作りを始めよう」

 

 本題が述べられ、こうして大魔術師の実験が始まったのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。