ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第51話「連戦」

―――9日目5時43分。

 

 明け方。

 

 60以上あった巨大な穴の幾つかが山となったゾンビ達の大群に埋め立てられ、その上をゾンビ達が走り抜けていた。

 

 溢れる壁外のゾンビ達が肉の道となり、もう壁から続く床の誘導も効いていない。

 

 瞬間的に壁に触れて後方や東部に誘導される個体はいたが、誘導されていないゾンビなどは壁を殴って止まって殴って止まってという壊れた玩具のような行動を続けていた。

 

 無論、壁もまたディミスリル皮膜合金製。

 

 早々に破壊されるものではないが、終に全長数百mの動く小山が、大攻勢を前にして榴弾砲による直撃を物ともせずに6体、東部に結集していた。

 

 迫撃砲、榴弾砲の雨は確かに敵の表層を削っている。

 

 しかし、後から後からやってくるゾンビ達の群れが合流する事により、その傷は塞がり続けていた。

 

 その威容は正面からでなくても見えている。

 正しく巨大な山が六つ。

 雪崩を撃つように進軍を開始する。

 時速60m。

 

 1分1m程であったが、それは更にその山が融合し、本当の大山へと変貌し始めているからだ。

 

 その移動の後ろには長大な削り跡が残り、ようやく最後方のゾンビ達の集団が10km先に見えていたにも関わらず、絶望を人々へ与えるには十分であった。

 

 砲兵隊もまた至近を防衛する為の散弾や砲弾を重くして威力を増強し、飛距離を極端に短くした近接防御用の重砲弾などを用いて、山を穿ち続けている。

 

 だが、それでも敵の威容は圧倒的だ。

 

 守備隊も騎士団もまだ諦めていなかったが、それでも浮かぶ汗を押さえられるものでは無かった。

 

 軽症者はカラスのせいで出ていたが、それでもまだ死人は一人とて出していない事が救いか。

 

 もう誘導路は死体で埋まっていないのは100m先までだ。

 

 死体の山を描き分けてゾンビ達が次々と高さ5mの絨毯を歩く。

 

『皆さん!! 通路を掃除します!!』

 

 少年の声が響き。

 

 それと同時に金属壁で囲まれた誘導路正面のそろそろ撃ち尽くしそうな車両の上空からストンとクローディオが落ちて来る。

 

『クローディオさん!!』

 

「了解!!」

 

 クローディオの44マグナムがゾンビの肉体で出来た道の中央を撃つ。

 

 すると、誘導路の開始地点まで綺麗サッパリと血肉が消え失せた。

 

 転移を用いる特別製の弾丸が少数とはいえ、配備されたのだ。

 

 血で黒光りする金属壁が払暁前の紫雲の下でゾンビ達の足音に鳴る。

 

「此処が踏ん張り時だ!! 総員!! 寝たきゃ、全部終わってからにするぞ!!」

 

『オウッッッ!!!』

 

 騎士団達がミニガンを再び掃射し始める。

 そして、気付くだろう。

 空にもうカラスの影が無い事を。

 市街地の方からは市民達の歓声が聞こえた。

 

『司令より各員へ。司令部より各員へ。敵航空戦力は殲滅した。繰り返す。敵航空戦力は殲滅した』

 

 その終に終わりが見えたという状況を前にして騎士団員達の瞳も燃え上がる。

 

 榴弾砲もまた一夜の連続射撃にも関わらず、未だ撃ち続けられる状態。

 

 巨大な山に対して少しでもダメージを与えようと次々に砲弾が撃ち込まれる。

 

『デカい的が増えたと思えぇええ!! ボーナス・ステージだぁああ!!』

 

『アレを撃てば撃つ程に周辺ゾンビが吸収されて地表の連中が楽になる!! 壁を破壊させない為にも当て続けろぉおおおおおおおおお!!!』

 

 その時、彼ら砲兵隊の下へ連絡が届く。

 

『司令部より砲兵隊へ。次の木箱の砲弾をあの大きなお友達に使用せよ』

 

 男達が下から運び込まれて来た新たな砲弾の積まれた台車に目を見張る。

 

 ゆっくりと開けていく朝焼けの中。

 

 箱が僅かに空いており、キラリとその砲弾の表面が輝いていた。

 

『コイツは……』

 

 装填とカラスの死骸の掃除に躍起となっていた男達が目を見張る。

 

 その砲弾が取り出され、眩く光る。

 

『黄金の砲弾?!』

『とにかく突っ込め!!』

『オレ達のスペシャルを喰らわせてやんよ!! ははは』

『射角OK!! 行くぞッ!! 一斉射だぁああああ』

『外すなよぉお!!』

 

 ドガンと榴弾砲が唸りを上げて黄金の砲弾が一斉に大山へと向かう。

 

 その音速を超えた加速の途中、クローディオには見えていた。

 

 砲弾が虚空で()()した。

 それはまるでドリル。

 

 否、ドリルとしか見えない何かとなって山肌へと突き刺さる。

 

 だが、その瞬間、一気に砲弾の運動エネルギーが砲弾の左右の変形した一部から噴き出し、高速で回転を開始した。

 

 血肉の壁の内部へと巨大な山の奥へとソレが潜り込んでいく。

 

 それから数秒後。

 

 血肉の流動する深部へと到達した砲弾が一斉に再び変形する。

 

 ドリル状だったものが全てのパーツを糸状に分解して箒にも似て弾けた。

 

 その金属糸が山の内部に次々と張り巡らせられていく。

 

 そして、クローディオが今の今までいた櫓の上で少年が魔導方陣を手に浮かべ、胸の前で握り潰し。

 

―――ギュル。

 

 その刹那、山が動きを止めた。

 いや、止めざるを得なかったのだ。

 

 何故なら、その山の血肉がまるで泡だて器でシェイクされるかの如く……金属の糸で作られた無数の輪の回転に合わせて、内部を構成するゾンビを消去られていたのだから。

 

 ギュォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――。

 

 金属と骨と血と肉が高速で回転しながら擦れ合う音。

 

 それが大山を鳴動させ、その度に中央に集っていたゾンビが次々に山へと吸収され、実体を保とうとする。

 

 だが、家1個分の体積が秒で消えていく。

 その全てが何処に向かったのか。

 それを知るのは水道局の人員だけだ。

 

 海側の湊。

 

 急いで整備されていた巨大な配管が20本。

 

 辿り着く海辺を前にして膨大な血肉の濁流を海へと放出していく。

 

 しかし、その中に生きているゾンビなど存在しない。

 

 全てが細かく攪拌されて砕かれた後。

 

 海が自然破壊上等で染め上がり、陽射しに全てが映し出されていく。

 

 それはまるで黒い水の流れ。

 

 人間が最後に辿っていいような結末にはきっと誰も思えない。

 

 だが、その事実を以て大山が、決して人類の英知では倒せないだろう物量が、小さな背中の少年を前にして萎んでいく。

 

 ゾンビは集まり続けていたが、全てが無駄だった。

 

 コアとなるゾンビもまた転移砲弾による回転と攪拌によって既に存在せず。

 たった30秒でその体積は半分弱まで萎んでいた。

 

 転移系の術式を遠距離で用いる事が可能なのは大穴に予め魔力を大量に封入し、その効果範囲を延伸していたからだ。

 

 その上で一番重要なのは相手が魔力を殆ど使っていない未知の機能で動いているからであり、黙示録の四騎士のような超密度の魔力の塊に等しい相手とは違って少年の魔導の機能が許容量限界に達しそうな処理能力を喰われる相手でも無かった。

 

 それでもまだ大きい。

 400m近い山だ。

 だが、決してその大きさを保てる事はなく。

 数秒毎、確実に小さくなっていく。

 

 溢れ出した血肉が山肌から噴き出し、ゾンビ達は集い、世界に今、白日の下、全ての状況が晒し出される。

 

『おかわりです。砲兵隊各員に伝達!! 次撃を大穴に放り込め!!』

 

 黄金の弾丸が次々に搬出され、榴弾砲が殆ど上空に向けて射角を取り、曲射で大穴へと撃ち込んでいく。

 

 膨大な人体で構成される穴の中。

 

 熱され、乾燥させられ、水蒸気の地獄で弾けていたゾンビ達が……しかし、今度はドリルの洗礼を喰らって穴を開けられ、同じように次々と転移砲弾によって萎んで現状維持出来ずに上部のまだ無事な部分を崩落させられていく。

 

 そして、再び水蒸気が吹き上がり始めた。

 巨大な連鎖する地雷の爆ぜる音。

 噴煙は赤黒く。

 

 やはり、あの世へお帰りと言われたゾンビ達はようやく何者かの制御から解放されて血肉の一片までも塵へと戻っていく。

 

『敵残存兵力は?』

 

 アンドレの声にオペレーターは初めて数舜、沈黙した。

 

『敵、残存兵力残り80万……概算での排除戦力870万……深雲(ディープ・クラウド)の予測演算によれば、現状の状況で戦い続ければ、今日の昼までには駆除が完了するとの試算ですッ!!』

 

 一斉に歓声を上げようとしたオペレーター達だったが、アンドレが未だ厳しい顔をしている為、気を引き締めた。

 

『砲兵隊には大型の駆除を伝達』

『了解しました!!』

 

 山が崩れ、川が出来た。

 世界には穴が開き。

 赤黒い血の煙を噴出している。

 其処は地獄。

 

 しかし、弾丸の嵐を前にしてゾンビ達が次に団結して巨大な個体を形作る事は無かった。

 

 最後の群れが10km先から全方位を囲うようにやって来るが、そのほぼ全てが大穴へと落ちていき。

 

 残った外壁の残敵は誘導路へと向かっていく。

 

 だが、ゾンビの群れの多くはゾンビの死体に脚を取られ、身動きは走るより先に這うような状況が多く。

 

 活動は極端に低下。

 

『騎士団に伝達。強行偵察部隊での外壁の掃除をお願いします』

 

『こちらクローディオ・アンザラエル。了解した』

 

 クローディオの周囲には40人の完全武装の男達がいた。

 

 全員が全身鎧(フル・プレート)装備で顔まで見えない。

 

 だが、その赤褐色の鎧には蒼い狼と太陽のエンブレムが入っている。

 

 この数日、強行偵察部隊の為にと少年が造っていた代物だ。

 

 蒼き雷の如き速さの獣。

 

 数万のゾンビを倒し、再び英雄と再認識されたナンパ男は元英雄には戻れないらしく。

 

 ちゃんと、団員達から認められていたのだ。

 

 そして、強行偵察部隊として彼に随伴していた誰もが次には不覚を取らぬようにと身を戒め、そのエンブレムを身に纏う。

 

―――ライジング・ウルフズ。

 

 腕章には確かに英語でそう書かれていた。

 

「全隊突撃用意。壁に引っ付いているお客さんにお帰り願うぞ。ストーカーはご遠慮下さい。天国で待っててねってな」

 

『了解!!』

 

 クローディオが先頭で今も正面戦闘をしていた男達の前にゾロゾロと出ていく。

 無論、ミニガンの掃射は止んだ。

 

 それを機に走るゾンビ達が侵入してくる。

 

「こういう時、此処じゃこう言うんだそうだ。レェエエッツ・ロッケンッロォオオオオオオル!!」

 

 無駄に良い発音で男が走り出す。

 それに追走する男達。

 先頭集団のみでも300近い。

 

 だが、男達は一斉に左手で出したサブマシンガンを3点バーストで撃っただけだ。

 

 次々にゾンビ達の頭部が弾けて、男達がその死体を避け、あるいは踏み台にして跳躍し、加速していく。

 

 彼らの後方にあるのは死体のみ。

 

 そして、数百mを走破して、未だに集まり続ける動く死体と入口付近の死体の山に向けて今度は右手の44マグナムが斉射された。

 

 今度は山が弾丸の接触と同時に消え失せ、更にその後方にまでも巨大な死体の渓谷を描く。

 

 左右には削り取られた死体の臓物と血と骨の山。

 

 だが、その周辺を制圧した男達が次々にマグナムで死体の山を撃つと一直線上に死体が消え失せていく。

 

 今の今まで死体が道だった場所に再び地面が見え始めた。

 

 誘導路周辺で放射状に広がった切り立った死体の渓谷もすぐに2発目、3発目で消えていく。

 

「散開!! オレはお片付けだ!!」

 

 部隊員達が次々に死体の山をマグナムで、まだ動く死体はサブマシンガンで撃ち倒していく。

 

 その合間にも両腕のサブマシンガンを左右に腕を開いた状態で連射し、視界内のゾンビ達の頭部に誘導、進み続けたクローディオは正しく大穴付近までの敵を一掃してのけた。

 

 大穴は機能している。

 

 濛々と上がる血煙のを背景に穴から外壁までのゾンビ達が死体の山と共に殲滅されて消え去っていく。

 

 そうして数分もせずに15万はいただろうゾンビ達が半減していく。

 

 銃を撃ち尽くした男達は再び壁の周囲で混乱しているゾンビ達を今度は大振りのナイフで頭を飛ばして撫で切りにしていった。

 

 その速度は驚異的だ。

 

『総員集合!! 撤収するぞ!!』

 

 その決断も早く。

 

 電光のように掃除を完了させた男達が再び誘導路に結集、そのままゾンビ達に追われるかのように走って唖然とするより先に呆れて笑みを浮かべる同僚達の横に掃けていく。

 

 再びゾンビ達が誘導路を走り始めたが、総勢7万弱のゾンビ達は一切の被害を与える事も出来ず。

 

 互いを食い合い、誘導路で頭部を失い斃れる事となった。

 奈落の底にゾンビ達の行進が続く中。

 朝飯を食い始めた者すらいる。

 最大の危難は過ぎた。

 そう、誰もが思っていた。

 アンドレと5人以外は―――。

 

 そうして、その思いを具現するかのように最後の敵が空より舞い降りる。

 

 赤黒い大気の中、馬の嘶き有り。

 

 空中を進んで誘導路の前に降りて来たモノを見て―――騎士団の多くは悟る。

 

 自分達では絶対に勝てないと。

 

 その存在はまるで都市よりも大きな励起済みの魔力を……爆発させれば、その都市毎全てが消し飛ぶだろう力を身に宿しながら、スッと人差し指を櫓の上の少年に向けてこう大気に声を溶かした。

 

『同胞よ。永久に眠れ』

 

 少年の胸に指先から光が奔る。

 

 そして、続いてその指先に集束した全魔力が直線状にある全てのものを消し飛ばすだろう純粋熱量の熱線となって誘導路を奔り、左右の要塞を溶かしながら、少年に直撃したのだった。


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