ごパン戦争[完結]+番外編[連載中]   作:Anacletus

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第49話「最後の準備」

 工事が進んで3日目。

 

 要塞線の壁が地面に打ち付けられ、その全貌がようやく顕わになって来ていた。

 

 壁の中央に空いた巨大な道。

 

 整備されたソレは壁内部に続く唯一の通路であると同時に巨大なゾンビの流れを殺す設備の前に誘導される。

 

奈落壁(アビス・ウォール)に落ちるんじゃねぇぞぉ!!』

 

 巨大な誘導路の先では人々が忙しく立ち働いていた。

 

 数百mに渡って都市の旧外壁まで続いた灰色の構造物がレンガ造りにも見えるその威容を今は陽光の下に晒している。

 

 高さ30m、幅300m、地表に出入口の無い広大な面積を覆うソレは弧を描き誘導路を挟んでコンパスで描いたかのように綺麗な壁として聳えていた。

 

 その様子は誘導路を隔てた渓谷。

 あるいは切り立った断崖にも見える事だろう。

 構造物が途切れるのは数km先の海辺の壁付近だ。

 

 弧を描いて都市を囲う構造物の真上には無数の高射砲、迫撃砲、榴弾砲がズラリと並べられており、通路内と外壁、上空を射爆出来るよう真下が円盤状になっていていた。

 

 その周囲の地表には無数にレールが敷かれ、移動も回転も可能なようになっている。

 

『各榴弾砲、高射砲への砲弾装填終了しましたぁ!!』

『シートの設置急げぇ!! 明日の夜に掛けて雨だぞぉ!!』

 

『レールの保守管理は徹底しろよぉ!! 破壊後の入れ替えにも使うんだからなぁ!! 生命線だぞぉ!!』

 

『排水溝と排水管の施工完了しましたぁ!!』

『よぉし!! 内装班の電灯設置急げぇ!!』

 

 射撃の方位を変える時はこれを発動機などの動力で回すか。

 

 人力で移動させてくれ、という話は『普通、無理だろ……』という呟きによって守備隊の総ツッコミを受けたのだが、後に供給されたスーツと外套。

 

 騎士団の標準装備と更に肉体強化の術式が織り込まれた指輪型の魔術具とベル特性の魔力電池によって解消された。

 

 迫撃砲は壁内の通路と外壁至近の敵を掃討する為に外縁に無数並べられており、まるでそういう装飾のようにも見える。

 

 明らかに守備隊や騎士団の数よりも多かった。

 ゾンビの誘導路に関しては床も壁も全てが合金製。

 

 それもベルが近頃研究しているディミスリル皮膜合金仕様。

 

 巨大な砲弾や迫撃砲の雨を降らせれば、一瞬で普通の通路などぼこぼこの穴だらけだろうが、少年の日進月歩な合金製ならば、問題は然程無いとの事。

 

 その射爆用の砲陣地のレールの先には地下に続く分厚い隔壁付きの通路が複数。

 

 有事にはその先にある物資を原動機と車輪付きの運搬車両で輸送し、弾薬が切れる心配もないという親切設計である。

 

『いやぁ、市街地の方から響いてきますねぇ』

 

『夜間戦闘用にサーチライトの搬送も始まってるぞ!! B班は外縁に迎え!!』

 

『発電機の数、足りません!!』

 

『そっちは市民からの供出待ちだ。使わん事も考えられるが、砲兵隊は観測射撃が基本だ。無かったら無かったで構わん』

 

『オイル足りないんじゃないっすかぁ!?』

 

『そっちはあの坊主待ちだぁ!! とっとと仕事しろぉ!!』

 

 守備隊は今現在、海側に向かって湊で実弾演習中。

 

 ゾンビがその音でゾロゾロと集まって来てはいたが、騎士団で対処出来る範囲であり、この数日で2000体程を殲滅していた。

 

 これ程の巨大構造物どうやって?という顔をする者は初めて見た時には首を傾げたが、基本的に工事関係者に任されたのは絶対に大雑把にしておけない要塞線の外壁とその隙間と付随する連絡通路などだ。

 

 それ以外の全てが少年の手作りであり、弧を描く巨大建造物を建てるに当たり、ベルは新外壁の外にある奈落の穴を更に数十増やした。

 

 作り方は極めて単純だ。

 

 ベルを中心にいつもの積み木方式で壁から立てつつ、それをいつもの流動させた純鉄などの金属で接着。

 

 榴弾砲設置場所などの負荷が掛かる部分にはディミスリルの皮膜合金をふんだんに使った柱を立てている。

 

 内部の空間そのものが実は然して広く無く。

 

 殆どは分厚い外壁と武器弾薬の貯蔵部屋と連絡通路で閉められており、一切の光は人口灯で賄っているからこそ、極めて重い砲(従来品の8分の1の重量)をズラリと並べまくっても問題なく構造物は屹立しているのだ。

 

 内部にもやはり合金の皮膜が使われており、外からの衝撃を受けてもまずは合金の皮膜がベコリと凹んで耐える仕様だ。

 

 出入口は複数の弾薬の搬出搬入口のある屋上と市街地に続く地下通路のみ。

 

 正しく空前の要塞線を前にして都市民の多くは唯々、唖然とする以外に無かったが、土建業者からしてみれば、地獄の戦場が増えたに過ぎない。

 

『かぁ~~~ッ!? トイレだけは真っ先に増設しろっつったろ!!』

『簡易があるじゃないですかぁ!!』

『出るもんも出ねぇんだよ!! 下水道だけは最優先だッ、馬鹿!!』

『了解でぇす!!』

 

 突貫工事で次々に狭く分厚い要塞内部の施工をしているおかげであちこちでトイレが足らずに悲鳴が上がっている。

 

 それと同じように空調用の配管や設備も備え付ける場所こそあったが、素人設計なせいで何処かの通路が狭くなるという事が儘あった。

 

 基本的に窓や進入路が屋上へ続く扉以外無い建造物である以上、諸々の施設への搬入は地下からだ。

 

 設備を入れるのも一苦労と言える。

 

 無人区画内が再び整備され、壁の下を潜って大規模なトンネルが1日で完成した事をもう土建業者達の誰も驚かなくなっていたが、それにしてもそれで更に仕事は倍増してしまった。

 

『ああ、また配管で通路がぁ!!』

『その配管は下の階に回せ!!』

『上下水道の配管間違えんなよぉ!!』

 

『間違えたら、真っ先にその水飲ませてやっからなぁ!!』

 

『ひぃいぃぃい!?』

 

 運び込まれるのは何も弾薬だけではない。

 

 上下水道用のポンプや各所との連絡用の電話線、トイレの便器や司令部設置用のデスクや電線まで色々有った。

 

 それらが外壁工事を最優先にしつつも業者達に丸投げの形で仕事となって降り注いだのだから、彼らからしたら夜を徹して作業に掛かる以外なく。

 

 睡眠5時間と休憩、食事に2時間で後は働き詰めという超絶ブラックな職場の完成であった。

 

 騎士団側から魔力強化式の魔術具で体力や筋力などは激増させられてはいたのだが、それにしても大襲撃までの時間を効率的に使う為、スケジュールは綿密に組まれていて、一息吐く暇もない。

 

「どうやら間に合いそうだ」

 

「……あの大量の食糧を作り出していた時も思ったが、やはりとんでもないな。彼は……」

 

 巨大な穴だらけの前方を見つめながら車両に乗って各地の進捗を視察しつつ、現場の指揮を上げようと労うフィクシーとアンドレが穴の淵近くで周囲の様変わりした様子を見つめていた。

 

「今はベルだけではなく複数の処理に騎士団の適正のある魔術師が共に付いている。さすがにベル一人で処理させるには2日目からの工程は多過ぎたからな」

 

「そうなのか?」

 

「今、ベルの作業はその知識が必要な部分に限って行われていて、処理自体は都市全域で集中している自動化出来ない部分を他の人員で代行している。まぁ、魔導師の育成には色々と特殊な処理が必要で騎士団の魔術師の転換訓練には専門の機材が無い此処では数年掛かるらしいが……」

 

「彼頼みになるか」

 

「後、数日で本番。出来得る限りの事はやっておきたいと本人はずっと寝ていない。魔力による強化で数日程度は寝る必要もなく動き続ける事は出来るが、やはり集中力と魔力と体力の疲弊はある。本番1日前になったら、少なくとも半日は寝かせてやりたい」

 

「分かった。そちらに関してもスケジュールの微調整を施そう」

 

「感謝する」

 

「そう言えば、その彼の姿が見えないようだが、今は何処に?」

 

「ああ、燃料をちょっと」

「燃料?」

 

「昨日、ベルが燃料が足りないと聞いて色々と関係者に聞いて回っていたからな」

 

「期待しておこう」

 

 2人が話し合う間にも巨大な円筒形の大穴の中からはザラザラと何かが奥底から湧き上がるような音が続いていた。

 

 トップ二人が要塞線の視察で人々に声を掛けていた頃。

 少年は30km程離れた地域へと遠征する事になっていた。

 

 キャンピングカーの周囲には1個大隊の騎士団が乘った車両と大型のトレーラーとタンクローリーが数台おり、トレーラーには技師が数名乗っていた。

 

 この数年で乾燥した地域が増えた為、北部でも荒野は広がって来ている。

 

 その荒涼とした景色の中、少年は目的地となる場所に降り立って数分で大地の掘削を開始し、二時間もせずに通常よりも更に深い場所までも大地を掘り進めていた。

 

 直径20m程の穴の奥に魔力で形成された光る玉状の使い魔が卸され、虚空に映像が映し出される。

 

「おお、これです。この層ですよ!! これが油の湧く地層です!!」

 

 60代の技師が頷く。

 

「これを水圧で破壊すれば、油が取れるんですか?」

 

「はい……?……これはサンド・シェールだけではなく……油田?」

 

 思わず少年が地層を分析した情報を見て、目が細められる。

 

 少年が試しに掘り進んでいたポケット内で言われた層の岩盤を分解して精練してから油分のみを抽出して外套内からチューブを取り出して、用意していた小さなタンクにジャバァッと入れてみる。

 

 すると、すぐ辺りに刺激臭が立ち込めた。

 

「おお、これは……源油です……ガスの方は?」

「あ、はい。こっちは液化するんですよね?」

「ええ、出来れば」

 

 黒い粘性の高い液体を僅かに指を付けた技師が頷く。

 

「取り敢えず、今日のところは必要分だけで……いいですか?」

 

「ええ、精練はどうしても大型の施設が必要ですし、今のところ使う設備自体の点検が済んでいません。穴をこうして掘って頂けただけでも十分に有難い」

 

「ええと、燃料はこの粘々したのから精練の度合いで使える機材が違ってくるんですよね?」

 

「はい。通常のガソリンやハイオクや軽油、重油などで諸々違ってきます」

 

 少年が予め用意して貰っていたガソリン、ハイオク、軽油の入ったアンプルを魔導で解析後、その情報を下に掘り進める岩盤内から油を抽出しつつ、周囲に資料用の倉庫を作りつつ、オイル以外の資材を投棄。

 

 トレーラー内に積んだ巨大なタンクやタンクローリー内に入れて置いたビーコンに向かって次々に精錬済みの各種液体燃料を抽出して湧き出させていく。

 

(……いやはや、凄まじい。だが、我々の知らぬ間にこのような地層や油田がこんな場所に……本当に一体この世界はどうなってしまっているのか……そもそも普通の地層に各種の金属資源が多過ぎる……)

 

 高齢の技師達がタンク内に燃料が溜まっていくのを聞きながら、世の中は進歩しているんだなぁと肩を竦めつつ、疑問を呑み込む。

 

 ゾンビがいるのだ。

 

 魔法使いくらいいるだろう。

 

 そして、今この世界は魔法とゾンビが蔓延る楽園ならば、地層くらいはきっと完全無欠に激変くらいもしようという無理やりの納得を得たのだった。

 

 それから1時間程で全てのトレーラーとタンクローリーが全て積載量ギリギリまで燃料を確保したのを確認した少年は撤収を指示。

 

 再び車両は取って引き返し、その周囲には視線誘導弾によるゾンビの死骸が死屍累々と並ぶ事になったのだった。

 

 *

 

 都市民達がこの数日思っている事を上げれば、こうだ。

 

 大規模な襲撃が予告されているにも関わらず、配給が良くなった。

 

 肉こそ存在しなかったものの。

 

 生野菜の類が常に大量供給されており、多くの家庭、多くの人々が食糧事情の改善と超絶忙しそうにしている市庁舎の面々に大丈夫かと首を傾げていたのだ。

 

 何故か1日毎にオカシな速度で出来上がっていく要塞の壁を前にして何か得たいの知れなさも感じてはいたが『いやぁ、新技術って偉大だなぁ』とも思っていた。

 

 つまり、流布された噂……南部で開発された“魔法みたい新技術”による異常な状況に慣れ始めていたのである。

 

『うぅ、またこんなに野菜が喰える日が来るなんてねぇ』

 

『おばーちゃん。これ何ていうお野菜?』

『ああ、これはね……』

 

 それがどんなに魔法染みた事でも科学であると言われれば、多くの人間は納得せざるを得なかったのだ。

 

 騎士団の一部が傷病用の術式で病や大怪我の後遺症の一部を治療してくれた事も彼らの納得に拍車を掛けた。

 

 北からの避難民の一部が民間に魔法みたいな技術を使う剣と鎧の人々に救われたと触れ回っていた為だ。

 

『十年来の傷が治ったのよ……ゾンビに付けられてもう治らないと思っていたのに……あの方達は医者じゃないそうなのだけど、南部は本当にあの国難から立ち直っているのね……』

 

『ウチなんか、鎧の人が来て、お爺ちゃんの腰直していったわよ。て、言うか……余命4か月だったんだけど、医者の人が死ぬ時はピンピンコロリ逝くだろうって太鼓判推してくれてねぇ』

 

『いい話ねぇ……』

 

『ええ、いい話……これはいい話よ……正に魔法使いの騎士様って感じ♪』

 

 事実として、一部の人々はソレを魔法と呼んでいたが、得たいの知れない技術という意味であって、本当にそれが魔法の類だとは誰も思っていなかった。

 

 そう、一部の工事関係者くらいしか、その実体的な超常現象に等しい行いを知らなかった事もそういった理解に拍車を掛けた事だろう。

 

 彼らとて、それが魔術だとやんわり遠回しに説明されてはいたが、それにしても物理法則を無視しまくりの事をやられまくりだとしても……自分達の知らない技術なのだと半ば自己暗示的に自身を納得させていたのだ。

 

 コミックやお伽噺の魔法使いではなく。

 

 騎士団が近代的で合理的な思考と近未来的な装備や銃を使っていた事もその認識には関係している。

 

 要は銃を使う魔法使いを想像するより、魔法みたいな技術を発明した超技術を持つ変な集団と理解する方が人々には簡単だったのである。

 

『お母さん。騎士の人達はヨウサイ作ってるんだって。アレかなぁ?』

 

『そうね。皆を護る為の壁なのよ。私達も内職頑張らなきゃね』

 

『うん!!』

 

 そんな都市だが、この数日、人の居なくなった区画の多くでは住人達が放棄した様々な道具などがそのままになっていた為、そういった場所は残された道具を用いて避難民の一部が住居として使う事になっていた。

 

 都市の半数が出て行った衝撃は未だ大きかったが、彼らの内にその人物にしか出来ないという技能を持つ者がいなかった事は幸いであった。

 

 ただ、それでもマンパワーが半減した事から、何処も彼処も手を借りたいというところばかりで避難民達にはしっかりと自己申告の適正毎に仕事が割り当てられ、無職にはなっていない。

 

『こちらが最後尾になりま~す!!』

 

『十分に量はありますので~単身世帯は午後の配給になりま~す』

 

『押さないで下さ~い』

 

 そんな最中、都市民に経由とガソリンの配給があるという話はすぐに伝わり、老人や子供達が臨時市庁舎の前に集まっている。

 

 停まった車両から小さなポリタンクと台車までも配給されて、久しぶりにお湯を被れると笑顔になった老若男女。

 

 が、その笑顔もそのガソリンや軽油と共に渡される小さな首飾りを前にして怪訝なものに変わっていた。

 

『これ何かなぁ?』

 

『さぁ? でも、付けておかないと避難の時、困るってさ』

 

『じゃあ、お母さんやお父さんの分も持ってく!!』

 

『お嬢ちゃん達~~家族の人にはちゃんと付けるように言ってね~』

 

『『はーい』』

 

 細く小さな金属の棒にも見えるソレ。

 

 まるでシリンダーか何かのように表面には象形が色々と刻まれていたが、市庁舎側からは『大規模襲撃時に取り残される人間がいないかどうかを判別する為の目印で新型のレーダーを使って捕捉するマーカーだ』と説明が入った。

 

 真っ赤な大ウソだが、相手の位置が分かるのは本当だ。

 

 少年がいつも使う魔導延伸用のビーコンの小型版である。

 

 都市民1万3000人と守備隊や親衛隊だった青年や地下の子供達の分も含めて作られたソレはもしもの時には相手を捕捉するどころか。

 

 それよりも更に広範な機能を備えている。

 

 老人と子供から渡されて命に係わるから身に着けるようにと言われて従わない大人というのもいないだろう。

 

「順調そうですね。ベルさん」

 

 その光景を路端に止めていたキャンピングカーが走り出す。

 

「はい。今日の夜、無人区画の1つに全員分のシェルターを作ります。最終日までに施工が終われば、例え、僕達が死んだとしても数年は持ち堪えられるはずです」

 

「ベル様。それは要らぬ心配だと思いますよ」

 

「え?」

 

 ハルティーナが少年の横で共に外を見つめながら呟く。

 

「目が違います。私達が来た時より、あの人達の顔も随分と明るくなりました。戦は決して戦う者だけで成り立つわけじゃない。父も祖父も私にはそう言っていました。これはこの都市に住まう全員の戦です。だから……」

 

 ハルティーナが少年の手に手を重ねる。

 

「そうですね……ハルティーナさんの言う通りだと思います……」

 

 少年が真っ直ぐに少女へ頷いた。

 

「きっと、勝ちましょう」

「はい」

「ん~~こほん」

「「!?」」

 

 油臭いと最後にお湯を使っていたヒューリがスーツ姿で髪をタオルで乾かしつつ、ジト目で少年達を見ていた。

 

「さ、ベルさんにはお仕事があるんですから、さっさと戻りましょう」

 

「は、はぃ……」

「あ、いえ、その、これは……」

 

 サッとハルティーナが手を引いて、少し恥ずかしそうに顔を俯けた。

 

 その間にもゴーレムの運転する車両は市街地の旧外壁の門を抜けてゾンビ誘導用の巨大な通路がある一角へと向かう。

 

 その30m程手前には既に要塞線が出来ており、更には壁の外側には真新しいレールが敷かれていた。

 

 突貫工事で敷設されたソレは壁、要塞、市街地周囲の地面を覆うようにして張り巡らされ、旧外壁内まで続いている。

 

「あ、あれって朝方にベルさんが頼まれてた……」

 

 彼らの周囲で幾両かのSLが走っていた。

 

「はい。保存状態が良いものが有ったそうなので何両か駆り出して複製しました。大陸だとあれくらいの列車が標準ですから、七教会みたいに複雑な機械を使わない分楽でした」

 

 彼女が見る前で数両のSLが外壁周囲の端に停まっていた。

 

「石炭は備蓄があるそうで動かせるらしいです」

 

「あの牽引車が引いてる車両に載ってるの……アレっていつも使ってるミニガンですよね?」

 

 SLに引かれていたのは客車ではなく。

 剥き出しの鋼の台車だ。

 

 その上には大量のミニガンが固定化されており、ブルーシートが掛かったその車両はまだ後方に数両あるようだった。

 

「はい。アンドレさんがまともに動く戦力が欲しいという話をしていて、最初の日に僕でも複製出来るような乗り物があれば、それを使って大量に武器弾薬を運べないかって話になって」

 

「それで列車の後方を全部ミニガンを固定化した車両に?」

 

「弾薬も一緒に運んで数両ずつ運用します。弾薬が尽きた車両は前方のレールに切り離した後方車両を移動させて、更に後方から来たミニガン車両に連結して再び前線へ。基本的には誘導路の正面戦闘で火力の集中方法として使用します」

 

「ローテーションするんですか?」

 

「はい。後方車両は弾薬とミニガン毎、夜中に増やせるだけ増やしておく予定で……全て魔術を使えない人用の視線誘導弾装填済みで実質的にはアレが正面戦闘用の火力と言えます」

 

「でも、あの車両を扱える人っているんですか?」

 

「あ、はい。博物館の人とそういうのが好きな人がやってくれたり、教えてくれると。明日には実際の銃弾を満載した車両と撃ち尽くした車両を使って銃撃が途切れないよう打ち合わせだそうです」

 

「もうそこまで……」

 

「ちなみに大型のトレーラーにミニガンを数台乗せたのも大量に使います。火力が足りない場合や列車に不具合が起きた場合用です」

 

「さ、さすがベルさん。念入りですね」

 

「箱物や武器弾薬の方は大体出来ましたけど、実際にはそれを守備隊や団員が使いこなせないと意味は無いんです。圧倒的に訓練が足りないのでとにかく連携訓練までに色々揃えるのが今日からのメインのお仕事かもしれません」

 

「まだまだ作る物が一杯そうです……」

 

「設計技師の方や農業や空調や配管に詳しい方に色々と頼んでまして。僕が造れる部分は全部設計図に組み込んで貰ってて、本当に人の手が必要なところ以外は全て資材があれば、部品や施工も要らないように……」

 

「もうベルさんも立派な要塞建築家ですね」

「え、その表現もど、どうかなぁ……」

 

 どう言っていいか分からずに戸惑う少年を愛でる空気が出た車両は進む。

 

 未だ要塞線の周囲には大量の建材やパーツらしきものが無数に落ちていて、工事業者の操るゴーレム達は忙しそうにハンマーや建材を持って忙しく立ち働いていた。


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